あなたが手を引いてくれるなら。   作:コンブ伯爵

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翔「今回は長編だ。」

電「しばらく投稿ペース落ちるから、せめてもの償いなのです。」

翔・電「本編へ、どうぞ!」



15話 海を舞う黒剣

 

 三日後。

 

「翔さん、起きるのです。」

 

「ん、ぁあ。」

 

 布団から体を起こして、食堂へ向かう。

 

『いただきまーす』

 

 挨拶を済ませてからパンやら目玉焼きやらトマトサラダをみんなで食べるが、春雨はあまり箸が進んでいない。

 

「どうした?春雨。」

 

「その...この演習で負けたら、この鎮守府からさよならしないといけないって考えると────」

 

 少し涙目になる春雨。みんなもいつもより、どこかしんみりとしている。

 

 ────だんっ!

 

「翔さんが指揮を執る以上、私たちに負けはありえないのです。」

 

 電が立ち上がる。...その目は闘志に満ちていて、いつものあの弱々しさは微塵も感じられない。

 

「演習で沈むことはないのです。そんな試合で負けを考えるのは...いくらなんでも、ダメだと思うのです。常に勝つイメージを大切にしなければならないのです。」

 

 

 

「────じゃあもしも!」

 

摩耶も立ち上がる。

 

「...負けたらどうするんだ?

 負けてこの鎮守府取られて、クソボロ鎮守府に左遷されたらどうするんだよ!!」

 

「負けてから考えるのです!!」

 

 間髪入れずに電。

 

「はあ!?」

 

「負けたら負けたで、腹を括るのです。

 ...でも、戦う前から負けを覚悟するのは、即ち負けた時の準備...負けに行くのと同じなのです。」

 

「......」

 

 摩耶がつかつかと歩き、電の前に立つ。

 しかし電は臆することなく摩耶と目を合わせる。

 

 電はあの距離でも人の目を見分けるのは難しいはずだが、何かで今二人は通じ合っているのだろう。

 

 一触即発の中、沈黙を破ったのは摩耶だった。

 

「......アタシ、なんでこんなこと忘れてたんだ。

 お前のその言葉で目が覚めたぜ。」

 

 ニカッと笑い電の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。

 

 摩耶の目にはあの勝ち気溢れる光が戻っていた。

 

「流石は誇れる妹ね!」

 

「そうね...勝手に不安がっても士気が落ちるだけ。」

 

 雷や、あの山城も少し前向きになった。

 

「第七鎮守府、勝ちに行くのです!」

 

 

 

『おーー!!』

 

 

 

 ────そのとき、翔は少し下を向いていた。

 艦娘全員が、アイスを初めて食べた春雨のように輝いて...いるように見えたからだ。

 

「提督殿、迎えのバスが...」

 

 食堂に入ってきた憲兵さんは腕を天高く突き上げる艦娘たちを見て何を察したのか、『うんうん、青春だなぁ...』と眩しそうに見つめていた。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 マイクロバスに乗り込み、朝早くから移動すること四時間...第六鎮守府に到着。

 

 艦娘のみんなには海に出てもらい、私は...浦部と対峙していた。

 

「わざわざ来てもらって悪ぃなあ?」

 

 ニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべる浦部。

 鴨が葱を背負って現れやがった、とでも思っているのだろう。

 

「フン、御託はいい。さっさと始めるぞ。」

 

「わかったよわかったよ。正午ぴっったしに砲の安全装置を解除するからな?」

 

「ああ、それでいい。

 また演習終了後に会おう。」

 

 無線機を手に浦部は鎮守府内へ入っていくが、私は防波堤に腰掛けてモニターを開く。

 日が当たって暑いかもしれないが、なんというか室内から見ているだけというのは申し訳ないし、なによりうっすらと、遠くに艦娘たちが見えるのだ。

 

 モニターに接続したスマホで海図を広げ、インカムを耳につける。

 

