ただおととら   作:電猫

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第2話~獣の槍~

 忠夫が蔵の地下から脱出した頃、二人の少女が芙玄院と書かれた石の寺号額の脇を通り抜けて行った。

 

「天気崩れてきそう。はやく帰らなきゃ……まったく!」

 

 黒髪のショートカットの気が強そうな少女が、空を見上げて呟く。

 空模様は少女が言う様に、薄暗い色の雲が徐々にこちらに向かって来ている。耳を澄ませば、雷鳴の轟も聞こえるだろう。

 寺の門を潜りながら少女は愚痴を漏らした。

 

「レポート提出明日なのよ! あたしだって、あのノート使うんだから」

「なーんて言って、日曜日にも横島くんと会えるなんて、良かったね麻子!」

 

 愚痴を零す友人に、茶色のセミロングヘアーの優しげな雰囲気の少女が応じる。

 

「ちょ、ちょっと、待ってよ!? 誰が誰に会って、嬉しいって? 真由子」

 

 麻子が真由子に慌てて、弁明する。

 それに対して、真由子が面白そうに麻子を見ながら応えた。

 

「あら、嬉しくないの?」

「あったり、まえよ……だーれが、あんなスケべな奴!」

「あたしは嬉しいな。じゃ、もらってもいいの」

「どっ、どーぞどーぞ、ゴカッテに! あ、あいつも泣いて喜ぶんじゃない!?」

 

 言葉とは裏腹に妙に焦った様子をみせる友人を見て、クスクス笑いながら真由子は境内を歩いていく。

 

「あれ? どーしたお前ら? ……オレか? オレに会いに来たのか?」

 

 先程の獣との事をすっかりなかった事にして、本の虫干しを続けていた忠夫が、二人を見つけた。

 日曜日に二人の美少女が自分を訪ねて来た事に、忠夫がジーンと感動している。

 とんでもない非現実的な事があったにも関わらず、ずいぶんと能天気な様子だ。相当に図太い性格なのだろうか?

 

「ええ、ええ、会いに、来たわよ。どーしたじゃ無いでしょ!! この前貸したノート、あれあたしも使うのよ!」

「ハーイ、横島くん! 私はそのお供。ごめんね」

 

 軽く怒った様子で麻子が忠夫に答え、真由子もそれに便乗して挨拶をする。感動している少年に少女達が水を差した形だ。それを聞いた忠夫はがっくりと肩を落とした。

 

「なんじゃ、やっぱりそんなオチなんか……」

「それにしても、本の虫干し? 横島くん偉いね、家の手伝い?」

「はっ、こいつが自分から手伝いする訳ないでしょ。どーせ、オジさんに仕方なくさせられてるに決まってるわ」

 

 まるで見ていたかの様に正解を言い当てる麻子。

 エロ本をお前らに公開されると脅されてるとは、流石に言えなかった忠夫が、決まり悪げにぼりぼりと頭を掻いた。

 真由子がそんな二人を微笑ましげに見つめてから、両手をぽんと叩いた。

 

「あっ、でも、天気が悪くなってるから、早く本、仕舞わなきゃまずいよ、横島くん」

「げっ、マジか? うわぁ、ほんとだ……」

 

 真由子の言葉に、忠夫が空を見上げてうんざりする声を上げた。

 

「……仕方ない、手伝ってあげるわ。蔵に戻せばいいの?」

 

 忠夫の様子を見て、麻子が腕まくりをしながら、忠夫に問いかける。

 

「おう、蔵で大丈夫……蔵? 蔵……く、ら、蔵はダメじゃぁぁぁぁー!? ワイはなんも、なんも、みとらん!? バケモンなんぞ、知らんのじゃぁぁぁぁ!!」

 

 突然、忠夫が頭を抑えて絶叫を始めた。彼の能天気な態度は、どうやら現実逃避だったようである。

 そんな少年の突然の奇行に対して、麻子は嘆息を一つして、おもむろに忠夫に近づくと、脳天にチョップをかました。

 

「ええい、落ち着きなさい。ばかもの!」

「はっ、ここは何処だ?」

 

 叩かれた衝撃で、忠夫の意識がこの世界に戻ってくる。しかしまだ混乱しているのか、キョロキョロと辺りを見渡していた。

 そんな忠夫に対して、麻子がもう一撃お見舞いした。

 

