「過保護な装備だ」
偵察部隊が撮影してきた映像を見たエドガーが言う。確かに、一人の警備員に掛けているミラは共和国軍の特殊部隊のそれよりはるかに高いだろう。
ライオットシールド付きのヘルメット、最新の防弾ベスト、最新の導力銃、高性能の通信機。一体、何処からこんな横流し品を手に入れているのか。
そう考えていると、クラレンスが、
「奴らはグヴァールヂヤだ。装備に関しては出し惜しみされない。装備に関しては敵わないと思った方が良い。だから、今回のこの作戦だ」
と返したのに対して俺は、グヴァールヂアという単語についてクラレンスに問う。
「
クラレンスが口を閉じると、フランが「そんな場所にスパイを送り込むのも十分危険じゃないんですか」と訊く。その場にいる全員が思っていただろうが、口に出さなかったことをフランは敢えて口にしたのか、実戦経験がまだ少ないのか。
「安全な作戦なんて、こんな少人数の部隊じゃまず無いし、大規模だったとしても、被害をゼロにするのは不可能だ。それに、この作戦が一番死傷者は少なくなると思うが、良い作戦が思いついたなら、遠慮なく言ってくれ」
クラレンスのその言葉に対し、フランはばつが悪そうに肩を竦めた。
それはそうと、この映像だけでは情報が少ない。
フランの言う危険が大きいのも事実であり、クラレンスの言う死傷者が少ない作戦、というのも事実である。スパイを潜り込ませて内部の情報を持って帰り、確実な情報を作戦に組み込むのが正しいように思える。
が、偵察部隊で済む話じゃないかとも思う。俺はクラレンスに問う。
「偵察部隊か。この数秒の映像を送ってきたと思ったら返事が無くなったよ」と重々しい言葉を放つと、その場が全てを理解して静まり返る。唯一響いているループ映像の音は、荒れた息と砂を踏む音を虚しく発している。
すると、エドガーが、
「なら、スパイが中にいる状態から情報を得て、作戦を練って、突入、スパイも撤収って筋書で良いのか」
と、空気を切り裂く。
「そうだ。諜報員も襲撃には参加してもらう。武器については現地調達だがな」
「敵に化けるなら、どうやって仲間から撃たれないようにするんだ」
俺がそう問う。
「それは、これだ」
クラレンスはそう言って、手元にあった大きめの箱から、帝国の運輸サービスを行っている会社の制服を取り出し、これを着て潜入してもらう、と付け加えた。ニコラスが民間の運輸サービスを利用しているのか、と問うと、映像にその飛行艇が写っていただろう、と返してくる。
全く、無茶な作戦だ。
それはそうと、スパイは誰がやるんだ。俺は再び場を静けさに陥れた。
そして、クラレンスは俺を指差し、少しニヤッと笑う。周囲にとっては意外だったのか、感嘆なのか何なのかよく分からない声が漏れている。
クラレンス曰く、俺はクラレンス以外で唯一、諜報活動の経験が豊富な人物だったから。らしい。
俺は思わず溜息を吐いてしまうが、ニコラスをになら、ということで承諾した。
その前夜だ。作戦の開始、と言ってもまだ諜報員を送り込むだけだが、そこから作戦はもう始まっている。その前夜ともなればそわそわしだす人物もいるが、俺は飽くまで冷静を保ったまま作戦へ移る。
そして、フランが支部に来てから減らしていた煙草を吸いに、明かりも点いていない、誰もいない基地の外に向かった。そこは誰もいない筈だからこっそり吸える。
苔に覆われているドアをゆっくりと、最低限の音を立てるだけにして、開ける。
ふと、耳に集中すると、歌が聞こえてきた。ここに人がいる事がばれないように気を遣っているのか、声は小さめにしているが、その歌声は木と木の間をすり抜け森を駆けていく。
足は自然にそちらへと歩み寄る。その歌声は"彼女"と全く同じだったからだ。
小屋の裏へ回ると、一人の少女の背中が見えた。月光を反射させるような銀髪が短く纏められていて、少し大きめのオリーブドラブに身を包んでいる。
俺は立ち尽くし、その歌を聴き続ける。平和を願う少女の歌を。
ヘィヴェイヌ・シャロム・アレィヘム。それを三回まで繰り返したところで、少女が歌を終えると、こちらに体を回す。その時、少女と視線がぶつかり、少女は少し驚いたような表情をしたが、直ぐに笑顔になった。
