4月 –––再会––– 1
多くの人の話し声が、空気を交う。
時刻は12:40分。
遮れるものが何もない太陽は、ここぞとばかりに明るく照り輝いている。
人混みであふれている駅を出て、バス停に向かう。その間、携帯電話が鳴る。
「もしもし?」
『京介か。大丈夫か?』
「心配せずとも大丈夫」
明日から大学一年生となる俺に、未だに心配の声をかける父。
『…本当に、すまなかったな』
「気にしてない。もうバスが来るし、切る」
『ああ…何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。今の私にはお前に援助を送る義務があるからな』
「わかったわかった。何か困ったことがあったら、な」
そう言って通話を切った。
幼少期に俺を、家族を振り回したという罪悪感からか、俺が一人暮らしをすると言った時は呆気なく認め、さらには援助を勧めてくる始末だ。
やや鬱陶しいとも思うが、あれが父なりの贖罪なのだろう。
停車したバスに乗り、ガタガタと揺れること数十分。
俺の新しい家は、六畳のアパートだ。父はもっといい物件を紹介してくれたが、いち大学生の身には手に余るので丁重に遠慮しておいた。
大学からはそこまで離れておらず、電車一本乗り継ぎなしで辿り着ける距離だ。
そしてもう1つ。
あれ以来、俺は美竹とは会っていない。お互いにメルアドを交換していないというのもあるのだが。
俺と美竹を繋ぎ止めるものは、あの未完成だった曲のCDだけだ。
高校で出来た友人に、曲をウォークマンに入れてもらって以来、毎日というわけではないが、よく聞いている。
彼女は、今ここにいるのだろうか。
それはわからない。もしかしたら、あの時の俺のように家の都合で引っ越しているかもしれない。
しかし、彼女がここにいてもいなくても、俺はこの街から離れる気はさらさら無いのだ。
俺はこの街が好きになった。無論、美竹のこともだが。
バスを降りる。ここからは歩きだ。
5年ぶりとなるこの街。しかし不思議なことに、街並みや道は覚えていた。
途中、小腹が空いたため、北沢精肉店に立ち寄ってコロッケ1つを購入。公園のベンチに座り、1人黙々と食べる。
「……」
中学2年生の時以来、この街には一度も足を運んでいない。それどころか、あの後も転校を繰り返し、遠くなっていったほどだ。
何度か諦めかけたものの、その度に彼女との約束、そしてCDを聞いて、虎視眈眈と時を待った。
そして大学生になり、それと同時に一人暮らしを始めることにした。
「…行ってみるか」
ただ一言、ポツリと呟いて腰を上げた。
その足取りはゆっくりと、懐かしい街を眺めるように歩いた。
覚えのある道、ここで曲がって、そういえばここから行けば近道になるのか。今使ったら不法進入で逮捕ものだが。
思い出しながら、新しい発見に驚きながらも神社に辿り着いた。
辺りは依然として、というより相変わらずというべきか、人気は無かった。
「変わらないんだな、ここは」
5年前と変わらずに長い階段を見上げて、俺は一段、足をかけた。一段、一段、また一段。
前までは面倒臭い長い階段と思っていたが、久しぶりに登ると気分が変わったらしく、無意識に走り出していた。
そうして頂上に着いた。
「相変わらず、良い運動になるな」
大学生になったら毎朝ここを走ってみよう。良い運動になるかもしれない。
景色を見ようと伸びをして、柵の方へと目を向けると。
そこに、彼女はいた。
「……」
美竹蘭。
綺麗だった黒いショートヘアに、彼女の瞳の色と同じ緋色のメッシュを入れていた。
顔立ちも大人びており、簡潔に言うと艶が出た。しかし、そんな顔立ちと対照的にも、服装は革ジャンにジーパンというパンクな姿だ、
身長の方も少し伸びたのか、5年前には似合っていなかったギターケースも様になっている。
「……大槻…」
驚いたように、しかし静かに俺の名を呼ぶ。
予想もしていなかった出会いに、俺は頭が真っ白な状態で、なんて言えばいいのかわからない。
連絡をし忘れた?久しぶりだな?
だめだ、こういう時に限って良い言葉が思い浮かばない。
しかし、そんな懐かしの再会に戸惑ってる俺を一刀両断するように、彼女は優しく俺に言った。
「おかえり」
「ーーー」
昔のぶっきらぼうでクールな彼女からは考えられない、優しさに満ちた笑顔だった。
そんな優しく暖かい抱擁に応えるように、俺は答えた。
「ただいま」
俺はこの街に再び来たのではない。帰って来たのだ。ここは俺の、故郷と呼べる場所なのだ。
それは、いま目の前にいる彼女が、美竹蘭が証明してくれている。
俺は美竹が好きだ。
彼女の方はどう思っているのか、それはもうわかりきっている事だった。
彼女は、懐かしむように、そして歓迎するような優しくて暖かい笑顔を浮かべて、俺を見ていた。