おとぎ話の妖精   作:片仮名キブン

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その空の下に月は浮かんでいた

 ガルナ島の人達を襲った体が悪魔に変わる呪いは月の雫(ムーンドリップ)のせいで自分たちが悪魔であることを忘れていたという衝撃の事実だった。今にして思えば着ていた服が、翼や尻尾が出しやすいように穴や切れ込みが入れられていたり、エルザが根拠として出してきたお皿のように結構至る所に不自然と思える部分は沢山あった。    

ちょっと独特なデザインの服をみんな着ているなとは思っていたがまさかおとぎ話でしか聞いたことのない悪魔が実在するなんて思ってもいなかった。

 自分たちの体が悪魔へ変わると思い込んで嘆いていた彼らもこうやって笑顔で踊り、ご飯を食べていると普通の人間とあまり変わらない。

中でもボボさんが生きていたとわかった村長の喜びは凄まじいもので、翼を羽ばたかせボボさんとグルグルと空中を回っている。宴が始まってからずっとあの調子だけど大丈夫なのだろうか。

 

「楽しんでますかー魔道士さぁん」

 

 頬を赤くしながらふらついた足でこっちに近づいている村の人、この騒ぎの中では特に珍しくもない光景だが悪魔の姿のまま宴会に突入してしまったのでまるで仮装パーティーのように落ち着きのない様相となってしまった。この人も悪い人ではないとは分かっているんだけどこの姿の人にお酒を勧められると少し構えてしまう自分がいる。

 

「えーと、もう十分飲んだから今はお水が欲しいかなって」

 

「いやいやまだまだ飲まないとダメですよ!!魔道士さーん。今日羽目を外さないでいつ外すっていうですかぁぁ」

 

(うわぁかなりでき上げってるなぁ)

 

どうやって断ろうかと考えていると横から突然男の人が持っていたお酒が取り上げられた。

 

「おっさんこの酒めちゃくちゃうめぇな。いくらでも飲めるわ」

 

 後ろからやってきて一息でお酒を飲み干したグレイはコップを男の人に返す。

 

「そうなんですよ。この酒は島の果物を使ったこの村自慢の一品なんです。つけ込み具合によって味が変わってねおすすめは三年付けたやつが――」

 

 うれしそうに島の自慢をする村の人。空のコップを振り回して熱心に説明をしてくる。

 

「そういえばおっさん、またみんなで悪魔のダンスを踊るって焚き火の前に集まってたぞ。おっさんは行かなくて良いのか?」

 

「なんですって!!この私をのけ者にして、悪魔のダンスを踊るだなんてそんなことゆるされませんよ」

 

 ろれつが少し怪しくなってきていたが、グレイの一言を聞くと目をとがらせて大声で聞き返した興奮しているようでちょっと怖い。

 

「下で見ていてもおっさんの腰のキレは群を抜いてたから。おっさんがいるといないのとでは盛り上がりが段違いだろうな」

 

「こうしちゃいられない。すみませんちょっと行ってきます!!」

 

「おう。俺達は下で見させてもらうわ」

 

 あんなに顔を真っ赤にして走るとこけないか心配になるけど、おじさんは人混みの方へ行ってしまった。

 

「……ありがと」

 

 グレイは腰を下ろして隣に座った宴の喧騒から外れた位置。この島に来たときはこんな大事件に巻き込まれるとは思っていなかったら少し疲れてしまった。これくらい離れていた方が今の私には気楽でいい。

 

「たまたま通りかかっただけだ……いや、俺の方が礼を言わなけりゃなんねえのにまだ礼を言ってなかったことを思い出したんだ」

 

 お礼を言われるようなことに心当たりは嫌にかしこまった態度に私も姿勢を正す。

 

「お前達がこのクエストに無理矢理受けてなかったらウルやリオンのことも解決できなかった。はじめはギルドのルールを破るバカ奴らと思ってたけどデリオラがここにいると分かって復活を止めることがあのとき俺が生き残った責任だと思った。来たがエルザに無理矢理連れ帰られそうになったときかばってくれなかったらもしかしたら無理矢理連れて帰られたかもしれない。そうしたら一生後悔していたと思う。だからおまえらには感謝している」

 

 私もナツに着いてきただけでエルザの時は一種に縛られていた身だ。お礼を言われるのはなんだかこそばゆい。報酬の精霊の鍵目当てで初めてのS級クエストで自分の力を試したいという思いもあったし、手に負えないことなんかもあって、なんで着いてきたんだろうって思うこともあった。だけど今、こうして楽しそうに笑っている人を見るとここに来て良かったって思える。今この場を覆っている喜びに私の力がちょっとでもプラスになったのなら頑張った甲斐があるというものだ。素直にうれしい。

