算旭数多はごく普通の家庭で暮らす小学生だ。
学校ではクラス下位の学力と、学校一のサッカーの技量……いや、地区一番のサッカーの技量で中々に評価が高い。
男子からはとことん好かれ、女子からは絶妙に見下される、そんなポジションの子である。
病気のせいで今はサッカーも控えめになっているが、それでへこたれることもなく、さっさと病気を治して練習するぞ! と更なる熱さを手に入れていたりする。
彼は子供だ。とことん子供なのだ。
だから学校ではリーダー格でも、家では父と母に甘えに甘えている。
「父さん! キャッチボールやろうぜ!」
「……うちにグローブも野球ボールもないよな?」
「テニスやろう!」
「ラケットもテニスボールも無……いや待て! そもそも数多お前テニスしたことないだろ!」
「じゃあ消去法でサッカーしかないね」
「何も考えず喋ってると最終的にサッカーに帰結するのは凄いなお前」
休日となれば父に遊んでくれと絡むのが数多の基本スタイルであった。
数多の父は優しく、遊んでくれと言えば仕事で疲れていてもまず応えてくれる。
この年頃の子供(小学校高学年)にしては珍しく、数多は友達と遊ぶのも好きだが、父と遊ぶのもそれと同じくらい好きな子であった。
「今日はカレーにするから遊ぶにしても早く帰ってくるのよー?」
「マジで!? 母さんマジ最高! うっしゃ帰ったらおかわりしないとなー!」
母も息子の好物をよく理解していて、程よく息子の手綱を握ってくれている。
父と子は楽しげに近場の公園へと向かった。
「父さん色々言うけど一緒に遊ぶの断らないからチョベリグって感じ」
「お前また母さんに変な言葉教わったな?」
数多は病気の辛さをおくびにも出さない。
それが父親としては嬉しくもあり、悲しくもあり、誇らしくもある。
数多は病気の身であっても薬を飲んでいれば平時と同じ運動ができるが、それは薬によってもたらされた偽りの健康でしかないのだ。
昌徳の治療がなければ、ここまで元気に動き回ることもできていなかったかもしれない。
笑う我が子とサッカーボールを蹴り合いながら、"この子のためにしてやれることはなんだってしてやろう"と、父は決意を新たにする。
そういう父だから、少年はこの父親が好きなのだ。
「というか、子供が一々そんなこと気にするんじゃない。
特に理由がなくても親が子供と遊んでやるのは当然のこと……ん、ちょっと待て」
父は顎に手を当て、少し考えてから率直な気持ちを口にした。
「いや、そうだな……強いて言うなら、理由はあった。
俺はきっと、子供の好きなようにさせてやるのが好きなんだろうな」
「かっけえぜ父さん!」
「お前の好きなサッカーと同じだ。俺も好きなことをやってるんだろうな」
「父さんおれ好き!?」
「ああ、好きだとも! 算数のテストでもうちょっと点取れたらもっと好きになるぞ!」
「ぬむむむ……なら次のテストを楽しみに待ってな! ちょっとおれ頑張るから!」
父親がボールを蹴って浮かすと、少年は跳び上がって空中回し蹴りのごとくボールを蹴り返す。
「お前も好きにやれ。好きなことをしろ。問題が起きたら、俺がなんとかしてやる」
「うん!」
家族が大事だ。家族が大好きだ。家族を愛している。
だから、それを守るためならなんでもできる。
いつも一緒に遊んでくれる、休日にラーメン屋に連れて行ってくれる、時々頭を撫でてくれる大好きな父のために。
いつも美味しいご飯を作ってくれる、面白い知識を教えてくれる、時々優しく抱きしめてくれる大好きな母のために。
したくないことでも、できる。
少年は、そう思っていた。
昌徳はイライラしながら、病院の敷地内を箒で掃いていた。
このイライラは怒りや不快感とはまた違う。恐怖、不安、不信、そういったものが意志力によってねじ伏せられた後に残ったものだ。
意志力でそれらをねじ伏せ、理性でそのイライラを表に出さないようにする。
後はイライラを発散すればいい。
誰かの為になることをするとなんとなく自己満足が得られて、イライラが解消されるのが彼という人種だ。
病院の前を綺麗にして、他人のためになった気がすると、少しだけ心が安定した気がする。
「よし」
罪なき人を守ること。人を殺そうとする誰かを止めること。病気の人を救うこと。
シンプルな自分のスタンスを再確認し、揺らがない自分の心を確かめる。
並々ならぬ精神的ショックを受けてなお、彼の強靭な心は強さを保っていた。
遠目にそれを確認し、数多は小細工無しの真っ向勝負を挑むことを決める。
近寄ってくるマウンテンバイク乗りの小学生の姿を見て、昌徳は朗らかな笑顔を浮かべた。
「よっす東海道先生」
「ああ、おはよう数多。自転車買ってもらったんだな」
「おうよ。んでおれの番が来たからな」
「……?」
「今日の夕方五時辺りに、中央公園に来てくれ。
