S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

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Interval 05 ブロウアウト

 飛び込んだ先には何も居なかった。いや居ないのではなく、見えないと言うべきか。

 先ほどコンテナの上にいた時は透明化していても、僅かに動いていたから後ろの景色と微妙にズレが発生し、なんとか視認できたが完全に停止してしまえばそうもいくまい。

 死角から攻撃を防ぐため、コンテナの壁に背中をつけて、前方と横手に警戒する。

 彼の異常とも言える反射神経の鋭さなら、余程の至近距離で襲われても反応できる。

 

 小銃を構えて5秒が過ぎ、10秒が過ぎ、そこで彼はコンテナの背後に残してきたストーカーに意識が向いた。

 不味い。狙いはあちらか―――?

 そう思った瞬間、コンテナの向こうから悲鳴と銃声が響き渡った。

 やはりこちらは陽動だったか。そう思い、引き返そうとした瞬間。

 どこに潜んでいたものか。お互いの息が届く程の超至近距離で異形の怪人と鉢合わせになった。

 

 形状こそ人だが、体毛もなく硬質化している死人のような肌に感情を感じさせぬ赤い眼球。

 下顎が分裂したと思われる触手のような無数の歯舌。

 姿を消していないのはこの怪人が勝利を確信しているからだろう。姿を消すことに費やすエネルギーを眼前の人間を押さえつけ、喉に風穴を開けることに注ぎ込む事に回す。その判断は間違っていない。

 

 ここまで接近されるともはや小銃だと長い銃身が仇となって命中させるのが難しい。

 拳銃だと引き抜くのにタイムラグが発生する。

 ナイフにしても手が銃で塞がっている以上、ブラットサッカーが襲いかかるほうがナイフを抜くよりは早い。

 怪人は眼前の兵士を拘束すべく、両手を広げて飛びかかる。一度捕まえれば人間の力で外れるようなヤワな膂力ではない。後は喉に歯舌を撃ちこんで終わりだ。

 

 そのはずだった。

 相手がF.E.A.R.でなければ。

 

 軍曹が取った選択肢は退くのではなく、逆に前に出ることだった。同時に手にした自動小銃の固定式ストックをカウンター気味にブラットサッカーの顔面へと叩きつける。

 人間なら顔面の骨が陥没して下手すれば即死の威力だった。折りたたみ式のストックならストックが逆に壊れているほどの。

 

 ミュータントである彼は人間よりタフなようで、顔を抑えてのけぞる程度で済んだようだが結末は変わらない。

 仰け反り、後ろに下がった事により間合いが生まれ、今度は胸に向かって変則的な廻し蹴りが突き刺さる。

 人間が食らえば肺が潰れ、肋骨がへし折られる程の一撃を受けてブラットサッカーは人形のように数メートル転がった。

 

 そこにダメ押しとばかりに小銃弾がフルオートで降り注ぐ。

 頭部に執拗に銃弾を撃ち込まれたブラットサッカーが絶命した時、彼はそのブラットサッカーには見向きもせず、コンテナの反対側へと走っていった。

 

 

 コンテナの向こう側にあった景色はブラットサッカーにのし掛かられたストーカーの姿だった。

 ブラットサッカーは二体いたのだ。

 軍曹は小銃を構え、セミオートで発砲する。

 これがマガジン内の最後の一発だ。先ほど一体目のブラットサッカーを蜂の巣にするためにほどんど撃ち切ってしまった。

 銃弾はブラットサッカーの脇腹に命中する。人間ならそれだけで戦闘不能だがミュータントのタフさは通常の生物とは根本的に違う。

 

 銃撃され怒りの唸り声を上げるものの、追撃が来ないこととまだ距離が十分あることから、取り敢えず眼前の獲物に止めを刺してから、改めてこちらに向き合うことを選択したようだ。

 間に合わないと判断した軍曹は、この時ZONEに踏み込んで、初めて己の異能を使った。

 

