薄暗い室内で男が一人、ディスプレイに向かって一心不乱にタイピングを行っていた。打ち込まれているのは男が独自に調べた10年以上も前の未解決事件についてである。
衣嚢記念研究所襲撃事件の真相!!
衣嚢夫妻は『個性』の研究を大いに発展させた研究者として周知されている。
しかし晩年は、強力な複合個性の持ち主、あるいは全く別の系統の2つの個性を持つ人物達が主張した『自身には前世の記憶がある』と言う妄言を信じ、魂が個性に与える影響についてと言うオカルト方面へと研究を迷走させ、研究所がヴィランの襲撃に遭い死亡と言う研究者の隆盛と没落、そして個性社会の理不尽さを網羅した夫婦である。
この研究所の襲撃は、衣嚢記念研究所襲撃事件と言われ、襲撃を受けて夫妻や研究所の職員などが全て死亡しており、研究所内で生存していたのは夫妻の実子のみと言う痛ましい事件であるにも関わらず、襲撃を行ったヴィラン、襲撃の利用と言った物が一切不明のまま迷宮入りとなった事件である。
本誌ではこの事件を長年追い続け、この度、最も可能性の高い仮説を打ち出した。
それは、生き残っていた者こそ犯人なのではないか?と言う物だ。つまり、生き残っていた衣嚢夫妻の実子こそ、この事件を起こした犯人なのでは無いだろうか?
勿論、1歳になるかどうかの子供が意図的にそこまでの惨劇を起こせるとは思えない。しかし、強力な個性の暴走と考えればどうだろうか?記者の取材によれば実子は今年ヒーロー科の受験を目指していると言う情報が入っている。強力な個性の持ち主である事が予想でき・・・
「おー、趣味の悪い記事を書いてんなぁ」
薄暗い室内に男以外の声が響く。いつ室内に入ったのか、男がディスプレイに映る書きかけの記事を覗き込んでいた。
突然の事に部屋の主は飛び上がる程に驚き、現れた男の顔を見て顔を歪める。
不法進入だとか文句が頭に浮かばぬほどに焦り、冷や汗が噴き出している姿ははっきり言って醜かった。
「っ!・・・アンタは!ちょっと待ってくれ!アンタが出張ってくるとはどう言う事だよ!?」
「逆に聞くがどう言う事だと思う?」
慌てる男を、長身痩躯で逞しい男がにこやかに見る。その笑顔は爽やかで、薄暗い室内が明るくなった様にさえ感じる程だ。
「警察御用達なんて言われるアンタに睨まれる覚えは無いぜ。グッド・フェイス・・・」
男は目の前のヒーローの名を呼んだ。
ヒーロー『グッド・フェイス』、ヒーローランキングにこそ乗っていないが、警察と綿密な調査協力を行い、ヴィランの追跡調査、並びに対策に置いて高い評価を受けて居るヒーローであり、彼が目の前に現れたと言う事は、法的にヴィランと見なされる行動が明るみになったと言う事であるとさえ言われている。
確かに男は事件の情報を集めるのに無許可の個性を使用しており、それが判明すれば罪に問われる事は間違いない。しかし、それぐらい不正は彼の業界では当たり前のモノだ。
「確かに趣味の悪い記事かも知れないが、俺にとっちゃ飯のタネなんだ。書かなきゃ餓え死にしちまう」
ヒーローは何も答えない。男は冷や汗を流しながら言葉を続ける。
「それにこの記事も嘘ばっかりじゃない!俺は確信してるあのガキこそが・・・ッカハっ」
言い募る言葉は一瞬で掠れた声になり消えた。男の体は一瞬で水分を失ったミイラの様な姿へと変貌していた。
「いやぁ、確かに趣味の悪い記事だがヒーローが動く程じゃない、けど」
ヒーローは爽やかな笑みを僅かにも変えずに言葉を出す。目の前に命の火が消えゆく者が居ると言うのに、輝く笑顔にはなんの感情も浮かんでいない。
男からは水分などでは留まらずに、その生命全てが吸い出されようとしていた。
「その事件の真犯人としちゃぁ、触れて欲しくないだろ?見当違いな記事で
笑顔のまま、全てが吸い出された男を手で払う。男だった物は形を失い、室内を舞う塵となった。
ヒーロー『グッド・フェイス』、
「おし、任務終了っと、ん?」
派手な爆発音、室内の塵さえ残さずに吹き飛ばしたであろうその音をバックにヒーローの皮を被った男は自身の端末を覗き込んで嬉しそうな声をだした。
雄英高校校長室。応接室を兼ねた広い室内では校長の根津と、美しい女性がテーブルを挟んで向かい合っていた。
「