あんたが語田先生と仁科さんから聞けなかった真実、全部聞かせてやるよ」
「―――!」
「その代わり逃げんな。おれと本気で勝負をしろ。
おれがあんたに求める対価は、あんたが逃げずに挑戦を受けることだけだ」
「君も……お前も、あの二人の仲間だったのか!?」
「んまあ、そういうことになるな」
ド直球の挑戦状。だが昌徳からすれば、小学生の子供で、自分の患者で病人でもある数多と戦うことなど受け入れられるはずもない。
手加減しての一撃でさえも躊躇われる、そういう相手なのだから。
「おれを患者と思うな。子供と思うな。俺は先生の敵だ。ギッタンギッタンにしてやるよ」
「待て!」
「待たねーよ! ははははは!」
数多は自転車を全力で漕ぎ、あっという間に遠くへ消えていく。昌徳が『このために自転車を用意したのか?』と思うほどに、迷いのない逃走だった。
普段のバカな男子小学生をしている数多を見ていた昌徳からすれば、今さっきの少年の振る舞いは青天の霹靂にも等しいものであったが、少年は別に賢さを隠していたわけではない。
あの少年は、昌徳の知らないことを知っているだけだ。
行動はどちらかと言えば軽挙に近く、深く考えて罠を張っているようには見えない。
国吉は親友として完璧に正吉を油断させており、患者の小さな女の子が起こした"何か不測の事態"に行動を余儀なくされたものの、理想的な動きをさせていた。
理人は毒を盛ってから数で挑む手段の選ばなさを見せていた。
だが数多にはそういった周到さが一切見えない。
おそらく、シンプルにタイマンを挑んで来ることだろう。
昌徳からすれば、御しやすい相手であると言えた。
相手が子供でなければ、相手が病人でなければ、相手が昌徳の患者でなければ、の話だが。
昌徳の一日分の仕事が終わった。一日にすべき仕事を人間離れした速度で終わらせ、患者に何かあれば携帯に連絡するよう伝言を残し、病院を早退して早めに動き始める。
彼は道すがら色々と考えてみた。
戦って無事に済ませる方法を無数に考える。
戦わずに穏便に済ませる方法を無数に考える。
拘束、説得、罠、脅迫、逃走、菓子。数多を止めるための様々な手段が頭に浮かび、有用そうなものは記憶しておき、時間に余裕をもって公園に向かう。
「あ、奇遇ですね。やっほー」
「……エリ」
その途中で、恋人と出会った。
昌徳の胸に湧き上がる痛みは、彼がまだ彼女に全ての真実を語れていないことを証明している。
街で突然彼女と出会ってしまったことで、昌徳は取り繕っていない自分の顔を、察しのいい彼女に見られてしまった。
「落ち込んでますし、迷ってますね。それでも歩みを止めないのは流石ですが」
「分かるのか?」
「そりゃ、恋人ですもの。ずっと片想いでずっと好きだったんですよ?」
ずっと見てましたよ、と言って、彼女は歩く彼の横に寄り添う。
「俺様もお前のことをずっと見てた。
この記憶は、今でもこの身に力をくれる大切な想い出だ」
「恋の想い出が、ですか?」
「どんな想い出でも、だ。想い出は俺様のパワーだよ」
彼は寄り添う彼女の歩幅に合わせ、歩く。
意識せずとも互いの歩幅が分かる二人は、意識せずとも同じペースで歩いていける。
彼は彼女を、彼女は彼を、ずっと見ていた記憶がある。その記憶が互いの心を理解させてくれている。それはきっと、とても幸せなことなのだ。
「どんなキッツい案件でも、できる限り良い終わりにして、想い出にしてみせるさ」
良くない今を、想い出に変えて前に進む。
そのために、少しでもいい形でのエンディングを目指す。
彼はそうすべきだと考えているし、そうしたいと思っていた。
「大丈夫」
迷いはすれど止まりはしない昌徳の手を、英梨が優しく握る。
彼女の細く白い指が彼の指に絡み、繋いだ手が愛と暖かさを伝えてくれた。
「あなたがどんな選択をしても、私は最後まで傍に居ます」
"彼女に背中を押された"と彼は感じ、恋人の笑顔を見て、それをたまらないくらいに愛おしく思う。
「何があっても、最後の最後まで一緒です。あなたは一人じゃない」
痛む心が癒やされる。
「……ありがとな」
彼女が居てくれたことに、彼は心の底から感謝した。
彼女と両思いになれたというだけで、運命というものに感謝した。
彼の中で今、一番に大切なものになった英梨。
愛する彼女の存在が、彼の心を支えてくれていた。
指定された時間、指定された場所。
夕陽に変わりつつある太陽を見つめる数多が待つその場所へ、昌徳は辿り着いた。
戦意十分な少年の背中に、昌徳は言葉を投げかける。
「なんで事情を話す気になったんだ? あの二人は、真実の手がかりを何も話さなかったのに」
「話しても構わねーと、おれは元から思ってるからさ。
あとあの二人はなんだかんだいって、あんたが好きでもあったからじゃね?
