硝煙の軌跡   作:暁学園前

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第一章 第一部

 俺は横になりながら考える。

 今回の依頼は最悪だ。高額報酬だから細かいところに口が出せない。だからといっても蜘蛛の巣が無数にある物置小屋に人を泊まらせるか。

 やはり妙に報酬が高い仕事というのは受けるべきではなかった。

 報酬が妙に高い仕事は受けない方がいい、の言葉を守れてない俺も未熟ってことだな。昔と比べたらマシな方だと思うが今もその時も対して変わらない。だが戦闘の経験だとずっと上だろう。成長できたのはそこだけだ。

 だがサラに言われたことを考えると俺も変われたのだろうか。自分では数少ない「無変」の一部だと思っていたが違うのか、彼女に対しての行動が変わったのだろうか。答えは出ない。

 すると、俺を悩ました発言をした本人が物置のドアを開けてこちらの様子を覗いて「真に受けちゃったかー」と呟いた。俺はそれを聞き逃さない。

 すぐに立ち上がってサラの元へ早足で歩み寄る。よほど俺と顔を合わせたくないのか、ドアノブを回して押しても向こうから押さえられており、ドアが開く様子は無い。押してダメなら、という発想で、ドアから離れると驚きの声と共にサラが物置に転がって来る。

「ドアが両開きで助かったぜ」

 倒れているサラにしゃがんで話しかけると顔を上げて、「安全ってものをねぇ・・・」とぼやいたが気にせず、同じ姿勢のまま話していると首が疲れるだろうと立ち上がらせようと手を伸ばすとサラは「あの時と逆ね」と言ってこちらの手を掴んで立ち上がる。

「私もまさかこうなるとは思ってなかったわよ」

「俺の宿泊先が物置だってことにな」

 するとサラは首を振り、「いいえ」を示す。

「あなたが物置に素直に泊まったことよ。本当はタダのイタズラだったんだけど、まあ、案内のメイドの雰囲気から嘘とは思えなかったんでしょ」

 抗議する気も起きない。間抜けな自分を殴ってやりたいし、この女に騙されたという敗北感で気力も湧かない。さっさと普通のベットで眠りたい。

「それともう一つ聞きたいんだけどいいかしら」

 サラが改まったように喋り始める。「なんだ」と返すと「《Ⅶ組》のメンバーに挨拶もしないで早寝するんじゃないわよ」と答えられた。

 これには反論できない。俺が一方的に悪いからだ。

「分かった。今から行ってきたらいいのか」

「ええ、全員食堂に集まってるから早く行きなさい」

 

 

 

 このドアを開けたら本当に戻れなくなるぞ。士官学院で実戦的な、っていう戦術を教えなきゃならんぞ。だがこれは仕事だ。私情で左右するな。

 脳内会議での意思は固まった。ドアの向こうから「そして、新しい教官がこの人よ。カモン!」とくぐもっていながらもよく伝わる声が聞こえると、ドアを開いた。

 そこにはまさに「個性」を表したような十人がテーブルの周りに座って、こちらを見ている。こういう場面は人生でも数える程しか無いので緊張する。だが相手が年下だと思えば割といけるもんだ。

 サラの横まで歩いてから生徒の方を向き、自分の説明を始めた。

「今日から《Ⅶ組》の一時的な担任を勤めさせてもらうアレクサンダー=トカレフだ。訓練の教官もする。よろしく頼む」

 するとサラがこちらに視線を送って来る。物足りないとでも言うべきだろうか。場面を考えれば、もっと細かいところを、ということだろう。

「俺は、今までの教官よりさらに実戦的なものやるし、厳しいだろうが担任も勤めるから気軽に話してきてほしい」

 まるで実習生だ、と自分自身に呆れるが先程のサラとは違う疑いを持った視線を感じる。その気配を辿ると銀髪の少女にたどり着いた。身長が低くて他の生徒より一回り年下なのだろうか(それより幼い少女も見えるが)、まだあどけなさが残っている。

 俺はその少女と極力目を合わせずに自己紹介を続ける。自分は遊撃士協会クロスベル第二支部の所属であると伝えるが、この遊撃士というのは半分は嘘で、各地で活動しても目立たないようにでっちあげたものだ。

 遊撃士協会からは一応許可は得てるが完全に独立したものとなっていて、ただの『何でも屋』と化している。だが戦闘技術の話では並の遊撃士より遥かに高い自信はある。

 俺は昔から戦闘の9割以上は銃でこなしている。軍隊にいた頃の訓練で一応ハルバードとトンファー、大剣の扱いについてはやったが、手慣れた銃が一番楽だ。

 最後の所属部隊は鉄道憲兵隊だったが格闘技術を使いこなせた辺りで抜け出した。今は脱走兵として扱われてるから偽名を使っていて、本名はダレル=レッドルップだ。脱走から一年は経った今じゃ捕まってもどうということは無いのだが、面倒なことになるので身を隠しながら生きている訳だ。