 今回の演習はお互いの編成を教えないというルールを浦部が取り付けた。

 このルールは浦部は自分に有利と思っているだろうが、翔にとっては大助かりだった。

 

 何故なら、“私が”戦艦や重巡を編成していることを隠せるからだ。

 

 事前に調べておいたが相手の編成は恐らく駆逐二、軽巡一、重巡一、戦艦一、正規空母一のはずだ。

 

 ...腕時計がピピッと電子音を立てる。

 

 

 

 ────試合開始だ。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 きりりと弦を引き、肘を支点に“離れ”。

 弓返りよし、矢行きもほぼブレていない。

 ゆっくり息を吐きながら“残心”をとり、攻撃機に紛れ込ませた偵察機からの情報を待つ。

 

「私もちょっとはいいとこ、見せたいな〜...」

 

「暁の出番ね!見てなさい!」

 

「今回の敵さんは弱いみたいだからね〜、気楽にいこ〜。」

 

「敵艦情報も提督から聞いたっしょ?余裕だってば!」

 

「北上さん鈴谷さん、油断は榛名が許しませんよ?」

 

 ────と、だだだだだだ...と敵艦隊から対空砲撃音が聞こえる。

 

『なん...だと...っ!』

『おれ、このえんしゅうのあとぷろぽウワーッ!』

『ばくはつしさん!』

 

 ...不味い。インカムから飛行機妖精たちの絶望的な悲鳴が聞こえてくる。

 インク弾なので爆発四散はしていないはずだが、偵察機とともに飛ばした第一波攻撃隊はほぼ全滅。

 

 私が着任以来お世話になっている経験豊富な攻撃隊が、壊滅寸前まで撃ち落とされてしまった...

 練度が低い駆逐艦隊を蹴散らせばいいと聞いたのに、重巡や戦艦...それもこの鎮守府で二番目に練度の高い私の攻撃隊を壊滅させるほどの強さである。

 

 ...だが、まだ絶望するには早い。大半が落とされても、重要な情報を握った何機かはどんな時も確実に生き延びるのだ。

 この意地でも仕事をこなしてくれる艦載機たちは、私にとっての自慢であり、誇りである。

 右耳から妖精さんの通信内容を聞き取り、左耳のインカムから伸びるマイクを通して提督に呼びかける。

 

「────敵艦情報。

 駆逐二、軽巡一、重巡一、戦艦一。

 提督、話が違いますよ...?」

 

『あぁ?どちらにせよ練度はこっちの方が上だ。対処しろ。』

 

 チッ、と心の中で舌打ちをする。

 前任と同じ、本当に適当な人間だ。

 親と子は似るというが、まさにこの提督のためにあるような言葉だ。

 そんな考えを一旦断ち切り、次の矢を弦に掛ける。

  

「榛名さん、加賀さん、あれ!」

 

 村雨が砲を構えながら声をかけてくる。

 

 見れば艤装展開せずとも簡単に目視できるような距離に、駆逐艦が単艦でこちらに向かってきている。

 

「あれって...電?!」

 

 暁が目を見開く。会えて嬉しい、しかし敵艦だから素直に嬉しさを表現できないというもどかしさが見て取れる。

 

 ...暁は今まで鎮守府内で姉妹艦や知り合いが少なく、加賀もたまに夜一緒に寝てあげたりしていた。

 普段は気丈な振る舞いをしているが、元々気弱で臆病な少女なのだ。彼女にとって少し厳しい決断になるかもしれないが、あくまでも試合。

 

 ...とりあえず陣形を乱さないように暁を手で制し、提督に指示を仰ぐ。

 

「提督、こちらに駆逐艦が単艦で接近中、どう────」

 

『────お前らに任せる』

 

 端から聞いていないと言わんばかりに声を重ねてくる。

 

 ため息を吐きながら単艦の駆逐艦...電を見れば、こちらに気付いていないのか、ふらふらと視線が虚空をさまよっている。

 

 ...確か昨日、敵鎮守府の駆逐艦の中に目が不自由な子が居るとか聞いた。

 その少女は機関部を背負っているだけで、砲も雷装も装備していない。

 

 ────弾除け

 

 一つの単語が加賀の頭を過ぎる。

 修復の早い駆逐艦を壁扱いで戦闘に出すなど、演習とはいえ敵鎮守府の提督は私たちの提督よりもずっと酷い人間なのだろうか。

 

「あれって例の駆逐艦じゃな〜い?」

 

「目の不自由な駆逐艦...?

