「加速できるか?」
「出来るよ!」
長門の指示で加速するクロムウェル。
現在、Ⅳ号を追い回しているのだ。
ここで距離を縮め、命中率を上げるつもりなのだ。
「陸奥、良いな?」
「いいぜ、長門」
スコープを覗き込み、標準を、目の前にいるⅣ号に向ける。
Ⅳ号とクロムウェルの最高速度の差は、約三十キロメートル。
Ⅳ号の二倍の速さを、クロムウェルは持っているのだ。
だから当然の様に、距離はどんどん縮まっていく。
ここまで、被弾なしのⅣ号。
長引けば、確実に経験者の方が有利。
ここで決めるつもりだ。
「終わりだ!」
そして、引金を引こうとした瞬間、Ⅳ号が―――――――消えた。
「「な!?」」
それに思わず驚く陸奥。
名取も驚く。
「名取!横だ!」
「え・・・」
反応する暇も無く、車体が揺れる。
すぐ右で聞こえた、砲撃音。
「な、何が・・・・」
何が起きた?
実際、Ⅳ号は消えたわけではない。
履帯の片方を止め、片方で方向を変える、信地旋回をしただけだ。
加速し、Ⅳ号と距離を縮めようとしていたクロムウェル。
それに対し、Ⅳ号は、右の履帯の稼働を停止、左の履帯を全力で回し、旋回。
その時、九十度を回った所で右の履帯を稼働。
それによって、砲手のスコープ及び、運転席の範囲の狭い窓から、外れる事が出来たのだ。
しかも、それが一秒以下で行われた事なので、一時的に、消えた様に見えたのだ。
その後は、また右の履帯を止め、旋回。
そのまま、二百七十度回転した所で停車。
あとは、クロムウェルが目の前を通っていくのを待ち、来た所を撃ち抜くだけだ。
運転手の技術、砲手のタイミング、そして、それを思いついた車長の采配の勝利だ。
「―――と、いう事だ」
「わーお・・・・」
長門の説明に、感嘆を漏らす堂満。
「なるほど、なかなかに頼りになる指揮官だ」
長門は、面白そうに笑う。
「よし」
「あ、当てられた・・・」
クロムウェルの敗北を告げたアナウンスを聞き届けたいほ。
それに対し、自身の砲撃が直撃した事に、思わず脱力する優希。
「ナイスだ優希!」
「流石だな」
「元弓道部のエースだという事はある」
そんな優希をほめる、東馬、司、総司の三人。
「はは、ありがとう」
「第二次世界大戦最速の戦車に砲弾を当てられたんだ。そこは誇っていい」
「運が良かっただけだよ」
「そう思うのはお前の勝手だ。前から三時の方向。丘の上にT-60とコンカラーがいる」
その言葉を確認する様に、優希、東馬、司、総司はそれぞれの席のハッチから出て、確認する。
「あ、いた」
そこには、確かに丘の上に二両の戦車。
「追うぞ!」
「いや・・・・・」
いほは、首についていたマイクのボタンを押す。
「T-60、コンカラー。そこから砲弾撃ってみてください」
『はぁ!?』
驚きの声が車内と無線からあがる。
当然、返事が帰ってくる。
『本当にやっちゃっていいの?』
征矢だ。
「射程はほんの五百だ。上手くやれば直撃も出来るだろう。白旗上げたいなら、まずは射撃だ。主砲撃った時に来る揺れと音には慣れるようにしておけ。耳は塞ぐなよ。耳を塞ぐ暇も無く、音は響くからな」
『りょ、了解・・・・やってみます』
理雄からその様に返ってくる。
そして三秒後。
車体が揺れる。
「うわぁ!?」
「うお!?」
「ぬぅ!?」
「ッ、当たったのか!?」
それに驚く四人。
だが、いほは、冷静に返す。
「右に一メートルか・・・・」
「へ?」
いほは、目を閉じた状態でそういった。
「あの~、いほ君」
「なんだ?」
「どうして、なにも見てないのにそんな事が分かるの?」
「ああ」
優希からの質問に、いほは簡単に答える。
「耳が良いんだ、俺」
「え?それだけ?」
「それだけだ」
何の悪びれもせず、いほは返した。
『たいちょー、もう良いですか?』
「ああ。命中率についてはこれから練習していこう。あと、軽戦車は立ち回り方だな」
いほは、無線機を通して告げる。
