新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ(完結済み)   作:KITT

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第十三話 銀河の試練! オクトパス原始星団を超えろ!

 

 

 

 徐々に後方へと遠ざかるベテルギウスの姿を後方展望室から見送りながら、雪は両手を胸の前で組んで祈りを捧げていた。

 

 (どうか、艦長の容態が安定しますように……)

 

 ベテルギウスは、過去に“オリオンの願い星”として称されていたと聞く。

 先程までは随分と苦しめられた灼熱地獄だったが、今はその言い伝えに縋りたい気分だった。

 

 「ねえヤマト。貴方にも意思があるのなら、貴方を蘇らせるために力を尽くした、艦長を護ってあげて。ねえ、お願いよ」

 

 ヤマトは何も返さない。先程聞こえた声の正体がヤマトの意思だという事は、ユリカの口から語られている。

 それが事実なのかどうかを確かめる術は、無い。そして、ユリカに問い質すことも今は出来ない。

 ベテルギウスの至近を通過するという決断、そして波動砲のモード・ゲキガンフレアで太陽フレアを突破した行為は、彼女の体に決して小さくない負担を与えていた。

 ベテルギウスから離脱し、ヤマトに起こった不可思議な現象に対して困惑と恐怖を隠せないクルーを落ち着かせるべく、ユリカは――

 

 「あれは……ヤマトの意思だよ。イスカンダルの支援物資の中に、向こうで開発された精神感応システム、フラッシュシステムが含まれていたみたいね……ヤマトはそれを介してシステムが接続されてる波動エンジンと波動砲の制御に関与したんだよ――まさか、そんなものが積まれてたなんて私も知らなかったし、ヤマトがそれを活用出来るなんて想像もしてなかった……ヤマトが私達の意思を受けて……限界を多少越えられるのは知ってたし、今までもあったことけど……まさか……システ、ムで――」

 

 彼女は限界を迎えて倒れてしまった。そして今、医療室の集中治療スペースでイネスの懸命の治療を受けているのであった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十三話 銀河の試練! オクトパス原始星団を超えろ!

 

 

 

 「では、ユリカの容態は安定したんですね?」

 

 ジュンの確認にイネスは疲れ切った表情で頷いた。

 

 「何とかね。幸いな事だけど、ナノマシンの浸食が進んだわけではないの。緊張と高熱で体力を消耗しただけ。要するに過労よ。ただでさえ体力が落ちてるのに、あんな無茶するんだもの……私も少し休ませてもらうわ。雪ちゃんも戻ってきたしね」

 

 「お疲れ様です先生。ゆっくり休んで下さい」

 

 ジュンが労うとイネスは軽く手を振って通信を切る。相当疲れている様子だった。

 

 「当然だろうな。宇宙服を着てもあのサウナ状態だ。それからすぐに艦長の治療では、体力が持たんだろう」

 

 ガタイの良い大男なので幾らか余裕のあるゴートは、心配そうな表情を浮かべる。ネルガルの社員同士なのでそれなりの付き合いがあるし、こう見えて結構気遣いの出来る男なのだ。

 

 「副長、私はユリカの様子を見てくるわ。これでも世話役だしね」

 

 「わかりましたエリナさん。お願いします――テンカワには?」

 

 ユリカの夫であるアキトがどうしているのかが気になる。

 今のヤマトにとって、ダブルエックスは貴重な戦力だ。

 幸い追撃の類を受けていないが、エネルギーが枯渇して出力が最低値にまで下がっているヤマトを護れるのは、あの機体のサテライトキャノンだけだ。

 

 「彼ならもうお見舞いに行ってるわ。顔だけ見たら戻るって言ってたのを月臣君やらスバル・リョーコやらに押し切られて、しばらくは一緒にいるそうよ」

 

 「そうですか」、とジュンは納得して脱力して副長席にもたれる。

 今は全乗組員が宇宙服を脱いで、各部署の点検作業に従事している。特に装甲外板、食料や医薬品、そして全クルーの放射線被爆の検査など、やることは山積みの状態だ。

 

 しかし、ベテルギウスからまだ十分に離れたとは言い難い状況下では、船外作業は出来ない。放射線や高熱が心配だ。

 

 炊事科と医療科の報告によれば、食料や水、医薬品への被害は最小限に食い止められたようで、備蓄分の問題は小さく済んだらしく、すぐにでも調整に入る予定だそうだ。

 ただ、居住ブロックの艦首側の端から繋がっている農園や合成食糧用製造室には無視出来ないダメージがあったようで、生鮮食料の1/6程が駄目になってしまって、食料の合成に使う培養たんぱく質やプランクトン等も、全体の22%程が使えなくなったと報告があった。

 ただでさえ余裕の無いヤマトの食糧事情が、さらに厳しくなったのは手痛い被害と言える。

 

 乗組員の被爆チェックも少しづつだが進行している。だが、コスモクリーナー(小型改良型)のおかげであの状況でも艦内への放射線の透過は殆ど無かったと聞く。

 念のために行っているが、それほど深刻な問題ではないと考えれている。

 

 「どこか、植物の自生している惑星が無いものかな……」

 

 かなり贅沢な悩みだと思うが、もしもそんな惑星がヤマトの航路上に存在していたら、食用に使える植物の採取が出来るかもしれない。

 

 だが、地球からの観測では発見される星の大半は恒星が主で、惑星系を持つ恒星を発見しても、観測方法の関係で見つかる星の大半は褐色矮星か大質量の木星型惑星か海王星型惑星。

 植物が自生するとしたら、岩石型惑星――しかも恒星のハビタブルゾーンと呼ばれる生命の誕生するのに適した環境と考えられる領域内の惑星に限定されてしまう。

 

 一応、地球からの観測でもその領域内に惑星が見つかった事はあるが、実際にその惑星を直に観測出来たわけではない。

 仮にその領域内にあったとしても、食用に適した植物がある保証も無く、ヤマトには航路予定を変更してまでそれらを探しに行く余裕は無いので、航路上かその近くの恒星系にある事を祈るしかないのである。

 

 「艦長の不在と言い、食糧問題と言い、ヤマトをベテルギウスで燃やし尽くすというガミラスの策は不発に終わったが、確実なダメージを受けたことに変わりは無いか……やはり、油断ならん相手だな」

 

 「そうですね……艦長、大丈夫かな……過労だって言うし、しばらくはゆっくり休んでもらった方が良いんですよね?」

 

 呻く真田に露骨に不安がるハリ。

 しばらくは食糧を節約する方向で行くしかないかもしれない。一応ヤマトにも有機物を循環して動物性たんぱく質を供給するシステムがあるので、“人が普通に生活していれば”ある程度は何とかなる(詳細は殆どの乗組員に知らされていないが)。

 システムそのものが破損したわけではないのが救いだ。システムが壊れてしまえば無事だった分も痛んでしまって使えなくなる。

 農場に関しても、早期収穫出来る様に改良された野菜類なら成長の早い品種に振り分けて再建すれば2週間程度で“ある程度は”回復するだろう。

 

 だが、ユリカの体調が今後どの程度回復するかは未知数だった。

 

 

 

 その頃機関室では、機関士一同が汗水垂らし油汚れに塗れながら、先程異常としか言いようのない動作をした6連波動相転移エンジンに取り付いて点検作業に従事していた。

 勿論、ラピスも例外ではない。普段は(体格と体力もあって)エンジン本体の整備作業には参加せず(させてもらえず)、機関制御席や制御室のコンソールからプログラムチェックを担当するのが常だった(逆にその方面では独断場)。

 しかし、今は髪を纏めて直接エンジンに取り付いて制御パネルやら基盤のチェック、さらにはエンジンの制御中枢に組み込まれたイスカンダル製の通信カプセルも確認する。

 

 エネルギーをほぼ使い切っている状態なので今は相転移エンジン共々停止状態にあるが、まだベテルギウスの引力圏から完全に離脱出来ていないし、航行中だという事を考慮すると、解体しての整備は控えるべきだろう。

 今は整備用ハッチを開けて、内部の目視検査やテスターを使っての基盤や回路の点検作業が主になる。

 

 「おかしい……安全装置も全部外れて暴走状態だったはずなのに、制御パネルの大半が損耗していないなんて……」

 

 ラピスは太助を助手に付けて制御パネルを見て回っているのだが、予想に反して8割以上のパネルが通常時と変わらない程度の損耗しかしていない。精々波動砲とエネルギー収束・増幅系にダメージがある程度だが、そちらも致命傷には至っていない。部品交換ですぐに回復出来る程度だ。

 確かにプロキシマ・ケンタウリ第一惑星で改修して耐久力と信頼性は向上したが、あの高温下、しかも波動砲の関連システムを使い、本来想定されていないシステム稼働中のエネルギーの生成と変換というスペックを遥かに超越した異常動作をしたにも関わらず、ここまで損傷が無いというのは不自然極まりない。

 

 まるで――自己再生でもしたみたいだった。

 

 「確かにおかしいですね……あんな動作をしたら、制御システムの大半が壊れてもおかしくないのに……」

 

 隣でPDAで情報を纏めながら太助が首を捻る。

 

 「山崎さぁ~ん! そっちはどうなってますか~!」

 

 声を掛けられて、駆動部の損耗やら安全弁の動作やらを確認していた山崎が太助に叫び返す。

 

 「こっちも目立った異常無しだ! エネルギーを使いきって回復が遅れているが、補助エンジンからの再チャージが完了次第、通常運転可能だ! 点検作業の終了と合わせて、2時間後には回せそうだ!」

 

 山崎の返事を聞いてラピスと太助は顔を向き合わせて首を捻る。

 

 「波動砲とは無関係の補助エンジンが稼働し続けるのは問題無いとしても……」

 

 「エネルギーを使い果たしただけで、エンジンが無傷に近いってどういう事なんでしょうかね?」

 

 ますますわからない。

 そう言えば、前にユリカと食事を一緒した時に「ヤマトには命があって、本当なら吹き飛んでもおかしくないような負荷が生じても、使命を果たすために根性で耐えてくれてるんだよ」とか言ってた。

 

 「本当にユリカ姉さんが言っていた通り、ヤマトが根性で耐えたって言うのかな?」

 

 「それって凄く非現実的ですけど、あんな体験した後だと信じる気になりますね……」

 

 太助が何とも言えないという表情でラピスに同意する。

 

 「ヤマト……260年の眠りから覚めた戦艦大和。そんな変わった来歴のせいなの? それとも――」

 

 「ただ言える事は、そんな常識外れの艦が俺達の味方だって事ですね……有難い事に」

 

 心からの言葉に、ラピスも大きく頷いたのだった。

 

 それに、ユリカが必死に目覚めさせた最後の希望なのだ。

 

 ラピスは秘められた謎に興味こそ示したが、ヤマトを疑うようなことは考えていない。

 ヤマトを疑うという事は、ヤマトを信じて抗い続けたユリカを疑うようで嫌だったからと言うのもある。

 