 

「リオン達はしばらくこの島に残るみたいね。心配じゃない?」

 

 リオン達はボボさんが生きていた事に沸き立っていた村の人達の熱気が少し落ち着いたタイミングで説明させてもらった。突然私たちと行動を共にしたリオンを新しく来た妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の仲間と言うには無理がありリオン自身も隠さずに正直に説明する事を望んだ。

彼はしっかりとした足取りで村人達の前に立つとと頭を下げ謝罪した。あなた達が記憶を失った今回の事件の全責任は自分にありその責を果たすため自分にできることなんでもする命が欲しいというならこの命を捧げる。ものを立場にないことも分かっている。けれども仲間たちの命だけは奪わないで欲しいと頼み込んだ。

 

「あいつは昔からやると言ったことは必ずやり遂げるやつだったからな、そこら辺の心配はしてねえよ。デリオラのことも片付いたし……いちいち面倒を見るような関係は俺もあいつもごめんだろうしな」

 

 村の人達もボボさんの生還を喜んでいるときにとんでもない爆弾を放り込んできたとあのときは思ったが、私たちもリオン達がデリオラの被害者だと知り一方的に重い罰を与えるには彼らの事情を知りすぎた。

 

「その割には一緒になって頭を下げてたじゃない。島の人達も戸惑ってたと思うけど……」

 

 リオンが頭を下げる横で無言で一緒に頭を下げるグレイ。その甲斐もあってか島の人達はリオン達の謝罪を受け入れた。彼らに対する罰も月の雫の遺跡(ムーンドリップ)あそこは今瓦礫の山になってしまった。島の人達の侵入を拒んでいた魔法はなくなったとは思うけどまだ他にも罠のような魔法が仕掛けられていたとしてもおかしくはない。だから調査が完了するまでリオン達が遺跡の解体作業をさせてはどうだろうとハザマが提案し村長が了承した。今リオンは残りの三人に説明するために離れここにはいない。

 

「デリオラに大切なものを壊された奴の気持ちはよく分かるからな。ましてやウルが氷になっちまったのは俺の所為だからな……」

 

「――それは!!」

 

「わかってる別に今更命を犠牲にして何かしようってわけじゃない。デリオラも砕け散ったしな。だけどやっぱり忘れちゃいけない事ってあるんだよ。どんなに目を背けたくなる傷でもそれを癒やすためにはほっとくだけじゃダメなんだよ」

 

「それはリオンのこと?」

 

「俺も含めてな。正直デリオラを見たときは頭に血が上ってた。エルザに止められたときもハザマに止めれてなかったら本気で戦っていたと思う。だから……リオンが村長達に謝った姿をみて少し救われた気がした。間違ったことばかりしてきた弟子だったけれど俺達の師匠が教えてくれたことは確かに俺達の中に生きてたんだ。俺の罪は死ぬまで消えることはないだろう。だけどウルの教えも同じように死ぬまで消えないって思えたんだ」

 

「ウルさんってすごかったのね」

 

「ああ俺達自慢の師匠だぜ」

 

 宴の席から少し離れた場所で焚き火の明かりが私たちを少し暗闇から遠ざけてくれる。悪魔達の宴は夜が更けたくらいでは終わらない。今夜この島で笑い声が途切れることはなかった。

 

 

 ◇◇◇

おはようございます宴の間中村の建物を調査していたハザマです。突然元に戻った村に喜んだ村人達だが何か罠が仕掛けられていたら大変と考え宴を早々に抜け出し、一晩中念糸や式神を使って家々を見ていました。俺の頑張りの成果は――マジで何一つ異常がみつからないという非常に喜ばしいものだが俺の目的は果たせないという個人的には素直に喜べないものだった。

 まあ今更この村の人達に害をなしてもしょうが無いというのが普通だと思うが念には念をというし、どうせなら百パーセント安心したかったのもある。しかしいちばん大きな目的は奴が修復したものを見たいと思ったからだ。奴というのは遺跡にいた仮面の男だ。俺達が遺跡を破壊して下りてくる短時間の間に村を完璧に元に戻した奴がどんな魔法を使ったのか非常に気になり、何か一つでも技術を盗むことができたのなら間違いなく俺の力になると思った。この島に来たとき島の人達の悪魔化を調べたときにも感じたのだが異常がないというのはいちばん厄介な状態かもしれない。何をどうすれば良いのかすら分からないあの仮面の男は洞窟で時のアークとかいっていたな失われた魔法(ロストマジック)ギルドに帰ったら本気で調べてみるか今の俺にできることはそれくらいしかないのかもしれない。だからといって諦めないがな!!