「皆、今日は初めての試合という事でよく頑張った。一番手強い奴を攻撃するのも、作戦の一つだ。そこは誇っていい。だから、これから練習していこう。それぞれの戦車にあった特徴、あった立ち回りをこれから教えていく。今日の敗北は、次への
『ありがとうございました!』
夕日の指す帰り道。
「はあ、なんかどっと疲れた気分だ」
総司が、そうぼやく。
「あんなに激しく揺られればそうもなるだろ」
「でも、いほ君の指示も的確だったよね。流石にあんな事言った時は出来るかっ!て思ったけどさ、東馬君の、『もうどうにでもなりやがれー!』って言って、あの旋回やった時は僕も腹をくくったよ」
そんな総司にからかう東馬と力無く笑う優希。
「しかし、最後にあいつらにやる気が感じられてよかったな」
あの試合の後、倒された他の戦車に乗っていた生徒たちは、かなりのやる気を示していた。
どうやら、諦める事を知らないらしい。
その司の言葉に、さらに付け加えるように答える東馬。
「生徒会の人たちも太っ腹だよな!まさか明日の授業免除してくれるなんてよ!」
「大丈夫なのだろうか?」
「理事長にも話は通ってるって」
「本当に革命でも起こす気なのか」
そんな風に話し合う四人だが、そんな輪の中で一人、手帳を見ながら唸っている人物がいた。
「――――」
いほだ。
シャーペンを持って、手帳に何かを書き込んでいた。
「あー、いほ君?まだ悩んでるの?」
「え、ああ・・・・まあな・・・」
彼が考えているのは――――――チーム名だ。
発端は、いほが何気なく言った、戦場での互いの戦車の呼び方。
一々、戦車の名前を呼んでいては、相手の戦車と被った時に見分けがつかない。
なので、簡単な名前で互いを呼び合うのだ。
それを聞いた機甲部隊の面々が・・・・全てをいほに任せたのだ。
言い出しっぺは生徒会。
『ここは隊長にネーミングを任せよう』
という発言が伝播して、なし崩し的にチーム名をいほが決める事になったのだ。
一応、
『俺のネーミングセンスはみほレベルって言われてるぞ?』
と、くぎを刺しておいた。
「そういえば、明日はどんな事をやるの?」
「そうだな・・・・試合には出られないからな・・・・まず、走行の練習、砲弾の撃ち方、狙いの定め方・・・・まずは、運転手、砲手、装填手は戦車に乗ってそれぞれのメニューをこなす。残った車長と通信手は俺がある程度指導する。って事にしよう」
「ほう、通信機器の使い方や戦術などを叩き込むって事か」
「こういう時に試合が出来たら、良い経験詰めていいんだがな」
そう言って、頭をかくいほ。
「・・・・黒森峰とは違うんだな・・・」
そう、空を見上げ、寂しそうにぼそりと呟いた。
その空虚を見つめる姿に、顔を見合わせる四人。
優希が切り出す。
「ねえ、いほ君」
「なんだ?」
「良かったらさ。いほ君の家に行っても良いかな?」
「え?別に良いが・・・・良いのか?」
困惑しながらそう問いかける。
「僕は、場所は違うけど寮ぐらしだからね」
「俺も大丈夫だ。連絡入れりゃあ九時までに帰ってくればいいからよ」
「俺も、まあ大丈夫だ。本当ならこのまま戦車の整備に務めたかったし、いつもなら車の整備で遅くなる所だ」
「俺も特に予定はない」
そう返す。
「そうか・・・・じゃあ、来いよ」
いほは、それに笑って返す。
いほの部屋は、一言で言って、
本棚の本は分かりやすく並べられており、机の上は綺麗に片付けられている。
ベッドも乱れた様子も無く、その傍らには包帯の巻かれた熊のぬいぐるみがいくつか。
他にも、彼の趣味とは思えないものがいくつか。おそらく、贈り物だろう。
とにかく、それらが沢山あるのにも関わらず、整理され過ぎている。
「まあ、散らかってるけど入ってくれ」
(ちらかってないだろ・・・・)
いほの言葉に、野暮と言わんばかりに心の中で突っ込みをいれる。
「結構片付いてるね・・・・」
「これでも実家の方は戦車のプラモデルで埋まってるがな」
いほは、そう言いながら机から一冊のノートを取り出す。
見ると、『戦車データ』と書かれていた。
開けてみれば、あらゆる戦車の事がページまるまる書かれていた。
「うお」
「これは・・」
