あらすじの通りだったのに何故か滅茶苦茶シリアス物になってしまいそうな謎。
―――世界には、人間の天敵がいる。
人だけを狙い、人だけを襲い、人だけを殺す極彩色の怪物――『ノイズ』。
神出鬼没で、物質を透過する能力を持ち、自身の身体を変形させて空中、地上問わず襲い掛かってくる化物。兵器も通用しない、唯々人類を殺すためだけに作られたとしか思えない異形。それがノイズと呼ばれるもの。
―――だけど、人は唯襲われるだけを、恐怖に暮らす日々を待つだけをよしとはしなかった。
―――ノイズに対抗するために人々は知恵を振り絞った。例え何を犠牲にしたとしても、大多数が生き残れるようにするために。
「……実験体番号『9610』番、術後経過は良好、今までの実験体と比べ抗炭素転換、並びに対位相差障壁の肉体適合率も好調。拒絶反応もなく特に異常は見られないため実験は次の段階へと移る」
痛いのは嫌。苦しいのは嫌だった。だけど現実は非情だからまた痛いことがあるのだろう。そう思うと身がすくむ。歯がカチカチと音を鳴らせて、足は痙攣したかのように震える。本当は今にも逃げ出したくなるくらいで、でも逃げ出す事なんて出来やしないと諦めていた。
「……研究内容を確認。本研究は対ノイズのために調べたデータの元、ノイズの力を持ってノイズを制するために人間に人工的に再現できたノイズの機能の一端を移植し、抗生機能を発現させ、それを元に開発した対ノイズ兵装を纏わせ撃破するという趣旨の元、第一段階を機能の移植と適合、第二段階は対ノイズ兵装と実験体の適合を目的としている」
だけど、そんなアタシでも諦めきれないものがあった。
「今までの実験の結果第一段階を突破できたのは10名未満。既に上への報告期日も迫っている事から第二段階においては第一段階で最も一番適合率の高かった『9610』番を使い、成功率をより確実なものとして行う」
―――この場にはアタシ以外の人がいた。
アタシと同じ、この場所で虐げられていた人々がいた。朝起きて誰かがいなくなっている、静かな部屋の中に誰かの悲鳴が響き渡り、直ぐに鳴りやむこともあった。
「ではこれより実験を開始する。各々、最善を尽くせ」
―――そうなってしまった人の中に、大切な人もいた。
悲しくて、苦しくて、怒りたくて、でもアタシにはまだ大切な人がいて。だから、せめてその人たちを守るためにアタシは何でもしようと思えた。頑張ろうと、どんなに苦しくても耐えて見せようって。皆がいるなら、皆を守れるならきっと頑張れるはずだって思ってた。
「メーデーメーデーメーデー! 実験は、失……」
―――なのに。
気付いた時には
―――……
「あーらら、これはまた随分酷いものねん」
少し間伸びた口調で、しかし口元は欠片も歪ませないままその女性――『櫻井了子』は乗ってきた車から降りると同時に目の前に映る惨劇の跡地に言葉を残した。視界の先には多数の炭化した物質と、多少原型は残しているもののほとんど倒壊している建物がある。この世界で数年生きているものならば誰もが知っている、ノイズによる被害が起きた後でよくある被災地の光景だ。
しかし、それだけであるならば本来彼女、了子が出張るような事由にはならない。何故ならば彼女は科学者だからだ。救助に関して一般以上に知識があるとしても、言い方は悪いが本来ならばたかがよくある被災地に彼女が足を向けることはあり得ない。専門分野が違うから当然であり、しかし、故に彼女がこの場所に足を向けなければならなかったという事が、この場所が特異な事があるという事実を指し示していた。
「幻夢研究所……対ノイズ技術の研究をしていたらしいけれどそのノイズにやられちゃったってことはまさしく夢幻でしかなかったみたいねぇ。……最も、一定の成果はあったみたいで、そのせいで機密情報保護観点から『特異災害対策機動部二課』の研究者であるアタシに話が来たわけだけど」
全く。出来る女は辛いわ。と、ぼやきながら了子は外観を眺めることを止め、近くで指示を取っていた茶髪でスーツ姿の男性、二課の実働班の指揮者である『緒川慎次』に声を掛ける。
「了子さん、お疲れ様です。どうかしましたか?」
「んー簡単でいいから今の状況からまず教えてくれるかしらん。非番だったのに急に弦十郎君に呼び出されてきたから状況が把握しきれてないの」