 どっかで聞いたよーな...?」

 

 北上も気づいたようだが、鈴谷が何か考え込んでいる。

 榛名と目を合わせ、アイコンタクトを取る。

 

 ...いくら私たちは兵器と言えどこんな悲惨な境遇の子をほぼ零距離で撃つなど、なんというか厳しいものがある。

 

「────はわわ...」

 

 ふらふらと十m近くまで寄ってきた。

 

 敵艦隊を見ると、

 

「電ー!こっちだー!」

 

 やら、

 

「電ちゃーん!危ないわー!」

 

 という声が聞こえ、手を振っているのがわかる。...と、

 

 ────ぽふん。

 

 例の駆逐艦が私にぶつかって尻もちをつく。加賀はなんともなかったが、電は小破してしまった。

 

「ふにゃあ!

 や、山城さん。ごめんなさいなのです...」

 

「...私は加賀です。」

 

「.........え?」

 

 目に見えて電の顔から血の気が引く。

 

「あなたは今、私たち...敵艦に囲まれているわ。

 今なら傷付けはしないから、大人しく白旗を揚げて下さい。」

 

 敵戦艦の射程範囲から余裕もある。

 

 今のうちに平和的手段で解決出来れば、無駄な弾薬を消費せず、私たちの心もすり減らさずに済むだろう。

 

「ひいい?!

 撃たないで下さいぃ!痛いのは嫌なのですぅ...!」

 

 電は頭を抱えてその場でうずくまってしまった。

 

 榛名を見ると、あはは...と苦笑いを浮かべている。

 

 ...仕方ない。

 私もしゃがみ込んで、うずくまった電の背中を撫でてやる。

 

「電さん、落ち着いて。

 私たちは痛いことはしないわ。

 だから、艤装を仕舞ってちょうだい?」

 

 艤装解除というのは武装解除、即ち戦う意思が無いことを表す。

 故に演習中の武装解除は降参を意味するのだ。

 

「怖いのです...怖いのです...」

 

「電さん...」

 

 ぷるぷると震えて頭を抱えている。

 私もどうしようかとため息をつくと────

 

「怖いのです......

 

 

 

 ────こんなにも、上手くいくんだなんて。」

 

 

 

「────え?」

 

 気づいた時には、ベッタリと私の首に演習用のインクが付いていた。

 

 そして呆気に取られている私の隣を抜けて行くのだが、その一瞬のすれ違いざまに二回斬られる。

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい。」

 

「────ひっ!?」

 

 ちょうど後ろにいた暁の横を通り抜けて離脱した電。しかし、暁の若干左寄りの胸...

 ちょうど心臓の真上にあたる部分にもインクが横に細く、短く付いていた。

 刺突攻撃だろうか?

 ...硬い肋骨を避けて、深く心臓を貫くという意志が見える。

 それよりもいつの間に動いたのか、全く目で追えない。

 

「全員離れて!!」

 

 榛名が声を上げる。その目線を追うと電がいた。

 

 ダガガガガン!と副砲を連射するが、あまりにも速すぎる電の船速に狙いが追いついていない。

 

 ...演習が始まれば、艤装の追加展開・収納は降参以外禁止されているのだが、どこから取り出したのだろうか電は黒い刀を持っている。

 

「加賀さんと暁ちゃんの仇!」

 

 待ち構えていた鈴谷が電に砲を向けるが、電はその場で急停止。

 ふふっと笑みを浮かべ、

 

「私を撃つのです?」

 

「「!!」」

 

 電の真後ろに北上が居る。完璧な挟み撃ちの陣形だが、避けられてしまえば同士討ちだ。

 ...でも、この距離で私が外す訳ない。

 

 ────でも...

