さて時と場所は移動してハザマが気絶したところに戻る。
「おいおい処刑の時間は終わりかよ」「ミラさんに顔を拭いてもらうとはなんてうらやましい。あいつの顔よそ様にはお見せできないようにしてやる……あとでな!!」
ミラがそばにいるため、ハザマに刑を執行することができない奴らが手をこまねいている。歯ぎしりしかできず眺めている彼らは他者を妬み自分より幸福な人を許すことができなくなってしまっている。今彼らに近づくのは危険だ。
「それにしても一体今のは何だったの。突然みんな眠っちゃうなんて……」
ハザマの処刑には参加しなかったルーシィが散らかったテーブルと椅子を元の位置に戻しながら何が起こったのか考えていた。すべては一瞬の出来事だった思い返そうにも急な眠気に襲われ目が覚めたらミラの胸をわしづかみにするハザマ。処刑されるのは当然の報いだと思っていたが殺意に支配された彼らに関わりたくなかったので隅のテーブルでおとなしくしていたのだ。
「今の魔法はミストガンの魔法だね」
「……ミストガン?」
初めて聞く名前にルーシィが問いかける。ハザマを処刑するためにメリケンサックを装備したロキが爽やかな笑みを浮かべて答えた。自分が女の子とイチャコラしているくせに人がイチャイチャしているのを見るのは大嫌いというどうしようもなく心が狭い。だがそんな彼がルーシィの顔を見るとその顔が固まった。
「
「えっ、最強の魔道士ってエルザじゃないの!!」
あんなに強いナツを一撃で仕留めたエルザが最強だと思っていたルーシィは思わずロキに大声を上げてしまう。
その声に驚いたのかロキは飛び退き、後ずさりしながらルーシィから離れていく。彼はどうやら精霊魔道士特に女性が苦手らしく、ルーシィが精霊魔道士と知った途端に態度ががらりと変わった。それまでは顔を合わせるたびに食事に誘うような男だったのに、今ではそばに寄りつこうともせず話をしようとすると下手な嘘をついて会話から逃げるようになってしまった。
噂では昔、女精霊魔道士に手ひどく振られそのトラウマから精霊魔道士を避けるようになったらしい。
(正直ナンパはうっとうしかったけどそんな態度ってないじゃん)
ナンパされていた時は嫌だっただが、今のようにおびえながら接せられるというのも乙女的にはどうかと思うのだ。ルーシィは不満に頬を膨らませた。
「何でかは知らないが誰にも顔を見せたくないらしくてな。依頼の受注や報告をするときにはこうやって全員眠らせちまうのさ」
ロキが離れていったので説明はグレイが引き継ぐ。彼もルーシィと一緒でハザマ捕獲隊には加わらずテーブルから騒動を眺めていた。理由を聞くと痴話喧嘩には興味がないらしい。
「――なにその危ない人!!」
人の意識を奪う魔法を自分の姿を見せたくないからと言う理由で無差別に振りまくとは、
(――まって私が一緒にクエストに行ったメンバーに常識人がいない。ていうか半分が変態じゃない!!)
「だからS級の魔道士なんだがマスター以外誰も奴の顔をしらないんだ」
ルーシィが今何を考えているのか知る由もないグレイは説明を続ける。
「えっでも誰か怪我したりとかしないの。突然眠らされるなんて頭でも打ったら……」
「それが不思議なことにミストガンの眠り魔法で怪我した奴はいないんだよな。もしかしたらあいつ入るタイミング見計らってるんじゃねーか?」」
顔を隠した男がギルドの前でウロウロしているところを想像するとちょっと、いやかなり怖い。気味の悪い事を考え続けるのは良くない。
「今回ハザマがボロボロになってるけど」
「あれはじゃれてるだけだろ」
ボロ雑巾のような有様にされたハザマがミラの手当を受けていた。あれを見てじゃれている表現できるこいつの感覚はおかしい。ルーシィは絶対自分はこうはなるまいと決意した。
