サンタクロースが死んだ朝。
冷えた空気に白い吐息を吐きかける。ふわりと独特な舞い方をした後、呆気なく色を無くす。
「さむ…」
コンビニで購入したホットカフェオレを口に含む。程よく品のある暖かな苦味が口に広がり、冬だけに味わえる特権を噛みしめる。
おそらく寝坊しているのであろう、親友たちを待つ間、私はここ最近のことを思い返した。
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先々週ぐらい前の、廊下での邂逅。
1枚の紙を持ち、廊下の窓を覗いて黄昏ていた湊さんとの会話。
「何してるんですか?」
「考え事よ」
開け放した窓から吹く冷たく乾燥した風。彼女のロングヘアーを靡かせるが、その姿は宛ら冬の星の姫さまだ。
「その紙は?」
「進路相談。渡されたの」
「ああ、なるほど」
私は静かに、既に予定されていた行動のように湊さんの隣に居座る。
冬の風を浴びているうちに、なんだか湊さんと話したくなったのだ。
「進学ですか、就職ですか?」
「一応、前者」
「進学ですか。意外です」
「そうかしら?」
靡く髪を押さえる。
「はい。湊さんのことだから、てっきりそのままレコード会社に売り込みに行くかと」
「私はそんなに無謀な人間ではないわ」
窓を閉め、そこに写る自分の顔を優しく手を添える。
「去年の私だったらそうしていただろうけど、今の私は内面を見る人間になった。私があの世界で生きるには、まだ力不足で弱いわ」
「力不足?」
湊さんほどの歌唱力とソングライティングをもってしても?
彼女の実力を認める1人のライバルとして、そして敬愛するイチ後輩として、少しムッとなった。
「ええ。専門校になるけれど、音楽に関する学校に通うつもり」
「そこで実力を磨くと」
「そうよ」
「ますます意外です」
「……」
不服そうな顔を向ける。
私は特に何も反応せずに、話を続ける。
「リサさんはどうするんですか」
「まだ何も聞いてないわ」
「そもそも、今後のRoseliaってどうするんですか?」
「わからないわ。でも、Roseliaのメンバーにはそれぞれの未来があるわ。足踏み揃わなければ、解散ね」
「解散…」
あまり聞きたくない、忌々しい言葉。
呟き、固唾を飲み込む。
「バンドでなくても、私は歌えるわ。それに、音楽の世界は荒波よ。個人的な目的で、リサ達を巻き込みたくないわ」
「…ですね」
彼女の言い分はもっともだ。
言ってしまえば、Roseliaというバンドは、活動初期は湊友希那と氷川紗夜の2人によるプロジェクトという名目に近かった。
バンドとしての体を成せてきたのも、かなり最近になってからだ。
「…でも、1つ言っていいですか?」
「何かしら」
「湊さん、リサさん無しで大丈夫なんですか?」
「それは問題ないわ。今までもリサがいなくても……」
電源が切れたように押し黙り、口元に手を当てて考える素振りをする。そして十数秒。
「……マズイわね、今までの困難全てにリサの姿があったわ」
「ほらやっぱり」
これは彼女たちの活動を側から見ている私個人の感想ではあるが、多分だが湊さんたちはリサさんがいないと本当に何もできない。
「…それでもよ。私は前に進みたい。隣にリサがいなくても」
「湊さんがそう言うのなら、私は何も言わないです」
そう、彼女は成功する人間だ。荒波に飲み込まれ、深い海底に沈んでも、絶対に這い上がって、頂点を取る人間だ。
湊さんの将来に幸あれ。と、心の中で祈りを捧げる。
「美竹さんはどうするのかしら?」
「私…ですか?」
「ええ。高校生の1年なんて早いものよ。今から目星をつけていても、早すぎることはないわ」
先輩からの助言に従い、少し自分の未来のビジョンを想像してみる。
しかし、幾ら頭をめぐらせても、自分の将来のビジョンは砂嵐。何かが見えるわけでも、聞こえるわけでもなかった。
「…わかりません。まだ自分の将来の姿を想像出来ないというか」
「そう」
横からでは見えなかったが、湊さんは私のことを一瞥したかのように思えた。
「Afterglowは続けるの?」
「それもわかりません。ある意味、そちら以上に纏まってないグループなので」