 ――音が歪む。世界の色が変わり、全てが遅く感じる。まるで水中を泳いでいるような感覚が全身を襲う。だがそれは錯覚に過ぎないことを軍曹は知っていた。

 

 軍曹の感覚が加速しているのだ。

 

 『スローモー』と呼ばれるこの感覚が、軍曹をFEAR隊員たらしめた異能である。

 全身の反射神経を極限まで研ぎ澄ますことにより、体感速度を劇的に高める。

 それが彼の能力だ。

 今の軍曹なら飛来する銃弾すら『見て』躱せることすら出来るだろう。

 そして高まった反射神経に引きずられるように、身体能力もある程度向上するのがスローモーの特徴でもある。

 

 むしろ普段の異常な身体能力の高さから考えれば、スローモーを使うことによって初めて肉体のスペックをフルに引き出すことができるのかもしれない。

 もっとも軍曹の主観的に見れば鋭敏になった感覚に彼の肉体と言えど完全についていけず、水の中でもがくようなもどかしさがあるのだが。

 

 スローモーを使った軍曹は小銃を捨て、人間離れした速度で今まさにストーカーの喉笛を穿たんとしている吸血鬼の元へ接近し、そのまま全力で蹴り飛ばした。

 そして拳銃を引き抜きながら、地面に転がった吸血鬼の上に馬乗りになる。

 ミュータントの表情は見分けがつかないが、それでもそのブラットサッカーは圧倒的な優位から一瞬で逆転されたことに対する混乱が表情に現れていた。

 その顔に拳銃を押し付ける。

 

「お休み、ケダモノ」

 

 そう言って彼は拳銃の残弾全てを吸血鬼の頭部に撃ち込んだ。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

「あ、あんたすげえな…。ブラットサッカーをこうもあっさり仕留める奴なんて見たことねえぜ。ありゃベテランのストーカーでも手こずるような化け物なのに…痛てて」

 

「黙ってろ。……この脚の傷は結構深い。メディキットじゃ気休めだ」

 

「シドロビッチの所に戻れば回復用のアーティファクトがある。あれがあれば死体になってない限り、傷は治るさ。レンタル代は取られるがな。」

 

「そんなものまであるのか?」

 

「アーティファクトは大概なんでもできる。外の世界じゃ宗教家がそういうアーティファクトを使って神の奇蹟を再現してるんだ。それにここで使ってる包帯やメディキット、放射能治療剤もアーティファクトの成分を研究して作られた代物だ。ほら、もう血が止まってきただろ?」

 

 そう言って彼は包帯で処置された太ももの傷跡を見せた。ブラットサッカーから逃走しようとして鉤爪にえぐられたその傷は規模からして大きめの血管が切れているはずだが、もう血が止まっている。

 彼いわく包帯に練りこまれたアーティファクト由来の特殊な物質が止血効果を持っているらしい。

 勿論元になったアーティファクトも身に着けていれば同様かそれ以上の効果が出るということだ。

 

「大したもんだなアーティファクトってのは」

 

「そりゃ俺達の飯の種だからな。こんな地獄みたいな場所、お宝がなければ誰も来ねえさ。もうちょっといいメディキットだと回復用のアーティファクト由来の成分が含まれているから、ここでも治すことができたんだが……まあ命があっただけ良しとするさ」

 

 そう言って彼は立ち上がろうとするがやはり脚の傷は深いようで、フラつきは隠せない。

 舌打ちしながら水平2連散弾銃を杖にして歩き始める。

 

「ルーキーキャンプまで持ちそうか?」

 

「歩くだけならなんとかなる。しかし途中でまた何かに襲われたら今度こそお終いだ。悪いが付き合ってもらっていいか?」

 

「仕事の内だ。構わない」

 

「すまないな。この礼はいずれ必ずするぜ。ストーカーってやつは貸し借りに律儀なんだ。野暮ったい言い方だが、こんな場所じゃ助け合わないと生きていけないんでな。……ところであんた無線機持ってる?通信できるならPDAでもいい。シドロビッチに連絡取りたいんだが、俺のは壊されちまってな」

