母神様の云うことにゃ。 作:ふま
自の国・・・・雨は今も尚ずっと降り続けている____
右京と云う男は降魔祭が始まる前、あろう事か私に脅しの文を遣していたのである。
内容は__御館様を亡きものとされたくなくば、大人しくこの地に残り・・・我が物になれと。
想定内ではあった。
御館様と密に相談し___私はヒトツ、命を承る事になる。
『親でもなければ子でもない___八香・・・お前に最後の任務を与える。』
『___・・・・承知。』
事が事だけに、御館様は文面に残し書状としてそれを2通渡した。
1つは皐月宛である。彼女の協力なくては成し得ないからだ。
そしてもうヒトツ・・・私が、火影様から責めを受けない為の配慮と思われた。
正直__もう、私が責められる事もない。要らぬお世話ではあると思いもしたが。
指定された場所である河ではもう、男がヒマ潰しに鮎を釣っている。
それを我が目で確認した時____より一層の殺意が沸き起こる。
左門様暗殺の後この男は何事も無かったかに明け方まで、やはり夜釣りをしていたと聞いていた。
迷いや恐れは____もう無い。私が黒いマント姿で姿を表すとヤツが動作を止める。
「やっとか___返答は如何に。」
「御館様に平穏な隠居生活をお約束して頂けるのならば__仰せの通りに・・・。」
「二言はない・・・賢明だぞ。」
彼は勝ち誇った笑みで歩み寄ると強引に頭を取り、首を傾けさせ・・・唇を執拗に奪い始めた__
・・・・吐きそうだ。だがこれも想定内___私はスキを見て、左奥歯を舌で浮かせ取る。
ゴク、と彼の喉が鳴れば・・・これで全て終ったと___瞳を閉じた。
「ぐ・・・・・はッッ・・・!!!」
即効性がある___ホテイの種。割と難易度の高い暗殺術・・・色任務としては上出来である。
文句を言いたげな鋭い目に何の感情も湧きはしない。己を恨むがいい___
「貴様・・・謀ったな・・グ、ゲボ・・・・・!」
プ!と歯を吐き出し、川面にて膝を着いた男に言い放つ。蹴り崩したい衝動に拳を握った。
感情に任せた余計なアザはけして着けぬ様に・・・・。
「安心されよ、跡取りは一兎に託される____南無・・・。」
可笑しなものだ、今や巫女である私が念仏を唱えてやるなどと____大きな体は見る見る内に
雨によりかさみ始めた河の水量、その濁流にズブズブと飲み込まれやがて流されて行った。
「終ったか・・・。」
____俺は確かにお前の、最後の任務を見届けた。心の棘がやっと抜けた気分だ。
彼女は雨空を仰ぐ____そしてまた歩き始めてる。俺の気配にも気付かないまま。
お前の行き先は恐らくあの男の墓なんかじゃない。
あの日もこんな雨だったな・・・八香。
『 貴方の目は___私と同じ・・・奥に鍵の掛かった扉が見えまする___』
気紛れで助けた女はロクに俺の眼も見ないでそう呟き、雨で濡れた体を前に傾けた。
あの時、俺は__お前の恨む、その蕾を壊してやる事が出来なかった。
( お前はまだ逝くべき人間ではないと・・・・、 ? )
消えた後ろ姿の代わりに現れた小さな獣の匂いと、男の気配。
此処を割り出したか、この雨の中よく辿り付けたものだ・・・。
( その男が___お前を救う事になりそうだ。まだ死ねそうにないぞ・・・。 )
諦めるんだな、八香。俺は不覚にも笑みを浮かべ、その場を立ち去った。
「・・・・・。」
更地にもなっていないとは___これでは左門様も浮かばれぬ・・・。
私は当時、あのお方が討ち取られた屋敷跡へと辿り着いた。
白檀の香りを思い出す、朽ち果てた屋敷の黒焦げた残骸に気が遠くなりそうだ。
池の蓮にはもう華はなく、ただただ雨に打たれて浮き揺れている。
まだ左門様は彼の地を彷徨っておられる、墓などもぬけの殻じゃ・・・。
そう思うと、砂地に線香を立て濡れない様に火を着けて拝み始めた。
(お待たせ致しましたな・・・、もう____参ります故・・・・。)
取り出した腰紐、正座をするとギュ!と己の膝を一括りに巻いて締める。
目を瞑り、手を合わした______!?
