あなたが手を引いてくれるなら。   作:コンブ伯爵

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48話 静かな旅立ち

「────今日は、皆に報告がある。」

 

 朝ご飯の時間に、艦娘たちの前に出た翔は重い口を開く。

 

 ただならぬ空気に気圧され、わいわいと食事を楽しんでいたほとんどの艦娘がぴたりと箸を止め、静かになる。

 

「...何人か知っているかもしれないが、我々第七鎮守府は...艦娘の建造に踏み出した。」

 

 おおー、やったな、と艦娘たちは歓声を上げる。

 大本営ですら新しい技術ということで手を付けなかった...まあ平たく言うとビビって手を出さなかった建造を、おそらく日本で一番に開始したのだ。

 

「...だが。本当に私のミスなのだが...この鎮守府の備蓄の九割近くを注ぎ込んでしまったんだ。」

 

 ────えっ

 

 誰かの言葉を皮切りにどよめきが起こる。

 

「はいはーい!」

 

 ふりふりと元気に手を挙げたのは村雨。

 

「そんなにたくさんの資材を入れてしまったのはちょっと驚いたけど...そのぶん強い艦をゲッツしちゃったり??」

 

 いつもの元気なノリで言い放つが、意外と的を得た言葉である。

 

「...確かに、昨日帳簿を確認すると量的にそれぞれ4桁...特に弾薬と鋼材はあわよくば5桁に届きそうなくらい使ってしまったようです。」

 

 改めて数字でその量を確認し、はぁ...とため息をつく加賀。

 

「...どれも大量の資材を使ってしまいましたが、比率的にボーキサイトは少なかったので、空母が建造されることはまずないかと思われます。」

 

 紅茶で唇を濡らす加賀。制空権は私で十分、と言わんばかりの佇まいである。

 

「じゃあきっと戦艦の人が来るわね!

 ...で、いつ頃お迎えできるのかしらっ

 早く歓迎会の準備をしなくちゃ!」

 

 腕まくりをして雷は意気込むが、

 

「────4500時間後だ。」

 

 

「「「え?」」」

 

 

 ほぼ全員が唖然とする。

 

「分かりづらかったか?

 ...187.5日だ。」

 

 どうやら艦娘たちは建造という技術を知っているものの、掛かる時間や費用については知らなかったらしい。

 

「ふざけんじゃねえぞ────!」

 

「うわっ、ちょ待っ!」

 

 止めに入る鈴谷を突き飛ばして翔に詰め寄る摩耶。

 

「てめぇ────」

 

「摩耶さんいい加減に...!」

 

 鈴谷より力の強い榛名がなんとか摩耶を捕まえるが、

 

「いい加減にするのは提督の方だろ!!」

 

 怒鳴り声を上げ、翔を睨みつける。

 

「折角集めた資材ほぼ全部使い込んで、新しい仲間が来るのは半年後だと?てめぇはどんな思いで駆逐艦のガキどもが遠征に行ってるか分かってんのか?!!

 最低限の武装で海に出る気持ちを!

 渦潮に足を取られて引き込まれる怖さを!!

 重いドラム缶を引き摺る辛さを考えたことはあんのか?!!」

 

「摩耶ちゃん、いい加減...」

 

 押さえつけられながらもまくし立てるのを龍田が止めようと入るが、

 

「龍田...お前が一番知ってんだろ...?」

 

 

「────っ!」

 

 

「遠征に行った艦娘(アタシ)たちが、確実に帰ってくるとか思ってねえだろうなぁ...?」

 

「.....て」

 

「執務室の分厚い本にも書いてあったと思うけどよ、どうして疲れているアタシたちを遠征に行かせるのを禁止しているか知ってるか?」

 

「...い加減...て」

 

「“アイツ”はまだ、遠征から────」

 

 

「────いい加減にして!!!!」

 

 

 叫びに近い声を上げて、駆逐艦の手を握り食堂から走り去る龍田。

 しん、と静まる。

 

 

「...摩耶さん、気持ちはわかるけど、少し言い過ぎじゃないかしら?」

 

「...今のは悪ぃ。ほら、どいてくれ。」

 

 山城の言葉と、龍田を傷つけてしまったことで冷静になったのか、榛名を退かす摩耶。

 

「...提督、てめぇがドジ踏むのは別にどうも言わねーよ」

 

「(...いや、散々殴られて来た気が...)」

 

