S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler 作:DAY
フィアーがdarkvalleyを歩いて2時間程が経った。
厄介な所とはわかっていたが、ここは予想以上に面倒な場所だとフィアーは内心で毒づいた。
点在する異常重力のアノーマリーや毒の沼のアノーマリー。それらに加えてミュータントの存在である。
遠めに見た時は平野に見えたが、そこら中に窪みなどがありそれが死角を作っている。
そして窪み等には大抵ミュータントが眠っており、気が付かずにそれに近づいてしまうと彼らは即座に起き上がり、こちらに向かって襲い掛かってくるのだ。
お陰でこの2時間で既に5回もの戦闘を行っている。大半は単独のミュータントだったため、苦もなく撃ち殺せたが、こうもそこら中にミュータントが潜んでいるとなると神経に堪える。
警戒の為に歩みも遅くなってしまう。アノーマリーもミュータントもいなければ既に廃工場へ着いていてもおかしくはないのだが。
あのゴミ捨て場―――garbageのように放射線や化学物質がそこら中に充満していないのが唯一の救いだ。
それでも休みなしで歩き続けた為、目的地はあと少しの所まで来ている。
今は丁度darkvalleyの中心にある池に辿り着いた所だ。
darkvalleyの貴重な水源であろうその池は、緑色に染まっている。
その毒々しい緑色が苔やヘドロではなく毒のアノーマリー由来なのは明らかだった。
人間ならばその毒々しい水を飲もうとは思わないが、ここに生息するミュータント達にとっては大事な水飲み場らしく、池の端で2体の巨大な猪のミュータント―――bearが水を舐めていた。
この大猪はフィアーの存在にも気がついていたようだが、水源地で戦う気はないようで、興味なさげにこちらを一瞥した後、フィアーを無視してひたすら水を飲み続けている。
例えミュータントと言えど水源地では争わないという性質を持っていることにフィアーは感心した。
……もしかしたらミュータントではなく本当にただの猪なのかもしれないが。
池の中央には自動車も通れるようなコンクリートの橋がかかっており、フィアーはその下で小休憩することにした。
キャンプ地と同じように橋の下への出入口にワイヤーを使った簡単な鳴子を設置、橋桁の出っ張りが丁度いい大きさだったのでそこに腰掛ける。
バックパック内の食糧袋を漁るとスナックバーとビスケット状の栄養補助食品が出てきた。これは数種類あったが、好物のフルーツ味を選ぶ。
あくまで小休止の為なので火を起こすつもりはない。その為こういったもので充分なのだ。
ここは水源地ということもあり、ミュータントもそれなりにやってくるだろう。
そんな所で長居しては、またあの手の長いゾンビのような連中に襲われるかもしれない。
先ほどのこともあり周りを警戒しながら、水を求めてバックパックを漁るとゲーターレードが入っていた。
スナックバーにビスケットにゲーターレード。
まるでピクニックのような取り合わせだ。
これで周りが自然豊かな森ならば本当にピクニックになるのだが、現実に周りにあるものは毒々しい緑色に輝き泡立つ池。そして彼が腰掛けているのは切り株ではなく湿気って罅の入ったコンクリート製の橋桁であり、目につく動物は可愛らしい小動物ではなく、銃弾すら跳ね返しそうな毛皮を持つ大型の猪と、緑色の排水じみた色の池で水浴びをする肉塊のごとき奇形の豚である。(フィアーがバックパックの中を漁っている間に新たに現れたのだ)
とはいえこうして暴れていなければ、ミュータントというのも存外普通の動物に見えなくもない。
猪のミュータントであるbearは喉の乾きを潤した後はパートナーとお互いの毛皮を舐め合っているし、水遊びしているfreshもその外見に目をつむれば可愛らしいと言えなくもないかもしれない。
ミュータントを観察しながらフィアーはスナックバーにかじりついた。チョコとキャラメルの暴力的な甘さが口の中に一気に広がる。
