あなたが手を引いてくれるなら。   作:コンブ伯爵

43 / 57
37話 瓦落多の死闘

 

 聞いていた通り、その深海棲艦はまさに“異形”であった。

 

 周りには先ほどの深海棲艦群の剥げた装甲や部品と思われるガラクタが、海面に隙間なく浮かんでいる。

 墨を落としたような長い黒髪は(もつ)れ、剥けた...と言うより(ただ)れた頭皮からは黒い霧が漏れでている。

 白磁より色素の薄かったであろう肌も所々爛れていて、腕は振袖...

 

 ────ではない。

 

「うっ...ぐぷ...」

 

 

 爛れた皮膚が垂れ下がっていて、振袖のように見えていた。

 

 

 腕と砲は一体化していて、手首から先に超大口径の見たこと無い砲が装着されていた。

 多分アレから網を発射したのだろう。

 

「(こちら電、“異形”と思われる敵を発見...まだこちらに気づいていないのです。

 それと、敵艦の群れが横隊に広がってしまって...邪魔で本隊に戻れないのです。)」

 

 敵に気づかれないよう、小声で伝えながら背後にゆっくりと回る。

 

『く...電が分断されたか。』

 

 緊張で頭が酸素を欲するが、息を荒らげないように抑える。

 

『こちら暁、前方の敵艦軍は決して強くはないわ。

 むしろ装甲がよわよわ...いつもより戦いやすいはず。

 一点に攻撃を集中させて穴を突くのよ!』

 

『あ、暁...?』

 

 白昼だが、幸運にも“異形”は本隊に気を取られているのか体を北に向け、顔と砲を下に向けてじっとしている。

 

『...みんな、暁に従うんだ。

 詳しい戦法はその都度指示する。』

 

『『『了解!!』』』

  

 なにぶん敵は未知の深海棲艦だ。

 絶対にバレないように距離を置きたい...

 

 

 

 ────パリパリ、と刀が音を立てる。

 

 

 

「(今は...ダメなのです...!)」

 

 しかし電の思いと反して、刀はパリパリパリパリと音を立てる。

 ...まるで、強敵を前に昂っているかのように。

 

 

『────!

 偵察機、戦艦ル級三体と重巡リ級二体を確認。

 うちル級一体がflagship、二体elite...装甲は脆弱。

 ...深海から現れたものと思われます。』

 

 

 パリパリ、パリパリパリパリ...

 

 

『くっ、ここで援軍か...

 “異形”の負のエネルギーに惹かれて現れたとでも言うのか...っ!』

 

 

 

 ────ぱちん。

 

 

 

 「!」

 

 一つ、大きめの音が鳴る。

 錆び付いた砲塔のようにギギギ...と頭を上げて相手を窺うと...

 

 

 

 ────ぼきょん。

 

 

 

 ...首を150°回して、こちらを見ていた。

 

 

 

 

 

「※□&○%$■☆♭*!!!!」

 

 

 

 

 

 何を言っているかわからないが、雄叫びを上げる“異形”。

 

「こちら電、発見されたのです!」

 

 右眼は爛れた頭皮で隠れ、倍近くに腫れ上がった左眼球はこちらをギラギラと見つめている。

 

 そして顔の下半分を占める口...その呼び名に相応しい容姿であった。

 

 

『電、見つかったならそのまま引き付けて!

 加賀さんは急いで第二攻撃隊発艦準備!

 今のうちなら撃ち落とされずに済むはずよ。』

 

 

 突き刺さんと言わんばかりの視線を向けてくる“異形”...右腕の砲を重そうに持ち上げる。

 

 対して私も(こた)えるように刀を構える。

 

 

『航空攻撃で撹乱してから雷、春雨、村雨、北上さんで魚雷を発射。

 一点に集中して活路を開くのよ。』

 

 

 ドッバァァンッッ!!

 

 

『重巡と戦艦の四人で援軍の深海棲艦に砲撃────』

 

 

 腹に響くような轟音とともに、目の前に広がる複数の“部品”。

 

 最高に高まった集中力で全てが遅くなった世界の中、自分に当たるものを弾き、切り飛ばし、逸らしていく。

 

 バチィン、バチチ、バチンバチン!

 

 刀を振ると、黒い電光も細かい部品を消し飛ばす。

 部品は導電率の高い、鉄などの金属で出来ているからだろうか...“異形”相手にはかなり相性が良さそうだ。

 

 しかしある程度距離があるとはいえ、この数を飛ばしてくるのは驚いた。

 馬鹿みたいに大きな砲身から、デタラメな量の部品を散弾銃のように飛ばす...