 それに、人類はヤマトに縋るしかないのだ。

 

 これはクルー全員が思っている事で、その気持ちとこれまで共に過酷な戦いとトラブルを越えてきたヤマトに対する愛着が、それ以上踏み込んで疑いの目に変わる事を極度に恐れていた。

 

 

 

 ルリは電算室で今回の件で解放されたブラックボックス――フラッシュシステムに関しての解析作業に携わっていた。

 本当はすぐにでも医療室のユリカを見舞いたいのだが、仕事を放り出していくのは部下に示しがつかないので堪えるしかない。

 内心イライラしているが、この謎を少しでも解明してからでなければ休憩も言い出せない。

 今までは解析する事すらままならなかったブラックボックス。どうやら、フラッシュシステム以外にもまだ残っている様だ――解析出来ないままの個所がある。

 

 「――確かにユリカさんの仰る通りでした。このフラッシュシステムは精神波を感知して機械類のコントロールに反映するインターフェイスの一種だそうです。解析した――というよりは、マニュアル含めて開示されてました」

 

 拍子抜けだと表情に現れるのを見て、報告を受けたジュンと真田が苦笑する。傍から見てもルリがイライラしているのがはっきりとわかる。

 

 「開示された情報はこっちでも閲覧出来るのかな?」

 

 「すぐに転送します。マスターパネルで良いですか?」

 

 「構わない――それから、お見舞い行って来て良いよ」

 

 ジュンがそう告げるとルリの顔がパッと明るくなる。

 「それではお言葉に甘えて」と部下に引き継ぐと足早にエレベーターに乗り込む。

 その直前に部下のオペレーターガールズに「艦長の様子、後で教えてください」と声をかけられる。

 ルリは頷いてエレベーターのドアを閉じると、5層構造の居住区の内、医療室のある最下層区画のボタンを押す。

 ヤマトのエレベーターは戦闘中などの高速移動も考慮して移動速度が速いので、まるで一昔前のゲームの様にすぐに到着する。

 エレベーターのドアが開くと、眼の前にはリョーコとヒカルとイズミといった、ナデシコ時代からの仲間であるパイロット3人娘が居た。

 

 「おう、ルリじゃねえか。例のブラックボックスの解析終わったのか?」

 

 「終わりました。と言うよりも、起動と同時に詳細が明かされた、と言った方が適切だと思います。残されたブラックボックスはうんともすんとも言いませんし、私がした事と言えば、開示されたフラッシュシステムの情報を整理したくらいです」

 

 ルリが答えると3人とも難しい顔をしている。

 

 「艦長はあの声をヤマトの声って言ってたけど……そうだとすると物凄くオカルトと言うか、ファンタジーみたいだよね。漫画とかアニメだと、ロボットが意思を持ったとかってたまにある展開だけど、戦艦ってのは予想外だったなぁ」

 

 その方面に強いヒカルは戸惑いながらも比較的受け入れられているように感じる。オタク強いな。

 

 「でもヤマトに意思があるとしたら、私達の行動とか言動とかも全部記憶してたりするのかな? ちょっと恥ずかしいねぇ~」

 

 「……」

 

 実は、ルリもそこが少し気がかりだった。

 人間私生活に置いてまで他人に見られることを前提に生きているわけじゃない。

 それに、お風呂だとかトイレだとか……親しい人でも見られたい訳ではない行動だってあるし、他人に知られたくない秘密の趣味とかだってあるだろう。

 オモイカネの様な機械ならカメラやマイクの範囲外に出る事で誤魔化せるが、意思を持つ戦艦ともなれば、何処に居たって逃げようが無い。

 

 「大丈夫でしょ。そもそもヤマトが今の今までああいったアクションを起こしてこなかった事を考えれば、相当限定された状況でなければ行動に移せないか、システムの補助が必要って事だろうし。それに、私はあの声から私達クルーを害するような悪意は一切感じなかった」

 

 そうイズミが反論したので、ルリも含めた全員が驚いた顔でイズミの顔を見る。

 

 「何?」

 

 「いや……お前オカルトに強かったっけ?」

 

 リョーコは少し気味悪げに問い質すと、イズミは簡潔な回答で応える。

 

 「率直な感想を言ったまでよ。どちらにせよ、ヤマト以外に頼れない以上過度に気にしたって無益なだけでしょ」

 

 「確かになぁ。にしても、ユリカの奴どこでヤマトの意思って奴を知ったんだ? それに、ブラックボックスのはずのフラッシュシステムって奴も、存在自体は知ってたみたいだし」

 

 リョーコの疑問にルリは自分なりの推論を話した。

 ヤマトの出現時に、ガミラスの到来についても示唆していて、それが現実となった事。

 その際ヤマトと対比して、イスカンダルからの援助を「希望の片割れ」と称していた事。

 ヤマト再建の際、無茶なボソンジャンプを繰り返していた事。

 何より、ユリカはスターシアと知り合いだと取れる言動が見られた事。

 

 「となると、ユリカはヤマトの出現時にその意志に触れたって言うのか? 何かファンタジー過ぎて付いていけねぇや。まあ、そんなユリカが必死こいて再建したんだから大丈夫だと信じるしかないか……ヤマトにユリカが洗脳された――とは思いたくないしな」

 

 「……」

 

 実は、それもルリが気になっていた点だ。

 ルリの目から見て、ヤマト再建に入れ込むユリカの姿は異常にも思えたのだ。

 確かに戦歴も凄いし、実際その力も体験した。

 ヤマトは強く、頼もしい存在だと疑う気持ちはすでにない。

 だが。

 

 (新規に戦艦を1隻作った方が早いようにも思える背伸びした全面改装。ヤマトがユリカさんの言う通り救世主として戦い続けて来た艦だというのなら、それをこの世界でも果たすためにユリカさんを利用して復活を図ったという線も……否定出来ない)

 

 疑いたくは無いが、疑いを消す事が出来ない。

 この疑問に答えられるのは……。

 

 「リョーコさん達は、ユリカさんのお見舞いに?」

 

 「ああ。流石に心配になってな。アキトの奴も放り込んで来た。ダブルエックスの事を考えるとアキトは外したくなかったけど、ユリカには一番の特効薬だと思ってな。ヤマトとの関係はともかく、ユリカにはイスカンダルに辿り着いて貰って、ちゃんと治療受けさせてやらないといけないからな。あんなテロリスト共に良い様にされたままで終わられちゃ、こっちも落ち着かねぇんだよ」

 

 強い口調で言い切るリョーコにルリも頷く。

 ルリがヤマトに乗ってのは、地球や人類の未来もそうだが――ユリカを救う為でもあるのだ。

 それを果たさずには終われない。

 

 「お気遣いありがとうございますリョーコさん。ユリカさんの具合はどうでした?」

 

 「意識は戻ったけど、辛そうだったな。ルリも顔見せに行くんだろ? 励まして来てやれよ。ルリだってあいつの家族なんだからな。顔みせてやれば、過労くらい屁でもねえだろ」

 

 リョーコにそう送り出されたルリは照れた表情を浮かべながら医療室に足を運ぶ。

 医療室は居住区の最も艦首側にあるので、艦の中央よりも少し後ろにある主幹エレベーターからは結構歩く必要がある。

 ヤマト乗艦後は、多少トレーニングルームを利用しているルリではあるが、元の体力の乏しいルリなので実はちょっと面倒に思っている。

 

 だって居住区の端から端って60mはあるんだもの。

 

 旧ヤマトはオートウォークだったと聞くが、再建の際にオミットされてしまった。

 構造が複雑化するのを避けるためらしいが、ちょっと残しておいて欲しかったと思う。 そんな事を考えながらも目当ての左舷医療室に辿り着いたルリは、入り口ドアの前で軽く深呼吸をしてからドアを潜る。

 

 「あら、ルリさん。艦長のお見舞い?」

 

 医療室で医療科の手伝いをしていた雪がルリの姿を見つけて声をかけてくる。

 本当に多芸で忙しい人だとルリは感心すると同時に、ヤマトの人材不足を痛感する――ナデシコなら、これで十分足りたのに。

 

 「はい。ユリカさんは?」

 

 雪は笑顔を浮かべたまま一番奥のベッドを指さす。今はカーテンで仕切られているが、人影が動いているのが何となくわかる。

 ルリは雪に軽く会釈をしてからユリカのベッドに近づいていく。

 「失礼します」と声をかけてからカーテンを潜ると、青褪めた顔でベッドに横たわるユリカと、ベッドの左側で椅子に座って手を握ってやってるアキトの姿があった。

 エリナはもう戻った様だ。

 

 「ルリちゃん」

 

 「わあ、お見舞いに来てくれたんだ」

 

 青褪めているが、思ったよりも元気そうだ。アキトの表情も暗くない。いや、これは呆れ顔か。

 

 「ルリちゃん――ルリちゃんからも叱ってやってくれないか」

 

 「は?」

 

 「ユリカの奴、目を覚ますなり「休まないといけないんなら、一緒にゲームでもしよう」って言って聞かないんだ」

 

 アキトの言葉にルリの視線が鋭く冷ややかなものになる。

 

 「だって、退屈なんだもん。潤いが欲しいよぉ~」

 

 「ゲームしたら休めないでしょう。大人しく寝てなさい」

 

 ルリは全く取り合わない。

 ぶっちゃけユリカが倒れる度に何らかの形で繰り返されるコントだった。

 

 「アキトが目の前でプレイしてくれるだけで良いんだけどな~。私見て楽しむから」

 

 「……ここ、病室だぞ」

 

 「うるうるうる……」

 

 「……わかった、何をやれば良いんだ?」

 

 あ、折れた。

 まあユリカ相手にアキトが勝てるわけないか。

 しかし、それくらいの元気があるのなら答えてもらいたい事がある。

 答えて貰えないかもしれないが。

 

 「ユリカさん」

 

 「ん?」

 

 「ヤマトの意思って何ですか? それと、フラッシュシステムがどうして波動エンジンの制御系に組み込まれていたんですか? 答えて下さい」

 

 ルリの問いかけにユリカは困った表情を浮かべる。アキトもだ。

 

 「説明しようが無いよ。ヤマトの意思って言ったってそのままの意味だし、フラッシュシステムもイスカンダルとのやり取りで知っただけで、何で提供してくれたのかよくわからないんだよ……」

 

 「……」

 

 嘘だと思って睨んでいると、ユリカは縮こまって「うぅ、ルリちゃんが怖い」とシーツを口元まで引き上げている。

 

 「嘘じゃないよ……ヤマトは生きてる。だから私達の救いを求める声を聴いて助けに来てくれたんだよぉ……でもヤマトはあくまで人の手で制御される戦艦ってスタイルを通してるから自分じゃ何も出来ないだけで……今までだって頑張ってたんだよ」

 

 「え?」とルリが声を上げると、ユリカは今まで幾度となくヤマトを襲ったトラブルや困難における負荷でヤマトが致命傷を負わなかったのは、ヤマトがクルーの意思を自分の力とする事で耐えたからだと言うのだ。

 正直ユリカの頭がおかしくなったかと疑ったが、具体的な例を出されてしまっては反論しようが無くなった。

 実際、本来なら負荷が掛かって壊れていなければならない場所が壊れていなかったという不可思議な報告は、いずれの時も確認されていた。その事実は覆せない。

 

 「正直信じられないし超常現象にしか思えませんが……どちらにせよ私達にはヤマトしかない以上、疑っていても意味がありませんし。とりあえず、私の方からも噂を流して少しでも理解を求めてみます。だから、お・と・な・し・く・休んで体力を回復して下さいね?」

 

 強い口調で念押されてユリカは押し黙った。怯えた視線でアキトに助けを求める。

 

 「心配しなくてもしばらくは傍に居るって。一緒にゆっくりしような」

 

 その優しい笑顔が眩しいです! 私はとても良い旦那を持ててそれだけでもう恵まれた人生だと思えます!