平時ならともかく、数時間に渡る行軍の後の甘いものは格別だ。脳に活力が行き渡っていく感触は悪くない。
甘ったるくなった口の中をゲーターレードを流し込んで清めるが、そもそもゲーターレード自体も甘い為にあまり意味はない。
次は紅茶かコーヒーでも入れてもらうようにbarkeepに頼むかなと思いながら、ビスケット状の栄養補助食品を口に放り込む。
いくつかのブロックに形成されたそれはフィアーの好物ではあったが、こんな所で味を楽しんでいるわけにはいかないため、味わうこともせず口の中に咀嚼して飲み込んでいく。
ふとフィアーは視線を感じて振り返った。
視線の先には先ほどまで水浴びしていたfleshがいた。いつの間にか水浴びをやめてこちらの様子を伺っている。
正確にはフィアーが食べているビスケットに興味があるようだ。
フィアーは暫く考え込んだ後、手にした残りのビスケットを手首のスナップを効かせて、そのfreshの方へと投擲した。
ビスケットは弧をかきながらfreshの頭上を飛び越して、地面に落ちる。
するとfreshは一目散に投げられたビスケットに飛びついて一心不乱にそれを食べ始めた。
……このまま懐かれて菓子をねだられるようになっても困る。今のうちにさっさとこの場から離れるか。
そう考えてフィアーはゴミを纏めて片付け、ワイヤートラップを回収するとバックパックを背負ってその場を離れ始めた。
そしてフィアーが橋の下から出た時、背後からfreshの甲高い悲鳴が聞こえた。
反射的に振り向くと、池にいたbearがfreshのビスケットを横取りしようとしている所だった。
豚のミュータントと猪のミュータントではその体格差は歴然で、あっさりとfreshは追い払われて悲しげな悲鳴を上げている。
まるでごく普通の野生動物のようなやり取りに、フィアーは苦笑しながらその場を立ち去った。
◆ ◆ ◆
池を出発して、小一時間程が過ぎてようやくフィアーは目標の廃工場へとたどり着いた。
darkvalleyの入り口から目視できた為、然程時間はかからないだろうと思ったが、アノーマリーとミュータントのせいで歩みが遅くなり予想以上に時間がかかった。
とはいえエコロジストで手に入れた新型の空間探知機やガイガーカウンターがなければ、もっと遅くなっていただろう。それこそ丸一日かかってもおかしくないはずだ。
そういった意味では寄り道したかいはあったというものだ。
フィアーは近くにあった廃車の影に隠れながら、廃工場を改めて観察する。
サッカーコートが収まるほどの敷地を持つその工場は、敷地を高さ4メートル近くある外壁で囲んでおり、正門からしか侵入路がない。
この正門自体は自動車や大型トラックも通れる程広いのだが、正門の付近にバスやトラックの残骸が放置されており、バリケードのような状態になっている。
しかも廃工場の前には3メートルほどの深さと幅を持つ枯れた川の跡があり、これが堀のような役割を果たしているようだ。
工場自体の配置は敷地の南には車庫、北に背の高い工場、そして中心部に大型クレーンと北の工場と繋がった3階建てのビルが建っており、正門付近はこのクレーンとこのビルの三階から丸見えだ。
下手に多勢で突入すれば、バリケードと堀で足止めを喰らい、中央のビルからの攻撃で手痛い目に合うことだろう。
なぜフィアーがそんなことを考えたかというと、この中央のビルの3階の窓からバンディットと思わしき人影を見つけたからだ。
目的のストーカーが潜った地下施設の上の建物に、バンディットらしき連中が屯しているということは最悪の事態も考えられる。厄介なことになったとフィアーは内心ため息をついた。
念のためPDAのIFFシステムを受信モードにして使って彼らのIFFを確認するがその結果、反応はあったがやはりバンディットと思わしき赤信号が帰ってきた。
このZONEで広く使われているPDAを使ったIFFは定期的に信号を発信する仕組みになっており、同じシステムを搭載したPDAを持つ者なら陣営を問わず受信できるようになっている。
そしてIFFの信号はいくつかあるがZONEではストーカー、Duty、Freedomは全て協定によって定められたIFFの周波数を使っている。
