翌日。小鳥のさえずりが聞こえる頃。
提督は自然と目を覚ました。それとほぼ同時。
提督の私室の扉が、優しく三回ノックされた。
「おはようございます、提督。榛名です。起きていますか?」
この日の秘書艦、榛名は扉越しに提督に声をかける。
「ああ、おはよう榛名。今起きたところだよ」
「もうすぐで朝食の準備が整いますので、お呼びしました」
榛名の言葉を聞き、提督は驚いて枕元の時計を見る。
その時計の針は、『8時』を指し示していた。
「も、もうこんな時間なのか……。まさか寝過ごすとは。…榛名は先に行っていてくれ」
そう言って提督は着替え、素早く提督服に身を包む。
そして布団を畳み、部屋の外に出る。
するとそこには、先に行ってくれと言ったはずの榛名がいた。
「やっぱり行ってなかったか」
榛名からの返事が無かったから勘付いてはいたが、そう言わずにはいられなかった。
「提督が二度寝しても起こせるように、です」
「私が二度寝したことはあっただろうか……」
榛名は冗談のつもりで言ったのだが、真に受けてしまった提督を見て思わず微笑した。
食堂に着くと、そこには第2主力艦隊の6人と調理係の艦娘以外は誰もいなかった。
朝食を受け取って席につくと、第2主力の6人が近づいて来た。
そして、旗艦の蒼龍が口を開く。
「いよいよ出撃ですね……」
蒼龍の声は重い。やはり、出撃を控え緊張しているのだろう。
「そうだな。…そういえば、前回出撃した艦娘の意識が戻ったらしくてな。新しい情報と……映像が昨夜入ったんだ。ヒトマルマルマルに最後のブリーフィングをするから、提督室に来てくれ」
提督は若干暗い声で言う。
「わかりました。では、ヒトマルマルマルに」
「ああ。それまでは自由時間でいい」
そう言うと、蒼龍たちは解散した。
自由時間、とは言ったものの、おそらく6人は最後の調整に入るだろう。
食堂から演習場へ続く通路があるのだが、その通路へ入っていったことからその事は察せられる。
6人が去ったのを見届けると、提督はふぅ、とため息を吐く。
それを見た榛名が心配そうに声をかける。
「提督、大丈夫ですか?」
よく見ると、提督の顔色は若干悪い。
パッと見ではあまりわからないが、この鎮守府の古参である榛名にはすぐわかった。
「……すまない。どうしても応えてしまってな……」
「いえ。大丈夫ですから、お気になさらないでください」
彼の顔色が悪い原因は大体察せる。
出撃した艦娘のうちの誰かが轟沈したのだろう。
そんな提督を見て、榛名は優しく声をかける。
「提督は優しいです。私たちは兵器なのに……人間として扱ってくださるのですから」
「確かに……兵器なのだろうな。だが、私にとってお前たちは一人の人間にしか見えないんだ。……だから、お前たちを戦場に送り出すのは心が痛む」
提督はなんでもないように言う。しかし、その声は真剣であった。
この本心は絶対に変わることはないだろう。
この本心を話す度に見習い時代を思い出す。
もう思い出したくもない記憶だ。
「ふふっ。本当に提督は優しいですね。……だから、提督のことが好きなのですが」
「そういってもらえて嬉しいよ」
榛名の声で現実に引き戻される。
苦い記憶に蓋をすると、おいしい朝食にようやく手をつけるのだった。
午前10時。提督室。
そこには、提督と秘書艦の榛名、そして蒼龍、金剛、比叡、霧島、千歳、千代田の6人、つまり第2主力艦隊の姿があった。
この8人は、昨夜に入ったという映像を見ていた。
そこに映るのは、浦風・北上・飛鷹・龍驤・山城・伊勢の六人。
偵察機からの映像だが、あまり近づきすぎると撃墜されるため画像は不鮮明である。
敵はル級フラグシップ及びル級二隻の計三隻が前衛、ヲ級フラグシップが恐らく旗艦、ホ級エリート二隻。
