事情があり、予告なく長期休暇を取ってしまい読者の皆様に大変ご心配お掛けしました。
鈍筆ながらも連載は続ける予定です。
これからも、どうか翔くんと電ちゃんたちの物語にお付き合いいただけると嬉しいです。」
49話 冬の第七鎮守府(短編)
「う...ぁあ...」
身体が震える。
「...翔...さ.....離さな...で...」
抱きしめてなおすり寄ってくる腕の中の電も、同じくかたかたと身を震わせる。
「あら〜?
提督さん、朝ですよ〜?」
その声を聞いて、いっそう力強く電を抱き寄せる翔。
「まだ寝てるのかしら...
山城さん、そっち持って。」
やめろ、それだけはやめてくれ。
「...うん、大丈夫よ」
よせ、やめろ。考え直せ。やめてくれ、頼む、お願いだからそれだけは
「────せーのっ!」
ばさぁぁぁ!!
「「ぎゃあああああああああああ!!」」
冷えきった外気に晒された二人の絶叫が、執務室にこだました。
「さささささ寒いのですう゛ぅ...」
着替えてもなおぷるぷると震える電。しかし彼女の体は暖かい。
「くそ...っ、ここまで寒いとは聞いてないぞ...」
ギリリと歯を食いしばる翔。
こうやって提督として軍に仕えているが、彼は基本的な訓練だけ学校で履修して、才能を買われて軍人になった...
つまり、過酷な環境での生活に慣れていなかったのだ。
「チィーッス提督ぅ♪最近寒いよねー」
「榛名も、〇越のセーターが手放せません...」
「ほんっと、前んとこより段違いで寒いんだけど...」
鈴谷や榛名のように三〇で買ってきたお洒落な上着を羽織るくらいで大丈夫な娘から、電や北上のように人で暖を取らねばならないくらい寒がりな娘まで十人十色のようだ。
ということは、寒さに強い娘もいるということで...
「おはようしれーかん!牛乳あっためてきたわ!」
「おぉ、ありがとう。」
雷がお盆を手にとてとて駆け寄ってくる。
「寒いでしょ?お布団敷いてるわ!」
「ありがとう...」
「ちゃんと羽毛布団もかぶらないと風邪引いちゃうわよ!」
「あり...が...zz...」
「...って寝かしちゃダメでしょ!」
「司令官もしっかりしてっ」
村雨と暁に怒られてしぶしぶ起き上がる。
...確かに司令官ともあろう翔がこんな調子では、みんなも身が締まらないはずだ。
「...にしても村雨も暁も最近やけに加賀と仲が良いな。
あーいや、悪いことではない。むしろいいことだと思っているぞ。」
「そうね〜、ちょっと羨ましいくらいね〜...」
翔から布団を剥ぎ取った龍田が悪びれることなく、頬に手を当てて微笑む。
「私と加賀さんは前の鎮守府でも長い付き合いなの。このくらい当然よ!」
「ふふっ、村雨も加賀さんのことが大好きなんだもーん♪」
「...この第七鎮守府は東北...日本海側に位置しています。それにまだ十一月上旬。さらに寒さは増すと思われます。」
「お、いつもありがとな。」
抱きつく駆逐艦たちを撫でて、必死になにか...主に鼻からこみ上げるものを我慢しながら、加賀が今日の書類を持ってきてくれた。
「よお提督...って、まさか今頃起きやがったのか?」
「そんなこと言われてもな...この季節は仕事も少ないしこんなにも寒いし、布団から出るのが億劫にだな...」
「なーに言ってんだ、こういう暇な時こそ身体を鍛えるチャンスだろ?
なんでも、最近妙に強い深海棲艦がいるって噂もあるからなっ」
しゅっしゅ、とシャドーボクシングを始める摩耶。
彼女は集合時間などには遅れがちなものの、生活リズムはかなり正しい方なのだ。
「アタシか加賀にでも目覚まし頼んだら...
