新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ(完結済み)   作:KITT

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第十二話 機雷網の脅威! 灼熱の星を超えろ!

 ヤマトがプロキシマ・ケンタウリ星系第一惑星に降下した事を確認したガミラスは、すぐにヤマト撃滅の為の作戦を展開していた。

 プロキシマ・ケンタウリが有する3番目の星である褐色矮星に潜んでいた工作部隊の艦艇が、ヤマトに発見されぬよう密やかに行動を開始する。

 幸いと言うべきか、ヤマトは度々周辺探査に使用しているプローブをこの星には使用しなかったし、あまり接近もしなかった。

 資源を得られない恒星のなりそこない――褐色矮星。このような星に我々が拠点を作る事は無いだろうとタカを括ったのだろうが、それが過ちであったと思い知らせてやろう。

 偉大なデスラー総統の名を賜った新型宇宙機雷を満載した大型輸送艦が、偽装解除して褐色矮星の影から姿を現し、第一惑星に向けて航行を開始する。

 

 ヤマトはすでに惑星の地表付近に降下していて、そちらの面にはプロキシマ・ケンタウリが煌々と燃え盛っている。

 ヤマトは今惑星の外側に対する監視の目が相当損なわれている事だろう。現に第一惑星の裏側から慎重に接近した工作艦隊に、ヤマトは全く気が付かなかった。

 

 工作艦は第一惑星の軌道上に到達すると、巨大なカーゴスペースを全て開放して、中から大量のデスラー機雷をばら撒き始める。数千、万に届こうかという凄まじい数の機雷の中で、たった1つだけ異なる物体が混じっている。

 形状こそ酷似しているが、一回り程サイズが大きく球体から飛び出している突起の数も倍以上、色も総統の名に恥じぬようにと高貴な蒼を使用している他の機雷と違って血のような赤色をしている。

 

 コントロール機雷だ。これ自体は接触しても爆発する事の無い代物だが、散布した大量の機雷の動きを一括でコントロールすることの出来る言わば司令塔の役割を持つ。

 このコントール機雷は、ヤマトが機雷原に突入するまで機雷の信管を意図的にオフにし、ヤマトが網にかかってから信管を作動させる。

 こうすれば、機雷の間隔が広い最初の段階で起爆して十分な威力を得られずヤマトが耐えてしまうことを防ぎ、確実にヤマトを破壊出来る包囲網を形成するまで巧みにコントロールする事が出来る。

 そして1度絡め取られたが最後、機雷は徐々に間隔を狭めヤマトの逃げ道を塞ぎつ、その艦体を確実に粉砕するまで全ての機雷が襲い掛かるのだ。

 

 ガミラスの技術の粋を集めて生み出されたデスラー機雷を切り抜けるには、このコントロール機雷を無力化する以外に道は無い。しかし、コントロールを無力化したとしても、個々の機雷は自動的に信管をオンにしてその場で留まる様に設計されている。

 そうなれば、大型の宇宙艦艇であるヤマトは逃れる事が出来ない。

 ワープもボソンジャンプも駄目。

 人型機動兵器での撤去も考慮して、コントロール停止後はそちらにも反応するよう別の信管も作動するよう設定されている。

 

 そう、捉えられた時点でヤマトは終わりなのだ。脱出する術など無い。

 ガミラスの科学力は地球のそれを遥かに凌駕しているのだ。

 外部からの助力を得たとはいえ、突然変異的な宇宙戦艦を生み出して一矢報いた所で、根本的な技術力の差を覆せるわけが無い。

 

 工作部隊の隊長は、機雷の敷設作業に成功し、ヤマトがその中に飛び込んだ時点で勝利を確信していた。

 後は、ヤマトが吹き飛んだ事を確認してから、総統に成功の報告を告げるだけで良い。

 そうすれば、今は凍り付いているあの青々と美しい地球は、第二のガミラス本星となるのだ。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十二話 機雷網の脅威! 灼熱の星を超えろ!

 

 

 

 「艦長。この機雷は前の超大型ミサイル同様、コスモレーダーには映らないステルス塗装を施されていたようです。惑星間航行用の安全装置が反応したところから推測すると、近距離用のメインレーダーなら、感度優先の最小レンジで辛うじて捉えられるようです」

 

 電算室で必死の形相で部下のオペレーター達と共に機雷の解析作業を続けるルリ。

 こんな事なら探査プローブを軌道上に配置しておけば良かったと後悔の念に駆られるが、この環境下では探査プローブも正常には作動しないという現実に直面して、この場所に罠を張ったガミラスの戦術の見事さに舌を打つ。

 

 広大な宇宙空間で単独航海するヤマトにトラップを仕掛けるのは難しい。その目的地が割れているとしても、どの航路をどのように航行するのかを正確に予測する事は不可能に近い。

 だが特定の場所を経由するとか、補給のために立ち寄るであろう惑星に目星をつけて罠を張るのなら話は別だ。

 冥王星前線基地の激戦によって大損害を被り、その傷を癒すために備蓄を欠いたと予測する事は容易いだろうし、カイパーベルト内では資源が得難い事も予測が付いたのだろう。

 そして、波動エンジンが実現する超空間航法――ワープの技術と経験が未熟な地球人が、最初の目的地として最寄りの恒星系を選んでテストをすることまで予測されてしまうとは。

 流石はガミラス。一筋縄ではいかない。

 

 「ユリカ、接近中の航空部隊に対処しないと。ヤマトが機雷に接触しなくても、敵の攻撃で起爆されたら一巻の終わりだ!」

 

 流石は経験豊富なジュンだ。緊急事態での対応の速さが光る。

 

 「コスモタイガー隊の出撃準備は出来ています! 艦載機なら機雷の間隙を抜けて航空部隊の迎撃が可能と思われます!」

 

 「すぐに出撃させて! 進はヤマトに残って。もしかしたら、機雷の対処に出て貰う必要があるから。それと……サテライトキャノンの使用を許可します」

 

 「了解!」

 

 詳しく問い質したりせず、進はすぐにコスモタイガー隊に出撃を指示する。

 採掘作業に駆り出した事もあり、多少消耗している機体とパイロットが居るが、それでも半数以上が十分な休息と機体の整備を受けている。

 戦力の要のダブルエックスは万全だ。いざとなればサテライトキャノンで敵編隊に大打撃を与えることも出来る。

 

 「真田さん、この機雷網からの脱出は可能だと思いますか?」

 

 ユリカの質問に真田は淀みなく応える。すでに電算室から送られてきたデータを独自に分析しておおよその性質を割り出していたのだ。

 伊達に生きたご都合主義とは言われていない。

 豊富な知識と確かな技術、柔軟な発想。

 

 そして何より用意周到さが無ければ「こんなこともあろうか」と言う技術者憧れのセリフは到底言えないのである!

 

 「難しいと思います。機雷の動きから推測すると、恐らく機雷全体の動きをコントロールする中央制御装置があるはずです。周辺に艦艇の反応が無く、接近中の部隊が大規模コンピューターを搭載出来ない航空隊である事を考慮すると、恐らく機雷群の中にコントロール機雷の様な物が紛れているのでしょう。それを止めない限り、機雷はやがて隙間無くヤマトを囲い込み、一斉に起爆してヤマトを爆破するでしょう」

 

 「艦長、機雷の突起から電磁波が放出されているぞ。あまり遠くまでは飛んでいないが、それに接触しても機雷は起爆するはずだ。これまでの交戦経験を考えると、ワープやボソンジャンプで逃げようとすると、その兆候を察知して起爆する恐れがある」

 

 真田と協力して機雷の分析に当たっていたゴートが補足する。砲術補佐席には兵器関連のデータが充実しているので、この手の分析作業はゴートの仕事の一環だ。

 

 「なるほど……まず最初にすべきはコントロール機雷の無力化か――ルリさん、分析出来ますか?」

 

 進の要望にすぐにルリは応える。

 探知が遅れたがばかりにヤマトは機雷原に囚われてしまったのだ。意地でも失態を返上して見せる。

 

 「やって見せます――それらしい物体を発見。ヤマト前方仰角5度方向、右42度方向に異常電波在り。機雷の信管として機能しているものとは周波数が違います。恐らくコントロール電波の一種でしょう」

 

 流石電子の妖精、仕事が早い。進は手短に礼を述べるとすぐにユリカに進言する。一刻の猶予も無い。

 

 「艦長。俺が行きます。真田工作班長とウリバタケさんを連れてコントロール機雷に接触し、これを無力化したいと考えます」

 

 「許可します。でもジャンプは駄目だからね。念のためアルストロメリアとGファルコンで向かって。大型の作業機械が必要になるかもしれないから」

 

 「了解」、と進と真田がウリバタケに連絡を入れつつ格納庫に全力疾走を開始する。

 

 

 

 ほぼ同時刻、事前に発進準備を整えていたコスモタイガー隊が次々と格納庫から飛び出して敵航空部隊を迎え撃つべく進路を機雷網の外に向ける。

 ここは惑星の陰で恒星風の影響を受けにくい。何とかエステバリスでも戦えるはず。辛うじてだが、ビームライフルも使える。

 

 持ち前の機動力で機雷原を真っ先に飛び出したアキトのGファルコンDXは、すぐにサテライトキャノンを起動して砲撃体勢を取る。

 流れ弾ですら致命的になりかねないこの状況下で使用を躊躇していられない。アキトは痛む良心を黙らせて、発射体勢に移行した機体をヤマトに振り向かせる。

 

 今回は機体を重くしたくなかったのでエネルギーパックを外している。だからサテライトキャノンを撃つにはヤマトからエネルギーを供給して貰う必要があるのだ。そしてリフレクターの受信は正面側からしか出来ないのである。

 

 ダブルエックスからの信号を受信したヤマトは、専用の重力波ビームをダブルエックスに向けて照射する。

 指向性が極めて強く大出力なので、エステバリスでは受け取る事もままならない。

 重力波ビームを受信したリフレクターの表面パネルが金色に発光し、変換しきれなかった余剰エネルギーが両腕両脚のエネルギーラジエータープレートから放出され、機体全体が高熱のフィールドと、タキオンフィールドに包まれる。

 受信開始からきっかり10秒でチャージを終えると機体を翻し、敵編隊に砲門を向ける。

 

 「ちっ、流石に対処は考案済みか……」

 

 舌打ちしたアキトの視線の先には、発射準備開始直後から散開した敵航空編隊の姿を映したモニターがある。

 如何にサテライトキャノンと言えど、照射範囲には限度がある。それを見越しての事だろうが、少々見込みが甘い。

 この武器は波動砲程“エネルギー制御が洗練されていないのだ”。

 

 「だが、それでも密集し過ぎだよ!」

 

 アキトは引き金を引くと同時に半ば強引に機体を旋回させる。

 すると、発射された極太のビームが放出され、機体の旋回に合わせて振り回され、散開した敵航空部隊の実に半数近くを横薙ぎに飲み込んだ。

 砲身サイズの都合からエネルギーを放出するのに時間がかかり、ビームの収束が甘く螺旋を描いて合成された後もビームが広がるサテライトキャノンだからこそ出来る“線”の攻撃。タキオン粒子の速さも着弾までの時間を極限まで減らしてくれるので、有効射程内なら回避はまず不可能。

 

 こういった用途で使う限り、サテライトキャノンは文字通りの「必殺兵器」なのだ!

