究極の救いは歌と共に   作:マアア

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始まってしまったstory3

 

 病院に送られ、入院してからの山風は最初に暴れたことなどもあり、精神安定剤などを投与される等の事があったものの、その後は概ね平静と言って差し支えはなかった。

 入院直後は質問等によって冷静さを失うことはあれど、一週間もすれば時間の経過が彼女にある種の冷静さを与えた。それがいい事なのか悪い事なのか、その判断は誰にとっても難しかった。

 

「山風ちゃん、おはようございます。もう朝食の時間だから、起きてもらって大丈夫かな?」

 

 朝、奏たちが来る数時間前に若い男性の医師がそう声を掛けても山風はゆっくりと起き上がる。生気のない表情で、一言も発さずに起き上がった彼女は、そこでそのまま動きを止めた。

 

「今日はいい天気だし窓開けとくね。それから、これが今日の朝食だよ。焦らず、ゆっくりと食べてね。食べきれなかったら、そのままにして置いてくれれば後で回収に来るから」

 

 声を掛けられて、山風は腕を動かし、朝食をゆっくりと口にする。一口、二口と淡々と食べ、全体が半分量程になった所で手を止めた。

 

「食べ終わった? もう片付けちゃって大丈夫かな?」

 

 問いかけられ、山風は頷く。医師はそれを受けて、彼女の前に置いていた朝食を下げた後、問診へと移った。

 

「今日の気分はどう?」

 

「体調は大丈夫?」

 

「ちょっと舌を見せてもらうね?」

 

 ゆっくりと、丁寧に問診は進められる。山風はただされるままにそれを受け続け、返答をしなければならない時のみ小さく答えるという事を繰り返し、やがて終わる。

 

「では、今日はこれで終わりになります。山風ちゃん、もし何かあったらいつでも呼んでね?」

 

 医師はそう言ったが、山風が呼び出しを行うことはないだろう。今の山風を見た誰もが彼女の虚ろな様子を見ればそう思うと考えられるほどに何処までも人形めいていた。

 

「じゃあ、また来るね?」

 

 医師はそう言いながら扉を閉める。これがいつもの朝の光景だった。

 

 

 

 

 

―――……

 

 

 

 

 

「毎日毎日悪いわねぇ、でもどうしてそこまで献身的になれるのかしらん?」

 

その日の朝、いつもより少し遅い勤務の前に、自身が此処に作り置きした薬などを取りに荷物を片手に医療施設に赴いた了子は、偶々であった医師にそう尋ねた。

 普通の医師なら介護ともいえるこのような事は自身の仕事でないと拒否するようなことまで医師は普通に、当たり前のようにこなしていた姿に何を考えているのか少しの疑問と、興味を持って。

 

「別に、僕はそこまで献身的じゃないですよ。寧ろ独善的です」

 

 困ったように医師はそう答え、了子は困惑した。彼の仕事の様子を聞いても何処にも独善的に見える部分なんて見えなかったからだ。医師は、苦笑交じりにその困惑に買いを示した。

 

「僕は唯、患者さんに、山風ちゃんに笑顔でいれる様になってほしいだけなんです。どれだけ苦しくても、どれだけ辛いことがあっても、いつかは笑顔で笑えるようになってほしい。だから、手を伸ばし続けるって決めてるんです」

 

 答えを聞いて、了子は笑った。

 

「全く貴方は、お医者様の鏡ね」

 

 何処か眩しいものを見つめる様に笑いながら了子の言った言葉に医師は自分なんてまだまだだと返しつつ、その場で別れようとして、

 

――――そのサイレンが鳴った。

 

「このサイレンって、ノイズ発生のッ!?」

 

「うっそ、そんなッ!? いくら何でも病院にノイズは不味いわ……ッ!」

 

 ノイズ発生を示すそれの発生した場所、この場所は医療施設であり、入院している患者なども、山風のように当然いる。このままだと大量の被害者が出るのは確定していると言ってよかった。

 いけない。と、直ぐに二課に連絡をしようと了子は端末を取り出した。

 

その時に医師は、その場から駆け出していた。

 

「ちょっと危ないわよッ! 何処からノイズが現れるかもわからないのにッ」

 