 言うなれば散弾大砲だ。

 

 

『────敵戦艦・重巡の超長距離砲撃を引き付けてもらってる間に、私か龍田さんで電の応援に向かうわ!』

 

 

 あの散弾砲を網で引き寄せられてから、近距離で受けると考えると...

 

 

『こちら加賀、第二攻撃隊...発艦。

 ...上手くいっています。』

 

 

 一筋、冷や汗が垂れる。

 ...まあ、電の刀は超至近距離でないと当たらないのだが。

 

 

『こちら北上ー。魚雷装填完了、目標はあのホ級ね。』

 

『えっあっ、わかったわ!』

 

 

 いやそんなことを考えている暇はない、あれだけの大砲なら装填も手間取るはずだ。

 

 

 『────魚雷発射!

 戦艦・重巡は派手に撃て、敵の警戒を一気に引くんだ!!』

 

『おらー!!鈴谷ちゃんはここに居るぞぉ!!』

 

 砲を下に向けている間に速力一杯急接近。

 近づくほどそのおぞましい形相がはっきりと見える。

 

 『よくやった鈴谷、無理はするなよ?

 

 ────暁、龍田...頼むぞ!』

 

 やはり私を凄まじい眼光で見ているのだが...その視線はどこか、闘志...いや、“戦わねばならない”という意思に呑まれているような...?

 

 

 『『突撃しますッ!』』

 

 

 そんな気がした。

 

 

 

 ────マだ...タたカえる。

 

 

 

 何者かの声が、直接頭に響いてきた。

 

 ...まだ、戦える?

 

 よくわからないが、この好機を逃すわけにはいかない。

 刀を振り上げ────

 

 

 

「ッッ?!!」

 ────ドッッバァァァンッ!!!!

 

 

 

 轟音の数瞬前に横へ飛ぶ。

 

 着地を考えない、移動に全て振り切った回避行動だ。

 

 

『あらあら...これは予想外ねぇ...』

 

『こちら暁、敵がどんどん増えてるわ!』

 

 

 ばっしゃーん、と腹を水面に叩きつけてしまったが...上半身がミンチになるよりかは遥かにマシだ。

 

 左腕は投網専用と踏んでいたが、両腕とも散弾を撃てるとは...なかなか厄介。

 急いで起き上がると、右腕はもう装填を終えていた。

 

 ...あの砲を下に向けていた動き、あれこそが装填行動だったのだろう。

 

 “異形”は周りの剥げた装甲や部品を海面から吸い上げて、溢れ出る黒い力...負の感情の力みたいなものでぶっぱなしていたということだ。

 

 

 ドッバァァンッッ!!

 ドッバァァンッッ!!

 

 

 二門同時に砲撃。何発か落としきれずに掠っていくが、両腕の弾がない今こそが本当にチャンスだ。

 

 

『ちくしょう倒しても湧き出てきやがる!

 なんなんだこの数は!!』

 

 

 ────そう、思っていた。

 

「※□&○%$■☆♭*!!」

 

 

 

 カッッ────────────!!

 

 

 

 鋭くまばゆい光が電の目を刺す。

 

「ギッ────?!」

 

 そして身体になにかが巻き付く。おそらく網なのだろう、しかし目が痛くて仰け反った私は対処できなかった。

 

 

『電ぁぁぁぁぁァァァァーーーー!!!!』

 

 

 ガチャガララ...ちゃぽんちゃぽん。

 

 部品を落としながらこちらに砲を構える気配。

 

 

『────山城さん、これを!』

 

 

 あまりにも予想外な、閃光弾攻撃。

 

 いつも目の前で砲撃するので、どんな艦娘も閃光に対してはかなりの耐性を持っている。

 

 しかし、あまりにも強すぎたその光で、電は二、三秒ほど視力を奪われ行動を阻害された。

 

 

『────!』

 

 

 その数瞬が、命取り。

 油断した自分がダメだったのだ...

