「……もしかして、提督に何か御用ですか?」
灰色がかった長い黒髪に橙色の瞳、巫女装束のような服に身を包んだ女性―榛名は、鎮守府前にいる男に問いかけた。
今日は来客の用事は無かったはずだが……。
そう思っていると、男が口を開いた。
「ああ。俺は……」
男から事情を聞いた榛名は、男と連れの6人の女性―艦娘を提督室に案内する。
「それでは、少々お待ちください。……提督、お客様がお見えになっています」
三回のノックのあと榛名はそう言い、返事を待つ。
「ああ、わかった。通してくれ。……と、その前に」
その前に、と聞いて少し呆れた表情をしてしまう榛名。
そんな榛名を見て、男と艦娘たちは首を傾げてしまう。
「え〜と……榛名を含めて、そこには8人いるね。それと、7人は艦娘だろうか。あ、もういいよ」
8人いると言われ驚き、7人は艦娘、のあたりで唖然とする男と艦娘たち。
それを見て榛名は苦笑しながら、提督室の扉を開く。
「提督、失礼します」
榛名が提督室に入ったところで男と艦娘たちは我に返り、慌てて続く。
すると、
「はあ、あんた、本当にソレ好きよねぇ」
「これは感覚を養うためにしてるんだ。叢雲も始めたらどうだ?被弾率が下がるかもしれないぞ?」
「……ま、アリかもしれないわね」
長い銀髪に赤みがかったオレンジの瞳、ワンピース風のセーラー服を着た少女―この日の秘書艦である叢雲と、この鎮守府の提督が話しているところだった。
榛名たちが入ってきたところで会話を切り、男へ向き直る。
「いきなりお邪魔する形になって申し訳ない」
「いえ。それよりも、他の鎮守府の提督が何の用で?問題となることはしていないはずですが……」
男の言葉通り、いきなりの来客に困惑しながら応じる提督。
そんな提督に対し、男は本題を口にする。
「いや、もう俺は提督ではない。ただ、君に頼み事があってきた。……時間は大丈夫か?」
そう聞き、提督は時間を確認する。
時間は夕方の五時。あと一時間もすれば、この鎮守府では夕食の時間だ。
「大丈夫ですね。……叢雲、お前はこの部屋の外で待機していてくれ。榛名は戻っていいぞ」
「はい、了解しました」
「はいはい、わかったわよ」
提督の指示に従い、提督室をあとにする叢雲と榛名。
提督室には男とその艦娘、そして提督が残された。
「あ、どうぞ座って。それで、用件は?」
男がソファに座ったのを確認して用件を聞く。
「ああ。だがその前に、経緯は伝えておかねばな」
そして男は話を始めた。
「そんなことが……あったんですか」
「ああ」
話を聞く限り、深海棲艦の奇襲攻撃によって彼の鎮守府は陥落したらしい。そして同時に、出撃中や遠征、演習に出ていた艦娘以外、全滅した。
彼自身も傷を負い、先週まで入院していたらしい。
「俺が提督ではない以上、艦娘を連れているのはおかしい話だ。そこでだ。お前に、彼女たちを預けたい」
「………」
男の言葉を聞き、熟考する提督。
おそらく彼女たちは、この鎮守府の艦娘より練度が高い。
即戦力になるだろうが……。
「しかし、なぜ私なんです?」
思わずそう聞いてしまう。
なにせ、まだ提督になって一年と数ヶ月しかたっていない新米なのだ。
自分以外、しいてはベテランの提督のほうがいいのではないか、という疑問が湧いてくる。
「いや、お前だからこそ頼みたい。
俺のような無能とは違い、轟沈させることなどないだろうからな」
「確かに、轟沈者を出さないことを第一にしていますが……」
だったらなおさら、ベテランの提督に配属させるべきではないか、そう思ってしまう。
だが、男は違った。
「いや、ベテランともなれば、1人2人くらい轟沈させているものだ。少なくとも、俺の知り合いだとな。しかし、お前はまだだ。この意味がわかるか?」
なんとなく、本当になんとなくならわかる。
すでに失うことに慣れ始めてしまった者と、そうでない者。
そういうことならば。
「わかりました。ですが、その前に確認を。何人が入るのです?」
「………そうだな、20人くらいか」
「そうですか……。叢雲、今は何人くらいいるんだっけ?」
男の答えを聞き、叢雲に確認を取る。
すると扉か開かれ、呆れた表情の叢雲が入ってきた。
「あんた、提督なんだからそのくらい把握してなさいよ……。60人ジャストよ」
「はは、すまないな」
小言を言いながらも質問に答えてくれる叢雲に、やっぱり優しいやつだな、と思ってしまう。
「それで?どうするのよ?」
おそらく、もう待っているのが疲れてきたのだろう。叢雲が提督に答えを促す。
叢雲の問いに提督は一瞬だけ考え、答えを出す。
「…受け入れましょう」
「そうか、良かった」
提督の答えを聞き、安心したように言う男。
「それでは、今日のところは失礼する。明日、艦娘たちを連れてくる」
「わかりました。お待ちしていますよ」
男は提督の言葉に小さく頷き、艦娘たちと共に帰っていった。
そして提督室には、提督と叢雲が残されるのだった。
午後六時。
この鎮守府の艦娘たちは食堂に集まっていた。
しかし、いつものような賑わいはなく、若干の緊張感と静寂が場を覆っている。
理由は、提督から話がある、と言われたからである。