「たださっきみてぇな態度は二度と許さねぇ。」

 

「...本当に、申し訳ない。」

 

 100%翔が悪いのは確かだ。

 彼女たちを信頼しているとはいえ...いや、信頼しているからこそ、こういう謝罪を疎かにしてはならないのだ。

 

「────あ、そういえば電ちゃんは?」

 

「...さっき、龍田さんを追いかけて...はい。」

 

 鈴谷の言葉で全員が辺りを見回す中、春雨が指をさす。

 

 半開きの扉が、きいきいと揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「...ごめんね、連れてきちゃって。」

 

 龍田と駆逐艦は工廠横の防波堤に腰掛け、夜の海を眺めていた。

 

 山城にも気づかれてないと思うのだが、龍田は夜、よくここに一人で来る。

 灯台は深海棲艦に見つからないよう最低限しか点かないため、視界は月明かりと鎮守府の微かな明かりだけが頼りだ。

 

 だが、この暗さが、龍田にとって都合がよかったのだ。

 

「実はね、この鎮守府には〜、まだ遠征から帰ってきてない子がいるの。」

 

 ぽつぽつと、龍田が言葉を紡ぐ。

 

「.....ん」

 

「その子が来た時からずーっと私が面倒見てたんだけど、ちょっとだけ喧嘩になっちゃったまま、仲直りできていないの。」

 

「.....」

 

「その子はあなたくらい小さくて、さらさらした髪で、私が毎日お団子結ってあげてたの。」

 

 隣に座る駆逐艦の髪を、ゆっくりと撫でる。

 

「最初は喧嘩別れみたいになっちゃったし、私たちは戦うために生まれたし、轟沈した子は見てきたから、割り切ろうって思ったの。

 でもね、どうしても...忘れることができなくて」

 

 ごそごそと懐をまさぐり、

 

「唯一見つかったものだけど...これがあるってことは、まだ、あの子がどこかで生きてるんじゃないかしらって、思えるのよ...」

 

 取り出したのは、ぼろぼろの眼鏡だった。

 

 やってはいけないと龍田自身もわかっている。わかっているが、震える手で、龍田はそれを駆逐艦に掛けさせた。

 

 曲がってはいるものの、ぴったりと、それは駆逐艦の顔に合っていた。

 

「...龍田さん」

 

「どうしたの?」

 

「...龍田さんは、ずーっと悪いことをしたなって、思ってるんだよね。」

 

「え...?」

 

 戸惑う龍田を無視して、訥々と駆逐艦は語る。

 

「...喧嘩したことを、ずっと自分のせいって...思い詰めてたんだよね。

 ずっと、ずーっと引きずってきたんだよね。」

 

 ガチャコンと、取り上げられたはずの砲を構える駆逐艦。

 

「...もう大丈夫だよ。」

 

 いや、違う。

 闇夜に溶け込むような黒鉄くろがねでできたそれは、深海棲艦の艤装であった。

 

 だが砲口を突きつけられているのに、龍田は抵抗しない。

 

 龍田が旧第七鎮守府解体時に離脱しなかった理由は。

 

 今までずっと生きてきた理由は。

 

 度々この防波堤に来て独り言つ理由は。

 

 

「────私が、償わセてアゲル。」

 

 

 

 

 

 そして、きっと目の前の深海棲艦は。

 

 

 

 

 

 駆逐艦が、龍田の頭を撃ち抜く寸前。

 

 

 

 

 ────ガキィィィン!!

 

 

 

 

「────間に合った、のです...っ」

 

 

 

 

 割り込んだ電が、駆逐艦の砲を蹴りあげた。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「龍田さん、しっかりするのです!」

 

「電...ちゃん」

 

 虚ろな顔でへたり込む龍田。

 蹴り飛ばされた駆逐艦は勢いを利用して大きく飛び退る。

 

 前々から電は、龍田の部屋などから『深海棲艦の気配』をたびたび感じ取っていたのだ。

 鋭い電だからこそ分かる、微弱なそれを。

 

「邪魔...スルナヨォ!!」

 

 あまりの暗さに砲撃より肉弾戦がいいと判断したのか、単装砲と思われるそれを振り回し、直接殴りかかる駆逐艦。

 

 その判断は、電にとって嬉しいものであった。

 

「はあッ────!」

 

 電が合わせて刀を振り下ろすと、駆逐艦の砲口が輪切りになって落ちる。

 