 

 発射直後の出力回復と冷却の為、5分程のクールタイムに突入したGファルコンDXの両脇を後続のコスモタイガー隊がすり抜けていく。

 予想以上の威力を見せたサテライトキャノンに浮足立った敵編隊と、猛然とぶつかりに行くコスモタイガー隊。

 

 「アキトの一撃を無駄にするな! 全機攻撃開始! 間違っても機雷原に向けて発砲するなよ!」

 

 リョーコの檄が飛ぶ中、コスモタイガー隊とガミラス航空隊がついに交差。そして――

 

 「リョーコ、こいつら新型みたいだ! 油断してると足元掬われるよ!」

 

 「うへぇ~、速いよ~!」

 

 果敢に攻撃するイズミとヒカルも、今まで相対した事の無い型のガミラス戦闘機と爆撃機と判別出来る機体の強さに苦戦を強いられていた。今まで戦ってきた全翼機型の機体に比べると、機動力も火力もはっきりと上だった。

 

 戦闘機と思しき機体は緑色を基調とし、機首が横に膨らみ、機体後方に主翼のある姿は、地球でエンテ型と呼ばれる戦闘機に似ている。機首に従来機にも見られた高収束タイプのビーム機関砲を主翼と機首に内蔵し、翼下に対空ミサイルを左右4発づつ吊るしている。

 

 爆撃機と思しき機体は紫色を基調とし、機首左右に小型8連装ミサイルランチャーを搭載し、中翼配置の逆ガルウィングの翼下にも大型爆弾と対艦ミサイルらしい装備が多数吊るされている。ガミラスの科学力を考慮すれば相当な大火力だ。

 ヤマトの頑強さでも軽視出来ない被害を受けるかもしれない。

 

 「くそっ、Gファルコン装備でも着いてくのがやっとかよ……!」

 

 コックピットの中でリョーコが毒づく。元々技術的に限界チューンのエステバリスにGファルコンを足して辛うじて追い付いていた状況なのに、新型機を投入されるのは辛いなんてもんじゃない。

 

 ヤマト搭載以降も細々と改良を続けているのに、また引き離されようとしている。

 

 対してアルストロメリアは互角に渡り合えているように感じる。

 新装備のディバイダーとビームマシンガン、それを活用するためのエネルギーパックを装備していなかったら、エステバリス共々翻弄されていたかもしれない。が、将来的には相転移エンジン搭載が視野に入っている基本性能の高さにも助けられ、何とか通用する様だ。つまり、エステバリスも最低限ディバイダー装備仕様に改装出来れば対抗出来る可能性があるという事の証左。

 しかし、まだディバイダーの配備が追い付いていないエステバリスには、あくまで“将来の展望”に過ぎなかった。

 

 「ふざけんな! 性能差が何だってんだ! 何としてもイスカンダルに行って、地球とユリカを助けるんだよ!」

 

 「同感! 性能の差は技量で埋めてやるよ!」

 

 「そうそう、性能が劣る旧式だって、努力と根性でどうにかなるのがロボット物のテンプレートなんだから!」

 

 そうやって自分を鼓舞しながら無謀にならない程度に果敢に攻め続けるリョーコ達。

 それでも性能さと数の差から、被弾してダメージを受ける機体が少しづつ増えてきている。

 エステバリス本体は傷ついてきているが、ダブルエックスと同じ素材で出来ているGファルコン部分の損傷は比較的小さいのが救いだった。

 

 だが苦戦の理由は何も性能差と未知の敵との交戦による戸惑いだけではない。

 

 機雷原に1発も流れ弾を出すまいとするが故に行動が制限され、場合によっては避けられる攻撃をその身で受け止めなければならないというハンデを抱えた事は、あまりにも大きい。

 じりじりと、だが確実に追い込まれていく最中、機体の冷却を終えて戦闘可能になったGファルコンDXが収納形態の姿で追い付いてきた。

 

 「皆、すぐにフォローする!」

 

 新型相手に苦戦していると察したアキトが、少々無謀と思いながらも敵陣に突っ込む。

 この中で最も脅威と認められているGファルコンDXの突撃に、ガミラス航空編隊は見事な連携を持って包囲殲滅を図ろうとする。

 

 「やるぞダブルエックス!」

 

 しかし突っ込むと同時に機体を翻し、人型の展開形態に姿を変えたダブルエックスは、右手に携えたエステバリスの大型レールカノンと左手の専用バスターライフルを腰だめに構えて連射、そこにGファルコンの大型ビーム機関砲とミサイルと拡散グラビティブラストを合わせて弾幕を形成する。

 どうやら新型機相手でもGファルコンDXの性能は圧倒的に優勢らしく、多少の被弾は強固なフィールドと持ち前の重装甲で弾き返し、優れた機動力で優位なポジションをキープ、そして圧倒した火力で蹂躙する。

 

 Gファルコンの兵装は高速戦闘時の命中精度と威力を両立すべく搭載された大口径ビーム機関砲と拡散重力波砲。

 ビーム機関砲での牽制から繋げられる重力波の散弾のコンビネーションは、新型相手にも有効で瞬く間に7機もの敵機を撃墜していく。

 

 ちなみに「邪魔」の一言で装備していないが、これでディバイダーのハモニカ砲の弾幕を組み合わせたら、それこそ一騎当千も夢ではないと思えてしまう。

 流石はコスト度外視の次世代機の雛型にして、決戦兵器の異名を持つダブルエックスだ。

 

 「月臣! ディバイダー!」

 

 「了解だ、テンカワ!」

 

 短距離ボソンジャンプを封じられても元が高機動なアルストロメリアでダブルエックスに何とか並び立つと、持っていたディバイダーをダブルエックスに放り投げ、ダブルエックスはレールカノンをアルストロメリアに放り投げる形で、武器を交換する。

 常用するには邪魔だとしても、こういう状況下で制圧力の高さは必要だ。ダブルエックスならハモニカ砲の最大火力とGファルコンの最大火力を両立出来る。

 

 右手でディバイダーを掴んだダブルエックスは、すぐにシールドを開いてハモニカ砲を露出させ、機体正面に縦に構えた。

 ハモニカ砲を拡散放射モードにセットして、拡散グラビティブラストの散弾と一緒に重力波の雨を敵部隊に降らせる。機体もその場で旋回させてとにかく広範囲に弾をばら撒く。

 ほとんど狙いを付けない威嚇射撃に近いが、命中したら即撃墜の攻撃に回避に徹さざる得ないガミラス航空隊は、その連携を乱してしまった。

 こうなればしめたもの、性能差と数を活かした連携と流れ弾を出せないハンデキャップに苦しんでいたコスモタイガー隊の怒涛の反撃が開始される。

 

 元々火力と運動性能はこちらが上、機動力もGファルコンと合体した今は――絶対的な差ではないのだ。

 

 レールカノンを受け取った月臣のアルストロメリアも新装備のビームマシンガンからビームを連射して確実に敵機に命中させ、撃墜まで追い込んでいく。

 ヤマトが誇るマッド3人が手掛けただけあって、戦艦内部の工場で造られたとは思えない程優れた性能を示す。火力も命中精度も、ラピッドライフルとは桁違いだった。

 

 アルストロメリアと再び装備を交換しつつ、圧倒的な性能で敵の調子を狂わすGファルコンDXを起点に猛反撃を開始したコスモタイガー隊は、決して小さくは無い傷を負いながらも何とか敵航空部隊の殲滅に成功した。

 無論、全部叩き落したわけではない。形勢不利とみなした生き残りが30機ばかり、這う這うの体で逃げ出すのを見送る事になった。

 戦意が無い者を討つのは本意ではなかったし、こちらも撃墜が4機出てしまった。

 正常に作動して切り離されたアサルトピットをすぐにでも回収し、その安否を確かめなければならない。

 とても追撃出来る状態ではなかった。

 

 それでも念の為と、敵部隊の行く先を確かめるべく例によってサテライトキャノン用のスコープを起動したダブルエックスは、スコープで観測出来るギリギリの距離に甲板を3つも重ねた見慣れぬ空母が3隻(緑、青、紫)存在するのを確認した。

 艦の一部が焦げたり溶解しているように見えるのは、もしかしなくてもサテライトキャノンが至近を掠めたのかもしれない。

 ――そう言えば、最大射程は約40万㎞にも達するとか聞かされた気がしたな。と、アキトは勝手に納得する。

 

 結局、空母は生き残りの航空隊を回収すると早々にワープで撤退する。良い引き際であった。

 

 

 

 コスモタイガーが激戦を繰り広げている中、ヤマトは機雷原の中で少しでも触雷を遅らせるための努力を繰り広げていた。

 進が操るコスモゼロ(クドイ様だがアルストロメリア)は複座にしたGファルコンに真田とウリバタケを乗せて、コントロール機雷目指して機雷の間隙を抜けていく。

 その姿をレーダーで追いながら、ユリカは大介に操艦の指示を出し続けていた。

 

 「微速前進0.5。左前方の機雷の隙間に入り込んで」

 

 「了解。微速前進0.5」

 

 大介は補助ノズルの推力を絞ってヤマトを低速で前進させ、ユリカの指示通り、比較的隙間の広い空間にヤマトの巨体を捻じ込んでいく。

 ただ前進するだけでなく、艦を一桁単位の数字でロールさせ、数十㎝単位で水平移動、時には一桁単位、場合によってはコンマ単位で艦を動かしてとにかく機雷の間隙を縫い、触雷を遅らせるべく精密操舵を続ける。

 そうやって30分近くも大介はヤマトを機雷の脅威から護り続けた。航法補佐席のハリも電算室のルリと協力して、機雷の動きからヤマトが捻じ込める空間を必死に算出してフォローする。

 その情報は艦長席のユリカも受け取り、時に完全に大介の技量頼みの針の穴を通すような操舵を指示して、ただでさえ冷や汗で濡れている大介の顔に汗を追加注文する真似をする。

 内心愚痴をこぼしながらも、大介はそれに見事に応え続けた。機雷の動きは自爆を避けるためか緩やかだったのも幸いした。

 それでも、限界は自ずと迫ってくる。もうこれ以上はヤマトを動かすスペースが確保出来ない!

 

 「島、気を付けろ! 左舷の機雷に接触寸前だ!」

 

 砲術補佐席からも機雷の動きを監視していたゴートの警告に、大介はすぐに艦を右側に倒してギリギリの所で接触を回避した。

 

 「艦長! これ以上は限界です!」

 

 大介の悲鳴にユリカは、

 

 「大介君なら大丈夫! 必ず耐えられるよ!」

 

 丸投げとも取れる声援を持って応えた。

 大介の額に青筋が浮かびかけるが、反論している余裕が無い。余所見もしていられない。ひたすら計器と睨めっこして機雷を躱し続けなければならない。

 

 (古代、真田さん、ウリバタケさん、早くしてくれぇ~!)

 

 大介は心の中で泣き言を吐いていたが、その手は、視線は、ヤマトを機雷から護るべく動き続けていた。

 

 

 

 そんな大介の悲鳴を聞き届けたかどうかは定かでないが、進達はようやくコントロール機雷を発見して取り付く事に成功した。

 

 「よしこれだ! 解体作業を開始するぞ!」

 

 船外作業用の宇宙服に身を包んだ真田とウリバタケがGファルコンのコックピットから飛び出す。

 進はコスモゼロからGファルコンを分離させ、無線制御での操縦に切り替えさせる。機雷の解体にコスモゼロの力が必要だとするのなら、重心バランスを狂わせるGファルコンは邪魔でしかない。

 

 「ルリ君、解析作業を手伝ってくれ!」

 

 宇宙服の通信機で真田が呼びかけると、ルリはすぐに「了解」と応じる。

 カイパーベルト停泊中に第三艦橋直通エレベーターの一件で“色々話し合った”ので、大分打ち解けた様子だった。

 

 「オモイカネ、コントロール機雷の解析を始めますよ」

 

 ルリの呼び掛けにオモイカネもすぐに応じる。

 前にアキトが冥王星基地の兵士から強奪してきた端末機器の解析もあり、ガミラスのコンピューターへの理解が深まったルリとオモイカネは、此処が力の見せ所と張り切って挑む。

 真田がコントロール機雷に向けたセンサーの情報を頼りに解析作業を進める。ユリカとの約束もあるので、ヤマトからコントロール機雷にハッキングして停止する事はしない――したくてもまだ無理だが。

 

 「解析終了。結果を転送します」

 

 「よし! 古代、その突起を外してくれ!」

 

 解析結果を受け取ったウリバタケはすぐに進に指示を出す。指示を受けた進はすぐに機体を操って一際大きい突起物に取り付き、慎重に回し始める。

 取り付け部がネジになっている突起物が外れる。本体と繋がったコードの束が引きずり出されて進が呻く。変に力を入れてコードが切れてしまったら、それこそ機雷が自爆しかねないと恐怖する。

 そんな進の心の内など知ったことでは無いと言わんばかりに、その隙間を縫うように真田とウリバタケが機雷の中に身を踊らせ、解析データを基に中央コンピューターの配線を瞬く間に解体、あっさりと中枢部を取り外してしまった。

 

 「よし! 解体終了だ!」

 

 真田の報告と同時に、機雷の動きが変わった事をヤマトは確認していた。

 

 「機雷の動きが停止しました。電磁波の放出も止まっています。信管の停止は確認出来ませんが、これ以上ヤマトに接近してくる事は無いと思います」

 