「だから、正気にもどらんか!」

「ぷっ、あははは〜」

 

 二人のやり取りに真由子がお腹を抑えて笑ってしまった。

 

「はいはい、じゃあ母屋に運んじゃえばいいのね。早くすませましょ。終わらせたら、ノート早く返しなさいよ!」

「麻子、いつもすまんな。しかしノートか……すっかり忘れてた」

「忘れてた、じゃなーい! だいたい、いつもあんたはねー……」

 

 本の片付けを手伝うつもりだった麻子だが、忠夫の一言で、手を止めて説教を始めた。真由子はまた始まったと呆れ顔を浮かべる。

 ただ今回はいつもと違うことになる。説教を受ける忠夫が異常事態に見舞われていたのだ。

 忠夫の目の前に生き物が浮かんでいる。それも見たことも無い種類の虫や魚、蛇の様な生き物が大量発生していた。

 太古の地球というテレビ番組で似たような生物を見たような……ともかくなんだこの気色悪い生き物は!? どっから湧いて出た? 忠夫は呆然としながら考えた。当然麻子の説教なんか上の空である。

 

「あんた、ちゃんと聞いてるの?」

「二人とも……大丈夫なんか?」

「へっ、なにが?」

「なんの事、横島くん?」

 

 気持ちが悪い生物が、二人の周りも飛び回っている。しかし二人はそれに全然驚いていない。

 オレにしか見えていない? 忠夫が思った。

 ちょうどその時、蛇のように見える生き物が、真由子の胸の辺りにへばりついた。

 

「こっ…このっ、それはワイのなんやーー!!」

「きゃん」

 

 慌てた忠夫が、羨ましい蛇を掴み取るために手を伸ばした。真由子の胸元に向かって……

 

「なにをトチ狂ってるかー!? ばかもん!!」

 

 真由子に飛びかかった忠夫を、麻子の右足が一閃して撃退した。

 

「スケベなのはいつもの事だけど、そこまで節操無しになったの?」

「麻子……別にいいのに……」

「真由子ぉー!! あんたが甘やかすから、こいつがつけ上がるのよ!」

 

 麻子が真由子の肩を抑えて、がくがく揺さぶりながら説教を始めた。そんな二人を尻目に、忠夫はがばっと起き上がるや、蔵に向かってだっと走りだした。

 

「あっ、こら、忠夫!」

「横島くん?」

 

 突然走りだした忠夫に二人が呼び掛けるも、彼はそれに応えず、蔵へ飛び込んで行った。

 

「おいっ、お前、オレになにしやがった? 虫だか、魚だか、蛇だか、変なもんが見えやがるぞ!?」

 

 恐怖を抑え込み、獣に問い質す忠夫。

 

「くくっ……くっくっくっ……はっはっはっは……あはははははは」

 

 獣が邪悪な顔で笑い出した。忠夫の不幸が楽しくてたまらないといった表情である。

 それにビビりながらも、忠夫が獣に問いかけた。

 

「わ、笑ってないで、こ、答えろよ」

「ばーか、そりゃワシの妖気が呼んだ虫怪や魚妖どもよ!!」

「虫怪に、魚妖?」

「この地下には、500年間閉じ込められていたワシの妖気が溜まってた。そしてそれをお前が解放した。妖気は流れ出て、この辺りの低級な小妖怪どもを引き寄せたのさ」

「な、なんでオレにだけ、それが見えるんだ?」

「ふんっ、ワシに接したお前は、そいつらを他の人間より早く見れただけだろう。少し経てば、奴らは実体化して誰でも見れる様になるさ。まあその時は人は襲われてるだろうがな」

 

 いかにも嬉しそうに獣は、くくっと笑った。

 まさにその時『きゃああああああああああああ』と蔵の外から少女達の悲鳴が忠夫の耳に届いた。

『くそっ!』慌てて外に飛び出そうとする忠夫を、獣が止める。

 

「待ちな! 他にも人間がいたのか、女か……無駄だね、お前にゃ助けられんよ。魚妖どもは、厄介だからな。くっくく、お前の所為だな! お前がここを開かなけりゃ、良かったんだ」

 

