冬休みも終わり、学校がまた始まる。
三年生の先輩方は受験でピリピリとした空気を張り詰めている。
あのクリスマスでの美竹の突然の告白から一ヶ月経つか経たないか。
俺は不思議と、あれから美竹のことを意識していなかった。それが多分、美竹も同じなのだろう。
俺たちは互いの気持ちを知った。
しかし、そこから何処かに行ったり、記念日やら何やらをするということはしなかった。
あんまりにもしないので、俺は何かしないのか、と美竹本人に聞いた。すると彼女は 「中学生の資金なんて限られてるし、無理させたくないし」との事。
なぜ俺が払う前提なのかはよくわからないが、彼女らしい現実的な言葉だった。
学校でも普段と変わらない程度に言葉を交わす。
俺と美竹は付き合っているのか、と聞かれれば、それはハッキリと付き合ってると言えるのだろうか。
これは個人的な価値観での感想だが、俺と彼女の今の関係は両想い止まり、といったところなのかもしれない。
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この寒い時季でも、俺は授業をサボって屋上にいた。我ながら性懲りもない人間だと思う。
今日はどんよりとした重い雲が空を覆っている。雨が降るわけでも、ましてや雪が降るわけでもないのにだ。
さらに冬の寒い風が容赦なく肌を攻撃する。
この負の連鎖により、みんなテンションがとても下がっている。無理もない。俺も結構下がってる。
しかし、こんは環境の中でも、この屋上に来るもの好きな人間はいるらしい。
「懲りないね、あんたも」
「お前もな」
腰に手を当てて呆れのポーズをとる。
「サボって大丈夫なのか?」
「悩み事があったから、ここにきて気晴らし」
「何も授業中じゃなくていいだろうに」
「授業中だからこそ」
美竹も俺のこの不良行為に慣れてきたのだろう。以前とは違って余裕な面持ちだ。
「で、悩み事って?」
「聞いてくれるの?」
「お前の彼氏だしな」
と、少し気取ったことを言ってみる。そんな彼氏のような事はやっていないので、そう名乗っていいのかわからないが。
「それは嬉しいね」
口ではそう言ってるが、表情はいつも通りクールで崩れない。
「…そりゃよかったよ」
若干不貞腐れて気味に返す。
「作詞」
「は?」
「だから、作詞。その悩み事」
出てきたのは作詞という、普段は耳に触れることのない言葉に、反応が少し遅れた。
「作詞って…バンドのか」
「そう。あまり浮かばない」
「国語、得意じゃなかったのか?」
「それとこれとは別、っていう感じ」
バツの悪そうな顔をして言う。
前まではあれほど自信を持っていたというのに。
「別のものなのか」
「良い言葉は思い浮かぶけど、想像力が必要らしい」
俺は作詞なんしたことないし、する気もないからわからないが、よっぽど難しいのだろう。
「何かアドバイスとかないの?」
「そう言われてもな」
「悩み、聞いてくれるんじゃないの、彼氏さん」
「……」
そう言われると何も言い返せない。ここは素直に何かアドバイスをするのが吉だろう。
「どういう歌詞を書きたいんだ?」
「反逆」
「……」
随分と物騒な単語が出てきたものだ。
「正しくは反抗」
「どちらにせよ物々しいな」
とても女子中学生が描く歌詞のテーマとは思えない。思春期という点で言えば合っているが。
「何で反抗なんだ」
「ひまり…私のバンドメンバーの娘からの提案。わんおく…なんとかっていうバンドかららしいけど」
「ああ、ワンオクか」
知ってるの、という顔をされるが、むしろお前は知らないのか、と言ってやりたい。
「英語ばっかりでわからなかったけど…初期の頃の歌詞は日本語で、それこそ反抗的な歌詞だったから、アリかと思って」
「なるほど」
彼らの初期の頃の歌詞は美竹の望む反抗的…つまりは厨二的な歌詞だ。
「何かいい案があれば、言ってもらえると」
「俺なんかじゃ役に立たないと思うけどな」
「大槻は私より想像力が富んでるから」
遠まわしに馬鹿にされている気がしたが、気にしないことにした。
「じゃ、まずは学生であることを強調してみたらどうだ?」
「学生?」
疑問の声をあげる。
「お前は学生なんだし、その特権を活かすべきなんじゃないか」
「そういうものなの」
「お前の言う富んだ想像力をフルで使った結果だよ」
確かに、作詞というのは難しい。
どれだけ語彙力や知識が優れていても、想像力などが欠けていては論外となってしまう。
「学生…制服、とか?」
「へえ」
「…何か言ってよ」
「いや、歌詞作るのはお前なんだし。俺が口出しするのはどうかと思うぞ」
「それもそっか」
美竹は妥協したらしい。
そこから学生…とブツブツ呟き始めた。
どうやら俺の存在は頭の中に無いらしく、彼女はずっと考えてる。
俺はそんな姿を見てから、腕を組んで横になり、睡魔に意識を預けた。
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どれぐらい時間が経ったか。
携帯電話を手に取り、時間を見る。
6時間目が終わる頃だ。
そろそろ教室に戻らなければ。そう思い立ち上がると、扉の横の壁に背中を預けて、静かに眠りについている美竹の姿が。
「……寝てどうするんだよ」
お前、歌詞はどうしたんだよ。と、文句を言いたくなったが、彼女の安らかな寝顔を見ていると、どうでもよくなってきた。
「…ん」
「起きたか」
そう思ったが、彼女の目はまだはっきりとしていない様子だった。
「……大槻…」
「なんだよ」
まだ寝ぼけているのだろう、口調もややゆっくりだった。
「…はな……れないで…」
「は?」
「……私を…1人に、しないで…」
それはきっと、彼女の本心だったのだろう。
かつて幼馴染と離れ離れになり、心の距離が開いてしまっていた。その時、美竹は恐怖していたのだろう。
本当に1人になってしまうという危機感に。
孤独であるという絶望に。
何かを言うべきなのか。
けれど、俺は何も言えずに、ただ唇を噛むだけだった。
どうすることもできない。
俺はまだ、ガキだから。
歯痒いが、それが現実なのだ。
と、彼女の寝顔を眺めていると目を覚ました。
「…何見てんの」
「別に」
彼女から怪訝な眼差しを向けられるが、別にやましいことはしていないので堂々とする。
「行くぞ。時間だ」
と、携帯電話を見せる。
ホントだ、と呟き、彼女ら扉を開けて階段を降りた。
「どうだ、何か思いついたか?」
前を行く彼女に聞く。
「…それなりに」
「それはよかった」
表情は見えないが、どこか自信に満ちたような様子だった。
「世界観とか、テーマとか。そういうのは決まった。後は…みんなと考える」
「ああ、そうだな」
彼女の後ろ姿を見て、俺は穏やかにそう言った。
「完成を期待しとくよ」
「うん、期待しといて」
彼女は微笑んだ気がした。
2人は強く願う。
しかし、時というのは残酷なもの。
無慈悲に進み、その光景を、ただ感じることしかできない。