外に出た俺は村人達の悪魔化について一通り調べてみた。念糸を体の中に通して異常を探す手足はもちろん普通の人間にはない角や翼といった部分にも念糸を通し確認する。しかしその結果は芳しいものではなかった。
異常が全く見つからなかったのだ。正確には見た目の通り体が人外のものに変化しているのに、まるで体が最初からそうできて生まれてきたかのように人間の部分と悪魔の部分がきれいに混ざり合っている。
変身魔法は自分が使用する分には簡単だが他人に使用することは非常に難しい。この魔法をかけた奴は超一流の変身魔法と生命の根幹に作用する黒魔法を村人達にかけることで人の悪魔化を成立させたようだ。
通常魔法で体を変化させれば、メッキのように魔法によって変化させられた部分とそうでない部分に分けられる。なので変身魔法によって変化した部分は衝撃や時間経過によって元の姿に戻るし
「無理だなお手上げだ。肉体的に異常はまったく見られない医者が匙を投げたのも納得だ」
ズレがなければ何が正常で何が異常なのか分からない。俺が人の体を治療するときは周りの正常な部分を縫い合わせて傷ついた部分を同化させるように修復していく。今回の場合無理に修復しようとすればそれは修復ではなく改変となり今の状態よりももっと悪くなってしまう。
「――済まない力になれなくて」
不可解な事もある。これだけ高度な複合魔法をかけるくらいなら村人達を全員殺してしまった方が手っ取り早い。だがデリオラを復活させている奴らはそうせず俺達が呼ばれるまでは村人達はその存在を知らないほどの不干渉だった。
極めつけに俺はこの人達とよく似た症状を知っている。もし俺が思っているとおりならこの呪いは
「いいえ……見ていただいてありがとうございます」
何も出来なかったのにこちらに配慮してそう返すここの人々みんな優しい人だ。どうにかしたいが今俺の考えを言っても混乱させるだけだろう。幸いにも村が破壊された時怪我をした人はおらず、グレイやルーシィのみが負傷したらしいが二人の治療はもう終わっている。デリオラを復活させようとしている遺跡に向かうため二人は忙しく動き回っているためこれと言ってすることがない。久しぶりに手持ち無沙汰なった俺は広場を見て回ることにした。
どうやらここは資材置き場だけでなく道具類の保管場所であるようだ。倉庫の中にはかなり大がかりなものも多く見られ、祭りなどで使われる木の鳥?が設置された台車や土で作られた人形。空を飛ぶ翼や角が生えた人が織り込まれたタペストリー、月が真ん中に描かれた大きな皿等様々なものがあった。
「ああそこは祭りの時に使う道具ですね。月の主に感謝する祭りですみんな火を囲んで夜の間中踊り明かすんでよ。こんな姿になっちまったら祭りなんて出来ないですけどね」
興味深く見ていた俺に村の人が説明を挟んだ。月の島と呼ばれるだけあって月に関する信仰が盛んなようだ。グレイの話にも島の奥にあるという遺跡には月をかたどった文様が彫られていたということだから間違いないだろう。
この場所からは見ることは出来ないが相当大きいらしいのでハッピーに上空から道案内してもらえれば迷うことはないはずだ。
「例の遺跡も月に関係あるんですか?」
デリオラの氷を溶かしているのは
あいつらがデリオラを遺跡に運び込んだことから考えて、
だがそんな高度な魔法設備をこの島の人達が作れるとは思えない……。聖地のような信仰の地に偶然そういった力が宿るというのは伝説の中ではありふれたものだ。
そういった話が遺跡にもあるとおもったのだが……。
「いやぁその、あの遺跡は……えっと、そうだ!!詳しいことは村長に聞いてください」
慌てた様子で離れていく村の人にきな臭いものを感じる。何か不味いことを聞いたのか……村の伝承で外の人間には教えてはいけないとか?不可解だ。遺跡を偵察するように命令した式神も
式神が消された場合は分かるようになっているのだがいつもの感覚とは違った。普通は体に電気が走ったかのような感覚があるのだが、今回はだんだん溶かされるように徐々に式神の感覚がなくなったのだ。この異常事態をどう判断しよう……。
「ハザマ何をしている。出発するぞ」