Afterglowの音楽に対する向き合い方は、Roseliaとはまた違う。
私たちにとっての音楽は、言わば離れないための紐。縁。繋がりだ。
それに対し、Roseliaの音楽は信念と本能。
彼女たちの音楽と私たちの音楽は、こうも違う。
「まだ進学か就職かも聞いてないし、お互いの将来の夢とかも決まってないと思いますし」
10年来の親友たちであるというのに、お互いの将来のビジョンを共有してないなんて、中々に可笑しい話だ。
「どこの大学に行くのか、そもそも大学に行くのか、それすらわかってないです。だから、Afterglowの活動の行方も、まったくわかってません」
私より少しだけ背の低い湊さんは、進路希望調査書を綺麗に折り畳んでいた。
「すいません。こんな中途半端な答えで」
「いえ、1年前の私たちもあなたたちと同じ状態だったわ。寧ろ、全員同級生のあなたたちの方がいいかもしれないわね。私たちにはあこがいるし」
「あー…」
そういえばそうだ。いま高校1年生であるあこは、言ってしまえば他のRoseliaメンバーとは足並みがうまく揃ってない状態だ。
「大変ね、お互い」
「ですね」
お互いにまだまだ苦労することが多い。まったく、人生というのは苦難の連続だ。
「けど、そうね」
折り畳んだ進路希望調査書をブレザーのポケットにしまう。
「卒業まで3ヶ月を切って、今こうして後輩のあなたと話していると、つくづく実感するわ。当たり前がいつまでも続くわけじゃないってことに」
「それは…ですね」
湊さんらしからぬセンチメンタルな言葉に少し驚きつつも、私は心の底から同意をする。
当たり前が、いつまでも続くわけではない。
私はそれを、既に4年前に経験している。
愛しい人との唐突な別離。
己の無力さを噛み締め、悲しみを胸の中に沈め、そして待っている。
「もしリサが私の元を離れたら。私はその時どんな顔で送り出すのかがわからなくなりそうだわ」
湊さんには似合わない、ひどく不安の色に染まった声音だ。
「リサだけじゃない。紗夜や燐子、あこもよ。送り出す以前に、引き止めてしまうかもしれないわ」
今この状況には場違いとも言えるチャイムが呑気に鳴り響く。遠くから駆け足のステップの音が聞こえる。
「どうしたらいいのか…」
「湊さん」
と、私は彼女の言葉を遮るように名を呼ぶ。
「湊さんに、そんな声は似合いませんよ」
「え…」
唐突な臭い台詞に、湊さんは目を見開く。
そんな反応をするのも無理はない。先ほどのチャイムと同じくらい場違いで呑気な言葉だからだ。
それでも、私は続けた。
「これは、まあ経験則なんですけど。送られる側の人間って、不思議と最後は笑顔で去るんですよ」
彼は最後に笑った。
こちらの気持ちを察しているのかわからないが、清々しく笑った。
「私も怖いです。モカはマイペースですぐにどっか行っちゃいそうだし、ひまりは悪い男に騙されて人生コース外れそうだし、巴も結構行動派だし、つぐは…わからないけど、いつかは私たちの元を離れると思う」
一瞬だけ経験した幼馴染との離れ離れ。
大した距離でもなかったのに、私は自暴自棄になった。
本格的な別離になったら、もしかしたら私は気が狂って犯罪でも起こしてしまうかもしれない。
「けど、たぶんみんな笑ってどこかに行くんだと思う。相手が笑って行くのなら、私も笑って送ろうって…」
冷静になってきて気づく。
なにを先輩に偉そうなことを言っているのか。
「あー…何が言いたいんだろ、私」
最終的にまとまらなくなった自分の言葉に頭を掻く。
「すみません、なんか偉そうなこと言っちゃって…」
「いえ、いいわ。なるほど、笑顔で去るから笑顔で送れ、ね…」
ふふっ、と小鳥のさえずりのような、可愛らしい笑みをこぼす。
「そうね。リサなら、特にそうするかもしれないわね」
「ですね。リサさんならきっとそうします」
この学校の姉さん女房である今井リサ先輩のことを思い、少しだけ会話に弾みが生まれた。
「…というか」
と、湊さんは何かに気がつく。
キョロキョロと探るように廊下を見渡す。
「誰もいないわね」