「それにしてもすげぇ眠りの魔法だったな」「術の気配もしないっていうのはどういうわけだ?S級は化け物だな」「ミラさんの寝顔が見たかった」
突然の眠りからそれよりも衝撃的な事件で多くのメンバーが飛び出したおかげで普段では考えられないような静けさがいつもの賑やかな酒場に戻っていく。
「せっかくミストガンのおかげで静かに酒が飲めると思ったのによ。起きた途端に騒ぎやがっておまえらもそこでのびてるそいつみたく、おとなしくしとけできないのかぁあ?」
二階のバルコニーから酒を片手に耳にヘッドフォンをつけた男が見下ろしていた。輝く金色の髪とその佇まいから彼がただ者ではないことが推察できる。
「ラクサス降りてこい勝負しろ」
鬼ごっこの間に酒場でシェフの気まぐれ炎(意味不明)を食べていたナツがしたから声を上げる。先ほどエルザに気絶させられたのに元気なものだ。もしかして眠って体力を回復したのだろうか。
「おいおい、エルザに倒されるようなら俺とは勝負になんないぜ」
「それはどういう意味だ」
挑発的なラクサスの物言いにナツだけでなくエルザもやる気らしい。他人の喧嘩も力で解決する彼女だ。それが自分に向けられたものなら被害は比べものにならない。
「お、落ち着けよエルザ」
エルザが喧嘩を買わないように周囲が必死に彼女をなだめる。S級二人の戦闘そんなものに巻き込まれたら命がいくつあっても足りない。彼らの必死な努力を無視してラクサスはさらにエルザを挑発する。
「ミストガンの眠りの魔法を無効化できないような奴が俺に勝てるわけねぇだろう。おまえらとは違って俺に奴の眠りの魔法は効かねえからな」
「今ここで白黒はっきりつけるか」
「エルザ落ち着くのじゃ。ラクサスもエルザを挑発するな」
周りの制止を吹き飛ばして剣を構えたエルザにマカロフが待ったをかける。流石にマスターの言うことはエルザも無視できず不満そうな顔で剣をしまう。ラクサスもそれ以上エルザに何をいうでもなく二階の奥に戻ろうとした。だがそれに待ったをかける声が上がる。
「俺が戦うぞ降りてこい!!」
「はぁぁ……おまえが上って来いよ」
「上等だぁぁぁぁぁぁl!!」
周囲が止める間もなく階段へと走り出したナツ。だが彼が二階にたどり着くことはなかった。マカロフが魔法で伸ばした拳で床に叩き付けたのだ。
「二階には上がってはならん……まだな」
「あーそうだった、おまえは二階に上がれなかったな悪かった」
全く悪いと思ってない顔で謝罪を口にするラクサス。それを聞いたナツが下敷きにされたままジタバタと暴れるがマカロフがその手をどかせることはなかった。
「最強は俺だ!!有象無象はもちろん他の四人の誰にも渡すつもりはねえ」
傲慢ともとれるその発言を聞いても声を上げるものは誰もいなかった。エルザですら無言だ。誰もが分かっているのだS級というのはそれを言う資格があると――。
ラクサスが二階の奥に戻り緊張が解けたのでルーシィはグレイに先ほどのマスターがなぜナツを止めたのか聞いてみた。評議院の命令ですら無視しメンバー達の自由にさせていたマカロフが禁止するものにルーシィは自分の好奇心を押さえることができなかった。
「ねえさっきマスターが言っていた二階に上がっちゃいけないってどういうことなの?」
大した秘密でもないのかグレイは簡単に教えてくれた。なんでも二階には一階とは比べものにならないほど危険で高難度の依頼があるらしい。命の危険があるものがほとんどで、実力のないものが間違って受けてしまう事のないようにマカロフが実力を認めた五人以外の立ち入りを禁止していること。ナツは何度か侵入しようとしてそのたびに失敗していること。
(ミラさんがS級だなんて……そんなっえ、うそ……よね)
人気グラビアアイドルで雑誌の表紙に載れば重版間違いなしといわれる彼女が
(――だってミラさんも問題児になっちゃうじゃないのよぉぉぉ!!)