 

 鈴谷が一瞬迷う。

 

「私が!」

 

 村雨が横から助けに入ったが、鈴谷の一瞬の迷いを突いた電は足元から魚雷を出し、鈴谷の足元────ちょうど艦底に投げつける。

 

 きっと電自身の艦底に魚雷と刀をあらかじめ括りつけていて、ゆっくりと私たちに近付くことで誤爆しないように計算していたのだろう。

 

 ────ズガァァァァン!!

 

 爆発にひるむ鈴谷たち。

 ひるんでいる隙に艦娘とは思えない速度で電は敵艦隊へと戻っていく。

 

「なんで、当たらないの...ッ!」

 

 北上や鈴谷、榛名が追い討ちをかけたのだが、後ろに目がついているのかと言いたくなるような見事なジグザグ航法と神がかった体さばきで、ことごとく弾を避けていく。

 結局、一発も当てられずに逃げられてしまった。

 鈴谷がはっ、と何かを思い出したかのようにつぶやく。

 

「────もしかしてあの子、二年前に天龍ちゃんが一番弟子って言っていた...」

 

 

 

 

 北上は損傷軽微、村雨に小破、鈴谷は中破、加賀、旗艦・暁に戦闘不能判定。

 全て一人の駆逐艦からの被害だった。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 少し時は戻る。

 

「こちら電、作戦行動を開始するのです!」

 

『『了解』』

 

 艦隊のみんなと司令官から了承を得て、隊列から外れた私は敵艦隊の方へとなるべくふらふらとした足取りで向かう。

 

『こちら摩耶、敵偵察隊を視認!対空射撃に入るぜ!』

 

『了解。春雨、山城も副砲で援護してくれ。』

 

『『了解です!』』

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 ────ブロロロロロロロ...!

 

 見事な編隊飛行で偵察機や爆撃機が迫ってくる。

 

「行きます!」

 

 山城と春雨が高角砲を空に向け、機銃で弾幕を張る。

 春雨の武装は高角砲と魚雷にしてあるが、山城はほとんど主砲で装備は埋まっている。幾つかは落ちていくものの敵の艦載機もかなり手練ているようで、二人の弾幕をするすると抜けていく。

 

「衝撃に備えてっ!」

 

 山城が叫び、爆撃機が急降下してくる。しかし、

 

「このアタシを、舐めるなぁぁあああ!」

 

 ダララダララダララ...と、提督から教わった“三点バースト”なる射撃法で迫る爆撃機をことごとく落としていく。

 腰の副砲もオーバーヒート寸前までぶっぱなして、編隊が崩れたところに容赦なく右手の高角砲を浴びせる。

 

 

 

 ...アタシは今、輝いていた。

 

 

 

 ────あまりにも完璧なその射撃を目にした山城は、摩耶が狙った所に艦載機が吸い込まれているかのように見えたという。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

『こちら摩耶!悪ぃ、少し逃しちまった!』

 

『こちら鞍馬、練度の高い偵察・攻撃隊相手によくやった。ここまで落としてくれるとは思ってなかったぞ。』

 

 どうやら本隊は損傷軽微で済んだようだ。

 

 ...程なくして敵艦から発見され、またしばらく近づくと警戒態勢に入る。

 

「こちら電、しばらく話せなくなるのです。」

 

『『了解』』

 

 みんなの声を最後に、インカムとマイクを耳から外してポケットに入れる。

 

 さて、ここから大博打を打つことになるが勝敗はここで決すると言っても過言ではない。

 

「────ふにゃあ!」

 

 わざと加賀にぶつかり、ぺたんと尻もちをつく。

 損傷軽微とぎりぎりの小破。絶妙なダメージコントロールだ。

 

「や、山城さん。ごめんなさいなのです...」

 

「...私は加賀よ?」

 

「.........え?」

 

 わざと間を開けて、困惑しているフリをする。

 

「あなたは今、敵艦に囲まれているわ。

 今なら傷付けはしないから、大人しく白旗を揚げて下さい。」

 

「ひいい?!

