硝煙の軌跡   作:暁学園前

15 / 17
第三章 第四部

 

 

 

 

 

 ふと、我に返ると外が騒がしくなっていくのに気付く。

 イブの骸を一通り整え、ラボを出ようとした時、ドアがスライドし重装備の兵士が姿を現すが、首に肌を覗かせている隙間が見え、そこを刀で貫く。赤い飛沫が顔に当たらないように傷口を押さえ、床に引き倒す。

 兵士の死体からライフルとグレネード、マガジンを抜いて、マガジンを無造作にポケットへ突っ込む。

 そして、開いたままのドアを通過し、真っ直ぐ廊下を通過し、かなり急な階段を通過し、外に出ると、列車砲のような大きさをした戦車に飛行艇の残骸がめり込んでいる光景があった。更にはその飛行艇からは数少ない生存者が必死に応戦しているが、重装備の相手に先制攻撃を潰されて、どう反撃しようか、と苦戦しているところだった。飛行艇の床だった部分が壁になっていて、コックピットの風防があった場所から銃弾が飛んで行く。

 俺は適当な木の陰に身を隠し、無線を使う。

「こちらトカレフ、状況は」

『こちら、フラン。良かった……生きてたんですね…。こっちは自走砲に撃ち落とされて、敵を道連れにしようとしましたが予想以上に数が多くて、激しい銃撃を受けています────っ、エドガーがやられました』

 フランからの無線を聞いて、思わず舌打ちをする。

 ホムンクルス兵はこちらに気付いていない。

 俺は出来る限り接近し、遮蔽物を確保すると、二人が固まっている場所へグレネードを投げ込み、他の場所へと射撃を開始する。

 規則正しく戦闘を行うホムンクルス兵はテキパキと銃を撃ち、相手を追い詰める。その動きはまるで機械のような印象を受けるが、歴とした生命体である。心臓があり、脳があり、脊髄があり、肺や胃などの臓物を詰め込んだ肉であり、それを動かすのに必要な骨がある。

 そしてそれを証明するかの如く、俺の投げたグレネードの破片が四散すると、それに当たった兵士が、真っ赤な色をした────まるで果実を切ったような断面から赤い果汁をぽたぽた垂らしている、のにも気に留めず、お返しと言わんばかりに銃弾で答えてくる。

 遮蔽物としていた戦車の装甲に幾つもの銃弾がぶつかり、金属音を響かせる中、異質な音が聞こえてくる。

 美しい歌声。

 平和を願い、単純な言葉を五回繰り返すだけの歌。

 ヘィヴェイヌ・シャロム・アレィヘム。

 まるで、振るえている小さな鐘を握ったかのように一切の戦闘音が消えて、本当に平和が訪れたのかと錯覚した。が、それも束の間、ホムンクルス兵が一斉射撃を開始する。銃声は一人が射撃しているかのように纏まっていて、統制がとれている、というより全員が操られているかのようだ。

 俺はそこでニコラスの言っていた事を思い出す。

 シルヴィの歌声は魔獣だけではなく、ホムンクルス兵すらも操れると言っていた。もしそれが本当ならこの歌声は──────。

 俺は銃だけを遮蔽物から出し、大体の位置に乱射する。フランたちが飛行艇の中ならば誤射の可能性は無いだろう。

 そして、整っていた銃声に僅かにズレが生じる。恐らくは誰かに当たったのだろう。俺は銃声が止んだ一瞬を見計らい、グレネードと銃弾をお見舞いする。

 グレネードが炸裂し、煙が巻き上がると同時に戦車の陰から飛行艇へと登る。側面にある整備用の通路を渡り、砲塔の根本に埋まっている飛行艇のドロップゲートを力ずくで開ける。

 すると、コックピットではクラレンスが反撃し、貨物室ではフランとエリカが負傷者の治療に努めていた。しかし、既に死者と化している者も居る。エドガーは鼻の頂点を中心としてぽっかりと穴が空いていて、かつての厳つい顔は顔として認識できなくなっていた。いくらエリカでも死人を蘇らせることは出来ないだろう。

 俺が足を進ませると、床────もとい右側面の壁は誰のものかも分からない血で濡れて滑りやすくなっているのに気付く。そのまま、足を上げると血液が糸を引くように下へと流れていく。

 足元に気を付けてコックピットに行くと、まだ熱を帯びた薬莢が、計器で埋め尽くされていたであろう橋よに池のように溜まっている。

「戻ったか」

 クラレンスが敵から目を話さずに言う。

「ああ……、生存者は」

「ここに居るやつ以外は死んだ。もうすぐ回収の飛行艇が到着するだろうからそれで撤退────」

 クラレンスの言葉を塞ぐように、近くに砲弾が着弾し、飛行艇の残骸が滑り落ちると、体が後ろに引っ張られるように地面へ落ちる。単純な物理法則だ。

 俺はコックピットにあった座席に掴まり、上へ登ろうと試みるが、残骸が地面に着いた衝撃で一番上から落ちることになり、背中に鈍い痛みを感じると意識が遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、そんな動物もいるんだな」

「うん。ペンギンって動物なんだけど、鳥なのに飛べないんだって。一度生で見てみたいとは思うけど、ノーザンブリアよりずつと北にいるから多分見ることは出来ないかな。写真だけでも見ることが出来るなら満足だよ」

