彼女との1年   作:チバ

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バレンタインなんてあってないようなものだろう?


2月 –––バレンタイン––−

 2月13日。

 私を含めたAfterglowのメンバー5人は、何故かわからないが私の家にあがっていた。

 

「さ、チョコ作るよー」

「ちょっと待って」

 

 当たり前の顔で当たり前のように号令を始めたひまりをとめる。

 

「え、何?」

「何じゃなくて……なんで私の家なの?」

「えっ、何でって……」

 

 ひまりが私以外の3人のメンバーと目を見合わせる。

 

「家、広いし」

「だからって……」

 

 幸いにも偶々今日は父さんが家を空けているから良かったけど。

 

「っていうかさ」

 

 私はテーブルの上にどっさりと置かれたビニール袋を指差す。中には大量の市販の板チョコ。

 

「多すぎ。どんだけ作るの」

「えーっ、どんだけってそりゃあ…」

 

 ひまりが照れた顔をしながら言う。クネクネした仕草のせいもあってか、かなり腹が立つ。

 

「同じ学科の山口先輩!あの人に渡そうかと思ってるのー!」

 

 声を高く恥ずかしい、と乙女のような様子で言う。ひまり、あんた後少しで20歳なんだよ。痛々しいから見せないでそんな姿。

 

「あー、山口先輩?あの人確か彼女出来たらしいぞ?」

「あっ、それなら私も聞いたことある!」

「はっ、えっ?嘘嘘嘘だよね?」

 

 巴とつぐからの情報提供を頑なに信じようとしないひまり。そんなひまりにトドメを刺すようにモカが携帯電話の画面をひまりに見せつける。

 

「これ、私の先輩。で、その横にいるのが山口先輩〜」

「なっ、はっ、はぁぁぁ!?」

 

 崩れ落ちる。文字通り膝からだ。まるで漫画のような反応に、少しだけ笑みがこぼれそうになるが今笑ったら友達としてダメな気がするのでなんとか堪える。

 

「嘘…現実は残酷だ……」

「まあ、またいい男が現れるって。なっ?」

「そ、そうだよひまりちゃん!ひまりちゃんは可愛いから、きっといい人が……」

「ひーちゃん何連敗〜?」

「モカ」

 

 トドメを刺した当人はまだ死体蹴りを続けているので止める。

 とまあ1人が撃沈したとして。

 

「それでもこの数は多すぎない?」

「それぞれ誰に渡すか言うか」

 

 巴の提案にみんな乗った。

 

「私はお前らだろ。それとあこと父さんと母さん、あとは沙綾に、あこがいつも世話になってるRoseliaメンバーかな」

 

 巴は流石の交友関係の広さというべきか、渡す人はかなり多いようだ。

 

「じゃあ次は撃沈ひーちゃん〜」

「酷いよぉモカぁ……えっと、私は1つ減って、Afterglowでしょ、あと薫先輩とリサ先輩に彩先輩、それと友達のみんなかな」

「義理ばかり」

「モーカ」

 

 往生際の悪い。ガムテープで口を塞ごうか。

 

「モカは?」

「私は当然みんなでしょ〜。あと沙綾にリサさんでしょ〜、それから〜……自分用〜」

「行事の意味を調べてこようか」

 

 材料が残った際の処理はモカに決まった。

 

「つぐは?」

「私はお父さんとお母さんに、麻弥先輩にイヴちゃんかな。他はアルバイトの人にも渡して……あと、は…えっとぉ……」

 

 と、最後の方だけ顔を紅潮させ、歯切れを悪く言う。

 不審に思っただろう、私を含む4人はつぐに顔を寄せる。

 

「どうした?」

「あ、あの……」

「その反応……つぐ、もしかして…」

「え?」

 

 ひまりの言葉で、モカと巴は理解をしたらしいが、私はまったくわからない。何のことただろうか。

 

「マジなのか、つぐ」

「う、うん……ウチのお店の常連さんに、少し…その、気になる人がいて、ね……?」

「えっ……そういうこと?」

 

 そこでようやく、遅れて私は状況を把握した。

 なるほど、確かにこれは由々しき事態だ。

 

「お話も合って、雰囲気も古風って感じがして……ちょっとだけ、その、良い人だな〜って……」

 

 そう気になる人について語るつぐの瞳は、恋する乙女そのものだ。それもひまりのような下心満載ではない、そう、例えるなら美しく儚いなでしこの花のような。

 

「ちょっと、なんか変なこと考えてない、蘭?」

「別に何も」

 

 ひまりから鋭い視線を向けられる。

 なんだか考え方が京介に似てきてしまったのかもしれない。少し気をつけよう。

 

 でも、そっか。

 

「つぐも、もうそういう人を見つけるようになっちゃったか……」

 

 私たちの中で常に1歩引いた所で、常にみんなを支えて、笑顔でいて、優しかったつぐみが。

 普通の女の子だなんて言われていたつぐみが。

 恋をする、1人の女性になっていたんだ。

 

