ララバイを巡る一件で壊滅的な被害を受けたクヌギ駅。魔道士達による復興によって駅の機能としては回復したがここで暮らしていた人々が元通り生活できるかと聞かれたらその答えはノーだ。道には崩れかけた建物が並びまだまだ傷は癒えていない。
だがそんな中でも人々の顔は悲観的ではなかった。誰も彼もが自分にできる精一杯の事をしていた。男も女も老いも若いも関係なく自分たちが暮らす大好きなこの場所を元に戻そうと懸命に生きている。
それに比べて俺はミラに会うのが気まずくて逃げるためにここにいる。なんてダメな男なんだ。自分の悪いところばかり頭に浮かんで嫌になるがかといって今すぐに謝りに行けるかと言われれば答えはノー。足取りは重く気怠いが真っ直ぐクヌギ駅の中心へと向かう。
クヌギ駅の駅舎はエリゴールの魔法のせいで全て瓦礫になった。そのため修復に使える材料がなく簡単な屋根を設置することしかできなかった。だがその下には各地から集められた資材が山のように積み上がっていた。
「大通りの方は十分な資材が届いているなこのまま予定通りに進めろ。食料は南倉庫へあそこならまだ空きがあるはずだ」
ここが駅という物流拠点であった事が幸いだった。線路さえ元に戻れば継続的にものを送り続けることができる。ものが届くというのは人とのつながりである。誰かかが作り誰かが運び受け取る。単純に考えただけでもこれだけの人数が関わっている。
「おい!工具を出しっぱなしするな。東地区は道ができてないから材木を運ぶのはあとででいい」
「そこが終わったら次の場所が待ってる。夕方までに予定の分は終わらせるぞ!!」「布はこっちだどこ持っていく気だ?」
続々と運ばれてるくる荷物にクヌギ駅の人々はこう思った。へこんでる場合じゃねえとだが、彼らも最初からこんなに前向きだった訳じゃない。家が壊され怪我をしてよそ者特に魔道士に敵愾心をむき出しにしていた。そんな彼らの心を解きほぐすきっかけになったのが今駅で陣頭指揮をとっている男。ここに物資を大量に呼び寄せた仕掛け人。あいつがいなければ俺たち魔道士がここで復興の手伝いをすることはできなかっただろう。
「おや?これはこれは駅の周辺を直したらさっさと帰ってしまった魔道士ではないか。迅速な仕事。実に素晴らしい」
顔は笑顔だが言葉の内容は毒にまみれている彼こそがベルーシャ・M・ポーター。この国有数の商人ギルドであるホーランド商会の所属の商人で今この場にいることから分かるとおり行動派だ。
「手伝えることはないのかと思いましてね。中途半端な状態で投げ出すのは性に合わないんですよ」
心配する感情もゼロではない。逃げるためにここに来たことはかくしてあくまで善意の手伝いであることを強調する。
「それはそれは歓迎しよう。見ての通り人手はまったく足りていないのでね。お友達を連れてきてくれても良かったんだがな」
この男!!うちのギルドの評判を知っての言葉なのか。あいつらがここにいようものならものを直すどころか壊す一方だぞ。その場のテンションで動くからな悪気がない分たちが悪い。ああいうのをバカと呼ぶんだろう。
「いえいえ当事者として代表して私が来ているということで」
思い起こされるのは衝撃的な出会い。彼は引き連れた馬車や魔道四輪車の先頭で腕組みをしながらにらみ合っている非魔道士の人々は俺たちに対して道具を構えて暴力もいとわないといった態度だ。一方の
町に魔道士を入れることを頑として認めなかった住人達をこの男は自らの力で集めた物資を後ろに控えさせながらこういった。
「おまえ達は愚かものか?手段を選べる立場か?この線路が使えないことによって一体どれほどの損失が生じ、その補填を一体だれが行うのか考えろ。金が人が信用がこの線路が使えないだけで止まっている」