 

 軍曹は無言で小型のデジタル無線機を差し出した。

 

「へえ。初めて見るタイプだ。高級品だな。ええっと…ここをこうして…おっ繋がった。シドロビッチか?俺だ。アレクだ。……なんとか生きてるよ。あんたの送ってくれた援軍のお陰でな。

 物は用意してあるから、報酬とついでに回復用のアーティファクトを用意しといてくれ。…手傷を負っただけだ。ちゃんと払うよ…ああ…なんだったらストーンブラットでもいい…頼んだ」

 

 ストーカーは通信を終えると更に無線機をいじって何かを入力し始めた。

 

「ついでだからこの無線機にシドロビッチと俺の連絡先を入れとくぜ。なんかあった時連絡をくれ。出来る範囲で力になる。シドロビッチのほうも金払いがよければ、頼りになるんだあいつは。金を出し渋ると殺し屋を差し向けてくるけどな」

 

「だろうな」

 

 返してもらった無線機を懐に入れ、ストーカーの雑談に適当に頷きながら帰路に付く。

 哀れなバンディット達の死体は放置することにした。埋葬してる時間はないし、放っておけば鼠かミュータントが始末してくれるとの事だ。

 二人の歩みは遅い。ストーカーは足を引きずっているため、このペースだとギリギリ夜までに帰れるかどうかと言った所か。

 

 肩を貸してもいいのだが、それだと奇襲に脆くなる。申し訳ないがもう少し頑張ってもらうしか無い。

 アノーマリーを避け、単独で出現するミュータントを追い払い、道のりの半分近くまで来た所にそれが来た。

 

 

 ◆   ◆

 

 

 遠くから現れたそいつは最初は群れからはぐれたメクラ犬かと思った。

 威嚇射撃で悲鳴を上げて逃亡したそいつは、暫くすると2頭目の仲間を引き連れて戻ってきた。

 今度は躊躇なく1頭を撃ち殺すともう1頭は悲鳴を上げて逃亡し、次は2頭の仲間を引き連れて戻ってきた。

 そのため、3頭共逃げる間もなく纏めて撃ち殺した。

 

「お、おい…これ…」

 

 状況を把握し始めたストーカーが怯えた声を上げる。

 

「…わかってる。嵌められたな」

 

 それに対する軍曹の声も固いものだった。

 軍曹は自分たちが数十匹のメクラ犬の群れに遠巻きに包囲されていることに気がついた。

 自分たちの前にあからさまに姿を現した野犬達は、この包囲網の完成まで注意を背けさせるための囮に過ぎなかったのだ。

 ここに至り、軍曹はこの群れを率いる存在の正体を理解し始めてきた。

 

「…すまん。こいつは恐らく俺の客だ」

 

「なんだって?」

 

「人面犬――Pseudodog(スードドック)だ。ZONEに入った時から一目惚れされたようでな。振り切ったと思ったがまだ追っかけて来たらしい」

 

 Pseudodogの名前を聞いてストーカーの顔が引きつる。

 ZONEではブラットサッカーに次ぐ知名度を誇る犬型のミュータント。猪をも単独で狩り殺せる身体能力と人間の狡猾さを併せ持つ怪物だ。

 元来臆病なはずのメクラ犬を統率し、周到な罠を仕掛けてくるような存在はあの人面犬しかいないだろう。

 手負いのストーカーと行動を共にしているのを好機と捉えたか。

 

「肉の缶詰でも放り投げれば諦めてくれるかな?」

 

「あいつらが缶切りを持っていれば見逃してくれるかもな。……人面犬を探せ。この群れには怯えが見える。リーダーを撃ち殺せばそれで終わりだ」

 

 この犬の群れはあの人面犬が力で従えているのは間違いない。最初にこちらが撃ち殺した盲目犬達は明らかに怯えていた。

 最初はそれはこちらに対する怯えと思っていたが、実際には死への行進を強要する自分達のリーダーに対しての恐怖だったのだ。

 