 ルリの報告にとりあえずは一安心。後はどうやって撤去するかだが、信管が動いているとなるとコスモタイガー隊に任せるのも不安がある。それに、彼らは撃墜された仲間の捜索と機体の回収作業などで忙しくてそれどころではない。

 

 「工作班と手の空いてる戦闘班の皆さぁ~ん! 艦長命令です! すぐに船外作業服を着て“素手で”機雷の撤去作業を始めてくださぁ~い!」

 

 その命令にヤマトの艦内が凍り付いた。

 

 「す、素手でか!?」

 

 「無茶だよユリカ! 起爆したらミンチじゃすまないよ!?」

 

 ゴートとジュンがすぐに反発するが、ユリカはどこ吹く風と言った感じで涼しい顔をしている。

 

 「え? 宇宙戦艦用に作られた機雷に人間が触れたって起爆しないでしょ? 信管の感度は知らないけど、普通は大型船舶とかと接触して初めて機能する様に設定しない? だって宇宙って色々細かいものが飛び交ってたりするんだし、人間程度でも反応する感度じゃ、信管入れた瞬間にドカァンッ! でしょ?」

 

 言われてみればそうだった。実際人類が作った機雷や地雷の類も、目的とした対象に合わせて信管の感度を調整するものだ。

 

 「それに、ガミラスって科学技術の凄さを誇ってる節があるし、超原始的な人力作業で撤去する事までは考えてないよ、きっと。逆に人型のエステで動かす事は想定してるだろうから、やっぱり人力しか選択肢は無いと思うよ」

 

 妙に自信ありげなユリカの態度は不思議だが、確かに人類とて、科学技術の発展に伴って人力作業を機械に置き換えてきた歴史があり、ヤマト以前の最強の艦であるナデシコCですら、それを逆手に取った掌握戦法を行使出来るからこそ猛威を振るったわけで、地球以上のガミラスならそのような考えに至っても不思議は無いかも知れない。

 

 「そうとなったら話は早い。艦長、俺も行って撤去してくる」

 

 ゴートも自ら機雷撤去作業を手伝うべく第一艦橋を飛び出していった。

 ヤマトのエアロックや搭乗員ハッチから次々と工作班と、今回全く出番が無かった砲術科の面々、さらに手の空いている部署から志願したクルーが飛び出して行く。

 

 最初は恐る恐るだったが、人間が接触しても機雷が起爆しない(流石に信管と思われる突起には触れないが)と解ると、流石は選りすぐりのクルー達。

 すぐにコツと掴んで船外作業服のスラスターを上手く使ってヤマトの航路上の機雷を次々と取り除いていく。

 単に押し出すだけだと他の機雷に接触して爆発してしまうので、ちゃんと考えて動かす必要があったが、その辺は電算室のオペレーター達が面倒を見てくれたので、外のクルー達は移動と通信にだけ注意を払えば良かったのでまだ楽だった。

 

 「こちらリョーコ、コスモタイガー隊帰投する! 撃墜4機、負傷者8名、喜ばしい事に死者は無し!」

 

 仲間の救助活動を終えたコスモタイガー隊の隊長であるリョーコからの連絡に、ユリカもジュンもほっと一安心。サテライトキャノンで半分吹き飛んだとは言え、80機以上の新型機と正面から戦わざるを得なかったコスモタイガー隊の損耗の大きさはすでに耳に入っていた。

 貴重な機体が4機も失われた事は悩ましいが、怪我人こそ出ても死者が出なければ十分過ぎる朗報だ。人を補充する事は出来ないが、機体を補充する事なら時間をければ不可能ではないのだ。

 

 「こちらゴート、進路上の機雷の撤去作業が終了した、これより全員帰艦する」

 

 ゴートから機雷撤去の報告が届くと、全員に通信を繋げたユリカが労いの言葉を贈る。

 最後に付けくわえられた「コスモタイガー隊と機雷除去に従事したクルーの食事にはアイスでもおまけしておいて」という言葉に該当するクルーは喜び、急な要望に生活班炊事科の面々は渋い顔をする。

 アイスくらい作れるが、食料管理のスケジュールが狂うので正直勘弁してほしいのだが、クルーの慰安を考えると無下に出来ないのが頭痛の種だ。

 

 ヤマトはクルーが人力で抉じ開けた間隙をゆっくりと潜り抜け、ついでに貴重な資料としてコントロール機雷と撃破した敵新型艦載機の残骸(しかもパイロットが投げ出された関係でコックピットも含めて原形を留めた貴重品!)をちゃっかり回収しつつ、機雷原から距離を置く。

 

 「第三主砲発射!」

 

 ユリカの号令で進はそれはもう嬉しそうに主砲の引き金を引く。今回は第一艦橋からの操作なので砲塔要員は不在の砲撃。だがそれも当然だろう。目標は動かない宇宙機雷なのだから。

 第三主砲から放たれた重力衝撃波は機雷原に飛び込み、射線上の機雷を幾つも破壊して爆発させる。当然誘爆して機雷原全体が大爆発を起こす。

 

 「た~まや~!」

 

 「か~ぎや~」

 

 ユリカの言葉に悪ノリしたルリが同調し、その光景を展望室で、あるいはウィンドウを通して目の当たりにしたクルーが拍手を送る。

 色々と面倒な手間を掛けさせてくれた宇宙機雷原の最後にテンションが上がる上がる。

 

 ただ、思った以上に爆発の規模が大きくて被害こそ受けなかったが、爆炎にヤマトの姿が飲み込まれるオチが付いてしまったが。

 

 「爆発オチとか最低だぁ~!」

 

 とか絶叫したクルーが居たとか居なかったとか。真偽は定かではない。

 

 

 

 

 

 

 機雷群に囚われてからヤマトの一連の行動を漏らさず捉えたガミラスは、予想されていたとは言え現実のものになるとは思っていなかった――というより空想であって欲しかった光景に唖然としていた。

 遥か16万8000光年の距離をも物ともしない超光速通信(中継ブースターは幾つも挟んでいるが)によって、ほぼリアルタイムで中継された光景を、デスラーは幹部連中と一緒に見ていた。

 

 「――タラン」

 

 「は、はい総統」

 

 「近頃物忘れをするようになってね。あの機雷の名前は何と言ったかね?」

 

 「……はっ、総統の名前を賜って、デスラー機雷と……」

 

 本当に申し訳なさそうに告げるタラン。

 大ガミラスの指導者であり顔と言うべきデスラーの名を貶めるような真似は、命をもって償わなければ……。

 そう口にしようとしたタランを片手で制して、デスラーは笑みすら浮かべて笑う。

 

 「恐れ入ったよ。まさか宇宙機雷を人間の手で取り除こうとはね……ガミラスの科学の粋を凝らしたデスラー機雷でも、そんな原始的な手段にまでは対策を施していなかった。まったく、野蛮人の素朴な発想には学ばされるじゃないか」

 

 口ではそう言うデスラーだったが、内心ではますますヤマトの評価が、その最高責任者であろう艦長の評価が上がる。

 

 (恐らく何の考えも無しにあのような手段を取った訳で無い。我々が地球よりも優れた科学力を有し、それを誇っていると見抜いたからこその手段だ。人力と言う前時代的な手段にまで対策を取りはしないと見越していたに違いない。実際、盲点だったよ)

 

 直観的にユリカの考えを見抜いたデスラーはますます笑みを深くする。

 程度の低い内紛を起こすような未熟な文明と見下していたが、中々どうして、見所のある連中がいるじゃないか。

 ガミラスの文明の特徴を、限られた情報から見抜いてぶっつけ本番にも怖気ず行動する胆力。

 どのような障害にぶち当たっても知恵と勇気をもって打ち破り、目的を完遂しようとする使命感。

 我がガミラスの兵達にも勝るとも劣らない。

 しかし――。

 

 (それだけの知恵と実力持ちながら、何故最後にあのような迂闊な真似をしたのだ? ミスマル・ユリカ……考えが読み難いな)

 

 脳裏を過るのは爆炎に飲まれたヤマトの姿だった。

 流石のデスラーも、直接対面した事の無いユリカが、ド天然で決める時とそうでない時のギャップが激しい難解な人物である事までは、推測出来なかった。

 

 「さて、ヤマトの最後が見られなかったのは残念だが、早速次の作戦の準備に入るとしようじゃないか。偉大な我がガミラスが、策の1つや2つ破られたくらいでどうにかなるものではないと、ヤマトに教えてあげようじゃないか」

 

 デスラーの言葉に冷や汗を浮かべながらもガミラスの将校達は次の作戦の披露を待つ。デスラー直々にこのような事を言い出すことは珍しく、今までこの流れから無事に切り抜けた敵は居ない。

 ヤマトは今度こそ終わりだと、誰しもが考えた。

 

 「タラン、ヤマトの現在位置からイスカンダルまでの航路を計算した場合、次の目的地は赤色超巨星のベテルギウスと推測されるんだったね?」

 

 「はい総統。ヤマトはプロキシマ・ケンタウリへのワープで、短距離の恒星間ワープテストを成功させています。となれば、次にヤマトが目論むのは長距離の恒星間ワープテストであり、イスカンダルへの航路を考えると、プロキシマ・ケンタウリから約638光年程離れた、ベテルギウスだと推測されます。赤色超巨星で、地球の太陽半径の約950~1000倍の大きさがあり、強力な重力場を持ちます。ヤマトのワープ性能は不明ですが、仮に我々と同等の技術があったとしても、この恒星を航路上に置いては飛び越えられるはずもございません。進路に変更が無い限り、ヤマトは必ずベテルギウスでワープアウトします」

 

 断言するタランにデスラーも頷く。ワープ航法は繊細だ。ガミラスの様に全力であれば数万光年もの距離を一挙に移動出来るワープ技術があったとしても、これほどの大物を飛び越えるのは自殺行為だ。

 素直に迂回路を設定するか、1度ワープアウトして安全なルートを再計算する必要がある。

 

 「そこで、我々はこのベテルギウスの周囲に磁力バリアを設置した。ヤマトの機関出力が波動炉心6つ分だとしても、このバリアを力尽くで突破する事は不可能だろう。バリアに接すれば、磁力の影響で計器類も狂ってまともに動けないだろうしね。だが、このバリアはベテルギウスに面した一角だけ意図的に開けられている。そこにヤマトを誘い込む」

 

 デスラーの視線を受けて、タランがモニターにある実験室の映像を映し出す。

 

 「こちらをご覧下さい。これはガミラスの開発局が偶発的に開発した、ガス生命体です」

 

 モニターには容器に閉じ込められた、時折赤い電を纏う黒色ガスが蠢いている。そのガスに向かってレーザーが放たれると、レーザーはガスにあっと言う間に吸収され、レーザーを吸収したガスの総量が急激に増えて活性化した。

 続けて投入された金属片も、あっという間に分解して吸収、またしてもガスの量が増えて活性化するではないか。

 

 「このガスは物質のエネルギーを吸収して成長する特性があります。このガスを封入した魚雷を、すでに作戦の為待機しているガンツの艦に渡してあります。ヤマトがバリアに接触すれば、付近に忍ばせたミサイルポッドからミサイルが発射され、ヤマトを煽り、運が良ければ傷つける事が出来るでしょう。ミサイル発射を確認次第、ガンツの艦からこのガスを収めた魚雷が発射されます。このガスはより大きなエネルギー源であるヤマトに自ら食らい付いていくでしょう。そして、ヤマトはこのガスから逃げるため、バリアが開いている唯一の方角――ベテルギウスに自ら向かっていくしかありません。そして、ヤマトの航路上にもバリアがあるため、ベテルギウスのコロナの中を突き進むことなります」

 

 「そう、ヤマトの運命はガスに食われるか、ベテルギウスの高熱に溶かされるか、2つに1つだ。仮にガスがベテルギウスに惹かれて飲まれたとしても、追撃するガンツの攻撃に追い立てられる事に変わりはない。己の命と引き換えにヤマトを葬らんとするガンツの猛攻の前に、ヤマトは頭を押さえられ、ベテルギウスの炎に飲まれて燃え尽きる運命を辿る事だろう。仮にタキオン波動収束砲で強引に進路を開こうとしても、発射する前の無防備なヤマトを、今のガンツが見逃すとは思えないがね」

 

