鈍い痛みが頭に走る。ぐらぐらと地面が揺れているような感覚がしばらく続いたあと、ふと固い地面に頬を擦り付けていることに気がつく。
雛目 裕太は目を覚ました。
下は塗装された道路。ざらざらとした感触が気持ち悪い。けれど、裕太は中々起き上がることができなかった。
頭の痛みのせいか、体全体が鎧でも着ているかのように重い。呼吸するのさえ、億劫だった。
(……頭、イテエ)
裕太はゆっくり頭に手をやった。ぬるっとした感覚。暗くてよく見えないが、出血しているらしい。
(なにが、あった、んだっけ……)
小腹が空いたので適当に食べ物を買いに、コンビニに行ったところまで覚えている。
そこでなにかに巻き込まれたような気がした……のだが、あれは一体なんだったか。
それをぼんやりと考えていたところで、裕太は肝心なことにはたと気づく。
「いや待てよ……ここどこだ!?」
暗闇に目が慣れてきて、今自分が寝転がっている場所が全くもって見覚えがないということに。
どこかの路地裏、だろうか。高いビル壁に囲まれた辛気臭いところだ。
(誰かに連れてこられたのか……。くっそ、何も覚えてねえや)
ゆっくり体を起こして、壁に寄りかかる。途端に額からつつっと液体が垂れてきた。
頭からの出血は他の部位に比べて多いのだ。
裕太は漠然と、自分は死ぬのだろうかと考えてしまう。
四方を壁に切り取られた小さな夜空。ぼんやり星が見える。
それにしても、やけに明るい星空だった。
光害だ、と訴えられかねない灯り。近くにファミレスでもあるのだろうか。
それにしても夜空をここまで明るくするなんて、LEDか何かか、と裕太は最早現実逃避ととれるような思考になっていた。
と、そんな時、路地の奥の方から何やら慌ただしい足音と共に何かの怒鳴り声が聞こえてくる。
足音は複数で、音の速度から走って誰かを追いかけているのだろうか。
その足音はどんどん近づいてくる。そして、怒鳴り声も。
「待てやこのツンツン頭がぁあ!!」
「待てって言われて待つヤツがいるかよ!! バカ野郎!」
何処か聞き覚えのある声。
ぼんやりした頭で顔をあげる。走ってきている人物は真っ直ぐ裕太のところに向かってきて、そして……
「へぶんッ!」
こけた。
暗くて足元が見えなかったのだろう、裕太の足に引っ掛かって見事に顔面から地面に突っ込んだ。
「ぎゃはは、ダセェ! おいコイツぼこぼこにすんぞ!」
「く、くそ……こんな時に転けるなんてやっぱついてねえ……!」
目の前で繰り広げられる寸劇に、裕太はただただ眺めるしかない。
不良達は興奮状態にあるのか、壁際で大人しくしている裕太にちっとも気づいてないようだった。
転けた少年が、咄嗟に起き上がる。軽い身のこなしだ。
見るからに喧嘩慣れした様子で、殴りかかってきた相手の懐にそのまま入ると、拳を無心で振るう。
「だーッ! ちくしょー、こんなことしてる場合じゃねーのにー!」
「ぐっ、こいつ強え! なんだコイツ!?」
複数いた連中は、一人の男にバッタバッタと倒されていく。
ふと、圧倒していた少年と目があった。それからはぎょっとした様子で、裕太を見つめる。
まさかこんなところに怪我人が転がっているとは思わなかったのだろう。
しばらくて、喧騒はやんだ。静かになった路地裏に、一人の少年の荒い息遣いだけが響いている。
暗くて顔はよく見えない。シルエットから学生らしいのは何となくわかる。それにしても頭が剣山のようにツンツンしていて、少し恐怖を覚えた。
あの頭に頭突きされたら痛そうだ。
「えーっと、大丈夫か?」
倒れた不良を適当にまた越しながら、少年は近づいてくる。
なんだか何処かで見たことがあるような顔つきだった。
少し垂れ目がちだが凛とした瞳、すっと高い鼻筋。整った部類の顔……そしてツンツンとした頭……。
(あ、れ……? いやでもこれは……)
他人の、空似、だろ。
裕太はこの現状が理解できなかった。
裕太にとって、
目の前に現れるはずがない。そうだ、あり得ない。
頭を打っておかしくなったのだろうか。そうとしか、考えられない。
裕太は混乱したまま、口をぼんやり開けて目の前の少年を見上げていた。
「お、おーい、大丈夫ですかー? つか頭すげえ血が……とりあえず救急車を……」
それからしばらくして、救急車がやって来た。
一気に明るい光に照らされる路地裏。手慣れた手つきで救急車に運び入れる救急隊員。
そして、付き添いとして救急車に乗り込んでくる、不良を一人で倒した少年。
幻覚にしては、鮮明だ。夢にしては、感覚がリアルだ。
「あ、の」
「ん?」
ツンツン頭は、いつも画面の中でしていたように微笑む。
「……ありがとう」
「あーいいっていいって。たまたま通りがかっただけだし」
裕太を救ったのは、どこからどう見ても『上条当麻』だった。
「あ……あと、ひとつ聞いていーかな」
「おう、答えられる範囲なら」
救急隊員は、側で何やら慌ただしく無線でやり取りしている。
「―――ここ、どこ?」
「えっ」
「……あーどうやら記憶の方に障害が……」
隊員は、裕太の一言に通信している相手へ補足情報を付け足した。
「どこって言われたら、第七学区……だけど」
「第七学区……、まさか、その、ここって学園都市……とかじゃないよな」
なにコイツばっかじゃねーの、みたいなリアクションを取って欲しかった。
たまたま上条当麻に似た少年に助けられただけで。第七学区とか聞き覚えのない地区は置いといて。
ここは裕太が住んでいて知り尽くしてるはずの日本で科学とか魔術とかそんなアホな……、
「え……学園都市だけど?」
学園都市でした。そのまんまでした。
「は?」
「え?」
雛目 裕太はこの日、別次元へと転移していたのだった。