S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler 作:DAY
世界が紅く染まっていた。
常ならば灰色の陰鬱な曇り空は、一面が紅に染められている。
夕日のような温かみを感じさせるような色合いではなく、まるで鮮血のような鮮やかな紅。
彼の目指す方角にはコンクリートで塗り固められた巨大な墓所のような発電所があったが、その上空にまるで神の槌の様な巨大な、そして空の色よりも尚紅い積乱雲が発生していた。
つい先程までそんなものは無かったというのに。
更には雷の如き激しい轟音と地震のような振動が大地を揺らし、獣の絶叫か或いは人の悲鳴とも取れる風切り音が響き渡り、聴覚を麻痺させる。
―――まるで聖書に描かれた終末のようだ。
そんな事を思いながら彼は無意識の内に持っていた自動小銃を構えていた。
このような超常的な現象に銃器で立ち向かう等、愚かの極みだ。さっさと放り捨てて、一刻も早くこの場を離れるべきだ。
彼の本能的な部分はそう言っていたが、彼の鋭敏な感覚はこれを放すべきではない、何かが来ると言っていた。
そしてそれは正しいと証明される。
巨大な紅い積乱雲の真下、発電所のある方角から何かが来たのだ。
それは獣の群れだった。奇怪に大型化した鼠がいた。乗用車程度なら叩き潰せそうな猪がいた。人間の顔を持った犬がいた。もはや手足の生えた巨大な肉塊としか言い様のない怪物がいた。人型だが明らかに人ではない生物がいた。
それらは雪崩となってこちらに向かって迫ってくる。その群れに即座に手にした小銃を発砲しようとして彼は気付いた。
彼らはこちらに敵意を持っているわけではない。
彼らもまたこの現象から逃げようとしているのだと。
彼の予想を裏付けるように獣の群れは、彼を無視して一目散と荒野の彼方へと消えて行く。
そして再び獣の群れから巨大な積乱雲に意識を向けた時、それは起こった。
今までとは比較にならない衝撃と轟音。そして閃光が目を焼き、轟音が鼓膜を貫き、流石に堪らず彼は頭を抱えて、蹲った。そして再び目を開けた後、景色は一変していた。
まるで核弾頭でも炸裂させたかのように、発電所の上に巨大な紅い原子雲が築きあげられていた。
否、まさしくそれは核爆発だった。嘗て一度だけ経験した核爆発。
米国の地方都市、オーバーンを一撃で死の街に変えた、地下に建造された反応炉のメルトダウン。
記憶の中にあるそれと寸分変わらぬ景色が再現されようとしていた。
と、なれば次に来るのは―――。
そこまで思い立った時、彼は銃を捨て身を翻す。自分も獣達と同じく本能に従い、銃を捨てさっさと逃げておくべきだったと後悔するが、もう遅かった。
次の瞬間、爆発に伴って発生した衝撃波に打ち据えられ、彼は木の葉のように吹き飛び、そのまま意識を手放した。
◆ ◆ ◆
「ナイトクローラー共の逃亡先が判明した」
上官であるロウディ・ベターズの言葉で彼は夢から覚め、現実に意識を向けた。
咄嗟に手に持っていたコーヒーの入った紙コップを握り潰しかけて、何とかこらえる。
疲れのせいか一瞬眠りかけていたのかもしれない。だがそれにしては今の夢はリアルすぎた。
あの作戦の最中にも似たような幻覚を幾つも見たが、悪意に満ちたあの幻覚とは根本に違うような気がした。
だがいずれにしても、あの悪夢の一夜は終わり、ここは彼が所属するF.E.A.R.の本部の作戦室で目の前には自分の指揮官であるベターズが立っている。それだけは確かな現実だ。そう言い聞かせて自分を落ち着かせる。
ベターズは目の前に座る軍曹の様子に一瞬怪訝そうな顔を見せたもの、直ぐに気を取り直した。
あの作戦が終わって休む暇もなく呼び寄せたのだ、疲れが残るのは仕方がない。
だが作戦は終了しても状況は終了したとはとてもではないが言えない。
F.E.A.R.の数少ない実働部隊員となってしまった彼には現在の状況を把握してもらう必要があるのだ。
先ほどまで彼が従事した任務―――米軍特殊部隊「First Encounter Assault Recon(超自然現象鎭圧部隊)」通称「F.E.A.R.」によるアーマカムテクノロジーコーポレーション、通称ATC社への強制調査は、最終的にはこの会社が極秘裏に研究していた超能力者のオリジナルDNAサンプルの強奪戦となった。
