あなたが手を引いてくれるなら。   作:コンブ伯爵

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※時間が飛ぶ時や視点変更が入る時は“∽”や大きめの空白が入っています。










1章 着任は殺伐とした空気とともに
1話 大本営招集


 

 

 軍帽を深く被った男と栗色の髪の女の子が、景観を重視したのであろう...赤レンガ造りの建物の正門前に立っている。

 

石で彫られた『第七鎮守府』の文字。

 

「ここか」

 

「はっ」

 

「わざわざ送ってくれてありがとう。もう十分だ。」

 

「ありがとうなのです!」

 

「わかりました、それでは。」

 

 運転手と思われる軍人が敬礼。それに男は返礼をして、海軍公用車のバックライトが見えなくなるまで見送った。

 

「────何者だ?」

 

 背後から野太い男の声。

 海軍の制服......おそらく憲兵だろう。が、なんの気配も見せずに背後を取るその立ち回りは、異様なまでに(こな)れていた。

 

「電。」

 

「これを見てほしいのです。」

 

 栗色の髪の女の子改め、電が懐から封筒を取り出し、たどたどしい手つきで憲兵に手渡す。ペンライトを付け、中に入っていた文書を読むや否や......

 

「────ッ?!

 こ、これは失礼致しました、提督殿。どうぞ、お入り下さい。」

 

 最初は怪訝そうな目つきだったが、文書の内容と提督を表す肩章でわかってもらえたようだ。

 

「ん、ご苦労さま」

 

 声が震えないようにさっと憲兵を労い、鎮守府の中に最初の一歩を踏み出す。

 

 

「...提督殿、電殿。」

 

 

 再度、憲兵に呼び止められる。

 

 

 

「────くれぐれも、お気をつけて。」

 

 

 

 その言葉には、まるでこれから戦場に向かう兵士に語りかけるような、妙な重みが感じられた。

 

「......気遣い、感謝する。」

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 遡ることおおよそ半日。

 

『第三軍学校所属 鞍馬殿

 至急、第一鎮守府へ招集されたし。』

 

 私、鞍馬 翔の元に一通の電報が届いた。送り主は第一鎮守府。

 

 

 ────鎮守府とは、突如現れ世界の海路を圧倒的な武力で断ち切った謎の生命体...『深海棲艦』に対抗すべく建てられた施設である。

 

 深海棲艦が現れた当時、日本海軍はイージス艦による砲撃、ミサイルなど核含むあらゆる手段を以て対抗した。

 

 だが、まるで効いていないのか傷一つ入れることが出来ず、また深海棲艦からの砲撃、航空攻撃に翻弄され...撃退作戦はことごとく失敗に終わっていった。

 

 更には海底ケーブルを軒並み破壊されたことにより電力の供給や通信手段が大きく制限され、ライフラインに頼っていた東南アジアなどの発展途上国では暴動が起き...世界は混乱に陥っていた。

 

 深海棲艦による侵攻が始まって数ヶ月、とうとう人類滅亡が見えてきた頃、第一鎮守府に攻めて来た深海棲艦の一団が突如現れた少女達によって撃破される。

 

 どこからともなく現れた彼女たちは人類共通の敵である深海棲艦を撃滅するため、人類と共に戦うことになる。

その正体は主に大戦時に活躍した艦艇の魂が受肉、具現化した存在らしく、また彼女たち曰く深海棲艦は本能的に敵だと認識しているそうだ。

 

 

 

 

 ────現在ではひとくくりに、『艦娘』と呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 話を戻そう。

 

 第一鎮守府...大本営とも呼ばれるそこは、初めて艦娘を駐屯させた鎮守府であり、日本にあるどの鎮守府よりも大きく、また日本海軍最高指揮官である黒条元帥の居城でもあった。

 

 今私たちはそこへ向かうための準備をしている、ということだ。

 

「ようやく私達の努力が実ったのだな。」

 

 箪笥から出した衣服を軽くたたみ直し、鞄に詰め込みながら溜息を吐く。

 軍人候補生だというのに、私は運動に関しては全く才気が感じられず、同期からも散々馬鹿にされていた。

 だがその分頭だけは誰にも負けるものかと勉学に励み、一度も首席の座を譲ることなく卒業を迎えたのだ。

 

「翔さん!やりましたね!」

 

 短い間とはいえ世話になった家具を掃除しながら、私の吉報を自分のことのようにはしゃぐ彼女は、暁型四番艦・電。

 

 ────艦娘である。

 

 

 軍学校は基本、軍入隊希望者の誰しもが通る道だが、艦娘達にも海軍のシステムを理解してもらうため、そして射撃訓練など実戦に出る上で必要な最低限の戦闘技術を身につけてもらうために、最低一年間の修学を義務付けられている。

 

 電と私は『あること』をきっかけに知り合い、その時から家族のように二人一部屋で暮らしてきた。

 

 通常、寮は一人一部屋だが、許可証を提出すれば三人までルームシェアが可能だ。

 

 仲の良い友達や、他県など遠方から入学した苦学生が(つど)ってよく利用しているのだが、男と女......ましてや艦娘と人間が同じ部屋で暮らすなど、前代未聞の事例だった。

 

 ちなみに、二人が事情を説明すると寮長は

 

『面白そうだから』

 

 という理由で許可をくれた。

 

 ......しかしあの時の『ヤったら()る』と言わんばかりの眼光は、今思い出しても背筋がぴんと伸びてしまう。

 

 

 

 閑話休題。

 

 そんな私たちに目をつけ、半年ほど前に提督の道を薦めた者こそ、黒条元帥だった。

 直接謁見した時、緊張のあまり詳しく覚えていないが、電という艦娘との濃密な繋がり、そして私の頭脳ならば提督を任せられると思ったらしい。

 