 シルヴィはそう言って微笑む。

「なんなら俺が連れて行ってやる。前みたいな長期休暇確保して行こう。金なら割と持ってる」

 すると、彼女は目を見開いて驚き、俺の顔を見ながら「本当なの」と呟くような声で訊いてくる。

「ああ、本当だ。飛行艇を用意出来る友人がいるんだ。少し長旅にはなるだろうが十分に可能だろう。それに俺もペンギンだけじゃない、色々な景色を見てみたいからな」

 俺がそう言うと、シルヴィは立ち上がり、また「本当?」と訊く。

「勿論」

 と答えると、シルヴィは子供のように喜び飛び跳ね、足を滑らせる。しかし、間一髪で姿勢を保ち、転ぶことはなかった。

 シルヴィはそれを笑って誤魔化す。

「じゃあ」とシルヴィは言い、続けて「保険をかけます」と芝居めかして言うと、俺の右手を引っ張り、親指の根本を掴むと腰からナイフを取り出す。

 何をするのか不安になり、離れようともしたが彼女が、そこまで痛いことはしない、と言うので大人しくすると、彼女はナイフで俺の親指に軽い切り傷を入れる。すると、拍動に合わせて少量の血が流れ、シルヴィはそれを舌で掬い、味わうようにして飲み込んだ。

「次は私のを飲んで」

 シルヴィはそう言うと、俺と同じく右手の親指に赤い線を描く。

 俺はシルヴィの腕を引き寄せると、血液を舌で舐め取った。鉄の味がするのはやっぱり変わらないんだな、と俺は思う。いや、正確に言えば鉄の味に似ているだけであって血の味ではあるのだが。

 すると、シルヴィは、

「これは私の母さんが住んでいた国の、約束を破らせないためにすることなんだって。私は昔からやってるから慣れてるんだけど、嫌じゃなかった?」

「いや、俺の住んでた国じゃ多文化過ぎたからね。それから比べたらどんな行動でも受け止めれる」

「それは極端な話だよ」

 シルヴィは笑って答える。俺も笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────短い夢が終わり、目を開けると、俺の体は飛行艇の外に放り出されていて、体の殆どが動かず、漸く腕が動くようになっている。

 霞む視界の中、見えたものは赤髪の女性が、気絶したフランを飛行艇へと運んでいく様子だった。VDが到着したのかと思ったが、戦闘音が一切しないことから最悪の可能性が考えられる。

 エリカがニコラスの言っていた“スパイ”だった。

 思い返せば決定的なことをニコラスが言っていた。インボーンアーツ、奴がこの単語を知っているのはおかしい。何故気付けなかった。

 全員背を向けている今が一番の好機だ。俺は一アージュ強の距離に落ちているライフルへと手を伸ばす。しかし、腕を伸ばしただけでは届かず、腕で這って近寄る。

 すると、ライフルが宙へと浮いて俺の手から遠ざかる。ライフルの行く末を目で追うと、見覚えがある姿があった。

 夕焼けに染まる銀髪、澄んだ瞳、鼻は少し高く、哀しみを浮かべている女性。

 俺は、シルヴィ、と声を出したつもりだが、声が出ているのかさえも分からない。

 しかし、シルヴィは、ただ、

「ごめんね」

 と言った。言ったように思えた。

 彼女が俺を隠すような位置に立ちながら、ライフルを投げ捨てると、早々に飛行艇の中へと消えてしまった。

 飛行艇が轟音を立てて離陸すると、その風で飛ばされた幾つもの葉や砂が顔に当たるが、今はそれすら気にならない。

 

 やがて、飛行艇の機体が見えなくなると辺りに静寂が訪れた。戦闘音に怯えて離れていた動物も戻ってきたようで、鳥の囀りが聞こえてきた。意外と逞しいものだ。あれだけの戦闘が起きたら流れ弾で相当死んだだろうに。

 俺は体が少しずつ動くようになっているのに気付いた。

 肘をついて右脚を立たせると、地面から手を離してみる。すると思いの外安定し、続いて左脚も立たせる。

 歩けるようになった俺は、飛行艇の中を見に行く。ふらふらとするものの、それなりに歩くことは可能だ。

 飛行艇のドロップゲートを再び通ると、先程の床になっていて、血がぽたぽたと滴っている。

「ダレルか……」

 突如聞こえた声に驚き、その方向へと目を向ける。

 すると、腹から赤黒く染まった鉄板を突出させているクラレンスの姿があった。

「外は……どうなってるんだ」

 掠れた声が静かな空間に響き、俺の耳へ届く。

「フランが連れて行かれた」

「エリカは……エリカはどうなったんだ」

 俺は暫く間を開けると、

「死んだ。あいつらに撃たれて」

 嘘を吐いた。

 俺は嘘に塗れている人間だ。どうしようもなく、どこまでも嘘で塗り固められている。

「そうか……」

 クラレンスは衝撃を受けたようだが、それを表に出さないまま、そう呟いた。

「VDのメンバーに伝えておいてくれ…………俺が死んでも復讐は止めるな、それをしたら今までの犠牲が無駄になる、と」

「分かった。必ず伝えておく」

「頼んだぞ」

 クラレンスは力の無い笑顔を浮かべる。

「任せておけ」

 俺はクラレンスの躯に向かってそう言った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。