彼女との1年   作:チバ

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ハロウィンイベまだかな。


10月 –––ライブ–––

 左手でFコードを抑えてピックを持った右手で音を鳴らす。アンプには繋いでいないため、音は少しだけ軽い。

 

「なあ蘭。新曲の件なんだけどさ」

 

 ドラムスティックを器用にクルクル回していた巴が聞く。

 

「完成はまだだよ」

「いや、それはいいんだけど」

 

 先ほどまでドラムを叩いていたため、長い髪をポニーテールに束ねて、運動用のスリーブレスにハーフパンツという少々露出度の高い姿である。

 

「今の所完成している曲の名前、全部言ってみ」

「Scarlet Sky、True Color、That Is How I Roll…」

「…なあ、気がつかないか。どれもこれもテーマが同じなんだ」

「…む」

 

 言われてみれば確かに。

 私たちAfterglowは巷では王道ガールズロックバンドと呼ばれている。王道、と言われるように、基本的にギターロックでエモーショナルな歌詞が私たちの売りとなっている。

 

「そろそろ、新しい方向性の曲を1つぐらい作ってもいい頃だと私は思うんだ」

「例えば?」

「例えば……なんというか、エンターテイメント性に溢れるというか、あのパスパレっぽいというか…なんというか…」

 

 訴えている巴自身も、どんな曲を作りたいかどうかという具体的なビジョンは見えていないらしい。

 とは言っても、確かに巴の訴えもわからなくもない。

 

 簡単に言えばマンネリ化だ。これはバンド…いや、アーティスト全体に深く関わり続ける課題だ。

 強い意志を持って活動していれば、たとえそんな声が上がろうとも御構い無しに活動するのだろうが。

 

 そういうことを危惧しているからこそ、巴の訴えも出来る限りは取り入れたい。とはいえ、そう簡単にそんな曲を作れるわけでもなく。

 

「……」

 

 壁に掛けられたカレンダーを見る。

 本日は9月30日。9月の終わりだ。

 

 おもむろにコードを抑えて、音を奏でる。

 弾いている曲は、Green Dayの″Wake Me Up When September Ends″。9月の終わりになると、どうしても聞きたくなる曲だ。

 

「…10月って、何か行事あったっけ」

「行事?あー…」

 

 携帯電話を取り出し、それについて何かを調べる。

 

「ちょうど1ヶ月後に、ハロウィンがあるな」

 

 とりあえず新曲のテーマは決まった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 10月にもなれば、9月までいやらしく続いていた残暑も影を潜め、翌月から本格的に吹くだろう冷たい風が控えめに街を駆け巡る。

 

 流石に10月にハーフパンツとかは履いたりせず、今日はジーンズにシャツ、その上に上着を一枚着る程度の軽装だ。

 

「なあ…そのギターって重くないのか?」

 

 俺の少し前を歩く蘭が背負っている、細い身体には見合わない大きいギターケースを見て不躾な質問をする。

 

「ん…別に。慣れ」

「慣れか」

「うん」

 

 人間、何事も慣れなのだろうか。

 慣れというのは恐ろしいとも言われているし、きっとそうなのだろう。

 

「というか」

 

 少し前に躍り出て蘭の前髪をかきあげて顔を覗き込む。

 そこにははっきりとわかる黒い隈があった。

 

「寝てるのか」

「……2時間ぐらい」

 

 馬鹿なのか、と言いたくなった。

 

「何でそんな寝てないんだ。バイトとかしてたか、お前」

「曲作り。捗ってるから休まないでぶっ続け」

「馬鹿なのか」

 

 今度は言ってやった。思考回路がぶっ壊れてる。寝なさすぎて頭がおかしくなったか、もしくはそれほど全力でやっているということなのか。

 どちらにせよ体にはあまり良くないだろう。

 

「1曲作るのにどれぐらいかかるんだ」

「コンディションによる。私は独学で始めたから、完成までに結構かかる」

「なるほど」

 

 コンディションによる、ということは今はそれなりにコンディションは良いのだろう。身を削った状態ではあるが。

 

「まあ、明日とかには完成すると思う。…来週にライブもあるし、寝なきゃ」

「ライブ…か」

 

