どれほど時間がたったのだろう。時間の感覚も消えてしまいそうな状態で導力列車に揺られている。
私は外の景色をぼんやりと眺める。この列車は、夏の日差しの中を急速に左へと移動している。
今日は帝国の内戦が終わってから二年経った日。あれから帝国は不自然な程に早い復興を遂げて、貴族と平民の諍いも早い段階で頭をひっこめた。勿論、それ自体は嬉しい事なのだけど、一つ納得のいかない事があった。
それはその内戦が終わる直前、私はストラナという国にいた。といっても難民だったり、観光客というわけではない。内戦のどさくさ、私は誘拐されて、そこで自分の意識を消されるところだった。そう説明された。
その私を助けてくれた人がいる。
アレクサンダー・トカレフ。
アレックスは私を助けた後、クロスベルにある病院に私を送って消えてしまった。何も言わずに。
私は彼を追うことにした。わざと足跡を残すようにして帝国中を駆け回り、共和国を訪れたり、時にはノルドにまで行った。最初こそ、空振りばかりだったが、ある遊撃士が彼の友人だと名乗っていて、私はその話を詳しく聞いた。
まず、アレクサンダーという名前が本名でないこと、これの驚きは小さかった。なんせ、猟兵団と仕事の契約をして死体畑を耕す人だ、名前の一つや二つ──もしかしたら三つ──持っていてもおかしくない。私は彼の本名を訊いたが、それはその手で掴みなさい、と言われてしまった。
次に、彼が鉄道憲兵隊出身であること。だから、近接戦闘に関する知識が並外れていたのかな、とも思ったが、あれに関しては洗練されたものだろう。かつての経験とマニュアルが上手く噛み合っているのだ。
最後に、シルヴィさんのこと。これも、自分で掴みなさい、ということだった。しかし、その事実を受け止める覚悟だけはしときなさい、とも付け加えていた。
私は益々彼を追い詰めたくなった。知りたいことが増えすぎた。
だけど、彼を追いかける、という選択肢は間違っていた。彼を
そんな相手だと痛感したのはクロスベルでのことで、その時、私は彼の背中を見つけて追ったのだけど、裏通りに入ったらそれっきり姿を消してしまった。どんな手品を使ったのかは分からない。痕跡一つ残さないから、幽霊でも見ていたのか、と思った程だ。
そして、帝都でのこと。彼の旧友だと名乗る遊撃士と出会い、アレックスの動向について聞くことができた。それによると、彼はリーヴスに向かっているとのことで、そのリーヴスでは最近、トールズの第Ⅱ分校が完成したらしい。それに用がある可能性も否定は出来ないし、彼のことだ、どうせ近接戦闘のコツを教えているのだろう。
すると、機械的な音声で膝に置いてある白い球体──脇に抱えられる程度の大きさ──が喚き出した。
「フラン、リーヴスに到着するよ。起きて起きて。フランリーヴスに到着するよ。起き──」
「起きてるから大丈夫だよ、サム」
私はそう言ってサムと名付けている球体に手を置く。サムはそれに反応し、アラームのような役割を停止すると先ほどの静けさが戻った。が、すぐに、
〈──まもなく、近郊都市リーヴスに到着いたします──〉
サムより遅れたアナウンスが流れ、周囲の人物も何人か降りる準備を始めている。私は旅をするには少々頼りない大きさの荷物であるトランクの、持ち手を握った。
そして、緩やかに列車にブレーキがかかり、完全に止まるとサムに、行くよ、と言う。すると、スリープモードからアクティブへも移行して、私より早く席を降りると四本の足を生やすと、それがホバー移動を始める。
私は歩いてサムを追いながら、同時に降りる人たちの迷惑にならないよう、その隙間を縫うようにしてすり抜けて行く。
弾幕を駆け抜けるよりよっぽど簡単だ、彼ならそう言いそうだと思いながら、駅のホームと列車の境界を跨ぐ。
列車が再び出発して何処かへ去っていくと、私はそれに見向きもせず改札を通る。そして、駅を出てからサムが止まる。
「サム、ダレルを探して」
「わかった。方法はどうするの」
「そうね……導力ソナーを発して反応が強くなるものを追跡してちょうだい」