 撃たないで下さいぃ!痛いのは嫌なのですぅ...!」

 

 耳を押さえ、しゃがみ込んで頭を下げる完全防御体制。

 この耳を抑える時にインカムとマイクを仕込む。...バレていないようだ。

 

 それにしても敵陣のど真ん中でうずくまるなど殺して下さいと言っているのと同じだ。

 演技ではなく体を震わせて、衝撃に備える。インク弾とはいえ、被弾すればなかなか痛い。

 

 しばらくして降ってきたのは弾ではなく、あたたかい手だった。

 

「電さん、落ち着いて。

 私たちは痛いことはしないわ。

 だから、艤装を仕舞ってちょうだい?」

 

 ゆっくりと落ち着かせるように撫でてくる。...こんな撫で方ができる人はそうそう居ない。

 とても温かい心を持っている艦娘なのだろう。

 作戦的には優しい艦娘の方が引っかかりやすいのだが、その優しさを逆手に取ると考えるとなんだかものすごく罪悪感が湧いてきた。

 これは演習だ、作戦だ、仕方ないのだと自分に言い聞かせる。

 

「怖いのです...怖いのです...」

 

 心の中で何度も謝りながら、固く閉ざされた“鍵”を開く。

 

「怖いのです......

 

 ────こんなにも、うまくいくんだなんて。」

 

 船底...足に紐で縛り付けていた剣を立ち上がると同時に斬りあげる。

 加賀の首にしっかりとインクが付いたのを確認、横を通り抜けると同時に脇腹に刃を滑らせ、抜けた瞬間くるりとその場で一回転。

 後ろ首を切り落とすように青色一筋。

 計三回、急所を斬りつけた。

 

 演習のインクは海水には決して溶けず、真水ならすぐ落ちるという変わった性質を持っているため、ずっと剣は海水に浸かっていたがインクは全く漏れていない。

 

 そのまま速度を落とさないように、正面...一番近くにいた艦娘の胸に剣を突き立てる。

 

 暁お姉ちゃん...私の姉だ。

 しかし今は再会を喜ぶ時でない。

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい。」

 

 ノルマは達成できた、後は離脱だけ。

 

『電、後ろから追撃あり斜め右30°前進敵の隙をついて離脱だ』

 

 言われた通りに前進、ちょうど一直線上に敵重巡と軽巡に挟まれる。

 普通なら絶体絶命のこの状況。

 

 しかし、たまにピンチの裏にはチャンスが隠れていることがある。

 

 先ほどの“大博打”で空母と駆逐艦を得たのだが...

 

 ────レイズ(倍プッシュ)、だ。

 

 重巡が砲を構える。引き金に手をかけた瞬間、

 

「私を撃つのです?」

 

 ふふっと笑顔を浮かべる。口角が引き攣ってないといいのだが。

 

「「?!」」

 

『駆逐五秒後に射線に入る!』

 

 かかった!後ろの軽巡もたじろいでいるのを察して、

 

「私が!」

 

 わざわざ敵駆逐艦が来るのを待ってから、もう片方の足に引っ掛けておいた魚雷を重巡の足元に思い切り投げつける。

 

 信管を鈍らせていたので今まで爆発しなかったが、流石にあれほどの衝撃を与えれば...

 

 ────ズガァァァァン!!

 

 爆風が背中を押し、完璧なスタートダッシュを切る。音を背に全力で味方の元へ────!