艦娘の六人は最初、複縦陣で敵陣へと走っていく。
途中で後ろの三人、飛鷹・龍驤・山城は分かれる。
前衛の三人は敵を包囲するように陣を組み、砲撃。
「ーーー!」
伊勢が叫ぶ。開戦早々の一撃。
ヲ級を狙った一撃は、ヲ級を庇ったホ級の横っ腹へと突き刺さる。
その一撃で、ホ級は大破を免れることはなかった。
「ーーーーー!!!」
この機を逃す艦娘たちではない。山城の後方支援。
龍驤が放った艦爆による急降下爆撃は、ホ級に反撃を許さず爆沈させる。
「ーー、ーーーーー! ーーーーーーー!」
今度は龍驤が叫ぶ。
しかし、さすが練度をつけた深海棲艦。すぐに陣形を立て直し反撃にうつる。
「ーーーーー」
ヲ級が指示を出したのだろう、深海棲艦達は砲撃を始める。
ル級三隻による波状攻撃。
次々に前衛の艦娘の周りに水柱が立ち、狙いを妨害する。
浦風たちは水柱により狙いがつけられず、さらに敵の砲撃が激しく近づけない。
前衛が不利だと悟ったのか、飛鷹たち空母組が艦載機を発艦させる。
前衛部隊の上空を通過、ル級への投弾を開始しようとした、その時だった。
ル級三隻全てが艦載機への対空砲火を開始。
対空砲火に呑まれた艦載機群はほとんど撃墜され、艦娘たちを驚愕させる。
その混乱に乗じて、ヲ級も艦載機を発艦。前衛部隊へと襲いかかる。
艦娘たちも対空砲火を試みるが、混乱が収まりきらず、ほとんど撃墜できないまま投弾を許し、それぞれに着弾する。
浦風が衝撃で吹き飛ばされ意識を失う。全身から黒煙が吹き上がっており、しばらくして炎が立ち始める。轟沈寸前であろう。
北上も中破。伊勢はなんとか、その装甲で無事だった。
そんな中、艦娘に打撃を与えた敵の艦載機群は悠々と帰途に就く。
「ーーー!? ーーーーー!」
これ以上砲撃戦を続ければさらなる被害が出ると考えたのだろう、山城が叫ぶ。
北上が意識を失った浦風を担ぎ、後退。その背中を狙われないよう、伊勢が砲撃し注意を引く。
空母組が残った艦載機を全て発艦させると同時、山城も伊勢の援護へ向かう。
戦艦の二人が殿となり注意を引く間に、四人の艦娘は撤退を開始する。
しかし、戦艦の二人は見逃していた。撤退する四人に接近するホ級の姿を。
隙だらけとなった四人に向けて魚雷が放たれる。
もう一隻のホ級の存在を忘れていたのか、あるいは戦艦の二人が引きつけていると信じきっていたのか、その背中は隙だらけだ。
雷跡に気づくのに遅れ、飛鷹が躱しきれずに被弾。脆いところに被弾したのか、即座に炎上し始める。
「ーーー!? ーーーーー!!」
龍驤の焦りの声。
そして、龍驤が飛鷹を庇おうと移動しようとしたその時。
飛鷹はホ級の砲撃を直撃し、さらに炎上した。
龍驤が呼び戻した撮影をしていたその偵察機は、たまたま、その時の飛鷹の表情を捉えてしまっていた。
絶望。それと同時に、何が起きたかわからない、という表情だ。そして、その目に光は存在しなかった。
恐らく、自分が死にゆく定めであることを本能的に理解しながらも、自分の状態を理解できなかったのだろう。
いつしか時化ていた海は無慈悲に、飛鷹の体を波で、風で蝕んでいく。さほど時間が経たないうちに、飛鷹の体は深い青に呑まれ、そして炎ごと閉じ込られた。
「ーーー!? ーーーーーーー!!?」
さらに動揺する三人。
北上がどうにか、残った魚雷発射管から魚雷を放ち、ホ級を捉える。
油断していたのか、ホ級はそのまま被弾、爆沈した。
龍驤は動揺からか偵察機の収容を忘れ、偵察機は途方に暮れたように再び辺りを飛行する。
そして幸が不幸か、その瞬間をも捉えていた。
撤退し始める殿の二人。
しかし、さらに被弾してしまったのか、伊勢の速度が遅い。
