バルカン工業高校。
そこは男子校であり、女子の嗜みたる『戦車道』とは無縁の地。
しかし、そんな学園であるが故に、ここに戦車ある事はおかしかった。
「なんでこんな所に・・・」
いほは訝しむ様に、だがどこか興奮した様な声音で目の前にあるⅣ号E型に近付く。
そして、触れて状態を確かめる。
後ろの方の木々がなぎ倒されており、さらにはそこには、この戦車が作ったであろう履帯の跡、更にはまだ戦車の錆びの無い、蒼い装甲の様子を見ると、この戦車は、
「まだガソリンあるかな?」
いほは躊躇い無くⅣ号に上り、燃料タンクを見る。
「お、入ってる」
その事実に更に興奮し、いほは操縦席へつながるハッチを開けて、躊躇い無く入る。
「やはりⅣ号。家にあったものと同じ奴だ」
イグニッションと書かれたボタンを押し、エンジンをかける。
すると、快適な音を鳴らし、エンジンがかかる。
「よし、それじゃあ行きますか」
サイドブレーキを外し、ギアを切り替えて、アクセルを踏む。
するとⅣ号は下がり出し、同時に履帯ごとその向きをかえて、履帯のある方向へ正面を見る。
またギアを切り替え、前に走り出す。
そのまま真っ直ぐに森を駆け上がっていき、峠を越え、やがて、広い草原に出る。
そこで一度戦車を止めて、いほはⅣ号から出る。
そして、改めてⅣ号の状態を見る。
「エンジンに問題は無い。他、細かい所も問題無し・・・・ガソリンはあったから、まだ動くと思うが・・・・」
などと思案してみる。
そこでふと、いほはある事に気付く。
他にも履帯の跡があるのだ。
この草原を中心にして、合計で十。
どれも点でバラバラな方向に向かっている。
「他にもあるんだ・・・・」
いほは、茫然としながらも、興奮ぎみに呟く。
「・・・・いいねぇ・・・」
そう呟き、いほは微笑を浮かべる。
「よし、明日の放課後、戦車探しでもしますか!」
そう意気込み、いほは、バッグを持って、寮の自室に戻っていく。
ちなみに、ここの寮は基本一人部屋だ。
だから、異常な趣味など他人に知られる事などない。
翌日。
「♪~」
放課後、いほは上機嫌で山に向かっていた。
今日も昨日に続き快晴。
機嫌が良いのもうなずける。
そんな中であった。
「おい、あいつ」
「ああ」
ふと、野球部の方である会話が聞こえた。
そちらへ視線を向けると、二人の部員が嫌な笑みを浮かべており、視線の先にいる、いかにも気弱そうな男子生徒になにかをしでかしそうな雰囲気だった。
異常聴覚者たるいほには、その会話は集中すれば筒抜けだ。
「やろうぜ」
「ああ」
そして案の定、一人の男が、大きく振りかぶった。
そして、そのままその手に持ったベースボールを、その生徒に向かって投げる。
唸り声をあげて、そのボールはその男子生徒に真っすぐ向かっていく。
そして、不運か幸運か、その男子生徒はそれに気づき、振り返る。
「え・・・?」
ボールが、その男子生徒の顔面に直撃――――――しなかった。
二人の野球部員は目を見開き、一方の男子生徒は訳が分からず呆然とする。
その男子の顔面直前で、ボールを片手で掴まれていた。
いほだ。
いほは、高速で飛んでくるベースボールを片手でキャッチしたのだ。
伸ばしていた腕をまげ、眼下に持ってくると、一回上に投げて、また掴む。
「チ」
ふとそんな声が聞こえた。
「悪い悪い、ちょいと手が滑っちまった」
と、いかにも残念そうな笑みでミットに包まれた左手をあげる。
それに対しいほは、ゆっくりと振り向いた。
「ッ・・・!?」
その表情に、顔が凍る。
「・・・・・・恥を知れ」
低く、響く声でそう告げ、その部員に向かって、その部員を超える剛速球を放つ。
心地よい音が響き、男子部員のミットに包まれた手が悲鳴を上げる。
「ぐあ・・・ッ!?」
思わず悶える男子部員。
いほはそれを気にも留めず、狙われていた男子の方を向く。
外見は、普通といっても納得するほど普通だ。
黒髪のショートカット。目にはおっとりとした感じが感じられる。
体つきも、ごく普通だ。
ただ、いほはその人物の事を知っていた。
「あ、ありがとう」
「別にお礼なんて良い。ただ気に入らなかっただけだ。それはそうと、お前、B組の
その問いかけに、目を見開く優希。