 忠夫の顔は不安、緊張、罪悪感で汗塗れになってしまった。そこにつけ込む様に獣が提案を始めた。

 

「わかってるな。ワシならできるんだぜ! へへっ……そのためにゃ、この槍が邪魔だがなあ……」

「……………………」

 

 忠夫が無言で地下室へ飛び降りた。

 

「ふんっ、わかったみてぇじゃねえか」

「やっつけてくれるか……」

「約束は守るさ……」

 

 忠夫が獣に刺さった槍を握り締め、力を込めて引いていく。獣がどんなに力を入れても抜けなかった槍が、少しずつ抜けていった。

 槍が獣から完全に抜けた瞬間の事だ。いままで大人しくしていた獣が、忠夫に飛びかかり鋭い爪がある右腕を一閃した。

 

「はあはあ。よくもワシをコケにしてくれたなあ……」

 

 壁まで吹き飛んだ忠夫を見下ろし、獣が喋る。

 

「約束は……どうなる……あいつらは……」

 

 頭から血を流しながら忠夫が問いかけた。その問いに獣がとても楽しそうに邪悪な笑みで答えた。

 

「ばーか、だれが人間との約束なんて守るんだよ! けけけ」

「きたねえぞ……ちくしょおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 忠夫が叫びながらふらつく足に気合いを込めて立ち上がる。

 その瞬間、忠夫を中心に妖気の渦が天に向かい立ち昇る。同時に少年の身体に異変が走った。彼の髪が急激に伸び始め、腰の辺りまで達する程になり。また両眼の瞳孔が細く鋭く変化した。その姿はまるで人が獣に変わっていくかの様であった。

『しまった! こいつまだ槍を持ったままだった。あの時と同じだ……500年前にワシをここに縫い付けた、あのサムライと……同じだぁぁぁぁ!?』獣が内心で後悔の叫びを上げた。

 ギロリと忠夫が獣を睨みつける。

 

「うっわあああああああああ!?」

 

 情けない悲鳴を上げながら獣が蔵から逃げ出した。途中邪魔になる虫怪や魚妖を蹴散らしながら、一目散に突き進む。

 

「どけえええいっ!!」

 

 大量の小型妖怪に取り囲まれた瞬間、獣は金色の全身に雷を纏わせた。そして身体に纏わせた電気エネルギーを一気に周囲に向かって放出した。

 その威力は獣の周りに集まっていた数十、いやもしかしたら百以上もの小妖を、纏めて消し飛ばした。

 しかしそんな恐るべき力を持った獣が背後から迫る脅威に怯えている。

 

「まいったあっ! まいりましたあっ!? 約束どおり、妖怪はやっつけるぜ!! だから勘弁してくれえっ!」

「うるせぇー! お前はここで退治しちゃる。テメェの所為で、こんな髪型になっちまったじゃねえか! いまどき長髪は流行らんのじゃ!!」

 

 異形と化した忠夫が、ふざけた事を叫びながら獣に槍を突き出した。その突きを間一髪のところで獣が避ける。

 

「ひゃああああっ!!」

「往生際の悪い。さっさと往生せいやぁー!!」

 

 忠夫が遠心力を最大に活用して槍を振り回した。槍の進路上にあった樹木が、なんの抵抗もみせることなく両断される。信じられない程の切れ味をみせる槍である。

 

「なにこれ! なんなのよーーっ!?」

「やだーっ、やだやだ、助けてーーっ!!」

 

 忠夫が獣を後一歩まで追い詰めた時に、母屋から麻子と真由子の悲鳴が聞こえた。

 忠夫が振り向くと、そこには小妖怪どもが集まり、2、30メートルはあるかという大蛇の様な群体に変貌していた。

 

「うわ! やってくれるぜ。魚妖どもが集まって、どんどんでかくなっていきやがる」

「くそっ、あれを片付けるぞ。麻子と真由子を助けんと……」

 

 獣に槍を突きつけ忠夫が命じた。

 

「ひっ! わ、わかった」

「先に突っ込め! ラストはオレが決めちゃる!」

「はっはいっ」

 

 忠夫は槍をチラつかせながら、獣に指示を下していった。

 大蛇に向かい凄まじいスピードで向かって行く、一人と一匹。獣がその速度を生かして飛びかかり、大蛇の顔に当たる部分を両腕で切り裂いた。

 