 しかしここから見たところこの包囲網の中に、人面犬の姿は見当たらない。

 自分たちがいる道路はなだらかな丘の上に舗装されており、見通しはいい。

 この辺りは姿を隠す茂みや立木も疎らで、そうそう隠れる場所がないのだが。まさかあの吸血鬼のように姿を消せるというわけでもあるまい。

 或いはあの吸血鬼との戦闘を観察されていたかもしれない。その場合こちらの戦闘力を警戒して安易に姿を見せるような真似はしないだろう。

 

「この辺で隠れそうな場所は心当たりはあるか?」

 

 包囲網が縮まるまでまだ暫しの猶予がある。軍曹はバックパックを下ろして中から予備のマガジンを取り出した。だがまだ足りない。更にバックパックの底にあるはずの目当ての物を探す。

 

「……2、300mほど進むとこの道路の下に小さなトンネルがある。しかし流石にそこから指示を出すのはいくら人面犬でも無理だぜ。念力も使えるって話のチェルノブイリドックなら出来るかもしれねえが」

 

 ストーカーは野犬の群れを睨みながら答えた。

 

「いないほうが好都合だ。いざという時、籠城できる場所を知りたかっただけだ。」

 

 目当ての物が見つかった軍曹はそれを自動小銃に取り付けた。

 甲高い金属音が響き、何事かと彼の方を振り返ったストーカーが目を見開く。

 

「あんたそれ…すげえな。ZONEに戦争でもしにきたのか?」

 

「そんなところだ」

 

 彼の視線は軍曹の持つ自動小銃に注がれていた。正確に言えば自動小銃に装着された大型のドラムマガジンへと。

 最大100発もの小銃弾を装填可能なそれは、装備するだけで彼の持つG2A2自動小銃を軽機関銃へと変える。

 しかもそれと同じものがもう一つ軍曹の腰に取り付けられていた。

 更にアーマカム社製の球状型手榴弾を2つウエストポーチから取り出すと起爆スイッチを押した。

 

「ストーカー。お前はそのトンネルに向かえ。俺が突破口を開く」

 

「わ、わかった。頼んだぜ!」

 

 返答を聞くと軍曹は手榴弾の一つを、ストーカーの進路上に割り込もうとしていた数匹の犬の集団へと投げつけた。

 見事なコントロールで投擲されたそれは数十メートル先の目標の中心へと落下し、爆発。

 

 その威力に至近距離の盲目犬は血煙と化し、離れていて即死を免れた野犬達も悲鳴を上げて一目散に逃げていく。

 それをきっかけに野犬達が吠え立て、一斉に包囲網を縮めてきた。

 彼はもう一つの手榴弾を、丘の上にある道路目掛けて下から駆け上がってくる集団へと放り投げ、同時に感覚を鋭敏化させスローモーを発動させる。

 

 先ほど自分が投げた空中に弧を描く手榴弾の軌跡が、手に取るようにはっきり見える。

 時の流れが遅くなった世界で、彼は自ら投擲した手榴弾に狙いを定め、丁度それが野犬達の真上に来た瞬間に発砲。

 放たれた銃弾は寸分違わず空中の手榴弾に突き刺さり、着弾の衝撃で暴発。

 

 野犬達の真上から破片と衝撃波を撒き散らして、その集団を全滅させた。

 特殊な信管を使用する、アーマカム社製の手榴弾だからこそできる裏技だ。

 更に軍曹は片膝立ちになるとスローモーを駆使した正確無比な射撃で、道路の上から野犬達を薙ぎ払っていく。

 

 それは一見すると掃射に見えるものの、連射される一発一発が狙撃並の精度をもって盲目の野犬達を撃ち殺しているのだ。

 最初の攻撃から僅か10秒足らずで半数近い仲間達が殺された事に対して、この野犬達は明らかに恐怖していた。

 