 

「いや帰るには早い俺はこの島に残るぞエルザ!!」

 

「何をバカなことを言ってるんだハザマ。私たちがこの島でやるべき事は終わった。無許可でS級クエストに来たこいつらをマスターの前に引きずっていかなければならない」

 

 お前はそういうだろうなだけどお前も見ただろう。あの短時間で村を元に戻した凄まじい魔法をあの魔法を覚えることができれば今後の俺の仕事もレベルアップすることは間違いない。そうなれば俺もちょっとは楽できると思うんだ。チラッとあいつらがこれまで以上にやらかしてくれそうな気が一瞬したがその嫌な予感を首を振って振り払う。

 

「言いたいことはそれだけか」

 

 エルザさん落ち着いて……。なんで会話による説得を試みているのに拳が握られているのかな?俺の意見を言ったんだから次はエルザさんが俺を説得するために話をするそれが普通じゃないか。

 

「――歯を食いしばれ」

 

 俺は暴力に屈した。

 

 いよいよ島を離れることになった。帰りも俺とエルザが乗ってきた海賊船をもう一度俺が操船して帰ることになった。島にある船ではこの島の周りを流れる特殊な潮の流れで簡単に転覆してしまう。来たときに素人の俺が操る船でもたどり着けたのは船が大きかったからだろう。ボボさんに比較的潮の流れが穏やかな場所を教えてもらい準備は万全だ。

 

「ではボボさんもし村に何か異常があったらこの紙を破ってもらったら俺に伝わりますんで。特にリオン達から怪しい仮面の男の情報が聞く事ができたらどんな些細なことでも結構ですのでよろしくお願いします」

 

「えっと……はい」

 

 俺がボボさんと放している間にエルザは村長と今回の依頼の話をしていたようだ。

 

「ほが……では報酬は受け取れないと!!」

 

「ああ昨夜も話したが今回の依頼は正式にギルドが受けたものではない。うちのバカどもが勝手に先走ってしまった不始末をつけに来ただけだ。だから報酬は必要ない。本来ならマスターが謝罪をしなければならないところだが妖精の尻尾(フェアリー・テイル)を代表して謝罪させていただく申し訳ない」

 

 エルザの報酬をもらわないという言葉にナツ達が不満を漏らす。どうやら声が小さかったようでエルザの耳には届かなかったことが幸いか。

 

「たとえ皆さんが正式な依頼で来ていただいてないとしても……ほがぁ我々が救われたことには変わりはありません。これは依頼達成の報酬ではなく共に宴を楽しんだ友人として贈らせてはくれませぬか?」

 

「そうまで言われて友人の贈り物を無下にはできないな」

 

 たしかこの依頼(クエスト)の成功報酬700万JだったけS級クエストの中では低い方だが、最近修復クエストばかり受けて金欠だったらな正直かなり有り難い。

 

「だが成功報酬の700万Jは受け取れない。これを受け取ってしまっては友人への贈り物としてはふさわしくない。追加報酬の鍵だけ有り難くいただくとしよう」

 

 えー鍵だけかよ。精霊魔道士じゃないと使えない鍵が報酬ってことはルーシィの一人勝ちじゃないか。ただ働きから考えたら仲間に役立つ物がもらえたのは十分すぎる成果なのだが実にもったいない。お金はあってこまるものじゃないんだし遠慮せずにもらえば良いものを……こういう所は本当に頑固だよな。

 

「出航!!」

 

 空は快晴、この辺にしては海も穏やかで風向きも良好点数を付けるなら100点満点の船出日和だ。

 

「皆さんお元気でぇー」「ありがとうございましたぁぁぁぁ!!」「また島にきてくださぁぁい!!今度は悪魔のダンスを一緒に踊りましょう」

 

「ありがとう。みんなも元気でねぇー」

 

 しばらくして船の後方でガルナ島を眺めていたルーシィが叫んだ。

 

「なんかでっかいのが島の上にいるぅぅぅぅ」

 

「は?」「気持ちわる!!」「うわーおっきい虫だぁー」「ほう、あれが……」

 

 島の山頂に馬鹿でかい虫が飛んでいた。あれは俺がグレイ達とはぐれたときに見た蛾じゃないかその姿はあのときより大きい。不思議洞窟で磔にされていた時も大きかったが今の島をまるごとおおような大きさは流石になかった。まだ海岸でこちらを見送ってくれていたボボさん達が騒ぐ様子がないところを見るともしかしたら島からは見えていないのか?