「まったく……なんだってワシが……」

 

 獣の背後を走っていた忠夫が飛び上がり、顔を切り裂かれ怯んだ大蛇を、一瞬で八分割に切り裂いた。

 

「どうして……ワイが……」

 

 槍に切り裂かれた小妖の群体が爆発を起こし、消滅していった。

 妖怪を退治して、着地 に成功した忠夫と獣が、同時に叫んだ。

 

「「こんな目に、あうんだぁーー!!」」

 

 叫びが最後の力だったのか、忠夫がその場で膝をついた。力が抜けたと同時に異形姿だった忠夫が普通の姿に戻っていく。長く伸びた髪がどんどん抜け落ち、瞳も人のそれに戻った。

 力の抜けきった忠夫が虚ろな目でポツリと語り出した。

 

「槍が……頭の中で囁いた……この槍は妖怪を退治する為だけに、二千年も昔中国で造られた……『獣の槍』人の魂を力に変えて妖怪を討つ。ゆえに使う者は獣と化してゆく。獣と化し槍と一体となり、その者は妖怪を倒す為だけの生き物になってゆく。お前を刺した侍も、そうだったんだろ?」

「ああ……」

「そうか……」

 

 忠夫が一息呼吸を入れた。

 

「オレは嫌じゃあーーー!! そんな生き方してたまるかぁぁぁ!! それに……髪が抜け落ちてもーたぁぁぁ!? この若さでハゲになるのは嫌なんじゃぁぁぁぁ!!」

 

 忠夫が滂沱の涙を流して、非常に情けなく泣き叫んだ。

 

「……ワシは、こんな情けないクソガキにビビってたんか……」

 

 忠夫の醜態を見て、獣が大きく肩を落とした。

 

「まあ、いい。じゃ、あばよ」

 

 まあこれから関わらなければ構わんか、獣がそう思い、気を取り直して忠夫へ別れの言葉を告げた。

 振り向き飛び去ろうとする獣の目の前に、槍が突きつけられた。

 

「待て」

「な、なんだ。虫怪や魚妖はやっつけただろ……」

「お前の500年分の妖気は、まだ当分の間、他の妖怪を呼ぶんだろ? それに……」

「それに?」

「ワイだけ不幸になってたまるかぁぁ!! お前も道連れじゃあああああああ」

「ふ、ふざけるなあああ、なんだその理由はぁ!?」

 

 激昂する獣。しかし顔にぴたりと槍を突きつけられて動けない。

 

「お前……卑怯だぞ……」

「あほんだらっ!! 卑怯でもなんでも、人生勝ったもん勝ちじゃ!!」

 

 獣は決意を固めた。『この人間め! こうなったら取り憑いてやる。隙を見て、絶対に喰ってやるぞ!』

 忠夫は思った。『なんでこんな化物なんだ。どうせなら美人の妖怪はおらんのか?』

 

「なあおい、妖怪?」

「なんだ、クソ人間!」

「……お前の名前はなんだ?」

「ふんっ、名前なんぞは、どうでもいい」

「……名無しかあ……ごんべえでいいか?」

「なっ、やだぞ、ワシはそんなの……」

「どうでもいいんじゃないんか? まあでも呼びにくいしな……んじゃ、とらでええか。なんか似てる気もするしな」

「おい、勝手に決めるな」

「うるせー、我儘いうな、めんどうじゃ。お前はとらだ! オレは横島忠夫。横島でも、忠夫でも、好きに呼べばいいさ」

「けっ、誰が呼ぶか! それよりワシはそんな名はいやだぞ」

 

 とらの言葉を無視して、忠夫は母屋に向かって歩き出した。忠夫の視線の先には恐怖から解放された二人の少女が玄関から飛び出し、こちらに向かって走ってくる姿が映る。

 さて、どう誤魔化そうか? 額に汗を浮かべて忠夫は少女達への言い訳を考え始めた。

 そんな忠夫の後ろを、ぎゃんぎゃん文句を言いながら、とらがついていくのだった。

 




5000文字くらいが編集しやすいですね。
今回は一万字のを分けたのだったので、次回はもう少し時間かかります。
なるべく早く更新できるよう頑張ります!
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