エルザに呼ばれて倉庫から出る。どうやら準備は終わったようだ。俺は引っかかるものを多く感じながらみんなの元へ向かった。
ハッピーの道案内で遺跡を目指すも木々が生い茂ったジャングルに道はなく思うように進むことが出来ない。加えて周囲を警戒しようにも視界が悪く、大まかな方向を教えてくれなかったらもっと歩くのにも手間取っただろう。俺が出した式神は全て消されたようでこれ以上展開するには魔力が足りない。グレイ達の治療はしっかりしたので戦闘面ではあいつらに頼り切りになるだろう。そのまま村人達と待っていることも考えたのだがどうも遺跡が気になる。
「リオンの奴はウルを超えるためにウルに弟子入りした。だがそのウルがいなくなった今ウルが倒せなかったデリオラを倒すことでウルを超えようとしている」
走りながらグレイがリオン達の目的を説明している。グレイによれば氷の魔力量がデリオラを封印したときと比べてかなり減少していたそうだ。もはや一刻の猶予もない。
「成るほどリオンの目的はそれか」
「死んだ人を超えようと思ったらもうそれしか方法はないものね」
納得したという風にエルザとルーシィがうなずく。死んだ人間に追いつくためにその人が成し遂げられなかった事を成し遂げる。言葉にすれば単純だがそのために怪物をわざわざこのような孤島にまで運び、どれほどの年月がかかるかも分からないのに延々と魔法解除の儀式を行い続ける……異常な行動だ。人に相談すれば間違いなく止められるだろう。だが俺は理解できてしまった。大切な人がいなくなってしまうとそれを埋めるために何かに必死にならないとひどく痛むんだ。ぽっかりと空いた穴が代わりのもので埋まるまで。
「……正確には違う」
「違うってどういうことー?」
上空からハッピーののんきな声が聞こえる。確かに今までの話から考えてウルは死んだのではなかったのか。生きているならリオンはウルを救おうとするだろう。
「ウルは確かにもういない。けど……ウルは生きている……」
「どういうことだ。お前達の師匠はデリオラを封印したときに死んだんじゃないのか?」
「……ウルのもとから離れた俺はすぐにデリオラの元へと向かった。運の悪いことにあいつとはすぐに再会する事が出来たよ……だけど」
ウルの結末を語るためにグレイは十年前の事を話す。自分の希望と絶望の両方が氷に閉ざされたあの日のことを――。
◇◇◇
――十年前イスバン地方。
「はぁ、はぁはぁ。予想外だな……デリオラがここまでの強さだとはな」
その光景はまさに悪夢がそのまま現実になったかのようだった。石造りの頑強な建物が巨大な怪物の腕で崩され、至る所で火災が発生し周囲は火の海に呑まれていく。何かが焼ける匂いがあたりに充満しており何が焼けているかなんて考えたくもない。
――怪物が大きく息を吸い込んだ。「不味い!!」
ウルの周りの瓦礫がまとめてすべて吹き飛んだ。爆発の中残ったのはウルに抱き留められたグレイとその後ろで気絶しているリオンだけだ。
「う、うっうわぁぁぁぁぁ!!!!」
「よかった目が覚めたかグレイ。大丈夫もう大丈夫だ」
火の海の中ガダガタと歯を鳴らし震えるグレイ。ウルはそんなグレイをゆっくり抱きしめ背中を優しくなでた。焦点の合わない目でひたすら悲鳴を上げていたがだんだん意識がはっきりしてきたようだ。
「ウル……?えっなんで……」
信じられないものを見たという顔のグレイに気にせずウルは落ち着いた声で言った。
「いいからリオンを連れて逃げろ……流石にお前達をかばいながら勝てる相手じゃないみたいだからな」
「リオン……?」
「そこで気絶してるんだ。悪いが頼む」
すこし離れた場所でリオンは倒れていた。胸が上下に動いているところを見るとどうやら生きてはいるようだ。
怪物デリオラが起こす地響きで震える足を両腕で支えながら立とうとしていたグレイは尻餅をついた。無理もない。復讐心が求めるままにデリオラの元へ向かったグレイだったがいざデリオラと相対すると何も出来なかった。ウルのもとで学んだ造形魔法は何一つ通用しないどころか放つことすらできなかった。デリオラに気づかれてもいなかっただろう。再開するまではこの悪夢に立ち向かうことができた。しかしもう戦うことはできなかったあれほどまで自分の心を燃やしていたものがすっかりなくなってしまったのだ。空っぽだグレイの心は空虚な闇で満たされており立ち上がる気力もわいてこない。