────って熱っ!」
「あら不幸の気配。もしかして風邪でも...って熱いわね!」
馴れ馴れしく肩を組んだ摩耶と、体温を測ろうと加賀の額に触れた山城がサッと手を引っこめる。
「その、実は...加賀さんは排熱が苦手というか...人よりも体温が高くなりがちなんです。
特にお布団をかぶったり、艤装を展開すると熱くなってしまって...」
「...おおよそ体温が四十度を超えてしまいます。」
榛名と加賀自身の説明を聞いて納得する翔。人間で体温が四十度を超えるとなると死が見えてくるが、彼女たちは艦娘...そういう所も強いのだろう。
「なるほど、だから村雨と暁は...」
すっと視線を向けると、二人は目を逸らしてわざとらしく口笛を吹き始めた。
...暁はすぴー、すぴーと吹けていなかったが。
「まあでも、みんな電みたいに艤装を展開する訳にはいかないからな...」
砲が暴発する危険性がゼロと言えないのも理由のひとつだが、彼女たちの艤装は見た目に反してものすごく重く、駆逐艦が片手で楽に持てる12cm単装砲ですら、鍛えている大人が両手を使ってでも持ち上げることさえ難しいくらいなのだ。
そして機関部は砲よりも重く、船底なんか展開すれば床が傷だらけになる。
駆逐艦たちならまだしも、榛名や山城となると床が抜けてもおかしくないだろう。
ちなみに鎮守府内で艤装展開できるのは、電と龍田だけだ。刀も薙刀も意外と軽い。
...とはいえ、薙刀も弾薬を積むとものすごく重くなるのだが。
また、この鎮守府には冷暖房が備わっているが、
「なぁ、やっぱ少しは暖房を」
「身体に毒ですよ〜?」
...この通り、付けようとすれば龍田を初めとする健康にうるさい艦娘達がムッとするのだ。
しかし、今日の翔は少し違う。
「...じゃあ私にも考えがある。電、ちょっと持ちあげるぞ」
身体にへばりついていた電を剥がし、龍田にぐいと押し付けると、暖を失った電は目を閉じたまま龍田に抱きつく。
「ふわふわ、なのです...」
ぷにゅぷにゅと(軽巡とは思えない大きさの)胸部装甲の形を変えながらしっかり背中まで腕を回したのを確認し、電の肩に毛布をかけてやる。
「あ、暖かい...じゃなくて...って、あら?」
「ふっ、電を剥がすのにはコツがいるのだよ」
翔に返そうとするが、なかなか離れない電に苦戦する龍田に、にやりと悪い笑顔を見せる翔。
「あらあら...ち、ちょっと提督さん、電ちゃんを...」
「あーわざわざ加賀さんが書類持ってきてくれたし仕事しないとなー」
やけに棒読みな声で椅子に座り、翔はスラスラとペンを走らせる。
「えっ、ちょっと提督さ...ええ〜...」
∽
「...よし、そろそろ一時間か。電の面倒を任せてしまって悪いな。」
「もう、仕方ない提督さんね〜」
ちょっと怒りっぽく言いながらも電の背中を撫でているあたり、満更でもなさそうである。
他のみんなはタンカー護衛やら訓練やらにほとんど出払ってしまい、執務室に居るのは龍田と電くらいである。
「じゃあ電は...よし、電は工廠の艤装開発に行ってくれ」
「はいなのですっ」
「あっ」
刀を出した電は龍田と一緒にくつろいでいたソファーから降り、ぴょこぴょこと執務室から出ていく。
「......」
「さて、換気のために窓でも開け────」
「ち、ちょっと待ってくれないかしら...?」
「ん?どうしたんだ龍田。やけに顔色が悪いなぁ?風邪か?」
「いえ、その...」
「なんでもないなら大丈夫だな。」
大窓を少し開けると外気がひゅうひゅうと音を立てる。龍田は毛布に残った暖気に縋るが、無慈悲にも北風はそれを奪い尽くす。
「ね、ねぇ提督さん、寒いでしょう?
