バルカン工業高校学園艦にある、広い広い自然区域。
その中を、エンジンの騒音をまき散らしながら走る、一台の青い戦車。
「森の中に入ってくれ。そこから道なりに進んで、分岐の所で停車。そこが俺たちの指定位置だ」
「了解!」
いほが、バレンタイン歩兵戦車の中に入っていた戦車道用の首輪型マイクを使って操縦手である東馬に指示を出す。
すると彼らの乗っている青い戦車『Ⅳ号』は進路を十時の方向を変えて、森の中に入る。
そして、目の前に見えた分岐の所で、Ⅳ号は止まる。
そこで、いほは、既に指定位置に移動している他の戦車たちに通信を送る。
「全員、位置についたか?」
すると、各戦車から返事が返ってくる。
『こちらルノー。準備完了です』
『T-60も大丈夫です』
『ヤークトパンター、いつでも行けるであります!』
『コンカラーも、準備できている』
『クロムウェル、いつでも抜錨可能だ』
『チャーフィーもいつでもいけるよ~』
「全車両、準備OKだそうだ」
総司がそう報告する。
「よし、整備員の方々も、審判の方法はあらかた教えた通りです。白旗を確認したら、すぐさまスピーカーで行って下さい。お願いします」
『あいよー!』
無線越しにそう気楽に返す声の主は、『
自動車部の部長でもある。
「よし、それじゃあ確認するぞ。今回はルール無用のバトルロイヤル。自分の戦車以外は全部敵だと思え。ただ、一時的に同盟を組むもよし、何台かで一つの標的を消すもよし。だけど覚えておけ。今回生き残れるのは自分の戦車だけだ。同盟を組む場合はかならず裏切りがあると思え」
『独ソ中立条約だな』
『日ソ不可侵条約だ』
「あーそう例えても良いが、とにかく、敵見つけたら主砲撃って倒してしまえばいい。いいな?」
『はーい!』
無線越しに、一斉に返事が返ってくる。
「それじゃあ始めよう。それと、無線は非暗号化されているから、通信機切っておかないと会話筒抜けになるからな。戦車道は武道と同じで、礼に始まり、礼に終わる。礼!」
『よろしくお願いします!』
いほの掛け声とともに、各車両から、礼の声が響く。
『それじゃあ、はっじめっるよー!試合、開始ー!』
ブザーが鳴り響く。
「さて、車長殿。最初はどうするんで?」
東馬が振り向き、そう聞いてくる。
「そうだな・・・・相手は素人集団だから、まずは待機だ」
「了解」
「一応、ある程度の事はあいつらに教えたが、上手くやれているだろうか・・・・」
そう思案するいほ。
「大丈夫だと思うけど?」
「だと良いんだがな」
ふと司が、砲弾を持ってみる。
「砲弾、結構重いんだな」
「そりゃあ、二十四口径だからな。言っておくが、ソ連のKV-2はそれの倍でかい砲弾撃つんだぞ?」
「そうなのか?」
と、いほが説明していると、ふといほが何かに気付いたかの様な表情になる。
「いほ君・・・?」
「・・・・来たな」
いほのつぶやき。
それを聞く暇も無く、車体が揺れる。
「うわぁあ!?」
「うお!?なんだァ!?」
「被弾したのか!?」
「ッ!?」
驚く優希、東馬、司、総司。
だが、いほだけは冷静だった。
「落ち着け、すぐ近くに着弾しただけだ。直撃していない」
良く通る、低い声で声を発するいほ。
「東馬、右に曲がれ、車体の揺れからして砲弾は左から。それもヤークトパンターの八十八ミリ砲だ」
「ヤークト!?それじゃあ歴男チームか・・・・」
「急げ!」
「あ、ああ!」
いほの叱咤の応え、東馬はⅣ号を走らせる。
進路は分岐の右だ。
「だー!外したか!」
砲手のクライトスが悔しそうに叫ぶ。
「案ずるな、次がある!」
ジェームズが砲弾を装填しながらカバーする。
「おいかけるよ!」
ヴィットマンが操縦し、すぐさまⅣ号を追いかける。
まずは経験者であるいほの乗るⅣ号を倒す。
それならばあとは同じ技術レベルの戦車同士の戦い。
戦車の性能でものを言わせる気なのだ。
しかし、それは他の戦車も考えていた事だった。
森の中を逃げるⅣ号。
「まさか始めにこちらを狙ってくるなんて・・・・」
「想定の内だ」
いほは、真剣な眼差しで、キューポラにある窓から回りを見渡す。