 ユリカは尻尾をぶんぶん振る小犬の様にアキトにすり寄る。

 顔色はあまり良くないがとても幸せそうだ。

 

 「ごちそうさまでした……」

 

 「そう言うルリちゃんもハーリー君とキスしたじゃない。で、どうなの?」

 

 思わぬ切り返しにルリは無言で逃亡した。

 その事でからかわれるのはノーサンキュー。

 三十六計逃げるに如かず。

 

 ユリカとアキトは振り返ることなく逃走したルリを見送った後、顔を見合わせて安堵する。

 

 なんとかフラッシュシステムに関して何とか誤魔化せた様だ。ゲーム云々で誤魔化せなかった時はどうしようと思ったが、話題があって助かった。

 あのシステムを積んだ理由について詮索されると、色々と隠し事を追及されかねない。

 ――そういう意味では、ヤマトがシステムを起動して奇跡を起こした事が有難かった。最悪イスカンダルもその事を知っていて緊急用に用意していた、と誤魔化せるし。

 

 ただ、痕跡を残さなかったとはいえもう1つのブラックボックスを起動した事は問題かもしれないが。ばれなくて良かった……というか、あんな使い方も出来るのか。

 

 ついでに病状の進行の影響で髪の色が急速に抜けていっている事も何とか誤魔化せた。これからは染料を使って悟られないようにしないと――。

 

 そんなこんながありつつも、その後ユリカは心行くまでアキトに甘え、ユリカに甘えられたアキトも悪い気はしないもので、“隣のベッドに体調を崩したクルーが寝ているにも拘らず”イチャイチャラブラブの空気を出しまくって寝ているクルーが血を吐いていた事に、終ぞ気付く事が無かった。

 

 自重とは何だったのか。

 

 

 

 で、医療室から逃げ出したルリはルリの姿を探していたハリに遭遇した。

 対面するなりお互い赤面する。

 あの後言葉を交わすタイミングも無く(形ばかりの)お説教の後は解析作業にベテルギウスの突破作戦だ。

 こういう形で顔を合わせると、やはり気恥ずかしい。

 

 「……その、ハーリー君……」

 

 「は、はい!」

 

 緊張した面持ちのハリにルリもさらに硬くなるが、訪ねておかねばならない。

 

 「あの、嫌じゃ……なかった?」

 

 「い、嫌だなんてとんでもないです! ルリさんこそ、嫌じゃなかったですか?」

 

 「――私も、嫌じゃなかった……」

 

 廊下の真ん中で何とも言えない空気を醸し出すハリとルリ。

 このままではいけないと、ルリは思い切った行動に出た。

 

 「その、場所変えない?」

 

 そう言ってハリを連れて行ったのは何と自分の部屋。

 ルリもチーフナビゲーターの役職を得ているので当然個室だ。ハリは立場が航海班の副官であっても科長ではないので、サブロウタと同室だったりする(なのでハリはパイロット居住区に住む例外)。

 

 ちなみにラピスは機関長なので個室持ちで、ベッドサイドにビンゴで当てたなぜなにナデシコフィギュアを飾っているのだ!

 

 「あの、事故みたいな形になっちゃったけど、こういうことがあったからには……気持ちをはっきりさせておくべきだと思うの……」

 

 部屋の中でテーブルを挟んで向き合う2人。顔は赤いままだがルリは真剣な眼差しだ。

 

 「その、まだ自分でもよくわからないんだけど……この1年の間ハーリー君には凄く助けて貰って、凄く感謝してる。それで……ちょっと頼もしいとか色々思ったりして……傍に居てくれると嬉しいな、って」

 

 緊張し過ぎて自分で何言ってるんだと思いつつも、気持ちを言葉に乗せる。

 

 「そ、そう言われると僕も嬉しいです――ルリさんの事はずっと尊敬してますし、その――魅力的な女性だと思ってますから」

 

 はっきり言われてルリの心臓が大きく跳ねる。

 

 「じゃ、じゃあ……私と交際したいですか?」

 

 「勿論です! ってええっーー?」

 

 ノリで応えてから驚愕したハリが大声を上げると、ルリはさらに身を縮こまらせて赤くなる。

 

 「じゃあ、そういうことでお願いします――ハーリー君」

 

 テンパりまくった結果一足飛びにそんな事になってしまった。

 

 その後、同室のサブロウタとキスの件が話題になった時にその事を話すと、彼はからかうではなくハリの頭をくしゃくしゃとかき乱しながら、

 

 「やったじゃないかハーリー! だが、これで胡坐描いて自分磨きを怠るなよ!」

 

 と大層喜んでくれた。

 やっぱり、サブロウタはハリにとって頼れる兄貴分だった。

 

 

 

 ベテルギウスの近海を通過してヤマトが次のワープを行ったのは艦の修理と点検、ユリカを始めとする体調を崩したクルーが回復した2日後だった。

 大きな損傷が左カタパルト損失と左尾翼半壊だけ、フィールドのおかげで艦底部のスタビライザーや第三艦橋は表面が軽く焦げたり溶けた程度、艦内の精密機械の幾つかに熱による破損が見られたが、深刻な被害も無く再出発は速やかに行われた。

 これも、ヤマトの常識を超えた力の発露なのかと考えられたが、答えの求めようが無い問題なのであっさりと捨て置かれる。

 耐えたという結果があれば良いと好意的に解釈して終えるしかなかった。

 

 ヤマトはその後約1000光年の長距離ワープを敢行し成功を収めた。

 懸念されていた人体への負担も安定翼を調整したタキオンフィールドで保護する事でかなり解消された事も確認され、更なる長距離ワープのテストも実施された。

 その距離約2000光年! 当初の試算では銀河間空間に出て初めて実現出来るだろうとされていた距離だ。

 

 成功!

 

 ヤマトは改修が進んだことで、失われていたワープ機能を幾分取り戻しつつあることがこれで証明されたのだ。

 

 その後、ガミラスの妨害や危険な宙域を突破すると言ったトラブルも無かったので、日程の遅れを取り戻すべく約2000光年のワープを1日1回実施。

 修理完了から12日ほどかけて約25000光年の距離を進み、ようやく銀河系を抜け出せると言う所まで来た時、重大なトラブルに遭遇した。

 

 

 

 「ワープ終了!――ん? おいハーリー、ワープアウト座標が計算と違わないか? これは――強制ワープアウトだぞ」

 

 操舵席の計器を見るまでも無い。

 ヤマトは本来飛び越える予定だった暗黒ガス帯――暗黒星雲の中にワープアウトしているのだ。

 何か異常があったとしか考えられない。

 

 「こちらでも確認しました。これは……何か大質量の天体に引かれてワープ航路が歪曲した形跡があります!――まさか……島さん、暗黒星雲の中に未確認の大質量天体があるんじゃ?」

 

 ハリがコスモレーダーやワープの衝突回避システムのログをチェックする。

 強制ワープアウトしたという事は、安全装置が作動したという事であり、歪曲されたワープ航路の先や付近に大質量物体がある可能性が高いのだが……。

 

 「やはり、暗黒星雲を突っ切るワープは調子に乗り過ぎたかもしれませんね……」

 

 ここ最近はガミラスの妨害も無く、ヤマトもトラブルを起こさず快調そのものだったので少々調子に乗ったワープをしていたのは事実だ。

 

 「かもな……艦長、一旦停泊して――」

 

 航路探査をやり直しましょう、と続くはずだった言葉はヤマトを襲った振動で遮られた。

 慌てて大介が手動制御で舵を立て直し、ハリが電探士席のルリと協力して周辺状況の探査を始める。

 空間探査こそ終わっていないが、今ヤマトが振動している理由はすぐに判明した。

 宇宙気流に巻き込まれたのだ。

 

 宇宙気流。

 字面の通り、宇宙空間を高速で流れるガスなどの星間物質の流れだ。

 星間物質の密度が高い宙域等で見られる現象で、飲み込まれると艦の制御を失ってそのまま流され続ける羽目になったり、惑星や恒星――最悪のパターンとしてブラックホールに引き寄せられる事もあり得る。

 そのため、仮に遭遇したとしたら飲み込まれないように迂回路を取ったり、その気流の先に何があるのかを見極める必要がある。

 と、ヤマトのデータベースには残されていた。

 

 「ルリちゃん、ハーリー君。気流の先の解析はまだ出来ない?」

 

 ユリカの催促にルリとハリは現時点までに判明している情報を告げる。

 

 「気流の先に強い重力場を確認。核融合反応こそ確認出来ませんが、暗黒星雲の隙間からとても強い光を確認――これは、原始星だと推測されます!」

 

 ルリからの報告に天文学に詳しくないゴートやラピスが首を傾げる。

 

 「原始星――星として固まり始めている恒星の初期も初期の姿……そんなものの近くにワープアウトしたのか……まだ固まってないにしても、将来の恒星候補になる程の質量があるんなら、ワープ航路が曲がっても不思議は無いか……」

 

 ヤマト副長を拝命するにあたり、天文知識も(付け焼刃ながら)色々と仕入れたジュンが独り言ちる。

 

 「そうだね。でもこの気流の流れはかなり複雑だよね……もしかして、連星系なのか?」

 

 「周辺に同じような重力場を8つ確認しました!――信じられません、この原始星は相互に水と原始雲放射線帯で相互に結び付いています! この気流は、原始星が引き寄せる星間物質の他に、それが猛烈な力で渦巻いている事で生じている模様です」

 

 ハリの報告にユリカの表情がはっきりと暗くなる。

 

 「それって、とんでもなく面倒な宙域に出ちゃったって事だよね……しまった、イスカンダルからじゃ銀河の、それも暗黒星雲の中の原子星団なんて見つけられなかったんだ」

 

 とんだ盲点だ。イスカンダルからは確かに宇宙地図が提供された。

 航路上の危険宙域(特に銀河間空間と大マゼランの中)も記されていたが、天の川銀河のデータはそれらに比べるとやや精彩さを欠いていた。

 