痩せ我慢は身体に毒ですよ〜...?」
「何を言っている。我慢も何も日頃から換気しておかねば流行病が蔓延するかもしれないだろ?
それにもし艦娘のみんながインフルエンザなんかにかかったとして、みんなの体内で菌が突然変異なんか起こしたら目も当てられんぞ。」
「そ、そうね...でもたしか押し入れに空気清浄機が...」
「そんなものに頼ってはダメだと言ったのはどこの誰だっけな?」
「...っ!」
...これが翔の狙いだった。一度“暖かさ”を知ってしまえば、どんな人間も艦娘も、寒さには戻れなくなる。
「まさか龍田...
────寒いのか?」
「き、今日は冷え「いやまさか今までずっとこの寒さを私たちに強いてきた龍田が今更寒いなんて言うわけないよなぁ?」
「あ...う...」
「お?どうした、何か言ったか??」
「...」
∽
「翔さーん、装備改修が上手くいったので...す?」
「おう電、えらいぞ〜!
引き続き頑張ってくれ!」
「えへへ...じゃなくて、その...」
「...電ちゃん、いいのよ。あなたは何も悪くないの。」
この日から執務室に炬燵が配備されることになるのだが...まさかこの炬燵が第七鎮守府を飲み込むことになるとは、知る由もないのである。
「しれーかん!なにこれ!!」
「遠征お疲れさま、雷。これは炬燵って言ってな...龍田みたいに足や身体を入れて暖まる布団テーブルみたいなヤツだ。」
「すごーい!」
「提督、これは...炬燵ですか?」
「訓練お疲れさま、榛名。ゆっくり休んでいくといい。」
「あっれ、提督炬燵なんか出しちゃって...龍田ちゃんに怒られても知らないよ?」
「お疲れさま鈴谷。龍田なら...」
「うっわ事務所NG顔でぐっすり寝てんじゃん」
「────にしても集まってきたなぁ」
日が傾いてきた頃には、艦娘たちの大体が炬燵に潜り込んで談笑したり、ミカンを食べたり、本を読んたりと思い思いに過ごしていた。
「よし...みんな、夜ご飯まで少し暇だし、面白い話でもしようじゃないか!」
「おっ、なになにー?」
「榛名...気になります!」
ざわざわしていた艦娘たちが、興味の目を翔に向ける。
「折角夜が長くなってきたこの季節...ちょいと怖い話でもどうだ?」
「やだあああ!!」
執務机に一番近い、翔が座った目の前の炬燵から暁が抗議の声を上げる。
「あー、苦手なら端っこで雷や春雨村雨と固まっていなさい。」
しかし暁は炬燵から出ようとするものの、うー...とうめきながらウジウジしてなかなか動かない。
(実は暁って怖い話とか好きなのか...?)
妹や春雨姉妹を気遣って抗議したのかと翔は勝手に解釈し、部屋の電気を暗めに切り替えて、雰囲気をつくる。
...が。
「────って言ったはいいけど、実は何を話そうと思ってたのか忘れてしまったんだ、はははなは!」
────ズコーっ
立っている娘は居ないはずなのに、なぜかみんなが転んだような気がした。
「しょうがないわね...」
と、口を開いたのは、意外にも山城だった。
艦娘たちは少し顔を見合わせて、鈴谷は他にも人が入っている炬燵をずらしてまで近寄り、摩耶は毛布の端をきゅっと握り、耳を塞いで目を閉じる春雨を北上はそっと抱き寄せ、みんな静かになったことを確認して...山城は語る。
「これは...この鎮守府の建築の、不思議なことなんだけど...」
思えばこの時、暁の異変に気付いていれば。
翔は後悔することになる────
∽
「────今もこの鎮守府で、何者かを探すような声が聞こえるって話...」
「「「「「......」」」」」
「...なーんて、作り話よ?」
山城はおどけるが、リアリティがありすぎてみんなガクガク震えている。