そして、その伊勢にル級の集中砲火。
「ーーーーー!!」
「ーーー!? ………ーーーー!!」
伊勢は大破炎上。
生きて帰れないと直感したのか反転、ル級へ無事な砲塔を向け、そして撃つ。
何発かはル級を捉えるが、装甲によって阻まれ、決定的な打撃にはならない。
逆に伊勢が砲撃の雨に晒されてしまう。
ある一発の砲弾が、伊勢の脇腹を抉り、爆ぜる。
伊勢は爆沈。
「ーー、ーーーー!!?」
「ーーーーーー! ーーーーーーー!!!」
「……ーーー。 ーーーーー!!」
混乱しきる三人に対し、山城が撤退命令を強く告げる。
残った四人は撤退。
そして龍驤に、この偵察機を含む残った艦載機がすべて収容され、世界は暗転した。
映像が終了し、提督室に一瞬の静寂が訪れる。
「……と、こんなところだ」
提督が顔色を悪くしながら言う。
「敵構成はル級フラグシップ及びル級二隻が前衛、ヲ級フラグシップが恐らく旗艦、ホ級エリート二隻がその護衛と思われます」
提督に続き、榛名が話し始める。
提督に無理をさせないためだろう。
「この出撃によってホ級二隻が撃沈している分、楽になりそうですね。……犠牲になった艦娘のためにも、今回の出撃でとどめを刺しましょう」
旗艦の蒼龍の発言。しかし、金剛がそれに待ったをかける。
「Hey蒼龍?そうEasyに突破させてくれる敵でもないと思いマスガ?それに、ホ級の代わりが既に到着している可能性もアリマース」
「……確かにそうですね」
金剛にたしなめられ、自分の考えが浅はかであったことを認める蒼龍。
「さて、そろそろ陣形等を伝えたいのだが、いいか?」
ある程度顔色が回復した提督が確認を取る。
第2主力艦隊の6人は頷き、提督が話し始める。
「まず、陣形は前から2-1-3だ。金剛、比叡が前衛、空母組が後衛。霧島は中衛で、空母組に向かう敵艦載機を墜とせ」
提督による陣形説明のあと、榛名が続く。
「先程の映像からわかるように、ル級は全て対空砲火に集中しています。しかもその対空砲火は激しく、ほとんどの艦載機を落とすほどです。
しかし、対空砲火に集中しているということは、隙をさらすということです。その瞬間を金剛お姉様と比叡お姉様が叩いてください」
「第一次攻撃隊の編成は戦闘機のみだ。敵艦載機を落とすことだけに専念しろ。第二次攻撃隊以降は、艦爆・艦攻も発艦だ。
霧島は抜けてくる敵機を墜とせ。もちろん、兵装に三式弾を配備している。その後は状況判断、前衛と共に攻勢に移るか、空母組の支援に徹するかだ」
榛名と提督による簡易的な役割分担の説明が終わる。
6人は2人の説明を真剣に聞いていた。
その後、それぞれの役割を確認しながら、考えられる状況を提示しあい、話し合いながらそれぞれの状況へのシミュレーションをする。
「……さて、そろそろ出撃の準備に取り掛かれ」
『了解(デース)!』
提督は手元の時計を見ながら、艦娘たちに出撃準備を促す。
第2主力艦隊はそれを受け、提督室を後にする。
提督室には提督と榛名が残される。
「さて、どこまでこちらの予想通りに進むのか……」
提督がボソリと漏らした言葉に気づきながらも、榛名は答えなかった。
蒼龍を旗艦とする第2主力艦隊は、オリョール海へ出撃していた。
予定していたより早くブリーフィングが終わったため、予定された正午より30分程度早く出撃していた。
すでに一度出撃があったからか、敵艦隊とは遭遇していない。
「千歳、千代田。偵察機を発艦させて」
蒼龍の指示。
千歳と千代田は無言で頷き、偵察機――彩雲を発艦させる。
「それにしても、敵艦隊との遭遇が一度も無いとは……」
霧島が予想していなかったように言う。
実際、遭遇戦が無い、ということは予想していなかった。