すると、サムは「了解したよ」と言ってポーンという音を一定間隔で響かせ続ける。そして、強い反応が返ってきた場所を捉えたことを私に伝えると、サムはその方向へ滑っていき、私はその後を追う。
やがてサムが、この近くにいる、と言ったのはトールズ士官学院第Ⅱ分校の校門だった。直線的な設計の校舎が堂々と佇んでいて、高い棟が幾つか並んでいる。
「本当に……」
私は思わず呟いてしまった。
彼がここに居るのかどうかは分からないが、サムが言うには可能性が高い。もし、それが本当だとしたら彼は何を目的に来たのだろうか。やはり、戦闘訓練を行っているのか、それとも別の目的──"仕事"で行っているのか。もしかしたら私用かもしれない。
私は門を通る。
すると、校舎の正面にあるドアが開くと小柄な女性が出てくる。
「あの、どうかしましたか」
女性はこちらを見つけるなり走り寄ってきて話しかけてきた。外見ならば私と同い年の少女に見えなくもないが、手に持っている、書類が入ったファイルや服装からして教官なのだろう。戦術科には見えないが士官学院に勤めている者だ、戦闘技術はあるのは確実だ。
「私は遊撃士協会の者です。人を探していているのですが……学院にアレクサンダー・トカレフという人は訪れていませんか」
「遊撃士の方でしたか。ではあちらの事務員に案内してもらって下さい」
「分かりました」と返事をした後に礼を言うと、彼女が示した線上にいた事務員の男を見つけると、そちらに歩いていく。行こうとしていたら、その執事風の男がこちらに気付き、歩み寄ってきた。
「見学者の方ですか」
「いえ、遊撃士の者です。アレクサンダー・トカレフという人を探しているのですが、ここに来ていませんか」
「ええ、来ていますよ。現在はグラウンドでⅦ組に戦術訓練を行っています。案内しましょう」
男はそう言って歩きだす。歩き方すら気を遣っているような人物だ。きっと貴族の執事を勤めていたのだろう、そして、かなり有能な人物であることが、あの短い会話で分かる。
男は庭園の左を通り、話しかけてくる。
「もし差し支えなければ、トカレフ氏に会う理由は教えていただけますか。こちらも業務上、必要なことなので」
そう言って、やわら右腕を少し上げる。
「それなのですが、彼には逮捕状が出ているのです」
男は「それは知りませんでした」と驚く。
「ええ、無理もありません。彼は幾つもの名前を持っていて、幾つもの国を渡ってきたのです。
────ストラナ・ヴォディーという国はご存知でしょうか」
「名前だけは聞いたことがあります」
「彼はそこの出身です。ストラナは多民族国家でしたが、内戦が勃発。彼は少年兵として戦っていましたが、やがて帝国へ避難しました。その時、本名は帝国に馴染めるものだったので、単純に身を隠すために偽名を使ったのでしょう。そして、その名前は私も分かりません。彼と彼に親しい人物しか知らないのです」
「貴女は"親しい人物"として見られていなかった、ということですか」
「私が彼と知人、と思っているのというのですか」
私は少し警戒して質問する。この男、かなり厄介そうだ。
「そうでもなければ、人を一人探すのに熱心になれませんよ」
彼の勘の良さに驚きつつ、話題を変える。
「それはそうと、あの遠くにある建物は何なのですか。見たところ、校舎のようには見えませんが」
「あれは小要塞といわれる訓練施設です。構造を自由に変化させて魔獣を出現させることが出来ます」
私は思わず感嘆の声を漏らす。
「見えてきましたよ」
彼はそう言って中庭からグラウンドを指す。
すると、そこにはプレハブのドアと壁だけが急造感たっぷりで設置されていて、紺色の戦闘服で包まれている懐かしい背中が、そこでうろちょろと動いている。彼の近くには数十人の生徒と教官が立っていることから、恐らく戦術訓練を行っているのだろう。
私は中庭からグラウンドに飛び降りると、足を曲げて衝撃を緩和する。一部の生徒は私に気付いて、こちらを見てくるが、私はそれを気にせずアレックスへ歩み寄る。
アレックスはこちらを視認した途端に、持っていた武器を捨てて逃げようとするが、私はそれを許さない。
「サムっ、捕まえてっ」
サムにそう叫ぶと、サムはすぐさまにアレックスの背中を追う。私も全力疾走でアレックスを追う。