 自然を上手く利用した奇策に、将軍達も唸る。

 ガス生命体相手では、波動砲を除いたヤマトの攻撃全てが通用せず、タキオン波動収束砲の隙が、ヤマトを追い込むことも計算されている。

 これなら勝てる。まともに戦えば苦戦は必須の相手を、最小限の労力で打ち取る事が出来る。

 誰もがヤマトの命運は決まったと考えるの中、デスラーは深い笑みを浮かべて思う。

 

 (さあヤマト。私と君達、どちらの想いの強さが勝るか、勝負と行こうではないか)

 

 デスラーは密かにこの戦いにおける好敵手として認めたヤマトに心の中で勝負を挑む。

 だがデスラーは、この策をもってしてもヤマトを止められないのではないかと密かに考えていた。

 

 ヤマトは強い。

 

 孤軍奮闘を余儀無くされながらも決して諦めることなく立ち向かう姿の、何と美しく力強い事か。デスラーはヤマトに対してある種の敬意すら覚えつつある。

 しかし、デスラーとてガミラス帝国を背負う立場にある。どれほど好ましく感じるとしても敵は敵。それもガミラスの存亡を左右する強敵。

 このままその航海を続けさせるわけにはいかない。

 

 (やはりドメル以外には考えられんか――彼ならば、あるいは)

 

 デスラーはこの策の失敗を想定した次の手をすでに考え始めている。

 それはかつて、ヤマトを撃沈寸前まで追い込んだ数少ない名将の1人。ドメル将軍の召喚であった。

 

 

 

 

 

 見事な爆発オチを決めながらも、デスラー機雷の脅威から逃れたヤマトは次の経由地であるベテルギウスに向けた大ワープの準備を行っていた。

 

 機雷原によるヤマトへの損傷は皆無で、高温のプロキシマ・ケンタウリ第一惑星の環境もヤマトを害するには至らなかったのだが、問題は大きな損害を被ったコスモタイガー隊だった。

 

 結局GファルコンDXとアルストロメリア以外のほぼ全ての機体が大小問わず損害を被っていた。

 正確にはダブルエックスも10回近い被弾を経験し、装甲表面の防御コートが禿げたり衝撃で内部メカにちょっとトラブルが生じたりはしているのだが、他に比べると損害が無いに等しい。

 アルストロメリアも巧みな操縦とディバイダーの防御力の恩恵で重大な損傷を免れた。ディバイダーの装甲もダブルエックスより軽微な損傷しかない。

 対してエステバリスはいずれも目に見えて大きなダメージを被っていた。無残な光景だった。

 

 「これは……思った以上に酷いな」

 

 損害確認のためにと第一艦橋からわざわざ足を運んだ真田が唸る。

 エース中のエースであるリョーコ・ヒカル・イズミ・サブロウタの機体ですら、かなりの手傷を負っている。

 冥王星攻略戦直後の様に、すぐにでも再出撃出来るのはダブルエックスだけという有様になってしまった。

 

 「……状況不利に初めて戦う相手とはいえ、この損害は性能差による所も大きいぞ……何とかしてやらねぇと、次はねえ」

 

 ウリバタケも険しい表情だ。普段から手塩にかけて整備している機体が、こうも呆気無くボロボロにされてしまうとは。

 

 「――とにかく修理作業を始めないとヤマトが航空攻撃に無防備になる。損傷の軽い機体から手を付けて行こう。Gファルコンがほぼ健在なのが救いだな」

 

 撃墜されたエステバリスも、脱出したアサルトピットと本体よりも頑丈なGファルコンは修理出来る程度の損傷で済んでいる。最悪Gファルコン単体での運用も考慮すべきだろう。

 

 「修理作業も大事だけど、回収した敵の新型の解析も大事ね。敵の性能が少しでもわかれば、付け入る隙を見つけられるかもしれないし、もしかしたらエステバリスの強化にも役立つかもしれない。負傷者の手当てが終わったら私も手伝うわ。修理作業に託けた改修なら、時短にもなるしね」

 

 「お願いします。ルリ君、君にも手伝い頼めるか?」

 

 「はい、オモイカネも準備万端です」

 

 真田の要請を受けてルリも解析作業の手伝いを了承する。

 勿論後でコントロール機雷の制御システムを徹底的に解析してやるつもりだが、それよりも先に航空隊の問題を解決しないと遠からず壊滅の憂き目に遭うかもしれない。

 大切な仲間達を、これまでの戦いの様にむざむざ死なせたりはしない。

 

 「ウリバタケさん。エックスの完成も急がないといけませんね。ダブルエックスが優勢であるのなら、エックスも十分戦えるはずです。それに、上手く経験を得られれば、エステバリスの更なる限界突破も可能になるかもしれません」

 

 「だな。このまま修理しただけじゃ勝てねぇ――何とかして基礎性能をもっと向上させねえと」

 

 ウリバタケの脳裏に思い浮かぶのは、やはり自身の最高傑作のダブルエックスの事だ。

 完全新規設計で基本性能がエステバリスを圧倒的に引き離していた新型機。

 既存機の強化に過ぎないエステバリスに、ダブルエックスと同等の性能を持たせることは不可能だ。

 

 しかし、このままでは敵を退ける事が出来ない。エステバリス隊の強化は急務。

 すでに最高傑作と言えるダブルエックスはあり、その運用データもかなり集まった。

 その技術をコストダウン量産機である仮称エックスだけでなく、エステバリスの強化に使う事が出来る可能性は十分にある。これでも一応コツコツとプランは考えていたのだ。

 まだ形にもなっていないのでユリカに提出していないが、ウリバタケどころか真田もイネスもプラン作成に協力していて、今度こそ「こんなこともあろうかと」のセリフと共にプランを提出する所存だった。

 全くもって凝りていないのである。

 

 「せめてディバイダーを最大出力で気軽に使えれば何とかなるが、バッテリーへの負担がちょっと大きいな……Gファルコンのエンジンを強化したくても、肝心のスーパーチャージャーがまだ形になってないしなぁ。こいつが形になれば、バッテリーへの負担を抑えつつディバイダーの制限が緩くなるし、他にも幾らか余裕が出るはずなんだが……」

 

 懸念はそれだ。エンジンの出力強化なら出来る。Gファルコンはまだ耐久力に十分過ぎる余裕があるので、ダブルエックス同様後30%程度の出力強化の余地がある。

 

 だが、それを実行するためのエンジンの強化手段が完成されていないのだ。

 

 波動エンジン復元時に、搭載されていたエネルギー増幅兼整流装置のスーパーチャージャーを、小型相転移エンジン用に手直しして使えないかと考えてはみたのだが、未だに実現出来ないでいる。

 将来的な改装を考慮して、Gファルコンやダブルエックスの機関部には少し余裕が持たされているが、そのスペースを埋めるスーパーチャージャーが形にならなくてはただのデッドスペースだ。

 

 「一応、艦長に改修作業については進言してみます。ただ、実のある進言に出来るかはまだわかりませんが――」

 

 「だな。もう少し煮詰めてみるか。何とかしてエステバリスを強くして、こいつらが生きて帰って来れるようにしねぇと、夜も寝れやしねぇ」

 

 

 

 それから10時間ほど時間が流れた。

 エステバリスの修理作業が思いのほか進展していない事から、ベテルギウスへの大ワープの予定がやや繰り下げられていた。

 ただでさえ数百光年を一気に跳躍する大ワープでヤマトへの負担が心配されるのに、今は工作班にゆとりが無い。

 それに、航路が敵にばれていると考えたユリカは、最低でもコスモタイガー隊の稼働率が50%以上に回復するまではワープを控える考えを示し、航海班も渋々納得した。航路の大きな変更をするには、少々日程をロスし過ぎている。

 

 で、我らがマッド3人組は良い意味でやらかしてくれました。

 

 「艦長! 朗報です!」

 

 「朗報って――さっき聞かされたエステの強化案の事ですか、真田さん?」

 

 機械工作室から嬉々として第一艦橋に報告を始めた真田に、ユリカは航海班から受け取った今後の航海プランの資料から目を離して応じる。何か対策が出来たのだろうか。

 

 「回収した敵の新型機の残骸を解析したところ、開発が滞っていた小型相転移エンジン用のスーパーチャージャーと、エステバリスの強化プラン、それとエックスの開発完了の目途が立ちました」

 

 立て続けに報告された3つの事案に、ユリカは目を丸くする。

 

 「スーパーチャージャーって、波動エンジンにも付いてるあれですか?」

 

 「そうです。敵機のジェネレーターとエンジン回りを解析したところ、ガミラスも戦闘機には小型相転移エンジンを採用していたようで、応用出来そうな技術を発見する事が出来ました。ルリ君の手柄です。これで、相転移エンジン搭載のGファルコンとダブルエックスが、想定されていた最大出力にまで達する事が出来ます」

 

 「なるほど。後でルリちゃんにはご褒美をあげないとね」

 

 ユリカの労いにルリは「ありがとうございます」と会釈する。

 今回は部下達はワープに向けての航路探査を航海班と協力して行っていたので、最近では珍しくルリだけの手柄だった。

 

 「他にも、解析した機体構造等にエステバリスに転用出来そうなものがありました。機体構造の強化に使えますので、出力と機動力の向上にも耐えられると思います。また、同じ構造の転用でエックスの開発の遅れていた部分の穴埋めが可能です。これなら、3週間後には形に出来ます。とは言え、構造や制御システムの大半を転用している都合上、すぐにでも乗れるのは月臣君くらいでしょうが……」

 

 真田の報告にユリカも安堵した様に頷く。

 量産が出来ないとは言え、戦力拡張の目途が立ったのは、本当にありがたい。

 

 「期待しててくれよ艦長! 出来るだけ短い時間でエステバリスの強化を形にして見せるからな!」

 

 通信に割り込んだウリバタケの声にユリカは「期待しています」とエールを送る。

 

 (……これで少しでも生存率が高くなると良いんだけど……このままだとコスモタイガー隊はあの新型が出てくる度に甚大な損害を被ってしまう。それを改善出来るなら、多少懐が寂しくなっても構わない)

 

 ヤマトの懐事情は常に厳しい。

 今はプロキシマ・ケンタウリ第一惑星で採取した資源があるが、それもすぐに尽きるだろう。だが、ここでケチって人的損害を出すくらいなら、倉庫が軽くなった方がマシだった。

 それに機雷原を突破してから、少し調子が悪いのが気がかりだ。視界がぼやけたり耳が遠くなる事がある。

 

 (――ナノマシンの浸食で弱った体が、また弱り始めてる……ガミラスとの戦いのストレスが、思った以上に大きいんだ)

 

 状況は芳しくない。これから先、ますます状態が悪くなる。

 だが、弱音を吐くわけにはいかない。

 

 (私は、宇宙戦艦ヤマトの艦長なんだ! 沖田艦長だってきっと、このくらいの苦難は越えてきたはず!)