「そうだけど・・・なんで?」
「別に、ただ他人を観察するのが癖なだけだ。他に知っている事と言えば、お前が弓道部に入っている事だけかな」
「ああ、うん・・・そうだね・・・」
突然、目を反らして、声のトーンが下がる。
「? どうした?」
それに首を傾げるいほ。
「ああいや・・・」
「ん?」
両手を曲げて顔の前で振る手を見て、いほは、その手に握られている紙に気付く。
「・・・・退部届か?」
「・・・・・・まあね」
彼曰く、いじめが酷過ぎるためにとてもじゃなく、続けられないらしい。
「別に決めるのはお前次第だが・・・あ、そうだ」
いほは名案を思い浮かんだかの様な表情になる。
「お前、弓道部やめるならさ、しばらく俺に付き合え」
「え?」
「こんな所に戦車があったなんて・・・・」
「だろ?全部で十両。これを全部ここに持ってくる。お前にはこれを手伝ってもらう」
「アハハ・・・分かったよ」
無事、退部届を出せた優希を引き連れて、いほは戦車の捜索にあたっていた。
昨日見つけたⅣ号は雨が降っても濡れないようにブルーシートをかぶせてある。
「まずは、地図の上の方を捜索しよう」
その提案の元、いほと優希の二人は、北の地域を探していた。
そこは、広大な森林。
二人は、消えかけの履帯の跡を頼りに戦車を探す。
「うわ!?」
木の根に足を引っかけ転びそうになる優希。
「大丈夫か?」
「ああ、うん、大丈夫。すごいねいほ君は。こういう道、歩き慣れてるの?」
「家の近くに森があってな、そこでよく妹たちと遊んだんだ。それに、そこは運動するのに最適だったからな」
「そうなんだ」
そんな他愛無い会話をしている間に、優希は、その視線の先にある鋼鉄の塊を見つけた。
「いほ君、あれ」
「ん」
優希が指す場所に視線を移し、いほは目を凝らす。
その独特な形に、いほも気付いた。
「おお!あれは!」
興奮気味のいほは走り出す。
それを追いかける優希。
そして、その鋼鉄の塊の元に辿り着いた時、いほはその名を叫ぶ。
「『ヤークトパンター』!Ⅳ号と同じドイツの駆逐戦車じゃねえか!」
「そうなの?」
「ドイツの戦車で、元となったパンターよりも口径の大きい88mm砲を搭載した、自走砲でもあるんだ。いやあ、こういう威力の高い戦車は、いざって時に良い切り札になるんだ」
「そうなんだ」
「よし、こいつを動かそう。少し待っててくれ」
いほは、手慣れた動きでヤークトパンターに乗り込み、ガソリンを確認。そして操縦席に乗り込む。
その間、優希は、そのパンターの傍にあるものを見つける。
それは、見るも新しいドラム缶。
五つもあるそれが気になった優希は、それに近付いて、試しに一つだけ開けてみる。
すると、強烈な匂いが鼻をつつき、思わず顔をしかめる優希。
それはガソリンだった。
それも重油。戦車を動かす為のものだ。
「なんでこんなところに・・・」
そんな呟きと同時に、ヤークトパンターが咆える。
否、それはエンジンの始動音だった。
「おっし。それで、優希。何かあったのか?」
「え?ああ。こんな所に、ガソリンが5ガロン(ドラム缶五個分)あったよ」
「マジか。近くに乗っけられそうなものは・・・・」
「あ、これ、荷台に積まれてた。それもその戦車につながれているよ」
「よしきた!」
そのまま戦車に乗り込んだ二人は、ガソリンの入ったドラム缶の荷台を乗っているヤークトパンターで引きながら、Ⅳ号の元へ運んでいく。
その調子で、その日はヤークトパンターの他に、『クロムウェル巡行戦車』『M24チャーフィー軽戦車(通称M24)』と大量の弾薬を見つけた。
すっかり日も沈み、とっぷりとした夜空を見上げながら、いほと優希は歩行路を歩く。
「へえ、いほ君、戦車乗りの家元なんだ」
「そうなんだ。まあ、こんな事してるってばれたら、終わりだろうけどな」
「だね」
他愛もない話をする二人。
「あ、僕、家がこっちなんだ」
「そうなのか。じゃ、また明日だな」
そのまま背を向けて立ち去ろうとするいほ。
「いほ君」
「ん?」
呼び止められ、振り返るいほ。
「今日は楽しかったよ」
「そっか、そいつは良かった」
優希の言葉に、いほは笑って返す。
そうして二人は、分かれた。