少し重い鐘の音がテレビから放たれ響く。アナウンサーが淡々とした声で、しかし瞳は新年への期待からか、やや輝いた目で時間を告げる。
「はい、年越しそば」
「ん、サンキュ」
先ほどまで台所で簡易的な年越しそばを作っていた蘭がテーブルに置く。
鼠色の麺に、醤油がベースとなるスープ、盛り付けにネギなどが乗った、ごく一般的な年越しそばだ。
「もう年の瀬…」
「割と早かったな」
お互いに月日の進行の速さに驚きの言葉を口にしながら、小さくいただきます、と言って箸を進める。
俺も蘭も、あまり食事中に余計なことは喋らない主義だ。時間は進み、今年という年もあと僅かになる。
テレビではコメンテーターなどが今年の出来事などを振り返っている。まあ、大体はどうでもいいことだが。
先に食べ終えた蘭がごちそうさま、とちいさく言って食器を流しに置いていく。
「お前は宇田川たちと一緒じゃなくていいのか?」
「別に。いてもよかったけど、巴はあこと一緒に、ひまりは遊びに行ってるし。無理して一緒に年越す必要もないでしょ」
それもそうか。
幼馴染とはいえ、1人の人間同士。そう簡単に予定などが合うはずもないか。
「親父さんは?」
「今回は父さんは実家に帰ってる。暫く挨拶も出来てないって言って」
「だから俺の所へと?」
「いいでしょ、別に」
こちら側に問題は特にないため構わないと言えば構わないが。
「私は1人で年を越すのは流石に気がひける。それをあんたの立場でも考えてみて」
「……なるほど、お心遣い痛み入るよ」
彼女からの素直ではない厚意を頂いたところで、お互いに落ち着く。
「しかし、大晦日。早かったな、今年は」
「それほど充実してたってことじゃないの」
「そうだな」
確かに、今年は濃い1年だった。蘭との再会とか色々あったが、それも1年の出来事なのか。
暫くテレビに見ていると、都内の某寺の映像が映される。派手な色の着物を着た若い女性や、俺たちとあまり年が変わらないであろう、同世代のカップル達も映る。
「うわっ」
すると、蘭が突然声を漏らす。
不思議に思った俺は彼女の引き気味の視線が突き刺さっているところを見てみる。すると、熱いキスを交わしているカップルが小さく映り込んでいた。アナウンサーはそれに気づいていないのだろうか、淡々とした声で話している。
「いつから日本はニューヨークになったんだか」
「文明開化って恐ろしい」
お互いに全国放送されてしまったその行為に同情にも似た皮肉を言う。
「……」
蘭の横顔を見ると、少し頬を赤らめた状態でテレビを見ていた。なんだかんだで見入っている。
「……き」
「ん?」
「京介は…したいの、ああいうこと」
「ああいうこと…」
顎でテレビを見ろと伝えられる。なるほど、あのキスのやつか。
「最近は年越しと同時にああいうのするって流行ってるらしいけど…」
「別に…お前はどうなんだ?」
「私も別に…柄じゃないし」
「なら俺もだ。柄でもないことを無理してやる必要もないだろ」
「そっか」
結論は出た。俺たちにああいう行為は似合わない。
「上原あたりはやりそうだけどな」
「ひまりならやるね」
上原は流行りものに敏感なため、流行ってること全て試していくタイプだ。いつかそれで損をしなければいいが。
「コーヒー飲む?」
「いやいい。年越したらすぐ寝るし」
「じゃあホットミルクでいいか」
「それでいいや」
蘭は再び台所まで行き、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
俺はその後もテレビを見続けた。
少し経ち、蘭が2つのマグカップを持って俺の隣に座る。
「はい」
「おう」
マグカップの取っ手を掴む。仄かな暖かさが手を伝った。
「あったかい」
蘭も俺と同じことを思ったらしい。
そんな蘭を見て、舌が火傷しないように啜る。
「甘いな」
「砂糖少し多く入れると美味しいってつぐが教えてくれた」
「さすが珈琲店の娘だ」
控えめな甘さが口の中いっぱいに広がる。こういった冬の日に暖かい甘いものというのはとても落ち着く。
「紅白とか見ないの?」
「寧ろ、お前は見たいのか?」
「好きなアーティスト出ないし、今年は見る必要もないかな」
繰り広げられるのは、他愛もない会話。世間話であり、ごくありふれた普通な内容。
「新年の目標とか決まってる?」
「いや全然。ぼーっと生きる、でいいか」
「絶対よくない気がするけど」
最初の出会いの頃から、ずっと変わっていないこの調子。それは多分、来年からも、そしてこれからもずっと変わることはない。
「そういえば来年で20歳だけど、お酒とか飲むの?」
「さあ?成人式の時に飲まされるだろうがな」
「私も同じかな。昔舐めたやつは、あまり美味しくなかった」
「所詮は嗜好品だからな」
来年への希望と、まあ無病息災を心の中で祈りながら。
「あ、あと少しだ」
彼女の言葉と共に、テレビの中でカウントダウンコールが、そして1秒1秒動く時計の秒針も重くなった気がした。
10、9、8。
「良いお年を」
こちらに振り向かずに蘭は言う。
7、6、5。
「こちらこそ、良いお年を」
俺も振り向かずに言う。
その年最後となる会話は、とても素っ気なく手短に、そして静かに終わった。
4、3、2。
しかし、床に置かれていた俺の手を、蘭はそっと握った。気づいた俺は何も言わず、優しく握り返す。
1。
空気が変わる。
0。
そして24:00となる。
年が明けた。テレビでは歓喜の声に包まれてるが、俺たちはそんな声もあげずに少しの感慨に浸っていた。
窓の施錠はしているが、近くにある寺の重い鐘の音が微かに聞こえた。
「あけましておめでとう」
「ああ。あけましておめでとう」
新年の挨拶は、しっかり顔を見あって言った。
その様子もまた、ごくありふれた普段の挨拶の様な気がした。
今回は初心に戻るというのをコンセプトに作りました。話も短いし、文もかなり素っ気なく感じますが、最初の頃は殆どこんな感じでした。