 今の話を遊撃士の最後の方まで話して自己紹介をする。もちろん経歴を聞かれたら偽装した経歴を話す。矛盾が無いかどうかのチェックをして今まで通じた経歴だ。

 こういうのは隠す方法も選ばなきゃならないので面倒臭くないといえば嘘になる。だが生きていく上では必要だ。それを知っている一部の人間も含めて、だ。

 そして自己紹介が一通り終わると、質問を受け付けると、すぐに手を上げたのは蒼い長髪の女子生徒だった。

「教官は先程遊撃士だと言いましたが、その前の職業とは何ですか」

 喋り方から考えて貴族生徒だろう。領邦軍とは言わず、正規軍の機甲師団だ、と答えると納得した様子で礼を言って座った。勿論嘘の経歴の一つである。

 他に質問は、と聞くと誰も質問は無いようなのでここら辺で切り上げて、解散の指示を出した。

 サラと俺以外が居なくなった食堂を出ようとすると、引き止められる。

「あんた、また物置小屋で寝るつもり?部屋はアタシと共有だけど我慢してね。あと、変なことしてもいいけど、命の保障は無いわよ」

 そう言い放ったサラは恐ろしく冷酷に見えたため、肝に銘じておくようにしたし、そう伝えた。彼女との戦闘じゃ接近した状態では勝ち目は無いからな。

 そうして会話を切り上げると、煙草を吸いに寮から一旦出ていく。

 外はすっかり暗くなっていてカエルの鳴き声が遠く聞こえて来る。

 適当な場所は無いかと探していると、公園があったのを思い出す。ベンチもあったし最適なはずだ。

 俺は何とか公園を発見し、ベンチに座ってから煙草をとりだして火を点けようとライターの感触を探るが、いつも入れてある筈のポケットにはその感触は得られない。体中のポケットを探ってもライターは見つからない。煙草をくわえたまま行う行動なので人が居なかったということが幸運だろう。

 本格的に焦りはじめた時に思い出した。今日支部を出ていく時にライターだけ忘れていたんだ。減煙が仇となったか。

 まあいい、煙草一本くれてやる、と未使用の煙草を投げ捨てようとした時だった。誰かが俺の手を掴んで先程のくわえた状態にしてライターで火を点けてくれた。咄嗟のことで流されてしまったが、礼を言おうと顔を上げると可憐な女性、それもメイド服の女性が立っていた。

 少し見とれてしまって見つめてしまい失礼だと思って直ぐに謝ったが、ただ微笑んで「いいえ」と言うと、

「そんなことより貴方様のようなお方が夜に外を歩けば命に関わるのでは」

 正直こんなに俺の正体がバレていることに驚きだ。まあ、この女性もこちら側の世界の住人なのだろう。

 俺はあえてリアクションを抑える。

「よく事情が分かりましたね。でもそれに関しては大丈夫です。護身用の武器は常に持ち歩いていますので」

 すると女性はポケットから見慣れた戦闘用ナイフを取り出す。それは間違い無く俺が隠し持っていた物だった。

「隠すのはいいですけど、荷物の中に置いていくのは少々無防備だと思います。私があなたの命を狙っている者じゃなくてよかったですね」

 呆然と突っ立ている俺のジャケットの内ポケットにナイフを入れると女性は去っていった。あまりの出来事にただされるがままになっていた。

 そして完全な静寂に包まれた時にやっと気づいた。カエル達が鳴くのをやめている。こんな状況じゃ警戒してしまう。

 ナイフの感触を確かめて寮まで向かう。

 本当なら拳銃位は持っていたかったが、煙草を吸いに行くには物騒すぎる気もして手ぶらで外出したが間違いだった。

 『何か』がこの街にいる。先程の女性ではなく、もっとたちが悪そうな相手、《赤い星座》か《西風の旅団》のどちらか、それとも最近出てきた《帝国解放戦線》ってやつか。

 猟兵団なら正規軍にいた頃も何度か戦って、最近でも共闘したから対処できないことは無い。ただナイフ一本じゃ少し分が悪い。

 寮まであと十メートルも無い距離でさえ途方も無い距離に感じる。全身から汗が噴き出し、靴底から伝わる感触がくすぐったい程神経を研ぎ澄ます。

 寮の目の前まで来たとき、寮のドアが勢いよく開かれ、俺の顔面に直撃して鼻に激しい痛みを感じる。敵かと思いすぐに戦闘態勢になるが、少し引っ込んだドアに隠れている人物を引っ張り出す。

「俺とお前はどうしてドアに恵まれてるんだろうな。サラ」

 服の襟を掴まれたサラはそのまま身を委ねている。まるで母猫に運ばれている子猫のようだが、俺の彼女に対する感情は怒りである。

「私はただ帰りが遅いから迎えに行こうと思っただけよ」

 彼女がそう言うが、表情の裏を隠せていない。

「前置きの冗談はいいだろう。お前も気づいているだろう。トリスタに『何か』がいる」

 俺が掴んでいた襟を離すと、

「ええ、勿論。だけどこの件に関しては貴方の干渉は許さない。《Ⅶ組》の問題だから」

 言っている意味が半分わからなかったがサラがそう言うならば安全であることは確かだろう。

 今日はもう寝よう。訳のわからん疲れが溜まった。

 サラに聞いた部屋に行くとドアを開けた瞬間、酒の臭いが鼻に伝わる。部屋を見渡すと、空の酒瓶や未開封のものが大量にあり、改めてサラと同じ部屋に来たことを実感した。

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