 及び腰になって進軍速度が鈍り、包囲網の後方の犬になると逃げ出す機会を伺うかのような動きをとっている犬もいる。

 だが肝心のリーダーと思わしき人面犬は姿を見せていない。

 取り敢えず先行させたストーカーに追いつくべく、バックパックを背負い直して軍曹が走り出そうとしたその時だった。

 

 

 世界が揺れた。

 

 

 まるで地震のような揺れと遠方で爆撃でもあったかのような轟音、そしてどこからか甲高いサイレンが鳴り響いて、空の色が陰鬱な灰色から血の様な真紅へと塗り潰される。

 

 (……これは)

 

 軍曹はこの感覚を知っている。

 かつてオーバーンで体験した核反応炉の爆発であり、ZONEに来る前、ベターズとのミーティングの直前に夢で見たあの景色だ。

 今までは単なる夢として、或いは意味不明のノイズとして、記憶の奥底に押し込めていたあの光景が、急激に軍曹の脳裏に蘇ってきた。

 

 これが夢の通りの現象ならば、恐らくはこれからミュータント達も逃げ出すような出来事が起こるはずだ。 

 野犬達に目を向けるとその考えを裏付けるかのように、彼らはこちらの事など見向きもせずに一目散に逃げ出し始めている。

 

 こちらもこれ以上犬と遊んでいる時間は無い。

 彼はスローモーを発動。全力疾走を行いストーカーに追い付いた。

 ストーカーは怯えきっていた。

 

「も、もう駄目だブロウアウトだ……! もうすぐ放射線の嵐がやってくる……!」

 

「落ち着け。この辺りでそれをやり過ごせる場所はないのか?」

 

「この先の道路下のトンネルなら多分……! でもこの脚じゃ俺は間に合わない……! あんただけでも先に行ってくれ! 」

 

「いいから荷物を捨てろ。銃もだ。」

 

 そう言うと軍曹は自らバックパックと自動小銃を放り捨て身軽になると、強引に彼の肩を取り、引きずるようにして進み始める。

 ストーカーは悲鳴じみた声を上げた。

 

「無茶だ! あんたも死ぬぞ!?」

 

「完全に間に合わないと判断したらお前を放り出して一人で逃げる。気にするな」

 

 そう言うと彼もこれ以上の反論は無意味と悟ったのか、軍曹に倣い銃や小型の背嚢を捨て少しでも身軽になろうとし始めた。

 そのかいもあって移動速度は上がり、目指す道路下のトンネルまでの距離があと僅か10メートルとなったその時だった。

 

 背後から人面犬の強襲を受けたのは。

 

 咄嗟にストーカーを突き飛ばし、腰からナイフと拳銃を抜いて、それぞれ両手に構えると唸り声を上げる人面犬―――Pseudodogと向き直る。

 そのPseudodogの形相は憎悪と怒りで大きく歪み、その眼は殺意で真っ赤に染まっていた。

 実質上たった一人の人間に自分の群れを壊滅状態にされたことによって、この危機的状況を理解できない程に怒り狂っているのか―――或いは。

 

「成る程。お前もトンネルに入りたいのか?」

 

 軍曹はそう言って嗤った。

 その言葉に対して人面犬の表情がまるで人間の様に苦々しく歪む。

 ―――本当にこいつは人間並みの知能を持っているかもしれない―――そんな場違いな感動を覚えながら、軍曹は言葉を続けた。

 

「だが駄目だ。あそこはお前の犬小屋にするにはデカすぎる」

 

 その言葉を聞くと同時にPseudodogが襲い掛かって来た。

 銃撃を警戒してか、直線ではなくジクザクに走りこんでくる。

 スローモーが使えれば一瞬で決着がつくが、あれは神経に負担がかかるため、早々何度も使えるものではない。先程から何度も使用しているせいで、現状スローモーは使用不能だ。

 

