完全に修復する必要はないとエルザは言ったが完全に修復する余裕なんてどこにもなかった。ただでさえよく分からない魔法がかかった柱をどうにか形になりそうなように治したと思ったらすぐに次の柱を壊し出すんだから完璧に直すには時間が足りない。俺がミスったら全員生き埋になってしまう強度は大丈夫なのか、賭けられた魔法は暴走する危険は無いか。神経をすり減らす作業が続いた。
「やっと終わった……」
この遺跡を作った奴が手抜き工事をしていなくて本当に良かった。修復術で補強し終えると俺たちは遺跡を後にした。どっしりとした佇まいからはこの遺跡の基礎の柱すべてが切られて念糸で辛うじて接着されているだけとは思えない。そんな頼りない遺跡の中で自分の体をつかった巨大ジェンガをやらされていたと思うと胃が痛くなる。
「それでここからどうするんだ?まあエルザの考えはなんとなくわかるが、やっぱり俺はあの魔方陣が気になるんだよ。」
これほどの建造物に守られた魔方陣、聞いた話によるとあらゆる魔法を解除するとされているがそれだけとは到底思えない。それだけならあんな膨大な魔力を消費するわけ無いんだ。あれほどの魔力をどこから持ってきているのかもわからない。分からないことだらけだ。
「安心しろあの魔方陣はこの島の住人達とは無関係だ」
「なんでそんなにはっきり断言できるんだ」
エルザの言葉は確信に満ちていた。何か根拠がないとここまで断言はできないだろうまあその根拠が俺に納得できるかはまた別の問題なのだが……。
「気付かないか。周りをよく見て見ろ」
周りを見ろと言われましてもよく分からない文様が描かれているだけなんだよな。見た感じ月とそれに祈りを捧げている人位しか判別できない。あとは謎の怪物や武器を持った人間か?魔力の流れを見ても特に何も流れていない魔法的に意味のある装飾というわけでもなさそうだ。注意深く見ても何も理解することはできなかった。これのどこを見てエルザは確信に至ったのか。そもそも何を見れば良いのかすらわからない。チェックポイントを色付きでマークしてくれると有り難い。そうしてくれないと延々とここで悩む羽目になりそうだ。いくら眺めても理解できない俺にしびれを切らしたのかエルザが答えを言った。すみませんね察しが悪くて。
「村の装飾とは明らかに形が違う。ここをよく見てみろ遺跡の絵のほぼ全て直線で描かれているこれはベリア文化の特徴だ。だが村の倉庫で見た道具に描かれていた絵はここにあるものとまったく違った描き方だっただろう。もし村人達が作ったのであればこの絵と共通点が見つかるはずだ」
なるほど思い返して見れば村にあった絵は曲線や明るい色で描かれていおり、ここの壁画とは全然似ていない。それに住居や使っている道具から考えてもあんな魔方陣を造れるような技術があるとは思えない。ならこれを作った奴らは別のやつと考えるのが妥当か。意外と周りを見ているのがエルザだ。普段は脳筋と思われがちだが……やっぱり基本脳筋だな。
「村の奴らがここを作った訳じゃないんだったら一体だれが何のためにあんな魔方陣を作ったっていうんだ?」
内心を悟られないようにじっと文様を見つめる。S級魔道士は恐ろしくカンが良いからな。目を合わせると殴られかねない。
「それは私にも分からん。だがあの魔方陣が不自然であることはハザマも感じていると思うが、あれが無くなれば村人達がおかしくなった原因が取り除かれる。理由を説明することはできないが私はそう確信している」
理由を説明できない?今の言い方だとエルザはこの島の悪魔化の原因が分かったのか。あれを解決する手段があるとは思えないが、他に手もないしうだうだ言っても何も解決しない。ここはエルザを信用するしかないようだ。
「わかった。俺が言うことはもう何もないそれで後は俺が修復魔法を解除したら良いのか?」
「ああ頼む」
修復魔法を解除する今まで辛うじて遺跡を支えていた柱が一斉にバラバラになったんだ当然その上に建っている遺跡が無事で済むわけもなく、島を揺るがす地鳴りが響き遠くから見ていても分かるくらい遺跡が陥没している。本当にこれで解決するんだろうな?何も変わらなかったらただ遺跡を壊したただの破壊者だぞ。