「チャールズ」
少女はそう呟いたように思ったが、実際は違った。少女はフランだった。
俺は忍び寄ったようで申し訳ないと思い、謝罪をしたが、フランは恥ずかしがっているのか、微笑んだまま、頬を赤らめて俯いてしまっている。笑顔は照れ隠しなのだろう。
俺は改めて謝罪をし、質問をした。
その歌を何処で知ったんだ、と訊くとフランは顔を上げて、
「アレックスもこの歌を知っているんですか」
と、驚いた。
「ああ、友人が好きな歌だった。もうそいつはこの世にいないが、お前がそれを歌ってるのを見て、そいつを思い出した」
「私は昔、クロスベルに行ったときにある女の人が歌っているのを聴いて、そこから耳を離れなくなったんです。不思議ですよね」
これは驚いた。
恐らくその、「女の人」というのはシルヴィである可能性が高い。そうであれば、意外な接点があったことになる。
「もしかして、その友人って・・・・・・」
「ああ、お前の言う『女の人』だろう」
すると、今度のフランは悲しさで俯いてしまった。あまり重々しい雰囲気で言ったつもりはなかったが、フランはあの歌がもう聞けないことを惜しく思ったのだろう。
俺は一旦この会話を終わらせるため、
「それについては明日からの作戦が終わったら、全部話してやる。その歌、シルヴィのことも纏めて話す。だから、今日はもうゆっくり休め。お前も、襲撃の部隊なんだから、こんな少数の部隊じゃお前一人でさえ作戦の核だ」
と伝えると、フランは頷いて「じゃあ、アレックスもあまり遅くまで起きてちゃだめですよ。貴方が本当の作戦の核なんですから」と言いながら、走り去った。
すると、ある事に気づいた。
煙草を吸いに来たのだ。
だが、今日だけはフランとの減煙の約束を守ってやるか。
green light.
無線からオペレーターの声が聞こえた。飛行艇の後部ハッチが開いて、暗い貨物室が日光で照らされる。その開いた先にある光景は、屋敷の屋上に、黒い戦闘服を纏って、完全に客を拒むようなディテールの共和国製のライフルを持って立っている人間が、俺の視線と垂直に整列している光景だ。
運輸を頼まれた貨物は、一アージュ四方の正方形で構成されたものが完全に、中身が見えないようになっているものであり、それを幾つか手分けして運ばなければならない。
しかし、予想外だったのは、屋上にあったドアから出てきた兵士達が次々に荷物を持って行ったことだ。これでは内部に侵入出来ない。
しかし、好都合なことに、人手が足りないという話になった。そこで俺は屋敷の中を眺める訳じゃないから手伝う、と言って、荷物運びを手伝えることになった。
割と小型の荷物であったから、片手に持って行ける。俺は他の荷物を持っている兵士に囲まれるようになりながら屋敷に入っていく。恐らく内部が見えづらくするための行動だろう。
俺は出来るだけ兵士がこちらに目を向けていない時を見計らって、少し見回してみる。
前に襲撃した「魔獣工場」のような札が幾つもあるドアに付いており、ここがどんな施設かを忘れてしまいそうになる。
そして、この屋敷は恐らく外見だけの屋敷だろう。中は研究所と普通のラジオ局を足して二で割った感じだ。あんな豪勢な外見とは正反対である。これも先入観が影響しているのだろう。そんなもので判断していてはニコラスの頭に銃口を突きつける事は出来ない。
あの頭にライフル弾を撃ち込んで飛び散る脳漿を見てやりたい。そう思うほど、荷物を持つ手に力が入る。
すると、突き当たりの部屋の前で、バヨネットを装備したアサルトライフルを持っている兵士が俺が先に部屋に入るように催促するので、ドアを開けて中に入る。すると、そこは完全に研究所だった。錆びた鉄が剥き出しになった床と壁が顔を覗かせ、何か、何かとしか形容の出来ない物体を碧く発光する液の中に浸している。これは魔獣だったり、もっと悍ましいものだったりするのだろうか。
そして、部屋の手前へと出てきて、俺の持っている荷物を受け取って、顔を見てくるなり納得した男はニコラスだ。