デリオラはちょっと魔法の修行をしただけの子供が倒せるような化け物ではない。倒れているリオンも傷だらけのウルもグレイがここに来なければこんな目に遭わずに済んだ……。惨めだった。誰の助けもいらないと思っていたのにウルにかばわれていることに安心してしまった自分とそれを受け入れてしまったことが……。
「こんな奴ちゃっちゃっと片付けてやるから」
「……どうして来てくれたんだ……俺破門だろ?」
傲慢に理不尽に町を破壊しているデリオラがこちらに気付いた様子はない。グレイはもう逃げ出したかった。こんな化け物に人間が勝てる訳がなかったのだ。おびえて隠れて逃げなければならない人が厄災に対してそれ以外なにができようというのだ。グレイには分からなかった。どうして自分を見捨てて逃げないのかそれを恐れているくせに不安から言葉をこぼす。
「以前友人に自分の幸せを考えろと言われたんだ。そんな不幸せに生きていたつもりはないんだが……」
振り返ったウルは不適に笑ったこんな状況で似つかわしくなく笑ったのだ。
「だってそうだろうかわいい弟子が二人もいて日々成長して賑やかな毎日。最高に幸せだ。その大切な奴が笑って暮らせない原因があいつなら私は戦う、手放しかけた幸せを取り戻すためにここに来たんだ」
ウルの言葉で心に明かりが灯る。復讐に呑まれていたあのときは気づかなかった。気づくことができなかったが、ウルとリオン二人と共に
震える足を無理矢理手で押さえつける。地面に足を埋め込ませるつもりで必死に立ち上がる。ここにいてはウルの邪魔だ。リオンを連れてせめて邪魔にならないようにと倒れたリオンを抱えようとしたがリオンは気絶しており、思うように支えられない。そのため今まで見逃していたのだ。だが座り込んでいたウルが立ち上がる時グレイは気づいてしまった。
「ウ、ウル……そ…そのあし」
「すべてのものはいつか壊れるだからもう一度作るんだ。足の事は気にするな――素晴らしいだろう造形魔法は作りたいものを自由に作れる」
――彼女の足は氷の義足となっていた。そのことが誇らしいことであるかのように両手を広げ彼女はグレイに見せた。
「速く逃げろ……あれは私が倒す」
涙をポロポロ流しながらグレイは首を横に振った。
「ダメだ……ここで逃げるなんてウルがそうなったのは俺のせいなのに」
デリオラは怖い死ぬのも怖いだがここでウルを見捨てて逃げ出すことはもっと怖かった。何より目を離せばまた自分の大切なものがなくなるような気がしたのだ。
「間違えるな。私の足がなくなったのもお前の家族が殺されたのも町が破壊されたのもすべてあの悪魔のせいだ。お前が気に病む必要はない」
「ウルどうしちゃったのさ。あんな悪魔ウルならすぐに倒せるだろう?それなのにどうしたんだよ……その足」
「リオ――」
支えてたリオンに突き飛ばされ倒れ込むグレイ。だがリオンは倒したグレイの事など気にせずウルに近寄る。ふらふらと体はよろめくが目だけは周りの一切を無視してウルのみを映していた。
「幸せとかなんだよそれ……アンタは最強なんだろじゃないと俺」
「前にも言っただろうリオン。西の国には私よりも強い魔道士は山ほどいる」
「そんなのいない……ウルが最強だ。じゃないと俺何のためにウルに弟子入りしたのか……」
「私を超えたのなら次の目標を見つけたら良いだろう」
ウルの言葉をリオンは受け入れる事はできなかった。リオンにとってウルとは絶対である。この国においてウルの名は最も高名な氷の魔道士として知られている。そんなウルの弟子になれたことはリオンが生きていた中で一番の幸運だと思っていた。
今回ウルがグレイを探す旅について行く時リオンはウルに止められたデリオラの脅威があったからだ。だがそれでもリオンは付いてきた。ウルはリオンがグレイのことを心配していると考えたようだがそうではない。リオンはこう考えたのだ……ウルならデリオラくらい簡単に倒してくれると。
「みんな言ってたウルは最強の魔道士だって。ウルならデリオラにだって勝てるだろ……俺を裏切るなよ!!」