 (そうだよね、今のイスカンダルがそこまで精密な宇宙地図を作成して提供出来るわけないよね)

 

 ユリカはスターシアから聞いたイスカンダルの現状を思い出して歯噛みする。

 

 「とにかく解析を続けて。こんな宙域じゃあワープも早々出来ないし、通常航行で突破しないといけないからね」

 

 

 

 その後、何とか気流帯から抜け出して落ち着いた宙域でヤマトは停泊する事になった。

 そして、この異常事態にユリカの取った行動は……。

 

 

 

 使われていなかったモニターに灯が灯り、ウィンドウがあちこちに開き、軽快な音楽が流れだす。この時点で艦内が沸き上がった。

 

 「3! 2! 1! どっか~ん! なぜなにナデシコ~~!!」

 

 もはや恒例と化したなぜなにナデシコの開幕であった。

 

 「おーいみんな、あつまれぇ~。なぜなにナデシコの時間だよ~!」

 

 「あつまれ~」

 

 何時ものウサギユリカの隣にはすでに達観した表情のルリお姉さんが居て、その傍らにはアシスタント担当のトナカイ真田が居た。

 背景には「なぜなにナデシコ ヤマト出張篇その3~原子星団って何? ヤマトはこれからどうなるの?~」と書かれている。

 2度と出演すまいと断固拒否の姿勢を貫きたかったのだが、ユリカに潤んだ瞳で見つめられ、ルリの刺すような冷たい視線のダブルパンチにあえなく轟沈した。

 今は達観した目で大人しく台本に従って道化を演じている。

 その姿に工作班の部下達はざめざめと悲しみと同情の涙を流し、それ以外の班のクルーは涙を流して笑った。

 

 しかし、ただで転ぶ我らが真田工作班長ではない!

 

 「こんなこともあろうかと! 艦長の衣装にはイネス先生の手を借りてパワーアシストを組み込んでおきました! これで杖無しでも問題無く活動出来るでしょう!」

 

 やけくそ気味に放たれた真田の言葉通り、ウサギユリカは(要らぬ)ぱわ~あっぷを遂げていた。

 

 アクチュエーターや強化骨格を目立たぬように、そして装着者の違和感にならないようにと徹底的に配慮されて組み込まれ、さらにIFS制御の恩恵でウサギユリカは杖を突いたヨタヨタしい動作から解放され、健康だった頃と遜色無い軽やかな動作を手に入れていた!

 

 一部からは「その労力とアイデアを別のものに使えないものなのか?」と疑問の声が上がったが、実益を兼ねた趣味と言われては文句のつけようが無かった。

 

 「う、ウサギ艦長が軽やかに動いているだとぉっ!?」

 

 となぜなにナデシコのファンにしてユリカ派を自称するクルーの1人が驚愕の叫びを上げ、それが同志達に伝播する。

 逆にルリ派を自称する面々としても、軽やかに動くはウサギユリカの姿に驚きを隠せず、それを見て嬉しいようなやっぱり大人しくしていて欲しいと視線を向けるルリお姉さんに「新たな魅力発見!」と騒ぎ始める。

 

 なので、生真面目で頑固気質な山崎辺りはこめかみをピキピキさせながら仕事を疎かにしないようにと監視しながらも、かと言って艦長達が体を張って艦の空気を良くしようと努力しているのを無駄にしないように、上手く加減して締め付けなければならなかった。

 幸いな事に山崎ら真面目組の胃に穴が開く事は無く、放送終了からしばらく経ってから艦長直々に「何時も艦内の締め付けありがとうございます」とお褒めの言葉を頂き、こっそりと労いにと嗜好品を提供して貰っているのが効いているのだと、述懐していた。

 

 そうでもなければやっていられない。

 

 

 

 今回のなぜなにナデシコで扱ったのは、ずばりヤマトを捉えてしまったこの原始星団――8つの原始星とそれが生み出す渦の形などから「オクトパス原始星団」と名付けられたこの宙域に因んだ雑学である。

 

 原始星とは、ジュンが語った通り恒星の誕生初期の状態の事で、暗黒星雲の分子が集まり自己の重力で収縮を始め、可視光で観測出来るようになる「おうし座T型星」になる直前までの状態を指している。

 

 ヤマトが現在突入している暗黒星雲は、星間雲と呼ばれる天体の一種だ。

 星間雲とは、銀河に見られるガス・プラズマ・塵の集まりの総称で、何もない空間に比べて分子などの密度の高い領域である(または星間物質の密度が周囲よりも高い領域)。

 暗黒星雲の場合は、光を放たず背後にある恒星の光も通さず黒く見える事からそう呼ばれている。オリオン座の馬頭星雲が有名だろう。

 

 こういった密度の高い空間において、近くの超新星爆発の衝撃波等を受けたりすると、雲の中で分子の濃淡が出来、濃くなった部分は重力が強くなることから周囲の物質を引き付けて濃度が濃くなる。すると重力が強くなって――を繰り返して濃くなっていくと、最終的に原始星が誕生するとされる。

 

 原始星は周囲の物質が超音速で落下していき衝撃波面が形成され、その面で落下物質の運動エネルギーが一気に熱に変わる事で輝き、それは主系列星よりも非常に明るい。

 そこから自己の重力で収縮してゆき、重力エネルギーの開放で中心核の温度が上昇していくと、恒星風により周囲の暗黒星雲を吹き飛ばして可視光で観測出来るようになった「おうし座T型星=Tタウリ型星」の段階を経て、収縮が続き最終的に中心核で水素の核融合反応が開始すると主系列性――我々が良く知る太陽の姿に至る(つまり太陽が生まれるには分子雲の構成分子に大量の水素が必要という事でもある)。

 恒星系の形成は、「おうし座T型星」の段階で星の周囲を回転している濃いガスの円盤の中で、原始星に取り込まれなかった塵がぶつかり合って微惑星になり、それが集まって原始惑星が形成されていくことで形成されると言われている。

 ただし、地球からの観測ではまだまだ詳細がわかっておらず、推測を含んだ部分が多い分野である(宇宙物理学なぞ大体そうだが)。

 

 その大きさは具体的な定義が無く(まだ固まっていないため定義し辛い)、本体は精々恒星の(主系列星として成立した時の)数倍程度かもしれないが、その周囲のガス等を含めた大きさになると、確認されている中で最大とされているもので直径が148億㎞を超えるとされている。

 要するにとにかく馬鹿でかいのだ。

 

 ヤマトの眼前には、連なったその原始星が8つも並んでいた。

 その規模は観測出来るだけで太陽系(カイパーベルトまで)の軽く6倍以上となっている。

 しかも厄介な事に、丁度原始星の自転軸と連星系の公転軸に対して平行にヤマトが突っ込んでしまった事で、原始星の周りに生じるガスの流れが壁になってしまっているのだ。

 

 さらに厄介な事に、このオクトパス原始星団はまだ周囲の暗黒星雲を吹き飛ばす段階に至っていないため、ヤマトはそれこそ400光年には達しそうな巨大な暗黒星雲の中に閉じ込められてしまった事になる。

 更なるダメ押しと言わんばかりに、暗黒星雲を含めた分子雲の中は、普通の宇宙空間に比べて密度が高い事からコスモレーダーの感度が著しく低下し、タキオンを使った光学測定にもかなりの制約が課せられる。

 だからこそヤマトは一気にワープでこれを跳び越えたかったのだが、その濃密さ故か、それとも旧ヤマトクルーと違って外宇宙での航行経験が少ないためか、不幸な事に見落としがあったようだ。

 

 そして、天体観測と空間スキャンに大きな制約が課せられてしまった事もで、ヤマトはこの暗黒星雲の外側はおろか、内側を十分に探査する事もままならない状態になってしまった。

 一応ある程度の重力場を利用した探査は出来るが、原始星団が邪魔になって精度が落ちているし、原始星団を強引にワープで超えようにも航路屈曲や安全装置による強制ワープアウトで原始星の中に突っ込みかねない。

 最終手段の波動砲を併用したワープにしても、データ不足からくる計算上の成功率の低さに加え、連星系が生み出す入り乱れた重力場を超えるのは至難の業と判断され、自重と相成った。

 これが恒星1つくらいだったら何とかなったかもしれないのだが……尤も、それでも超大質量天体(太陽の数十倍越え)ともなれば危ういのだが。

 

 となれば通常航行しかないが、ヤマトを飲み込んだ暗黒星雲は大きさが400光年にも達しているため、ワープ無しで離脱する事は実質不可能。

 ヤマトのワープ記録を見る限りでは、ヤマトが停止した位置は丁度暗黒星雲を突き抜ける寸前らしいことが伺え、この距離なら通常航行でも抜け出せる位置だったが……最悪な事に、そのためには眼前のオクトパス原始星団を突破する必要がある。

 

 しかも厄介な事に、すでに原始星団が生み出すガスの奔流の中に捕らわれたヤマトは、逆走しようにもガスの流れや強烈な放射線が邪魔になって思うように航路探査出来ず、オクトパス原始星団の真逆の方向が果たして本当に来た道なのかすら、今の状況では判別出来ないのだ。

 こんな盲目状態では危険過ぎてワープは出来ない。

 通常航行で離脱するにしても、盲目飛行では極めて高い確率で迷子確定だ。時間の限られたヤマトの旅でそれは許されない。

 

 傍から見ればものの見事に詰んだような有様だが、ヤマトが誇る天才頭脳とオモイカネとオペレーター達は、僅かな可能性を見出すことに成功していた。

 

 「と言う事で、ヤマトはしばらく現宙域に留まりあの8個の原始星が生み出す嵐の中心点――海峡と呼べそうな場所の探査を続ける事にしました。このオクトパス原始星団は水と原始雲放射線帯で相互に結び付いていて、それが猛烈な力で渦巻いている危険な宙域だけど、相互に作用しあっているのならどこかで力と力がぶつかり合って相殺した場所とか、もしかしたら台風の目よろしく穏やかな場所があるかもしれないんだよ」

 

 「じゃあお姉さん、ボク達はそんな海峡を見つけ出してから通り抜けた方が、しばらく足止めされたとしても、迂回するよりは早く突破出来るんだね?」

 

 「そうだよ、ウサギさん。だから、テレビの前の皆も変に焦ったりしないで、気持ちを大きくして待っててね。じゃ、また次回の放送までさようなら」

 

 その台詞を最後に、第3回なぜなにナデシコの放送は幕を閉じた。

 

 同時に、オクトパス原始星団に捕らわれたヤマトの長い闘いの日々の開幕でもあった。

 

 

 ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて1週間が経過した。

 電算室や航行艦橋である第二艦橋では、航海班とオペレーター達が日々協力してオクトパス原始星団の探査・解析作業を続けていた。

 