「ああ、そういえばいほ君は経験者なんだから、先に倒しておきたいのは当然だね」
優希が関心する。
だが、それに浸っている暇は無かった。
「左、クロムウェルだ」
「な!?」
「右に曲がれ」
いほの指示に従い、Ⅳ号は分岐を右に曲がる。
直後に、徹甲弾がⅣ号のすぐ横に直撃する。
「あちゃー、外しちゃったか」
陸奥がそう気楽そうに言葉を零す。
「まあ、外してもおかしくないだろうな。なんせ相手はあの西住流だもんな」
千利が砲弾を装填しながらそう言う。
「追いかけるぞ。名取」
「分かったよ~」
アクセルを踏み、走り出すクロムウェル。
第二次世界大戦最速とうたわれるこの戦車だが、こういう所では、その自慢のスピードを発揮できない。
ついでに名取は自動車部ではあるが、こういう山道の運転には慣れていないのだ。
「まさに宝の持ち腐れだな・・・・仕方ない。かなり大変になるが、草原にでよう」
Ⅳ号は、東馬の巧みな操縦テクニックによって山道をなんの問題も無く森を抜け、草原に出る。
「止まるな。ここには遮蔽物が無い。下手すれば直撃を貰うぞ」
「オーケー。こういう所の運転は任せろい!」
「じゃあ早速だが、左に曲がれ!」
「うおわ!?」
それを聞いた東馬はあわててハンドルを左に取る。
そして曲がった瞬間、砲弾がⅣ号のすぐ左に着弾する。
「ッ!」
優希は砲手席のハッチを空け、撃ってきた標的を探す。
「あれは・・・チャーフィー。生徒会だ!」
チャーフィーがもう一度、主砲を撃つ。
「速度下げろ」
そこでⅣ号は速度を下げた。
そして目の前に砲弾が着弾する。
「ありゃ、外しちゃった」
「速度を下げる事で着弾地点から逃れたのか」
「流石、西住流の長男だね」
砲手を担当している業、装填手を担当している龍三、操縦手を担当する比叡。
どうやら、業の天性の射撃能力が仇となり、どこを狙っているのか予測されてしまったのだ。
「さて、次は当てるとしますか」
業はスコープを覗き、Ⅳ号を狙う。
「優希、砲塔を回転。二時の方向に合わせろ」
「え?でもそこには・・・・」
「ルノーだ。東馬、左にいったらすぐに右に切り返せ。ルノーの主砲は二つだ」
「了解!」
するとすぐさまⅣ号は左に進路を変更。
直後に砲弾が地面に直撃。
そしてまたすぐに切り返し、右に進路を変える。
今度はⅣ号の左に砲弾が直撃する。
「優希!」
「分かった!」
優希が砲塔を回転させる。
「ルノーとⅣ号の距離はm単位で約1000、敵の全長は6.37、よって6シュトリヒ!仰角三度上に調整!」
いほが、敵も見ずに優希のそう指示を下す。
「東馬、次の敵の攻撃を回避したら急停止。優希は揺れが収まり次第標準を微調整。自分のタイミングで撃て。ただし三秒以内だ!」
「あ、外しちゃった」
上の主砲を担当している勇也が反省の色も見られないような表情で撃ってみた結果を知る。
「ま、まあ、最初は当たらないものだよ」
車長兼装填手である啓斗がカバーする。
「次は当てよう」
「あ、浩一君」
下の主砲を担当している浩一が真剣な表情でスコープを覗き込む。
「了解」
下の主砲の装填手を担当している信次が砲弾を装填する。
「オイ、速くしないとトンズラしてしまうで!」
「あ、うん。それじゃあ、撃て!」
啓斗の掛け声とともに、勇也と浩一が主砲を撃つ。
「速度上げろ」
「了解!」
東馬がアクセルを更に踏み込む。
Ⅳ号が加速し、砲弾が背後で着弾。
「停車」
いほがその様に命令を下す。
その瞬間、なんと東馬はサイドブレーキをかけた。
「うお!?」
急激なブレーキ。
するとⅣ号は強制的に止められた
「ハッハッハー!」
東馬が高笑いを上げ、Ⅳ号は止まる。
「足を狙え」
いほの言葉が響く。
それに従い、優希が引金を引く。
轟音。そして揺れ。
Ⅳ号の主砲から、砲弾が飛び、ルノーに真っ直ぐに突っ込んで行く。
その砲弾は、いほの指示通り、ルノーの履帯に直撃する。
すると、履帯だけでなくホイールも吹き飛び、ルノーの車体が傾く。
そのまま、その車体から白旗があがる。
履帯、および、ホイール部分の破損による走行不能。