つまりそれ以外の周波数はバンディットか独立した傭兵部隊ぐらいしか使用しておらず、システムは潜在的な敵、即ち赤信号で表示するのだ。
もっともこのIFFの仕組みも知れ渡っており、バンディットが獲物を騙し撃ちにするためにストーカーのIFFを偽造する場合もあるし、IFFを使わずとも互いの位置確認が可能な高い練度を誇る傭兵部隊はそもそもIFFを使用せずに行動する場合も多いので、あまり頼りになるものではない。あくまで補助的なものに過ぎないのだ。
とは言え便利なものには違いない。特にこのZONEのPDAのIFFシステムは持ち主のバイタルサインとしても機能しているため、チンピラと大差ないレベルの練度のバンディット達は自分達の構成員の動きや生存を把握するためにも、IFFシステムを使っている場合が多い。
敵に襲撃を仕掛ける場合ならともかく、拠点に篭っている時は友軍のIFFを機能させておいたほうが状況の把握にも役立つのだ。
仲間のIFFが途切れれば、それは即ち攻撃を受けたということなのだから。
フィアーは気配を殺して廃工場に近づきつつ、更にIFFを使って敵の数を把握する。幸いなことに工場を囲む塀が高く工場からの視線を遮っていることもあって、近づくだけなら然程難しいこともなかった。
偵察の結果全部で11人がこの廃工場の中にいることがわかった。
だが赤信号なのは10人だけで、内一人は中立を意味する黄色の信号を発している。
疑問に思いその黄色信号を調べると『中立、ストーカー、マール』という表示が出た。
これがシェパードというフィアーの目的のストーカーだったら、楽だったのだがそうもいかないようだ。
果たしてバンディットの捕虜になったのか、それともバンディットと繋がりがあるストーカーなのか。
後者とだとしたらバンディットと取引する際に、わざわざ自分の名前入りのIFFを発信したままというのも妙だ。
とりあえずバンディットを殲滅するにあたって彼の存在を意識しておくべきだろう。
そしてバイタルサインと兼用のIFFを使用しているからには一人づつ殺害して行くことが不可能であるということでもある。
最初の一人を殺した時点で異常がバンディット全体に伝わることになるからだ。つまり取りうるべき戦術は……いつも通りの奇襲と速攻というわけだ。
方針を決めると、フィアーは手にした軽機関銃の残弾を確認した。
ボックスマガジンはここに来る前に新しいものに交換したため、200発装填されている。更に同じものが後一つ。100発ほど残ったボックスマガジンがあと一つ。
バンディット相手に全部使い切ることはないだろうが、弾切れになったら新しい武器をバンディットから徴収するしかない。
フィアーはハンドミラーを使って正門の影から内部を確認する。
地上には誰もいなかったが、予想通り正面のビルの三階の窓には見張りと思わしきバンディットがいた。
正面ビルに入り口はない。代わりに北側の工場は大扉が解放されており、そこを経由しなければ正面のビルには入れない作りになっているようだ。
こういった作りはAgropromでキメラの群れと戦ったあの廃工場を思い出す。
ともかく工場に突入するにせよ、まずは正面のビルの見張りを排除するべきだろう。
破片式の手榴弾のピンを抜き、全力で投擲する。
弧を描いたそれは30メートル程の距離を飛び、目標のビルの窓へと飛び込んだ。
悲鳴。そして数秒後、爆発。
ビルの窓から粉塵が撒き散らされる。
「……ナイスピッチング」
その結果に満足して、フィアーは思わず一人ごちた。
これで上からの攻撃を気にする必要はなくなったので、軽機関銃を構えて一気に工場の大扉に向かって走り抜ける。
同時にHMDに表示されていたバンディットの信号が次々と消えていく。
襲撃を受けたため、自分の位置を悟られないようにバンディット達が自らIFFの信号を切ったのだろう。
まあ人数は覚えたので問題ない。
大扉から内部へ侵入した途端、内部から外に出ようとしたバンディットと鉢合わせになった。