調査の発端となったATC社が開発した人工超能力者のテレパシーで操られるクローンの軍隊、通称レプリカ兵の反乱。
それに対処するべく米軍は特殊能力者が在籍するF.E.A.R.に反乱の鎮圧とATC社の調査を命じた。
F.E.A.R.はレプリカ兵への対処チームとATC社の調査チーム、2つのチームを編成しそれぞれの対処の当たらせた。
今この作戦室にいる軍曹は後者のチームに属していた。
レプリカ兵の対処に比べれば、当初は問題なく行われると思われていたこの任務も思わぬ横槍が入った。
ATC本社へ襲撃を行い、オリジナルの超能力者のDNAサンプルを奪うべく現れた、最新鋭の装備と高い練度を持つ正体不明の傭兵部隊『ナイトクローラー』の介入だ。
更にその過程で起きたATC社が保有するヴォールトと呼ばれる地下施設内部の核反応炉の大爆発により事態は混乱を極め、状況の把握も出来ないままF.E.A.R.はATC本社と本社の存在する地方都市オーバーンで本格的な市街戦へと移行。最終的にDNAサンプルが保存されるATC社の研究施設にて、調査チームのF.E.A.R.隊員達は傭兵部隊、レプリカ部隊、それに加え正体不明の亡霊と4つ巴の混戦を生き残り、DNAサンプルを奪取して見事生還してきたのだ。
いくら元の任務が調査のために少人数だったとはいえ、僅か三名のチームで2つの大隊規模の部隊を相手取り、一度は傭兵部隊にサンプルを奪われたもの、それの奪還に成功したのだ。作戦行動中に一名の殉職があったが、その程度で済んだのはむしろ僥倖といってもよい。
だが結果としては作戦は成功したが全てが上手く言ったわけではない。2つのDNAサンプルの内、超能力者サンプルのオリジンであるアルマ・ウェイドのDNAサンプルこそ回収できたものの、もう一つのサンプル―――彼女の実の子供であり、反乱を起こしたレプリカ兵の指揮官でもあり、遺伝子提供者でもあるパクストン・フェッテルのDNAサンプルはナイトクローラーに奪われたまま行方が知れない状態になっている。
だがF.E.A.R.の作戦コーディネーターであるロウディ・ベターズはこの件で彼らを責めるつもりはなかった。最重要であるアルマの遺伝子を確保出来たのは大きな功績だ。
彼はF.E.A.R.全体の作戦コーディネーターとしてレプリカ兵と戦いアルマ・ウェイドを追跡していた別のチームの状況も熟知している。
アルマの前にはフェッテルですら赤子のようなものだ。その怪物の遺伝子データを守り切ったのは評価されるべきだろう。
だが彼らを取り巻く状況はそれらの出来事すら些末事と断じれるほどに深刻に悪化していったのだ。
当初は全くの不明だったこの一連の事件の原因と、その経過もある程度は判明した為、F.E.A.R.としての最低限の仕事は果たしたが事件の決着には程遠い状況だ。
事の発端はレプリカ兵の指揮官、パクストン・フェッテルがATC社に超能力者のサンプルとして実験台にされて殺された自らの母親、アルマ・ウェイドの亡霊に操られATC社に襲撃をかけたという所から始まった。
その事に慌てたATC社の理事会やそのスポンサーは、非人道的な人体実験を行っていた事実を隠蔽し、アルマに関する証拠を隠滅するために傭兵部隊ナイトクローラーを送り込みATC社の物理的、人材的な証拠を抹消しようとした。しかしその結果、調査に来たF.E.A.R.隊員とブッキングし、戦闘に至ったという現実離れした話だった。
まともな人間なら一笑に付すであろうそんな話もレプリカ兵とナイトクローラーによるATC社の虐殺の跡と、F.E.A.R.隊員とアルマ・ウェイドの亡霊との戦闘の結果、核反応炉が大爆発を巻き起こして都市一つ壊滅させたとなってはジョークにもならない。
そしてそれだけの惨事が起きて尚、アルマとの戦いには決着がついていないのだ。
あの悪夢のような一夜が過ぎ去った後も米国内部は未だに混乱の最中にある。
未だ状況は破滅的な方向へ向かっており、核反応炉の爆発で廃墟と化した地方都市オーバーンに至っては、未だに生存者の救出もまともに行われていない状況だ。