ザッッ・・・・!!!
砂が飛び散る・・・。首に巻き着く腕と急に頼りなさを感じる縛り具合、紐が切断されていた。
「・・・・・・。」
瞬時に現れ・・・私の喉を締め付けたのは、また貴方か___はたけカカシ。
皐月は持ち応えなんだらしい、とは言え彼が此処にいるのは・・・何故だ。
「悪いけど___保険を掛けさせて貰った。」
「成程・・・影分身でしたか・・・。」
「戦闘になった後、本体で戻って来た。君の匂いを追うのに苦労したよ。」
此方ももしもの事を考え、雨を降らせたままでいたが・・・忍犬は優秀らしい。
緩む事のない腕、けれど殺すには至らない力加減。紫紺のヤツめ、何を言いおったか。
「八香____急ぐな、頼む・・・!」
「カカシ殿・・・私を連れて帰らなければ任務は失敗に終わるのでしょうが
脅威となりうる存在も無くなるのですよ? そこまで必死になる必要があろうかと、」
「バカヤロウ!!」
言葉を遮り___怒鳴ると、ポカンとしてた私を立たせる。
額あてに手を・・・!ギュ!と目を閉じる。気を失わせてまで阻止する気だ。
「・・・・・! だったら、俺も連れて行け・・・・!!」
「カカ・・、んぶ・・・・!」
顎を取られた・・・エラに食い込む、指。 紫紺・・・余計な事を教えたな・・・!
彼は口付けしながらゴリゴリと指を動かしてくる。明らかに、まだ残っている自決用の仮歯を外させようと試みているのだ。息が苦しい___けれど力が強すぎてピクリとも動けない____
彼は危険な賭けに出た・・・このままでは本当に彼を巻き込んであの世へ行ってしまう。
(お願いだ___もう止めてくれ・・・!)
何で・・・逝かせてくれない? 何で、そんなに優しい・・・。
とうとう、息が続かなくなり噎せようとしたその時____ゴロ・・・ッと異物を感じた。
(ダメだッッ・・・・!!)
渾身の、ありったけの力で彼を跳ね飛ばした____ぷッ!と吐き出した仕込み歯が転がる。
それを見たカカシ殿の顔と来たら・・・一瞬、喜んでおられた・・・。
私は・・・そのお顔がまた、曇るのを見なくて済みそうですよ___お許しを____
「八香・・・・・ッッ!!?」
これは酷い・・・こんなに早くに___痛いぐらいに体が冷えて行くなんて。
全部は喉に通らなかった、微量でもこのザマか・・・逆に苦しむんだろうな。
体が浮いた感覚___これは魂が天に召される瞬間なのか。
貴方が、無事で良かった。そう想いながら旅立つ私の顔はどうか、穏やかであって欲しい・・・。
「紫紺!」
俺は彼女を抱きかかえ、打ち合わせ通りテンゾウの作った仮宿に戻った。
飛び出て来た紫紺は慌てて、濡れた八香の衣服を取り払い、暖かい毛布にくるみ出す。
「最悪の展開になった、すまん・・・!」
「はたけ殿、このまま湯へ!」
「・・・・・・!」
返事を返す間も惜しい。風呂場に向い、俺は服を着たまま彼女を湯船に浸からせていた。
後を追って来た紫紺が彼女の腕を取る___眉間に皺を寄せ溜息だ。
「どうやら一応の解毒薬が効いているらしいですが・・・どこまで効力があるか・・・。」
「俺を巻き込まない為に___思い切り突き飛ばされたよ・・・。」
俺はショックを露にしてる___俺より・・・、いや、俺達よりやはり、左門を選んだのかと。
俺はいやらしくも・・・八香の復讐心を疑っていた。だから、独自でタネの事も調べた。
三代目に預けた種は二つ、最低でも4つはある筈だったホテイの種。
そこから俺は悲しくも、彼女を疑ってきた訳だ。
自の国に入ってからあの舞台で___背後に感じる纏わり着く様な右京の視線を感じつつ・・・
彼女が舞い踊っていたのを俺は前列で感じ取っていたんだ。それはある種、殺気を纏っていて。
(この時こそが・・・左門の命日の刻・・・。)
そう・・・、彼女の律儀な部分を見ればおのずとその時間に事を起こすであろうと予測できた。
小雨降る中、徐に線香に火をつけ拝んでいた・・・呆気ない暗殺劇の報告か。
頭を深く垂れ、コートに浮かんだ細い肩の線、その後ろ姿を俺は木にもたれて切なく眺めていた。
姿勢を変えた・・・? 何をするかと、俺はギョッとなる。
正座したかと思えば___紐布を、ぐるりとその膝に巻き結んだではないか・・・!
