あなたの街のマルチ事務所!   作:シィロ

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-第1-2話- イマジナリー・フレンズ(カレント)

マルチ事務所内は緊迫した空気が包まれていた。

「つまりなんだ、この場所に行って攫われた子供を奪ってこいってことか?」

「奪ってくるんじゃない。救助してほしいんだ」

 

<リーダー>の対面に座った中年の男が口を開いた。その横に座った細身の若い男は、緊張か居心地の悪さからか、岩のようにじっと座っている。

 

「急な依頼で、必要な情報が欠けていることは謝罪する。だが我々はどうしてもその子を救助しなければならない」

「なぜ俺達が出しゃばらなければならない?送られて来た資料には、最低限必要な情報がいくつも抜けている」

「情報秘匿の為だ。[研究所]に情報が流れない為のな。本当に重要な情報は、ココにある」

 

そう言いながら、男は自分のこめかみを人差し指で叩いた。「あぁそうかい」と<リーダー>がぼやく。

カランコロンと玄関に掛けられたベルが鳴り、複数の足音が慌ただしく聞こえてきた。

 

「<リーダー>!!緊急の仕事ってどういうことでござる…!?」

「客の前だぞうるせぇ。ちょうどいい、お前らこれ読んどけ」

 

部屋へ駈け込んできた<ひかり>、<いのり>、<ひびき>は<リーダー>の対面に座っている人物達を見て思わず固まってしまう。

そんな二人のことなど気にも留めず、<リーダー>は三人に先ほど印刷した資料を渡す。

 

「お前、俺のことを話してなかったのか?」

「あ?…あーそっか、会うのは初めてか」

 

<リーダー>は未だ目を白黒させてる三人に手招きする。ハッと意識を取り戻したかのように三人は<リーダー>の傍へ寄る。

 

「こいつは…めんどくせぇ。今回の依頼主だ」

「それだけじゃ不十分だろうが。もういい、俺が話す」

 

そういうと、対面に座った男は立ち上がり、まだ驚きを隠せない三人に向かって敬礼をした。横に座った若者も立ち上がり、同じように敬礼する。

 

「始めまして。私、赤城市警察署能力犯罪係の尾城警部と申します。こちらは新人の榊原巡査です」

「よろしくお願いします」

「あ、どうもご丁寧に…って!警察でござるか!?」

「<リーダー>、とうとう犯罪に手を染めてしまったのですね…。潔く懺悔してください」

「アホども、俺は犯罪なんか犯しとらんわ」

「じゃあなんで警察が来てるんすか?」

「話を聞いてなかったのか?今回の依頼主だ」

「警察が?なんで?」

「順を追って説明しよう」

 

尾城はソファーに座り直し<リーダー>に向き直る。それに釣られるように三人も<リーダー>が座っているソファーの周りに集まる。

 

「まず、今回救助してほしいのは、その資料に書かれているとおり<村上 友美>という人物だ。急造の資料な為、顔写真は付いていないが一目で分かるだろう」

「何故っすか?」

「彼女は小学4年生の子供だからだ。加えて場所は人気のない廃ビルだ。子供がいたらまずこの子だろう」

「場所はどっからのタレコミだ?出所次第じゃ信用出来ねぇぞ」

「[レストラン]からだ。あそこの新人が偶然攫われるところを目撃したらしい。お前も知ってるだろ?あそこの新人は感知能力者だ」

「なるほど、それなら信用できる」

「犯行グループは三人。武装をしているかは不明だが一人は能力者だそうだ」

「能力は?」

「そこまでは分からん」

「あのぅ…」

 

ソファーに座った<リーダー>の後ろから<いのり>がおずおずと挙手した。

 

「どうぞ?」

「その子は何故攫われてしまったのですか?犯人たちの目的が見えないのですが…」

「…どうやらその子は能力者らしいのですよ」

「…らしい?」

「えぇ。[レストラン]の新人曰く、『発現してるけど完全じゃない』そうです」

「…その子供の能力は?」

「それも不明だ」

「犯人の目的は?」

「…恐らく、[研究所]への受け渡しだろう」

「あそこにだけは渡しちゃいけねぇ」

「同感だ。だからここに依頼しに来た」

「お前らからの支援は?」

「…現地までの輸送までだ」

「その程度しか出来ねぇのか」

「上からの命令だ。上はまだ、お前たち能力者を信用していない。受け入れるまで、まだまだ時間がかかるだろう」

「…はぁ。お前ら準備しろ、仕事だ」

「承知」

「分かりました」

「はいよ~」

 

<リーダー>の指示と同時に彼女たちは動き出す。ある者はその得物に弾丸を込め、ある者は十字架を模した角材を手に、ある者はその身を黒に染める。

 

「しばらく外で待っていてくれ。10分後には出る」

「…ありがとう」

「礼は言葉より物や金の方が嬉しいぞ」

「…あまり多くは出せないかもしれんぞ」

「タダ働きよりマシさ」

 

***

 

「一服、いいか?」

「どうぞお気になさらず」

「彼ら、どう思う?」

「どう、とは…?」

「…彼らは道を踏み外さないと思うかね?」

「俺には分かりません。ですが…」

「ですが?」

「[研究所]へ受け渡しの可能性があると分かった瞬間の<リーダー>という人物の目は、怒りに満ちていたと思います」

「…お前にもそう見えるか」

「彼らは何か、されたのですか?」

「…人体実験だそうだ。詳しいことは教えん」

「本当にあったんですか?」

「さぁな」

 

尾城は懐からポケット灰皿を取り出して灰を落とし、また煙草を加える。

 

「…これからは俺が直接ここに来るようになるんですね」

「次とその次ぐらいまではついてってやるさ。だが、能力犯罪係はまだ人材不足だ、それ以降は俺は他へ行かなきゃならん」

「…それで、彼らの素性を知りたいのですが」

「資料か何か作ってやらんかったか?」

「大事な情報はココにだけ残しておくんでしょう?」

 

榊原は尾城を真似るように、人差し指でこめかみを叩いた。尾城は一瞬、狐につままれたような顔をしたが、呵々と笑い煙草の火を消した。

 

「そうだったな、そうだった。じゃあ教えてやらんとなぁ」

「頼みますよ。俺、これからあの人たちの素性も知らずに仕事するのはごめんですから」

「分かった分かった」

 

火の消えた煙草をポケット灰皿にしまいながら、尾城は少し声を潜めて話し出す。

 

「一度しか言わないからしっかり聞いとけよ。あぁ、メモに残すなよ。今覚えろ。まずは<リーダー>、本名は『五十嵐 亮平』。ここ[マルチ事務所]の<リーダー>だ。話の途中で挙手したシスター風の女の子は『聖 祈璃子』。仲間内では<いのり>って呼ばれている。如何にもくノ一って感じの子は『風雅 光華』。通称<ひかり>。頭に迷彩バンダナ巻いてた子が『黒金 響子』。<ひびき>って呼ばれてる。直接会話に加わって来なかったが、こそこそしてた奴が『癒月 優介』。こいつは普通に<ゆうすけ>って呼ばれている。全員能力者だ。能力についてはあいつ等から直接聞いてくれ、俺は説明できん」

 

榊原は一人ひとりの名前を噛みしめるように呟き、はてと顔を上げた。

 

「なんで本名じゃなくてあだ名?で呼び合ってるんですか?」

「そっちの方がコードネームっぽくてかっこいいんだとさ」


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