この若き軍曹も作戦行動中にあの爆発に遭遇し、丸焼けになる所だった。しかもあの核爆発を起こしたのは他でもない彼と同じF.E.A.R.隊員であるという。
レプリカ兵の対処チームであったその彼にその決断をさせたのは、作戦行動中に出会ったアルマの亡霊を滅ぼすためだと言うが、軍曹はそれを何を馬鹿げた事と笑う気にはなれなかった。
何しろ彼のチームもまた今回の任務でアルマが生み出したと思わしき亡霊と遭遇し、それによって同じチームのスティーブ・チェン中尉が軍曹の目の前で無残に殺害されている。あの怪物達を消し去るためなら軍曹とて核のスイッチ程度なら喜んで押すだろう。
その核反応炉を暴走させたF.E.A.R.隊員も一度はヘリで回収したものの、ヘリが墜落。その隊員は別の合流地点までレプリカ兵と交戦しながら移動するも、最終的には合流地点で待機していたヘリごと連絡が途絶えたのことだ。
この一連の事件に対応するべく出動させたほかのF.E.A.R.隊員もほぼ行方不明か、死亡という有り様。
実質上、現在生き残った隊員はベターズの前に座る若き軍曹とその上官であるディビッド・レインズ大尉だけだ。
そしてレインズ大尉は軍上層部からの出頭命令が下された。作戦指揮官のベターズを飛び越えたその命令に逆らえるはずもなく、彼は現在軍上層部へと出向き、作戦の顛末の報告を行っている。
指揮官でもあるベターズからではなく、現場の人間から直接報告をさせる所から上層部の焦りが伺える。
これからF.E.A.R.が解体されるか再編成されるか、どちらにせよ暫く彼は現場には戻ってこれまい。
ベターズを含め本部のオペレーターは何人か残っているが、実働隊員が一人では何もできない。しかしそれでもベターズは諦めずに事件の主犯格の一つである傭兵部隊ナイトクローラーを独自のコネで追い続けていた。
そして今ようやくその努力が結実したというわけだ。
だが―――。
「奴らはこの米国の混乱を利用してもう既にサンプルごと国外に脱出している。行き先はウクライナのチェルノブイリ。悪名高きZONEだ。」
最後の単語を聞いて軍曹の眉が怪訝そうに上がる。
ZONE。2006年、ウクライナの活動を停止したはずのチェルノブイリ原子力発電所にて発生した原因不明の爆発事故。
それに伴い発電所を中心に半径数十キロに渡って放射能汚染と生物的汚染が広がったのだ。 そしてそれ以降、該当エリアでは放射能汚染によって発生した突然変異の攻撃性の高いミュータントと、現在の科学では解明も出来ないアノーマリーと呼称される異常現象が発生する様になり、軍隊ですら容易に近づけない有り様となっている。人はいつしかそこを恐れを込めて、ZONEと呼ぶようになっていた。
ZONEの名前をF.E.A.R.内部で名前を知らない者はいない。
なにしろF.E.A.R.とは米国内でZONEの様な超自然現象が発生した時に備えて、編成された部隊でもあるのだ。
今回の事件もZONEとは些か方向性が違うとはいえ、一般の部隊では対処できない超自然的な事象が多発する異常な事件だったことには違いない。
現在ZONEはウクライナの正規軍すらおいそれと手の出せない危険地帯と化している。
しかしそれは人が全く居ないというわけではない。
ZONEで発生する奇形の怪物。異常な現象。そしてアーティファクトと呼ばれるZONEでしか採取できない特殊な性質を有する鉱物。
これらが持つ秘密と利益を世界中が求めており、各国の企業や科学者、富豪達の代行者として危険を生業とする様々な人種がZONEに入って来ているのだ。彼らは非公式に侵入した連中だがその中身は傭兵からお尋ね者、冒険者気取りの命知らずに野心溢れる科学者等、様々だ。
一時はZONEを使って『観光ツアー』が組まれたことさえあったが、大抵が悲惨な結果に終わっている。
そんな危険な地域のため大抵の連中はZONEから逃げ出してしまったが、一部の人間はそれでも尚ZONEに留まり、貴重なサンプルやデータを入手してくることから、ストーカーと呼ばれている。
そしてZONEという地域の特性上、軍や政府はその内部にまともに干渉する術を持たず、そこには外界から隔離されたストーカー達による一つの小さな社会が出来上がっていると言われている。
