新年の祝い方は国によってそれぞれ異なる。花火を打ち上げたり、踊ったり。日本の場合は、夏祭りなどとあまり大差ない祝い方だ。
「人すごいな」
混み合っている人混みを見て、俺は素直に思ったことを口にした。
「本当だ。今までで1番多いかも」
隣にいた蘭が、静かに俺の声に答える。
「今まで、というと前はそんなでもなかったのか?」
「いや、昔も多かったけど、ここまでではなかったかな」
蘭は黒のロングスカートに、上体は白いジャンパー、ニット帽を被った如何にも冬な着こなしをしている。
「何かやるか?」
「別に。やりたいの?」
「気分じゃないな」
この場で金を使うとしたら、それはクジを引いたり、甘酒やら何やらを飲食したりする程度だろうか。
「とりあえず、詣に行く」
「そうだな」
蘭の一声で、俺たちは歩き出す。
祝い事というのは、老若男女問わずに数多くの人物が笑い、語り合う貴重な場だと思う。
幼い子供はコマを回したり、出来たての餅を頬張って屈託のない笑顔を浮かべる。
若い男女は、紙コップに注がれた酒を飲んだり、空いている片手で何かを食べたり。
老人たちは、そんな子供や若い男女を、微笑みながらゆっくりと静かに語り合う。
とてもバランスのとれた、綺麗な人間関係の図式だと思う。
「すごい並んでる」
「ああ。もう少し防寒するべきだったかな」
文字どおり、長蛇の列だ。目の前にはそんな光景があった。
「どうする、やめるか?」
「詣しないと年越した感じしないし。寒いけど、並ぶ」
「そうか」
短く言葉を交わし、最後列に並んだ。吐く息はみんな白く、静かに空に溶けていく。
時折、両手を口の前に添えて息を吐く。悴んだ手が、少しだけ感覚を取り戻す。
「初詣、何にするんだ?」
「言ったら効果薄くなりそうだから、言わない」
なるほど、と頷く。
確かに言ったら効果薄くなりそうだ。根拠といえる根拠は一切無いが。
「どんぐらいかかるんだろ」
「30分か」
「長い」
防寒装備であるとはいえ、30分も立ちっぱなしというのはさすが体が応える。
「詣が終わったらどうするんだ?」
「屋台でも適当に回りながら帰ろ。遅くなったら巴から怒られるし」
「あー」
そういえば、と思い出す。
この詣が終わったら、上原が今バイトをしているという居酒屋で飲み会をするんだった。
「そうだな、缶コーヒーでも飲むか」
「そこは甘酒じゃないの、情事的に」
「缶コーヒーの方が温まる」
「大差ないと思うけど」
暖かさについては…まあ蘭の言う通り大した差は無いかもしれない。しかし味の方は缶コーヒーの方が個人的に好きだ。
「まあいいや。私は甘酒飲むから、あんたは何か缶コーヒーでも飲めば」
「そうさせてもらおうかな」
並びながら、適当な世間話を。
これから公開する映画で気になっているもの、それから発展して好きな映画やドラマ。そこで何故か挙げた作品に共通して出演していた俳優の話になったり。
そんなことを話しながらも、気がつけば俺たちの番となっていた。
「えーっと、どうやるんだっけか」
「まずは姿勢を正すの」
蘭から横目で言われる。
家柄、やはりこういうのには詳しいのだろう。
「それでお賽銭箱にお金を入れる」
「5円は…無いな」
「別に5円じゃなくてもいいって言うし、なんなら500円玉でも入れれば?」
「それで効果上がるか?」
「そこは神様の気分と、日頃の行いじゃないの?」
日頃の行いについては自信があるが、神様の気分はほぼ賭けではないか。俺たちは神様の気分で生きているのか?