 

 詳細はわからないが、どうも最初のヤマトの航海の時、沖田艦長が病気を――それも死に至る病を患っていた事だけはわかっている。進を艦長代理に任命したのもそれが原因だと、前後の状況から推測出来る。

 

 でも、まだこの世界の進には早い。

 

 何としてでも、その時まで耐えなければ。

 

 

 

 コスモタイガー隊の半数が修理を終え、ヤマト本体のディストーションフィールド発生機の改修を終えた後、ヤマトはベテルギウスの近海にワープした。

 予定よりも4日ほど遅れを出してしまったが、それでも600光年を超える大ワープを何の問題も無く実現出来た事で、運行責任者である大介の表情も明るかった。

 安定翼の改装は効果的だったようだと、真田もウリバタケも大満足だ。

 

 ベテルギウスはオリオン座α星とも言われ、おおいぬ座のシリウス、小犬座のプロキオンと共に冬の大三角形を形成している事で著名な星だ。

 大きさは太陽系の中心に置いた場合、木星の公転軌道近くにも達すると言われる大物で、質量は太陽の約20倍にも達するという。

 

 赤色超巨星であるベテルギウスは、言うなれば星としての寿命を終える寸前の末期の状態にある。

 この状態は安定した水素の核融合を終え、水素の核融合で生まれたヘリウムによる核融合を開始して外層が膨張し始め、表面の温度が下がった事で形成される。

 ベテルギウスの場合は、質量が大きくヘリウムの核融合も開始され、中心核ではヘリウムが炭素に変わる核融合すら発生し、窒素、酸素、ネオンと言った具合に、最終的に鉄までの重い元素が形成されていく。

 そして、鉄は安定した元素であるため核融合がそれ以上進まなくなり重力収縮を起こしながら温度が上がっていき、中心温度が約100億Kに達すると“鉄の光分解”と呼ばれる吸熱反応が発生、その結果中心核の圧力が急激に下がって星が潰れる重力崩壊と呼ばれる現象が発生し、その反動で星の大部分が吹き飛ばされる爆発現象――“II型超新星”が発生する。

 

 ベテルギウスは、脈動偏光する程赤色巨星として不安定であるため、II型超新星を起こすであろうと予想されている赤色超巨星の1つである。

 

 ちなみに、ベテルギウスが超新星爆発を起こすとガンマ線バーストと呼ばれる大量のガンマ線が放出されるとされ、それが地球に直撃すればオゾン層が破壊され、地球生命に甚大な被害が生じるのではないかと懸念されていた。

 近年の研究では恐らく心配ないとされているが、断定出来るだけの根拠は未だにはっきりしていない。

 

 ヤマトは今、ベテルギウスの放つ光に照らされてわずかに主に染まっていた。

 恒星にかなり近い位置にいる為、減光フィルター越しでも艦内に相当な光が飛び込んでくる事もあり、防御シャッターが全て降ろされカメラが捉えた映像を窓に投影したりウィンドウで浮かべたり、マスターパネルに映したりして見ていた。

 

 「ほへぇ~。おっきいねぇ~」

 

 能天気なユリカの率直過ぎる感想に、誰もが思わず賛同する。

 

 「そりゃそうよ。さっき説明した通り、ベテルギウスは木星の公転軌道直径にも届かんばかりの超巨星ですもの。ルリちゃん、フィルターを通した映像を見せてあげて」

 

 上機嫌で説明を続けるイネスの要望に疲れた顔でルリが応じる。すでに何度か観測データを超特急で解析させられ、要望に応じて何度も形を変えて表示させられいる。

 眼前の部下達に航路探査の為に降りて来ているハリも、やはり疲れた顔でイネスの要望に応えるべくベテルギウスの観測に努めている。

 なのでその他業務フォローの為、雪がルリの代わりに第一艦橋の電探士席に就いている。ただし、座席はルリが持って行ってしまっているので、立ったままの作業を余儀なくされていた。

 予備座席はありません。

 

 「あれ? 太陽みたいに完全な球形じゃないですね?」

 

 フィルターを掛けられ、単なる光の玉から恒星特有の何とも形容しがたい表層が見れるようになったベテルギウスだが、太陽の様に真球に近い形ではなく、大きな瘤状のものをもった形状であった。

 ラピスが疑問に思うのも無理はない。

 

 「ああ、恐らくだけどガスが表面から流失して表面温度が不均一になったりして、星自体が不安定な状態にあるからだと思うわ」

 

 「それじゃあ、今この瞬間にもドカァ~ン! って事もあり得るってことですか」

 

 イネスの回答に不安を感じたユリカが尋ねると、「ありえるわよ」とにべも無く答えるイネス。

 艦内の空気が……重くなった。

 

 「今の所それらしい兆候は見られませんから多分大丈夫だと思いますよ」

 

 見かねたルリのフォローに安堵するクルー達だが、

 

 「あら、恒星の研究――それも超巨星なんてまともに解析されているとは言い難いのよ。私達が気づいていない、もしくは想定していたのとは違う動きをしているだけで、超新星爆発の秒読みに入っていても何らおかしくないわよ」

 

 イネスはルリのフォローを台無しにした。

 

 「そ、そうなんですか?」

 

 「そうよ。だから慎重に通過して。こんな大物のすぐ横をワープで通り抜けるのは困難極まりないわ。質量は大きさ程でないにしても、航路が歪曲されるには違いないし直径がが広すぎてて恒星の中にワープアウトしかねないわ――もしも爆発したら、亜光速まで加速しても逃げ切れるかどうかは正直怪しいけど、一か八かの賭けくらいなら出来るわよ」

 

 「賭け?」

 

 イネスの発言に大介が食い付く。いざと言う時ヤマトの舵を握っているのは彼なので、そんな手段があるなら聞いておいて損が無い。

 

 「波動砲よ。ワープ開始と同時に波動砲をワープ航路に撃ち込んで強引に空間を湾曲させることで、太陽質量の30倍までの恒星なら、真っすぐ突っ込むような真似をしなければ影響を振り切ったワープをする事は、理論上可能よ。ただ、ワープと波動砲の同時使用は負担も大きいし、波動砲の影響で歪曲した空間を跳ぶから精密さは皆無の無差別ワープになるわね。場合によってはそれ以上に危険な賭けになるけど、どうしてもワープしなければらならない時の最終手段として覚えておいて損は無いと思うわ――そんな事にならないのが一番だけど」

 

 かなり大事な事だと、大介とユリカは心のメモに書き留めておく。

 

 「まあ、恒星に背を向けて遠ざかるワープなら深刻な影響を受けたりしないと思うわ。流石にワープ航路が真後ろにひん曲がる事は無いでしょうしね」

 

 と付け加えた。

 

 

 

 そう言った難しい話を展開しながらも、ヤマトは慎重にベテルギウス近海を通過すべく航行を続けていた。

 強力な重力場とそれが生み出す僅かな空間歪曲の影響で、ヤマトは真っすぐ進んでいるつもりでも計器上の数値が狂ったり重力に引かれたりで、ベテルギウスの方向に何度か舵を切りかけて冷や汗を流した。

 今はルリとハリが電算室で共闘して補正を掛けたので、ようやく落ち着いた所だ。

 

 「ルリさん、ご苦労様です。ホント、何時も大助かりですよ」

 

 副オペレーター席で情報処理を終えたハリが尊敬の眼差しを向けてくる。

 未だ自分の中でハリに対する接し方が(1ヵ月も経つのに!)決まっていないルリには、その視線がなおさらこそばゆいものだった。

 

 「そんなこと無いよ、ハーリー君もよく頑張ってる。本当に、立派になったね」

 

 頼りなさが目立った弟の様な彼は、ガミラスとの戦いが始まってから急激に成長している。

 かつてのような泣き言を聞く機会は目に見えて減って、顔つきにも幾らかの頼もしさや落ち着きが出てきている。

 

 「どうしたんですか、そんなに見つめられると照れちゃいますよ……」

 

 大分頼もしくなったが、こういう所は年相応に純心で微笑ましい。

 もう少し褒めてあげようかと思って副ナビゲーター席に近づいたところでヤマトを凄まじい衝撃が襲う。

 バランスを崩したルリはそのままハリに向かって倒れ込む形になり、慌ててハリもルリを抱き留めようと向き合う。

 倒れ込んだルリはハリに抱き留められて事なきを得た……はずだったのに。

 

 「!?」

 

 ラブコメのお約束。倒れた拍子のキスをまさか自分が経験してしまうとは。

 衝撃的な出来事にフリーズするルリとハリ。

 

 「チーフ、大丈夫で――っ!?」

 

 階下の部下達がルリを心配して振り返ると、そこには明らかに事故っているチーフオペレーター様の姿が。

 想定外の事態に固まるオペレーターガールズ。

 

 「ルリちゃん、今の衝撃は何?――ってええ~~~っ!!」

 

 状況確認の為に第三艦橋に問い合わせたユリカの眼前には、キスした状態で固まったままのルリとハリの姿。

 

 「……え、えっと。お邪魔しました」

 

 妙な気を利かせたユリカがそのまま艦内通信を切る。

 だが、すっかり気が動転してフリーズしてしまった2人は動かない。

 居心地の悪さを感じながらも、オペレーター達は硬直してしまった責任者の代わりに周辺状況の解析作業を始める。

 何となく、邪魔しちゃいけない気がしたのだ。

 自然と互いのやり取りも小声でコミュニケを介したものになる。

 

 結局フリーズが解除されたのは、この衝撃に関わる事態が一段落した後だった。

 

 

 

 「大介君、航法装置に異常は?」

 

 「ありません! 自動操縦、手動操縦共に正常です。ラピスさん、エンジントラブルは?」

 

 「こちらも確認出来ません。相転移エンジンも波動エンジンも正常そのものです」

 

 第一艦橋では状況確認の為に声が飛び交っている。突然の衝撃に続けてヤマトの航行速度が低下して、停止寸前にまでなっている。ベテルギウスへの接近速度が明らかに低下しているのだから、ヤマトが停止しかけている事は間違いない。

 この原因不明の衝撃と減速がヤマト自身のトラブルでないのなら、外的要因があるはずだ。

 

 「イネスさん、真田さん、想定される要因は何ですか?」

 

 「情報不足で何とも言えませんが、ベテルギウスの脈動による衝撃波も想定されます」

 

 「私も真田さんと同意見ね。ベテルギウスは星自体の形状が変化する脈動変光星の一種だから、膨張と収縮を繰り返している星。それによって表層のガス帯が外部に流出もするだろうし、それがヤマトに作用した可能性は考えられるわ。とは言え、直前の観測データそれらしい兆候は無いわね……脈動なのだから、星の表層に動きが見られるはずなのだけれども……」

 

 ヤマトが誇る天才頭脳が揃っても、この現象の答えは出てこない様子。

 

 「自然現象で無いとしたら、ガミラスの工作の線があるのでは?」

 

 ジュンが尤もな意見を述べると、衝撃でよろめき必死に電探士席のコンソールにしがみ付いて堪えた雪がレーダーシステムの情報解析を始める。

 かなり怖い体験だったが、直後に進から「大丈夫か、雪?」と気にかけて貰えたので怖さも吹っ飛んだ。ついでに大介も心配してくれた。彼は本当に気配りの利く人だと感心する。

 雪はレーダーシステムのログを呼び出しながら、レーダーの感度や対応レンジを細かく切り替えてリアルタイムの反応を調べつつ、そのデータを電算室に送って解析に回す。

 

 相変わらず沈黙したままのチーフオペレーターは役に立たないので、各分析担当のオペレーターが雪の指示を受けて解析作業を行う。

 雪もオペレーターとしての仕事に就く事があるので、オペレーター達とは交流が盛んで仲が良く、雪自身のオペレーターとしての実力がルリやハリに次ぐ程高い事もあり(IFSを含めた格差は大きいが)、こういった状況下ではリーダーとして頼られているのだ。

 本当に多芸な娘である。過労が心配になってきたと、ユリカは後に述懐している。

 

 「……これは!? 艦長、周囲に磁力バリアが展開されています! ヤマトの振動と減速はバリアに接触した事が原因です! このままでは完全に停止してしまいます! それに、ヤマトの計器類に磁場の干渉によるものと思われるエラーが発生し始めています!」

 

 雪の報告にユリカの顔も強張る。これは紛れもなくトラップだ。ガミラスがヤマトを罠に嵌めたがっている。

 

 「大介君、バリアからの離脱を試みて。雪ちゃんはバリアの範囲と位置の詳細を。全艦戦闘配置。進、主砲とパルスは何時でも使えるようにしておいて」

 

 3人は「了解」と各々応じて作業に取り掛かる。

 

 「ラピスさん、エネルギー増幅。リバーススラスターを最大噴射願います!」

 

 「了解。機関室、エネルギー増幅! リバーススラスター最大噴射!」

 

 ラピスの指示で機関室が慌ただしくなる。

 

 「徳川! エネルギー増幅、最大噴射だぞ!」

 

 「は、はい!」

 

 原因不明の衝撃の調査でエンジンに取り付いていた太助は、山崎に怒鳴られるように指示されて大慌てで機関制御室に飛び込んで出力制御を始める。

 先に制御室でコントロールを始めていた山崎もすぐにリバーススラスターに出力分配を増やして全力で後進出来るように準備を整える。

 6連波動相転移エンジンが唸りを上げ、艦首の喫水部に縦4つ並んだバウスラスター兼リバーススラスターが最大噴射を開始する。

 噴射の反動とバリアの抵抗でヤマトの艦体がビリビリと震える。

 しかしヤマトは磁力バリアに深く食い込んだまま、抜け出せない。

 

 「ラピスさん! これが限界ですか!?」

 

 操縦桿を捻ってヤマトの艦体を揺らすように動かして強引に抜け出そうと努力するが、推力が足りていない。

 大介はヤマトの姿勢制御スラスターが全て推力変更ノズルであることを活かして、艦首ミサイル発射管下にある下部スラスターと、艦首甲板の上にある上部スラスターのスラストベーンを捻って推力の足しにするが、それでも足りてない。