 卒業後に手続きのための招集令を出すと言っていたが、ここまで早く回してもらえるとは思ってもいなかった。

 

 どういう風の吹き回しだか、軍学校を卒業したばかりの......いわゆる『青二才』の私は、もう少し待たされると覚悟していたのだが。

 

 それほどに私のことを目に掛けてくださっているか、それとも、戦況が拮抗......いや、追い詰められているのだろうか。

 

「どうかしたのです?」

 

 知らずのうちに手を止めて、向けていた目線を察したのか電が小首を傾げる。

 

「......っ、いや、何でもない。

 電は出られるか?」

 

「準備完了なのです!」

 

「......よし、行こうか。」

 

 立ち上がって旅行鞄を電の手を取り、扉を開く。今日でこの寮ともおさらばだ。

 

 友達の居なかった翔に未練など微塵もない...いや、

 

 (────間宮さん、あんたの羊羹の味だけは忘れない。)

 

 寮長兼、学食のお姉さんの微笑みがふと浮かんで、消えていった。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 元帥直々の電報で忘れていたが、今日は卒業式だった。

 

 思い出の集合写真を撮る者、後輩との別れを惜しむ者、校舎やグラウンドを感慨深そうに見つめる者。

 

 笑顔や涙をこぼす同級生たちを、翔は無表情で見つめ、フン、と一瞥し校門へと歩いていく。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

『おい、アイツよく卒業出来たな...』

 

『頭だけは冴えてやがったからな...』

 

『どうしてあんな“欠陥品(がらくた)”なんかと...』

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 校門を出ると、物影から軍兵が一人早足で近づいてきた。

 

「鞍馬殿と電殿でよろしいですな?

大本営よりお迎えにあがりました。お乗り下さい。」

 

 見れば一台、黒塗りの高級車が停まっていた。

 

 

 

 ────貿易を断たれた日本のような国は、エネルギー資源が枯渇していた。

 

 特に原油の価格高騰がひどく、各国ではガソリン車に代わって燃費の良いバイクや電気自動車、場所によっては馬車が使われるようになった。

 

 深海棲艦が現れるまで──私が中学生の頃までは毛細血管がごとく道路が敷かれ、車が走っていたが......今となっては多くのアスファルトが剥がされ、畑となって食料問題の解決に充てられている。

 

 

 

「わざわざ車を用意していただけるとは、ありがとうございます。」

 

「ありがとうなのです!」

 

 初めてのガソリン車に浮き足立つ電を車に乗せ、トランクに荷物を突っ込み、シートベルトを締めてやる。

 間もなく、発車した。

 

 軍学校上がりたての若造に迎えの車をわざわざ出すか?

 

 ...いや、流石は大本営。金の使い所が違うと言ったところか。

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

「到着しました。ここが、第一鎮守府になります。」

 

 運転手の声ではっと気が付く。

 

 腕時計を確認する。一五〇〇。

 

 どうやら三時間以上車に揺られていたようだ。

 

 翔はこれから元帥に会うということに落ち着いていられず、ずっとそわそわしていたが......ふと隣を見れば、電がすぅすぅと寝息を立てている。

 

 なんというか、図太い奴である。

 

 だがその寝顔を見ていると、緊張していた自分が馬鹿らしく思えてきた。

  

「電、着いたぞ。」

 

「ふわぁ......」

 

 うーん、と背筋を伸ばして体を起こす電の手を取って、車から降りる。

 

「長い運転、ありがとうございます。」

 

「お疲れさまなのです。」

 

「礼はいらん、早く元帥の元へ。」

 

 運転手は懐から出した煙草にシュボッと火をつけた。

 

 ......気遣って我慢してくれてたんだな。

 

 

 

 

 

 

 長い廊下を歩いて司令室に向かう私たち二人。艦娘と思われる女の子に怪訝な顔を向けられながら何度もすれ違い、憲兵には幾度となく止められたが、封書を見せて進んでいく。

 

「......ここか。」

 

 無駄に広い敷地を彷徨ってようやく司令室の前に立つことができた。

 

 だがやはり、改めて扉の前に立つと汗が滲んでくる。もし、ここで失言でもしようものなら翔程度の若造は何をされるかわからない。

 

 悪い考えが噴き出して止まらない。

 その黒い霧は翔のいつもの冷静さを包み、霞ませる。

 そして身体中にまとわりつき、膝を震えさせ、手も引き攣る。

 

「翔さん、私が居るのです。」

 

 そんな霧を、一筋の光明が貫いた。

 

「私が、隣に立っているのです。」

 

 真っ暗だった思考が、嘘みたいに晴れていく。

 

「私が、手を繋いでいるのですよ。」

 

 そうだった。私は、独りでは無いのだ。

 

「だから、進むのです。」

 

「...ありがとう、電。」

 

 

 

 

 ────重そうな扉は、案外軽い力で開いた。

 




ここまで読んでくださった読者の皆様、
本当にありがとうございます。
作者のコンブ伯爵です。

初回からほとんどが設定で埋まってしまい、
鎮守府着任も出来ていないという...

次回、翔くんと電たんは黒条元帥との直接対談。

ちなみに、翔は、『かける』と読みます。
『しょう』ではないので、お気を付けて。

週一更新を目標に頑張って執筆に励みたいという所存です。

拙い作品ですが、評価をつけて頂けると嬉しいです。

ご意見、ご感想はできる限り全て返信していきたいと思っています。

長くなりましたが、また次回も読んでいただけることを
心から願っております。
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