ニコラスは警備をしている男に荷物を持っていくように命令をすると、男は無機質な返事をして荷物運びの隊列へ加わった。
ニコラスが俺を執務室に連れていこうとすると、兵士達が警備をさせてほしい、と頼むが、ニコラスは「部屋の外だけで十分だ」と言って、俺を執務室へと連れていく。
すると、ニコラスは歩きながら、
「客人に無礼なことをしてしまったね。何せ彼らは人の持つべき感情を持たないし、必要以上の行動はとらないからね」
その彼らが真後ろにいるというのに、なんて事を言うんだこの男は、と思ったが、それも頷ける。眉一つ動かさない顔がズラッと並んでいるのだ。多少不気味に感じても仕方ない。だが、感情を持たない人間など存在しないのも事実だ。
「さて、ここがぼく専用の執務室だ」
ニコラスはそう言ってドアノブに手を掛け、それを引く。
静かに開いたドアを部屋の外から押さえながら、部屋に入るように促して来る。
俺は遠慮せずに、ずかずかと執務室に上がり込み、接客用であろうソファーに深く座り込むと、ニコラスは俺と対面する形で座った。
「随分、カタギに染まってきたじゃないか。チャールズ君」
これが挑発であることは分かっている。わざわざその名前で呼ぶとは――――――からして、飽くまで無表情を保ったまま、
「その名前で呼ぶな」
と言う。
「済まない、だが、今回君と二人になりたかったのはね、君とじっくり話したかったからだよ」
「余裕じゃないか。今すぐお前の眉間に空洞を作ることも出来るんだぞ」
俺は威嚇したつもりだったが、ニコラスは懐から、帝国政府からの逮捕状を出してみせた。
「最初は本当に
と言った後、「貴族と組む気にはなれないし」と付け加えた。
「じゃあ、今はフリーで仕事を請け負うのか」
「まあそんなところだ。言われれば君達への支援もするよ。ミラの話は付き纏うけどね。
今回君はそんな事を聞きに来たんじゃないだろう。勢力から考えると、きっと貴族連合側の《ヴェンジェンス・デーモンズ》、VDがぼくを逮捕か暗殺するために君を送った。違うかい」
ニコラスはそう言って不敵に笑う。そんな情報を何処から手に入れるのか。
垣間見えていた可能性が大きくなってきた。VDの中に内通者がいて、そいつがVDの作戦の情報を漏らしている、という可能性。
「少し違うな。今回はお前も逮捕でも暗殺でもない。この施設の破壊だ。俺が現地で武器を調達し、それを達成する。お前は二の次だ。大体、お前一人を始末したところで、ピュートルが機能を停止する訳でもないだろう。首がすげ替わるだけだ」
勿論、半分は嘘っぱちだ。ニコラスの殺害、拘束は二の次であるが、施設の破壊が優先であることは本当だ。一つ違うとすれば、もうすぐ、増援の部隊が、追加の貨物を運ぶ飛行艇に乗って、こちらに到着するところだ。
「ふむ。情報に間違いがあったようだ。全く、スパイを送るのも苦労するからもっと正確な情報を送ってほしいものだ」
やっぱりか。それにしても、そんなにべらべらと機密情報を喋っていいのか、俺がそう訊くと、「ぼくが最高責任者だからね。ほぼ独裁の会社を作ることも出来る」とだけ言った。
「さて、今回君に見せたいものがあってね。きっと驚くよ」
ニコラスはそう言うと、立ち上がって、執務室から出て行き、外から俺を呼ぶ。
「ここがぼくのラボだ」
ニコラスは胸ポケットからカードキーを取り出し、それをドアの横にある細い溝を通過させる。すると、ドアが壁の中へスライドして消え、ニコラスは俺を中へと誘っている。碧い光で充満している空間へと。
俺は部屋に足を踏み入れると、率直に言って驚いた。漆黒の壁を不規則にカーブする青い直線が部屋中に走っていて、俺を部屋の奥へと導いているようだった。
更に、人の形をしたものが碧い培養液に浸されている。この液は上にあったものと同じ物だろう。違うところは、中に入っている物が人の形をしているところだ。
「ここでは人工生命の研究をしていてね。六年前だった、初めて『生命』が誕生させたのは。彼女は『イブ』と名付けた。初めてにして、正当な方法では最高傑作と言っていい」
「
思わずその名を呟いた。
「まあ、そう呼ぶ人もいるね。ただ、一つだけ欠点があるとすれば、殆どの個体は感情を持たないことだね」