おれはあんたに面倒見のいい先生以上の感情は抱いてねーもんよ」
風が吹き、二人の間に葉が落ちる。
二人の声と揺れる葉音以外には何の音も聞こえない、夕暮れの静寂。
成人した医者と、中学校にも上がって居ない患者が、公園にて相対した。
「さて勝負だ。殺し合いながら話そうぜい」
「やめろ。先に話しとけ」
「おうおうどうした? いいじゃんかよ別に、戦いながら話したって」
「また後出しのルールを出されて、お前に死なれちゃ敵わん。
最初に話せることは全部話しておけ。
勝敗有耶無耶にして二人セットで助かる方法は、戦いながら俺が考えておく」
昌徳は極めてフラットだ。
冷静に、的確に、最適な答えを叩き出せるコンディションで居る。
彼からすればこの戦いも殺し合いではなく、"どう穏便に終わらせるか"だけが問題である『執刀対象』でしかない。
それが数多の癇に障った。
昌徳は、自分が負けて死んでしまうことを、微塵も恐れていなかったからだ。
「……負ける可能性も殺される可能性もねえってか。いい根性してんな、ワクワクすんよ!」
それを、数多は自分への過小評価兼侮辱と解釈した。
小さな子供が、大人の体格へと一気に変身していく。
一瞬の変身過程を終えれば、少年はバイクを模した体の上に、龍を模した武装を上乗せした仮面ライダーへと姿を変えていた。
「おれはレーザー。仮面ライダーレーザーだ。
どこまでも真っ直ぐに、最速最短一直線で飛んで行く光!」
レーザーの発射点をA、到着点をBとする。
レーザーは最速で目標点に到達するため、このAとBの間の最短距離を通ろうとする性質を持つ。
愚直なくらいに真っ直ぐな数多少年には最も相応しい名であったと言えよう。
龍の翼を翻し、飛翔するレーザーが剣を振り上げる。
そのスペックは、既に平均値でもエグゼイドの二倍から三倍という域に達していた。
昌徳もまたエグゼイドへと姿を変え、剣を片手にレーザーの接近を受けて立つ。
数多は読みづらい動きで飛翔し、左手の電磁キャノンから圧縮金属を連続で発射し牽制、右手の電磁ブレードでエグゼイドを一刀両断せんとしていた。
数多も生物であるために、戦いの最中には呼吸を行わねばならない。息を吸って、吐く。
飛翔も"敵を惑わす"という意から、"一瞬で距離を詰める"という意に切り替えねばならない。
攻撃も電磁キャノンでの遠距離攻撃から、電磁ブレードの近距離攻撃へと、攻撃のテンポや意識を切り替えなければならないのだ。
だが呼吸の隙、意識の隙、そんなものを昌徳が見逃すわけがない。
彼は昔から、畑や田に害を及ぼす害獣を、山で仕留め続けてきたのだから。
「痛っ」
レーザーの視界から、エグゼイドの姿が消え、数多の体に痛みが走る。
「え?」
やったことはシンプルである。
レーザーの視界を把握し、レーザーに接近されたタイミングでその視界から消えるようにして動き、凄まじい速さで飛んで来たレーザーにクロスカウンター気味に鎚を叩き込んだのだ。
エグゼイドのスペックが低くても、レーザーの突撃力を利用すれば威力は倍増する。
更にエグゼイドはダメージを少なく、痛みを多くする叩き方をして、レーザーにあまりダメージを与えずに戦意を喪失させようとしていた。
「ま、まぐれだろっ!」
「このシステムもだいたい理解した。俺様にもう望まぬ殺人はない」
走っている時に転んで、思いっきり頭から地面にぶつかってしまう時がある。
再度飛翔し突撃してきたレーザー相手に、エグゼイドはそれを再現した。