 しかし、原始星やヤマトを覆う濃密な星間物質と強烈な放射線に阻まれている事もあり、探査は困難を極めていた。

 誰も責めるようなことはしなかったが、ヤマトの運航担当の航海班は目に見えて意気消沈しており第二艦橋は常に重苦しい空気に包まれていた。

 特に責任者の大介と補佐役のハリは落ち込んでいて痛ましかった。

 

 ついにハリと交際する事になったルリは、ここで今まで支えて貰った恩を返さんとそれはもう優しく大らかに接した。

 仕事上でも協力し合っている仲なのでフォローはばっちり、皆が見ている前では今まで通りに、プライベートで2人っきりになったらそっと抱き締めてあげたりして、仲を深めつつも彼の仕事を支え続ける。

 大介も、艦内の空気を気にした雪がコーヒーを淹れに行って励ますつもりだった。

 

 つもりだったのだが……。

 

 「んっ!?」

 

 やれやれ、と疲れた表情で雪が淹れたコーヒーに口を付ける大介だったが、一口飲んだだけで顔を顰める。

 

 「――何だこのコーヒーは……! 控えめに言っても不味い……!」

 

 大介の一言に雪の笑顔が凍り付いた。

 

 「――ははは、そのぅ……美味しいですよ……」

 

 苦い顔で(第三者が見てはっきりわかる程)お世辞を言うハリ。凍った雪の笑顔が怖かったらしい。

 だがそんなハリの対応に素早く食い付いた雪が「あらそう! ならもう一杯いかが?」と告げると「もう結構です」とハリは即座に断った。

 

 「ハーリー君、無理なくて良いんだよ。時には相手を傷つける覚悟ではっきりと“不味い”と言わないと、アキトさんみたいな目に遭うんだから」

 

 と、ユリカの(ホウメイ曰く)「愛の劇薬」を食す羽目になって悶絶したアキトの事を思い返す。あの時はメグミとリョーコも交えた3人からの攻撃で大層難儀していた様子。

 結局ユリカのメシマズは改善されていないので、これからの家庭が少々心配だ。

 

 (まあ、あのラブラブ夫婦ならイチャイチャしながらアキトさんが料理教えるって事もあるのかな?)

 

 とか考えながらもばっさりと切り捨てるルリ。

 雪は口角をピクピクさせながらも、場の空気を悪くすまいと(全員せめてものやさしさで飲み干して)空になったカップを受け取ると、怒りのオーラを纏いながらワゴンを押して第二艦橋を後にする。

 そんな雪の様子に第二艦橋の空気も和らぎ笑いが起こったのだが、結局リベンジを誓う雪が毎日押しかけて“一向に上達しない”コーヒーを飲まされ続ける羽目になったと言う。

 ついでに少し経ってからルリも「あ、私も料理出来ないや」と気付いて、花嫁修業の必要性を痛感する羽目にもなった。

 

 また、1度は安全圏に離脱したヤマトではあったが、時折流れの変わる宇宙気流に右往左往する日々で、強力な放射線や高速で激突する星間物質の類から艦を護る為、ディストーションフィールドをラグビーボール状に展開する――通称「バリアモード」で耐え忍んでいた(戦闘中は火砲を使うために艦の表面に沿って展開し、その必要が無い局面では制御が容易な球形を使い分けている)。

 

 こうやって翻弄される事で、ヤマトはますます自身の所在があやふやになり、あるかどうかもわからない海峡以外での脱出手段を取れなくなっていくのだった……。

 

 

 

 機関長のラピス・ラズリは夜遅く、自身の就寝時間だというのに機関室に足を運んでいた。

 ヤマトの勤務体系は交代制で、地球の勢力圏を飛び出した単独航行という事もあり、3交代制を採用している。戦闘などの非常時を別とすればある程度省力運航が可能な程度の自動化はされているので、地球時間における夜間における要員はやや少なめである。

 

 オクトパス原始星団に捕らわれたヤマトはワープも波動砲どころか、通常航行すらしていない。

 なので、フィールドや最低限の航行能力を維持出来る範囲で波動エンジンや相転移エンジンの再検査と、今後に備えた気休め程度の改修作業も行っている最中だ。

 他にも工作班が今まで回収したガミラスの兵器から色々と新しい技術を吸収したり、それを基に新しいアイデアを捻り出したりと、時間が空いているからか普段はやり辛い事を色々と行っている。

 

 その作業の1つがダブルエックスとGファルコン、さらには開発中のエックスに搭載される相転移エンジンのパワーアップ、スーパーチャージャーの開発と搭載だった。

 これが搭載出来れば相転移エンジンの出力は3割は向上する。そうすれば、先の戦いの様な苦渋を舐める事は無くなる――と思われている。

 こういった作業は本来なら段階的に行って最終的に全体が完了する、と言うのが普通なのだが……。

 

 「外がこんなだとダブルエックスでもまともに活動出来ねぇな。だったら全部の機体を一気に作業しても問題無いわけだ。ついでにヤマトの改装も終わらせちまおう」

 

 というウリバタケの発案が(恐ろしい事に)採用されてしまい、ヤマトの艦載機は全部の機体が改修作業を受けるという前代未聞の惨状を招いていた。

 ダブルエックスとGファルコンは、スーパーチャージャーの搭載とそれに関係するエネルギーラインの調整作業を。

 各エステバリスはさらなる改修作業を受ける事になった。

 

 具体的にはGファルコンとのドッキングパーツの更新と機体全体の補強作業だ。

 従来では背中の重力波ユニットを外して、アサルトピットの推進器を置き換えるような形でドッキングパーツを設置していたが、それを腰部にまで下げた。形状はダブルエックスのバックパックを模している。

 直立状態でもGファルコンのウイングパーツ部分のスラスターが接地してしまいそうなほど下がったが、このおかげで重力波ユニットの再装備が可能となった。

 今までの重力波ユニット+間に合わせのスラスターユニットよりも、推力と出力面で幾分マシになったし単独行動能力が回復した。

 

 さらに先に開発された新エネルギーパックをドッキングパーツ取り付ける事で、極短時間ならGファルコンの相転移エンジンにも負けない出力を確保出来るようになり、機体の性能が大幅に強化された。

 強化された出力に負けないよう機体各所に適切な補強を加え、全面修理に託けてダブルエックスやエックスと同じ素材で装甲を作り直すなど、資源が持つのかと心配される程の大規模改修を実施。

 

 おかげでダブルエックスやエックスには及ばないものの、エステバリスの兵器としての寿命が延び、生産性と拡張性の高さを武器に今後もしばらくは主力機として残れるかもしれない、と言うくらいにまでパワーアップする事に成功したのである。

 

 ついでに、これまでの戦闘データ等から武装面に関してはスーパーエステバリスをベースにした改装が効果的と判断され、全ての機体がスーパーエステバリスと同型のショルダーユニットに換装し、連射式キャノンとミサイルポッドを装備した。

 これは、アルストロメリアも同じだ。

 

 さらに例の解放されたブラックボックス――フラッシュシステムもダブルエックスとエックスの2機に試験的に搭載され、機体の制御やオプションの制御に使えないか試してみるらしい。

 一応図面通りに作成してエンジンに組み込まれていたブラックボックスだったこともあり、正体がわかれば複製も用意とは言え、かなり冒険じみた改装だと思う。

 と言うか、ここまでの全面改修と並行して件の新型機をほぼ仕上げにかかっているというのはどういう事だろうか。この調子だとあと20日程度で完成させてしまいそうだ。

 これがヤマト驚異の科学力と言う奴なのかと、誰かが囁いていたとかいないとか。

 

 さらにプロキシマ・ケンタウリ第一惑星で確保した耐熱金属を使用したパーツの置き換え作業も、完了していなかった場所が次々と完了していっている。

 外が嵐でも問題無い、内部から交換可能な部品だったとは言え驚異的なスピードだった。

 

 ラピスも機関部門の総責任者として、同時に優れたプログラマーとしてスーパーチャージャーの搭載や出力系のチューニングに関わる部部分の改修に協力する事になり、一応出来る限りの事はした。

 

 しかし、ラピスの胸の中にはモヤモヤした感情が渦巻いている。

 確かに協力はしたしそうする事自体に不満は無い。

 とは言え、プログラミングの仕事となると当然ながらIFSを使った方が早い。だが、ラピスは自らの心情を優先してキーボード入力で打ち込んでいる。

 勿論完成したプログラムは自信作だし、最終的な完成度はIFS使用時と変わらないと自負しているが、打ち込みに数倍もの時間がかかったのは事実だ。

 現在のヤマトは停泊中とはいえ、限られた時間の中で目的を果たさなければならないヤマトにとって時間は何よりも貴重。

 それを個人的な感情で無駄にロスしたのではないかと考えると、気持ちがモヤモヤして仕方が無い。

 

 根が真面目なラピスはそれが気になって夜も寝付けず、ここ数日は少々寝不足気味だった。

 アキトやエリナやユリカと言った、親しい大人に相談する事も考えたのだが……どうにも恥ずかしくて相談出来ずにいた。

 

 それで今日も今日とて寝付く事が出来ず、部屋にいても落ち着かないので、機関室の様子を見ようと起き出して来たのである。

 思えばヤマト再建時に最も力を注いだ部分だ。相応に愛着もあるし機関部の職務を希望したのもそれがあっての事。

 ある意味ヤマトで最も安らぎを感じる場所でもあるし、ここにはこの若輩者に付いてきてくれる得難い部下達もいる。

 勤務時間を護らないのは問題かもしれないが、ここは1つエンジンと部下達の様子でも見て落ち着きたい。

 

 そう考えたラピスが機関室に足を踏み込むと、眼の前で徳川太助が相転移エンジンに取り付いて汗水流して整備作業に勤しんでいる。隣には山崎奨も指導の為かマニュアルと工具を手に持って口と手を出している。

 とは言えその表情は真剣だが穏やかで、太助の作業に特別問題が無い事が見て取れる。

 

 「こんばんは徳川さん、山崎さん。エンジンの様子はどうですか?」

 

 勤務時間外のはずのラピスに声を掛けられて太助は驚いたように振り向く。

 山崎も同じような視線を向け、「どうかなさったのですか?」と尋ねてくる。彼は実の子同然の年齢のラピスにもこうして敬意を表してくれるので、上司として有難く思うと同時に少々申し訳なさを感じている。

 ――実力を考えれば、彼が機関長になっていてもおかしくないのに。

 

 「機関長? 今日はもう終わりのはずじゃあ……」

 

 「ちょっと眠れなくて……」

 

 言葉短く視線を逸らしたラピスの様子に何かあると考えた2人は顔を見合わせると、「何か悩み事ですか?」と異口同音に尋ねてくる。

 ラピスは少し悩んだ後、思い切って気持ちを吐き出してみる事にした。

 正直同僚、しかも立場的には部下にそのような悩みを打ち明けるのは戸惑われたのだが、ある意味ではアキト達に比べると少々遠い位置にいる人間なので、気持ち的に相談しやすかったのだ。