「うおぉっぉ!!派手に壊れたなぁ」
「けほけほすごい揺れね。土埃もすごいし」
ナツはなんでちょっとうれしそうなんだよ。こうして壊れた建造物を見ているとなんかこう早く修復しなきゃならないという使命感が……。
「よしこれであの魔方陣も壊れただろう村に戻るぞ」
エルザの一言で我に返る。なんか職業病みたいなものを感じたがそっと頭の底へ押しやる。余計な事は考えるな頭を切り替えろ。
これだけ盛大に壊せばあの広間も瓦礫の下敷きだろう。もう二度と
◇◇◇
背中を押されながらズンズンと歩いて行くと資材置き場に着くもそこに村人達の姿はなかった。遺跡の倒壊音を聞きつけて様子を見に行った訳でもなさそうだ。争った形跡はなく、人だけが忽然と姿を消していた。
「あれ?誰もいない」
「本当にここにみんないたのか?」
「村がこいつらに壊されたからね。やっぱり……何か隠していたのかな」
道具類が持ち出されていない所を見るに夜逃げをした訳ではなさそうだが一体どうしたんだ。ルーシィは不安そうにあたりを調べる。だが手がかりになりそうなものは一切見つからない。何か問題でもあったのか心配だな。
「おーい誰もいないのー」
「皆さん戻りましたか。村が、村が大変なんですよ!!」
異形の怪物が一体森からすごいスピードで向かってくる。すごい怖い。何も知らなければ攻撃していたかもしれない。やはり呪いは解けていないようだ。この呪いは当てずっぽうで解けるような代物じゃなかった。どうしようもう遺跡は壊れてしまっている。俺直せるかな?今までも高度な魔道具は直してきたがこの遺跡はそんな者とは比べものにならないくらいに理解不能だった。下手したらこのまま一生この島にいることも覚悟しなくちゃなんねえ。嫌だなぁ。
「なんだ。そんなに慌ててどうしたんだ」
エルザが問い詰めるもとにかく見てもらった方が早いと興奮さめやらぬまま、村の方へ案内しようとする村人。どうやら悪いことがおきたわけじゃないようだが……上から溶解液を落とされて村が消滅したよりも衝撃的な出来事はないだろう。
村にたどり着くと村があった――は?
「どうなってるの?確かに村はめちゃくちゃにされたはずなのに」
「元に戻ってるー」
そこには喜びに満ちた村の姿があった。
「どうなってんだこれ。まるで時間が戻ったみてーだ」
ガンガンとナツが家を殴りつける本当に戻っているのか不安になる気持ちは分かるがそれ以上殴るなお前がやるとまた壊れる。
村長はどこか尋ねると村の外れに案内された。そこには墓を真剣な顔で見据える村長の姿があった。
「あの墓は……」
「そっか……村が元通りになったからボボさんのお墓も元に戻ったのね。よかった」
ボボというのは村長の息子で今回の悪魔化によって正気を失ってしまったらしい。悪魔になった彼らの力は人間を遙かに超えている。縄で縛ってもちぎられ檻は壊された。そんな化け物のような力を持った怪物に村人達ができることはなかった。
――だから殺した。これ以上犠牲者を出さないため村長は自らの手でそれを行った。
「…………」
村が元に戻っても戻らないものもある人の死はその最たるものだろう。
俺達が来たことに気づいたのか村長が振り返る。ギロリと睨みつけるその目には建物が元に戻った喜び以外のものが沈んでいる気がする。
「あなた方が村を戻してくださったのですか」
「あーいや……そういうわけじゃ……」
「おや、そちらの方は初めて見る方ですな。だが、今はそんな事よりもほが、魔道士殿一体いつになったら月を壊してくれると言うんですじゃ!!」
村長にはリオンが今回の首謀者だとは気づいていないようだ。今リオンの事を説明しても冷静な対応は望めないだろう。人が死んでいるんだどんなことでも起こりえる。一方的に復讐の相手を連れてきて自己満足のためにその復讐を止めようとしている。何の権利があって俺はそれを決めているんだ自分の傲慢さが嫌になる。