振るわれた電磁ブレードを紙一重でかわし、太ももに蹴りを入れ、レーザーが飛翔するパワーのベクトルを曲げ、その勢いのまま地面にぶつけたのだ。
「で、これで、俺様が勝ったとも言いづらい状況だ。勝敗はあやふやにして進行させる」
「あぐっ!?」
地面にめり込む
ダメージは控え目だが、『スペックで上回っても手玉に取られている』という事実が、その心へのダメージとなるだろう。
昌徳はヒグマを素手で狩る時の心構えで、龍の武装を持つバイクの仮面ライダーを見下ろした。
「俺様は殺す気も殺させる気もない。
勝つ気も負ける気もない。
真実を話すまで、延々と千日手にしてやる。覚悟はいいか?」
「……おれをナメんな!」
頭に血が昇ったレーザーがまた突撃しようとするが、そこでエグゼイドとレーザーの衝突を阻むようにどこからともなく怪物怪人の軍団が現れた。
昌徳と数多が何かを言う前に、怪物達は二人の衝突をうやむやにして、自分たちの体を素材に二人を包み込むドームを形成する。
怪物達は何も喋らない。
だが子供の純粋な心と感性は、何かを察したようだ。
まるで、子供が小さな動物と心を通わせるかのように。
怪物達は、落ち着けと訴えかけていた。
怪物達は、まず話すべきことを話せと訴えかけていた。
それは昌徳に対し何か考えがあるのか、それとも数多を落ち着かせるために何かを話させようとしたのか、イマイチ判別がつかない訴えである。
確かに言えることは、この怪物達が、数多の味方であるということだけだ。
「! お前ら、おれにまず話をしてから戦えっていうのか……?」
怪物達の気遣いが、数多に冷静さを取り戻させる。
熱くなったせいで0%にまで下がっていた数多の勝率が、元の高さにまで戻っていた。
「……人間を襲いもすれば、人間の味方のようにも振る舞う……何を考えてんだ?」
「あの怪物達はおれ達の仲間で味方。そしてお前らの敵。それだけだ」
「味方と、敵か」
「あいつらが状況を整えてくれて助かった。
こういう状況じゃないと、おれが話した内容を聞かれかねない。
『あれ』は今戦場を俯瞰して見てるだろうから、こうすれば姿も声も隠せるだろうな」
「……やっぱり、黒幕が居るのか?
お前達にこんなことをさせてる、最悪の黒幕が……」
予想はしていたことだった。
"誰かに望まぬ殺人と暴行を強要されているのではないか?"というのは、昌徳がずっと持っていた疑問の一つだ。
数多曰く、この戦いを見ている者が居るという。聞いている者が居るという。
この怪物達がその邪魔をしているというのなら、それは昌徳・数多・怪物達共通の敵であるはずだ。
それを倒せばいい、と昌徳は思う。
倒せたら解決する敵であってくれ、と昌徳は願う。
そいつを倒せば全てが解決する『悪』が居てくれれば、と昌徳は祈る。
だがその願望に近い昌徳の推測を、数多は首を振って否定した。
「ちがうちがう。最悪の黒幕なんていない。おれ達にこんなことをさせてるものはあるけどな」
彼の物語は、始まった時点で不可避の悲劇を運命付けられていた。
「あんた、想像もしてなかったろ? この世界が……誰かが見てる夢でしかない、だなんて」
始まった瞬間から、終わりを約束されたもの。その一つが、『夢』だ。
―――これは夢
ステージセレクト?
それは、人が夢を見る時によくある、夢の場面がコロコロと変わる現象が起こり、戦場が変わったように見えるだけだ。
この世界の住人?
全てが幻だ。夢を見ている人間が、どこかで見聞きした情報を人間に再構築しただけのもの。
敗者の消失?