 

 悩みは単純で、それでいて根深いものだった。

 

 ラピスは人為的に遺伝子調整を施された人間として生まれてきた。それ故に普通の人間では不可能なIFS適性を持ち、より高度なオペレートが可能になっている。

 そう言った存在故に、まともな戸籍も無くずっと研究素材として扱われ続けていた。火星の後継者に――北辰に拉致されて火星の後継者の手に渡っても状況は変わらなかった。

 ラピスの人生が変わったのは、アキトに救われてからだった。

 実験体として扱われる生活は終りを告げ、違う人生が始まった瞬間。

 自らの人生を歪め、愛するユリカを奪った火星の後継者への復讐に生きているとはいえ、生来のやさしさを失う事が無かったアキトはラピスに優しかったし、アキトと一緒に自分の世話も担当してくれたエリナも本当に良くしてくれた。

 実験の遺症で障害を抱えたアキトの補佐を頼まれた時も、その能力を使う事に疑問は無かった。生まれた時から持っていた能力なのだから当然だ。

 それにラピスはそれまで人と接する経験が絶対的に不足していて、他者との違いを認識し始めたのはヤマトの再建に関わるようになってからだった。

 

 ラピスはヤマト再建の際にプログラム関連の仕事を担当し、時には設計にも関わったりしてその能力を存分に活用した。

 その時はすでにユリカと接触して、特にヤマト再建に熱を入れていた時期だったことも影響していたのだろう。

 ヤマト再建計画のメンバーは良心的な人間が揃っていた。が、それでも年端も行かないラピスがベテランや将来有望とされた技術者と上回る能力を見せた事は大層驚かれたものだった。

 そんな日常で、ラピスは自身と他者の“違い”に関する決定的な言葉を耳にしてしまった。

 

 「遺伝操作で生まれた? へえ~、つまり俺達とは生まれからして違うのか。それじゃあ、あの能力も生まれ持った才能なのか作られた才能なのか、全くわからないのか」

 

 ショックだった。多分その場の雑談程度で悪意は無かったのだろう。ラピスが偶々部屋の入り口で聞いてしまった何て、考えもしていなかっただろう。

 だが、聞いてしまった。

 ネルガルの研究所で生まれた事も自分が“改造された人間”だと言う認識はあったが、はっきりとした形で突き付けられたのはこれが初めてだった。

 自分が“普通ではない”、どれほど素晴らしいオペレートをしたとしても“出来て当たり前”で出来なければ“失敗作”。

 

 その事実を意識した瞬間、ラピスは自分自身の在り方がわからなくなってしまったのだ。

 

 それ以来ラピスは、ヤマト再建作業中は効率重視で与えられた才能を――IFSを使ったオペレート能力を存分に使った。……これが使い納めだと思って。

 不幸中の幸いだったのは、そんな陰口を叩いた作業員も作業においてラピスに悪意を向けたり、不快にさせるような振る舞いが無かった事だろう。

 逆に、色々と気を使ってくれたくらいだ。それでも、ラピスの心の内が晴れる事は無かったが……。

 

 だからヤマトに乗艦すると決めた時――ユリカの手助けをすると決めた時からその力を封じてきた。

 ヤマトで機関長の任に着いて、第一艦橋の機関制御席を任されることになった時も他の同類2人とは違って、制御システムの改修の一切を断ったのはそれが理由だ。

 

 ラピスは、人為的に与えられた自分の意思とは無関係なスキルに頼りたくなかった。

 

 与えられた能力ではなく自分で勝ち取った能力で身の証を立てたかった……普通の人と同じようになりたかったのである。

 

 遺伝子操作の結果“普通ではない”能力を得て生まれてきたルリとハリは、その事に対して何かしらの葛藤を抱いているようには見えない。

 もしかしたら、ラピスと出会う前に自己解決しているか、見えないだけで何かしらの葛藤を抱いているのかもしれないが、ラピスにはわからない。

 特にお姉さんであるルリには何度か相談しようかとも思ったが、ルリはユリカの事で大層苦しんでいたし自身の能力が通用しない現状にも苦しんでいた。

 同年代のハリもそんなルリを支えるので手一杯の様に見えたので、ラピスはこの2人に要らぬ気苦労を掛けさせまいと相談するのを控えてしまった。

 

 そうした悩みを太助と山崎に打ち明けたラピスは、気持ちが少しすっきりした代わりに恥ずかしさも覚えた。

 しかし太助も山崎もそんなラピスを笑ったりしない。

 山崎は大人なので思春期のそう言った悩みは覚えがあるし、ラピスの出生の特殊さは聞いている。こういった悩みがあっても当然だろうと理解がある。

 若過ぎるとはいえその優れた機関制御能力を見込んで機関長への就任を受け入れたし、副官としてばっちり補佐していく所存であったが、彼女の年齢を考えた接し方は失していたのかもしれないと自省する。

 どうアドバイスして良いか山崎が悩み始めた時、太助がぽつりと言った。

 

 「その気持ち、ちょっとわかります。僕は、遺伝子操作とかとは無縁ですけど、立派な父親がいましたから――その背中に憧れて同じ道を進みましたけど、だから良く父と比べられて……今だって良く山崎さんにそうやってどやされてますし」

 

 「それはだな……」

 

 思わぬ返しに山崎が口籠る。

 単に発破をかけてるだけで、太助の素質には大きく期待してる山崎は大いに困った。

 

 「偉大な親がいると子供はどうしても比べられますよ。親父の事は尊敬してるしあんなふうになりたいとは願ってるんですが……やっぱり比較されると辛い時ってあります。こっちはまだ駆け出したのに、同じように出来て当たり前みたいな言い方されることだってありますし、失敗したらした親父が泣くぞ! とか酷い時には出来の悪い息子だとか……」

 

 太助の告白にラピスの山崎を見る目が氷点下にまで下がる。

 

 「いや、私は――」

 

 「あ……や、山崎さんは全然良いですよ! 失敗したらちゃんと教えてくれますし、今だってわざわざ休憩時間を削って指導してくれてるんですから!」

 

 誤解させたと思った太助が慌てて山崎をフォローする。

 

 「それに、山崎さんは成功すればちゃんと褒めてくれるし」

 

 太助のフォローに「そうでしたね、すみませんでした」と謝罪するラピス。そう言えば、この間の磁力バリアからの離脱後の機関整備時にそんな姿を見た。

 これは失敬失敬。危うく心底軽蔑するところだった。

 

 「――ともかく、そういう色眼鏡で見られる気持ちはわかります。でも、それに負けてたらそれを認める事になりますから、僕は親父の背中を負いながら……何時か超えてみせるってこうやって頑張ってるんです。多分、ある程度の開き直りは必要だと思います。機関長も、あんまり卑屈にならない方が良いですよ。僕は、そんなの関係なく尊敬してますから」

 

 太助の宣言にラピスは少し救われた気分だった。

 確かに少し卑屈になっていたかもしれないと思う。

 

 「なるほどね……IFSをやたらと忌避していたのはそういう事だった訳ね」

 

 聞きなれた声にぎくりと体を硬直させたラピスがゆっくりと振り返ると、いつの間にか機関室に入り込んでいたエリナの姿が視界に入る。

 ラピスに注意が向いていた太助と山崎も気付いていなかったようで、驚いていた。

 

 「エリナ……」

 

 まるで悪戯が見つかった子供の様に身を縮こませるラピスに、エリナはふっと微笑む。

 

 「何となくわかってたけどね。色々と裏で注意喚起してたんだけど、ちょっと遅かったのか。にしても、そういう相談ならまずユリカにしておくべきだったんじゃないの?」

 

 「でも――ユリカお姉ちゃんだって色々忙しいし……」

 

 「あの娘もね、軍人の家系として高名なミスマル家に生まれて、その長女として扱われることを窮屈に感じてナデシコに乗ったような娘なのよ。そういう意味では徳川君と同じような悩みを持って生きてきたんだから」

 

 ナデシコに乗っている当時は理解しようとしていなかった――いや、理解出来るほどの接点が無かったが今なら理解出来る。

 彼女にとって、家名とは一切関係なく接してくれるアキトの存在は、“家名と言うなの檻に閉じ込められていた”彼女を文字通り救ってくれた“王子様”だったのだろう。

 実際、アキトはどこまでいっても“ユリカをユリカとしてしか扱わない”。ミスマル家がどうとかは一切無く、常に彼女自身とだけ向き合っていた。

 恐らく好意の切っ掛けはそんなところから始まって、想い続けて結婚までこぎつけたのだから大したものだ。

 

 あまりアキトから彼女に対する想いを聞いた事は無いが、ふと漏らした言葉等から察すれば、意識してなかっただけで案外火星時代から陥落していて、それを妙に勘の鋭いユリカに見抜かれていたのが「アキトは私が大好き」発言だったのかもしれないな、と今になって思う。

 そもそも本気で嫌な相手とは接触自体を避けたがるのがアキトの性格だろうから、普通に接していた時点で彼女を嫌っていないは理解出来る。

 

 「そうだったんだ……知らなかった」

 

 余り自分の事をベラベラ話すタイプでもないから、ラピスが知らなくても無理は無いだろう。

 考えてみれば、そうやって“ユリカ”である事に躍起になっていた彼女が、今度は“A級ジャンパー”として自分の全てを侵害されてしまったあの事件は、相当酷だったろうなと思う。

 そう思えるのも、彼女との間に友情を育んだ今だからこそ、なのだろうが。

 

 「ある意味ではアキト君だって、コックになりたいって願いながらもパイロットとして戦うことを求めれてたり、自分がなりたい自分と他人が求めてる自分ってのが上手く合致しなくて苦しんでたんだから」

 

 苦しめてた1人としてそう告げるしかないが……今は心が痛い。

 

 「だから恥ずかしがる事は無いわ。人間誰しもそうやって大きくなっていくんだから。だから思いっきり悩んで、1人でどうにもならなかったら誰かに相談したりして、自分なりの答えを見つけていくのよ」

 

 エリナに諭されてラピスはこくりと頷く。これからは素直にそうしようと思った。

 正直なところ、機関長と言う任を拝命した事で、自分を追い詰めてしまっていたのかもしれない。

 

 この一件の後、ラピスは太助と山崎とさらに打ち解け、特に年齢が近い太助とは急速に仲良くなった。

 山崎も今まで通り「上官に対する礼を失しない程度に相談に乗りましょう。おじさん代わり思って頂ければ光栄です」、と態度で示した事もあり、ラピスは以降技術面だけではなく身の上話――それも“家族”には打ち明けにくい話は、大体山崎に振るようになったという。

 

 なお、その事を知って頼って貰えないとユリカがざめざめと涙を流し、アキトも少し寂しい気持ちになったとか、その事を知ってラピスが慌てたと軽い騒動があったという。

 

 

 

 ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて2週間が経過した。

 (主に旧ナデシコクルーのせいで)比較的空気の軽いヤマトの艦内も流石にピリピリしてきた。些細な事で諍いが発生する様になり、罰則を科せられるクルーが出始めている。

 航海班、大介は特に表情がきつくなってきた。

 

 またこの時期、弱り始めたユリカが再び体調を崩して寝込んだのも、タイミングが悪かった。

 普段から極力艦内を見回ったり放送で一日の開始を告げたりと、ユリカは過酷な航海でクルーが精神的に参らないように、艦内を明るくしようとあの手この手を尽くしていたのが災いしたのだ。

 

 艦長室でアキト達家族やエリナと言った友人に多少甘えて心身を休めながらも、ユリカは艦内の空気が悪くなったと聞いてそれを解消する手段を色々と考える。

 

 「と言うわけでルリちゃん、エリナ、協力してくれないかな?」

 

 ベッドの上で上半身を起こし、世話に来てくれたルリとエリナに頼み込む。

 ルリは露骨に嫌な顔をして、エリナも渋い顔をするが……艦内の空気をこのままにはしておけないと涙を呑んだ。

 

 「ちゃんとアキト君にも許可を取ってからね。それと……生贄にも」

 

 その後、医務室のイネスから薬を渡すようにと頼まれたアキトが艦長室にやってくると、早速相談された。

 やっぱり物凄く渋い顔をしたが、アキトも艦内の空気が悪くなっている事を実感しているので渋々と……本当に渋々と了承する。

 そして今、艦長室に呼び出しを受けた真田と進が艦長直々の要請に顔を見合わせた後、超渋い顔で応じた。

 

 「――なあ古代。断り切れない俺は弱い人間か?」

 

 「――いえ、そんな事はありませんよ、真田さん……」

 

 生贄枠2名は互いの肩を抱いて慰め合う。元から仲が良かった2人だが、この件でさらに仲良くなったことは言うまでもないだろう。

 

 

 

 「はぁ~い! 今日は日頃頑張ってるヤマトの乗組員諸君を励ますべく、ウサギさんとお姉さんとお兄さんとトナカイさんが応援に来たよ~~!」

 

 そう、かつて第二回の時ユリカが舞台裏で閃いた通り、人気番組なぜなにナデシコのキャラクターとして握手会(サインも可)が実施されたのだ。

 ウサギユリカとルリお姉さんを中心に、脇に控える生贄2名。

 

 普段から乗組員の憩いの場として、こういう時には有視界による天体観測の場として活気溢れる大展望室、その右舷側がなぜなにナデシコ出演者のイベント会場に早変わり。

 工作班主導の下、リサイクルも考えられた装飾で染め上げられ立展望室。そして廊下にすら連なるクルー達の長蛇の列。

 最初は会場を作らず艦内を練り歩くつもりだったのだが、それだと「艦内に要らぬ混乱が生じるから自重して」とエリナに釘を刺されたので会場を設営してのイベントとなった。

 日頃の撮影会場の中央作戦室は、現在航海班が使っているので展望室が選ばれた裏話もあったりする。

 

 「――みんな、娯楽に飢えてるんだな」

 

 アキトが盛況な会場を見て遠い眼をして呟く。アキトは会場の警備担当なので出演者たちの脇に控えたり入り口付近に待機して、万が一が無いように備えている。

 ついでにゴートと月臣、サブロウタも警備担当として備えていた。

 厳ついゴートは当然として、レクリエーションに少しでも協力して空気を軽くしたいと考える真面目な月臣と、ルリのナイト役を買って出ているサブロウタも、こういった時には積極的に協力してくれるのがありがたい。

 

 「ようアキト。艦長のアイデアに付き合わせれて大変だな」

 

 パイロット仲間として、ルリの保護者として最近かなり打ち解けてきたサブロウタに話しかけられて、アキトは何とも言えない顔をする。

 

 「本当は大人しくしてて欲しいんだけどね。サブロウタもありがとうな、手伝ってくれて」

 

 「気にすんなって。ルリさんの護衛役なんでね。そういや、ハーリーとの事は聞いてるのか?」

 

 サブロウタが振った話題にアキトも食いつく。

 

 「ああ、交際始めたんだっけ? 前に相談された事もあったから時間の問題だとは思ってたけど……やっぱりこの間の事故が原因なのか?」

 

 「だろうね。まあ、我々は保護者として暖かく見守っていこうじゃありませんか」

 

 ニヤニヤと語るサブロウタにアキトも「からかい過ぎは厳禁だよね?」と楽しそうに応える。

 そうしてから「へ~い!」と拳を打ち合わせる2人のすぐ近くでは、なぜなにナデシコ出演者の握手会とついでに派生した写真撮影が行われている。

 基本的に希望すれば全員との握手や撮影、場合によっては複数のキャラクターと同時に撮影可能と言う大盤振る舞いのサービスに、大体どのクルーも全員分と撮影してホクホク顔で帰って行く。

 

 一番ノリが良いウサギユリカはハグまでならOKなので、ラピスやアキトすらも魅了した滑らかな手触りの着ぐるみと美人の“人妻に”ハグという異様なシチュエーションに誰もがインモラルな感情を抱くが、調子に乗るとすぐ近くに居る旦那からの殺気で背筋が凍る思いをする。

 

 握手と撮影のみだが、羞恥で頬を染めているルリお姉さんの破壊力は絶大で、萌えと言う感情をこれ以上無く強烈に揺さぶって、男性クルーのみならず女性クルーすらも虜にしていく。

 「勘弁して……」と雄弁に訴える瞳がその可愛さをさらに引き立てて否応なく魂を揺さぶるのだ!

 ハリが握手と写真撮影を求めた際も「後生ですから勘弁して下さい」と目が語っていたが、残念ハリは数少ないチャンスを見す見す流すような愚か者ではなかった。

 

 生贄枠の進と真田も専ら弄りネタ確保の為か、握手や撮影に割と忙しい。

 それぞれお兄さんの格好とトナカイの着ぐるみという何時ものスタイルを取らされていて、「ああ、早く終わらねえかな……」と魂が半分飛んでいた。

 

 ちなみにちゃっかり並んでいたラピスは思う存分ウサギユリカに抱き着いて頬擦りした後、ルリお姉さんに満面の笑みで飛びついてルリお姉さんを困惑させ、進お兄さんとトナカイ真田も懐かれて照れるやら困惑する始末。

 ある意味、エリナのコスプレ趣味の影響を受けてしまったのかもしれない。勿論全員集合写真はばっちりゲットだ!

 

 で、ユリカ達の体を張ったイベントのおかげで艦内の空気は何とか一時的に軽くなった。

 しかし、それが一時凌ぎである事は誰もが理解していた。

 

 「ご苦労様、進君。ユリカの無茶に付き合わせて悪かったね」

 

 優しさと同時にとても強い同情の念が籠った視線に進も疲れた顔ながら、

 

 「まあ、これで艦内の空気が良くなってくれれば本望ですが……」

 

 と返す。

 最近はすっかり無鉄砲な熱さが鳴りを潜め、急速に落ち着きを身に着け始めている。

 彼自身、これまでの航海と戦いで何かしら得るものがあったのだろう。

 

 案外ユリカに弄られまくった事がきっかけかもしれない。

 

 「この2週間、艦内をそれとなく見て回ったり、雑談やゲームに参加したりしてみましたけど……やっぱり艦内の空気がギスギスしてます。ただでさえ13日以上遅れを出して、その後もガミラスの妨害で少しづつロスを重ねてますから、気が気じゃないんだと思います」

 

 進はこれまでに艦内を巡って集めた情報をアキトに報告する。

 今までの進なら、むしろ一緒にイライラして騒動の1つでも起こしそうなものだと思っていたのだが……。

 

 「それに、話を聞いた限りだとユリカさんが倒れた事も堪えているみたいです。イスカンダルに到達して帰るまでには、まだ10ヵ月半の時間があるとはいえ、ユリカさんの余命は――診断によれば後4ヵ月半しかありません。日程が遅れると、間に合わないんじゃないかって、みんな心配し始めてるんです――ユリカさんがクルーに慕われている事は、俺としては嬉しくて誇らしく思うんですが、ここに来て足枷になって来てるみたいですね」

 

 進の報告にアキトも難しい顔をする。

 わかっていた事だ。

 ユリカが優れた指揮能力とその型破りな振る舞いで「みんなのハートをキャッチ(ユリカ談)」している事は、統率が要求されるこういう閉鎖社会ではとても有難いし、近年の艦長に求められるとされる「アイドル」としての役割を見事に果たせているという事を意味する。

 勿論、コンピューターやオペレータがやるから必要無いとされている、全権を握る大昔の艦長としての役割も、果たしている。

 だがそうやってアイドルとして成立しているからこそ、余命幾許も無い重病人に依存して縋っているというジレンマが、こういう時に顔を出すのだろう。

 

 「今はユリカさんが元気な姿を見せてるし、率先して動いているから何とかなってる状態ですけど……今後が心配です」

 

 顎に手を当てて思案に暮れる進。アキトも隣で考え込む。

 

 「それと……ユリカさんが――共謀しているアキトさん達が何を隠しているのかは、今は問うつもりはありませんが」

 

 進の鋭い声色にアキトがぎくりとする。真摯な瞳でアキトを貫く進の姿に、アキトは(超シリアスモードの)ユリカの面影を見る。

 

 「イスカンダルが信用に足る存在なのは俺も疑っていません。が、どうにも今は公表出来ない何かを隠しているような気がして仕方ないんですよね」

 

 鋭いな、とアキトは内心舌を巻く。

 実際、とても今公表出来ないようなヤバい情報をユリカ達は隠しているのだ。

 最終的には公表必須の情報で、嫌でも理解してもらうしかない物でもあるが……正直進んで打ち明けるには相当な勇気が必要な内容だった。

 

 「さて、俺はまた艦内を巡って――弄られついでに様子を見てくるとしますか。それじゃ、艦長をよろしくお願いします」

 

 言うだけ言うと進はアキトを置き去りにしてさっさと去っていった――こういう所もユリカの影響を受けているらしいと思うと、ちょっと複雑な気分になったアキトだった。

 しかし、進も進なりに成長しているようでアキトは嬉しかった。

 

 これなら、ユリカの代わりにヤマトを任せても大丈夫かもしれないと――アキトは期待を抱くのであった。

 

 

 

 ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて3週間が経過した。

 解析そのものは何とか進んでいて、ヤマトが短時間でこの宙域を通過するために必須とされている“海峡”とでも呼ぶべき場所の検討も大凡ついた。

 推測では8つ並んだ原始星の内、中央に位置する4つの間――眼前に広がるオクトパス原始星団の丁度ど真ん中。

 

 星団の形状やガスの流れからあるとすれば此処だろうと比較的早期から見当が付いていたのだが、流れが変わった暗黒ガスの中に突っ込んで抜け出すのに時間がかかったり、そのせいで観測位置が変わってそれまでのデータ解析に支障をきたしたり……とにかく定点観測出来ない事で時間ばかりかかってしまっていた。

 現在でもその詳細な位置までは掴めていないし、果たしてヤマトが通過する時間の間安定して形成されてくれているのかもわかっていない。

 しかし、見当が付いただけでも大きな進展であるとして艦内にその事は速やかに伝えられた。

 が、3週間も足止めされた事で今後の航海で果たして遅れを取り戻せるのか、ユリカの命が持つのかという不安が、またしても蔓延し始めていた……。

 

 

 

 「不味いね……また艦内の空気が悪くなってきちゃったよ」

 

 「無理も無いわね……ただでさえ時間の限られた旅だし、みんなユリカの事も心配してくれてるのよ」

 

 お風呂上りにエリナにマッサージで体を解して貰いながらユリカは、何とかしなければとまた対策を考え始める。

 なぜなにナデシコはネタが無い。

 出演者による慰問イベントももうやった。

 何か無いか……ナデシコの2年間に何か無かったか……!