「感情を持たないのが人形として欠点なのか」
俺は強めの口調で訊く。
「こういうのは機能性じゃない。どれだけ人間に近付ける事が出来るのか、ぼくはそれを試したい。そして、この技術を以ってシルヴィを復活させることが最終的な目的だ」
俺はシルヴィを生き返らせる、という話に強い関心を抱いたが、同時に、余りにも現実離れした話に呆れかけていた。そもそも、ニコラスが何故シルヴィを生き返らせるのか、俺は問う。
「君は知らなかっただろうが、彼女の持つインボーンアーツが我々の研究に大いに役に立つことが四年前、やっと分かったんだ」
「四年前・・・まさか」
ある可能性が浮上した。シルヴィの遺体はまさか、
「そう、君達が悲しんで葬儀に参加した時の遺体はぼくが用意した偽物で、本当の彼女の遺体はぼくが回収した。悪いとは思ったが、研究材料にさせてもらったよ。そして、その結果、彼女の記憶、人格を見返すと、ある事が分かったんだ。
そう、彼女の歌だ。まるでトリトンの法螺貝。何処までも響くような美しい声だが、あの歌声によって、半径二十セルジュ内の魔獣は全て彼女の指揮下に入る。勿論、彼女がその気にならなければ、魔獣が一斉に飛び掛かってくるような事態にはならない。逆に、その気になれば、ていうことだよ」
俺は突然突きつけられた真実に動揺を隠せなかった。そして、それを整理するため、
「じゃあ、質問を二つする」と言うと、ニコラスは余裕気味に、どうぞ、と言ってみせた。
「まず、お前が遺体を持って行ったってことは、シルヴィの遺体はここにあるのか。
そして、何故、そんなインボーンアーツがお前の研究に必要だったんだ」
すると、ニコラスは横に佇んでいる碧く発光する液体が入っている管で、培養されている人の形をした物を指差して、
「そのアーツは魔獣だけでなく、ぼくの作った製品全てに有効だった。獣だろうが、ホムンクルスだろうが、人工生命の生産の根本は同じだからね。つまり――――」
「自律して動くように造らなくとも、シルヴィの歌があれば十分。むしろ今まで以上の戦果が望めるっていうことか」
「そうだ、これを売り捌くのではなく、ぼくの私設軍隊に組み込めば組織の力は強まる。他の商会や教団が敵わない程にね。
っと、最初の質問がまだだったね。まあ、それはイエスでありノーである、と言っておこう」
「どういうことだ」
俺は冷静に訊くことを忘れて、喧嘩腰になってしまったのに気付き、顔だけでも平淡なものにする。
「彼女の遺体は埋葬されているところに返してきた。彼女の魂は此処にあるままだ。彼女の人格や記憶は此処にある。このフォルダの中に」
そう言って机から取り出したのは、親指程の大きさをした結晶のようなだった。
「これを誰かの体に取り入れれば、その人物はシルヴィ・ロタールとして生まれ変わる。素晴らしいだろう」
ニコラスはこちらに微笑んでくるが、憎たらしくて仕方ない。シルヴィが生き返るのは確かに賛成だ。しかし、それを誰かの犠牲によって行ったならば、彼女は必ず苦しむ。自分の体が憎くなるのかもしれない。だから、それは防ぎたい。
だが、
「それはわざわざ生者の体を使う必要は無いんじゃないか。ホムンクルスに魂を注げば終わる話だ」
俺は素朴な疑問をぶつける。
「そう言うだろう。しかし、ホムンクルスに自我が宿ることは無かった。いくら生者の記憶を脳へ送っても。だが、それは実際の死体を使って蘇らせた『イブ』を除いて、という話だった。見せてやれ」
ニコラスの合図と共に、先ほどのスライド式のドアが開き、ある女性が入ってきた。
女性はメイド服を着込み、。茶髪をそのまま伸ばしていて、それは腕の当たりまで届いている。
「彼女が『イブ』なのか」
俺がニコラスにそう問うと、彼が答えず、「イブ」が機械的に答えた。
「はい、私が『イブ』です。私の中にはニコラスが作った人格がプログラムされていますが、読み書きが最初から出来る程度で、『私』自体に影響を及ぼすことはありません」
「確かに、多少機械的な喋り方ではあるが、多田のホムンクルスならばこんな対応は出来ないな」
そして、イブを褒めただけだ、と付け加えた。