 立て続けに拳銃を撃ちこむが、放たれた9mmパラベラム弾は目標に一発も当たること無く、地面へと食いこむ。 

 当たらないのは左右へのランダムな動きだけによるものではない。

 獣ならではの反射神経でこちらの銃口の向きと視線から火線を見切り、回避しているのだ。

 

 そして銃撃を掻い潜った人面犬がその牙でもってこちらの喉笛を食いちぎらんと、一気に跳躍し飛びかかってくる。

 その攻撃に対して軍曹は自動拳銃を持った方の腕を盾代わりに食いつかせ、ナイフを人面犬の肩口に突き刺した。正確には首に突き刺すつもりだったが予想以上の速度とパワーだった為、僅かに狙いを外したのだ。

 そのまま一人と一頭はもつれ合いながら転がり、地面を二転三転する。

 

「おい! もう限界だ! 早くトンネルに入れ!」

 

 その有り様を見て一足先にトンネルに駆け込んでいたストーカーが叫ぶ。

 その言葉通り先ほどから続いている、まるで火山が爆発する前兆を思わせる轟音と振動が一層激しくなってきていた。

 これが『爆発』するまであと僅かと言った所か。

 唐突に始まったこの現象が、どういった理屈で起こっているのかは軍曹には分からないが、夢の件を抜きにしても本能的にこのままでは不味いということだけは理解できる。

 

 故に、さっさとこの犬を始末してトンネル内部に逃げ込みたいのだが、相手もそれは同じのようだ。

 腕に食らいついた人面犬は死んでも離すまいと顎をがっちりと喰わえこんでいる。

 防弾防刃の頑丈なアームパッドのお陰で牙は骨にまで届いていないが、片腕は完全に使えない。

 

 もう片方の腕でナイフを引き抜いて、もう一度急所を刺せば終わりなのだが、人面犬は刺された部分の筋肉を締めてナイフを引き抜かれることを防いでいた。

 片手でなんとか絞め落とすか、それとも拳でこの人面犬の頭蓋を叩き割るか―――そう考えた時、彼は見た。

 

 遥か北。彼が目指すZONEの最深部。チェルノブイリ発電所がある方角から、原子雲を思わせる真っ赤な積乱雲が発生したのを。

 続いて今までとは比べ物にならない振動と轟音が撒き散らされる。

 

 『爆発』が来たのだ。

 

 もはや是非もない。

 彼は全身の筋肉から力を絞り出して立ち上がると、腕に食らいついたままの人面犬をそのままに一気にトンネル内部に駆け込んだ。

 次の瞬間、軍曹が今までいた場所を赤い衝撃波が蹂躙していった。

 

 

 ◆   ◆

 

 

「……久しぶりに死ぬかと思ったな」

 

「なんで生きてるんだろう俺。バンディットにブラットサッカーにスードドックにブロウアウト。災害のフルコースかよ。……助けてもらってこんなこと言うのはあれだが、あんたはもしかして死神の化身かなにかか?」

 

 トンネルに入ってようやく一息つけた軍曹は、トンネル内部の廃材に腰掛けて休んでいた。

 ストーカーも同じように手近な廃材に腰掛けている。

 トンネルの外では見る者に不安を与える赤い嵐が未だに荒れ狂っており、暫くここから出ることは出来なさそうだ。

 

 正直な所、あの嵐に本当に放射性物質が含まれているのなら、こんな密閉されてないトンネルでは無意味ではないのかと思うのだが、ストーカーによればあの赤い嵐は直接接触しなければ害はなく、最悪壁と屋根さえあれば廃屋でも避難場所になるとのことだった。

 

 晒されれば即死するほどの放射線ならその程度のことで防げるものではないはずなのだが、このZONEで発生する放射線は、通常のそれとはかなり性質が異なる物のようだ。

 この現象がどういったものなのか、ストーカーに説明されて今となっては軍曹も理解している。

 ガイドブックにも概略は記載されていたが、その規模が予想外過ぎて彼に説明されなければ理解できなかったのだ。

 