 口に出して反復する。

 そういえば、俺はまだ蘭たちのライブを見たことがない。それどころか、Afterglowの曲はScarlet Skyぐらいしか知らない。

 

「なあ、その来週のライブ、俺も行けるか?」

「ライブハウスだし。当日でも大丈夫だけど…何で突然?」

「いや、お前らのライブ見たことないなって思ってよ。いい機会だし、見させてもらおうと」

「ふーん」

 

 何事もない。いや、寧ろ睡魔と戦っているからであろうか、俺のその言葉に無関心そうに反応する。きっとこれは数日後には俺がライブに行くということを忘れてるだろう。

 

 蘭の眠そうな横顔を見て、俺は蘭と別れた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 夕焼けのオレンジ色の光が講義室の机に刺さる。

 プリントをまとめてクリアファイルに閉じ、それを鞄の中にいれる。

 

 さて、蘭を呼ばなくては。

 そう思って携帯電話を弄って欄に連絡をする。が、いくら待てどもコール音がなるだけ。今度はメールを打って送ってみるが、そちらも既読はつかない。

 

「……」

 

 怪訝な目で携帯の画面を見る。

 普段はすぐに連絡を返す蘭が何も反応なし……何かに巻き込まれたか。

 この時間なら殆どの学生は帰路につくか、サークル活動をするかだ。蘭は前者なので、後者の可能性は捨てよう。

 

 頭の中で蘭が普段受けている講義室までの道のりを確認し、ショルダーバッグを肩にかけて少し小走り気味にその場を後にした。

 

 

 5分ほどかけて辿り着いた。そうして扉を開けると、夕焼けの光が目を刺した。少し目を細めながらも、何とかして見る。

 すると、そこには机に肘を乗せ、静かに寝息を立てている蘭の姿が。

 背景の色合いもあってか、絵画の如く絵になる。

 

 しばらく眺めていたが、我に返って蘭の元に向かった。

 

「おい、起きろ」

 

 彼女にしては珍しく、少しだけ涎を垂らしていた。起こしてからしまった、写真を撮って弱みにすればよかった、と少し後悔した。

 

「…ん……」

 

 目を開けるが、まだ眠気が取りきれていないのだろう。気怠そうな半目で辺りを見回す。

 

「……あれ、京介…」

 

 まずは俺の顔を10秒ほど見て力なく呟く。

 

「…あれ、なんで夕方…?」

 

 次は外の空の色を見て、少し驚愕気味に呟く。

 

「…………え」

 

 ようやく現実に目覚めたのだろう。表情を固まらせて声を漏らす。

少し固まっているのをチャンスだと思った俺は、光の速さで携帯電話を取り出し、撮影モードにしてシャッター音を響かせた。

 

「………は?」

「おー、よく撮れてる」

「…ちょっと……」

「起きたか」

 

 何事もなかったかのように言う。

 しかし、蘭は肩を震わせて俺の額にデコピンを食らわせた。

 

「痛っ」

「何してんの」

「いや…衝動的に」

「馬鹿じゃないの」

 

 午前中に俺が蘭に向けて言ったことをそのまま返された。

 蔑みのこもった冷たい目で睨まれるも、やがて猫のように欠伸をして伸びをする。目尻に涙が溢れる。

 

「まさか、ずっと寝てたのか?」

「講義は起きてた。けどそれ以外は全部寝てた」

 

 身体を少し動かすたびに骨のなる音が聞こえる。

 ポケットから携帯電話を取り出すと、驚いた表情を見せた。

 

「連絡…すごい来てるんだけど」

「幾ら電話しても出ないし、メールを送っても既読つかないから、こうして直々に来たんだ」

 

 それ以外にも何かメールとかが来ていたのだろう。処理めんどくさい…と愚痴を吐きながら携帯をしまった。

 

「帰ろっか」

「ああ、帰りたいね」

 

 蘭の言葉に同意を示し、俺は歩こうと蘭に背を向ける。が、直後に鈍い音が聞こえた。

 何事か、とすぐに振り返ると、そこには机に手をつけて片膝をついている蘭が。

 

「おい、どうした」

「…ずっと同じ体勢だったから……足、痺れた」

「………」

 

 少し赤い顔をうつむかせて呟く彼女の姿を見て、俺は溜息を吐いた。

 