「はい、行動の人間らしさどうこうと自我云々は似ているようで関係ないのです」
イブは何処にあったのか、俺とニコラスに紅茶を差し出してくる。本当に自我があり、主人に言われる前に行動出来ている。
俺は紅茶を置く場所も無いから、直ぐに飲み干してカップだけを返却したが、ニコラスからは無礼な人間を見るような目で見られた。
そして、飲んだ後に気付いたが、敵地にて差し出された物を口に入れるのはタブーだ。なのに、それに気付かなかったのは、イブの差し出し方が非常に自然だったからだ。メイドが家事をするように、軍人が軍服を着ているように、極自然な所作だったから。
イブの方を見たが、ただ、微笑んで返してきた。まるでステンドガラスに映る聖母のような。イブと名付けられているのも頷ける。
彼女としては、ただ、客人にもてなしをしただけなのだろう。
そして、ニコラスは両手をカップで塞がれながら、説明を始めた。
「この記憶結晶をシルヴィの遺体に取り入れようともした。だが、彼女の遺体は傷付き過ぎた。腕と脚が無くなっていて、腐敗も進んでいた。蘇らせても、生命を維持することは難しいだろう。もっとも、腐敗も欠損は生前になったものだが」
そう言って俺の顔を見てくる。
「まあ、君が原因なのは分かっている。ノックスでの一連の騒動で、君らの部隊を襲撃したのは普通の人間による部隊だから、当然、ぼくらも被害を負ったよ。そこからだ。人間を造りだそうと思ったのは。これは戦争を変える、そう確信した」
またある可能性が浮上する。
「鉄血宰相の暗殺も貴様のホムンクルスが、宰相の影武者をやっていたのか」
いささか驚いて訊く。
「いや、あれはぼくらのやった事ではない。だからといって誰がやったのかも分からない。唯一はっきりしているのは、宰相がまだ生きているって事だ」
この言葉が正しいならば、クラレンスの勘は的中していることになる。それならばVDが活動を継続することにも意味があるし、それに乗じてニコラスの殺害もこれ以上にチャンスが出来るかもしれない。しかし、ここで確実に仕留める。
俺は奥歯に仕掛けてある発信機を起動させ、クラレンスたち実働部隊に建物内の情報を送る。武装に関する情報も一斉に送るが、ニコラスとの会話は一切をカットする。これはまだ、俺の問題であり、組織全体に流すには早い。
すると、クラレンスの指揮はかなり優秀で、三分程で到着すると暗号が送られてきた。
しかし、何かを感じたようにイブが発言する。
「ニコラス、彼らの増援が来ます」
「想定内だ。次に来る飛行艇は『自走砲』で墜とせ、と伝えてくれ」
ニコラスがそう言うと、イブは「承知しました」とだけ言って部屋を出ていく。俺はすぐにクラレンスに伝えたが、それ以上の通信は不可能となってしまった。
急いで武器を探そうとしたが、目の前のニコラスが拳銃を脇のホルスターから引き抜き、こちらに向けて、
「動かないでくれ。ぼくもこれを自分で触るのは初めてでね。出来れば人は撃ちたくない」
と言う。
俺は五秒程ニコラスの構える銃口を見つめ、彼の視線がサイトから外された一瞬を見計らうと、両手で拳銃を持つ手を上へと上げて、姿勢を下げて射線から逃れる。そして、拳銃の射線を避けながらニコラスの両手を抱え込むような位置まで引っ張る。主導権を握られたニコラスの両手から拳銃を奪い、彼を突き飛ばすと、その頭に銃口を向ける。
ニコラスは両手を上げて、反撃の意思が無いことを示す。
「接近戦闘じゃ鉄道憲兵隊に所属していた俺が有利だ」
俺は余裕の無くなった顔をしているニコラスへと言葉をぶつける。
「くそっ」
彼がらしくもない喋り方をして少々驚いたが、ここは彼を拘束するべきだろうか。有益な情報はかなり聞くことが出来たし、政府はこいつを生かしておく必要も無くなった。なんせ、本物のように動くホムンクルスを製造出来る技術を、何処からか手に入れている。
しかし、生かしておけば彼の言うことによって帝国政府の闇も暴かれる。そのメリットも十分にあり、VDの連中からしたら、宰相の殺害よりも現実的な復讐の方法かもしれない。
