母神様の云うことにゃ。 作:ふま
「この日の為だけに____生き長らえておりました」
ベッドの上、そのままシーツに溶け込みそうな白い素顔。八香は天井を見つめてそう呟いた。
この世の終わりの、空虚を見るかの眼差し、我々が誤った事をしでかしたかの錯覚を覚えさせる。
あまりに痛々しい彼女から目を逸らし、ワシは火影の笠を取ると、控えておった他の者たちの顔色を見渡した。部屋にいる皆が、憎しみを糧に生きてきた娘の、冷え切ったその言葉に息を詰まらせておる。八香の気持ちが解らなくも無いからだ。
「___御主を死なせとうないと、ワシを始め皆がそう思っておる・・・。
___のう、八香殿。死が全てでは無い筈じゃ、寺で育った御主なら解っておろう。」
「・・・・・。」
「そして、今を生きておる御主を黄泉に誘う悪しき左門は、御主自身が作り出した幻じゃ。」
「幻・・・・」
八香の中で知らず知らずの内に出来上がった、”罪悪感”と云う素材できた偶像である。
「生前・・・、左門は何の為にお前に暇を取らせて逃がしたか___
それは御主には”生きて欲しい”と云う、彼の願いではなかったか・・・。
死に急ぐのは、そう願った左門の気持ちを裏切る事になるのではないか・・・?」
良く考え直すがいい__そう云ってから、全員で病室から一旦は引き上げる様に促す。
やれやれだ・・・、侮ってはならんな。
ビンの中、藻に覆い尽くされた”ホテイの種”の数を確かめずにそれをシズネに預けたのだから。
ともあれ、こうして生きて戻って来た。思い止まらせるチャンスも出来た・・・。
「火影様____あの状態では動く事もままならないでしょうが、誰か見張りを・・・。」
「うむ・・・万が一舌を噛み切られても困るのでな。」
「僕が___先輩もお疲れでしょうから・・・。」
「いや、俺は大丈夫だよ。三代目、ここは私が。」
「ならば、テンゾウとカカシの交代制で頼む。ゲンマはライドウとイワシに召集を掛けてくれ。」
言い出しっぺのゲンマは自分が着くツモリだったんじゃろうのう。悪いが別の任務がある。
そして出来れば、カカシに時間を割いてやりたいのだがな___まぁ責める気はない。
シズネから、不可思議な八香の体の状態を聞けばピン!とも来る。苦渋の選択として、許そう。
それにだ。誰かが、彼女にまた別の愛情を教えてやれば八香もいつか心を緩めるかもしれぬ。
ただ___あの器量だ、ライバルも多かろう。カカシよ、先にまず”兄”から”男”に昇格せねばな。
彼女には・・・ゲンマやテンゾウ位、ストレートでないと通じない所があるからのぅ?___フフフフ
「___シズネ、皐月殿はどうじゃ。」
「は、はい。姉上様が御無事と聞いて食事も取られる様に__」
「そうか。ならば良い。だが、二人きりで会わせるでないぞ。」
また要らぬ陰陽術を使われては面倒だ___カカシ以外には見破れまいしな。
どうにも考えが変わらず、入れ替わり、また死を選ばれては御館様にも申し訳が立たぬ。
「八香殿が落ち着くまで、油断はせぬ様にな・・・・。」
(御館様もお人が悪い_____)
病室に戻ると、彼女に繋がれている点滴を回収しながら眠りに落ちたその顔を見遣る。
余程、疲れたんだろう___あの宿からここの距離もバカにならない。
反り返った長い睫、柔らかそうな、頬のライン。この綺麗な少女が死を選ぶなどと___
あの時、私を引き止めた御館様の言葉。彼女らはそこで既に入れ替わっていたのだろう。
『シズネ殿___あやつ、誰か良い男でもおるのかな。』
あれは本音でもあり、理に適った質問でもあった。
『そうか__、わしは八香に甘え過ぎた。その代償は払わねばならん・・・これからもな。』
そしてソレも本音であり___今でこそ解釈する事が出来る。”その後は自由に生きよ”と・・・
そう思っておられる気持ちが良く解る・・・。ケジメの様な、云わば”子離れ”である。
あれだけ溺愛してた八香を手放す為、最後の暗殺令を下し、少しでも冷徹な主君を演じなさった。
(八香さん____貴方は愛され、必要とされているんですよ・・・?)
私が知っている限り、私を除いて最低でも4人と、裏方衆とか。
幼少期に感絞めを受けた彼女を、本当に不憫に思う。
お陰で八香は、左門以外の愛情に気付いていない。今だって・・・戻って来たカカシさんは、後から来た火影様の目も憚らず、ベッドの貴方を覗き込んで__指の背でそっと貴方の頬に触れている。
マスクと額あてで半分以上は隠された顔。唯一の右目は悲しくも慈悲に満ちていると云うのに。
見ているコッチが・・・キュンとなる・・・・。
「シズネ__? 疲れたであろう、もう良いぞ。」
「____あッ・・・ハイ!?」
「此処はダイジョーブだから。君も帰って休みなさい?」
「あ・・・ええ。失礼します。」
(エー、こんなカカシさんはとってもレア絵面なのに・・・?もっと続きが見たぁーい!)