「そのことだがな村長。実は月を壊さなくても元に戻る方法がわかった」
エルザもリオン達の事を説明する気は無いようだ。いらない混乱を招きたくはないのだろう。余計な事を言わないようにリオンのすぐ背後につく。今はおとなしくしているがいざとなったら無理矢理にでも口を封じる必用がある。
「状況を整理したい。皆を集めてくれないか?」
ゾロゾロと村人達が広場に集まってくる。これだけ大見得を切るからには村人達を元の姿に戻す算段はあるのだろう。内心びくついている俺とは違いエルザに迷いは見られない。
「あなたたちは月が出ている間、そのような姿になってしまう。それは月が紫になってから始まった。これに間違いはないか。」
「正確には月が出ている間ですじゃ」
「なるほど今までの出来事から考えるとそれは三年前から始まった」
「確かにそれくらいになるはず……」「ああ」「そうだな――」
村人達の意見も概ね一致するようだとなると当然あの疑問が出てくる。
「三年前から遺跡では毎夜のように遺跡に向かって収束した月の光が降り注いでいるのが見られたはずだ。原因は月の雫の儀式《ムーンドリップ》の儀式によるものだが――どうして一度も確認向かわなかった?」
「そ、それは村の言い伝えであの遺跡には近づいてはならんと……」
「死んだ人もいるし報酬の高さから言ってもそんな事言っている場合じゃなかったよね」
村人達からざわめきが起こる。何かを相談するように顔を寄せ合い隠したいことがあるのか俺達と目を合わせようせず、後ろめたいことがあるようにこちらを伺う様子を見せる。
「そ、それが……わしらにもわからんのです。おっしゃる通りあの遺跡は何度も調査しようとしました。皆でなれない武器を持ち、ワシはもみあげを整え何度も遺跡に向かいました。しかし、近づけないのです」
「遺跡に向かって歩いているはずなのに気がつけば村の門。我々は遺跡には近づけないのです」
近づけないってなんの冗談だよ。村人全員が超ド級の方向音痴というわけでもあるまいにあれだけ巨大な建造物だジャングルの中道に迷ったとしても、木にでも登ればすぐにどこにあるのかくらい分かるだろう。まあ、俺達はその遺跡を瓦礫の山に変えてしまったんだが……。
「俺達は中に入れたぞ!!普通に」
「…………」
「嘘じゃない。こんな話信じてもらえないと思ったから黙ってたんだ。俺達だって遺跡には何度も行こうとした」
「だけどたどり着けた村人は一人もいない。だから島の外のギルドに依頼を出したんだ」
「なるほどやはり全ての原因はあの遺跡のようだな」
エルザは何かを確信したようだ。
「えっ??」
「これは村の資材置き場に置かれていたものだ。説明によれば祭りなどの行事で使われる道具を保管する場所のようだがこれの裏を見てくれないか」
エルザがそう言って取り出したのは村の資材置き場に置かれていた皿だ。祭りの時に食材を盛り付けるのに使われるそれは普段使いには少しサイズが大きいようだが至って普通の皿だ。裏返して見てみるとそこには羽の生えた人が描かれていた。よく見ると体には角が生えており普通の人間というわけではなさそうだ。
「……似ている」
皿の絵は悪魔になった村人ととてもよく似ていた。どういうことだ。まさか自分たちの体が悪魔になった事を記念して皿に悪魔の絵を描いたとかいうわけはないだろ。村人達も戸惑いを隠せないようで大きなざわめきが起きている。
「これは一体どういうことですじゃ!!魔道士どっ――」
その時地面が激しく揺れた。その揺れは島全体を揺るがす程でとても立ってはいられないほどの揺れだ。村人達は身を守るために体を地面に伏せる。
「何だ!!」「キャー」「うわぁぁぁ」
「封印が完全に解けたか」
遺跡があった方角を見ながらエルザがそうつぶやいた。そこには天に向かって光の柱が吹き上がっていた。何だあれはこの世の終わりでも訪れたのか?地面に伏せながら光の柱を見つめていると徐々にそれは収まりやがて消えてしまった。
「見ろ月が!!」
光の柱は月に向かって伸びていたその柱は空を砕き月を飲み込んだ。砕けた空がキラキラと降り今までの不気味な紫色とは打って変わって見慣れた月が優しい白い光で浮かんでいる。