そういった場所ならば傭兵部隊であるナイトクローラーが身を隠すには持ってこいの場所であると言えよう。
しかし軍曹は腑に落ちない表情で手を上げた。
「なぜ彼らはサンプルを持って米国から脱出を?彼らのスポンサーは米国の上院議員なのでは?」
そう。
この事件ではナイトクローラーの背後にいるのはATC社の計画とF.E.A.R.の内部事情にも通じた米国の上院議員の一人だと推測されていた。
レプリカ兵によるATC社への反乱の報告を受け、自身の関与の証拠の抹消と今までの成果を回収するためにナイトクローラーを送り込んだのだろうと。
ナイトクローラーは自分達の痕跡は僅かな証拠も残さず消し去っているため、状況からの推測も多分に含むが、それが事実なら上院議員という後ろ盾のある米国から急いで逃げ出す必要はないだろう。ましてや漸く確保したサンプルごと脱出と言った真似は、彼らのボスである上院議員自身が許さないはずだ。
「彼らのスポンサーと思わしき人物は米国上院議員の一人、ディビット・ホイルと思われる。逆に言えば思われるだけで証明はできないがな。
だが奴はATC社の大株主で理事会の一人である。だからこそ自分の利益の確保とATC社の悪事を消すために、ナイトクローラーを使って証人の処分と研究成果を奪わせ、リスクカットを行ったとすれば辻褄があう。……証拠はないがな。だから今回の件の最中に我々は奴の通信網に網を張った。
それに加えてお前が回収した通信機を解析した結果、僅かだが奴らの通信を傍受することに成功した。その通信で判明した事は奴らは事件後に雇い主に対して後ろ足で砂をかけたってことだ」
「ギャヴィン・モリソンを切り捨てた様に自分達のボスにも牙を向いたってことですか?とんだ狂犬だな」
「傍受できた内容ではどうも報酬額のことでお互いの意見が合わなかったようだな。ナイトクローラーにとってあの戦闘で受けた損害は予想以上のものだった。相手はATC社の社員で一方的な狩りのはずが、F.E.A.R.や正体不明の亡霊も交えての市街戦にまでになったんだからな。
最終的には決裂して奴らは足りない報酬分として、一旦は依頼主に引き渡したパクストン・フェッテルの遺伝子データを強奪するような形で持ち去っていったようだ」
「その通信でディビット・ホイルを逮捕する事は出来ないんですか?」
「無理だな。音声自体は電子的に加工されていたし、証拠にはならん。奴さん大したタマだよ。言い争いになっても身元を示す様な単語は一切口にしない。そもそもこの通信傍受自体も違法な上に、場合によってはでっち上げとしてこちらの立場が危うくなる。
おまけに現場に残されていた証拠は仕事熱心なナイトクローラー達が全て消し去ってしまった。折角決裂したのなら、嫌がらせにそれらの証拠の一つでもこっちに横流ししてくれればいいんだが、妙な所でプロ意識がある連中だ」
そう言ってベターズは肩を竦めた。
まるで諦めたかのようなその態度に軍曹は顔を険しくした。
「物的証拠はなくとも証言なら……」
「それも今の所見込みなしだ。直接奴と連絡を取っていたと思われるアーマカムテクノロジーコーポレーションの社長のジェネディーヴ・アリスティドだが、デルタフォースが奴の身柄を確保しに行った所、連絡がとれなくなっている。社長共々な。おまけに…」
そこでベターズは喉を潤すために机の上に置いてあったコーヒーに手を伸ばし、口をつけた。
冷め切っていたそれに顔をしかめてから続ける。
「お前はまだ知らんだろうが、アーマカムの私設部隊が本格的に動き始めた。あの本社にいた警備員のようなレベルの奴らじゃない。民間軍事会社としても登録されている、ナイトクローラー以上の規模の連中だ。
あのオーバーンをふっ飛ばした爆発が起こった後、アーマカムの理事会は人命救助と治安維持のためにこいつらを無償で使って欲しいとヌケヌケと言ってきた。例の上院議員の推薦も添えてな」
「大した面の皮をしてますね」
「ああ、よほど厚いんだろう。あの爆発にも耐えれるぐらいに。ともあれ政府としては上院議員の事が無くともこの申し出を受けるしかなかった。あの大爆発からは放射性物質も検知されたし、そんな所に突っ込ませるには適した装備を持った部隊は余りにも少ない。