相手が銃を構えるより早く、踏み込み距離を詰め、銃床で顔面を殴りつける。
フィアーの渾身の力で殴りつけられたそのバンディットは、悲鳴すらあげず吹っ飛んだ。
「ケイン!?」
「もう入ってきてるぞ!」
吹き飛ばされたバンディットの後ろにいた仲間達が彼の代わりに悲鳴じみた声をあげる。
フィアーは即座に軽機関銃を構え、フルオートで彼らを薙ぎ払う。
横殴りの銃撃の雨が一瞬にして奥にいた3人のバンディットを打ち倒す。ついでに殴り飛ばしたバンディットにも止めとして3発程撃ちこんでおく。
これで先ほど手榴弾で吹き飛ばした相手も含め、5人倒した。
奇襲で敵の半数を潰せたのは幸先がいい。
一旦視界に入った全てのバンディットを始末したフィアーは、近くにあったコンテナの影に身を隠し、工場内部を観察する。
この工場は外から見ると背が高かったが、天井まで吹き抜けになっており、1階と大型の機械が設置された半地下しか存在しないようだ。
その半地下も単に1階より一段下がっているだけで、フィアーが今いる1階から見下ろすことが可能だ。その為見晴らしが非常にいい。
もし工場内部に二階があったりキャットワークがあったりすると、立体的な戦闘をする羽目になっていたのでこのシンプルな間取りはフィアーとしてはありがたい。
更に工場の奥には隣のビルへと繋がる広い廊下がある。残ったバンディットは恐らくそこで待ち構えているだろう。
と、フィアーは半地下にある機械の物陰から気配を感じ取った。
「な、なんだぁ?敵襲かぁ?」
間の抜けた声で機械の影から身を出したのは、眠たそうな顔をしたバンディットだった。
彼の足元に毛布が落ちている所を見ると、どうやら昼寝をしていたようだ。
フィアーは無言で破片式手榴弾を一つ取り出すとピンを抜き、彼の足元へ放り込んだ。
「……えっ?えっ?」
まだ寝ぼけていたのか、そのバンディットは足元に転がった手榴弾も見ても、今ひとつ現実感が掴めなかったようだ。
彼の意識が完全に覚醒するより早く手榴弾が起爆、彼を永遠の眠りへと誘った。
これでもう彼は昼寝を妨げられることは無いだろう。
これで6人。
改めて工場の奥の廊下へと意識を向ける。ここからでは角度の問題で廊下の奥は見えないが、これだけ暴れたのだから、残りのバンディットはあそこでバリケードでも築いて待ち構えているはずだ。
フィアーが見る限り、他に中央のビルに突入できそうなルートはなかった。フィアーは敷地内に侵入した時、中央のビルには非常階段も付いていたのを見たが、生憎と途中でその非常階段はへし折れていたのだ。
……何とかの一つ覚えになるが、また手榴弾でも放り込むか。
フィアーがそう思案した時だった。
廊下の奥から工場内に向けて、3つの手榴弾が投げ込まれてきたのだ。
どうやら焦れていたのは向こうも同じだったらしい。
だが距離を置いた状況でフィアーに手榴弾を投げるのは悪手中の悪手だ。
フィアーは即座にスローモーを発動させ、こちらに向かって投げ込まれてきた手榴弾を次々と狙撃。
掠めるようにして撃ち込んだ銃弾は絶妙な角度で手榴弾を弾き飛ばし、投擲した本人の元へと送り返した。
3つの手榴弾が連続的に炸裂し、工場を揺るがした。
屋内での爆音は外に逃げることもできず、反響を繰り返してフィアーの鼓膜を揺さぶる。
流石に手榴弾3つ分の炸裂音は、フィアーのヘルメットに装備されているイヤーパッドの遮音機能の限界を超えたようで、さしもののフィアーも一瞬平衡感覚がおかしくなった程だ。
だがすぐに感覚を取り戻すと立ち上がり、身を潜めていたコンテナの影から飛び出して工場内部を突っ切り、奥の廊下から隣のビル内部へと突入する。
そして突入したフィアーが見たものは、複数のバンディット達の死体の山だった。
投げ込まれた手榴弾は破片式ではなく爆圧で敵を殺傷する強力なタイプだったようで、3発分の爆発を近距離で受けたバンディット達は、文字通り五体を四散させるという悲惨な最後を遂げていた。
一応ソファやスチール製の作業机で簡易なバリケードは築かれていたが、爆圧でなぎ払うタイプのこの手榴弾の前には余り意味がなかったようだ。