商会の西側と東側とをつなぐ一番太い物流のパイプが切断されたのだ。その影響は領地を管理している貴族よりも利用している商人や移動に使う一般人のほうが問題だろう。空路や海路といった別の手段もないではないが列車で運ぶ予定だった荷物がそれらに流れ込み国の物流網は混乱している。
そんな大きな話をされても困る俺たちは目先のことで手一杯なのだ。なまじそれが正論であるが故に返す言葉が出てこない。
物言いは高圧的で傲慢だ。突然降ってわいた乱入者に一人の住人が勝手なことを言うなとつかみかかる。駅で人足として働いていたであろう彼の腕は太く。小柄で偉そうなこの男くらいなら簡単にへし折ってしまいそうだった。
「なんだぁおまえは急に来てここは俺たちの町だ。誰の――ぐべぇ」
立ち塞がる住人に対して男は財布で頬を殴りつける。金貨がパンパンに詰め込まれた財布は鈍器になり得る事を俺は今日初めて知った―……歯が欠けていないか心配だ後で手当してあげよう。
「私は暴力が嫌いだ。人間として対話をせず相手を一方的に傷めつける行為を憎む。一方的なのは良くない。大事なのは循環させることだ。それを阻むというのならそれ相応の覚悟をしてもらおう」
(暴力が嫌いだといいながら鈍器で人を殴りつけるこの男絶対にやべえ奴だ)
ここにいる全員が例外なくそう思っただろう。しかしこの場を満たしていた怒りの空気がこの男に呑まれた。まさに毒をもって毒を制すという奴か。
魔道士が憎いという感情も魔道士が怖いという恐怖もせっかく助けに来たのに恩知らずな奴らという意識もすべて吹っ飛ばしてしまった。
俺たちがにらみ合っていた時間が無駄なものに思えてくる。もしかして最初からこれを狙って?
「だ、だけどこいつら魔道士達の所為で俺たちの町が壊されたんだぞ。そんな奴らの助けなんか借りれるかよ」
エリゴールがたった一人で引き起こした惨状は人々に魔道士を恐れさせるには十分すぎた。切りつけられた人、吹き飛ばされた人そして壊滅した町。口でいくらそんな事しないといっても魔道士がその気になれば魔法をつかえる事に変わりはない信用しろというのが無理な話だ。必要以上に気が立っているのもその所為だ。
「すでに助けられているのにそれを知らずに拒むとは滑稽だな」
見下した態度のままあざ笑う男。反対の右手で財布をブンブンと振り回しているその様は暴力が嫌いな者の扱いではない。常日頃から右手の鈍器で人を殴っているもののそれだ。
「――どういうことだ」
「どういうことも何も駅が壊滅したにも関わらず、死者もなくほとんどが軽症で済んだ理由くらい想像できるだろう。まさか自分たちの日頃の行いが良かったからなんておめでたい頭はしてないよなお前からも言ってやったらどうだ?
「そういえばあの時同じ顔の人達に助けられたような……」「てっきりあいつらの魔法のせいで幻をみせられたもんだと」「紐でグルグル巻きにされて何も見えなかった」「え、かわいい金髪の子いなかった?」
ベルーシャの言ったことに心当たりがあったのか人々がガヤガヤと騒ぎ出す。
なんてことだ俺の必死の救護活動が敵の魔法だと思われていたとは……。確かに同じ顔の人間が何十人もいたらそれは恐怖映像間違いなしだな。もしかして今までのクエストの後微妙に距離をとられていた原因って……まてなんで俺のことしってるんだ?
「そういうお前は何者なんだよ。ここの奴らもお前もおとなしくしとけばそれでいいんだよ」
嫌な想像を振り払っている間に一緒に派遣された同僚が首を突き出して怒鳴っていた。見るからに非魔道士を見下した態度に胃が痛い。わざわざこんな場所にまで足を運ぶキャラが濃い奴は大体、敵にまわしたらまずい奴だ。しかも俺の情報を握っているなんてどうしようもない今まで培ってきた経験が慎重になれと言ってるんだがこいつ俺の言うこときくのか?