当たり前だ。夢の中で、敗者がいつまでもそこに残るわけがない。
人殺しの怪物?
違う。彼らは世界と、多くの人々を守るために発生したものだ。
想い出など無い。
過去など無い。
昌徳の過去も、想い出も、人の繋がりも。夢の世界における『設定』に合わせて最近捏造されたものに過ぎないのだ。
―――これは夢
夢の世界はあやふやで、いつ終わってしまうか分からない。
なのに、夢の世界の住人には"これが夢だ"と気付き、夢を終焉に導いてしまう存在が居る。
仮面ライダーと怪物が殺そうとしていた人々や、昌徳などがこれに当たる。
彼らは夢の中で夢を見たり、夢の世界に違和感を抱くなどして、この世界が夢であると気付き、夢の主を目覚めへと導く。
自然に発生し、自然な目覚めへと導くのだ。
語田国吉は、これを『気付きの悪夢』と呼んだ。
これとは違い、気付きの悪夢として世界に発生せず、偶然この世界が夢の世界であると知ってしまった者達も居る。それが国吉達だ。
彼らにこの世界が夢の世界であると教えてもらえば、その人物もこの世界が夢の世界であると理解できるため、この世界における殺人などを隠蔽する協力者となる。
そして、彼らは気付きの悪夢を狩り始める。
でなければ、気付きの悪夢は夢の主を夢から目覚めさせ、世界を終わらせてしまうからだ。
これは世界が夢であると気付いた人間同士による、世界を終わらせるか守るかの対立構造。
―――これは夢
怪物達はだからこそ、この世界を守ろうとする者達に力を貸す。殺人という罪を人間達に背負わせないために、率先して気付きの悪夢を狩ってきた。
この世界の住人は誰もが、自分が夢の世界の住人であることを無意識下で理解している。
ゆえに、自分がいつか消える前提の存在であることを無自覚に認識している。
だからこそ彼らを強く動かすのは、他人を死なせたくないという想いだ。
国吉には妹。
理人には息子。
数多には両親。
夢の始まりと同時にこの世界に生まれた彼らは、夢の中の設定に沿った記憶を持っているだけであり、実際に十何年もその家族達と一緒に居たわけではない。
全ては虚構。
だが、その愛だけは本物だった。
「妹を愛する兄の気持ちも。
子供を愛する父親の気持ちも。
父さんと母さんを愛する俺の気持ちも。
全部夢幻だ。幻想だ。偽者だ。
だけど……それでも! おれは、おれ達は、大切な人とこの世界を守ると決めたんだ!」
いつの日か、自分の家族が気付きの悪夢となってしまったら?
そう思いながらも、夢を終わらせないために仮面ライダーは戦い続ける。
「お前達は『気付きの悪夢』……この世界の人間を皆殺しにするために現れる、最悪の猛毒だ!」
何の罪も犯さないままに、ただ生きているだけでこの世界が夢の世界だと気付いてしまい、この世界の人間から自由と平和を奪い去る、無自覚な世界を殺す毒。
そんな人達を、昌徳はずっと守ってきた。
「
計画のそーごーこしょーとか語田先生は言ってた。
この夢を見ている人が目覚めないようにする。
この夢が別の夢に変わるのを止め、この世界の夢をずっと見せ続けて、世界を守るんだ」
永遠の夢、ゆえに永夢。
「おれは、あんたがこの世界に発生する前からこの世界に居た!
語田先生も、仁科さんも、おれも! 数少ない『違和感』を持てる個体だから!
おれは『望んでもいない親友』が勝手に生えてきた語田先生の様子も、見てたんだ!」
「……あ」
国吉と理人は大人だった。
数多は子供だった。
だからこの少年は、思っていたことをオブラートに包まず口にし、胸中の想いをストレートに叩きつけてくる。
「あんたに分かんのか!?
ある日突然親友ができる気持ちが!
そいつを好きな気持ちが強制的に発生する苦悩が!
『東海道昌徳の親友』という役割を強制的に押し付けられる嫌悪が!
そいつが昔からの親友みたいに振る舞う不快感が!
そいつと子供の頃から一緒だったという記憶が発生する違和感が!
愛する妹が……たった一人の家族が、そんなやつの恋人にあてがわれた怒りが!