胴体も手足もバラバラで死体の確認が難しいため、フィアーはとりあえず頭部の数だけを数えてみると3人分あった。
これで9人。後は2人。
そこでフィアーは廊下から続く部屋にIFFの信号があることに気がついた。
例のストーカーの信号だ。進入する前の位置から全く動いていない。
廊下の奥―――恐らくは二階へと続く階段があるのだろう―――を警戒しながら、その部屋をハンドミラーで確認する。
部屋の中には地下へと続く階段があり、その手前で目隠しをされ、両手両足を縛り付けられたストーカーが転がっていた。
やはりあの信号の持ち主は捕虜として囚われていたようだ。
先に助けるべきか。それとも後で助けるべきか。
一瞬迷ったその時、フィアーの感覚は二階で誰かが動く気配を感じ取った。
バンディット最後の一人か。
時間を与えると逃げられるか、トラップでも仕掛けられるかもしれない。そう判断するとフィアーはストーカーのことを頭から追い出して廊下の奥へと進んでいった。
廊下はコの字型に曲がっており、その最奥に二階への階段があった。
いつでもスローモーを発動できるように集中しながら、階段を駆け上る。
迎撃はない。
二階は人が隠れることができる程の大型の機械が等間隔で配置された広いフロアだった。
埃が積もった床の上には足跡が残っており、更にはバンディットの食糧と思わしき缶詰が散乱していた。
機械の影を警戒しながら、進んでいくが敵影はない。
ここにいないなら更に上の階だろうか……?
そう思いながら窓に近づいた時、フィアーは気がついた。工場の敷地内で車庫のあった方向からバンディットが姿を現して、一目散に正門に向かって走って行くのが見えた。
反射的に壁際を見ると開け放たれた非常口があったことに、今更ながらフィアーは気がついた。
恐らくは非常口から外に出て、非常階段から飛び降りたのだろう。この建物に用がなければ逃してやってもよかったが、これから更にフィアーはこの建物の地下へ降りなければならない。
地下へ降りている間に、万が一にでも仲間と共に戻って来られたら脱出が面倒になる。フィアーは軽機関銃を構えると、ドットサイトのレティクルにバンディットの頭を捉えて引き金を引いた。
結局正門まであと3歩の所まで来たものの、バンディットは工場から脱出することは叶わず、頭部へのヘッドショットを受けてこの世から去った。
もしかしたら彼は脱出できたと錯覚しながら死んでいったかもしれない。
その後、生き残りがいないかどうか、念入りに工場の敷地内をクリアリングした後、ようやくフィアーは例のストーカーの捕虜の所へ戻ってきた。
手足の拘束はそのままにまず猿轡を外してやると、彼は咳き込みながら新鮮な空気を大きく吸い込んだ。
そして恐れを含んだ目でこちらを見る。
「た、助かったよ。しかしあんたは一体どこの誰だ?」
「こっちの質問が先だ。お前はなんでここで芋虫みたいに転がっている?」
「俺……俺達は別のストーカーに雇われてここの施設の見張りをしてたんだ。そいつがこの工場の地下にあるX-18に潜るから、何かあった時の為にこの工場を確保しておけって。でもあのバンディット共が夜襲をかけてきてこのザマさ」
「その工場に潜ったストーカーの名前は?」
「シェパードっていう奴だ。この辺じゃ名のしれたストーカーだが、潜ってからもう随分連絡が来ない。本当なら助けに行くべきだったんだが俺は見ての通り捕まっちまったんでな」
シェパード。まさしくそれはフィアーが探していたストーカーの名前に他ならない。
ようやく手がかりを掴んだフィアーはこのストーカーに自分の目的を明かすことにした。
「ちょうどいい。俺もシェパードに用があってBARくんだりからわざわざここまで来た。これから俺も地下に潜るからお前にも付き合ってもらうぞ。……ところでお前はさっき俺達と言ったな?まだ仲間がいるのか?」
「ああ、バンディットが襲撃してきた時、そのことをシェパードに伝えに俺の相棒が地下に入った。ただそいつもそれ以来音沙汰なしだ。俺も相棒を探しに行かないと行けないから一緒に潜ってくれるなら助かるよ」