すると、ニコラスは口をOの字に開き、それを三秒保って見せて、やがて、その口を閉じた。特に叫ぶ訳でもなく、ただ口を開けていた。
俺は余りにも不審で、意味不明の行動に対し、困惑の念を抱くが、すぐに納得出来る出来事に変わった。
横にあった管のホムンクルスをも貫いて、一筋の刃が俺のこめかみへと到達しようとしていて、間一髪で避けることは出来たが、その刃は一旦止まったかと思うと、ホムンクルスごと管を切り裂き、甘い匂いのする液体を溢れさせた。
刃を避けるのに、必死だった俺の隙を見て、ニコラスが壁に向かって走り出すが、今はそれどころではない。水を通さぬ碧い光が目に入り、上手く狙いをつけられないまま、刃の出てきた元に発砲すると、影のようなものがそこから離れて、別の場所へ隠れた。
今回は予備弾倉など持ってはいないし、これ以上無駄撃ちは出来ない。次から撃てるのは確実に当たるときだけだ。
俺は壁に背を付けて敵が出てくるのを待つ。恐らく相手の武器は東方の短刀、それも隠密任務に適しているような物であったから、それなりに近付かなければ当たらないだろう。
すると、先ほどの物より一回り小さい刀が、俺の額へと真っ直ぐ飛来してきたが、十分予想できる範囲内の攻撃だ。俺がそれを見極めて刀の柄を掴み、キャッチして構えると、影が管の後ろから飛び出してきて、こちらへと猛スピードで走って来る。こうなれば、背後に空きがあった方が有利だ。
俺が四歩前に進んだところで、お互いの間合いがぶつかって、刀で相手の首を狙う。俺はこの武器に慣れないまま攻めに行けば、ほぼ確実に負ける。だから、一旦守りに徹して確実に攻められるところで反撃を行う。
しかし、相手の力は以上に強く、最初の斬撃で鍔競り合いになる。その時、はっきり見えた顔が俺に衝撃を与えた。
イブだった。それも、無表情のまま。
「これが私の殺意、私の意思、つまり『私』です」
刀を押しながら、そう言ってきた。
「今、私は貴方を殺そうとしています。貴方にニコラスを殺されるのは腹立たしいので」
先ほどの微笑みや、今のメイド服には似合わなさ過ぎる言葉を吐くと、刀を持つ手に一層力を入れてきて、こちらの刀を押し上げると、それを左胸に突き立てようと突っ込ませる。しかし、俺は女性だということにも気を遣わずに、水月に左足をめり込ませ、一気に吹き飛ばす。
このままでは勝ち目はない。平気そうに立ち上がるイブを見て俺は思った。
全身の力が胸に集まるような感覚と共に、四肢をはじめ、様々な箇所が強化されていく感覚になる。
やがて、足元から紅い光が巻き上がり、全身を包むと、一気に爆発するように噴き出し、それが止まると俺の体はこのインボーンアーツによって大幅に強化される。
俺が刀を順手に構え直し、イブの攻めに備えると、彼女が一気に接近して息のかかりそうなところまで、距離が縮まる。
イブの美しい顔によって埋め尽くされた視界は、彼女の持つ刀を捉えることは出来ず、折角の身体強化を無駄にされてしまう。
しかし、俺は後ろにある余白を利用して飛び退くと彼女が刀を振った直後の隙を見逃さず、二回の斬撃を加えると、彼女は華麗にそれを避ける。
「何故、あの男の為にそこまで尽くすんだ」
俺がそう叫ぶと、
「私の意識を創って下さった人です。それじゃあ駄目ですか」
そう返して、もう一度攻めて来る。
今度は全ての力を込めたような斬撃で、この一発で決める気だろう。
俺も接近して左腕を頭の横に持っていき、それを盾にしながら、首へと刀を突き刺すと、左腕にイブの振った刀がめり込む。恐らく、骨を切り切れずに苦戦しているのだろうが、それを抜かせないようにして、右腕に力を込める。
やがて、俺の左腕も悲鳴を上げてきた頃、刀の先端がイブの喉へと触れる。それを力のままに押し付け、一気に声帯を突き刺し、血を吹き出させた。
やはり痛みは感じるのか、掠れた声を出しながら左腕へとかかる力は段々弱くなっていくき、果てには刀を持てなくなり、俺は首の刀を引き抜いてイブの動かなくなった体をゆっくり寝かせる。左腕が使えないからか、少し苦労する。
血で真っ赤に染まってしまったメイド服が乱れていたので、少し整えると、彼女の死に顔がどうしようもなく美しく感じた。
三章 完