(バカヤロウ_______)
俺は直ぐ様身を起こすとクナイを投げ、その紐布を絶ち切ると瞬身で彼女の首を捕まえた。
ツバを・・・毒を、飲み込ませない様に___
「だったら、俺も連れて行け・・・・!」
マスクを降ろすと、死ぬ気で彼女と深く唇を合わせた。口内に割り込む舌に抵抗する八香。
親指をゴリゴリと動かしながら口付ける__まずは俺が先に彼女の奥歯を奪わなければ・・・。
俺は頭の片隅で思う。これで失敗してあの世に行けば、俺はオビトやリンに大笑いされるな、と。
ムッツリスケベのお前らしいと___さ。
だが・・・結果、失敗した挙げ句、彼女は俺を道連れにする事を拒んだのだ。
「難しい暗殺術__まして、他人がソレを奪うなどと元より無謀な話です。」
「あぁ・・・。」
「でも___貴方はリスクも厭わず・・・尊敬致しますよ・・・。」
懐から体温計を出し、彼女の体を常にチェックしていた紫紺はキッと俺に向き直る。
「さて___此処からです。もう、はたけ殿に頼るしかない___出来そうですか?」
「俺は・・・八香を取り戻せるなら・・・何だってやるさ・・・!」
「__私は出来る限り、耳を塞いでいます。なので・・・行為中は出来るだけ御頭様に呼びかけて頂きたい。あと・・・脈を取り続ける事をお忘れ無く。それと・・・もうヒトツ・・・・。」
「あぁ・・・、今は八香の命が優先だ。解っているよ・・・。」
「では、上がって___移動しませんと。」
体温が保てた所で彼女の体を拭き、俺も取りあえずは着替えた。
意識が彷徨っている八香を此方に呼び戻さなければならないと、説明は受けていた。
そこから紫紺は出て行き、俺は用意されていた寝屋に彼女をそっと下ろす。
行灯がひとつだけの、仄暗い部屋でも彼女の顔の白さは際立っていて。
「すまないな____もう選択肢がないんだ・・・。お前を死なせない為に・・・。」
俺は彼女に口付ける・・・弾力のある唇を何度も啄ばんだ。
ピクリともしない体___俺はゾっとしながらも彼女の体を眺めて・・・そっと唇を寄せた。
「八香____まだ、逝くな・・・・!」
私は今、囲炉裏のある隣の部屋ではたけ殿の服を干し終えた所だ。
「・・・・。」
思い出していた。・・・写輪眼と云う眼を____今日、初めて拝んだ。
里に着いた時・・・違和感をずっと拭い切れなかったはたけ殿は
額あてをあげ、御頭に詰め寄ると後ろに手を回して・・・髪の下に手を入れたのだった。
ベリッ_____!