「念のため聞いておくが、その地下施設は抜け穴があったりするのか?未だに音沙汰なしって事はシェパードもお前の相棒もそこから逃げ出したんじゃないのか?」
その問に対してストーカーはかぶりを振った。
「シェパードは俺達にはX-18の構造は一切伝えなかった。もしかしたらあるかもしれないし、ないかもしれない」
「潜ってみなければわからないということか」
結局面倒なことになりそうだ。どうしてこう何かするたびにいちいち寄り道をしなければならないのか。
◆ ◆
その後フィアーはこの捕らえられていたストーカーを解放し、互いに自己紹介をした。
このストーカーの名前はマールといい、シェパードとは顔見知り程度の仲で、彼がこの地下施設に潜った後の工場を確保しておくことを金で頼まれただけらしい。
悪人という訳ではなさそうだが、どうにも不器用な印象をフィアーは抱いた。
襲撃があった際、相棒のストーカーを地下に伝令として走らせるのはいいが、自分がバンディットに捕まっていては世話がない。
バンディットに太刀打ちできないなら、一旦どこかに身を潜めてもよかっただろうに。
立ち振舞を見る限り、ストーカーとしての力量はミハイル達にも劣るだろう。恐らくシェパードとやらが彼らを連れて行かずに見張りとして残したのも、それが理由かもしれない。
そうなると自分も無理にマールを連れて行く必要はないかもしれないが、人探しなら人手は多い方がいいし、マールも相棒のことを心配しているようなので止めても無駄のようだ。
そんなことを考えているとバンディットの死体を漁って装備を整えたマールが戻ってきた。
彼はバンディットの死体から手に入れたAK-74自動小銃を持ち、腰のベルトにはトカレフ自動拳銃を挿している。
ボディアーマーはおなじみの緑のストーカースーツだが、ミハイル達のそれが随分手を加えられていたのに対してマールのストーカースーツは無改造のようでどこか貧弱に見える。
「待たせたな。準備完了だ。……しかしあんた本当に一人で10人のバンディット達を皆殺しにしちまったんだな」
「最初について来いと言っておいてなんだが、無理についてくる必要はないんだぞ。相棒のほうもついでに俺が探しておいてもいい」
「わかってるさ。X-18は今まで大勢のベテランストーカーが入って帰ってこなかった危険な場所だ。でも相棒を見捨てるわけにもいかないんだ。あいつとはZONEに入る前からの付き合いだからな」
「……そうか」
彼の決意に対してフィアーは何も言えなかった。
仲間の為に命を賭けるのは新兵だろうがベテランだろうが同じことだ。諌めることなどできるはずもない。
ふとフィアーの脳裏にあのオーバーンでの記憶が蘇った。
『俺とやろうっていうのか?かかってこいよ、くそったれ!』
『くそ……足が何かに掴まれて……軍曹!助けてくれ!』
あの悪夢の一夜ではフィアーはチームメイトであるスティーブ・チェン中尉を目の前で失った。
それも目の前で怪物に食い殺されるという考えうる限り最悪の方法で。
その代替行為という訳ではないが、マールの相棒が生きているのなら助けるのに手を貸してもいいだろう。
フィアーは自分が珍しく感傷的になりつつあることを自覚しながら、X-18へと繋がる地下への階段を降りていった。
X-18編と言ったが…すまねえ、入る前の話だけで終わった。
次回から今度こそX-18です多分。
ZONE観光案内
謎の地下研究所X-18の上にある廃工場。
多分X-18のカムフラージュとして建てられたと思われる。
結構な大きさがあり、ブロウアウトも凌げる建物なので、大抵はバンディットの巣窟になっている。
この建物に秘密があるのは広く知れ渡っているようで、傭兵が根城にしたり、軍がヘリまでつかって襲撃をかけてきたりと面白イベントがよく発生する。
裏にはZONEの外へと続く地下通路があり、そこから外部の傭兵が出入りしていたが、現在は崩落している。もしかしたらX-18に資材や物資を運び入れる為のルートだったのかもしれない。