この一言につきる。そうルーシィが今まで関わりを持ってきたメンバーの中で常識を持ち合わせていた者はいない。そんな中唯一の常識人枠に収まっていたミラジェーンの存在はルーシィの中で
彼女は悩んでいた自分のオアシスが本当にオアシスなのかを実はそれ蜃気楼の幻なんじゃないのかと。思考はグルグルとループして一向に前に進まない。気がつけば慣れ親しんだ自分の部屋に到着していた。このまま悩んでいていても拉致があかない今日は早めに寝ようとルーシィは扉を開けた。――しかしそこには先客がいた。
「おかえり」「なさい」
誰もいるはずない自分の部屋にすごい早さで腹筋をする男と筋トレをするネコ……とても汗臭い。
「ふざけんなー!!」
ルーシィは怒った。ただでさえ困った状態なのにそれに輪をかけてこの不快感。流れ落ちる汗と鼻につく刺激臭。癒やしのマイルームを汚した罪は重い。殺意を込めて両足で不法侵入者を踏みつける。こもった音をたて腹を押さえてうずくまる侵入者にルーシィは机の上に置いてあった消臭薬を振りまく。
「どこで筋トレしているのよ。ここ私の部屋、さっさと出て行ってよ」
消臭薬にむせているナツとハッピー。ちょっと待ってくれと身振りで示しているがそんな事は知ったことじゃない。女性の部屋に無断で侵入した変態にかける慈悲などルーシィは持ち合わせていない。
「おいおい俺たちはチームだぜ仲間はずれしたらルーシィがすねると思ってわざわざルーシィの分も持ってきたのに」
少し落ち着いたナツが持ってきた機材の中から鉄アレイをルーシィに差し出す。初心者用の五キロの重さとピンク色に着色されたところにうれしくない気遣いが感じられる。
「いりません。鉄アレイに興味なんかないから、そこにあるのも持ってさっさと帰って」
「エルザやラクサス達を倒すならもっと鍛えねえといけないからな」「あいさー」
仲良く腕立て伏せをするナツとハッピー互いにやる気は十分なようで昼間あんなに暴れたのにその疲れをみじんも感じさせない。元気が余って鍛えるのはかってだがやるのなら私の部屋以外でやってほしい。て言うか私の訴えは無視か……ルーシィは怒りを飲み込む。
(こいつら今度は痴漢撃退用の護身用魔道具をぶつけてやろうかしら)
「絶対俺が最強になるんだ。だからなルーシィS級クエスト一緒に行くぞ」
横からハッピーが依頼書を掲げる。そこにはS級の文字がデカデカと書かれていた。
「――うわーん!!」
鞄から取り出した痴漢撃退スプレーカプシカムをナツの顔面に発射した。
見慣れた依頼書とは違いS級の印が押されている。報酬も破格で700万Jこんな大金をかけたクエストは普通一般にはあり得ない。ということはその値段に見合った危険なクエストだということだろう。
ピクピクと痙攣していたナツがようやく復活して事情聴取が始まった。マカロフがナツをブロックしていたのでナツが依頼書を手にすることはできなかったはずだ。
「おいらがスキを見てこっそり」
「何してるのよ。それってドロボーと変わんないわよ。マスターにやめろって止められてたでしょ」
確かにハッピーなら飛んで依頼書の一枚や二枚とってくるのは簡単だろう。まさかナツをおとりにして依頼書をとるなんてそんな作戦をこの二人が考えた事にルーシィは驚いた。
「だからこのクエストを達成してじっちゃんに認めてもらうんだよ」
S級を受けるには未熟だと思われているから止められているのであってSクエストを達成したなら確かにそれはS級といえるだろう。だがそんな屁理屈ですんなり話が進むとはルーシィには思えなかった。
「ナツって本当に思いつきで行動するわよね。ルールも守らない奴をマスターがS級にするわけないでしょ。行くなら二人で行って確かにお金は欲しいけどそんなのに付き合ってたら命がいくつあっても足りないわ」
お金でルーシィの心が動かないと判断したのかナツは別の角度からルーシィを懐柔してこようとする。
「島を救ってほしいって依頼なんだよ。俺たちが助けてやろうぜ」
困っている人がいるなら助けたい。ルーシィだって何もクエストそのものが嫌なわけではない。普通のクエストでも必要技術や手間がかかるため高額になる場合があり、コレもその類いかと思ってクエストの内容だけでも聞いてみることにした。
「島ってどこのよ」
「「呪われた島ガルラ島」」
すさまじく不穏な修飾語が付いた島だったおまけにS級。島にたどり着いただけで呪われてもなんら不思議ではない。絶対にこのクエストには行かないとルーシィは固く誓った。
「呪い!!――絶対に行かないっ」
大声で強く否定すると流石にナツも諦めたのかやっと部屋から出て行こうとする。ハッピーが魚を半分くれると言っているがそんなもので呪いが防げるのならルーシィは三食シーフードを食べるだろう。この前も
「ちぇー、ノリわりーなルーシィはせっかくルーシィが喜びそうな鍵もついてるから良いと思ったのによぉ」
「ほんとにねーわがままなんだから、ちょっとはパーティーの事もかんがえてほしいよね」
(なんで私がわがまま言ったみたいになってるのよ……待って今ナツなんて言ったなんで鍵?)
ナツの一言に引っかかったルーシィは依頼書をもう一度よく見る。報酬の欄に書かれていたのは700万J……だけでなく金の鍵つまりは黄道十二門の鍵。
窓から帰ろうとするナツとハッピーの背中をルーシィは後ろからつかんだ。
「何してるのよ速く。依頼書がなくなっていることは明日になったらバレるわ。向かうなら今から行かないと追いつかれるわよ!!」
しばらくして女子寮から離れる三つの影を月だけが照らしてた。