 

 「エンジンは最大出力です! スラスターもこれ以上出力上げられません!」

 

 大介の叱責にラピスは泣きそうになりながら答える。全力を尽くしているのにそれが全く反映されていない。これほど悔しく無力感を煽る事は無い。

 

 「10時30分の方向から大型ミサイル接近! 数は24! 対艦ミサイルだと思われます!」

 

 レーダーを睨む雪からミサイル接近の報を受け、大介の、ラピスの焦りが募る。

 

 「機関長! 波動砲口からエネルギーを噴射する逆進システムを使いましょう! カイパーベルトで調整したあれですよ!」

 

 機関室から太助の意見が届く。ラピスは自分が緊急時の急停止・全速後退用のシステムの存在を失念していた事に気付かされ、太助の意見に従って実行の許可を出す。

 テストこそ済ませていたが、普段使う機会が無いので失念していた。ここで使わず何時使うというのか。

 太助はラピスの了承を得たので、山崎にも補助を頼んで波動砲の発射口を機関室からの操作で開放し、バイパスを通して波動エネルギーではなくタキオン粒子を波動砲のライフリングチューブ内に導入、波動砲用の最終収束装置のみを使用してメインノズルと同等の推力を発生させて逆進を図る。

 

 旧ヤマト時代でも1度だけ使用された事のある機能だが、波動砲の構造変更の煽りを受けてテストも完了していないシステムだった。

 

 太助はまだまだ未熟な機関士だが、山崎から普段の機関コントロールでダメ出しを受けながらも若さ故の柔軟性には一目置かれている。

 機関士としての才能は親父譲りかと山崎は感心していたが、それだけにちゃんと指導して育ててやらなければ才能が花開かないと、煙たがれるのも覚悟できつめに指導してきた。

 どうやらその成果が顔を覗かせてきたようだと、太助に見えないように唇を嬉しさで歪ませる。

 

 「よし! 動き始めたぞ……! 機関長、この状態をキープして下さい!」

 

 波動砲リバーススラスターの推力は絶大で、噴射を続ける他のスラスターの推力と合わせて満足に動けないでいたそれまでとは逆にヤマトをバリアからじりじりと引き剥がしにかかる。

 だが、ミサイルを回避するには間に合いそうにない。

 

 「進! バリアミサイル!」

 

 「了解! バリアミサイル発射!」

 

 左舷8連装ミサイル発射管が解放され、8発のバリア弾頭搭載の短ミサイルが煙の尾を引いて発射。そのままミサイルの眼前でディストーションフィールドの円盤を展開して対艦ミサイルを全て受け止める。

 超大型ミサイルや高収束グラビティブラストならまだしも、普通の対艦ミサイル程度でこれを貫通してヤマトに被害を与えることは出来ない。

 それからすぐに、ヤマトは艦首を突っ込んでいたバリアからも離脱する事に成功した。一先ずは、危機を脱する事が出来たのである。

 しかし、ヤマトがバリアに触れた事を切っ掛けとしてか、後方もバリアに囲まれて身動き出来なくなってしまったのだった。

 

 

 

 「すみません、肝心な時に呆けてしまって……」

 

 羞恥で顔を真っ赤にしたままのルリが、艦長席の前で首を垂れる。隣には同じく真っ赤なハリが申し訳なさそうな顔で立ち尽くしている。

 

 「気持ちはわかるし責めたくは無いけど、流石にあの状況で沈黙はペナルティー無しじゃ示しがつかないか……う~ん、とりあえず通常業務の後に艦内の掃除かな」

 

 困った顔のユリカが、一応の罰則を2人に与える事にする。艦長の身内という少々難しい立場のルリとその相手(とユリカは断定した)ハリが相手だと、甘くするのは問題なのだ。

 致命的な事にもならなかったのだから、定番の艦内の清掃作業が適切な罰則と言えよう。

 

 「まあ2人の関係については今後の話題として取っておくとして、ルリちゃんは雪ちゃんと協力してバリアを含めて周辺の状況を探って。ハーリー君は、最悪の事態に備えてベテルギウスの観測をイネスさんと協力して行ってね」

 

 最悪の事態、という単語が引っかかったが問い返す気力もわかないので2人は「はい……」と簡潔に応じてそれぞれの席に座る。

 

 一方、機関制御席を離れたラピスは機関室に降りてエンジンの直接整備を指揮していた。と言っても、ハードウェアの整備を先導することは出来ないので、そこは副官の山崎と二人三脚での作業となるが。

 

 「徳川、さっきの機転は中々良かったぞ。普段使われていないシステムをちゃんと覚えていたばかりか、機関長のフォローまでするとはな。きっと、親父さんも喜んでるぞ」

 

 珍しく手放しで山崎に褒められて、太助は喜んで良いのか気味悪がるべきなのかイマイチ判断がつかなかった。

 普段からやれ「半人前」だの「親父が泣くぞ!」だのと特別叱責されている立場だし、変に思い上がろうものなら直後に雷が落ちる。太助の困惑も当然と言えよう。

 

 「あ、ありがとうございます山崎さん。でも、上手くいって良かったですよ、ホントに……」

 

 「そこは我々機関士の腕の見せ所だ。意見具申から離脱までの機関コントロールもよくやっていた――今回は助けられてしまったな。だがこれに慢心せず精進しろよ、お前はまだまだ育ち盛りなんだからな」

 

 本当に珍しく上機嫌に太助を褒め、その成長を期待する素振りに嬉しいやら気味悪いやらが本当にわからなくなった。

 

 「助かりました、徳川さん。適切な助言をありがとうございます」

 

 にこやかに助けにお礼を述べるラピスに流石に照れる太助と、それを見て嫉妬の視線を向ける機関士達に、「素直に受け取っておけ」とやはり珍しく叱責しない山崎と、ややカオスな光景が一瞬出現した。

 

 「山崎さん、波動相転移エンジンを何時でも比較的長時間の全力稼働に備えてチェックしておいてほしいと、艦長の要望です」

 

 「長時間の全力稼働、ですか? まさか、ベテルギウスの至近でも航行するつもりなのですか?」

 

 「艦長が言うには、ガミラスの罠が張られている以上、ベテルギウスを利用しない事は無いだろうから備えておいて欲しいとの事です」

 

 そうとなればオチオチ漫才などしていられないと、全員が気分を切り替えてエンジンに取り付いて各部をチェックする。

 

 作業開始から割とすぐ、とりあえずヤマトをバリアから少し離れた位置に停泊させた大介が、見事なアイデアで危機を脱するきっかけを作った太助に感謝を述べにわざわざ足を運び、テンパっていたとは言え少々乱暴な口調で催促をしてしまった非礼をラピスに詫びたり、折角足を運んだのだからと機関コントロールについて日々の感謝をしたりと、最近あちこちで見られるクルー同士の歩み合いが見られた。

 

 度重なる危機を潜り抜け、悲しみや不安を紛らわすべく一緒にバカ騒ぎをしてきただけに、クルーの結束は急速に強まりつつあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 「……ヤマト、冥王星での戦いから今日まで、お前の姿を忘れた日は無かったぞ……!」

 

 デスラーに本作戦の為にと充てられた、シュルツが乗っていたのと同型の戦艦の艦橋で、モニターに映るヤマトの後姿を睨みつけていた。

 あの戦艦に、敬愛する上司と苦楽を共にした同僚や部下の大半を殺された。

 

 「デスラー総統の名誉の為にも、シュルツ司令の敵を取る為にも、この策をもってヤマトを叩き潰す――皆、命を捨てる覚悟は出来たか?」

 

 周りを振り返れば、共にシュルツを見殺しにする形で撤退した同僚達の姿がある。

 皆一様にヤマトに憎しみの視線を向け、命を捨ててでもヤマトを討ち取らんとする強い意志が垣間見える。

 そして、一緒に生き恥を晒している、ヤマトを討ち取って敬愛するシュルツの元に逝こうと視線で訴えていた。

 元よりこの策に生還の可能性など無い。ヤマトと共にベテルギウスの至近を通過するのだ。

 驚異の艦、ヤマトなら早々に音を上げはしないだろうが、この艦には赤色超巨星の至近に長く耐えるような力は無い。

 

 「作戦通り、ガス生命体を放った後、ガスの注意を惹かないようにヤマトを追撃してベテルギウスに接近する。あのヤマトがガスに飲まれるとは思えない。ガス生命体はあくまでベテルギウスに確実に追い込むための陽動に過ぎん。本命は本艦の全攻撃能力を駆使してヤマトを痛めつけ、ベテルギウスの炎の中に叩き落す事にある! 差し違えるために体当たりも辞さない覚悟で行くぞ!」

 

 ガンツの檄に仲間達は力強く頷いて、最後の作戦の準備にかかる。

 

 「ガス生命体を放て! ヤマトとの決戦だ!」

 

 ガンツの叫びに応えるように艦首の魚雷発射管からガス生命体を収めた宇宙魚雷がヤマト目掛けて突き進む。

 ヤマトが迎撃しようがしまいが、一定の時間で弾頭が解放されて中からガス生命体が出現して、ヤマトをベテルギウスに追い立てる。

 そしてヤマトは、自ら死地に向かって突き進むことになるのだ。

 

 

 

 

 

 

 「艦長、分析結果が出ました。バリアはヤマトの全周をほぼ覆っていますが、推測通りベテルギウスの方向だけは開いています。となればガミラスの次の手は――」

 

 ルリが電算室の解析結果を第一艦橋に報告していた時、レーダーに後方から急速接近する物体の姿が映る。サイズからして宇宙魚雷とか対艦ミサイルの類だ。

 

 「進、迎撃!」

 

 「了解! 目標、接近中のミサイル。第二副砲発射!」

 

 進の指示で第二副砲の砲手達が迫り来るミサイル目掛けて3本の重力衝撃波を叩きつける。例え艦艇に比べれば遥かに小さい対艦ミサイルだとしても、このようにじっくり狙える状況下で外すようなことはしない。

 重力衝撃波の直撃を受けたミサイルは呆気無く四散して終わった……筈だった。

 

 「? 艦長、ミサイルの弾頭からガスの様な物が放出されました。パネルに出します」

 

 マスターパネルに映し出されたのは時折赤い稲妻が表面や内側を走る黒色ガスが、ヤマト目掛けて接近してくる。

 

 「何これ? 何かの妨害物質か何か?」

 

 接近してきたガスの一部が触腕の様に伸びて左舷カタパルトとメインノズルの左尾翼に接触する。すると、接触された部分のフィールドが瞬時に消失して見る見る接触箇所がボロボロになって崩壊していくではないか。

 慌ててフィールドを強化して強引に遮蔽する。しかしそのフィールドも急激にエネルギーを喪失して弱り始め、代わりにガスの動きが活発化して増量しているではないか!

 

 「金属腐食ガスだ! 逃げないと艦がやられる!」

 

 真田の叫ぶような指摘にユリカはすぐに発進を指示する。

 

 「しかし艦長! 進路が……!」

 

 「構わないからベテルギウスに向かって! こうなったら死中に活を見出す以外に道は無いよ!」

 

 「――了解! ハーリー! ベテルギウスの活動データを随時解析して航路を見つけてくれ! プロミネンスに接触したら終わりだからな!」

 

 ユリカの活に覚悟を決めた大介はヤマトをベテルギウスに向かって前進させる。同時にハリに航路データの作成を依頼する。バリアのせいでコロナの中を通過しなければならないし、恒星風の影響も近づけば近づく程に強くなり、ヤマトを苛む。

 少しでも被害を抑えるためにも、ディストーションフィールドの出力も下げられない。

 一応、ヤマト装甲板は恒星の接近にもある程度は耐えられる程の凄まじい耐熱性を持ってはいるが、流石に赤色超巨星に真っ向から突っ込んでいって無事で済むほどではない。

 

 ガスを振り切るべく最大噴射を始めたヤマト。ガスを振り切れると思われていたのだが……

 

 「くそっ! メインノズルから噴出するタキオン粒子を食って加速してやがる! あのガスは周囲のエネルギーを食って増殖するガス生命体なんだ!」

 

 焦りからか普段よりも乱暴な口調で吠える真田。

 そんな時、第一艦橋にファーストエイドキットと船外作業用の宇宙服を手にして飛び込んで来た。

 

 「やっぱりこうなるのね! 艦長! 全員に宇宙服を着せて! 艦内の冷房は食糧庫や医療関係の場所に集中させる必要があるの! そうすると他の場所に手が回らないから!」

 

 イネスのアドバイスを受けてすぐにユリカは全乗組員に宇宙服の着用を指示する。自身はイネスの手を借りてよろめきながらも宇宙服を着こむ。

 

 「正直この無茶は貴方の体に毒ね。終わったらしばらく入院よ」

 

 「わかりました、先生」

 

 ユリカはにっこり微笑んで了承する。だが……

 

 (恐らくガミラスは、ヤマトがあのガス生命体を駆逐するためにベテルギウスに接近する事を見越している。勿論ガス生命体で追い込んで溶ける事だけじゃなく、進路上の障害を波動砲で除去しようとすることまで視野に入ってるんだろうね。だから戦艦に追わせてその隙を突こうって腹か……でも、波動砲の使い方は、1つじゃないんだよ!)