「あ_____え、さ・・・!皐月様!??」
彼が首後ろから剥がし取ったのは___ヒトガタの和紙。髪が数本へばり着いてる。
私がさっきまで御頭、御頭と呼んでた人物は、あっと云う間に皐月へと姿を変えたのだ。
キツネにつままれた気分で彼女をマジマジとみる私と、真剣な顔のはたけ殿・・・。
「つまり、八香には最初から火影様に従う気は無かったと・・・取っていいのかな?皐月さん。」
額あてを元に戻すと、本当に疲れきっている皐月様に静に問い質す。
最初、彼が何を言ってるのか理解できずにいたが__はッとなる。
____『ただヒトツ、復讐は一旦忘れて貰いたい__出来るかの・・・?』
そうだ___そして御頭はホテイの種を火影様に差し出した筈であった・・・。
「はたけ殿、まさか____」
「・・・保険を掛けといて良かったよ。あの種は最低でも4ツあった筈だった。」
御頭が差し出した小瓶には2ツしか無かったというのである。
「けしてその様な事は・・・。」と、皐月様がポケットから書状を取り出す。
「これは___その証拠。私と、姉上に下された任務に御座います。」
「八香は・・・裏切らざるを得なかった訳か・・・。」
彼はたまたま近くを通った知り合いに声を掛け、皐月様を病院で休ませる様に頼んでいる。そしてそれを見届ける中、私に問うた。
「紫紺、あの種を使って八香はどう暗殺する気だ?」
「云い難いのですが__恐らくは・・・接吻かと・・・。」
「・・・・・・・何だって?」
「御頭様の、左の奥歯2本はソレ用の仕様になっており・・・。」
早い話、仕込みである。種を仕込んだ入れ歯を自ら舌で外す。
ツバを飲み込まない様に、相手の喉に通すと云う高度な暗殺術である。
「ヒトツは暗殺用、もうヒトツは失敗した時の為の、自害用が仕込まれている筈。」
「もしもの場合___それを外させる手立ては?」
「キケン過ぎます・・・!あるにはありますが・・・;」
切羽詰まるはたけ殿の勢いに負け・・・私は事細かに対処方を教えた。
そして最悪の場合、御頭はおろか、彼も___後を追うハメになると___
「もし___御頭だけが毒を飲んでしまった場合、これが一応の解毒薬ですが、どの位効力があるかは解りません、それだけ成功率が低いとお考え下さい・・・。」
そう云って渡した、小さな注射器。それを打ち、体を温め低体温を脱しなければいけない。
そして意識の回復__ここがとても重要になる。下手をすれば死の世界へと辿り着き、ましな場合、植物人間と成りうる事まで彼に伝えねばならなかった。
正直____私はもう、諦めていた・・・・。
(御頭様は___左門様の、お傍に行きたいのだろうな___)
「意識の回復か___具体的に何をすれば・・・紫紺?」
「や・・・、方法はあるにはありますが___はたけ殿に出来るかどうか・・・。」
「何だ・・・!何でもいい!」
戸惑いながら、人目を憚る様に彼に耳打ちをする。サ・・・と彼の顔色が変わった。
「兎に角だ・・・!行きに休んだ場所を覚えてるな?」
「テンゾウ殿の、あそこですね? ええ。」
「そこで準備をして、待機してくれ。必ず____連れ戻す。」
「はたけ殿・・・・・・。」
リスクが大き過ぎると言うのに・・・貴方と云うお方は・・・。
私だって、御頭に死なれては大いに困る。このお方に賭ける事にした____
「解りました・・・、しかし、間に合いますか?」
「云ったろ・・・? 保険を掛けたってね・・・。じゃ、頼んだよ・・・?」
ポィン!と____姿が消える・・・今まで話していたのは本体でない?
一体、いつのまに入れ替わったんだろうか___
そんな事を思い出しながら、囲炉裏の炭を突っついていた。
現在の気温は20度以下、隣では・・・まだ、さぞかし寒かろう。
御頭の体温は・・・32度をやっと越えた所だった。
「八香____頼む・・・俺の声を、聞いてくれ・・・!」
「・・・・!」
切ない、はたけ殿の声___私はこれから続くであろうその呼び掛けに
約束通り・・・耳を塞ぐのであった・・・。