自分でさえ不確かで、自分は都合よく改変されて、愛した家族さえ……そんなのっ!」
もっと酷いことを言おうとして、けれど優しさを捨てきれない数多は、国吉が抱えていた苦しみも、国吉が昌徳に感じていた友情も、一緒くたに思い出してしまう。
思い出して、言いよどんでしまう。けれども、気張って言葉を続けた。
「語田先生も仁科先生も変なんだよ。
あんたがいい人? あんたが優しい? それがなんだ。なんで迷う?
おれは、あんたがそこに生きてるってだけで、心底許せない気分になる……!」
昌徳をいい人だと思いながらも、非情に徹して殺しに行った二人の大人が居た。
その二人を変だと言う数多だが、昌徳の目の前でこんなにも長々と心中を吐露していることからも、少年の中の迷いは伺える。
大人なら昌徳を好ましく思っても割り切れる。
子供なら昌徳を少しでも好ましく思った時点で割り切るのが苦痛になってしまう。
数多は、国吉や理人のように割り切れていないのだ。
理人は子供の未来のためにと思い、戦っていた。
その『子供』というのは、自分の息子だけでなく、数多のことも入っていたのだろう。
理人は数多が今感じているこの苦痛を、数多に味わわせたくなかったのだ。数多に戦いの順番をできる限り回したくなかったのだ。
「それ、は……俺様が、悪いのか?」
「ある日突然記憶と認識を変えられて、恋人にさせられた英梨さんの前でそれ言えんのかよ!」
「―――」
「あんたが悪意をもってやったわけじゃないのは分かる!
だけどさ! じゃあ英梨さんの前で自分は悪くないって言えんのかよ!」
言えるわけがない。
そんなこと、言えるわけがないのだ。
昌徳はもうこの世界が夢の世界であることを、本能で理解してしまったのだから。
昌徳と相対する仮面ライダーは、その誰もが、『彼を殺さなければならない』『彼はいい人だから殺したくはない』という二つの感情の
『人を殺したくない』『だがこの世界を脅かす者は殺さなければならない』という、義務と責任による意志の
『自分達は自然と消えるのが当然の夢の住人』『だが今ここに確かに生きている』という
『自分達は消えるのが当然』という認識があり、『死にたくない』という願いがある。その
この世界には、生と死・夢と現の
「戦いに挑んで死ぬかもしれないのに……世界を守るために、戦うと決めたのか、数多」
「死にたくないよ……死にたくないんだよ! でもそれ以上に、死なせたくないんだよ!」
少年の足は震えている。
エグゼイドという無敵の絶対強者に立ち向かうには、自殺実行に等しい勇気が必要だ。
数多の中には、怯えながらも自分の命を懸けようとする勇気があった。
「父さんと母さんが消えるなんて嫌だ! 絶対に嫌だ!
したいことはたくさんある! おれは死にたくない! だけどそれとこれとは話が別だ!
死なせたくないんだ、父さんと母さんだけは!
……お前さえ、お前さえいなければ!
おれは自分の命と親の命を天秤にかけて、悩んで、選ぶことなんてしなくて済んだのに!」
ある日突然現れて、世界の終わりを突きつけてきた最強の侵略者。
皆で束になっても敵わない、最悪の悪夢。
数多から見た昌徳は、そういう存在でもあった。
「なんで、お前みたいなのが生まれて来たんだよ、この世界に!
なんでそんなに強いんだよ、おかしいだろ!
おれ達は世界を守りたかったのに! 皆が生きるこの世界を守りたかったのに!
なんで世界中の皆の力を束ねても勝てないくらい、お前は一人で圧倒的に強いんだよ!」
東海道昌徳は最強の仮面ライダーであり、同時に気付きの悪夢。
彼がこの世界に存在する限り、夢の終わりは加速度的に近付いて来る。
数多に彼は倒せない。
倒せないなら夢は終わる。
夢が終われば、数多の両親も消えてなくなる。
まだ"次の算数のテストで頑張る"という父との約束は、果たされてもいないのに。
「皆必死なんだよ!
殺したくもない人殺して!
お前みたいに発生した奴と戦って、世界を守るために死んで!
いつ終わるかも分からない世界を繋ぎ留めるため、命懸けてるのに!