その点奴らは最新の対化学用装備も持っていて、米軍を差し置いてオーバーンに一番乗りを果たした。そして奴らはまず自分の会社のスタッフの救助を名目にATC社の例のプロジェクト関連の施設に乗り込んだ。そしてその報告がまた笑える」
そう言ってベターズはコーヒーを一息に飲み干し、空になった紙コップを握りつぶして床へと叩きつけた。
「あの爆発を受けスタッフはほぼ全て死亡! 施設も破壊されて瓦礫の山になっていたとの事だ! 馬鹿馬鹿しい! 奴らは証拠を消す為に救助に行ったのではなく息の根を止めに行ったのさ! ナイトクローラーと同じくな!」
激高したベターズだったが、新しいコーヒーを淹れるまでには落ち着きを取り戻しようだった。
だがその顔から険しさが消えることはない。
「そんな訳でアーマカムは現在進行形で今回の事件の証拠を抹消中だ。止めようにも我々で動ける人員はお前一人だけ。米軍も動いているが規模が規模だけに本格的に動き出すまでには時間が掛かり過ぎる。彼らがオーバーンに入る頃には奴らの掃除は完了しているだろうな。
しかも元々米軍はレプリカ兵計画の最大のスポンサーでもあった訳だし、今回のオーバーン壊滅の原因となった核反応炉の暴走の原因は、アルマの亡霊を倒そうとしたF.E.A.R.隊員の行動が発端になっている。無論現場を知る私としてはその行為の正当性を理解できるが、もしアーマカムの理事会がその事実を掴んだ場合厄介なことになる」
「つまり、最悪の場合奴らはお咎め無しで逆に我々がオーバーンを破壊した犯人として裁かれると」
「そういう事になる。皮肉な事にあの爆発と奴らの見事な証拠抹消の手際によって、それらの証拠も纒めて消えてる可能性は高いが油断はできない。そして最大の問題であり、今回の事件の原因でもあるアルマとフェッテルの事も野放しだ。
まさか核反応炉の爆発でも倒せないとは予想外だったな。と言うよりは奴らに関しては何一つ予想ができない。そもそも旧式の核反応炉が暴走した程度であれ程の爆発が起こる訳がないんだ。にも関わらず起きたということはアルマが何かの干渉をしたとしか思えない」
そう言ってベターズは背後のメインモニターを視線を向けた。そこに映し出されるのはオーバーンの中心部に積乱雲の様に聳え立つ、爆発時に発生した巨大な原子雲だ。その色彩は血のように紅く、見る物に本能的な恐怖と畏怖を抱かせる。
……もうあの核反応炉の爆発が起こってから既に3日は経過している。
にも関わらず消えてないのだ。あの禍々しいオブジェクトは。
それどころか発生当初より規模を大きくしているような節すらある。
それに伴い様々な怪奇現象も目撃されているという報告もある。
国中の学者達もこの異常極まりない現象に今頃頭を抱えている頃だろう。
その回答をF.E.A.R.は持っているが、学者達はそれを安易に受け入れはしまい。
彼らとて今回の事件の経験が無ければそれを受け入れる事はなかっただろう。
アレは亡霊の仕業だと。
F.E.A.R.は超常現象に対する為に生み出された部隊である。部隊のメンバーにはそういった一種の超能力と言っても差し支えない能力を有する者も在籍している。
ベターズの前にいる軍曹もまたその一人だ。
しかし異能者であっても所詮は唯の人間であり、一個の生命体に過ぎない。
そう思っていた。
今回の事件が起きるまでは。
少なくとも彼らが知る限り、小規模とは言え核にも匹敵する爆発を受けて死なないような能力者等は、居ない。
核反応炉の暴走を選択した隊員もまた例のアルマの力を幾度も体験した人間だった。相手を決して侮っていたわけではない。
それでも核反応炉による核爆発ならばアルマを葬れるという目算があったのだろう。
だが彼はいや、F.E.A.Rはアルマの力をまだ見誤っていた。
F.E.A.Rだけではない。ATC社も、例の上院議員も、そしてオリジン計画発案者たる彼女の父親も。
全てがアルマを侮っていた。
その結果が壊滅したオーバーンの惨状だ。