「それは何よりです。根津校長」
テーブルに広げられたのは様々な資料、主に最近の犯罪の傾向とヒーローの出動件数、及びに解決した事件についての資料の様だ。
「我々はオールマイト頼り過ぎていました。万が一彼が動けなくなってしまったとき、生まれる穴は埋める事が出来ない程になっている」
透宝と呼ばれた女性は穏やかに語りだす。
「それを埋める事が出来るヒーローを世に出す為ならば、我々、スタージュエルグループは支援を惜しまないつもりです」
今回の話合いをなぞる様に透宝は言葉を続ける。
今回、日本を代表する大企業とさえ言えるスタージュエルグループの代表取締役自らがある交渉にやって来ていた。それは雄英高校への融資を行う提案、そして、雄英の入試に置ける定員の増加の要望。20人編成2クラスが定員となって居る現状を21人1クラスとして、定員を2人増やして欲しいと言う物だ。雄英の高い質の教育を行き届かせる限界人数、それを増やす事を求める代わりに、巨額の融資と生徒の育成に掛かる費用の負担を持ちかけたのだ。
多くのヒーロー科を持つ学園がオールマイトに並ぶヒーローを目標にしている事に対し、彼女はオールマイトが引退した後の世界で必要とされるヒーロー像を語った。そしてこれはオールマイトが隠している事実を知る根津校長に取って理想通りでさえあった。
そして交渉は成立し、2人は和やかに別れの挨拶を交わし、透宝は雄英高校を出た。
「うふふ、ミッションコンプリート。雄英の来年の定員を増やせだなんて、どうしようかと思ったわよ。全く」
校門に待たせて居たリムジンに乗り込み透宝は呟く、次の瞬間にはその身体は透き通るような宝石で構成された物へと変わる。
大企業スタージュエルの代表取締役と言う表の顔を持つヴィラン、ジュエル・レディが自身のボスの無茶ぶりを思い出しため息を吐き、運転手としての機能が付いたロボットに行き先を告げたとき、端末に新着のメッセージがある事に気付いた。
「なるほどね。うふふ」
組織でも古株の幹部は、送られて来たメッセージに宝石の身体で柔らかに微笑んだ。
常夏の部屋
そう呼ばれるのは組織『トイボックス』のボスたる俺、衣嚢蒐人が気に入っている和室だ。
窓を模したモニターには夏の庭や景色が映し出され、数世代先の暖房によって再現される夏の温度に古き良きクーラーと扇風機が音を立てて立ち向かっている。
王座と札の付いた座椅子に座り、お気に入りのちゃぶ台で試験勉強に励んでいた。
そう、受験勉強だ。AFOを殺す為の計画として、所謂『原作』を利用すると決め、その為に雄英高校に潜り込む事を決めたのだが、その為には受験をし、合格を貰わなければいけない。実技は問題なんてあり得ないが、だがしかし、恥ずかしながら筆記の方は落ちる可能性がある程度の学力しかなかった。数学などは兎も角、歴史は個性が発見された事による混乱で無茶苦茶だし、生物は遺伝と個性の関連だけで1つの分野扱いになってたりと前世との差が酷く、その分のロスが響いている。
カンニングなどを使えば楽なのだろうけど、やれば出来る程度の手間を惜しんで怪しまれるリスクを犯したくはなかった。
そんな訳で、今は勉強漬けと言う転生して初めて年相応のイベントをこなす日々となっているのだが・・・
「怠いぃー」
特定分野だけとは言えども突貫での受験勉強は辛い物があり、ちゃぶ台に突っ伏す。仮面がズレるが気にしない。
「ヴィランにゃ学校も試験も無いと思ってたんだどなぁ。」
ボヤいても仕方が無いのは分かっているが、こればっかりは止められない。
集中が切れてしまえば、あとはペンを取るのさえ億劫だ。何か気晴らしをしなければ・・・
「あ、そうだ」
ピコンと閃きが有ったので通信端末を取り出し、組織用の連絡アプリを起動する。そして、暗号変換を行いながら部下達にメッセージを送る。
「ボス命令、本日の夕飯はバーベキューに決定。準備よろしく。っと」
楽しい事を餌に頑張ろうと言う古来からの手法を使う事にして送ったメッセージに、部下達が思い思いの返信を返してくれている。その事に頬を緩ませながら再びペンを取る。
先程より軽快に動くペンに満足して、勉強を再開した。
「平和だなぁ、ヴィランなのに・・・」
明日はヴィランらしい事をしようと少し決意した。