 知らず知らずのうちに、私はつぐの栗色の髪をポン、と優しく叩いて撫でる。

 

「えっ、ど、どうしたの蘭ちゃん…?」

 

 突然のことに、つぐは少し戸惑い気味に聞く。

 

「ううん、なんでもない」

 

 どうやら、私は酷い勘違いをしていたらしい。

 成長をしていたのは私だけじゃないんだ。

 先に道を進んでいたのは、私だけじゃないんだ。

 

 つぐも、いずれはモカや巴、ひまりは……昔からああだから放っておいて。

 この4人も、いつか大切な人を見つけて愛し愛されるんだろうな。

 そう考えると、なんだか少し感慨深くなる。

 

「さっ、チョコ作るよ」

「おいおい、蘭は誰に作るんだよ?」

「それは……」

 

 その質問は愚問だよ、巴。

 私は背後にいる巴に振り向いて、微笑みを浮かべて言う。

 

「あの京介(バカ)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ぃっ…し…っ…」

 

 くしゃみが出そうになるが、なんとか音を収める。

 

「風邪か?」

 

 隣で死んだ目で棒立ちとなっているバイト先の先輩に問われる。自分でも分からなかったため、首を傾げる。

 

「いや…体調は万全なんですけどね…」

「案外誰かが噂してたりしてな」

「そんな古典的な」

 

 嗤いながら言う先輩を尻目に、近くにあった塵紙を取って鼻をかむ。

 

「というかよ、明日バレンタインじゃん」

「そうですね」

「ですねって…反応薄いな。お前男かよ」

 

 相槌を打っただけで辛辣なことを言われる。

 

「お前って彼女いるんだっけ?」

「ええ、一応」

「くっそ、後輩に越されるとはな…写真とかあるかのか?」

 

 これで見せないという対応をとったらまた面倒くさくなりそうだったので、ポケットに入れてマナーモードになっている携帯電話を手に取り、写真フォルダの中から蘭の写真をタップし、大画面にして先輩に見せる。

 

「うわ、美人」

「そりゃどうも」

 

 大袈裟なリアクションを取られるが、適当に相槌を打つのみ。

 

「この娘からチョコとかもらったりするのか?」

「む……」

 

 先輩からの何気ない一言に、俺は言葉を詰まらせて少し考えた。

 そういえば、何も聞いていない。

 

「…いや、何も聞いてないですね」

「マジかよ。お前ら付き合ってるの、本当に」

「よく言われます」

 

 恥ずかしい話なのだが、これが俺たちの関係の内容なのだ。必要最低限のこと以外、特に干渉し合わないという。

 

「でも、まあ…流石に何かくれるだろう?」

「どうだか。味が山葵だったりっていうロシアンルーレット系になりそうですが」

「…なあ、お前ら本当に付き合ってるのか?」

 

 その言葉に俺は、苦笑交じりに肯定の意を持つ頷きをした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 チョコ作りに着手してから何時間経過したか。

 進むには進んでいた。事実、つぐはそろそろ終わる頃だ。

 ちなみに私は何を使っているかというと、コンビニなどで売っているプチシューだ。中に具を入れるだけなので、比較的簡単だからだ。

 

 しかし、ここにきて新たな問題が発生した。

 

「チョコ、足らない…」

 

 ひまりが愕然とした表情で呟く。

 

「嘘、あんだけあったのに」

「残りが出そうなぐらいだったのに…」

 

 このメンバーで作る量が多いトップツーは巴とつぐ。しかし、その2人が作ったとしても、流石に幾らかは残るはずだ。

 

「モカー、モカは足りてるー?」

 

 そう黙々と作っているモカに呼びかける。しかし、反応はない。

 

「モカ?」

 

 モカがここまで集中するなんて珍しいこともあったものだ。明日は槍が降るか。

 そう思いながらモカの手元を除くと、そこにあったのはチョコを触ったことにより少し汚れた素手が。そしてそこからモカの顔を覗く。

 

 その顔は、主に口元がチョコの色で汚れていた。子供のようなその口元とは裏腹に、口元以外は何も汚れていない。

 キョトン、とした表情で私を見返す。

 

「んー?なーにー蘭ー?」

「……って、何食べてんの」

 

 あんまりにも平然とした態度に、なんとも言えなくなりそうになった。なるほど、犯人は大食らいのモカだったか。確かに、モカは食べることに関しては集中する。

 

「ひまり、犯人見つけた」

「あー!モカー!」

 

 ひまりが可愛らしい怒り顔でモカに声をあげるが、当のモカは何食わぬ顔で口を動かす。反省の色は全くない。

 

「…で、どうするんだ?モカはいいとして、ひまりは足りてないんだろ?」

「うんー…どうしよっか…」

 

 先ほどまでの怒り顔から打って変わって、次は困り顔のひまり。相変わらず表情豊かだ。

 

「新しく買いに行くか。私はもう終わるから、そのあと買いに行くよ」

「うん、ありがと巴〜」

「さっすがともちーん」

 

 反省の色なく口を動かすモカに、メンバーからの呆れの視線が集まるが、本人は何も気にしていない様子だ。

 