本来ならばヴォールトが吹き飛ぶ程度の爆発はしかし、アルマにとって格好の餌でしかなかったのだ。彼女はあの破壊的なエネルギーを吸収、増幅することによって予想だにしなかった惨劇を生み出した。
ATC社の私設部隊も証拠の抹消に忙しいようだが結局の処、根本的な解決、即ちアルマの抹殺という手立ては打てないでいる。だがそれもそうだろう。
相手は既に死人。いや、この事件の最初から彼女は死んでいたのだから。
この事件の発端は一人の少女から始まった。
アーマカムテクノロジーコーポレーションによる一人の少女の異能を科学的に徹底的に解明、否、解剖し、量産化しようという狂気の計画、プロジェクトオリジン。
科学者だった実の父親にその異能の力から実験材料と見なされ、成長を許されること無く、生きながらに地下深くの生命維持装置という名の墓穴(ヴォールト)に封じ込められ、更には二体の実験体の妊娠と出産を強制させられた少女、アルマ。
意識もないまま孕んだ我が子は生まれて即座に実験用サンプルとして取り上げられ、我が子を思う思念すらをも恐れた父親に生命維持装置の電力供給を止められ、生きたまま溺れ死んだ少女。
彼女の生の大半は地の奥底の闇と共に在り、その人生において彼女に許された自由は唯一つ、万物を呪う事でしかなかった。
父を呪い、他人を呪い、神を呪い、空を、大地を、世界の全てを呪って尚足りぬ。
地底に築かれた墓所にて、彼女の呪いは長い時間を掛けて練り上げられた。
その呪いの前においては彼女自身の死すら障害に成り得ず、それどころかより禍々しい物へ昇華する手助けにしかならなかった。
そして彼女はその異能の力で闇の底から引き離された実の息子―――ATC社によりレプリカ兵の指揮官として育て上げられたパクストン・フェッテルに語りかけ、彼にも憎悪の種を植え付け、レプリカ兵を率いての蜂起を促し、当時のATC社の関係者達を殺害させ、遂には悪霊と化した自身の開放を成し遂げたのだ。
恐らくだが、アルマの力は当初は現在の様な強大な力ではなかったのだろう。
もしそうであれば当時の科学者達による封じ込めは成功しなかった筈だ。
だが、ヴォールトの中で積み重なり熟成されていったその憎悪と力は、彼女を最早一個人の領域を超えた現象と呼ぶべき存在へと押し上げた。
そのような神か、悪魔というべき存在を殺す方法など既知の科学にはない。
そう言った意味ではATC社の実験は成果を出したと言える。
彼らは長い時間を掛けて、自分達の手で神を造り出したのだ。
人を呪い殺すだけの邪悪なる神を。
「いずれにせよ、アルマに関しては我々もまだ手が出せない。始末した筈のフェッテルも見事亡霊に生まれ変わって好き勝手やっているようだしな。そもそもあいつらにどんな手段が有効なのかもわからない。…あいつが生きていればまだどうにか出来たかもしれないが」
軍曹の片眉が跳ねた。その表情に浮かぶのは怪訝さとある種の好奇心だ。
「例の新入りですか」
「お前だって入隊時期は大して変わらんだろう。あいつのことは知っているか?」
「いえ、チームも違いますし詳しくは。ですがほかの隊員から彼と似ているとは言われた事があります」
それを聞いてベターズは笑った。
「確かに無愛想な所はそっくりだ。おまけに戦闘能力もとびっきりって所もな。実際お前の方が…」
フェッテルよりよっぽど兄弟みたいだ。
喉元まででかかったその言葉をベターズは何とか飲み込んだ。
例の新人の正体―――ポイントマンがオリジン計画によって産み出された存在であり、フェッテルと同じくアルマの実子だと言う事はF.E.A.R.の中においても重要機密である。
F.E.A.R.の作戦コーディネーターであるベターズは当然隊員の履歴も全て把握している。そんな彼も今回の作戦中に初めて知った―――恐らくは例の新人本人も―――その過去はベターズに一つの疑念を生じさせるに充分だった。
即ち、F.E.A.R.もまたATC社とオリジン計画の関係者によって結成された一種の実験部隊なのではないかということだ。
ポイントマンがこの部隊に入隊してきたのもまるでこの事件に合わせるかのようなタイミングだった。もしこの事件が彼ら、ポイントマンとフェッテルにとっての実戦テストだったとしたら辻褄が合う。