話の内容をざっくり説明すると、この鎮守府の一階の一見意味の無い廊下...そのどこかに地下へ繋がる道があり、そこには前任が轟沈処理を大本営に出していた艦娘が監禁されていて...今でも衰弱死した艦娘の亡霊が姉妹艦を探している、というガチな方で怖い話だった。
「...つ、作り話なんだからさ、ほ、ほら!大富豪でもしましょ!」
固まった空気を切り替えるように村雨がトランプを混ぜ始め、程なくしてざわざわと活気が戻っていく。
「よ、よし...そうだな、お開きにしようか。」
パチパチと電気を付け、そっと執務室を出て...翔はある場所へ向かった。
「はーーーほんと美味しいなぁ...」
「あら、嬉しいわ♪
でもお夕飯はちゃんと食べるのよ?」
「大丈夫だよ、こんな美味い飯を残すわけないじゃないか...」
「ふふっ、上手なんだから〜」
全てを優しく包み込むような柔らかい声に、翔はほっと息をつく。
食堂には空調設備など環境が整った、人が一人生活できる空き部屋があったのだが、今は間宮の部屋になっている。
立ち寄ると残りものや余った食材で小腹を満たしてくれるということと、やはり一人では寂しいはずだということで、翔のみならず色んな艦娘がよく集っている。
「そんな怖い話だなんて信じてたら、軍人なんてやってられないでしょ?」
「いやそう言われても...だって艦娘のみんなも、半分霊のような存在じゃないか」
「だってもヘチマもありません。今はもう立派な提督なんだからしっかりなさいっ」
「そりゃあ、わかってるさ...」
温かい麦茶をひと口含む翔を見て、間宮の心にちくりと罪悪感のようなものが引っかかる。
間宮は世間一般の艦娘に対する印象もあり、寮長時代は一般生徒にほとんど肩入れしていなかったのだが、翔は別だった。
電が同居したいと言うほどに懐いていたこと、早くに親を亡くしたということもあり、艦娘を人間として接する翔のことを家族のように愛してきたのだ。
甘やかしすぎているかもしれないと自覚はしている。しかし翔が受けてきた愛情は普通の人よりもずっと少ないのだ。翔はそんな境遇に弱音一つ吐かず、運動では劣るものの頭脳で常に一番上に立ち続け、世間の逆風をものともせず艦娘と向き合ってきた...と思うと、どうしても間宮は翔のことを甘やかさずにはいられない。
「...でも」
「ん?」
少し背中を縮めた翔に声を掛ける。
「...私と二人きりの時だけなら、甘えてもいいんですからね?」
「う...うわあああああ!
姉さあああああああん!!」
「よーしよーし、お姉さんはここにいますよー♪」
感情のままに泣きつく翔の頭を膝に乗せ優しく撫でるその姿は、姉どころか母親そのものであった。
∽
「────いとく、提督...」
「...ん...ぁ?」
「...起きてください。貴方のせいで鎮守府が大変なことになっています。」
いつの間にか体に掛けられていた毛布をはねのけ...たが落ち着いて畳み、これまたいつの間にか頭の下にあった...嗅ぎ覚えのあるシャンプーの香りがほんのりする蕎麦殻の枕を乗せる。
あのまま伏して寝てしまっていたらしいが、大変なことと聞いて頭を振り、無理やり意識を覚醒させる。
「────何があった。」
「敵襲などの非常事態ではないですが...兎に角、執務室へお急ぎください。」
「あら、お目覚めですかかけ...提督さん♪
放送で夜ご飯ができたのを伝えてるのに、一人も来ないんだけど...」
「間宮さん、貴女の助けも必要です。一緒に執務室まで。」
「火は止めてあるから大丈夫だけど...どうしたの?」
「私からは...説明しかねるわ。」
二人を急かす加賀だが、その表情は...どこか呆れが見えたような気がした。
∽
「な...」
「おわかり頂けましたか?この鎮守府の状況...」
『────はああ、何もしたくない...』
『────あ、その“中”ポンするー』
『────ミカンむいてあげたわ!』
『────あー、食べさせて...』
緩い────ッ!