「すごいな・・・」
「・・・」
それに見入っている間に、いほは麦茶をコップにそそぎ、全員に出す。
それを受け取り、一口、口に運ぶ。
ふと、総司は机の上にあるいくつかの写真を見つける。
「これは・・・・」
一つは、おそらく小学生時代であろういほと、彼にそっくりな少女、そして、明るい色の髪をしたショートカットの少女(おそらく妹だろう)が無邪気にピースサインを作って写真に写っていた。
一つは、成長した姿で、黒い制服を身に纏ったいほと、双子であろう少女、そして無邪気そうな笑顔をしていた少女が一緒に、『黒森峰女学院中等部』と書かれた石板のある校門の前で直立姿勢で並んで立っていた。明るい色の髪をした少女は、これでもかという程に緊張していた。
一つは、銀髪の少女と、一台の戦車の前で煤だらけの顔で笑い合っている写真だ。
そして最後は、おそらく集合写真と思える写真だ。
いほ以外が全員女子だが。
「ん?ああ」
そんな総司の様子に気付いたいほが、その写真を手に取る。
「お前の兄妹の写真か?」
「ああ。この俺とそっくりな女がまほ、こっちのガチガチに緊張しているのがみほだ」
「へえ、みほさんの方は、いほ君やまほさんと違って、なんかかわいいね」
「本当だな。良い嫁になるんじゃいか?」
「こいつ、かなりのドジっ子だぞ?」
「どんな程なんだ?」
司がそう聞くと、少し考える素振りを見せたいほは、すぐに口を開く。
「そうだな・・・・なにも無い所でつまづいたり、余所見して看板にぶつかったり、消しゴム落としたらそのまま転がってって、最終的にぬかるみに足を踏み入れたり、あとは・・・」
「ストップ、分かった。分かったからそれぐらいにしてあげて」
「そうか?」
「一応、お前の妹の事については分かった。で?この銀髪の鋭い目つきの女は誰だ?彼女か?」
視線が一斉にいほに向く。
「え?いやいや、ただの出来の良い後輩だよ」
だが、いほはそんな視線に怖気づかないどころか全く気付いていない様子で否定した。
「本当か?」
「本当本当、逸見エリカって言ってな。俺が、唯一手塩を掛けて育てた娘だよ」
「へえ・・・どんな娘なの?」
優希が何気なく聞いてみる。
「ああ、素直で良い奴だよ。とても努力家でな――――」
そこから、いほの黒森峰中等部の頃を話を聞き、遅いという事で、いほが直々に料理を振舞った。
実家の女中から直伝された味付けなどでつくられた料理の味は、四人を十分に驚かせた。
「今日はありがとう、いほ君」
「何、どうって事ないよ。俺としても、久しぶりに誰かと会話した気分だからよ。それに、男と何か話すのは初めてだしな」
「まああんな女所帯じみた所にいればな」
「お前は相変わらず毒舌だな」
「抑えろ東馬」
しばらくして、優希たちは外に出る。
「それじゃあ、また明日」
「じゃあな、いほ」
「それでは失礼させてもらう」
「では明日、隊長」
それぞれの言い方で別れを告げ、帰路についていく四人。
それを見送ったいほは、自室に戻る。
ふと、机の上で自分のスマホが鳴っている事に気付く。
液晶画面に出ている名前、それを確認したいほは――――驚愕の表情で受信ボタンを押し、耳にあてる。
「・・・・・も、もしもし・・?」
若干、血の気が引いた表情で、相手の返事を待つ。
「ああ、うん・・・・久しぶり・・・・うん・・・・・・・・・・・・・・え?」
いくらか相槌を打つも、電話の向こうの相手の言葉を聞いた途端、先ほどよりもさらに血の気が失せる。
「・・・もう一回言ってくれますか?」
再度。
「・・・・・マジで?」
『まじです』
電話の相手がそう答える。
数日後――――
バルカン工業高校学園艦の広い草原にて、七台の戦車が、それぞれの的に向かって、砲撃していた。
ただ、やり方はそれぞれ異なり、走りながら撃っている戦車もあれば、止まってしっかり狙っている戦車もある。一つは、一両の戦車をもう一両の戦車を追いかけるような事もしている。
当然、バルカン機甲部隊の面々の乗る戦車たちだ。