 突如羽を広げる島の上の怪物蛾。すわ俺達を食べる気かと思ったが空中で停止するとその巨大な羽を振るわせた。島から吹き付ける突風。目を開けることもできない風に舵を支えにして必死に踏ん張って耐える。

 

 目を開けると空に蛾の姿はなく、遠目で海岸でワチャワチャと動く村長達がまだ俺たちを見送っていた。船が転覆するんじゃないかと思う風なんか無かったかのようにのんきな声が聞こえてきそうだ。気のせいじゃないよな。

 

「何、今の?」

 

「俺がはぐれたときに見た蛾の化け物だ。最初会ったときはあんなにでかく無かったんだがもしかしてあの遺跡に封印されていたのは……」

 

 どうやら俺だけが見た幻覚ではないらしい。この船に乗っている面々はもれなくアレを見たようだ。

 

「そこまでだ。そこから先はお前達が知ってはいけないことだ」

 

 エルザが俺の言葉を遮った。なるほどエルザは知っていたと。あそこまで自信満々に遺跡を壊したのも俺の話を信用してアレの実在を確信していたからか。この目で見た俺でさえたちの悪い幻覚をかけられた可能性が高いと思っていたのに……気にならないと言えば嘘になる。だがこの世には知るべきではないことがわんさかある。

S級クエストに行くとこういうことがあるから嫌なんだ。強い敵や危険な環境、それらはもちろん危険で注意を払わなければならないものだ。だが前回のララバイや今回のデリオラのように知っているだけで禁忌とされるものがいちばん厄介だ。情報はいつ牙をむくか分からない。あの蛾は直接相対した身としてはもう二度と会いたくないと思うものだったが、不思議と悪い感情は浮かばない。触らぬ神に祟りなしって言葉ああいうのに使うんだろう。エルザもあれが敵になるとは考えていないようだし、エルザの言葉通り今見たことはきれいさっぱり忘れることにしよう。一番騒ぎそうなナツは船酔いでダウンしているし問題は何もないはずだ。

 

「風向きが急に変わったなこのままなら半日もしないうちに港が見えて来るんじゃねえか」

 

「え、今のスルーするのグレイ。見たよねあのおっきいの。あんなのがいるなんて現実的にあり得ないでしょ。ハザマ、ハッピー、エルザぁ私の目おかしくなっちゃったかも」

 

 グレイも俺と同じ考えに至ったようだルーシィが混乱しているが問題ない。いずれ落ち着く、たとえ落ち着かなくても今ナツを締め落としているエルザがいざとなれば力業でどうにかしてくれるはずだ。

 

「絶好の航海日よりだこんな日は歌でも歌いたくなるな」

 

「宴会であんだけ歌ったのにまだ歌い足りないのか?」

 

「お前らはそうかもしれないが俺はずっと村を見ていたからな。宴には初め以外参加していない」

 

「ちょっと無視しないでよ!!」

 

「あーそうだったかなら歌うか?大海原の船の上、乗っているのは俺達だけだ騒いでも誰も文句言わねえだろ」

 

「あ、やっぱ俺歌うの下手だから良いわ」

 

「じゃあ何で言ったんだよ」

 

 そんなの現実逃避に決まっているだろ。二徹したのに歌を歌う元気なんてどこにもないわ。幸いにも海は穏やかで風向きは良好理想的な船旅だ。この調子なら全部式神に任せてしまっても問題なさそうだ。

 

「グレイちょっと舵変わってくんね。よく考えたらこの数日まともに寝てねえんだわ」

 

「は?おまえ俺船なんか操縦したことねえぞ」

 

「大丈夫大丈夫。こんだけ追い風が吹いてんならら魔力を込めて羅針盤の方角に進めるだけで良いし、帆の方は式神がある程度やってくれる。何かあったら起こしてくれたら良いからさ」

 

「ちょっとエルザさん、なんでこっちに詰め寄ってくるの。やめてこっち来ないで分かりましたもうおとなしくします。私は何も見ていません。だからこっち来ないでぇ」

 

 帰ったら休暇をもらおうここ最近の俺は働き過ぎだ。そうしよう。いい加減体力の限界だった俺は舵をグレイに任せて船室へと向かった。

 


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