 

 

 

『────!!』

 

 

 

 翔さん、ごめんなさい────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────させるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼かれた視界が、戻ってくる。

 

 

 

 「○%×$☆────♭#▲※□&○$■*??!」

 

 

 

 ────目の前の大砲に、薙刀が刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 side.加賀

 

 電が本隊から離脱し、私は第一攻撃部隊を発艦させたが...そのほとんどが帰ってこなかった。

 

「こちら加賀...第一爆撃部隊の八割が墜落...壊滅的な被害です。」

 

 恐らく三式弾以上に対空性能に特化した、未知の砲弾を使っているのだろう。

 悔しいが、ここは大人しく前線から引くべきと判断。

 

「こちら摩耶、上空に警戒しろ!何か落ちてくるぞ!!」

 

 前方で摩耶が声を上げる。

 確かに、空から雨のように何か黒いのが降ってくる。

 

 ────こつん、と頭に当たる。

 

 ころころと甲板を転がっていくのを手に取って見てみる

 

「これは...?」

 

 

『こちら北上〜。これは...ネジとナット?』

 

 

 油のこびり付いた...あの角張ったドーナツ型の金属部品であった。

 

 第一攻撃部隊が壊滅したのはこの砲撃...無数の小さな部品を大口径の砲で撃ち出して落とした、ということだろう。

 

 ...敵は戦艦クラスの可能性が高い。

 

 

『きゃっ!

 なにか...絡みついてる...?』

 

『春雨、どうしたの!?』

 

 

 春雨村雨姉妹の焦った声。

 

 

『これは...網?

 ────きゃっ...助けてっ、引きずり込まれ...ッ!』

 

 

『こちら鈴谷、このままじゃあの群れの中に春雨ちゃんが!』

 

 

 ...網で艦娘を捕縛し、引きずり込んで散弾砲。

 まるで魚を────

 

 

『電!三時の方向に居る春雨の救助に回れ。

 網なら刀で斬れるはずだ!!』

 

『了解なのです!』

 

 

 提督が指示を出し、遠くで電が方向転換。相変わらず艦船とは思えない船速だ。

 しかし電が急いで救助に向かうも、春雨は集中砲火を受ける。

 

 

『痛い...誰か...ッ......助け...!』

 

『こちら春雨...ごめんなさい...中破、しました...』

 

『春雨、生きていてよかった。

 駆逐、軽巡は波状砲撃。敵に装填の隙を与えるな!

 今のうちに春雨は後方に離脱。榛名の後ろに隠れろ。

 電は船速一杯に入れて敵群後方に回り込んだら、謎の敵艦の情報を伝えてくれ。

 装備・艦種だけでも分かれば対策を練れる...!』

 

『『『了解ッ!!』』』

 

 

 

『あの...こちら春雨。

 私、引きずられてる時に...見ました。』

 

 

 

『何?!

 ゆっくりでいい、正確に教えてくれ!』

 

『装備はたぶん、戦艦クラス...網は腕に繋がっていました...』

 

 

 ...ここの予想は的中。

 

 

『装甲は群れの深海棲艦みたいに、ひび割れてたり...ボロボロでした。』

 

『あの降ってきた部品も...網を発射する時に、一緒に飛んでいったと思います...』

 

『でも、一つだけ...忘れられない大きな特徴がありました...』

 

 ...?

 

『なんて言うか...その深海棲艦は...顔が溶けていました。はい。』

 

『(こちら電、“異形”と思われる敵を発見...まだこちらに気づいていないのです。

 それと、敵艦の群れが横隊に広がってしまって...邪魔で本隊に戻れないのです。)』

 

 何やらか細い声で通信。

 ...あの電が、未知の敵の前に分断されたようだ。速力自慢の電でも、情報が無い敵に立ち向かうのはあまりにもリスクが高すぎる。

 

『く...電が分断されたか。』

 

 急いで合流させるためのプランを模索────

 

 

『こちら暁、前方の敵艦軍は決して強くはないわ。

 むしろ装甲がよわよわ...いつもより戦いやすいはず。

 一点に攻撃を集中させて穴を突くのよ!』

 

『あ、暁...?』

 

 

 突然作戦を伝える暁に、雷が困惑する。

 ...そういえばまだ伝えてなかっただろうか?

 

 

『...みんな、暁に従うんだ。

 詳しい戦法はその都度指示する。』

 

 

 大艦巨砲主義の元第六鎮守府で、唯一重宝されていた駆逐艦。

 強がりで、少し幼いその駆逐艦は────

 

 

『『『了解!!』』』

 

 

 “元第六鎮守府最強”の私とほぼ同じ練度。

 数々の作戦を成功させてきた、立派なレディなのだ。

  

 

 ────!

 

 後続の偵察部隊からの情報が頭に直接流れ込んでくる。

 

「...こちら加賀、偵察機が戦艦ル級三体と重巡リ級二体を確認。

 うちル級一体がflagship、二体elite...装甲は脆弱。

 ...深海から現れたものと思われます。」

 

 

 電を助けようとしているというのに...かなり悪いタイミングだ。

 

 

『くっ、ここで援軍か...