「わかりました。―――まず、此処幻夢研究所から一時間ほど前に緊急警報が発せられました」
「緊急警報? ノイズ警報じゃなくて?」
早速の疑問点に了子は首を傾げた。この場の惨劇はどう見てもノイズの物であり、しかしながらノイズ出現と同時に発せられる警報ではなく、それ以外の異常事態に発生させられる警報が鳴るのはおかしい。間違いじゃないのかという疑問は、しかし慎次が頷いたことで違うと分かる。
「理由は分かりませんが緊急警報が鳴り響いたためにまず一課が出動、現場到着と同時に大量の炭化物質を発見したためにノイズ絡みだと判断されその場で付近の避難誘導に切り替わり、二課内部で待機していた自分たちとその場に居合わせた奏さんが緊急出動。しかしノイズの姿は発見できないま研究所は沈黙を保ち、今に至っています」
「なるほどねぇ……怪奇小説か何かを読んでる気分だわ」
現実だから始末に負えないが。と、ぼやきつつ了子は原因を探ろうとして推測をいくつか浮かべるも、しかしどれもまだ情報が少な過ぎて到底絞り込めそうにない。直接調べるしかなさそうだと判断する。
「研究所内部は安全なの?」
「恐らく、です。一応今奏さんがギアを纏った状態で中を確認中で――――」
慎次がそこまで言った所で、建物の方から小さな音が響く。了子も慎次も知っている音楽、了子が作り出した研究品であるFG式回転特機装束――『シンフォギア』が奏でる音楽だ。そして、今この場でそのシンフォギアを持っているのは慎次が挙げた一人、鳥の羽のような橙色の髪を持つ少女――『天羽奏』しかいない。徐々に音は大きくなり、やがて崩れかけの建物から音を引き連れながら奏は慎次と了子の前に軽やかに着地した。
―――長い緑髪を持つ少女を抱えて。
「緒川さん生き残りだッ! 意識がねえ!」
「―――わかりました。直ぐに手配しますっ!」
にわかに慌ただしくなり始めたこの場所で、しかし了子の思考はその少女の登場によって研究所に対する不信感が募った。
「研究所に年端も行かない女の子ねぇ……」
冷静に考えて研究施設にそんな子供が理由もなくいるはずもない。で、あるならば相応の理由がいる。例えば―――モルモットとか。
「まあ、今は全貌を掴むことが先ね」
何が起きていたのかを全て知るまでは判断を下すべきではない。しかし、唾棄すべきものであるという予感を感じながら了子は動き始めた。
―――……
幾何か日にちが経ち、検査を済ませた後に少女は漸く目を覚ました。了子がその報を受けた時、既に研究所でほとんど壊滅していたデータ類以外で残っていた紙の資料や研究の過程で作られた物の解析を行い終えていて、報告書を纏めている時だった。その後呼び出されて、了子は数点の書類を片手に少女の元へと向かい、
「―――まあ、予測できてたことだけどこれは酷いわねぇ」
治療されていた少女のために用意された部屋の入口へと辿り着いた時、了子は目の前の光景に溜息を吐きながらそう言葉を漏らした。
視線の先には両手足を拘束され、猿轡を噛まされてなおもがきながら逃げようとする怯えた表情の少女の姿がある。酷い光景だと小さく息を漏らし、それが聞こえていたらしい近くにいた男は苦々しげに口を開いこうとし、機先を制して了子はそれを止めた。
「予想はついてるから言わなくていいわよ、弦十郎君。大方目覚めると同時に錯乱して暴れたために自殺防止などを兼ねてこうしているんでしょう?」
「……ああ、そうだ」
了子の言葉に頷いた男、特異災害対策機動部二課の司令官である『風鳴弦十郎』はこの光景に痛ましさを感じているのか普段は柔らかく、男らしい快活な笑みを浮かべている顔ではなく眉を顰め、口を一文字に噤んでいた。
了子は、両方に一度目を向け、その後近くに立っていた慎次に目配せをした。頷いて、慎次は了子の耳元でそっと囁く。
「保護した後に調べましたが彼女についての情報はありませんでした。行方不明者などの方からも調べましたが今のところは該当する人物はなく、『存在しない』人間です」
「そう。じゃあ、後は聞いてみるしかないわねん」
了子の言葉に慎次は頷き、部屋に入ると少女の口を覆う猿轡を丁寧に外した。
「―――ひぃ」