「患者さんが、此処には多くの人がいるんですッ! 一人でも助けに行かないとッ!」

 

「あ、ちょっとぉッ!」

 

 了子の静止を振り切り、医師は駆け出す。息を荒げて走る医師の耳に入る音はノイズの特有の足音と、どこかから聞こえる人の悲鳴。途中、人とすれ違う事もあるがそれを気にも留めず、偶に落ちている炭素の塊に、かつて人間だった、ノイズに襲われた死体に痛まし気に目を細めながらも前へと進み続ける。そうして、山風の病室へと辿り着いた彼が、扉を開けた先には、

 

「あ……あぁ……っ」

 

 ベッドから転げ落ち、震えながら頭を抱えて縮こまっている山風が目に映った。

 

「山風ちゃん! 大丈夫ッ!?」

 

「いや、いやぁ……」

 

 怯えている。一目見てただけで誰もがそう分かるほどに彼女は怯懦に濡れ、身体を震えさせている。山風がどういう理由でこの場にいるのか知っているため、彼女がノイズに対して、何かしらのトラウマを抱いているのだと、医師は理解した。

 

「―――山風ちゃん、ちょっと失礼するね!」

 

しかしこのままこの場に留まるのは不味い。そう判断した医師は、山風に一言断ってから、身体を横抱きに持ち上げる。抱き上げた身体はガクガクと震え、拒絶するように医師から離れようとする。それを無理やり抑えて、医師は扉から出ようとして、しかしその足を止めることになった。

 

―――扉をすり抜けて、極彩色の化生であるノイズが現れたからだ。

 

「どうするッ!?」

 

 唯一の扉から現れたノイズに、道は完璧に閉ざされた。何処かに道はないのかと首を左右に振り、ふと目に開け放たれた窓が映る。

 

「南無三ッ!」

 

 ゼロコンマの思考で医師は窓へと駆け出した。直後に背後に聞こえたノイズが医師の元居た位置に飛び掛かる音に肝を冷やしつつ、ここは二階だから大丈夫と呟きつ窓から飛び降りた。

 

「――――っ、ぐぅぅぅぅううううッ!」

 

 嫌な音を足が立てた。いくら二階とはいえ人一人を抱えての飛び降りは無茶だったのだろうかと男は一瞬考え、しかし直ぐに命を救えるなら安いものとゆっくりとだが歩き出そうと前を向き、目の前の光景に愕然とした。

 

「嘘だろ……」

 

 飛び込んだ先は虎の口と言うべきか、部屋にいた以上の数のノイズがおり、こちらへと無機質な表面を向けていた。

 

「あ……あぅ……」

 

「――――っ!」

 

 死ぬ。そんな一寸先の未来に男は胸に抱いた山風を守る様に強く抱きしめ、

 

 

 

 

 

「や、ら、せ、る、かぁぁああああああああああッ!」

 

〈君ト云ウ音奏デ尽キルマデ〉

 

 直後に聞こえてきた歌声が、目の前にいたノイズを一陣の風の元撃ち払った。

 

「――――歌が、聞こえる?」

 

 何処か惚けたような声の山風の言葉に、医師は誰が来たのか理解した。

 

「あ……奏ちゃんッ!」

 

 見間違えるはずもない鳥のような羽の少女、奏が風の中心にいた。しかしその身に纏う装束は平時の物とは一線を画している。

 黒と白と橙で彩られたインナーに、両足を包む装甲、そしてヘッドホンのようなギアに、胸部のインナーに展開された赤いペンダント。それら全てよりも目につく巨大な長槍。それこそが、奏の持つシンフォギア『ガングニール』だ。

 

「待たせたなッ! 医者のあんちゃん! ここはアタシに任せて早く逃げろッ! こっから少し離れた所で翼が倒した空白地があるッ! ここのノイズは―――アタシが殺すッ!」

 

 言葉を残して駆け出した奏は紫電を纏い、歌いながらそのまま長槍を振りかぶり、一足で10間ほどの間を詰めながらノイズへと槍を突き立てていく。流れるような動きで一体、二体と切り倒していく姿はまさしく戦場の歌女。しかし、その姿に紫電が奔ることから、それは危ういものであると医師は理解していた。