「ぐッ...死ネェぇええエエエ!!」

 

 振り下ろした腕を電に向け、砲撃する駆逐艦。

 しかし無理な体勢で撃ったからか弾詰まりを起こし────

 

「はわっ!」

 

 爆風に巻き込まれた電は海に吹き飛ばされるが、船底艤装を展開させ体勢を立て直し、輸送船を繋ぐロープを掴んで陸に跳び上がる。

 

 龍田を背に刀を構える電。

 ...駆逐艦は煙を上げながらうつ伏せに倒れていた。

 砲を持っていた腕は吹き飛び、受け身を取れなかったのか...脚がありえない方向へ曲がっている。

 

 深海棲艦には地上戦に適応した種もいるのだが、彼女はそうではなかったらしい。水上ならば砲撃の反動を逃がすことができるが、硬い地上では両の足で直接耐えねばならないのだ。

 

「巻雲ちゃん...!」

 

 聞き覚えのない名前を叫び、視界の端から龍田が駆逐艦の元に駆け寄る。

 

「たつ...た.....さ.....」

 

「巻雲ちゃん...巻雲ちゃん!」

 

「...ごめ.....なさ.....」

 

 掠れるようなささやき。

 

「龍田さん、危ないのです。

 ...離れるのです。」

 

 龍田の後ろから声をかける電。

 なにやら縁があるらしいが、敵は敵...せめて龍田ではなく、無関係な自分が止めを刺すべきだと思ったのだ。

 

「...龍田さん?」

 

「...あなたが、離れて。」

 

 ボロボロの駆逐艦の前に、龍田が薙刀を構えて立ちはだかる。

 

「...龍田さん、目を覚ますのです。もう、その駆逐艦は手当てしても助から」

 

「────嫌ッ!!」

 

 ひゅん、と風切り音。

 

 ...今のままでは話が通じない。しかし彼女の薙刀は吐息のように震え、まともに戦える状況ではない。

 

 ...仕方あるまい。

 

 電が構えた、その時だった。

 

「────ウアアあアああぁァ!!」

 

 駆逐艦がうつ伏せから、上半身を引きずるような前傾で駆け出した。

 見開いた目から溢れる(チカラ)が残像を引き、

 

「きゃ────」

 

 目の前に居た龍田を突き飛ばしてなお走り...

 

「え────」

 

 

 

 

「────ぐ、ぁ...」

 

 

 

 

 電の刀に、飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────龍田さん、慰めてくれてありがとう...迷惑かけて、ごめんなさい...

 

 

 遠征に行って、泥のように眠りこけて、最低限の補給を済ませて、また遠征に行く日々。

 

 

 ────良いのよ。私にとってあなたのことを見られるのが、唯一の幸せなんだから...

 

 

 いつものように慰めてくれる。

 

 

 でも私は、彼女の底抜けの優しさに

 

 

 ────ねぇ、龍田さん。

ㅤㅤ私って、なんで生まれてきたんだろ。

ㅤㅤ生きるって、こんなに辛いの?

 

 

 疑心を、持ってしまった。

 

 

 ────いつか、きっと楽しく...

 

 

 いつも優しい彼女が、わからなくて。

 

 

 ────嘘だ!ずっと...ずっとこの鎮守府で!遠征ばっかり行かされて!奴隷みたいな扱い受けて!もう嫌なの!こんなぐらいなら

 

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!

 

 

 耳障りなアラーム。次の遠征の報せだ。

 

 

 ────行ってらっしゃい。

 

 

 ────......、.........ごめんね、龍田さん。

 

 ㅤㅤㅤ............ありがとう、龍田さん。

 

 

 

 

 いつも励ましてくれて、食べ物をくれて、ぎゅっと抱きしめてくれる龍田さん。

 帰ったらどんな顔をして会えばいいのだろうか、なんて思っていたけど。

 

 これまた偶然が重なったのか、その日は大荒れで、補給が少なくて、深海棲艦に襲われて。

 

 視界が暗くなっていく。

 

 

 ────謝...り...た、──な...