外した途端に漏れでたのは喉の奥から掠れるような恐怖の声。扉越しに聞えたそれとガチガチと歯がひっきりなしに震えているその様子は何があったのかを弦十郎や了子に想起させるには十分だった。了子は、この後に手に持っていた書類を弦十郎に渡し、先にこれを読んでおいてと言った後、部屋の扉を開いて中に入り、ゆっくりと手を広げて全身を見せるようにし、少女へとゆっくり語り掛けた。
「安心して頂戴。アタシたちは貴女に危害を加えないわ」
「……」
警戒の色に緩みはない。人を信用しようとする色が何一つなく、信頼するという事を忘れてしまったかのような瞳だった。しかし、了子はそれを気に留めず、言葉を続ける。
「改めて初めまして。アタシは櫻井了子、出来る女と評判の三十代よん。よろしくねん。で、ここは今まで貴女のいた研究所じゃないの。早速で悪いけどお名前を教えて欲しいんだけど教えてくれるかしら?」
「……山風、
警戒している割に言った言葉には恭順。従順というよりかは諦観の色が強いみたいだと了子はこの短い間にこの少女、山風がどういう存在か理解し始めていた。心を閉ざして、従順に。相手の一挙一動に目を向け、何かされないか警戒している。酷いことをされ続けてきた、人間として扱われていないものの所作だった。
「そう、じゃあ山風ちゃんって呼ばせて貰うわね。何歳なのかしら?」
「……多分11」
「家族は?」
「……ノイズに襲われて、もう、いない」
「そう、つらい事聞いちゃったわね……研究所にはなんでいたの?」
「……パパとママがいなくなった後に、研究所の人が来て、拾われた」
「研究所では何を?」
「実験。……ノイズに対抗するための何か」
そうしていくつか質問していき、それに打てば響くように山風は答えていく。しかしそれは機械的で知っていることをただ吐き出しているだけ、考えないようにただ反射で答えているだけなのは見れば明らかだった。
―――踏み込むべきかしら?
恐らくこれ以上尋ねても今以上の情報は望めないだろう。更に言えば山風の様子は危うい。それこそ一歩間違えれば破裂しかねない程である。これ以上聞くのは危うく―――しかし了子は、あえて火中の実を拾う事を選んだ。
「―――ねえ、山風ちゃん。ちょっと教えて欲しいんだけど……あそこの研究所、アタシたちが見た時壊滅してたんだけど、何か知ってないかしら?」
「……え?」
了子の踏み込んだ質問に山風の表情が初めて変わる。目を見開き、呆けて、信じたくないと言っているかのような表情に。
「嘘……そんな、嘘……なんで?」
呆然と呟くようにそう言葉を発する姿を見て、やはり時期が尚早だっただろうかと了子の脳内に一瞬浮かび上がる。しかし、いずれ知れることだと湧いて出た甘えを切り捨てた。
「貴女以外に生存者はいないの」
「あ……ああ……あああああああああ!!!?」
壊れたように叫び始める山風に対して、慎次の動きは迅速だった。すぐさま山風に駆け寄り、錯乱したまま舌を噛まないように口を布でそっと抑える。暴れていた山風だが、やがてふっと力が抜け、ゆっくりと意識が落ちていった。
「―――ごめんなさい、緒川君。ありがとう」
「いえ、これも仕事ですから。……しかし、今の事を伝えるのは時期尚早だったかと」
「いつか話す事なら後に伸ばすより先に話して、時間で癒した方がいい場合もあるわ。まして今回の事は多分、きっとアタシたちが思っている以上に深い傷よ。なら、一度に開けて一気に直した方がダメージはきっと少ないわ。……けど、やるせないわね」
慎次は口を開け、しかし噤んだ。そしてその言葉を飲み込み、今日はもう終わりにしましょうといって、部屋の外に出た。扉が閉まる音が響き、誰かが小さく息を吐いた後、弦十郎が咳ばらいを一つし、書類を片手に了子に声を掛けた。
「……了子君、この書類に書いてあったことは本当なのか?」
その瞳には信じたくないとありありと書かれている。そう言ってあげられたらどれだけ楽だったのかしら。と、了子は内心で吐露しつつ、現実を告げた。
「ええ。彼女は幻夢研究所で行われていた対ノイズ理論『ネガノイズ』の研究で扱われた実験体よ」
了子は内心で吐露する。どうして人はこうも愚かな実験を行えるのかと。
ほんとなんで山風と嵐でマイティブラザーズしたかっただけのにこうなるんですか(白目)