 

 テスト未了な上に上手くいく保証も無いが、波動砲には再建時から想定された隠し機能が1つあるのだ。その機能を使う事になるかもしれない。

 

 ヤマトはバリアの開口部を潜り抜けながらベテルギウスに接近していく。ベテルギウスの光に照らされて、ヤマトの姿が完全に朱に染まり、表面と内部の温度が急激に上昇していく。

 出来る限り熱や放射線等を遮断するため、ベテルギウスの方向に集中展開されたディストーションフィールドの出力も高められる。

 フィールドとは無関係のヤマトの対放射線防御壁や放射能除去装置――コスモクリーナーなるシステムがフル稼働してヤマトに降りかかる大量の放射線を防ぐ。そうでもしなければ、全員が被爆して即死している。

 それでも機関部とフィールド発生装置の改修のおかげで、思った以上に耐熱に余裕が出来ているのが幸いだった。

 

 ヤマトは全力で航行を続け、その後ろにガス生命体、さらにそれを追跡する形でガミラス戦艦が追いかけてくる。

 

 「ガミラスの戦艦もガスの後方から追ってきています。ガスと共闘してヤマトを潰すつもりだと思われます」

 

 宇宙服越しでも襲い掛かってくる高熱に汗を流しながらルリが報告する。

 艦内の温度もあっという間に100度に達しようとしている。

 こういった事態も想定されて設計されているヤマトの内部構造とコンピューターだが、熱で暴走してしまわないかが心配になる。

 

 ヤマトはベテルギウスの重力に引き込まれて燃え尽きないように、メインノズルとサブノズルから最大噴射を継続しながら、恒星風に乗って少しでも浮力を稼げるようにと安定翼も展開していた。

 気休めに近かったが、タキオンフィールドによる艦体保護にも一役買っていた。

 

 「気を付けて、火の粉であってもヤマトなんて一飲みだからね……」

 

 ユリカの指摘に第一艦橋の緊張感が高まる。

 ハリは電算室と連携してベテルギウスの活動の詳細を分析し、プロミネンスの発生や飛び散る高熱のガスの動きを全て捉え、操舵席に航路データを転送して回避行動を促す。

 万が一にも接触すれば、ディストーションフィールド程度では防げずヤマトは蒸発して消える。

 ヤマトは大介とハリのコンビネーションに操られ、プロミネンスや火の粉を次々と交わしていく。

 安定翼を開いたのは正解だった。

 タキオンフィールドの保護もそうだが、恒星風の力を借りて浮いていられるので、プロミネンスを回避するために速度を落として旋回しても、辛うじてではあるが墜落を免れている。

 

 「それにしても暑いわね……艦長、大丈夫?」

 

 艦内無線の維持に努めながらもユリカの体調が気になるエリナが気遣わし気に尋ねる。そう言う彼女自身、あまりの暑さに少々のぼせ気味だった。

 

 「何とかね……バリアを抜けてベテルギウスから離脱出来るまで後1時間……みんな! 何としても切り抜けるよ!」

 

 艦長席からの檄を聞いた全クルーが「おおっ!」と応じる。

 全員が堪らぬ熱さに喘ぎながら、それぞれの部署を守り通す。

 この高温に水や食料、医薬品が痛んでしまわないようにと生活班は限りあるエネルギーを融通してもらって冷却システムを全開にして対処するが、すでに限界が近い。

 1時間と言わずすぐにでも離脱して欲しいのだが、そうも言っていられない。

 

 「機関室、エンジン出力が低下しています。エンジンのチェック急いで下さい!」

 

 ラピスの指示を受けて機関士達が慌ただしく機関室を駆け回る。

 機関室も温度が極めて高くなり、身動きし辛い宇宙服を着ての作業となって、中々エンジンの直接整備が覚束ない。

 それを見かねた山崎は決断した。

 

 「徳川、俺はエンジンを直接見てくる、此処は任せたぞ!」

 

 「りょ、了解!」

 

 返事を聞く同時に山崎は機関制御室を飛び出して、暑さでへばっている機関士に「サウナに入ったこと無いのか! このくらいでへこたれるんじゃない!」と檄を飛ばして自ら稼働中のエンジンに取り付き、熱やら最大稼働の負荷でトラブルを起こしていないか、起こしているとしたらどこなのかを調べ始める。

 

 一方で機関制御室に残された太助は、第一艦橋のラピスと協力して制御プログラムのバグを確認しつつ、コンピューター方面からのエンジン管理を継続する。

 ベテランの山崎はどちらかと言えば直接エンジンに触れる方が得意で、まだ若く育ち盛りの太助は、柔軟な分山崎がそれほど得意としていないコンピューター方面からの制御に秀でていた。

 それでも作戦行動中に機関制御室を完全に任されるのは初めての経験なので、暑さとは別に冷や汗もだらだら浮かんでくる。

 

 「くそっ、めげてたまるもんか……! 親父、見守っててくれよ! 名機関士の息子の名に恥じない、立派な機関士になって見せるからな!」

 

 自らを鼓舞しながら太助は出力低下を防ぐためにあの手この手を駆使する。脳裏に浮かぶのは亡くなった父、徳川彦左衛門の背中。口煩くて苦手な所もあったが、己の職務に誇りを持ち、卓越した技術で責務を果たし続けてきた広い漢の背中。

 

 今でも太助の目標であり追い付きたいと願っている父の背中。

 

 苦境にあって太助は、天国の父が少しだけ背中を押してくれているような錯覚に陥りながらも、必死に己が責務を果たさんと機関制御に果敢に挑み続けるのであった。

 

 「現在ベテルギウスから700万㎞の位置を通過中。コロナによる乱磁場随所にあり。大介さん、右に7度転進して下さい」

 

 今、ヤマトとベテルギウスの間には太陽半径の10倍程の空間が開いている。だがその程度の至近距離ではベテルギウスのコロナの範囲内にあるため、100万度を優に超える超高温に晒され続ける事になる。

 持ち前の優れた耐熱性と複数枚のディストーションフィールドによる遮熱が無かったら、ヤマトはとっくの昔に蒸発していただろう。

 

 「後方のガスの動きに変化あり! 火の粉に触れて発火しているようです!」

 

 ハリの報告にマスターパネルにガス生命体の様子を映し出す。ヤマトと共にコロナの中を突き進み、その熱エネルギーを吸収して月すら呑み込めそうなほど巨大化していたガス生命体が、とうとうプロミネンスに触れてしまった。

 ガス生命体はそのままプロミネンスに飲まれるようにしてベテルギウスに飲み込まれ、呆気無く燃え尽きてしまった。

 

 「ガミラス艦接近、射撃用レーダーの照射を確認しました。砲撃が来ます!」

 

 ガス生命体が消え去って危機を1つ乗り越えたと思いきや、急速に距離を詰めてきたガミラス戦艦からの砲撃がヤマトに襲い掛かってくる。

 急速に距離を詰め、次から次へとヤマトに襲い掛かる重力波。

 恒星風を凌ぐためにフィールドの出力を割いているヤマトなので、この被弾でエネルギーを削られるのはかなり痛い。

 幸いまだ貫通には至っていないが、このまま距離を詰められればいずれ……。

 

 「あいつら、ヤマトと心中するつもりなのか?」

 

 進の背中に戦慄が走る。ガミラス戦艦は明らかにカイパーベルトの時を上回る速度でヤマトに接近し砲撃を仕掛けて来ている。

 これは、エンジンのリミッターを外して暴走させているのではないだろうか。そうまでしてヤマトを潰そうとする気迫に、進は半ば飲まれていた。

 

 「っ!? 前方に恒星フレア発生! イレギュラーで計算にはありません! 規模と距離から計算すると、限界まで減速しても避けきれません!」

 

 ハリが非常な現実に悲鳴を上げる。恒星フレアは、太陽の5つや6つくらいなら簡単に飲み込んでしまえるような規模をもってヤマトに立ち塞がっている。

 

 「くそっ、波動砲も間に合わない距離だぞ!」

 

 距離が近過ぎて、このままだと発射直前に恒星フレアに激突してしまう。

 減速して間に合わせようとすると、推力低下でベテルギウスに墜ちる事になる。

 それに、後方から心中する覚悟で迫ってくるガミラス戦艦の接近をこれ以上許してしまえば、無防備になったメインノズルを狙われてしまう。

 そうなったらヤマトは一巻の終わりだ。

 

 進は必死に考える。この状況を打開出来る手段は何か、何か無いのか――!?

 

 「波動砲用意! モード・ゲキガンフレア!」

 

 進の思考を彼方に吹き飛ばすような力強いユリカの指令に、詳細を知らない進は唖然とし、艦橋内で詳細を知るエリナ、イネス、真田、ラピスが驚愕する。

 

 「しかし! あれはまだテストも――」

 

 「これがテストです! 主翼の改良も済んだ今なら実行出来るはず! 議論している余裕はありません!」

 

 ユリカの勢いに気圧されて、真田は青くなりながらも進に操作手順を口頭説明する。

 その間にもラピスは大慌てで機関制御席を飛び出して、エンジン直接管理の為に機関室に向かって走り始めた。

 今回ばかりは機関制御席からの管理では少々厳しいと判断したためだ。

 

 「古代、波動砲のトリガーユニットを起動したら、ボルトを手で押し込め! それで切り替わる!」

 

 進はもはや疑問を挟んでいる余地は無いと、黙って指示に従って波動砲のトリガーユニットを起動し、言われた通りボルトを手で押し込む。

 普段トリガーを引かないと後退したままで、前進しても自動で戻る部分なだけに、手で押し込むという発想は今までなかった。

 ボルトを押し込むと、起き上がったターゲットスコープのレティクルの下に「Mode ゲキガンフレア」と表示されている。

 

 何故ゲキガンフレアだけカタカナなのだと突っ込む余裕も無く、表示される操作マニュアルに従う。

 

 それは、波動砲に備わったもう1つの機能。

 

 ユリカが見た“記憶”の中で、波動砲から波動エネルギーをリークさせて突撃する姿と、ブラックボックスの制御に必要なシステムを組み合わせて構築したシステムである。

 要するに、波動エネルギーを波動砲口から意図的にリークさせ、安定翼のタキオンフィールドを利用してエネルギーを強引に艦の周囲に停滞させ、その状態で突撃するという無茶苦茶な戦法だ。

 周囲を覆う波動エネルギーの空間波動の一部を後方に放出してメインノズルの推力に足す事で爆発的に推力が向上。

 波動エネルギーのタキオン波動バースト流への加工手順が省略されるため、波動砲に比べると3/4程度の時間で実行可能な即応性を持つ。

 艦の制御は、波動砲と同じく戦闘指揮席のトリガーユニットを中心に行われるため小回りが利かないのが難点だが、元々敵中突破用の突撃戦法用に構築された代物なので問題ではない。

 

 波動エネルギーに包み込まれたその姿がまるで「ゲキガンガーのゲキガンフレアみたいだ!」と木星出身技術者が騒いだ事から、ノリでモード・ゲキガンフレアと呼ばれるようになってしまった。

 なお、ユリカは最初もっと格好良く「シャインスパー……」と意見を出したが全く耳に入らなかったらしく、なし崩し的にそれが正式名称となってしまったのである。

 

 しかし問題点も多く指摘され、波動砲の様にタキオン波動バースト流にまで加工していないとは言え高圧化させた波動エネルギーを周囲に停滞させる事による艦体への影響、メインノズルの噴射を継続しなければならない、効率の問題からエネルギー消費量が波動砲以上で持続時間も短い。

 しかも波動砲の亜種であるため、使用後ヤマトの機能が低下する欠点も据え置き。

 さらに、推進しなければならないのにこの状態では一切のセンサーが使えない、盲目状態での突撃を余儀なくされる。

 そのため事前に収集した環境データを基に盲目の計器飛行を強要される使い勝手の悪さ、そもそも“戦艦で体当たりを敢行する”という無謀さもあり、実は最後の最後まで搭載が反対されていた機能だったのである。

 

 (まさか本当に使う機会があるとは……艦長の先見性を賞賛すべきなのだろうか……しかし、一体何処からこんな着想得たというのだ?)

