彼女との1年   作:チバ

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渋谷マルイのイベチケ当たらなかったよ…


10月

 日曜日。

 暇な俺は適当に散歩をしていた。この街に来てからまだ1年と少しだが、未だに地形を把握しきれていない。

 

 とりあえず散策をしてみる。

 途中、山吹ベーカリーというパン屋でカレーパンを購入し、昼ごはん代わりとして食べた。

 

 すると、横には約二ヶ月ぶりに見かける長い階段。

 

「……長」

 

 神社の御神体へと続く、とんでもなく長い階段だった。あの時は暗くてはっきりと見えなかったが、まるで天に届くかのような高さだ。

 

「……」

 

 俺は黙って一段目に足をかけていた。

 

 なんだか興味が湧いて来たのだ。どれぐらい高いのか、そこからみる景色はどうなのか。人間がゴミのように見えるのか。

 

 そう思って登ってみたのが間違いだったらしい。

 20段か30段か。詳しくはわからないが、ゴールが見えない。見上げる先には同じ光景。

 

「…この階段、長いから、不快…」

 

 最近某動画サイトで話題の動画のモノマネをしてみる。気晴らしになるかと思ったら、あまりの似てなさに寧ろ腹が立ってきた。

 

 その後も黙って進む。

 10月という冬も見えてきた季節なのにも関わらず汗が出てきた。

 

 心の中で愚痴を唱えながらもなんとかたどり着いた。

 時間にして数分か数十分か。たどり着いたという達成感からか、そんなことはどうでもよく感じていた。

 

 風が髪を揺らした。

 振り向くと、そこには絶景があった、

 ギッシリと密集された住宅街。多くはないが、少し目に入る程度の高いマンション。

 灰色の景色に、少しだけ混じる緑が心地よい。

 

「すごいな…」

 

 この街は、俺が思っている以上に綺麗だった。

 

 先ほどまで嫌味を言いつけていたあの階段も、この景色を見るまでの試練と思えば何ともなかった。

 

 暫く景色に見入っていると、階段から人が登ってくる音が聞こえてきた。

 

「…大槻」

 

 邪魔にならないように端へ向かおうとすると、不意に呼び止められた。その声には聞き覚えがあった。

 

「美竹かよ…」

「なんか、最近よく会うね、私たち」

 

 彼女の言葉に頷いて同意をする。

 最近よく会う。別にラインとか交換してないのに、何故こんなにもよく会うのか。

 

「何でここに?」

 

 美竹が聞く。

 特にやましい理由とかもないので、正直に答える。

 

「気まぐれ。まだ地形を把握しきれてないし、適当に散歩をしてた」

()()()()()()()()()()()?…どういうこと、それ?」

 

 一度だけ反復し、俺の言葉の意を聞く。

 

「言ってなかったか?俺はこの街に来てから一年と少ししか経ってない」

「1年と、少し…?」

 

 困惑気味に美竹が呟く。

 

「親父が転勤を繰り返していてな。俺はその巻き添えを喰らって特定の場所に長い間住んだことはないんだ」

 

 父親の職業はエリートサラリーマン。しかしNOとは言えない性格からか、転勤の指令を二つ返事で受けてしまっているのだ。

 それについて、母親は特に何も言わず、そして俺は何も言えず。

 

「今まで住む場所には何も思っていなかったけど…ここはいいな。この景色、綺麗だ」

 

 一目見た光景の感想を正直に言った。

 ここは綺麗だ。俺が今まで住んで来た街の中でも、一番。

 

「そうなんだ…」

 

 何かを考えるように美竹は唇に指を当てた。

 すると、何かを思いついかのように声をあげた。

 

「なら、案内するよ」

「案内?」

「この街。これでも生まれも育ちもここだし」

「いいよ、別に」

 

 口では断るが、内心では少し考えていた。

 この神社以外にも、良いところがあるのでは。そう考えると、美竹の提案も悪く無いと思い始めてきた。

 

「というか、俺を案内してどうするんだよ。いつまた別の場所に引っ越すかもわからない奴に、その時の街を教えたところで…」

 

 言ってて結構な屁理屈だと思った。

 

「それは…まあ、そうだけど…」

 

 俺からの指摘に美竹は言葉が詰まる。

 

「……引っ越す…そ、そう、引っ越す。この街の魅力を知らずに引っ越されるのは、ずっと住んでるこちらとしても不本意だから…」

「そ、そうか」

 

 必死に理由を取り繕う美竹の姿は新鮮だった。そして筋が通っているとも思った。

 

「…そう言われたら…」

 

 こうも美竹の必死な姿を見ると、引こうにも引けなくなる。

 

「…ま、今日は暇だしな。いいよ、案内してくれ」

「…そ、そう……」

 

 最後にボソリと「良かった」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。何が良かったのかはわからないが。

 

「じゃあ、私の後ろついてきて」

「ああ」

 

 黙って彼女の背中を追った。

 その背中は、まるで行きたいところに行けて喜んでいる子供のようだった。 

 

 

 その後、俺と美竹は二人で街を回った。隅から隅まで、余すことなく行った。

 

 歩き回ったことにより、小腹がすいた俺たちは、途中で山吹ベーカリーに寄った。

俺は本日二度目であり、店員の同世代の少女から「彼女さんですかー?」などと言われて美竹が必死に否定していた。

 