「あ、そういえばさっき、休み時間の終わりのチャイム鳴ってたな…」
「あら…」
すでに過ぎ去った事実を確認し、2人して顔を見合わして、思わず吹き出す。
「こんなに話し込んでしまうなんて、美竹さんは喋り上手なのかしら」
「それは湊さんの方じゃないですか?私、MC下手って言われてますし」
けどまあ、多分だけれど、こんなにも時間を忘れることができたのは、大切な人のことを思った話だったからなのだと思う。
「早く教室に向かわなきゃいけないわね」
「それじゃあ」と後ろを向いて小走りに駆けようとする湊さんの手を、そっと掴んだ。
「美竹さん…?」
しまった。
無意識のうちの行動だ。しかし気がついたのが遅かった。湊さんは既に私に不思議という1つの感情が詰まった眼差しを向けていた。
「まだ何か用が?」
けれど、そこから起こすべき行動は、引き潮の海から岩が顔を現すほどに、わかりやすく必然的に心の中で浮かび上がった。
「少し、私と付き合ってくれませんか?」
「付き合う…?」
「はい。まあ、世間話です。音楽のことも聞きたいし」
湊さんな姿勢を正し、さらに問う。
「いいけれど…何処に?」
なんだろう。
誰かと話したい気持ちになって、こうして人を誘うのは久しぶりだ。
「屋上で、お茶でも飲みながら」
懐かしさと愛おしさを噛み締めて、私は歌姫にお茶会を誘った。
訝しげな目でもするかと思えば、意外にも小柄な歌姫は微笑んでうなずいた。
「いいわね」
冬の廊下は思っていたほどに寒くて乾燥していて、だけれど、まるで2人きりの世界のように、静寂に包まれていた。
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「おーい、蘭」
「ん…」
額を突かれた感覚に違和感を抱き、目を開ける。
するとそこには赤い髪をした幼馴染、宇田川巴が。
「あ、巴」
「何寝てるんだよ。冬眠か?」
「まさか。熊じゃあるまいし」
というか寝てたのか。
いくら暇だったとはいえ、流石に無防備ではないのか、私のセコム。
「気をつけろよ。モカたちはもうすぐ来るってよ」
「あ、そう」
口を手を当てて欠伸をする。
冬の中、それも外で寝ていたためか、体は少し冷えていた。当たり前か。
目の前でストレッチをして体を温める幼馴染を見て、ふと思い浮かんだことを聞いた。
「巴はさ、私がいなくなる時は笑顔で送ってくれる?」
「…なんだ、急に」
訝しげな目を指す。
突然そんなことを聞かれたら誰だって気持ち悪がるだろう。
「そうだな…わからないな、その時にならないと」
「だよね」
「けど、いつかは離れ離れになるんだよな。想像できないけど」
10年以上も一緒にいれば、離れ離れになることを想像できないのも無理はないだろう。
「ひまりとつぐは泣きそうだし、モカはいつも通りのノリだと思うし。ってなるなら、アタシぐらい笑って蘭を送るか」
「なにそれ消去法?」
「結果論で言えば笑って送ってるだろ?」
「まあそうだけどさ」
理由に納得がいかなかったが、しかし彼女は私を笑って送ってくれるようだ。
「蘭がそういう言うなら、おまえも送ってくれよ?その綺麗な笑顔でさ」
彼女の妹に似た、人懐っこく、この冬の寒さを一刀両断するようなサバサバした笑顔で私に言う。
「うん、その時は笑って送る。ギターでも持って、歌を歌うよ」
「そいつは楽しみだな」
ははっ、と笑っ直後に徐盛らしからぬ派手なくしゃみをする。
そのおかしな姿に思わず吹き出す。
「さみー…集合場所変えるか?」
「そうしよ。風邪ひいちゃう」
「ならアイツらにメールするか」
そうして待ち合わせ場所を最寄の大手チェーンカフェ店に変えて、私たちは歩き出す。
巴とか、みんなが私を笑顔で送ってくれるなら、私は歌いながら送ろう。湊さんや、他のみんなへも。
ああ、でも。
その前に、笑顔で迎える練習もしなくちゃいけないな。
今はどうしているかわからない彼の横顔を思い浮かべて、私は静かに微笑んだ。
唐突ですが次回で最終話です(何度目とか言わないで)
そこで予め予告しておきます。最終話は鬱話です。それを予告するためだけに今回の話を書きました。