『ルノー、走行不能!』
アナウンスが響き、敵車両の沈黙を告げた。
「よっしゃあ!」
「やったよいほ君!」
それに思わず歓喜する優希と東馬。
「まだだ!後ろからチャーフィーが来るぞ!」
「ぬあ!?」
東馬が慌ててⅣ号のサイドブレーキを外し、Ⅳ号を走らせる。
直後に、さっきまでⅣ号がいた地面を、チャーフィーの主砲が吹き飛ばす。
「危なかったな」
「止まるな!信地旋回、ピボットターン!」
「了解!」
いほの指示通り、Ⅳ号は片足を中心としてコンパスの様に回転。
「こっち向いたね」
「会長、どうするの?」
「指示したらどっちでもいいから曲がって避けてくれ」
「アイアイサー」
チャーフィーの中ではその様な会話がされており、その間に旋回して主砲をチャーフィーに向けていた。
「司さん、撃ったらすぐに装填。出来るだけ速くお願いします」
「ああ、それと、呼び捨てとため口で構わないぞ」
「OK。優希、敵は初弾はかわす。装填が終わった直後に微調整して撃て、いいな?」
「分かった!」
いほの指示にうなずく司と優希。
「敵、来るぞ」
総司が通信席からチャーフィーの様子を見ていた。
その言葉通り、チャーフィーは真っ直ぐにこっちに向かって走ってきていた。
それを聞いたいほは、構わず叫ぶ。
「撃て!」
轟音が響き、車体が僅かに揺れ、硝煙の匂いが鼻の奥をつつく。
砲弾はまっすぐにチャーフィーに向かっていく。
「避けろ」
「ほい!」
チャーフィーはそれを予測していたかの様に右に曲がり、回避する。
「次」
「応」
いほの指示に従い、司が間を与えずに次弾装填。
その間に、優希は微調整でチャーフィーに標準を合わせる。
「撃て」
いほの声が響き、砲弾が発射される。
直後にチャーフィーからも砲弾が発射される。
「遅い」
だが、それはⅣ号の砲弾がチャーフィーを穿った直後だった。
チャーフィーの砲弾は、車体を揺らされた事で主砲の向きが狂い、あらぬ方向に飛んでいく。
そしてチャーフィーから白旗があがる。
「う~ん、やっぱり勝てないか」
「ま、相手は経験者だしね」
「これから学んでいけば良い」
中にいる三人は相変わらず平常運転の様だ。
「すごいね~」
「征矢君、そんな事言ってる場合?」
T-60から出て、戦いの様子を伺っている征矢と薫。
T-60はもともと、偵察用の戦車だ。
なので、戦闘にはあまり向いていない。
さらに、地面と車体底面部が近いという事で、雪原や泥地では動かなくなるといった機動性に関する欠点も持っているのだ。
そんな戦車で倍の大きさはあろう戦車に攻撃するなど愚の骨頂だ。
「でもま、僕ららしい戦車だよね」
ふと薫がそんな事をぼやく。
「へえ、どの辺が?」
「ほら、征矢君っていたずら好きでしょ?これなら相手を挑発して弄ぶ事が出来るじゃない」
「ああ、なるほど、それは考えてなかった」
ニシシと悪い笑みを浮かべる征矢。
それに苦笑する薫。
「おーい」
ふと、背後からコンカラーがやってくる。
そのキューポラから、時雨が顔を出していた。
「戦況はどうデスカ?」
操縦席から、グラーフが出てくる。
「さっき西住隊長の乗るⅣ号が二両撃破した所。あとは僕らと、クロムウェルとパンターだけだよ~」
「流石、西住家の長男だな」
砲手席から、理雄が出てきてそう関心する。
「ケッ、たった一両でどうにかなる訳ねえだろ」
「君は相変わらず嫌味しか言わないな!少しは口を慎んだらどうだ!」
「うるせぇ!これが俺だ!」
「ちょっと二人とも・・・」
轟音がとどろく。
見て見ると、いつの間にか、Ⅳ号をクロムウェルが追いかけまわしていた。
そのクロムウェルが主砲を撃ったのだ。
「あらら、少しやばくなったね」
「大丈夫かな・・・・隊長」
「だー!なかなか引き離せねぇ!」
「戦車の性能もあるが、なるほど、こういう平原では自由に動けるのか」
後ろを取られたⅣ号の中では、東馬が叫び声を上げ、いほが冷静に分析していた。
「どうする?このままでは撃たれるがままだぞ?」
砲弾が、Ⅳ号がジグザグに走っているからか狙いを定められず、全て外れているのでそこまで問題ではないが、本当に問題なのはパンターの方だ。