ドアを開け放った瞬間、波のようにむわっと押し寄せてきた熱気と女子の香りに思わず狼狽える翔。
時計は18時を回っているというのに、ほとんどの艦娘が炬燵で丸くなっていたのだ。
「みんな!起きろ!
今日の洗濯当番は────」
『別に着替えなくていいでしょ...』
「風呂に入らなくても────」
『炬燵から出たくない...』
「なんてこった...」
誰が話しているのか判別がつかないくらいに無気力な声。わなわなと震える翔の背中を、ポンポンと加賀が慰めるようにさする。
起こしに来てくれた加賀は寒さに強いのと、自身がそもそも熱いため、炬燵の熱源装置を壊さないようにと控えていたらしい。
「みなさん、ご飯の用意ができましたよ〜♪
冷めないうちにいかがですか?」
『あ、間宮さん〜』
『こっちにおいで〜』
「きゃ────」
何者かが間宮の足首を掴み、炬燵へと引きずり込んでいく。
「間宮?!」
「提督!助け...嫌!いや────」
翔も手を伸ばすが一歩及ばず、間宮は炬燵に吸い込まれ...
「────か〜け〜る〜ちゃ〜ん♡」
「「?!」」
炬燵の中からの甘っったるい声に、加賀も眉を顰める。
「こんなに暖かいんですよ〜♡
ほぉら、お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで♡♡」
「...天下一堅物の提督が、そんな色仕掛け程度に...提督?」
両腕を広げる間宮に、翔は息を乱し、肩と膝を震わせ、じわりじわりと詰め寄ろうとしていた。
「間宮...姉...さ.....」
そこで加賀はいつしかの昼ご飯時の会話を思い出した。
曰く、間宮は翔が軍学校に通っていた頃寮長を務めていたこと。
曰く、友達や親の居ない翔を弟のように可愛がっていたことを...
そう。翔は今、残された僅かな理性で姉に甘える弟の本能と水際の攻防を繰り広げていたのだ。
「加賀さんも一緒にぃ、ふわふわのもふもふで、ぎゅ〜〜ってしてあげますよ〜♡」
「...結構です。」
確かにこれはとんでもない破壊力だ。
同性である加賀でさえ、声だけで全身をふんわりと包み込まれているような感覚に襲われるくらいに母性と女性としての魅力を放っていた。
...しかしその表情は、一度捕まえたら離さないと言いたげな、どこか食虫植物を感じさせるものがあった。
「提督、いい加減目を覚ましてください。」
「おねぇちゃ...ママ...」
ぺちぺちと軽く頬を叩くが、瞳孔は開き焦点はブレブレ...もはや翔は洗脳されているレベルまで侵食されていた。
このままでは提督も炬燵に呑まれ、鎮守府は崩壊へ...
(こうなったら...っ)
提督が暖(と姉?)を欲しているのは明確。ならば、自分の身体で満たせばよいではないか。
「さ...寒いのなら、私で暖を────」
勇気を振り絞って、むぎゅーと翔に抱きついたその時。
────ぱひゅーーん...
変な音とともに、突如執務室が闇に包まれた。
「これは...?」
「...っは、私は今まで何をって加賀!どどどどうしたんだ?!
────なるほど、ちょっと怖」
「......」
抱きついていた提督を突き放し、自分の目線よりちょっと上辺りに平手を振る。
────べちっ
「ぶはっ!」
「...ばか。」
「な、なんなんだ一体...」
翔は炬燵に躓きながらも電灯のスイッチに手を伸ばし、パチパチと押してみるものの...何も反応しない。
『なんか暗いよ〜...?』
『あれ...炬燵消えてない?』
『みかん...みかん...』
異変を感じた炬燵娘たちが立ち上が...ることなく、もぞもぞしながら炬燵の暖房を入れようとするが、やはり反応しない。
「これは...そうか、分かったぞ!