 

『電!敵艦三艦からの追撃だ!船速と反射に集中しろ!!』

 

 息を細く吐いて、目を閉じる。

 

『────行くぞ!』

 

「はい!」

 

『右肩下航路左左膝内側頭下げて航路右へ腰右左手を前頭右背中反らしつつ左足開いて航路左急角度のち秒5°ずつ右へ軽くかがんでやっぱ右急角度前傾姿勢トップスピード!!』

 

 耳元でひゅんひゅんと、足元でバシャンバシャンとインク弾の風きり音や着水音が聞こえる。

 流石にぞっとするが司令官を信じ、時に回転回避などを自ら織り交ぜながらただ目を閉じて指示通りに体を動かす。

 

『よし!もう射程範囲から出たぞ。

 電、よくやった。隊列に合流してくれ。』

 

「はぁ、はぁ...了解なのです。」

 

『────!!

 全員、敵戦艦が砲撃準備に入った!第二船速から一杯に入れて回避してくれ!』

 

「「「了解!!」」」

 

 まもなく、敵艦隊からドドーン!と砲撃音が聞こえる。

 

 ものすごい着水音が背中側から聞こえる。

 

『被害は?!』

 

「至近弾を貰いました。不幸だわ...」

 

 船速最低の山城がダメージを受けたようだが、彼女の装甲なら至近弾程度、損傷に入らないだろう。

 

『まだ動けるな?

 そろそろ敵の北上が雷撃準備に入るはずだ。

 ヤツの一撃は重いからな...山城、龍田、砲撃準備!

 当てなくてもいい、集中を乱すんだ!!』

 

「了解!

 主砲、よく狙って...てーーい!!」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 ドドーン!とまたも遠く海から砲撃音が聞こえる。

 

「敵軽巡中破、敵戦艦小破!』

 

「よし、続いて摩耶も砲撃!

 雷、春雨も魚雷装填、何としてでも相手に攻撃の機会を与えるな!!」

 

『応ッ!』

『『了解!!』』

 

 海から聞こえてきそうなほど力強い声に、私は勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 一方その頃、第七鎮守府にて。

 

「〜〜♪〜〜〜〜〜♪」

 

 一昔前のアイドルの歌を口ずさみながら、私は鎮守府敷地内を散歩していた。

 

 憲兵になって二十と五〜六年。

 いわゆるベテランってヤツで、あと数年で五十路を迎えるが、まだまだ体は動く。

 

 歩きながらふと、胸ポケットの手帳に挟んでいる色あせた家族写真を見つめる。

 

 内地の方に妻と娘がいるが、深海棲艦が現れてからのここ十年近くお盆や年末年始にしか会えていない。

 

 これまで軍で働いてきたが、今回着任してきた提督はとても良い人材だと私は思う。

 よく電という駆逐艦と手を繋いで歩いていたりおんぶしている所を見かけるのだが、今のところ私の直感(憲兵センサー)に反応するような行動は起こしていない。

 

 むしろ年の離れた兄妹というか、二人の幸せそうな顔は実に微笑ましい。

 

 一つ前のここの提督はあまりにも酷く、密告できないように憲兵室の電話線を切られ、私以外の憲兵を左遷させていたのだ。

 

 あの時の艦娘たちの表情と傷を見ながら、私は...

 

 ────“俺”は何も出来なかった。

 

 ...あまり良くないことを思い出してしまった。

 

 俺が海軍に入った理由は、海がたまらなく好きだったからだ。

 視界いっぱいに広がる水平線、青と言うには微妙だが、結局青としか言えない色、太陽の光を乱反射する水面。

 地球の七割近くを占め、数え切れない程の生命を育み、未だ眠っていると言われるお宝や海底資源はロマンを感じさせてくれる。

 

 食堂横を通り抜けると、防波堤に着く。

 ここから眺めるのも良いが、俺のお気に入りスポットは砂浜だ。

 海の深い青色を、砂浜の肌色がまた上手いこと際立ててくれる。

 

「あらよっ、と。」

 

 防波堤の端から砂浜に降り、乾いた流木に腰をかけて一息つく。

 

 昔よりも体力落ちてしまったなぁ、娘や妻と会いたいなぁ...