すると、サムがアレックスの右足首へワイヤーを伸ばし、絡ませる。足首から下が進まなくなり、そこから上だけが前進しようとした結果、彼は無機質な床に顔面を津ぶつけることとなった。
私は倒れているアレックスに近づき、少々息切れを起こしながら「捕まえました」と言う。
すると、
「まずはこいつを離してくれ」
彼はそう言う。
「サム」
私がそう声を掛けるだけで、足首に巻き付いているワイヤーが解ける。
「さあ────と言いたいところですが、ここじゃ人が多いですね。今日の仕事が終わり次第、喫茶店に来てください」
彼は渋々「わかった」と返事をすると、困惑する生徒たちに喝を入れるように、大声を出して授業を再開する。だが、私は、
「気が変わりました。貴方を泳がせておいたらまた逃げられそうなので、仕事が終わるまで私から離れないで下さい」
「どうせもう逃げられん」
彼はそう言ってこちらに振り向かないが、微かに笑っているのが分かった。
夜。
アレックスが宿の戸を開けて中に入ると、私もそれに続いて遠慮しない。
今まで彼を追うために様々な施設に宿泊してきたが、ここの宿は良い意味で安っぽい。それ故、支部と実家が落ち着く。どんな高額な宿泊費を払おうとそれは変わらない。かなり庶民的な感覚である。
すると、アレックスは丸いテーブルに十字に置いてある四つの椅子の中の一つに座り、反対側に座るように催促している。私はそれに応じて、アレックスと向き合う形で座った。
「あー、俺が支部を出ていってから何年だっけ」
アレックスは疲れているように装って訊いてくる。彼ほどのスタミナを持っていれば、一日授業をした程度で疲れないだろう。
「二年以上です。私はその間ずっと探していたんですよ、貴方のことを。それなのに、貴方はちょろちょろと逃げ回って……。遊撃士といえど帝国人が共和国に入国する時の気持ちも考えてください」
「こっちもこっちで、共和国の特殊部隊に戦闘訓練とか諜報活動に必要な技術を教えたりしなくちゃならんかったからな、仕方ない────ていうか、お前……俺を追って共和国まで行ったのか」
ええ、と私は頷く。
「ニコラスもこんな気分だったのかね」
彼はそう言って煙草に火を付けて口に運ぶ。
「ちょっと。喫煙は控えてくださいって言ったじゃないですか」
煙を吐く。
「もう時効が成立しただろ、それにお前ももう吸っていいんじゃないか。確か十八から吸えるんだっけか、帝国は」
「いいえ、二十歳からです。十八歳から吸えるのは共和国ですよ」
「そうだったのか」
そこから暫く間が空き、私は受動喫煙を心配しながら、
「それでは本題に入りましょうか」
「本題、とは」
「分かっているはずです。貴方の過去、私から去った理由、そして本名。洗いざらい話してもらいます」
「………変わったな。前よりずっと攻撃的だ──」
「話してください」
彼の言葉を塞ぐ。
すると、彼は煙を含んだため息を吐き、空気を重くすると、口を開く。
「順番に答えていこう。まず、俺の過去だが、俺の生まれた国は帝国じゃない。ストラナなんだ。その後は色々あって帝国の鉄道憲兵隊に入隊して、すぐ辞めて、暫くして名目上の遊撃士になった。今の状態だ。
そして次だが、俺の本名────それはな、ダレル・レッドルップだ」
私はその名前を聞いて、不思議な達成感を感じる。この人から初めて真実を聞いたからか。
「案外普通の名前ですね」
私はらしくもないことを言って、彼は「そうだな」と言って二人で笑った。
END
これにて、ダレルの話は終わりにしようと思います。ですが、リクエストがあったり、ネタが思いつけば番外編として書こうと思っているので、たまにチェックしてくれると嬉しいです。
もし、続編を書くなら「硝煙の軌跡」というタイトルの後ろに何かくっつけるので検索する際には「硝煙の軌跡」と入れてくれれば出てくると思います。
最後に、このあとがきまで見てくださった方、シリーズこ最初から最後まで見てくださった方々、本当にありがとうございます。
追記:銀の軌跡というタイトルでシルヴィとダレルの話を書きました連載作品にはなりますが、是非、見てみてください。