 今はそのパンと、ついでに他の店で買ったコロッケを食べようと公園のベンチに二人並んで座っていた。

 

「…このコロッケ、意外といけるな」

「この街の名物。一年半ぐらいいたのに知らなかったの?」

「あまり外出はしないんだ」

 

 普段はあまり外出をしない。基本的に俺は誘われなければ遊ばない。

 

「感想は?」

「いい街だな、うん」

「…それだけ?」

 

 もっと何か寄越せというように顔を覗かせる。

 

「究極に近くなるほど、形容する言葉は陳腐になるもの」

「なに、それ」

「その昔、どっかの誰かさんが残した言葉」

 

 実際はネットで見つけた言葉なのだが。個人的に気に入ったので覚えておいたのだ。

 

「ああ、けれど、本当にいい街だよ」

 

 景色、行き交う人々、雑音、全てが素晴らしかった。

 

「ここに、ずっと暮らしていたいぐらいだ」

 

 そうこぼすと、美竹は拗ねたような口ぶりで言う。

 

「なら、ずっと暮らしてればいいじゃん」

「それが出来たら苦労はしないし、この街にもいない」

 

 俺の言っていることは残酷なことなのかもしれないが、それが真実だった。それをわかっているのかいないのか、俺にはわからないが、美竹は言い返した。

 

「転勤…断れば」

「無茶言うな。親父の首が飛んで俺たちが野垂れ死ぬ」

「…ごめん」

 

 自分の発言の無責任さに気がついたのか、美竹は静かに謝った。

俺自身、別に気にしてはいないので黙っておいた。

 

「そもそも、なんでお前は俺をそんなに引き止めるんだ?」

 

 さっきからずっと気になっていたことだ。さっきからの美竹の発言は、俺の引越しを引き留めようとする意図が見え隠れする。

 

「…私だって、あんたがいなくなったら…まあ、少し悲しいから」

「悲しいからって…別に俺とお前は知り合い、隣の席って関係だろ?」

「そう、なの?」

 

 と、美竹の顔は悲しさで包まれていた。地雷を踏んだ、と心の中で舌打ちをしながら言い訳を述べる。

 

「…まあ、なんだ。確かに、今日みたいによく会うし…」

「……」

「…悪かったよ。ただの知り合いとかって言って。俺とお前は友達だ」

「そっか…」

 

 美竹は安堵のしたように微笑んで息を吐いた。その姿がやけに色っぽく、大人びて見えた。

 

「……」

「…?どうかした?」

「なんでもない」

 

 少しときめきかけた、なんて口が裂けても言えないから素っ気なく返した。なんだか、今日の美竹様子がおかしくないか?

 

「…あの景色」

「ん?」

「あの神社の景色、私、好きなんだ」

 

 美竹の横顔を見ながら思い出す。

 

「…お前が今日、神社に来た理由って」

「あの景色が見たくなったから」

 

 すると美竹は何かを思い出すような、じっと空を見つめながら語り始めた。

 

「昔から、私はあそこの神社に事あるごとに参拝してて。学力祈願とか無病息災とか」

 

 へー、とだけ相槌を打つ。

 

「だから、他の人たちが不気味とか出るとかって言ってるのが理解できなくて」

「実際は出ないのにな」

「そう。けど、大槻はそんなこと関係なしに登ってあの景色を見た。それだけで、私は嬉しかった」

 

 俺の顔を見て言う。その時の彼女の顔は、とても魅力的だった。

 鼓動が脈打つ。少しだけ耳と頬が赤くなるのを感じた。

 

「…そうか、それはよかったな」

 

 彼女に今の自分の姿を知られて弱みを握られたりしたら困るので、立ち上がって去ることにした。

 

「じゃあな、案内してくれてありがとう。また明日」

「あっ…また、明日」

 

 このよくわからない感情を押し殺すのに必死で、俺は振り向かずに歩き続けた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 やっぱりだ。

 私は、どうやら彼のことを好きになってしまったらしい。

 神社の話をした時に、そう確信した。

 

 あの神社で彼の姿を見つけた時、時間が止まればいい、と思った。

 

 体が少し冷えてきた。

 10月とは言え、冬も見えてきた。冷たい風が吹けば体も震える。

 

 自動販売機で並べられたばかりのホットココアを購入する。

 

 手に当てて、その温度を感じる。

 プルタブを開け、少しずつ口に入れる。

 

 仄かな甘さと控えめな苦味が口の中に広がった。

 

「…恋、かぁ……」

 

 そんなの、ひまりがよくする世間話のお題の一つだと思っていた。

 まさかその当事者になるなんて、思いもしなかった。

 

 もう一口飲む。すると今度は、甘さを先に舌に突撃したが、苦味がすぐ後に広がった。

 

 これが、恋の味なのか。

 

 どこかの小説で書いてあったことを心の中でつぶやく。

 らしくない。馬鹿馬鹿しい。

 

 けれど、その味は口からなかなか消えなかった。

 

 その想いは本物だと、私に訴えているかのように思えた。




徐々に変化するその関係。
初めて経験する感情に、2人はただ戸惑うだけ。
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