そして、提督は口を開く。
「話があるといったが、別に出撃等の話ではないので安心してほしい。
話とは、明日から急遽、20人程の艦娘がこの鎮守府に加わることになった、ということだ」
食堂がざわざわし始める。
当然の反応だろう。
「テートク、その理由は話してくれるんデスカー?」
一番先に疑問をぶつけたのは、榛名と同じような服に、アホ毛と両サイドのお団子が特徴的な長い茶髪に紫がかったグレーの瞳の女性―金剛であった。
「ああ、そうだな。
一ヶ月くらい前に陥落した鎮守府があっただろ?そこの提督に頼まれてな」
艦娘たちのざわめきが大きくなる。
だが、そのざわつきはその内消え、提督の次の言葉を待っていた。
「あ、理由と私からの話はそのくらいだよ。あと言うことといえば、仲良くしてください、くらいかな」
その言葉を聞き、だんだんと空気が緩み始め、いつもの賑わいが食堂に戻る。
「ん〜、あんまり今喋ることでもなかったかな〜?」
提督は少しだけ反省を口にする。しかし、
「今さら考えることでもないでしょう?それに、遠征に行ってる娘たちを除けば、今しか話すタイミングは無かったんだし」
叢雲のもっともなことを聞き、そうだな、と頷く。
「んじゃ、飯食うか」
そう言って、夕食を楽しむことにしたのだった。
午後八時半。提督室。
提督は叢雲と二人がかりで、丁度執務作業を終えたところだった。
作業が終わったことで、思わず伸びをしてしまう。
と、そんなときだった。
扉がコンコンコン、と三回ノックされる。
「はい、どうぞ」
提督が入室の許可を出すと、ガチャリと扉が開かれ、6人の艦娘が入ってきた。
「明日の出撃について、最終確認を」
緑色の着物と暗緑色のミニスカート型の袴に身を包む、青みがかった瞳と頭髪の女性―蒼龍が口を開いた。
明日の出撃とは、東部オリョール海への進出を再び始めた深海棲艦に壊滅的打撃、あるいは撃滅することである。
「ああ。旗艦は蒼龍、随伴艦は今の五名で変わりなし。
基本的に、敵艦隊に合わせて陣形変更。夜戦に関してはこちらが指示する」
提督はすでに説明したことを口にする。
「それと、前回出撃した鎮守府からの報告によると、ヲ級及びル級のフラグシップが確認されたらしい。自分たちの損傷具合で、帰投するかどうかを迅速に決定すること」
加えて、新しい情報を伝えるのも忘れない。
フラグシップと聞き、艦娘たちの緊張感が高まる。それは無理もない。
フラグシップとは、深海棲艦の中で赤いオーラを纏った強力な個体―エリートを超える個体で、高い耐久・火力を持つ。また、金色のオーラを纏っているのが特徴だ。
以前、沖ノ島海域の制海権を取り戻す際に発見され、その時接敵した艦娘たちに甚大な被害をもたらしたと言われる。
「テートク、だったら私たち二軍より、榛名たち一軍のほうがイイと思うのデスガ……」
金剛が当然の疑問を放ってきた。
提督は疑問に答える。
「確かに、彼女たちに任せるべきだろうな。……沖ノ島海域の事が無ければ、たが」
提督の言葉を聞き、反論に詰まる金剛たち。
今現在、再び進出してきた深海棲艦によって、沖ノ島海域の制海権を喪失してしまった状況にある。
そのため、南西諸島海域を担当している鎮守府が合同で対処している。
しかし、敵艦隊の主力になかなか辿り着けず、厳しい戦いを強いられている。
以上の理由で、今回二軍を出撃させるという結論に至ったのだ。
「沖ノ島海域のこと、私はかなりきな臭いと思う。
君たちにとってかなり負担だろうが、オリョール海のことを任せたい」
提督は真剣そのもので艦娘たち言う。
そして、蒼龍が口を開く。
「わかりました。私たちにお任せください、提督」
その言葉を聞き、提督はいつの間にか入っていた力をゆっくりと抜いた。
「それでは、失礼します」
蒼龍がそう言って、艦娘たちは退室する。
退室するのを見届けた後、叢雲は提督に疑問を呈した。
「あんた、今回のことどう思う?」
「沖ノ島海域のことか?」
「そう。というよりも、南西諸島海域のことよ」
南西諸島海域には多くの資源がある。
深海棲艦が再進出してきたのも、この資源を重要視したのではないだろうか。
しかも、前回よりも強い個体を多数送り込んてきている。となると、
「深海棲艦側は、全力で南西諸島海域の制海権を奪いに来ているだろう。……かなり厳しい戦いになるだろうな」
下手をすれば、轟沈する艦娘も少なからず出るかもしれないだろう。
「そう、よね」
予想していた通りの答えが返ってきて、弱々しく返す叢雲。
しかし、そんな叢雲を見た提督は驚いたような顔をする。
「ど、どうしたのよ……?」
「いや……お前でも弱気になるんだな〜、と」
「なっ!?」
提督から思いもしなかった言葉が発せられ、狼狽する叢雲。
「な、何よ!私が弱気だからおかしいってわけ!?」
「いやそうじゃなくて……弱気な叢雲も可愛いな〜と……はっ」
一体何を口走っているのか。
叢雲は興奮と羞恥で顔を真っ赤にする。
「なに、何なの!?そんなに酸素魚雷打ち込まれたいの!?」
「ち、違う違う!落ち着け叢雲!!おい待て、艤装を展開するな!!」
提督室はそれからしばらく、にぎやかだったそうな。