子供の根拠のない信頼それ自体はありふれたものだ。ウルもリオンの自分に対する過剰な思いは知っていたが、修行のモチベーションにつながるならと放置していた。過剰なものはあふれ出る以外の結論はない。
「アンタが本気を出さないなら俺がやる……ウルの魔法であいつを殺すウルは最強なんだ」
腕をクロスさせ構えをとるリオンその構えをウルはよく知っている。
「――リオンお前、あの魔道書を読んだな。バカな真似は止めろ!!その魔法を使ったものがどうなるのか知っているのか!!」
あまりに強大な魔力が目に見える形でリオンの周りを覆っている。とても子供が放出していいような魔力量ではない――ウルも慌てて止めようとするが纏った魔力が壁となりウルの手は弾かれる。
「しってるよ。最強の氷魔法……
絶対の信用。リオンがウルへと捧げる狂気とも呼べる感情が最悪のタイミングであふれ出した。最初は憧れだった。ウルの言うことを聞いているだけで満足だった。だがウルの言うことを聞くだけではウルには勝てないことに気づいた。自分なりの造形魔法を研究し、ウルが禁じていた魔道書も読んだ。その中の一冊にこの魔法は記されていた――
「すごい……魔力だ」
これならデリオラを倒せるのではないか?グレイの心に希望が芽生える。
「デリオラにはどんな魔法も効かない。ならこの魔法で永久に凍らせてやる……
「止めろ!!バカ」
ウルの造形魔法がリオンを無理矢理氷漬けにする。
「気づかれたか――だが師弟そろって同じ魔法を使おうとするとはな。似なくて良いところまでまねをしなくても良いのに……」
同じ魔法……グレイは嫌な予感がした。ウルはリオンがその魔法を使おうとしたとき無理矢理止めたのだ。それにはなにか恐ろしい理由があったからではないか?
「――私の弟子達には近づけさせない!!たとえこの身がどうなろうとも――
膨大な魔力がデリオラへと放たれる。今まで髪の毛一本凍らなかった悪魔が
「ウル――!!!!」
「この魔法はこういう魔法だ。術者の肉体を氷に変える。私がリオンに使わせなかった理由が分かっただろう」
言っている意味が分からなかった体を氷の変える?それが本当ならデリオラは倒せるかもしれないがウルはどうなる。自分のしでかした代償をウルが支払う必要はない。
「グレイお前に頼みがある。リオンには私が死んだと伝えてくれ」
「…………」
「あいつを見て思った。私が生きていると知ったらあいつはこの先の人生を棒に振るだろうもちろんお前も私の事は気に病むな。そうじゃないと私が氷になった意味がない。」
「ダメだ……やめてくれ」
走っても追いつかない。手を伸ばしても届かない。デリオラが憎かった。あいつを倒すためなら何だってどんなことだってするつもりだった。いざその時が来たにも関わらず後悔の感情しかない。自分には復讐しかないと思っていたしかしもっと大切な事ができた。
魔力の暴風があたりを埋め尽くす立ち上がる事もままならないが必死にウルの元へと向かう。
「リオンには外の世界を見てほしい。あと魔道書は最後まで読むように……あそこまで心酔されるのは師匠冥利につきるというものだが、私以外にも素晴らしい魔道士はたくさんいる」
「あや…謝るから、何でもするから……」
吹き飛ばされたグレイの目に涙が流れる。ゆがんだ視界の中で優しい声のみがグレイにウルがまだそこにいることを感じさせてくれた。しかしその声は次第に小さく弱くなっていく。
「グレイは意外と真面目だったな。私の教えを丁寧に繰り返していた。お前がこれから生きていく未来の事を考えると楽しみで仕方がない、だが脱ぎ癖には気をつけろお前何もないところでも脱ぐからな」
「――ヒッ……ヒグッ」
言いたいことはたくさんあった。だが口から出るのは意味のない嗚咽ばかり、あふれ出る感情を言葉にすることができない。
「悲しむ必要はない私は死ぬわけじゃない。氷となって永遠に生き続けるんだ」
氷となって生き続ける。それは果たして生きていると言えるのだろうか。声も出せず動くこともできないそれは死ぬことよりも恐ろしいことではないか。
「――ウルゥゥゥゥゥ!!!!」
「――お前の闇は私が封じよう」
炎が舞う残虐の中、厄災は封じられた。