「で、鈴を鳴らす」
「ああ」
「その後に二拝二拍手一拝をするの」
蘭が簡易的にその動きをする。
さすがは美竹の家の者というべきか、その姿はとても様になっていた。
「わかった?」
「大体」
頭の中でさっきの蘭の動きを繰り返し再生する。多少は間違えるかもしれないが、500円も入れるんだ、神様も大目に見てくれるだろう。
「はい、私たちの番」
「まずは姿勢を正して…」
それから蘭が教えてくれた動き通りに礼をする。
横目で蘭を見ると、彼女の動きには無駄がない。慣れているというのもあるのだろうか、それにしてもだ。対して俺はというと、動きにぎこちなさが残る。素人目で見ても慣れていないというのがわかる。
とまあ見てくれは怪しかったが、済ますことは済ました。
鳥居を出た俺たちは、出たすぐそこで開かれていた屋台を見た。
「盛り上がってるな」
「新年だし、そりゃあ」
とりあえず目に見える所にあった自動販売機でブラックの缶コーヒーのホットを1つ買う。
振りながら、紙コップ1杯に注がれた甘酒を少しずつ飲んでいる蘭の元へ行く。
「本当に缶コーヒー…」
「買うって言っただろ」
プルタブを開けると、ブラック特有の苦味のある香りが漂う。その香りを少し堪能し、1口口にする。
混じりっけのない濃い苦味が口の中いっぱいに広がり、それと同時に体が温まる。
「あー、やっぱりブラックはホットだ」
「微糖はアイスなの?」
「微糖はどっちでもいいが、ブラックはホットがいいな」
そんなことを話しながらお互いに手にしたものを飲む。
「…酔わないんだな、お前」
「え?ああ、甘酒のこと?」
予想外な質問だったのか、一瞬だけ素の声を出す。
「漫画とかじゃよく酔う場面あるから」
「別に、甘酒ってアルコール成分ほとんど無いって言うし。寧ろこれぐらいで酔う方がおかしいんじゃない?」
「まあ、そうだろうけどな」
容赦のないリアリストな返しに何も言えず、俺は紙コップの中身を見る。
コーヒーの色とは対照的な白。
そのことに、なんだか少しの興味が湧いた。
「1口もらうぞ」
「あっ」
それだけ言って俺は蘭が持つ紙コップを少しこちら側に寄せ、俺は蘭の背と同じぐらいになるように膝を屈めて、1口だけ口にする。
「おお、美味い」
「私の甘酒…」
あまり残ってないし、などと愚痴を吐く。
ジト目で俺のことを睨む蘭に、仕方がないとため息を吐く。
「等価交換だ。お前の甘酒を1口もらったから、俺の缶コーヒーを1口やる」
「勝手に飲んだのそっちなのに何で上から目線なの」
ごもっともな指摘だ。
「…まあ、ムシャクシャは収まらないし」
ひとつだけため息を吐いた蘭は俺の手から缶コーヒーを分捕り、1口、それも勢いよく飲む。
「なっ、おいっ」
「…ぅ……」
飲み終えたと同時に苦虫を噛み潰したような表情になる。
「苦…」
「そりゃあブラックだし」
手渡された缶コーヒーを軽く振ってみるが、見事に何も音は聞こえない。全て飲みやがった。
「…私もつぐと同じで、ブラックはダメみたい」
「あーあ、全部飲んじまってよ…」
「あんたは1口とだけ言った。量については何も制限してなかったからいいでしょ?」
「…そう言われるとなぁ」
見事に蘭の勝ちだった。まあ、元は勝手に飲んだ俺に非があるのだが。俗に言う因果応報ってやつか。
「そこまで言うのなら、私の残りの甘酒飲んでいいから」
「残飯処理だろ、これ」
紙コップに残った量からして、残飯処理と言っても差し支えないが。まあ、このまま捨てるのも勿体無いし、飲むか。
そうして俺が甘酒を飲んでいると、蘭の携帯電話に着信が入る。
「はい?」
蘭が相変わらずの愛想のない声で答える。その様子からして、上原か青葉か。
「ああうん。わかったから、今行く。…うん、はいじゃあまた後で」
それだけ短く言い終えた蘭は、容赦なく着信を切った。
「ひまり達が早く来いって」
「内容はなんとなくわかってはいたよ」
あいつらのことだ。待ちきれないとか言って先に始めているだろう。
「なんだかあいつらが先に始めているんじゃないかって考えたら、少し腹が立ってきたな」
「奇遇だね、私も」
こちらを見ないが、蘭から賛同の声をもらう。
「よし、コンビニでわさびでも買って帰るか」
「たこ焼きか、シュークリームにでも入れて泣かそう。主にひまりかモカ」
「ロシアンルーレットか。パーティーには必要不可欠だな」
などと恐ろしいことを話し合いながら、俺たちは神社を後にした。
アフロと大槻くんの新年パーティーは男子高校みたいなノリになりそう。主に巴とかモカとか。