 

 準備を進めながらも真田はかつてない疑問を抱く。真田は共犯者ではなくユリカがヤマトの“記憶”を垣間見た事までは知らされていないので、ある意味では当然の疑問と言えよう。

 そして、ユリカ自身は“ヤマトの記憶”以外にナデシコ乗艦時代に幾度か見たエステバリスのフィールドアタック戦法を参考にしていたりする。

 つまり、必要ならば普通のフィールドアタックもする気満々である。

 

 「相転移エンジン、波動エンジン、出力120%に到達。非常弁全閉鎖、強制注入器作動。突入ボルトに6連炉心接続」

 

 ラピスが機関制御室の計器を読み上げつつ粛々と準備を進める。

 手順が幾らか省略されているため、作業は円滑に進んでいたが初めてのシステムに緊張を隠せない。

 一応このシステム自体はラピスも知っていたし、その意図も聞かされている。本当に使うとは思わなかったが……。

 

 「波動砲とは違った負荷のかかるシステム……機関室の皆さん、踏ん張りどころです! 何としても成功させますよ!」

 

 普段とは違って機関室で直接張り上げた激励の声。

 すでに半分ラピスのファンクラブと化していたヤマト機関士一同、我らがアイドルの前で無様は出来ないと気力充填150%でエンジン制御に挑む。

 

 これからエンジンはエネルギーを流出させつつ全力運転を続けなければならない。

 果たしてどれだけの負担になるのか、そもそも恒星フレアを突破して引力圏を離脱する推力を残せるのか。

 

 全てが未知数の一か八かの大勝負となってしまった。

 それは波動砲の変化形という事もあり、舵を担当する事になった進も感じている事だ。

 親友に比べれば自分の操縦技術など子供騙し。果たして盲目の計器飛行でベテルギウスに突っ込むことなく、ヤマトをこの溶鉱炉から抜け出せる事が出来るのか、不安が胸に渦巻く。

 だが、やるしかない。

 

 何故なら古代進は、母として、艦長として敬愛するミスマル・ユリカを裏切ることは決して出来ない。

 それ以上に残してきた地球とそこに住まう全ての命の未来を護り抜く、ヤマトの戦士なのだから!

 

 この程度の苦難、乗り越えられずして地球が救えるものか!

 

 

 

 

 

 

 その頃、恒星フレアに向かって突き進むヤマトの姿をガンツ達は会心の笑みを浮かべながら見送っていた。

 あの様子では回避は不可能だろう。もうヤマトの命運はベテルギウスに飲まれて速やかに蒸発する以外には無い。

 勝った。あの悪魔のような力を持った戦艦に。

 我らの行動は無駄ではなかった。デスラー総統の策は素晴らしかった。

 ここで命果てようとも、怨敵宇宙戦艦ヤマトをここで屠る事が出来る。

 

 (シュルツ司令……貴方の行動は無駄ではなかった。貴方が私に託したデータのおかげで、ガミラスは奇策を用いてあの化け物を屠る事が出来ました)

 

 ――感涙にむせび泣くガンツ達に水を差したのは、やはり宇宙戦艦ヤマトであった。

 

 

 

 

 

 

 「波動砲口よりエネルギーリーク開始! それ、ゲキガンフレアァーーーー!!」

 

 お約束の絶叫と共に、波動砲口から青く輝く粒子の奔流が噴き出す。

 その粒子の奔流は、安定翼が生み出すタキオンフィールドに制御され、繭の様にヤマトを包み込んで輝く弾丸と化した。

 そのままヤマトは恒星フレアに最大戦速で突撃。

 

 直後、凄まじい衝撃がヤマトを襲った。

 

 超高温の恒星フレアはヤマトの突撃で割かれながらも、真下から猛烈にぶち当たり続け、ヤマトを翻弄する。桁違いのエネルギー総量と勢いに、ヤマトを覆う波動エネルギーの膜が剥がされそうになる。

 それでも全力運転するエンジンは健気にエネルギーを波動砲から放出、それまでに蓄えたエネルギーでメインノズルからの噴射も止めない。

 

 しかし、限界は早々に訪れた。

 

 幾ら6連波動相転移エンジンを備えるヤマトとて、恒星のエネルギー総量に勝てるわけが無い。

 恒星フレアなど、星自体のエネルギー量からすれば微々たるもののはずなのに、ヤマトは力負けしようとしていた。

 

 「駄目! もうエンジンは限界です!!」

 

 機関制御室で直接制御に赴いていたラピスの悲鳴が第一艦橋に届く。

 辛うじて恒星フレアの猛威からヤマトを護っている波動エネルギーは、急速にエンジン内から失われていく。

 波動エネルギーの膜が消失知れば、ヤマトは一瞬で蒸発して果てる。

 

 やはり、赤色超巨星の保有するエネルギー量は生半可ではなかった。

 波動砲さえ……波動砲さえ間に合う状況なら、恒星フレアを波動砲で引き裂いてヤマトは無事にこの難局を切り抜ける事が出来たはずだった。

 だが、ただその身に纏っただけでは、6発分のエネルギーでも足りないのだ。

 そんな諦めにも似た焦燥が艦内を蔓延する中、ユリカは腹の底から叫んだ。

 

 「根性入れなさいヤマトぉ!! 使命を果たさずに沈むつもりかぁ!!!」

 

 それはヤマトへの叱咤。艦内に響き渡った叱咤の声は、クルーには向かない。その事について疑問を挟むより先に異変が起きた。

 

 ――そんな結末を、私は望みません!――

 

 それは声だった。誰かが口を開いたわけではない。ただ頭の中に自然と入り込んできた、とても静かで、それでいて熱く、透き通った綺麗な声だ。

 その声がクルー全員の頭の中に響いた後、機関室と第一艦橋にすぐに変化が訪れた。

 

 「フラッシュ……システム?」

 

 戦闘指揮席と艦長席のコンソールの一角にウィンドウが浮かび上がり、フラッシュシステムなる装置が起動した事を伝える。

 それは、進が疑問を抱き独自に調査を進めようとしていた、波動エンジンとイスカンダルのメッセージカプセルに組み込まれていた――ブラックボックスの一端であった。

 

 「え? 安全装置が全解除!?」

 

 機関室でラピス達の驚きの声が上がる。なんと両エンジンの安全装置が1つ残らず勝手に外れていくではないか!

 突入ボルトに接続された状態で外から見えないが、6基の小相転移炉心の前方に備わった制御棒が限界まで抜かれ、半暴走状態に突入する。

 ――そして、本来不可能なはずの波動砲起動中のエネルギー生成も実行されて息を吹き返した相転移エンジンからの供給を受け、波動エンジンは再び全力運転を始めたではないか! こちらも本来不可能なエネルギーの生成と変換機能が解放されている!

 

 そして、あっという間に不足していた波動エネルギーを補填して波動砲からの放出を続ける!

 驚くラピス達。物理的に実行不可能に近いはずの動作を見せるエンジンに、恐怖すら感じる。

 だが案の定エンジンは不安定になったので、すぐに制御盤やエンジンに飛びついて安定化を図る。

 安全装置を掛け直したいがそれではエネルギーが枯渇してしまう。

 仕方ないので安全装置を掛け直すことなく、手動で制御装置を操りエンジンを何とか安定化させようと試みる。

 次々と現れるプログラムエラーを修正し、異常振動で緩みかけるボルトを締め付け、冷却装置も限界までフル稼働させる。

 とても不安定で安定させるのが難しいが、ラピス達はその卓越した技術で辛うじてやってのけたのである。

 

 進もトリガーユニットを必死に操作してヤマトを制御、間違ってもベテルギウス本体に直進しないように進路を取る。

 そのまま無限とも思える時間が過ぎ去り、ヤマトは青く輝く弾丸の姿を保ったまま恒星フレア諸共磁場バリアまでも突き抜けた。

 フレアとバリアを突破して僅かな間を置いて波動エネルギーの膜は霧散して消え、ヤマトはメインノズルを最大出力で点火、ベテルギウスのコロナから離脱していく。

 

 その頃には、エンジンの制御棒も含めた安全装置は独りでに全てかけ直され、ヤマトは再び安定した状態に戻っていた。

 

 

 

 この裏で、フラッシュシステムとは異なるブラックボックスが密かに機能していた事は、ユリカと共犯者達以外、誰も気付かなかった――。

 

 

 

 

 

 

 「こんな……こんなことが……」

 

 ヤマトからかなり遅れて追跡していたガンツ達は呆然とヤマトの行動を見届けていた。

 儚く燃え尽きるはずのヤマトは波動エネルギーの膜でその身を包み、彼らの星系の恒星を容易く呑み込んでしまう巨大な恒星フレアに突っ込んでしまったではないか。

 

 直観で悟った。ヤマトは無事に突破すると。

 

 想像を絶するヤマトの行動に、とうとうガンツ達の心は折れてしまった。

 彼らはそのまま艦の制御も忘れて呆然と立ち尽くし、ヤマトが突撃した恒星フレアに吸い込まれるように飲まれ、一切の抵抗も許されず燃え尽きてしまった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その光景を最後まで見届けたガミラス本星の中央作戦室も混乱に見舞われていた。事の顛末を見届けるためにベテルギウス周辺に設定した偵察衛星の映像が、全てを映していた。

 

 「馬鹿な……」

 

 将軍の誰かが我が目を疑う光景に呆然とする。

 

 「まさか、タキオン波動収束砲にあのような使い方があったとは……そして、それを怖気付かずに実行して成功させるとは……!」

 

 想像の遥か上を行くヤマトの力に、デスラーは驚愕を隠せない。だが、同時にますますヤマトに心を惹かれる。

 

 (これほどの危機に見舞われても諦める気配無しかヤマト! これ以上の敵は存在しない――改めて認めようヤマト……君達は我らに勝るとも劣らない救国戦士達だと!)

 

 デスラーはベテルギウスから急速に遠ざかろうとする艦影を見送りながら、内側から沸き上がる熱を感じる。

 それは、愛する祖国を窮地に追い込む怨敵に対する怒りや憎しみなどではない。

 最初にその姿を見た時に感じた、共通の目的の為に死力を尽くす存在に対する敬意であり、対抗心。

 

 ガミラスの為、デスラーはヤマトを討たねばならない。

 

 地球の為、ヤマトはデスラーを討たねばならない。

 

 決して相容れない立場にありながらも、根底に流れるモノが全く同じであることが実感出来る。この不思議な感覚。

 そう、デスラーはヤマトを「好敵手」として認識していたのだ。

 

 「――これではっきりしたようだね諸君。ヤマトには生半可な覚悟では太刀打ち出来ない。ドメル将軍を呼び戻し、ヤマト討伐を命じよう。ガミラス最強の将軍、宇宙の狼の力に頼るとしようではないか」

 

 デスラーの発言に、誰もが言葉なく頷く。

 

 誰もが、ヤマトを恐れている。

 例えその正体が並行宇宙から流れ落ちた純粋な地球艦でないにせよ、ガミラス相手に単艦でここまで抗う存在は、今まで存在しなかった。

 

 だから、ガミラス最強の艦隊を指揮するドメル将軍に任せるのは適任に思われた。

 

 そしてそれは――今後のガミラスの運命を決定付ける、とても重大な決定であった。

 

 

 

 

 

 

 ガミラスの仕掛けた2つの罠を、辛うじて切り抜ける事が出来たヤマト。

 

 しかし、その立役者となったブラックボックスの正体は何か。

 

 そしてついに現れたヤマトの意思は、今後どのように影響していくのか。

 

 急げヤマトよイスカンダルへ!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、323日しかないのだ!

 

 

 

 第十二話 完

 

 

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十三話 銀河の試練! オクトパス原始星団を超えろ!

 

    全ては愛の為に!


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