ブレーカーが落ちたんだ!」
「ブレーカー...?」
目がまだ暗闇に慣れていないが、多分いつものように小首を傾げて加賀が聞き返す。
「ああ、何台も炬燵を出して電力をかなり使う暖房を付けたから、この建物の許容電流を超えたんだ!」
これでみんなが炬燵から開放される、と喜ぶ翔だが...
「...ですが、このままでは執務どころか、歩くことすら困難ですよ?」
「大丈夫だ、外の配電盤を弄れば戻る。」
『提督...おねがぁい行ってきてぇ...』
『寒いのやらぁ...』
冬ということもあり夜が早く、暗闇に包まれいよいよ本当に誰が話しているか分からなくなってしまったが...翔は得意げに言い放った。
「私は決して動かんぞ。執務もパソコンではなく懐中電灯でも付けて手書きで済ませればいいからな。
もしも暖を取りたいと言うなら自分たちで行くことだ。」
『え〜〜、場所わがんにゃいぃ...』
「わかったわかった、私もついて行くから...ほら、さっさと立つんだ。」
目が慣れてきた翔はぐいっと両腕を掴んで二人ほど炬燵から引きずり出し、ペンライトを付けた。
「むにゃ...」
「なんでよりによってアタシが...」
「自分の不運を呪うんだな。ほら、早く行くぞ。」
半分寝ている暁と、不満げな声の摩耶。翔はうーんと考えて、立たせてしまったからにはと暁をおんぶする。
「残ったみんなは...間違えてでも探照灯なんか出すんじゃないぞ!」
『『『はーい...』』』
探照灯はとんでもない光量で遠くの艦船を照らすための灯...部屋の中で付ければ、それこそ照らされた物が焼けてしまうだろう。
「加賀も、すまんが一応着いてきてくれ。」
「...しょうがないですね。」
廊下に出ると、ひんやりした外気が身体を包み、足音...いや、自分の心臓の音が聞こえそうなくらいに静寂が広がっていた。
視界は廊下の奥の方がペンライトを向けても吸い込まれそうなほどに黒く塗りつぶされていて、不気味さに毒されたからか等間隔に配置された電灯や窓のような、普段は気にならないものを何故か変に意識してしまう。
そして微かに差すどこか遠くの街路灯と月明かりがまた、その闇の深さを強調していた。
「なんつーか...静か、だな」
「配電盤は外だ。あと、一気に電気を戻すと設備が壊れるかもしれないから、廊下の電気を切りながら進むぞ。」
「んぅ...ここ...どこ...?!
し、司令官!降ろしてちょうだい!」
廊下の突き当たりまで歩くと、寒さで少し目が覚めたのか暁が背中で暴れる。
「おお、目を覚ましたか」
「寝ているレディを勝手に連れ出していいのは白馬の王子様だけよ!
と...ところで...ここここ、ここ...どこ...?」
言われた通りに暁を背中から降ろしたのだが、みるみるうちにその威勢がしぼんでいく。
「電気が付かなくなったから、配電盤を弄りにいくんだ。」
「わ、わわわわ私帰る!」
来た道を引き返そうとする暁だったが、
「ひ...っ」
暗闇。
何一つ見えない闇が、来た道を塞いでいた。
「し、司令官...懐中電灯...」
「これしかないぞ。」
あまりよく見えないが、軍服の裾をぎゅっと握る暁の手から涙目でぷるぷるしているのが容易に想像できる。
「一人で帰るより、アタシらと外風に当たりに行った方がいいんじゃねーか?」
暁のもう片方の手をそっと取る摩耶。
「でも...階段...」
「階段がどうしたってんだよ!
加賀もいるんだし、なにも怖く」
「────幽霊...山城さんが...」
「「「────」」」
一瞬、間ができる。
「そ、それは...山城が作り話って言ってたじゃないか。」
翔が間を切るように言うが...この一言が暁の言葉の後すぐに出ればみんな気にせずに歩を踏み出せていただろう。
「...ほ、ほら、行くぞ?」
「お、おう!