 

 そんな悩みもここで海を眺めていると、心の奥からじわじわと青色に溶けていくような気がして、少し気持ちが軽くなるのだ。

 

 息を大きく吸って、吐き出す。

 

 目を開くと、やはり眩しい青色が...

 

 (────ん?)

 

 何か大きな物が砂浜に落ちている。

 

 漂着物だろうか。ゴミだったら嫌だなぁ。

 

 そんなことを思いながらある程度近づき、目を凝らすと...

 

「...人?」

 

 それも子供だ。走ってさらに近づくと、白髪の幼女がボロボロの状態で気を失っていた。

 

 その幼女は、数年前に見た『北方棲姫』という深海棲艦そのものだった。

 

「えぇ...」

 

 胸が微かに動いている。どうやら生きているようだ。

 ...北方棲姫と言えば第七鎮守府からもう少し北の方で目撃された上位の深海棲艦で、航空攻撃を得意としていると聞いた。

 こんな所で暴れられたらそれこそ、この辺は更地にされてしまうだろう。

 

「......」

 

 それにしてもかわいい寝顔である。

 こんな幼女が恐ろしい力を持っているなど想像出来ない。

 航空攻撃が強烈なだけであって、実は本体はただの幼女かもしれない。

 

 ぺたぺたとほっぺたに触れると、ふにふに柔らかい...

 

「...冷たッ!」

 

 著しく体温が下がっているというか、もう死んでいるのでは無いのだろうかと言いたくなるくらいに冷たかった。

 

 このまま寝せるのもなんというか気が引けるので、背中に乗せて医務室まで運ぶ。

 ここで暴れられようが鎮守府で暴れられようが、どちらにせよここら一帯更地は避けられない。

 何もせずに死ぬわけにはいかない。俺には大切な娘と妻がいるのだ。

 少しでも生きる確率を上げるには医務室で会話を試みるべきだろう。

 

「────うにゅ...」

 

 きゅ、と背中から抱きしめてくる。

 

 しかしその力は空母そのもの。圧倒的な力に憲兵の体はいとも容易くねじ切られ...

 

 ...るなんてこともなく、昔夏祭りの帰りに娘を背負って帰ったあの日を、俺はしみじみと思い出していた。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 ────あらよっ、と。

 

 ────わぁー!たかーい!

 

 ────こらこら、あんまり暴れたらりんご飴が付いちゃうだろ?

 

 ────...おとーさんって、“じえーたい”で働いてるんでしょ?

 

 ────あぁ、そうだよ。

 

 ────...おとーさんって、“しんかいせーかん”戦争に出るの?

 

 ────それは...お父さんにもわからないな。お偉いさんが行けって言ったら、お父さんは行かなきゃならない。

 

 ────戦争に行きたくないって、“おえらいさん”に言えばいいんじゃないの?

 

 ────大人の世界ってのは、お偉いさんの言うことは絶対なんだ。どんな理由があっても、言う通りにしなきゃダメなんだよ。

 

 ────...おとーさん、また来年も、そのまた次も、帰ってきてね?絶対にぜったいに...帰って...きて、ね...?

 

 ────もちろんだ。お父さんは百歳まで生きて、お前に見守られながら病院でゆっくり死ぬと決めている。お前の居ない場所で戦死だなんて、絶対に有り得ないから安心しろ。

 

 ────...寝ちゃったか。

 

 ────おいおい、俺の甚平りんご飴塗れじゃないか...

 

 ────ふっ...ヨダレまで垂らしやがって。帰ったら母さんに洗濯頼むか...

 

 

 

 

 

 




後書き・電

「ここまで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうなのです!

演習の方は作戦成功、勝ちムードが流れてますが...鎮守府横砂浜に怪しい女の子が...親方ァ!海から女の子が!!

鎮守府を賭けた演習の結末は?!
憲兵さんとそこら一帯の運命は?!

次回・サブタイトル予想はヒミツ!!

お楽しみに!!」
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