・・・なんて云う、内なるシズネを隠しつつ、冷静を装う。
火影様と何か話をされるのだろうと察し、私は頭を下げて、此処から退散した。
少し前に遡る____樹海を移動する際、俺は背中の八香に訊ねたんだ。
『八香__? 響かない?』
『_____平気です』
難義な、感絞めの作用と思われ___痛く、疼いても、けして痛いとは云わぬのだ。
火の国に帰還しようとするのに、おんぶで背中にいる八香が気になって仕方ない。
俺はまだ平気だけど___”所望”され続けてた彼女にはしがみ付く力さえ頼りなかった。
八香は俺の背中でずっと無言のままだ。紫紺とのやり取りにも、一切言葉を発しなかった。
もう少し前に遡る____
彼女が目を、意識を取り戻した湯船の中、覗き込む俺を見て一瞬、体を硬くしていた。
紫紺が一言、『私たちを置いて行こうとするなんて・・・、貴方が一番酷い人ですよ?』
そう云ってから、少し怒った様に鼻息をフン!と荒くしながらも彼女にタオルを広げて用意する。
もう少しこのまま湯の中、腕の中で彼女を抱いていたかったが、それを見て八香の背中を起した。
露になる胸を、慌てて俺は両手で隠したが紫紺はとっくに目を瞑って待っている。流石世話役だ。
『カカシ殿___御世話をお掛け致しました』
俺を見ずにそう云った彼女が___一気に、遠くなった気がしたんだ。
”ずっと、この日を待っていた___何故、邪魔をする・・・!”
あの言葉がどれだけ俺に深く突き刺さったか、君は知らない。
そして彼女は自分の体力の限界を目の当たりした。
俺が彼女の発する肌の匂いに惑わされ、抱き続けてていたせいで___
『立てない____』
そう言われた時には青くなった。湯船の中、産まれ立ての小鹿の様になっちゃってたから;
紫紺はギョロリと目をひん剥いて俺を見る。明らかに、「ソコまでシやがりましたか?」
と・・・今にも云いそうだった;咳払いをしてから彼女を抱き上げ、紫紺には催促をしておく。
きっと、身支度させている間に上手いこと言ってくれた筈なんだが・・・。
(もし君だけが・・・あのまま逝ってしまえば、俺はまた闇に囚われていた・・・。)
「三代目・・・彼女の頭皮に封邪法印に似た印が・・・。」
やっと本題に入る。
眠る彼女の頭の天辺より少し前の辺りを指さした。指で作る、輪っか程度の小さな印。
彼女に使った写輪眼でそれを発見し__俺は更にその印を施した人物の影を探した。
呼び戻す事が出来た後で、気になっていたソレを確認していたんだが___
今、冷静になって思えばあれは嫉妬ではなかろうかと思うと恥ずかしくて堪らなくなる。
(俺の知らない所で__君はソイツに”この体”を知られたのではないか・・・?)
一体、誰に__?
その瞳から一切、その男の姿を読み取らせない彼女に、俺は隠し事をされている気分になった。
だから・・・つい、ダメダメ云う彼女に___あんな事や・・・こんな事をシて・・・・・。
「・・・・・・・ナニを思い出して____赤くなっておるのかのぉ・・・・・!?」
「ヤ、ナニモ・・・。」
ハ!と我に帰れば、背伸びをした三代目に細っそーい目でジーっと観察されているのである。
顔が・・・、顔が焼けるぅ・・・!! 今はソンナコト思い出してる場合じゃないってのに!
片手を広げて覆った顔を苦し紛れに、天井へと背ける俺であった。
「コホン・・・コレは恐らく、いのいちが云わんとしていた”記憶の封印”だの・・・。」
「術者はハイレベルな幻術の使い手ですか・・・。」
「うむ・・・思い当たる事でもあるのか__?」
(可能性があるとすれば___彼女の、里抜けの時・・・。
記憶を封印されたせいで、彼女は恩人の顔すら思い出せないでいるのではないか。)
大蛇丸のあの時の様子、カラスによって遠隔で幻術を掛けられたのだとしたら?
術者はそこに居る八香が、実は皐月だと知っていてアイツを俺達に追い払わせた。
(全ては彼女に本懐を遂げさせる為・・・、影から手助けした)
俺の保険が通じたのも、術者が本物の八香の元に戻った為にバレずに交代できた。
パックンと駆けつけた、右京暗殺の近くの現場にあった微かなあの気配・・・。
俺と同じ眼を持つ術者であるならば____全て見通す、俺以上の瞳術を持つ男ならば。
記憶の中、思い当たる人物は1人しかいない。
・・・恐らく八香は里抜け後、偶然にも何処かでヤツと接触をしたに違いない。
「以前の彼女を知るからこそ・・・手助けをした・・・か?」
「だとすれば、ヤツはまた里に戻って来る可能性が高いですね・・・。」
九尾を捕らえるついでに___まさか、彼女まで・・・?
らしくないな、恩を着せるなどと・・・あの男の美学に無い事だと思われた。
(____イタチ・・・!! 何故、お前が____ )