 

 

 都合─い...こと──えて.....。

 

 

 ────のまま...消え──り.....たい──

 

 

 

 

 

 

 

 ふたつの願いは、どちらも叶うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

「────っ!」

 

 

 久しぶりの、あの感覚だ。

 他人の記憶で頭をかき回されたような頭痛。

 

 

「ぅ...ぁ......」

 

 

 駆逐艦の胸から血と...あの黒いモヤ凝縮したような、実体のない液体が飛び散る。

 

 

「ごめ......ね...」

 

 

 電に言ったのだろう。

 

 黒刀が鈍く輝いて、じゅるじゅると貪るように黒い液体を吸い取っていく。

 

 

「嫌...なんでっ.....!」

 

 

 刀を抜いて支えようとするけれど、くずおれる駆逐艦をうまく支えきれずに横たわらせてしまう。

 

 

「たつ...た、さ.....に」

 

 

 駆逐艦が何かを言いかける。

 ...しかしその言葉を最後に、身体から力が抜ける。

 

 

『電!龍田さん!!大丈夫?!!』

 

 

 暁の声とともに遠くから探照灯で照らされ、電は気づいた。

 深い黒色のワンピースが臙脂色のジャンパースカートに変わり、胸に大きな緑のリボンを着けていたことに。

 

 しかしどちらも煤けてボロボロに破れていて、駆逐艦の体も目を当てられないくらい凄惨な姿だった。

 

 

「せっかく...会えた、のに...」

 

 

 龍田は駆逐艦の前でへたり込み、冷たく動かない手を握る。

 

 

「...?」

 

 

 探照灯に照らされていて見えづらいが、ぽっ...と、微かな光が駆逐艦を覆っていた。

 

 

「え...」

 

 

「なにが、起こっている...のです?」

 

 

 そして駆逐艦を覆う光から、これまた小さな光の泡がふわり、ふわりと空へゆっくり浮かび上がっているのだ。

 

 

「電、龍田!大丈夫か?!」

 

 

 安全を確認した翔が走って二人の元へ行くが、だんだんと増えていく光の泡に目を丸くする。

 

 

「嫌...巻雲ちゃん.....消えないで...ッ!」

 

 

 空へ浮かび上がる光に手を伸ばして、必死に掴もうとする。

 

 

「これは...そうか。」

 

 

 

 

 

「この子は、消えるんじゃない。

 

 

 ────(かえ)るんだ。」

 

 

 増える泡と対照的に、だんだんとその姿を薄くする駆逐艦。

 

 

「海で力尽きて轟沈し、深海棲艦として甦るとすると...陸では魂の行き場所がない。」

 

 

 身体も、服も、ひしゃげた眼鏡も、全てが泡になって空へ上っていく。

 

「だから、空に、還るんだ...」

 

 

 駆逐艦を包む光がいっそう強くなる。

 

 

「艦娘として戦い、戦死して深海棲艦として甦り、撃破されてまた艦娘として甦るという...戦いの輪廻から解き放たれたんだ...」

 

 

「ってことは...巻雲ちゃんは...」

 

 

「二度と...邂逅することはないだろう。」

 

 

「......っ!」

 

 

 いま一度、その感触を刻もうとした龍田の手は、淡い光を掴み────

 

 

 それも、空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

「あれからもう、一ヶ月ね〜...」

 

 

 久しく通っていなかった防波堤に、一人歩いていく。

 

 

「電ちゃんと敵対したからって、提督さんに謀反罪として一ヶ月も謹慎させられちゃったのよ〜。」

 

 

 特にみんなの態度は変わらなかったが、気を遣ってか少し距離を置いてくれる人や、甘えさせてくれる駆逐艦や、ウザいくらい馴れ馴れしく付きまとってくる重巡もいた。

 

 ...まあ、彼女なりの気遣いなのだろう。そういう性格なのだ。

 

 

「...はい、おみやげ。」

 

 

 弾薬が抜かれた単装砲の上に、持っていた缶ジュースをコトリと置く。

 ...誰かが律儀に花を供えてくれている。

 

 

「...不器用な人よね〜。」

 

 

 間延びした声を、波音がかき消す。

 

 

「...あら?」

 

 

 よく椅子替わりに腰掛けていた杭の傍に、小さな黒いものが落ちていた。

 

 

「......」

 

 

 龍田も見覚えがある、小型通信機であった。

 

 

「まさか、ね〜...」

 

 

 砂で汚れているが、海軍のマーク。艦娘が鎮守府と連絡を取るために、所持を義務付けられているもの。

 

 この録音機は一度でも通信が切れると、その瞬間録音が止まる。

 

 つまり轟沈及び行方不明の艦娘が居れば、録音が止まった場所で何らかの異常が起きたと割り出せるのだ。

 

 解析装置は執務室にあるが、ちょうど今は昼ご飯の時間。

 “物好き”な提督のことだ。

 

 彼は食堂で非番の艦娘たちと駄弁っているだろう。

 

「......」

 

 

 考えるより先に、身体が動いていた。

 

 食堂から見えないように工廠裏を通って、一階窓から忍び込む。

 急ぎ足で階段を駆け上がり、横開きのドアを開ける...