 

「あの紫電……まさか『Linker』なしでッ!?」

 

 紫電が奔る度に、奏の動きは鈍くなる。それは所詮『時限式適合者』でしかない奏というシンフォギア装者の宿命だった。

 

「はぁぁぁぁ――――――っぅ!」

 

 苦悶に奏の顔が歪む。

 シンフォギアは聖遺物の力を装者の歌声で引き出す装備である。しかし、力を引き出すためには聖遺物の適合者の歌でなければならない。そんな中、奏は本来聖遺物の適合者にはなりえない適正値しかもっていなかった。しかし、そんな彼女を適合者まで押し上げたのが『Linker』と呼ばれる一種のドーピング薬だった。

 

―――しかし、今の奏は火急事態だった故に『Linker』を打つ暇がなかった。

 

 その代償は、力を扱うたびに全身に走る紫電が、寿命を削りながら戦っているのであると示していた。

 

「――――くそッ!」

 

 止めなければと医師の心が叫ぶ。だが今止まれば皆が死ぬとまたわかっている。故に医師は自分が早くこの場から居なくなり、戦場に留まることで余計な負担を奏に掛けないようにすることが最大のサポートだと理解して、遅々とした歩みでだが離れようと動き出した。一歩踏みしめるごとに両足が酷く痛むのを歯を食いしばって堪えて歩く。

 

「どうして……?」

 

 ポツリと、小さな声が聞こえた。それは山風の声で、ふと気付けば先程までノイズに襲われていた時の震えていた様子とは違い、少しは平静さを取り戻した様子だった。

 

「……山風ちゃん、どうかっぅ! ……したの?」

 

「どうして、そこまでアタシを助けようとしてくれるの?」

 

 それは医師が聴く初めての理性的な意味を持つ言葉で、自分が助かると思っていない悲しい言葉だった。

 

「アタシなんて、いなくてもいいのに、置いて行って、逃げてもおかしくなかったのに……どうして、そこまで一生懸命にアタシを助けようとしてくれるの?」

 

「……はは、なんでかな」

 

 医師は困って、少しだけ苦笑いした。実の所、そこまで深い理由を医師は持っていなかった。

 

「……僕は君に笑顔を取り戻してほしいだけなんだ」

 

「……それだけ?」

 

 信じられないと言った様子で、山風は尋ねる。嘘としか思えないと。だが、それでも医師にとって助ける理由は十分な理由だった。

 

「君みたいな子が、幼い子が、笑えない世界なんて絶対間違ってる。そう思ったから僕は医者になろうと思ったんだ」

 

 苦しむ顔が見たくない、誰かの傷つく所が見たくない。それだけが、若い医師の動機だった。薄っぺらく見える、とってつけたように見える。だけど医師の譲れないたった一つの思いだった。

 

「だから、もし君がここで死ぬのが運命だとしたら、その運命は僕が、僕たちが変えて見せるから。だから、君に元気になってほしい。例えどんなにつらいことがあっても、いつかは笑えると信じて、生きていてほしい。君が笑えない人生(運命)は、君自身の手できっと変えられるから」

 

「―――――ぁ」

 

 山風は口を開いて、しかし何も言えなかった。唯、医師が言った言葉が脳内をぐるぐると回って―――。

 

 

 

「―――――っ!? しまったッ! 逃げろ二人ともぉぉぉぉおおおおおおおッ!」

 

「―――ッ!」

 

 焦った様子の響いた声に山風の脳内が真っ白になると同時、山風を抱えていた医師が山風を突き飛ばす様に放り投げ、その瞬間医師の身体をノイズが貫いた。

 

「――――え?」

 

 惚けたように山風は今の一瞬を理解出来なくて言葉を失い。

 

「山風ちゃん……生きて」

 

 医師はそう言葉を残してノイズと共に炭素に帰った。

 

「あ――――あぁ、ああああ……嗚呼アああぁぁああああああああッ!!?」

 

「この―――ド畜生がぁぁぁぁあああああああああああッ!!!」

 

 山風の慟哭のような叫び声と奏の血を吐くような怒りの声が響き渡った。

 

