第一章 プロローグ
どれ程時間が経ったのだろう。もう時間の感覚すら消えかけているような状態で導力列車に揺られている。
周りに他の乗客も居なかったから木製の肘かけで頬杖をついている。これといってやることも無く、『仕事』をするために乗っているだけで、単なる移動でしかないからだ。
だが戦場に比べればずっと快適で大袈裟に言えば、家にでも居る感覚にだってなれるかも知れない。導力列車では人を殺さずにも済む。上から命じられたり、クライアントから依頼されたことで一人、もしくはそれ以上の人生を終わらせようなことをせずに済むのだ。
大量の銃弾でお互いを撃つか銃剣やナイフで刺す、もしくは殴り殺す。暗殺として切ることを得意とする連中もいるが、俺は基本的に殺す相手の人生や仕事先、その他の情報を調べた上で殺す、ということはあまり好みではない。単純に面倒だし何より精神的苦痛が大きい。
《鉄血宰相》程のランクであれば警備員を勤められる信用が必要だ。そうなれば後は簡単と言いたい所だが、生憎俺はそちらの分野は苦手であるため簡単とは言いきれない。だが依頼次第では行う。それが俺の、《遊撃士協会クロスベル第二支部》の役割だ。
そんな快適な旅を満喫している最中に水を差すような音が割り込んで来る。アナウンスだ。
〈次はトリスタ駅、お降りになるお客様は荷物のお忘れのないよう、ご注意ください。繰り返します・・・・・・・・・〉
依頼で指定された場所だ。最近は導力端末での依頼が主流なのに、わざわざご丁寧に手紙で依頼を出してきた。
しかも、偉くフランクな文の末にはハートが描かれており、こんな手紙を出すトリスタの知り合いは一人しかいない。だが報酬が割と高いのと、四泊五日の生活を保障するとの話で、信憑性もあるので引き受け、その間は依頼の受付を停止することにした。
そして、高額報酬の為の第一歩を踏みだした時だった。背中に誰かが当たってきた。
「あ・・・すいません、大丈夫ですか」
しりもちをついた女に俺が手を差し出すと、既視した気でならない。
「こちらこそ申し訳ないです。これから『仕事』だっていうのに」
思わず動揺してしまうが、人目のつかない所で、というと女は歩きだした。
青みがかった髪を横で纏めているサイドテールっていう髪型だろう。何となく重要で、関わりもあったような気もするが最近は人との接触が多過ぎて把握しきれてない。だが依頼人ではない、ということははっきりしている。
そして最終的には喫茶店に連れて来られた。あまり人のいない時間なのだろう、といっても火曜日の10時過ぎなんてカタギならば仕事をしているか学生として生きているだろう。
俺は最初に、お前は誰だ、そして何故『仕事』のことを知っている、と問うと一回瞳を閉じて、一秒ほどで開き、語りだした。
「単刀直入にいうと、貴方はマフィアや猟兵団に狙われています。
ミラで、という訳ではなく恨みでしょうね。基本的にはどんな依頼も受けるのでしょう?それが原因です。まあ、自己責任ではあるので警告だけですけど」
「そんなことは分かってる。最初の質問を答えろ」
女は呆れたように溜息をつくと、目を細めながら、
「クレア=リーヴェルトです。もしかしてここまでいっても思いだしませんか」
そんなことはない、そう答えると同時にこいつとの記憶が雪崩にように押し寄せる。新兵ながらに獅子奮迅の戦いぶりや、驚くべき話術などである。
「思い出さないほうがよかったな」
そう言うと、クレアは微笑みで返してきた。
近郊都市トリスタ 八月中旬 午後一時二十分
トールズ士官学院前
どうやら話を聞くとクレアは連絡役として頼まれたそうで、士官学院に依頼人が居るらしい。まあ見当はついている。
校門を通ると、どこからか声を掛けられる。「盛大な遅刻ね」これは誰か当てられる。
「サラか、久しぶりだな。三年ぶりか」
「よく覚えてたわね。鉄道憲兵隊レッドルップ中尉さん」
その名前は大昔に捨てた筈だがな、と答えるとサラは少し寂しそうな顔をしてから「変わったわね」と呟く。
「昔話をしたいなら構わないがミラを付け足してもらうぞ」
仕事の話を振るとサラは咳ばらいをしてから、今回の仕事についてを話し始めた。
今回の仕事は《Ⅶ組》という特殊なクラスの一時的な担任教官と訓練の類いを指導しろというものだった。それを四泊五日で行うのだ。しかも今日は仕事の日数に入らないという。
依頼内容に改変があるぞ、と抗議してもサラには効果がなく、今更引けないということで俺は《Ⅶ組》の担任教官を一時的に勤める事となった。