もっともテストというには些か規模が大きくなりすぎているが。
そして彼の目の前にいる軍曹もF.E.A.R.に入隊する以前に軍の命令を受けて、ATC社のある計画に一時的に参加していた過去があるという。
その計画はある種の薬物とトレーニングによる兵士としての戦闘能力の向上を目的とするものとのことで、当の本人に聞いても奇妙な薬物の摂取と精神的な診断を受けただけで本人にも詳細は知らされていなかったという話だが、ポイントマンの前例を考えるとまさかという可能性もある。
例のポイントマンの件から考える限りATC社の機密保持は徹底しており、被験者にすら情報を漏らすことはないという姿勢が伺えるから実際に知らないという事も充分に考えられる。
あの戦いぶりを見る限り、この軍曹がATC社のスパイということはまずないだろうが、これから死地に向かう彼に確証もないままこれらの情報を与えて、精神的な動揺を与えるのも良くないだろう。
もしそうならば然るべき時に伝えればいいだけだ。
「話が逸れたな…。とにかく今はアーマカムには手が出せん。ナイトクローラーの方を追う。上院議員と喧嘩別れしてから奴らの動きは予想以上にスムーズだ。もしかしたら別のスポンサーを既に見つけているのかもしれんな。いずれにしろ奴らを捕らえれば…」
「ディビット・ホイルを被告人の席に立たせる程度はできるかもしれないと」
「その通りだ。だがそれよりも重要なのがパクストン・フェッテルの遺伝子データだ。ナイトクローラーがまたそれなりのスポンサーを見つけていたと仮定した場合、放置すれば第二のアルマが生まれることになるかもしれん。それだけはなんとしても避けねばならない。そしてもう一つ」
「まだ何か?」
「いや…これは確信があって言うのではないが、軍曹、今のオーバーンの状況をどう思う?」
彼は即座に返答した。
「地獄ですね」
「俺もそう思う。だがこの世界にはもう一つ似たような状況に置かれている場所がある」
その言葉に軍曹はハッとしたような顔になった。
「…ZONE」
ベターズは頷き、端末を操作した。モニターが切り替わりZONE発生当初のチェルノブイリ発電所が映し出される。
発電所の背後に聳え立つ真っ赤な積乱雲はオーバーンの中心部にあるそれと酷似していた。
「その通りだ。ZONEが発生した当時もこの世の終わりだと地獄だと騒がれたもんだ。だが結局は沈静化こそしなかったものの、あのZONEも人間は受け入れて世界の一部と認識されるようになった。俺は今回もそうなる可能性があるかもしれんと思っている」
「オーバーンが第二のZONEになると?」
「或いはもっと破滅的な物になるかもしれない。そうなる可能性のほうが大きそうだ。だがそいつと戦う前に似たような物で予習をすることは無駄にはならないだろう」
軍曹は苦笑いすると目の前の上官の言いたいことを要約した。
「つまりこういうことですか。ナイトクローラーを皆殺しにするついでにZONEで亡霊共に対する対抗策でも手に入れてこいと」
ベターズもまた苦笑いでこれに答えた。
「お前は物事をシンプルに考えれるようだ」
「作戦はシンプルなのが一番ですから」
「我々はもう一度原点に帰る必要があるということさ。超自然現象鎭圧部隊という割には我々は超自然現象に対して余りにも無力だった。本格的に奴らと戦う術を学ぶ必要がある。我々自身の意志で、だ」
そう言ってベターズは立ち上がり、周りのオペレーター達に指示を出し始めた。
自分も準備をしなければならない。
戦いの準備を。
そしてふと思い出した事を口にした。
「ところでレインズ大尉が言っていた自分の昇進の件ですが…」
「残念だが、私は君の昇進をどうこうできる権限は持っては居ない。どうしてもというなら二階級特進しかないが、お奨めはしないな」
「…そうなると思っていましたよ」
諦観の表情で答えると彼は思い出したように手に握っていた紙コップの中身を飲み干すと席を立ち、司令部から退出した。
S.T.A.L.K.E.R. もF.E.A.R.も大好きなんですがあんまりSSがないなあ……じゃあ自分で書くしかないじゃん! という感じで書きました。
どうせ書くなら2つとも書きたいためクロスさせました。贅沢!