「馬鹿なのか」

 

 本日2度目となる呆れの言葉をを彼女に向けて言い放った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そうしてオレンジ色に染まる空の下、俺は蘭とギターケース、あと自分のショルダーバッグを背負って帰路についていた。

 

「……ごめん」

「もういい、気にするな」

 

 本日何度目かわからない彼女からの謝罪を適当に流す。

いかに男とはいえ、成人に近い女性1人にギターケースを背負って歩くのはさすがに応える。

 

「あの公園で降ろすぞ。痺れも治るだろうし」

「うん…ありがと」

「……」

 

 彼女からの謝礼を無言で聞き入れながら、俺は足だけを動かした。

 

 さすがに10月は日が沈むのも早くなる。

 気がつけば、辺りはうっすらと仄暗くなっていた。

 公園に入ると同時に控えめに点いた電灯の下に、道しるべのように設置されているベンチに蘭をゆっくりと降ろし座らせる。俺もその隣に座る。

 

「あー…地味に疲れた」

「今度からは気をつける」

「そうしてくれ」

 

 弱音に似た愚痴をこぼす。

 

「…なあ、来週のライブ…どんな感じになるんだ」

「来週のはいつもと違う。イベントみたいな感じ」

「イベント?」

「そうイベント」

 

 鸚鵡返しで聞く俺に済まし顔で答える。

 

「来週は10月29日。あと少しで何が始まると思う?」

「10月の下旬…」

 

 頭の中のネットワークに接続して、「10月 イベント」と検索する。そうして出てきた結果は、ああなるほどと頷ける内容だった。

 

「ハロウィンか」

「正解」

 

 無表情で拍手をされるが、正直反応に困る。

 

「内容については…まあ、その時のお楽しみっていうことで」

「そうか、なら楽しみにしとくよ」

「そうしといて」

 

 それだけ言って蘭は立ち上がった。

 空を見上げて、1つ深呼吸をする。

 

「ありがとう、今日は」

「あまり無理はするなよ」

「出来る限りそうする」

「出来る限りじゃねえ、するな」

 

 そのうち過労死するぞ、などと言い合った後に俺と蘭は別れた。

 それからも俺は暫くそのベンチから動かず、10月の少し冷えた風にあたりながら目を閉じた。

 初めて見る蘭たちのライブに、少し心が踊っているのがわかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 アインシュタインの相対性理論というのは偉大なもので、時間があっという間に過ぎたように感じた。

 10月29日。ライブハウスのイベント当日だ。

 

 蘭を筆頭とするAfterglowの面々は先にライブハウスに行った。

 俺は蘭から教えてもらったライブハウスの場所をマップで検索し、画面に映し出された道順に沿って歩みを進めていた。

 

 そうしてようやく着いた。

 そこには大きく″CiRCLE″と書かれた看板があった。

 ライブハウスとは言うが、意外と普遍的だった。

 

 そこには若い男女––−––どちらかというと女性が多いように感じる−–−–−がいた。

 

 何をしていいかわからなかったので、とりあえずということでカウンターにいる女性店員に話をかけてみた。

 どんなことを聞かれるかわからなかったので少しビビっていると、そこら辺の店と何ら変わらない普通の接客をされた。

 何か券を渡された。どうやら、ドリンクバーみたいなものらしい。

 

 特に何か飲みたかった、というわけでもなかったので今日のところは保留にした。

 

 そのまま暫く待っていると、やがて一際大きい扉が開かれ、入場可の意が伝えられた。

 

 店員に促されて進むと、そこには大きいとまではいかないが、広いステージがあった。ステージ上にはマイクスタンドが立てられており、赤青黄色…というカラフルなスポットライトが当てられている。

 

 いつ始まるのか、そう言いたそうに周りの人間たちは騒ついている。

 初めてで少々怖いので、俺は後ろの方に下がった。

 その時だった。

 

 照明が一切に消え、暫くして1つのギターの音が鳴り響いた。その後を追うようにドラムが激しく叩かれ、ベースの低音が場を調律しようと控えめに音を出す。

 

『Poppin' Partyです!』

 

 マイクにより反響する声と共にスポットライトが一点に集中する。スポットライトに照らされたのは、特徴的な、猫耳を思わせる髪型をした少女だった。

 Poppin' Party。

 そう名乗った少女達は、サウンドをステージいっぱいに響かせた。

 