「うぁぁああああ、アタシの、アタシのせいだッ!」

 

 頭を押さえ、山風は泣き叫ぶ。自分なんかがいたせいで医師が死んでしまったと。胸が痛かった。心が痛かった。精神が辛かった。何故、どうして、言葉がいくつもグルグルと頭で空回りし、しかし現実は告げる。また(・・)、自分のせいで人が死んだのだと。

 

「クソが、クソがッ、クソガァッ! ふざけんじゃねえよノイズどもッ! アタシの目の前でまた命を奪いやがって……ふざけてんじゃねえぇええええええええッ!」

 

 頭を掻き毟り、奏は怒り狂う。何よりも自分の不甲斐なさに。そのせいで医師が死んでしまったと。頭が痛かった、胸が軋んだ、何よりも自分自身の弱さにマグマのような怒りが燃え滾り、しかし現実は告げる。お前にこれ以上戦える力はほとんど残っていないと。

 一体ずつ倒していく奏を嘲笑う様に、未だ20を超えるノイズの内数体が山風へと歩を進める。

 

「ちっくしょぉ……おい、山風ッ! 早く逃げろぉおッ!」

 

 駆け寄ろうとも爆発物を投げて牽制するノイズのせいで動けない奏は叫ぶような、祈るような声で山風に呼びかけ、その状況を涙を流しながらも理解していた山風は、ゆっくりとだが立ち上がった。

 

「―――ない」

 

 遅々とした歩みでだが、山風は逃げようと歩く。

 

「死ね、ない」

 

 暫く寝ているだけだった身体は何処までも重たく、つらかった。

 

「死ねないッ!」

 

 ノイズは既に5m以内に近づいている。死は何処までも近づいていて、それでも山風は叫んだ。たとえそれに意味がなくとも。

 

「だって、だって―――今ここでアタシが死んだら、なんの意味もなくなっちゃうッ!」

 

死ぬ瞬間まで、命を費やした医師の意思を無駄にしたくなかった。かつて、研究所で生き延びた理由を無駄にしたくなかった。故に最後まで足掻くと決め、ノイズが襲ってくる瞬間に倒れこむように前に転がり、紙一重で交わした。

 

「アタシは―――アタシは―――アタシの運命は、アタシが、変えて見せるっ!」

 

 泣きながら、転げながら、それでも最後まで生きる事を諦めないと叫んだ。

 

 

 

「―――なら山風ちゃん、これを使いなさいッ!」

 

 その瞬間に、上から声と共に山風の前に小さなトランクが落ちてきた。

 

「ひぃ……て、これッ!?」

 

「リョーコさんッ!?」

 

 目の前に落ちたそれに驚く山風の声と同時、奏が示した人物が病院の窓からトランクを落としたのだと理解させる。落ちた拍子で開いたトランクからは、ゲーマドライバーと()色と黒で塗られたガシャットが零れ落ちた。それを、山風は知っていた。

 

『これより実験第二段階を開始する。ドライバーとガシャットの準備に移れ』

 

「――――っ!」

 

 リフレインする記憶に山風は一瞬動きを止め、しかし弾かれる様に動きを再開して山風はドライバーとガシャットを掴み、立ち上がりながら腰にドライバーを当てた。自動で巻き付き、フィットすると同時、右手の中指に引っ掛けたガシャットを回しながら顔の高さまで持っていき、止めると同時にスイッチを押した。

 

〈マイティアクション X !〉

 

 ガシャット起動音と共にネガノイズエリアが展開されてゆく。チリリ、と山風の脳内が痛んだ。しかし、身体がまるで何かと入れ替わったかのように滑らかに動いていく。右手を一旦引き、左前へ突き出した後、大きく弧を描くように右後ろへと戻し、向きを変えながら左腕でガシャットを掴んだ。

 

「変身!」

 

 山風は叫びながらゲーマドライバーにガシャットを突き刺した。

 

〈ガシャット!〉

〈レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!? 〉

 

「―――アイム、ア、カメンライダー」

 

 山風が小さく呟くと共に、此処にシンフォギアとは異なるアンチノイズプロテクター。仮面ライダーが誕生した。

 




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