因みにこのSSの主人公はF.E.A.R.の拡張パック、『F.E.A.R. Perseus Mandate』のプレイヤーキャラであり、F.E.A.R.シリーズの主人公とも言うべきポイントマンではありません。
Perseus Mandateは一作目のF.E.A.R.の裏でATC社に襲撃してきた謎の傭兵部隊ナイトクローラーと別のチームのF.E.A.R.隊員との戦いを書いたもので、本編の外伝的な位置づけの作品です。
開発会社の違いによりF.E.A.R.2や3には設定的は続いていませんが、恐怖演出、アクション、共に単体の完成度でも本編に匹敵するいい作品です。(ステマ)
そして物語の舞台になるのはS.T.A.L.K.E.R.シリーズの舞台ZONEです。
ウクライナの原発事故を起こしたチェルノブイリ発電所が謎の大爆発を起こして、異常現象やミュータントが発生する危険地帯に変貌。
謎や金や危険を求めて世界中から命知らずが集まる土地になってしまったというワクワクする設定の舞台です。(ダイマ)
追記
そういえばこれ以降の本編の後書きでSTALKERのことを紹介していたのですが、もう一つのクロス作品のF.E.A.R.のことをロクに説明してなかったのでせっかくなのでここに追記しときます。
F.E.A.R.第一作は2005年(古っ!)にアメリカが発売したホラーFPSで日本のホラーゲーム零などの影響を強く受けたと言われるゲームです。
初代FEARは超能力少女アルマちゃんが軍事暗黒メガコーポ、アーマカムテクノロジーコーポレーション(ATC社)によりモルモットにされ死亡。ATC社はそのデータを使ってレプリカ兵などのSF兵器を作るも、彼女の実子でありレプリカ兵の指揮官であるパクストンフェッテルがアルマの怨念を受信して反乱を起こし、それを米軍特殊部隊FEARが鎮圧しにいくというお話です。
レプリカ兵やパワードスーツのようなSF兵器がありながら、話の主軸は悪霊と化した少女というアンバランスさ。そして話の内容はひたすら暗いダンジョンみたいなエリアをレプリカ兵と悪霊を、銃とキックとスローモーと呼ばれる加速能力を使いながらぶっ殺して進むというなんとも怖いゲームです。
しかし恐怖演出やレプリカ兵の頭のよさから高い評価を受けました。
その後F.E.A.R.2、F.E.A.R.3、とつながっていくのですがよりSF度が増して恐怖演出もアメリカちっくな派手な物になっていきます。
拡張パックであり外伝でもあるPerseus Mandateは本家とは直接のつながりはないですが、恐怖演出とゲームデザインはむしろこちらのほうが初代の系譜と言っても過言ではありません。
STALKERと同じく古いゲームですが、ゲームの出来はしっかりしてるので今やっても古さは感じません。SteamなどでF.E.A.R.と拡張パックまとめて1000円ぐらいで購入できます。(ダイマ)
上記にも書いてありますがPerseus Mandateは2、3、とは繋がってませんが、2以降のFEARも恐怖演出はともかくSFパートは作者は大好きなのでこれらのギミックを作中に出すことになるかもしれません。