 “異形”の負のエネルギーに惹かれて現れたとでも言うのか...っ!』

 

 

 援軍に焦り、語気が荒ぶる提督。

 だが、幸い電はまだ敵に見つかっt

 

 

 ────※□&○%$■☆♭*!!!!

 

 

 敵群の奥から轟く咆哮。

 

『こちら電、発見されたのです!』

 

 

 ────不幸だとしか言いようがない。

 

 

『電、見つかったならそのまま引き付けて!

 加賀さんは急いで第二攻撃隊発艦準備!

 今のうちなら撃ち落とされずに済むはずよ。

 航空攻撃で撹乱してから雷、春雨、村雨、北上さんで魚雷を発射。

 一点に集中して活路を開くのよ。』

 

 

 ドッバァァンッッ!!

 

 

 敵群の奥から轟音。電の無事を祈りながら矢をつがえる。

 

『重巡と戦艦の四人で援軍の深海棲艦に砲撃。敵戦艦・重巡の超長距離砲撃を引き付けてもらってる間に、私か龍田さんで電の応援に向かうわ!』

 

 

 今度こそ、と念を押して右手を離す。

 ...程なくして絨毯爆撃が行われた。

 

 

「こちら加賀、第二攻撃隊...発艦。

 ...上手くいっています。」

 

『こちら北上ー。魚雷装填完了、目標はあのホ級ね。』

 

『えっあっ、わかったわ!』

 

 戸惑いつつも動く雷。急な戦況の変化において、慌てずに指示を理解出来るのは軍人としていい才気(センス)だ。

 

 『────魚雷発射!

 龍田、暁、突っ込め!!

 戦艦・重巡は派手に撃て、敵の警戒を一気に引くんだ!!』

 

 泡の少ない酸素魚雷たちが、おおよそではあるものの同じ場所に向かって行き...いくつもの水柱を上げる。

 

 

 ...龍田、暁、突貫準備は出来てるか?』

 

『『はいッ!』』

 

 スムーズな陣形変更。

 敵援軍に向かって鈴谷が少し前に出て、

 

『おらー!!鈴谷ちゃんはここに居るぞぉ!!』

 

 バカスカと空砲を撃ちまくる。

 

『よくやった鈴谷、無理はするなよ?

 

 ────暁、龍田...頼むぞ!』

 

『『突撃しますッ!』』

 

 二人が船速を上げ、敵群に突貫。しかし、

 

『あらあら...これは予想外ねぇ...』

 

『こちら暁、敵がどんどん増えてるわ!』

 

 私の距離でも確認できるほどに、水底から深海棲艦が増えていたのだ。

 

 

 ────ドッバァァンッッ!!

 ────ドッバァァンッッ!!

 

 

 二門同時の砲撃音。

 電が耐えているのだろう...が、先ほどから通信が無い。かなり苦戦しているはずだ。

  

『ちくしょう倒しても倒しても湧き出てきやがる!

 なんなんだこの数は!!』

 

 摩耶が敵戦艦の砲撃を受けながら叫ぶ。

 

 

 

 ────※□&○%$■☆♭*!!

 

 

 

 カッッ────!

 

 敵群の隙間からまばゆい発光。

 距離もあり前線の龍田、暁も大丈夫だったようだが、敵の目の前で電が目を抑え網に巻かれていた。

 

 

『電ぁぁぁぁぁァァァァーーーー!!!!』

 

 

 暁の叫び声。

 あと少しなのに、敵群に阻まれて砲撃が届かない。

 

 

『────山城さん、これを!』

 

 

 言葉と共に、龍田は砲...薙刀を山なりに投げる。

 

 龍田の持つ薙刀を艤装展開時に振ると、砲撃ができる。

 薙刀を手放すということはすなわち、攻撃手段を放棄するということだ。

 

 重そうな砲を電に向ける“異形”。

 

 

『暁ちゃん、伏せなさい!!』

 

 

 ひょおんひょおんひょおん...と回転しながら敵群の包囲を越えて飛ぶ薙刀。

 

 だが立ち止まった山城にル級からの砲撃が飛んでくる。

 

 

『邪魔は!榛名が!許しませんッ!!』

 

 

 射線に割り込み、身を呈して(かば)う榛名。

 

 

 山城は大きく脚を上げ振りかぶり────

 

 

 

 

 

『さぁぁせぇぇるぅぅかぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

 

 

 ────柄を思い切り殴った。

 

 

 

 

 

 一直線に飛んで行った薙刀は三体の深海棲艦を穿通して、“異形”の砲に突き刺さった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。