「ぬお!?」
車体が揺れる。
「当たったのか!?」
「いや、すぐ近くに当たっただけだ。直撃はしていない」
司が叫ぶが、いほは至って冷静だ。
「でもどうするの?クロムウェルに追いかけられてるから止まる事は出来ないし、別の場所から、まるで固定砲台の様にパンターがこっちを狙ってる。これだと・・・・」
その通り。
パンターが森の中から、クロムウェルに追いかけまわされてるⅣ号を狙撃しようとしているのだ。
だがいほは、安心させるように笑う。
「安心しろ。策が無い訳じゃ無い。さっき固定砲台って言ったよな?」
「え?そうだけど・・・・」
「なら問題ない。砲塔をいま円を描いて走っている向きの外側に向けろ」
今、Ⅳ号とクロムウェルは、円を描くように鬼ごっこをしているのだ。
「お前の動体視力なら確実に当てられる。イメージしろ。お前は、今、弓に矢をつがえて絶対に動かない的を狙っている。一度矢を放てば、確実にその矢は、的の中心を射る」
「矢をつがえる様に・・・・・」
優希は、スコープを覗き込み、砲塔を右へと向ける。
「東馬、まだ逃げれるな?」
「あったり前だ!親友を信じないでどうする!」
東馬が意気込む。
すると、額にかけていたゴーグルを目元にかける。
本気の意志表示だ。
この走行によって、Ⅳ号のスペックは全て把握した。
「行くぜぇぇぇぇえええ!!」
瞬間、Ⅳ号が、その
「な!?」
これには流石のいほも目を見張る。
Ⅳ号の最高速度は38㎞/h。だが、今このⅣ号は、それ以上のスピードで
(どうなってんだ・・・?)
「な!?加速したぁ!?」
いほがそんな事を思っていた一方で、クロムウェルの中で、堂満が素っ頓狂な声をあげる。
「あの加速、東馬君が本気を出したんだ」
「どういう事だ?Ⅳ号の速度は、このクロムウェルの約二分の一の筈だ?」
長門がそう疑問をなげかける。
Ⅳ号に合わせるように、クロムウェルを加速させた名取が答える。
「優希君は、運転に関しては天性の才能を持つんだ。どんな車両だって、そのスペックを大幅に超えた速度を叩き出しては、あらゆる大会に優勝する。借り物の車両だって、スペックを覚えてしまえば、あとは簡単。そのエンジンが、タイヤが、どんなタイミング、どんなアクセルの踏み方で加速するかを瞬時に考え、実行するんだ。それが、『円道 東馬』というレーサーなんだよ。ただ、戦車に乗りたいがためにあまり公式のレースに参加する事は無いから、無名なんだけどね」
「そんな化け物があのⅣ号に乗ってんのか・・・・」
堂満が通信席で驚愕の表情をする。
「ただ、そのオーバースペックのせいで、機体が壊れたりエンジンが炎上したりして、僕らの間じゃ、『デストロイヤー』の名前で通ってるんだ」
そう補足する名取の表情が苦笑に変わる。
「追いつけるか?」
「やってみるよ。なんせ、クロムウェルは第二次世界大戦最速の戦車だからね」
名取が、更にアクセルを踏み込む。
すると、クロムウェルは加速し、Ⅳ号を追いかける。
一方でヤークトパンターの中では・・・・
「ぬ、Ⅳ号がこっちを狙っているぞ」
「え?大丈夫なんですか?」
車長兼通信手であるジェームズがキューポラの隙間にある窓からⅣ号の姿を捉える。
「ぬう、狙っているとなると、まずいではないのか?」
「狼狽えるな。走っている間は狙いが安定しない筈だ。そう簡単に当てられない」
「あれ?でも確かⅣ号の砲手務めている人って確か・・・・・・去年の中学生の弓道の全国大会をぶっちぎりで優勝してなかった?」
「「「・・・・・・」」」
沈黙がパンターの中身をよぎる。
そして次の言葉を発する間の無く、Ⅳ号の砲弾がパンターを穿った。
「命中!」
「このスピードで当てるか!すげえな」
優希の射撃技術に、興奮を隠せないいほ。
「おっしゃあ!このままクロムウェルも倒しちまおうぜ!」
「そうだな・・・でもその前に、丘にいるT-60とコンカラーをやるぞ。クロムウェルをこのまま連れていけ」
「オーケー!」
Ⅳ号のエンジンが唸り声をあげる。
残り、四両。
次回『試合終了、そしてネーミング』