「おい!!よせ。だがこちらとしてもあなたが何者か知らないと困る。評議院としても部外者の介入を許すわけにはいかない」
同僚をいさめつつ相手には毅然とした態度で問いかける。本当は下手に出たいのだが評議院の復旧魔道士隊の隊長が俺である以上そういうわけにもいかない。面子というものは拘れば邪魔になるが、なければ相手にしてもらえないという面倒くさいものだ……嫌すぎる。
「そうだな確かに名乗っていなかった。俺はベルーシャ・M・ポーター、ホーランド商会マグノリア支部の支店長だ。以後お見知りおきを」
戯曲じみた身振りで自己紹介をしたキザでむかつく男は意外と素直に名を名乗った。だが問題なのはそこではない重要なのはこいつの所属しているのがホーランド商会であるということだ。ホーランド商会はこの国で五本の指に入る大商会である。それだけでなくホーランド商会はマグノリア発祥の商会ではない。他の商会が王家や貴族の紐付きであると言えばその異常さが際立つ下手をすれば国に喧嘩を売るよりもやばい相手と言うことだ。
「そ、それで無関係の商人がここに何のようだ。配達の引き渡しかにしては随分と仰々しいな」
さっきから勝手にしゃべってるこいつ、いい加減黙らねえかな。震えている声で威圧しても滑稽に映るだけだと気付けよ!!実力行使くらいしか俺たちがこれをどうにかする方法はないだろうに。いや、こんなお偉い人が護衛も付けずにノコノコ来るわけはない。となれば後ろに控えている何人かはその類いの奴らか。この男の一連の行動に驚くこともなく荷台から物資の積み卸しをしている奴らの中に事が起これば即座にベルーシャを守れる位置にいる奴ら。俺も身内みたいに見ただけで相手の実力が分かるセンサーがほしい。いやそうすれば非常識の仲間入りか――やっぱりノーサンキュー。
「はぁーまったく」
ため息を吐いて近づいてくる人物に横にいる同僚がびびっているのがよく分かる俺も同じ気持ちだ。一体何を言うのかと思って身構えているとさっきと同じように財布による殴打が行われた。
えぇぇぇぇぇぇぇ!!自然体で行われた蛮行に思考が追いつかない。ここまで人を躊躇なしに殴れる人物を俺は数えるほどしか知らない。殴られたこいつも予想外だったのだろう。頬を押さえて呆然と見返すことしかできないようだ。
「それはさっき言っただろうが同じ事を何度も言わせるな。無関係だとぉ?理解できないようだから心優しい俺が脳みそに刻み付けられるようにもう一度簡単に言ってやろう。俺が結んだ契約がこの線路が断たれた事によって遂行できないんだよ。分かったら手を動かせ無駄な時間は一秒もない」
驚くほど自分本位の理由だった。こういうのには逆らわないのが吉なのだが、はい分かりましたと素直に従うことはできない。実際には邪魔をする理由はないどころか率先して修復作業をしたいのだが……。
「待ってくれ無計画に直してもしょうがないだろう。ここに実際に住むのは彼らなんだ。直した結果彼らに不便を強いるのでは意味がない」
「お前は俺をどれほど無能だと思っているんだ。そんなものはとっくの昔にできている決まっているだろう」
書類の束をひらひらとこちらに見せつける自己中野郎。この場にこれだけの物資を持ってくるだけでもかなりのスピードなのに駅町の設計も完了しているとは……どうせ形だけのものだろうと手に持っている書類を確認するとマグノリア鉄道監修の駅の設計図、その他建物建築の許可証、町再生のスケジュールなど多岐にわたっている。いくら評議院が事件をもみ消すために無駄な時間があったとはいえどんな方法を使えばそんな事が可能なのか想像する事もできない。
「他にしゃべることはあるか?ないな?ならば今から仕事の時間だ。マジシャンもノーマルも関係ない。全員俺のために働け」
こうしてクヌギ駅の復興は一人の男のわがままな命令から始まった。
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