……なんでお前は、そんなに強くて、全部全部その力でぶっ壊して……!」
昌徳さえこの世界に現れなければ、この世界はもう少しだけ長持ちしたかもしれない。
けれど、そうはならなかった。
最強の主人公は、全ての戦いに勝利して世界の全てを終わらせる。
ここは、人を殺したくなんてない優しい小学生の男の子が、両親を守るため罪なき人々を殺し続けなければならない夢幻の世界。
この世界を……この世界に住まう全ての人を消滅させるという形で終わらせるため、東海道昌徳はこの世界に発生した。
そこが地獄のような世界でも、そこに人が生きているなら、その命をライダーは守る。
どんなに残酷な世界であっても、人を守るのが仮面ライダーだ。
改造人間が改造人間を狩り人の命を守るのと同じように、彼らもまた、夢の世界の住人を狩り夢の世界の住人の命を守り続ける。
殺される覚悟も、殺すという罪も、全てを背負って戦い続ける。
エグゼイドの敵は、『仮面ライダー』だったのだ。
「……この夢の主は、子供なんだ。たぶん、おれと同い年くらいの」
「子供、だと?」
「子供がテレビで見たもの。本で見たもの。どこかで聞いたこと。
それらが、『仮面ライダー』とか『エグゼイド』を形作ってる。
でも、語田先生は夢の世界は異世界でもあるから、別世界からのりゅーにゅーがなんとかって」
「……」
「まあいいや。その物語仕立ての世界の『主人公』に、あんたは据えられてる」
この夢の世界は広大だ。
だが、夢とは夢の世界の一部を見るもの。
夢の主が見ている夢の景色は、『主人公』である昌徳の周辺のみ。
昌徳を俯瞰するように夢の主は夢を覗く。
だから怪物が昌徳の周りを覆えば、夢の主は怪物のドームに飲み込まれた昌徳の正確な現状を理解できてはいない。怪物達の意図はそこにあったのだ。
そも夢とは、何を見たか何を聞いたかもあやふやなものであるため、夢の主も会話の全てをきいているわけではないのだろう。が、念を押すに越したことはない。
「主人公様の敵役とか、頼まれてもやりたくないよおれは」
「……全部明かしたお前達に、俺様が味方するかもしれないだろ」
「白々しいぞてっめえ」
顔色が悪く、先程までの強さが見られなくなった声で、なけなしの反論をしてくる昌徳。
その心にもない反論が、数多の怒りを買ってしまった。
「語田先生の言ってた通りだ……
顔見りゃ分かる。
お前、この夢を終わらせようとするよ。絶対。
だって、その方が正しいもんな。そうだろ?」
この話を聞いた上で、昌徳がこの世界を続けさせるための選択ではなく、この世界を終わらせる選択をすると、数多は確信していた。
昌徳の顔色は悪い。
声に力はない。
心は動揺と絶望に侵食されていることだろう。
だがその上で、数多がそう確信できるような表情を、昌徳はしていた。
「終わらない夢が間違いだなんてこと、誰もが分かってる。
終わらせるのが正しいんだろうさ。
お前は正義だ。正しいことをしようとしてる。
何があっても正しい選択を選ぶ。
お前の正しい選択は、おれの家族を殺す……だから、おれは! お前だけは! 絶対に!」
仮面ライダーレーザー・算旭数多がエグゼイドへと襲いかかる。
エグゼイドは、それに
レーザーは過去最大の命の危険を感じ、飛翔に使っていたシールドウイングを盾に使う。
バターにナイフを入れるように、翼が切り落とされた。
「ッ!?」
今までのエグゼイドの攻撃は、全てが繊細な手加減と絶妙な技術によって成された、『絶対に殺さない一撃』だった。
エグゼイドの仮面が昌徳の顔を隠しているために、表情は分からない。
だが昌徳が仮面の下でどんな顔をしているかは、想像に難くないだろう。
彼が受けた衝撃は大きい。
彼の余裕は随分と削られてしまっている。
そのせいでおそらく、攻撃から手加減が減ってしまっているのだ。
レーザーは全力で戦っても、エグゼイドを全く追い詰められていなかったことを知った。
少し追い詰めただけで、背筋も凍るような一撃が飛んで来ることを知った。
自分が絶対に勝てないことを知った。
……そして、更なる絶望的な事実にまで、気付いてしまった。
(強くなってる。
最初からデタラメに強いくせに、強くなってる!
ブレイブとの戦いで、スナイプとの戦いで、おれとの戦いの最中にも、強くなってやがる!)