「割れたのは月じゃない。空が割れた」
「一体なにが起こってんだ!!」
見たところ月と島の間に何かがあった。それの所為でこの島では月が紫色に見えていたようだ。アレは一体なんなんだ。
「この島は
島を覆っていた紫の天蓋は崩れ去り俺達の元へと降り注ぐ。キラキラと輝く結晶が俺達の体を包み込む。
「おおこれで我々の姿も元の姿に戻っ……」
だが紫の月がなくなっても村人達は怪物の姿のままであった。
「……」「あれ?」
「もとに戻らないのか」「そんな」
だが都合の良い魔法はおきなかった。多くの呪いは呪いを解いたところで元通りとはいかない。一度発動した呪いは発動者が死んでも効力を発揮する。呪い系の多くが禁呪認定されているのは取り返しがつかない事が大きく影響している。
「いや、これで元通りだ。夜になると悪魔になってしまうという間違った記憶がな」
「まさか……」
「彼らは元々悪魔だったのだ」
「うそぉぉぉ!!」
確かに元から悪魔だったのなら資材置き場皿の絵も納得がいく。今にして思えば着ている服も悪魔化しても破れないように特徴的なデザインをしている。
「マジか?」
「はい、まだちょっと頭の中が整理できていませんが……」
「まってリオン達も
「こいつらは人間だからな。どうやら記憶障害は人間には効果が無いらしい。あの遺跡にはとても高度な対魔の術が掛けられていた。最初は
「だから村長達が遺跡に向かっても近づけなかったのね」
「おそらくこの島自体が悪魔化したもの達にとって生きやすかったのだろう。島の至る所で悪魔化した動物が見られた。普通悪魔化するほど魔力と親和性がある生き物なら魔物になってしまうだがこの島の動物たちにはそんな様子は見られなかった。この島の何かが魔力による影響を防いでいたんだろう」
魔法を使う動物を魔物と呼ぶ。魔物は普通の動物と比べて凶暴だと言われている。そりゃそうだろう。動物が魔法を使えるように進化したのが魔物ならその魔法を使わなければならない環境があったということだ。あるネズミは天敵から身を守るために体を透明にする魔法を身につけた。空を飛ぶために羽が生えた猫も知っている。ならば体を悪魔に変えなければならない環境とは一体どれほどだろうか。
「あなたたちに任せて本当に良かった」
後ろから声が聞こえる。村長達の様子が変だ。まるで幽霊でも見たように声が震えている。
「ボ…ボボ……」
「魔道士さんありがとう」
「どういうことだ。え、えぇー」
墓とボボさんに目を行ったり来たりさせる村人。死んだと思っていた人間が生きていたんだ驚くのも当然だ。
「おいおい、
「アンタ船で突然消えたじゃなねえか」
目にも留まらぬ速さでボボさんが消えた。背中から翼はやしたボボさんが空に飛び上がる。このスピードで目の前で上空に飛ばれたら見つけるは困難だろう。
「あの時もこうやって逃げさせてもらったんだ。すみません事情を説明できなくて。あなた達が本当に信用できるのかあのときは判断できなかったんだ」
「ボボー!!」
「やっと正気に戻ったみたいだな親父!!ホントみんなが突然自分の事を人間だと言い出したときにはどうしたもんかと思ったよ。何を言っても俺の頭がおかしくなったって言うからさ棺から抜け出して島を出たんだ」
村長が一番に飛び上がりボボさんに抱きつく。悪魔化の謎も解けて村も元通りでボボさんに生きていたこれで全部めでたしめでたし本当に良かった。
「わあああああ」「ボボが生きてたぞー」「今夜は宴だぁぁぁぁ!!」
月光に反射した結晶が降りしきるなか空に飛び上がりみんなが喜んでいる様子はとても素晴らしいものだ。今回のクエストは久々に命の危機を感じたが首を突っ込んでよかったと思える。
「何だかなーみんなのあの笑顔を見てると、悪魔ってぇより天使みたいに見えるよな」
「皆さんも是非参加してください。今夜は寝ないでお祝いです!!こんなにうれしいことはありません」
今宵悪魔の島と呼ばれたこの島は宴の声が途切れることはなかった。