そのー、ハイデンバンとやらを弄るんだよな?」
「はや、早く済ませましょう。」
「エスコート...してよねっ!」
しかし変な間ができたせいで、四人はなんだか...変に意識してしまったのだ。
「ほ、ほら、早く行けよ!」
摩耶に急かされるが、階段を降りる足は少しずつしか進まない。
先頭を翔、すぐ後ろに摩耶、摩耶の背中に引っ付くように暁、一番後ろに加賀という並びだったが、ほとんど全員団子状態でジリジリ歩いていた。
「一階...だな。」
「一階...ですね。」
闇が満ちているかと思えば、二階よりも少しだけとはいえ...微妙に明るかった。
「...早歩きで行くぞ。」
「おうっ」
息を呑んで、足早に玄関を目指し...特に何も起こらず外に出た。
「なんて言うか...何も、なかったな」
「あ、あったりめーだろ?!
霊なんざそもそも────」
「...わかったから腕を離してくれ。血が回っていない気がする」
「...っ」
払うように離される翔。とんだ八つ当たりである。
「...して、配電盤とは。」
「あー、これだこれだ」
鎮守府裏にあった、金属製のクローゼットのような物を開けると、色んな配線やらメーターやら...加賀たちにはよくわからないものが所狭しと詰まっていた。
「えーと...こいつで...合ってる、かな?」
その機械の中のレバーを上げると、ちょうど執務室の電気が点ったのが見えた。
「よし、あとは帰るだけだ!」
「...結局アタシたち着いてくる必要あったのか?」
「気にしないでおきましょ...」
行きの数百倍軽い足取りで四人は玄関に行く...
────が。
「...なぁ、何か聞こえねぇか?」
「な、何言ってるのよ!驚かそうったってそうは...」
────こ......です...
「「「!!!」」」
確かに、どこかで微かに人の声がする。
「は、早く電気────のわっ!」
慌てて電気を点けようとした摩耶が翔の足に躓き...
「きゃ────」
摩耶に押され暁に倒れかかりそうになった加賀が暁を庇って背中から倒れ...
「おわーっ!!」
背中を向けて倒れてきた加賀と暁を支えきれずに翔が倒れ...
────バキッ。
「あっ」
つい落としたペンライトを、尻で潰してしまった。
「おいいいいい!!意外と高かったんだぞ?!!」
「自分の尻で潰してんじゃねーかっ!」
「ま、ま、待って!誰か来る!!」
暁の声に、三人は静まる。
────れか...いる...の......?
「「「「!!」」」」
全ての電源を切ってきたため電灯は点かず、ペンライトという光を失い、本当に真っ暗になってしまった
よく聞くと何か金属を引きずるような、ギリギリギリ...ガリガリガリ...という変な音も聞こえる。
その音は玄関の角...ちょうど“例の廊下”から聞こえてきて...
────そこに...る.....です...?
女の細い声が暗い闇の奥からだんだんと大きくなり、身の丈の半分以上もの大きな刃物を持った人影が現れ...
────み つ け た
ゆらりと影が動いたと思った瞬間、猛スピードで駆け寄ってきた!
「「「ぎゃあああああああ!!!!」」」
「やっと見つけたのです!
鎮守府の電気が真っ暗になって怖かったのです...」
その影は翔たちに抱きついて、すりすりと頬ずりしてきた。
「...って電?!」
翔はハッと思い出した。そういえば装備改修を電に任せ切りにしてしまって...
「すまない...昼寝してからてっきり忘れていた...」
「酷いのです!こんなだから翔さんは...ですよね!」
「「「......」」」
「あれ、加賀さん...摩耶さん...暁お姉ちゃん?!」
∽
加賀と摩耶は腰を抜かして立てなくなったため、暁に至っては気を失っていたため救護室へ運び、彼女たちを気遣って翔と電は何があったのかを有耶無耶にした。
そしてこの日を境に炬燵は撤収され、第七鎮守府は暖房と毛布だけでどうにか冬を越すことになるのであった。
ちなみに、この日の出来事が艦娘たちの間で鉄板の心霊話ネタになるのだが...真実は誰もわからない。