 その音が体に響き、ようやく理解する。

 

 そうか、始まったのか。

 

 沸く歓声に少し遅れて、俺はステージをずっと見続けた。

 

 

 それからPoppin' Partyが終わり、続いてがハロー、ハッピーワールド!というバンドだった。こちらはロックバンドと言うより、コミックバンド感が強かったが。

 

 ちなみにボーカルの金髪の少女は、純白のドレスを着ていた。他にもギターの中性的な女性は、おそらく怪盗か何かを模しているのだろう。スーツを着ていた。ドラムの人はよく見えなかったが、不思議の国のアリスを意識したような服だった気がする。ベースの小柄な少女は、明らかに私服に血を模した赤い液体を塗っていただけだったが、そこは突っ込まないでおこう。後ろにいたクマは…存在がハロウィンとでも思っておこう。

 

 続いてステージに現れたのは、そのハロー、ハッピーワールド!とは対照的な、ダークでクールな雰囲気を出すRoseliaというバンドだ。ポップで進んでいたサウンドから、一気にヘヴィーで本来のハロウィンらしいサウンドがその場を支配した。

 全体的にRoseliaのメンバーの仮装は、先ほどのバンドに比べて派手なものではなかった。サウンドなどの雰囲気がダークなため、必要ないのかもしれないが。

 

 さらに続いて登場したのは、なんとあのPastel*Paletteだった。ボーカルに最近人気急上昇中のアイドル″丸山彩″に、ベースに元子役の女優″白鷺千聖″が所属しているバンドだ。

 こんなイベントに出るのか、と少し驚いた。

 

 そうしてついに現れたのが、Afterglowだ。

 蘭の姿を探すが、マイクスタンドが立っている場所にいたのは、身体中に包帯を巻いた蘭だった。

 

「え…」

 

 あいつ、こんな格好するのかよ。

 そんな感想を抱いたのも束の間、演奏は始まった。

 1曲めはTrue Color。蘭から歌詞は教えられているが、正直この姿で歌われてもどう反応していいかわからない。

 

 続いてはScarlet Sky。

 Afterglowの始まりの曲でもある。

 心に訴えかけるエモーショナルな歌詞と、王道的なギターロックは一気に会場を沸かせた。

 

 そして3曲目。

 

『えーっと…新曲です。Hey-day狂騒曲(カプリチオ)

 

 短く、ややぶっきらぼうな蘭のMCともに新曲が披露された。

 それはこれまでの2曲とは大きく異なる、エンターテイメント性に富んだ、ポップよりなサウンドだった。転調が激しく、これまでの彼女たちのサウンドとは大きくかけ離れていた。

 予想外の曲に、やや押され気味だった会場は、しかしやがて歓声をあげていき、新曲の歓迎の声をあげた。

 

 そうして大盛り上がりのうちに、Afterglowのステージは終わった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 自動販売機でミネラルウォーターを買う。

 ライブハウスのステージ裏で待っていると、扉が開かれた。そこからTシャツのハーフパンツという軽装な身をした蘭が出てきた。

 

「お疲れ様」

 

 そう言ってミネラルウォーターを投げる。

 見事にキャッチした蘭は鮮やかに蓋を開けて水を一口飲む。

 

「すごい衣装だったな」

「ひまり考案の新衣装。私は反対したけど、モカと巴の一声で多数決で終了」

「なるほど」

 

 蘭らしくない派手な衣装だったので、ビックリした。

 流れる汗を拭って言う。

 

「どうだった、初ライブ」

「ああ…まあ」

 

 ライブの映像を思い返す。 その場で体験し、音を聞き、彼女たちの姿を見た。

 初めての体験で、最初は少し怖かったが。

 

「楽しかったよ」

「そう…それは良かった」

 

 蘭は微笑んで俺の方を叩く。

 

「Afterglowの打ち上げ、行く?」

「……」

 

 一瞬行くべきか悩んだ。

 しかし、俺の前で振り返った蘭の目は来い、と言っているように見えた。

 

「ああ、行かせてもらう」

 

 俺は蘭の背を追って、静かにそう答えた。




ライブシーンを書くのは楽しい。
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