前回出撃したのが二日前だ。敵艦隊の補充があってもおかしくないと考えていたのだ。
とはいえ、このまま遭遇戦が無ければ万全の状態で敵主力と戦える。蒼龍たちにとって願ったり叶ったりだ。
「万全の状態で戦えるのはいいことデース。デスガ……」
「これが敵の作戦だとしたら、マズイですね…」
金剛の言葉に比叡が続く。
彼女たちが今、一番警戒しているのは、これが敵の作戦であり敵主力との交戦中に乱入、挟撃されることだ。
「ですが、ここまで密に偵察機を飛ばしている以上、どこかで掛かってい……」
霧島が掛かっていてもおかしくない、と言おうとしたところで、千代田が遮った。
「彩雲から通信!敵艦隊見ユ。敵構成は戦艦3、空母1!それぞれ一隻ずつ、金色のオーラを纏っている――フラグシップとのことです!」
「まさか、主力も補充されていない……!?」
完全に想定外である。
まさか、深海棲艦側はオリョール海を放棄するのだろうか。
「……手筈通りにいきます。どちらにせよ、深海棲艦を撃破することは変わりません」
蒼龍の指揮。
それと同時に複縦陣から2-1-3へ陣形変更。霧島が三式弾を装填し、空母組は艦載機の発艦準備に取り掛かる。
「第一次攻撃隊、発艦!!」
そして空母組から紫電改二、零式艦上戦闘機32型・52型がそれぞれ発艦される。
艦載機が空中集合を完了し、いつでも航空戦に入れる状態を作り上げる。
敵もそろそろ気づいている頃だろうが、まだ視界には入っていない。
「金剛、比叡。お願いします」
「了解ネー!比叡!」
「はいっ!お姉様!」
蒼龍が艦載機群を出撃させると同時に、金剛と比叡に突撃の指示を出す。それを受け、金剛・比叡は艦載機群の真下を全速力で航行していく。
その時だった。
「蒼龍、敵の艦載機群が来ます!注意してください!」
比叡からの通信。
直後、艦載機群による航空戦が始まった。
こちらの艦載機の構成は戦闘機のみ。しかし深海棲艦側は戦闘機が5、艦爆・艦攻5の割合だ。すぐさま艦爆・艦攻が自戦闘機との戦闘で墜ち始める。
だが、敵戦闘機も黙ってはいない。
敵艦載機の消耗は激しいが、艦娘側の戦闘機も徐々に墜とされはじめる。
自戦闘機が堕ち始めたことによってできた隙を、敵艦載機の一部が突破し始める。
しかし、そんな敵艦載機群にも洗礼が待っていた。
「フッ、かかりましたね。三式弾、発射!!」
霧島の21号対空電探を用いた三式弾による対空砲撃。
三式弾による弾幕に絡め取られ、突破してきた敵艦載機群は全滅する。
「蒼龍、こちらに向かってくる艦載機は全滅です。うまく作戦が機能したようですね」
霧島からの報告に蒼龍は頷く。
こちら側に抜けてきた艦載機は全滅し、金剛・比叡の直上で繰り広げられる航空戦でもほとんどの艦爆・艦攻が墜とされ、彼女たちに攻撃は届かない。
完全に理想型といったところだ。
「蒼龍、こっちは準備オーケーデース!」
「了解。千歳・千代田、第二次攻撃隊を発艦させるわよ!」
「「了解!」」
金剛の通信を受け、第二次攻撃隊の発艦準備に取り掛かる空母組。第二次攻撃隊の編成は、蒼龍が零式艦上戦闘機32型、彗星、流星改を、千歳が零式艦上戦闘機62型――通称爆戦――、天山を、千代田が零式艦上戦闘機32型、彗星だ。
第二次攻撃隊の発艦準備中、第一次攻撃隊が帰ってくる。
第一次攻撃隊を収容して、蒼龍が確認をとる。
「それぞれ報告して」
「千歳。零戦52型が4機墜とされました」
「千代田。52型が6機墜とされました」
「32型が2機。紫電改二は無傷ね」
残りの艦載機の情報交換。思っていた以上に損傷が軽微だった。
「さて、第二次攻撃隊、発艦するわよ!」
そして、蒼龍の令に従い、空母組は第二次攻撃隊の発艦を開始した。