 

 

「────どうした?そんな息を荒げて。」

 

 

「...!」

 

 

「ちょうど今、書類が終わって昼飯にでも行こうと思ったんだがなぁ。」

 

 

「...私が言うことでもないけど〜、どういうことかしら?」

 

 

 執務机に書類など一つもない。

 

 

「あぁ、何か用があるならくれぐれもノートパソコンには触らないでくれよ?

 さっきまで暁の主導力の高さを分析するために、録音機を借りて聴きながら作業していたんだ。

 というわけで────」

 

 

「...提督さんは、知っていたの?」

 

 

「────なんのことだ。」

 

 

 ...あくまでシラを切るらしい。

 

 

「...だが、艦娘が陸で消えてしまったとしたら、装備を始めとする後から持つことになった物が残るってのは、大体予想がつく。

 とはいえ前任がド真面目にそんなもの着けさせていたかはわからないが、な。」

 

 

「......」

 

 

「あぁ、そうだ。

 今度飯にでも誘おうか、とかなんとか榛名がそわついてたぞ。」

 

 

 ぽんぽんと肩を叩いて立ち去る翔。

 扉が閉まってからも固まっていたが、はっ、と我に返った龍田は端子を繋げる。

 

 

 (横向きの三角...だったかしら?)

 

 

 パソコンは初めてだったが...イヤホンを耳に近づけて、なんとか録音を再生する。

 

 

『────、────!』

 

 

 二十分ほど、暴風と波音と砲音が続く。

 

 

『たつ────さ...聞こ...る...』

 

「あ......っ」

 

 

 聞きづらいが、確かにあの子が話している。

 マウスを持つ右手につい力がこもる。

 

 

『ごめ......な...い、帰れ......い...す。

 私の記ろ...見......なんて、龍田さ...ないか...』

 

 

 私の記録を見る人なんて、龍田さんしかいないかな...と言っているのだろうか。

 途切れ途切れの言葉を、必死に補完して聞く。

 

 

『だから...たつ...んに、......えます。

 あんな...と言っ...けど、龍田...がすき...す。

 ......聞い...るなら、たしは死...もしれな...

 ...し聞いて...ら...つ...たい言葉......ます。』

 

 

 (...伝えたい、言葉...?)

 

 

 雨風の音が轟々と響き...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 囁き声を感じ、右に振り返る。

 

 

「え...?」

 

 

 部屋の雰囲気に合わせた、木製の本棚。

 いつか完成させる、と言いながら最近手付かずのボトルシップ。

 もちろん、視界には誰も映らない。

 

 

 巻き戻そうとバーを動かしても、画面に丸がくるくると回転し

 

『接続されていません』

 

 の表示しか出ない。

 

 

 

 

「巻雲...ちゃん────」

 

 

 

 

 おかえり、という言葉を...寸前で飲み込む。

 もう、巻雲という“艦娘”は存在しないのだ。

 

 

「巻雲ちゃん────」

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 

 

 

 

 ────コンコンコン、ガチャリ。

 

 

「提督さん、お疲れさまで────あれ、龍田さん...どうされたんですか?」

 

 

「あらあら、榛名さん...ちょっと野暮用でね〜...

 榛名さんは〜、今日は訓練場でお昼までのご予定、ですよね〜?」

 

 

「はい、使った資材の報告に来たんですが...」

 

 

「提督さんはさっきどこかに行っちゃったから〜...

 ...あ、もし時間があったらなんだけど、ちょっと遠くまでランチでもどうかしら〜?」

 

 

「い、いえ、嬉しいのですが榛名は報告を...」

 

 

「そんなのは後でい〜のよ、憲兵さんに頼んでお車出してもらいましょうね〜♪」

 

 

「あ、あ〜〜れ〜〜っ!」

 

 

 

 

 

 

 

『リムーバブルディスクの接続が解除されました』

 


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