ただ、初めての時と違うのは、それぞれの戦車に、二つのマークがある事だ。
一つは、バルカン工業高校の校章だ。
これはどれも共通で、自由な所に張り付けられている。
もう一つは、どれも違うマークの、動物のマーク。
「――――サメさんチーム。仰角を少し上げてみろ」
『了解、陸奥さん、仰角を少しあげてみてだって』
まず、長門、陸奥、千利、堂満、名取の乗るクロムウェルには、自身の歯を見せつつ、何故か生えている腕の筋肉質さを主張したサメのマーク。
「タカさんチーム。パンターは砲塔が回転しないが、砲身そのものは動く。落ち着いてよく狙って」
『はーい!クライトスさん、落ち着いて砲撃してだって』
ジョームズ、グスタフ、クライトス、ヴィットマンの乗るヤークトパンターには、鋭いかぎづめを大きく、目を鋭く描いたタカのマーク。
「イヌさんチーム、走りながらはきついかもしれないが、片方の砲塔で動きを止めて、もう片方で仕留めろ。ヘビさんチームはそのまま逃げろ」
『や、やってます~!』
『了解~』
勇也、浩一、啓斗、善治郎、信次、芥の乗るルノーB1には、鋭い歯を主張するイヌのマーク。
一方で、そのルノーから巧みに逃げる征矢と薫の乗るT-60には、とぐろを巻くヘビのマーク。
「オオカミさんチームは十発中七発ですか・・・・」
『何か改善する所はあるかい?』
「いえ、このまま。練習あるのみです」
生徒会の乗るチャーフィーには、鋭い目つきの顔を見せるオオカミのマーク。
「ヤマネコさんチーム。操縦が曲がっています。それでは目標から離れてしまいます」
『へいへい。おい、もうちょっと上手く操縦しろだとよ』
理雄、修一、グラーフ、時雨の乗るコンカラーには、エジプトの壁画のように書かれたヤマネコのマーク。
「そんで、クマさんチーム、というか、優希はすごい命中率だな・・・外れ無しだな」
『おい、隊長から褒められたぞ』
そして、いほ、優希、東馬、司、総司の乗る、Ⅳ号戦車には、可愛らしく描かれたクマのマーク。
しかし、いほは遠い丘の上で練習の様子を見ていた。
「ここまで全員、かなり上達していっている・・・」
『なあ、隊長さんよ』
「ん?どうかしたんですか?修一先輩」
『このチーム名はどうにかならなかったのか?』
「任せるって言ったのは誰ですか・・・」
こう見えて、ネーミングセンスは妹のみほレベルのいほ。
その理由は不明だが、とにかく、こんな名前になってしまったのだ。
ただ、ここまでの上達は、いほとしても予想外だ。
ただ基礎を教えただけで、あとは
本人は気付いていないが、黒森峰で、機甲科をとっていたいほの後輩たちが、いほの教えに従った所、上級生さえも凌ぐ実力を手に入れたのだ。
つまりは、教えるのが滅茶苦茶上手い。
その事に気付いていないいほ
「今日はここまで。皆さん、お疲れさまでした」
そうして終わる本日の練習。
車庫に戦車を収納し、整備士たちがいざ作業に入ろうという所で―――――
――――どこからか砲撃音が響いた。
「なんだ!?」
誰かが声を挙げた。
「いほ君、今のって・・・・」
立て続けに聞こえる砲撃音。
「音の大きさからして、戦車の音・・・どうやら、来たようだな」
「来たって、何がだよ・・・」
東馬が聞いてくる。
「おそらく、俺たち、男どもが戦車道をやっている事をかぎつけて、やってきたんだろうな」
「おい、まさかと思うが・・・・」
司が表情を僅かばかり引き攣らせる。
「ああ・・・・・戦車道を持つ学園艦が来やがった」
「あれがバルカン工業高校の学園艦ね」
「はい、その通りでございます。隊長」
バルカン工業高校学園艦と並走する、もう一つの学園艦。
その船体に、はっきりを刻まれた、学園の名。
『カッシーノ女子学園』
「ふふ、身の程知らずの豚どもめ。本物の戦車道のこわさを思い知らせてやるわ」
不敵な笑みを浮かべる少女。
その先にいる、まだ見ぬ、恥知らず共に向けて。
次回『襲来、カッシーノ女子学園と蝶野亜美』
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