ゲームとは、経験値を溜めてレベルアップするもの。
昌徳はまさしくゲームの主人公のように、ライダー二人との戦いの経験値で強くなっていた。
そして今また、レーザーとの戦いの経験で強くなっている。
数多は勝てない。
なのに、諦めずに戦い続ければそれだけでエグゼイドを強化してしまう。
レーザーの仲間に残された仮面ライダーの仲間はあと一人。
少年が死ねば次のライダーにバトンが渡る。この夢は、そういう仕様になっていた。
その仲間なら、『今のエグゼイド』に勝てる可能性はある。
だが、レーザーがこれ以上エグゼイドに経験値を与えてしまえば、勝つ確率は0だろう。
数多少年は、一つの選択を迫られる。
「……それしか、ないか」
悩み、悩み、悩み。
数多は恐怖を胸の奥に押し込んで、電磁ブレードを自分の腹にそっと添えた。
「聞け! おれは次に託す!
この世界そのものを示した名が……『幻夢』が! お前を倒す!」
「おい待て数多、何かする気なら早まるな! まず一度冷静になって―――」
「頼む、幻夢!
おれは、ちゃんと死ぬから……だから!
父さんと母さんを、おれの代わりに、守ってくれ!」
この世界に生まれてから、最も大きな心の傷が昌徳の胸に刻まれる。
自分の患者で、小さな子供で、自分が面倒を見ていた男の子が、彼の目の前で腹に剣を突き立てていた。
「死にたくない……死にたくないよ……」
エグゼイドにこれ以上の経験値を与えないため、ただそれだけのために。
「……でも、誰だって死にたくなくて……
世界のために皆死んで……おれは、世界のために、たくさん殺してきたんだから……
……父さんと……母さんが……生きる、世界のために……死ぬことくらい……受け入れ―――」
一人の小さな男の子が、死にたくない、死にたくないと言いながら、涙を流し、自分が今まで殺してきた人達に心の中で謝りながら、無様に血まみれに死んでいく。
夢の住民の死体は残らず、その死体さえもが泡沫のごとく消え去っていく。
血の海に浸る小さな手が消えた時、昌徳は胸の奥から湧き上がってくるその叫びを抑えることもできず、張り裂けんばかりに叫んでいた。
夢の主の視点からでは、レーザーが自殺したことは分からない。
その視点から見れば、怪物で出来たドームから一人で出て来たエグゼイドが、レーザーを倒したように見えるだろう。
この戦いもまた、エグゼイドの勝利という結果で処理されるようだ。
叫び終えたエグゼイドの前に、『黒いエグゼイド』が現れる。
彼は直感的に理解した。
この黒いエグゼイドが、自分と対になる姿をしたこの敵が、最後の敵であることを。
「お前が……」
「仮面ライダー、ゲンム」
ゲンムが喋る。
その声を聞き、昌徳は目を見開いた。
ゲンムが変身を解く。
その姿を見て、昌徳は新たな絶望を知った。
「嘘だろ」
「私がゲンム。あなたが最後に倒すべき敵、越えるべき壁です」
「エリ」
親友の死、患者の家族の死、患者の死。
その先には、恋人の死に繋がるレールが用意されていた。
「顔を見れば分かる、と数多君は言ってましたが……
本当によく分かります。その凛々しい顔、選択にゆらぎはありませんか」
戦いを避ける選択肢があれば、それだけで救いになっただろう。
だが、そんなものはない。
英梨がこの世界の存続を望む限り、彼女が昌徳の生存を許すわけがない。
「言いましたよね? 私は最後まで、あなたの傍に居るって」
彼女は微笑む。
「最後の戦いで私が死ねば、世界は終わります。それが世界の最後です。
最後の戦いであなたが死ねば、世界は続きます。それがあなたの最後です。
私とあなたは、最後までずっと一緒に居る……それは、当たり前のことだったんですよ」
彼女はこの運命の渦中に放り込まれてなお、昌徳を愛し続けていた。
夢の世界の登場人物として、昌徳が世界に生まれた時、そう再設定されてしまったから。
彼女は彼を愛したまま、この世界に生きる一人の人間の義務として、彼からこの世界を守ろうとする。
「このいつ消えてもおかしくない幻夢を、私は永夢に変えなければならない」
彼女の名は、語田英梨。
「この世界の運命は、私が変えます」
彼女が最後に残された、この世界にたったひとりの、夢の守り人だった。
夢の中の登場人物の名前は、夢の主が最近見たものの変形です。子供ってことですね。
・東海道昌徳
→道徳
・語田国吉
→国語
・語田英梨
→英語
・仁科理人
→理科
・算旭数多
→算数