裕太は病院に居た。
「うん、そんな大したことないみたいだね?」
「あ、はぁ……」
カエルに良く似た、とそんな風に言われている医者は裕太の傷の手当てを終えたところだった。
まんまだ。あの映像のままの人物が、いま裕太の目の前に二人も居た。
他人の空似だと思うには、あまりにも無理な状況だ。
「記憶の方はどうなんだ?」
「あー……」
「ああ、そういえばそんな話を聞いていたね。いつからの記憶がないのかな?」
上条は付き添いで側にいてくれていて、ふと記憶のことを思い出したらしい。
カエル医者はそれを聞いてのんびりとした調子で尋ねる。
「……いつからって」
「どこまでは覚えているのか、教えてもらえるかい」
いつからもなにも、コンビニへ行って何かあった後、気がついたら『学園都市』にいたのだ。
こんなこと言っても、誰も意味がわからないだろう。裕太自身も良くわからないのだから。
「……あの、今から言うこと、マジ頭可笑しいと思うと思うんスけど、馬鹿にしないで聞いてもらえますか……?」
「うん、聞こう」
カエル医者は即答だった。裕太は渋々といった調子で自分の分かる限りのいまの現状を説明する。
自分は違う次元の人間で、この『学園都市』の存在は二次元、謂わば他人の妄想の世界で……。
「……ふむ、興味深い話だね」
一通り話終わった後、僅かな静寂を破ったのはカエル医者だった。
「……ただの電波だと思わないんですか」
「そう思うなと言ったのはキミじゃないか。それに、電波さんだとするならキミはあまりに不自然にモノを知りすぎていると思う。それが妄想の域だとしても少々気になるね」
「……」
今が『学園都市』でどのぐらいの時期なのか、わからない。常に何かに巻き込まれている上条当麻……彼はもう記憶を失っているのだろうか。
それともあの話通りに進んでなかったりとか……、一瞬そんな考えが浮かんだがすぐさま消した。
「転生、というべきなのかな。キミは何らかのショック症状によってここの世界に迷い混んだ、と。その証拠が頭の怪我」
カエル医者はふと、白衣のポケットに手を突っ込んだ。そこから出したのは一枚の小さなカード。
「だけれど、それにしては不自然なものが存在している」
それを裕太に渡す。そのカードは学生証のようなもので細かい数字が並んでいる。IDだろうか。そして、IDの下に書かれている名前を見て、裕太は固まった。
「ただ転生してきただけなら学園都市のIDなどは存在しない、と考えるのが妥当だ。しかしキミのデータは何故か学園都市に既にあるようだね」
「え……は?」
雛目 裕太。確かにそう書いてある。そして顔写真もしっかり自分自身だった。
意味がわからない。何故IDが存在する?
これでは先程まで自分が言っていたことに矛盾が生じているではないか。
こんなのさっきの話は確実に電波さんですありがとうございました。
「ふーん、裕太って言うんだな」
「上条さん……」
ふとカードを覗き込んでくる上条を見上げる。小馬鹿にしているような雰囲気は一切なかった。
「なんだよ上条さんって。呼び捨てでいいっての。てか、自己紹介する前から名前知られてるってすげー違和感だな」
「上やん……」
「ぶっ、その呼び方……いやまあ、いいけどさ」
これが一級フラグ建築士の力か。ハナから否定せず、受け入れる。
いやでも待て。インデックスと出会ったときは、彼は滅茶苦茶否定していたような気がする。いやすごい否定していた。
じゃあ、内心ではほくそ笑んでいるのだろうか。裕太は人間不信に陥りそうだった。
「俺もさ、記憶ねーんだ」
「え」
「気づいたらここに居たっつーか、予備知識とかはあるんだけど、友達と何をしたとか大切な思い出とか会話とか……両親のことだって全部、真っ白。お前と近いものがあるかもーなんて」
これは励まし、だろうか。そして、彼の言い方からして、先程の裕太の妄想のようなクソみたいな説明を、一ミリもバカにせず聞いてくれていたようだ。
いや実際裕太は本当だと思われることをいったので虚言ではないのだが、こう素直に受け入れられると少し首をかしげてしまう。
(それに……この上条さんはもう)
インデックスを救った後の上条だ。
それにしても彼の記憶喪失というのは隠し通す予定ではなかったのか。裕太にあっさり教えたところをみると、もう吹っ切れた後なのだろうか。
「……上やん、信じてくれんの?」
「うーん、まあ半信半疑ではあるけど」
50%も信じてくれているなら十分だった。
「それで、キミはこれからどうするんだい」
ふとカエル医者が口を挟む。
「どうするって」
「もとの世界に帰る、っていうのが最終的な目標だとしても、暫くはここで生活するわけだ。奨学金とか収入源はあるのかな」
「あー……えーっと、それは」
分からない。いや元々IDが存在すること事態可笑しな話なのだが、学園都市に存在が認められている以上、奨学金は受け取れるのだろうか。
だとしたらなんか儲けた気分である。
「そのID調べたら分かるんじゃないですか」
「ああ、そうだね。調べてみよう」
上条の言葉に、カエル医者がゆっくりとした足取りで部屋から出ていく。
「……」
「……」
「……インデックス」
裕太はふと、上条が知っているであろう少女の名前を口にしてみる。
ビクッと驚くほど上条は反応した。予想以上の反応だ。やはりインデックスと出会って、そして助けた後なんだろう。
ぎこちない笑顔になった上条のリアクションが面白くて笑いそうになる。
「え、な、に急に」
「インデックス、家で待たせてんの?」
「……、いや小萌……担任教師のところにいると思う」
「そうか」
それなら彼女の夕飯の心配はいらないだろう。
ここでインデックスという名の銀髪碧眼の女の子が飛び込んでくるのを少しだけ期待したのだが、どうやら無さそうである。
「あーでもそろそろ帰った方がいいかなぁ……」
携帯を取り出して、時刻を確認すると上条はそんなことを呟いた。
「えっ帰るんすか」
「あんまり遅いと心配かけちまうと思うし……って、」
裕太は寝ていたベッドから手を伸ばし、側に立っていた上条の制服の裾をしっかりと掴む。
「憐れな子羊を見捨てる気なんすか! 心細いんで側にいてください!!」
「は!?」
「お願いします! 何でもしますから!!」
あのライトノベルを読み、そして学園都市の治安を色々と考えるに、上条から離れることは一番危険だ。上条の側にいればある程度死亡フラグは回避できるのである。
裕太は血走った目で、もうプライドとか捨てて上条を引き留める。
「家事とか超手伝いますよ、まじで。あり得ないぐらい」
「それは助かるなー……ってオイ! 俺の家に住む気かよ!?」
「それは俺の家がなかった場合ですけど」
「もしもし? なに当然のことみたいな顔をしてらっしゃるの?」
「上やんは、女の子じゃないとムリという質なんですか」
「なにその極論! んなわけねーよ! って言うか女の子も本来ならお断りっつーか!」
「じゃあ銀髪碧眼の美少女じゃないとダメとか……」
「ない! 一切そういうのはない!」
「ほんとに?」
「本当に!」
裕太はそこでにっこりと微笑んだ。
「じゃあ男の俺でも大丈夫っすね!」
「ねーよ! 言ってねーよ! そんなこと!」
裕太は思う。上条はお人好しというか、すごくすごくいい人だと。