戦車道。
女子の嗜みと言われる、戦車を率いた武道の事だ。
礼節のある、しとやかで凛々しい婦女子の育成を目指した武芸であり、女子としての道を極める事もある。
ついでに言って、戦車道なら非力な人間でも、強大な力を持って戦えるという事で女性に人気のある武芸でもあるのだ。
その中で、『西住流』と呼ばれる流派が存在する。
撃てば必中 守りは固く 進む姿に乱れ無し 鉄の掟 鋼の心。
その名に恥じぬ強さを持ち、その統率力に加え、下がる事を知らぬ、突撃を前提とした流派。
まさに『鉄血』の名に相応しい流派ともいえるだろう。
この話は、その西住家に、長男として生まれた男の、限りなく無謀で、限りなき鋼の信念をもち、限りなき自分の『道』を突き進む物語である。
バルカン工業高校学園艦。
空母サイズの艦の上に、住宅地を置き、更にそこに、バルカン工業高校の校舎が存在する。
そこは男子校であり、女子は一切いない。
その学園の敷地の芝生で寝そべる、一人の少年。
灰色の制服を着こみ、両手を頭の後ろで組んで、空を仰ぐ。
その胸には一冊のノートがあった。
「・・・・・てきせんしゃはっけん・・・・てー・・・・」
寝言。
からの、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「んみゅ・・・・?」
男子らしからぬ声をあげ、少年は起きる。
それと同時に、ノートが腰のあたりに落ちる。
「・・・・もう授業か」
眠気から覚めない顔でそう呟き、落ちたノートを片手に持ち、立ち上がる。
その時には、顔はすでに引き締まり、威厳を持った歩きで、校舎へ向かう。
彼の名は、西住いほ。
西住家の長男にして、西住まほの双子の兄にして、西住みほの兄でもある。
現在、高校一年。
みほが大洗女子学園に転校して優勝する二年前の話である。
四月二十日。
その日の授業を終わらせたいほは、放課後だというのに教室に残って、一人ノートに何かを書き込んでいた。
「この間の知波単と聖グロの戦いは、今回は知波単の突撃戦法が功を奏したけど、次がそれが通用するかどうか・・・・一方で黒森峰は相変わらずの徹底した戦い方だったな。まだまほの奴が隊長にされていないとはいえ、八回連続優勝しているんだからすごいよな・・・・」
などとぶつぶつと呟きながら鉛筆の芯が削れる程にノートにありとあらゆる作戦を書き込んでいく。
ふと、がらがらと教室のドアが開く。
「やっぱりいたか」
「ん・・・?」
入って来たのは、いほの担任だ。
「いつもノートに戦車道の事を書き込むのはいいが、その情熱をもう少し勉強に注いでくれないか?」
「これでも学年一位なんですが?」
「だからそれに情熱が足りないっていってるんだよ。男じゃ戦車道はできないんだから、いい加減諦めたらどうだ?」
担任が担任机に持っていた書類を置く。
「それと、少しは友達作ったらどうだ?お前、自己紹介の時に『戦車道にしか興味無いので以後お見知りおきを』って言って一発であぶれたじゃねえか」
「ぐ・・・・」
担任の言葉に少なからずダメージを受けるいほ。
実際、それを言ったのは本当なのだ。
いほは、幼少の頃から、母親のしほの影響なのか、西住流、というか戦車道を独学ながら学んできたのだ。もともと父親である常夫が呼んでいた新聞を三歳の頃から読めたいほにとって、文字を読み取る事など容易い事だった。
その上に、全ての戦車の名前、スペックなどを全て暗記し、常夫が録画していたしほが戦車道をやっている映像や、テレビで放送する戦車道の試合などを見て、あらりとあらゆる戦法を五歳の頃から考えられたり、戦車のプラモデルを買ってそれを一人で組み立てたりと、とにかく、戦車にはかなりの情熱を注いできたのだ。
しかし、それでも妹たちの生活をおろそかにしてきたわけではない。
いほがプラモデルを組み立てていた時に、まほが興味深そうに見てきた時は、戦車の説明も含めながら、作っていく様子を見せてあげたり、みほがボコられぐまのボコを持ってきて、これで遊ぼうと誘ってきた時には、遠慮なく遊んであげたりと、兄らしい事をしてきたのだ。
ただ、そんな中で、しほがまほとみほに戦車道の練習をさせはじめた時に、まっさきに不満を持ったのはいほだった。
意地でも戦車に乗りたいと母親に直談判に言った時の剣幕といえば、当時のしほに言わせれば、あまりの事につい気迫を放ってしまったが、それさえも払いのけて迫られた時には恐怖を感じたという。
「とにかく、今日はもう帰れ、自室でもできるだろそれ」
「わ、分かりました・・・」
がっくりとうなだれたいほは、『戦術ノート 二百六十冊目』と書かれたノートを持って、教室を出ていく。
そのまま学園内を出て、帰路を歩く。
一つ、大きなあくびをして、空を見上げる。
文句のつけようのない程の最高の天気。
このバルカン工業高校は、戦車を生産する工場に入る為の資格を取れる学校なのだ。
無論、いほは作る側になりたいし、乗る側にもなりたい。
だが、最も戦車に触れる機会を多くするには、やはり戦車を作る側になるしかない。
そんな名残惜しい職業(いほにとっては)に就く事は、今のいほにとっては苦渋の決断にも等しい。
「はあ・・・」
溜息一つ吐き、俯く。
学園の裏山。そこで、狐が一匹急な斜面を通り過ぎる。
そこで小石が一つ転がり、下にあった、
「?」
それは、
音の聞こえた山の方向を向き、いほは、しばしその場に立ち尽くす。
そして、その音の正体を確かめる為に、いほは走り出す。
森の中、鍛えていた事もあってか、息をあがらせる事もなく、いほは真っ直ぐに歩く。
急な斜面に差し掛かった所で、いほは、それを見つけた。
「これは・・・・・」
その声は、驚愕と歓喜がまじりあったようなものだった。
それは、ドイツの中戦車『Ⅳ号戦車E型』だった。
この時、日本中は、否、世界中は予想だにしなかった。
いほと、このバルカン工業高校の生徒たちが立ち上げた戦車道が、戦車道の歴史に大きな変化をもたらすことを、まだ、誰にも予想できなかった。