 ブロウアウト。

 

 科学者がエミッションとも呼ぶZONE特有の現象の一つ。

 このZONEでは不定期にチェルノブイリ発電所を中心にして、特殊な放射性物質と精神汚染波を含んだ大規模な衝撃波が発生する。

 この衝撃波は巻き込まれれば即死するほどの濃度の放射線と精神汚染波を含み、その規模はZONE全体に及ぶ上、いつ発生するかも不明な為ストーカー達の拠点はブロウアウトの嵐を防ぐためのシェルターとしての役割も持っているとのことだ。

 あのシドロビッチが大層な地下壕に篭っているのもそれが理由らしい。

 

「で……? どうするんだあれ?」

 

 説明を終え、ソーセージを頬張っていたストーカーが聞いてくる。

 刺激しないように視線こそ向けてないが、『あれ』が何を意味するのか明白だ。

 食らいつかれた腕の傷の処置をしていた軍曹も、それに対して視線を向けずに答えた。

 

「どうもしないさ。またやろうってんなら相手になるだけだ」

 

 その言葉に対してトンネルの奥から唸り声が応じる。

 ストーカーは唸り声を聞いて小さく身を縮こまらせた。

 唸り声の主は言うまでもなく人面犬――Pseudodogだ。

 あの時、トンネルに全力で駆け込んだ軍曹はその勢いを利用して、腕に食らいついた人面犬をトンネル奥に放り投げた。

 

 Pseudodogの方も安全地帯に入ったと理解したせいか、あっさり腕を開放して軍曹から離れると、そのまま再度襲ってくる訳でもなくトンネルの奥に陣取ってじっとこちらを見つめてきている。

 

「人間並に頭が良いようだから損得勘定も出来るんだろう。この状況でやりあってもよくて相打ち、下手したらトンネルの外に叩きだされるってのを奴が一番理解してるのさ」

 

「あんたがそう言うなら別にいいけどよ……。あいつレーション食うかな? ちょっと餌付けしてみる?」

 

「やめとけ。差し出した腕を食いちぎられるぞ」

 

 ストーカーにアームパッドの食いつかれた部分を見せてやる。

 拳銃弾すら受け止めれるはずのそれはスードドックの牙によって大穴が開いていた。分厚いアームパッドのお陰で傷の深さはさほどでもなかったのが幸いだった。

 それを見たストーカーは顔を引きつらせて浮かせた腰をまた下ろした。

 外ではまだ赤い衝撃波が荒れ狂っている。

 嵐が通り過ぎても放射線はすぐに消えるが、精神汚染波の影響が暫く残るため1時間はトンネルからは出ないほうがいいとの事だった。

 それまではこのストーカーと……人面犬と同居することになる。

 ルーキーキャンプに戻れるのは夜になりそうだと軍曹は思った。 




 さっちゃん「最初にスイッチで殴られていたら即死だった」
 (FEARのゲームではリモート爆弾用のリモコンスイッチ握って殴るとなぜか一番攻撃力が高い)

 いい装備でZONE入りすると開幕ブロウアウトで全部失うってスカーさん(STALKER二作目の主人公)が言ってた。

 ZONE観光案内。
 今回はさっちゃんことブラッドサッカーと人面犬ことPseudodogの紹介。
 さっちゃんは透明になって襲い掛かって血を吸ってくる人型ミュータント。ZONEでの一番人気ミュータントでもある。
 ZONEの奥地で村を作ってたり、地下でゴキブリみたいに集団生活をしてたりする。その姿は毒ガスを流し込みたくなるぐらいキモい。

 人面犬はZONEの中堅ミュータント。撃たれると逃げる臆病なメクラ犬と違って無茶苦茶攻撃的。
 それでも単独なら大したことないが、メクラ犬を引き連れて群れで襲われると、あっという間に噛み殺されて死ぬ。
 作中でペットにしているキャラがいるので躾ければ人に懐く模様。
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