 私には何かできないか、そう思って自分の手元を見る。

 すると、1つの案が思い浮かんだ。

 

「ひまり、私のやつあげるよ」

「えっ、蘭いいの?」

 

 突然の私からの提案に驚き半分、嬉しさ半分といった様子のひまり。

 

「うん、いいアイデアが思い浮かんだ」

 

 多分、今の私はすごく悪い顔をしていたと思う。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 2月14日。

 世間ではバレンタインデーと呼ばれる日であり、朝から目に入る至る所で浮ついた雰囲気が漂っている。

 

 俺は彼女はいるのだが、その事に関しては何にも聞かされていない。

 まあ別にもらえなくても俺はそこまで大きいショックは受けないと思うが。あまりそういうのにも興味はないし、蘭自身もそうだろう。

 

 朝は蘭とは会わず、俺は1人でその日を過ごした。

 購買で買ったサンドイッチを食べ、残った時間で昼寝をし、午後の講義を受ける。

 まあ、言うなればいつも通りの流れだ。

 

 今日は諦めた方がいいか。そう思った瞬間だった。 

 

 草臥れた状態で廊下を歩いていると、後ろから肩を軽く叩かれる。

誰だと思い、振り向くと、そこには蘭がいた。

 

「お前か」

「そう私」

 

 相変わらずのぶっきらぼうさ。今日1日聞いていなかったその愛想のない声が、なんだか心地よく感じた。

 

「どうしたの、疲れてる?」

「ああ、疲れてる」

 

 今日はいつもより頭を使った気がする。

 

「…ねえ、今日は何の日か知ってる?」

「バレンタインだろ。何かくれるのか?」

「…図々しい。あげる気なくした」

 

 図々しくなったのはお前が全く何も言わないからだと思うけど。

 

「まあいいや。疲れたなら甘いものがいいって言うし。これ」

 

 そう鞄から取り出されたのは、黒に白の水玉の包みを掛けられたシンプルな箱だった。

 

「おー、本格的」

「開けてみれば?」

 

 そう促されたので、その通りに包みを剥がし、箱を開ける。

 中にはプチシュークリームらしきものが、10個あった。

 

「プチシュー?」

「作るの簡単だし。ひと口ならいいでしょ?」

「そうだな。食っていいか?」

「どうぞ」

 

 蘭からの許可ももらったので、とりあえず1つ手に取って口に運ぶ。

味はチョコだろうか、クリームだろうか。考えを巡らせようとしたその刹那。

 

「ぐっ……!?」

 

 まず感じたのは電撃のように舌に走る衝撃。次いで訪れる鼻腔を通ずる謎の爽快感。

 辛い。

 辛味だ。このプチシューの味は甘いわけでも、ましてや苦味があるわけでもない。辛いのだ。

 

「なんっ……っだこれ…!?」

「うわ、1発で当てた」

 

 蘭からは謎の拍手を送られる。

 思考が追いつかない。

 

「山葵か…?」

「正解。事情があって、仕方なく山葵いれたの」

 

 なんというサイコパス。まるで芸能人が食らう罰ゲームだ。まさかこんなことを体験する日が来ようとは。

 

「美味しい?」

「ああ、疲れが吹っ飛んだよ」

 

 それはもう強烈に。

 

「まあ、事情については聞かないよ。どうせ青葉が材料を食って足らなくなったから、数を揃えるためにやったんだろ?」

「そ、正解」

 

 しかも当たった。あまり嬉しくない達成感を感じる。

 

「まあ、そういうことだから。今日はこれだけ」

「なんか予定あるのか?」

「つぐのチョコ渡し手伝うの」

 

 そう言って手を振りながら去って行く。

 まるで嵐のようなバレンタインチョコの手渡しだった。

 

 家に帰り、風呂に入ってゆっくりしようとテレビをつける。机に蘭からもらったシュークリームが入っている箱を置く。

 

 酷い目にあった。まだ舌が痛い。

 頬杖をついてため息を吐く。すると、視線がプチシューが置かれてるくぼみに目が入る。先ほどまでは気づかなかったが、1文字ひらがなが書かれていた。

 

 『も』

 

 …も?

 思わず首をかしげる。そのくぼみの右隣にあるプチシューを1つ手に取り食べる。そこには『ら』と1文字書かれていた。

 

 …もしかして。

 蘭が思いつきそうな事を考え、俺は一気にプチシューを口に運ぶ。それにより1つずつ文字が生まれる。

 

 そして最後。最後の1つを残して、出来上がった文字を、否、言葉を眺める。

 

 『こ れ か ら も

  よ ろ し く 』

 

 残りの1つはきっと『。』だろう。

 

(あいつ)らしい…」

 

 呟いて笑う。

 全くもって素直じゃない奴だ。可愛らしい。

 

「ああ、俺からもよろしく」

 

 呟いて、残りの1つを口に運ぶ。

 その味は、マスタードだった。




こんなバレンタインを送りたい人生だったよ。
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