桃と蒼の使い魔ー二人の騎士ー 作:哀し
時刻は深夜二時。
光輝く満月は夜の暗闇を照らす。
夜は人に見られたくないならば最も都合のいい時間だ。だが、闇に紛れることができない今夜は罪を犯そうにも直ぐに見つかってしまうだろう。
にもかかわらず、月に逆らい下校時間からはとっくに過ぎた高校のプールには大きな影があった。
その影の持ち主の名前は遠野葉。
彼はこの学校に通う生徒で、身長は185cm。毎日の日課は喧嘩。趣味は読書。好きな本はハリーポッターと赤毛のアン。
葉の評判をこの高校に通う生徒に聞いたならば皆口を揃えて同じ答えを言うだろう。
変なヤンキーと。
実際、葉は現時点で二つの校則違反を犯している。一つは勿論登校時間外の学校への不法侵入。もう一つは月に照らされキラキラと輝く金髪だ。
それに加えて日課は喧嘩ときている。ヤンキーと言われるのも当然だろう。
だが、これではただのどこにでといるヤンキーだ。
葉の変な部分を構成しているのは、
趣味の読書であり、それはヤンキーと呼ばれている原因であった。
変なのは誰とも群れずに図書室で本ばかり読んでいるから。
髪が金髪なのは、絵本に出てくるキャラクターに憧れたから。
喧嘩をふっかけられるのは金髪だから。
喧嘩に応じるのは大好きな読書を邪魔されたから。
本当のところ葉はヤンキーではく喋るのが苦手で本が好きなただの高校生だった。
そんな葉がなぜ深夜の学校のプールにいるのか。
それは今日の昼にまで遡る。
葉は基本的に友達が少ない。本ばかり読み自分から誰にも話しかけないからだ。
だが、才人はヤンキーと噂される葉にも物怖じせずに話しかける数少ない一人だった。
ライトノベルを買いに秋葉原へ出掛けたときに葉はパソコンを持ちご機嫌に歩く才人を見かけた。
話しかけようかどうか迷ったが、数少ない友人にせっかく会ったのだからと近づこうとしたとき、才人の目の前に鏡が現れたのだ。
葉は驚き何かのイベントなのかと思い辺りを見回すが皆鏡など見えていないかのように歩いている
才人はキョトンとしながらも持ち前の好奇心で鏡に触れていた。
そして……消えた。
鏡も才人も。
普段から本ばかり、それもファンタジーを好んで読む葉は確信した。
才人はどこか別の世界へ飛ばされたのだと。
そこからの葉の行動は素早かった。 本棚の奥底にある怪しいオカルト本を掴み取り異世界へ調べる。
曰く、魔力は満月の夜に高まる。
曰く、水辺は霊力が高い。
曰く、深夜の学校は異世界への入り口である。
それらを鵜呑みにして、葉は今に至るのである。
学校のプールに到着してから一時間は経っただろうか。
葉はまだ帰らなかった。心の中には才人に対する心配と嫉妬の気持ちが支配している。
異世界で一人では心細いだろう。何で才人だけ。自分は誰よりも異世界に憧れているのに。
まだ、現れない。
自分ではダメなのだろうか。もう帰ろうか。
そんな弱い気持ちが心にぐるぐると渦巻いて来たとき、葉の目の前に鏡が現れた。
才人と全く同じ鏡。
葉は鏡に触れた。歓喜の気持ちとともに。
ーー葉が目を覚ましたときに初めて見たのは、抜けるような青空とそれに全く見劣りしない水色の髪をした小さな少女だった。
「あなた、誰」
「遠野葉」
水色の少女の質問に簡潔に答える。
葉の答えに少女はタバサと名乗った。
ガヤガヤと騒がしい声が聞こえる。
首を動かし辺りを見回すと自分よりも年下の白人の少年少女たちがいる。
ざっと三、四十人……もっといるだろうか。
全員ハリーポッターの映画でみたようなローブに身を包み、手には杖を持っている。
その光景を葉が頭で理解したとき、自然と手にはガッツポーズが作られていた。
「あなたは使い魔なの? それともドラゴンに引っ付いてきただけ?」
タバサと名乗った少女の質問で我に返り、後ろを振り返るとそこには竜がいた。
近くにいる竜を見て、葉は思わずひっくり返りそうになるが、なんとか堪える。
本当に異世界に来たという歓喜が驚きや恐怖を凌駕したのだ。
「ミス・タバサ」つるっ禿げの男がタバサに声を掛けた。
「なんでしょう。ミスタ・コルベール」
「いや、なんだね。君は使い魔を二匹持つつもりかい?」
タバサは少し考えたあと、駄目かとコルベールに聞き返した。
「駄目とは言わないよ。なぜなら私が決めることではないからだ。使い魔は一匹のみそれがルールだからね」
「つまり……?」
「ミス・タバサ。君は選ばなければいけないということだよ。少年か竜か。
……もっともそこに迷う余地はないと思うがね。それに竜を使い魔契約しないとなると、少し面倒なことになる」
コルベールの言葉にまた少し考えるように俯く。それから葉のもとへと向かってきた。
「あなたはイーヴァルディの勇者?」
タバサは葉にそう尋ねた。
言葉の意味は分からなかった。
それでも葉は力の篭った声で答えた
「そうだ。俺はイーヴァルディの勇者だ」
嘘だ。そんなことはわからない。でも、自分はイーヴァルディだと言い張らなければいけない。そんな気がしたのだ。
「……そう」
タバサは葉の答えに満足したように、頷いたあとぼそぼそと言葉を紡ぎ始めた。
それは呪文。
タバサは呪文を唱え終わるとドラゴンにキスをした。……それから葉にも。
葉の左手に激痛が走った。
痛みが和らいだとき葉の左手には使い魔の証であるルーンがあった。
使い魔の刻印はドラゴンと葉。両方に確かに刻まれていた。
……場が静まり返る。
コルベールは葉の左手とドラゴンを確認した。
「えー、ミス・タバサのコントラクト・サーヴァントは無事成功したようです。……召喚の儀を引き続き行います」
タバサは無表情で召喚の儀を終えた生徒たちの群れへと戻る。
すると、タバサの元に燃え盛る炎のような髪の色をした女の子が近寄ってきた。
「凄いわね、タバサ。二匹……いや一人と一匹を使い魔にするなんて!」
「……」
「あら、嬉しそうね」
タバサは無言だったが、話しかけてきた女の子には表情だけで心情が読み取れるらしい。
女の子の視線はタバサから葉へと変わった。
「私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。よろしく。使い魔さん」
「葉。よろしく」
キュルケは艶めかしい身体を存分にアピールしながら、葉の身体を眺める。
「……ふうん」
「……駄目」
タバサがキュルケの頭を杖で小突いた。
葉は杖のこと、この世界のこと、契約のこと、とにかく沢山聞きたいことがあったのだが、それは大きな爆発音にかき消されてしまった。
ーーそれからしばらくして、葉よりも早く異世界へと旅だったはずの才人が、葉と同じように抜けるような青空をバックにピンクのブロンドの髪をした少女と出会ったのだった。
よろしくお願いします