 

 「……そうだ、まだ1つだけアイデアが――ナデシコの思い出がある」

 

 「え? も、もしかしてあれ!?」

 

 察したエリナにユリカは力強く頷く。

 もう――これしかない!

 

 

 

 「と言う訳で! 明日13時よりミス一番星コンテストを執り行いたいと思いま~す!」

 

 いきなり艦内放送でそんな宣言をしたユリカに旧ナデシコクルー以外が困惑を隠せない。

 そもそも「ミス一番星コンテスト」って何、と言う具合だ。

 

 「参加者はお1人でもグループでも構いません! 自分の容姿だったり芸に自信のある人は奮ってご参加下さい! 優勝賞品はヤマトの1日艦長体験です!」

 

 「あの、ルリさん……何ですかこれ?」

 

 戦闘指揮席で波動砲用測距儀で前方の観測を手伝っていた進が、電探士席で作業を手伝っているルリに尋ねる。

 なにやら重要な事がぶっこ抜けている放送だ。

 進の質問にルリは困惑した様子で、

 

 「ナデシコAで行われたミスコンです。その時は木星トカゲの正体が判明した直後で、それまでの戦争の在り方が変わったとして皆落ち込んでましたし、最新鋭艦のナデシコなら誰が艦長でも問題無いから人気のある人を艦長に据えて、機密漏洩を防ごうと企んだネルガル上層部の意向もありましたが」

 

 今思えばそう言った思惑とは関係なく息抜きとして非常に役立ったイベントだった。飛び入り参加で優勝を掻っ攫ったルリだが、結局気恥ずかしくて辞退して、次点のユリカが繰り上げ優勝で艦長継続したんだったか。

 

 とは言え、その後の戦闘でボソン砲という未知の兵器に対応して見せたのは(知恵袋であるイネスもあってのものとはいえ)ユリカの手腕であって、もしもルリがあの時艦長になっていてユリカに指揮権が無くなっていたら……ナデシコは海上でブリッジを吹き飛ばされて終わっていたかもしれない。

 そう考えるとゾッとした。近代における艦長の役割に異議を申し立てるつもりはない。実際自分もそんな感じだったから。

 だが、本当に能力のある人間がその地位に就けばそんな常識すらあっさり覆るものだと、今になって実感する。

 

 過去を思い返して懐かしんでいたルリに対して進は、

 

 「本当に常識外れの艦だったんですね、ナデシコって」

 

 極めて率直な感想をもってばっさりと切り捨てた。

 

 「返す言葉もございません」

 

 ルリはそうとしか言えなかった。

 それ以外に何と言えばいいのだ。

 

 

 

 結局「このまま憂鬱な気分のままでいるよりは……」という消極的な理由からミス一番星コンテストは粛々と開催され――やっぱり異様に盛り上がった。

 

 実は結構美人が豊富なヤマト。男性陣の話題でも「誰が一番美人何だろうね」と上がる事がしばしばあり、大体はルリと雪が候補に出る(ユリカは人妻+病気の事もあって、この手の話題からは意図的に外されている)。

 その2人の容姿は誰もが認めるが、素直に敗北を認めるのは女のプライドが許さない!

 ここで優劣をはっきりさせるのも一興か……と言った妙な空気が生まれていた事もコンテスト開催に大きな影響を与えていた。

 

 要するに想定外に長期化した足止めに、皆頭のネジが盛大に緩んだりぶっ飛んでいたのである。

 

 んで、

 

 「レディース&ジェントルマン! これより、第一回宇宙戦艦ヤマトミス一番星コンテスト! 1日艦長権争奪杯を開催いたしま~す!!」

 

 パチパツパチパチッ! と盛大な拍手に煽られながら(軍艦に有るまじき)ミスコンテストの開催が宣言される。

 開幕の音頭はナデシコで開催された前大会の(繰り上がり)優勝者であるミスマル・ユリカ艦長が勤め、その傍らには司会担当のウリバタケ・セイヤ(誰もがやると思っていた)とアオイ・ジュン副長(巻き込まれた)が固めている。

 ちなみに、

 

 「そう言えば、艦長は参加しないんですか?」

 

 という(ある意味的外れな)質問も飛んだが、それに関してはユリカ自身から、

 

 「私、人妻だもん! それに、アキトの一番であれさえすれば良いから……」

 

 と惚気に発展しかけたので「はいわかりました」と速攻で話を終わらせて防ぐ。

 一応アキトもこういった場でイチャラブするつもりは(この間の反省で)ないので、そう言って貰えることに嬉しく思いながらも手を握るだけ(ただし掌を合わせた恋人繋ぎ)でユリカの気持ちに応える。

 

 結局イチャついてるじゃねえか、という周りのツッコミは夫婦揃ってスルーと相成りましたとさ(ちゃんちゃん)。

 

 自重するとは何だったのか……。

 

 しかし、ミスコンに参加するには体調や(理不尽な形で)衰えてしまった容姿についても気にしているのだろうとは察する事が出来た。

 事実、化粧で誤魔化しているようだが出航当時に比べるとまた衰えたような印象があるのは否めない。

 

 しかし、それとは別に男性陣にとっては気になるあの子が参加していれば、煌びやかに飾られた姿を見るチャンスであり、そう言った相手が居なくてもキレイな女性の艶姿を見れるのはとても光栄な事である。

 

 女性陣は不本意に見世物にされるこのイベントだが、2ヵ月以上経過したヤマトの旅。

 穏やかな時間も多かったが危機的状況に晒される事も多く、同じ班・科員同士だったり関わりのある別の班・科の異性と仲良くなっているクルーも多い。

 ので、公に出来るアピールとして精々利用してやろうと考えて参加を決めた女性も結構いたのだ。

 

 なお、ヤマト艦内での恋愛模様がやや活発なのは、吊り橋効果もそうだが、それ以上に“ヤマト最大の(バ)カップル”であるテンカワ夫妻に当てられて「ああ、恋人欲しい……」とか考えちゃうクルーが一定数居た事も原因である。

 

 

 

 つまり大体ユリカが悪い(再度断定)。

 

 

 

 そんな艦内の人間模様故に、ミス一番星コンテストは鬱屈した艦内の空気を一変させる起死回生の一打として機能する事が出来たのだ!

 

 「まさか……雪さんまで参加するとは思いませんでした」

 

 驚き半分呆れ半分のルリに雪も、

 

 「あら、私もルリさんが参加するとは思わなかったわ」

 

 と返す。

 勿論2人が参加した本音はハリや進へのアピールが主だが、合わせて艦内の空気を少しでも改善するための生贄として立候補した面がある。

 というか、ヤマト艦内で人気を二分する(独り身の)二大美女であることも参加を断れなかった要因で、この2人が参加しないと場が白けてしまうのだ。

 要するに勝った気がしない、と。

 

 「――ある意味、人妻と言う手段で逃げたユリカさんが羨ましいです」

 

 「そうねぇ。でも、場の空気を盛り上げるためなら見世物にもなるわ――露出過多は遠慮するけど」

 

 片や目立つこと自体が苦手のルリに、生活班長として艦内の空気を気に掛ける雪との意識の差が垣間見えるやりとりだ。

 

 「それじゃあ、今度のなぜなにナデシコでユリカさんの代役しますか? 番組の存続はともかく、これ以上ユリカさんに暴れられるのは有難くないので」

 

 「謹んでお受けします。実は、ちょっと参加してみたかったのよね」

 

 今まで声がかからなかったけど。と意外な事を口にする雪にルリはびっくり仰天。

 

 (これが、生活班長としての矜持……! わ、私には真似出来ない……!)

 

 これに関しては個人的な興味が大きいのだが(着ぐるみも着たい、番組出演したい)、ルリは盛大に勘違いしたまま雪の職務に対する姿勢に驚愕した。

 

 優勝候補2人がそんなやりとりをしている傍らで、リョーコはサブロウタに絡まれていた。

 

 「あれ? スバル中尉は参加しないんですか?」

 

 「しねえよ。恥ずかしいだろうが……」

 

 頬を赤らめながら参加辞退を明確に示すリョーコに、サブロウタは両手を頭の後ろで組んでがっかりする。

 

 「そりゃ残念。折角中尉の晴れ姿が見れると思ったのに」

 

 すっごく残念だ。火星の後継者事件で知り合って以来、時間を見つけてはアプローチを続けているのだがなかなか成果が出ない。

 態度からするに脈が無いわけではないのだろうが――男勝りな態度に反して奥手で乙女な部分があるんだな、と改めて納得する。

 そのギャップが良い、もっと見たい。

 

 「ばっ! 何言ってやがるんだこの野郎!」

 

 と脇腹に肘を捻じ込まれるが、照れ隠しの一撃なので悶絶する程は痛くない。それでも不意打ちも重なって「げふっ!?」と呻くが、こういったやりとりもまた楽しいものだ。でもMじゃありません。

 

 (まあ、ヤマトの旅が成功してミスマル艦長が救われない事には――気が引けるんだろうけどな)

 

 脇腹を抑えて呻きながら、頭の中では冷静にリョーコを分析する。

 実際ユリカが実験の後遺症で余命幾許も無いと知らされた時は誰よりも(それこそ家族のルリよりも)激しく憤り、激情も露に捕縛した火星の後継者の連中を全員殴り飛ばしてやると騒いでいたり、その後のヤマト再建に関わる無茶を知った時も、烈火の如く怒って「アキトを残して死ぬつもりか!」と何とかして安静にさせようとしていたくらいだ。

 

 (まあ、かつての恋敵とは言え大切な戦友って奴なんだろうし――正直あの2人がイチャ付いてるのは元の鞘に収まって嬉しい反面、遠くない離別を想像して気が気じゃないんだろうな)

 

 パイロット室でもアキトにユリカの様子をかなりの頻度で尋ねたり、ユリカが具合を悪くしたと聞けば問答無用でアキトを追い出して行かせようとする等、リョーコなりに気を使っている事は良くわかる。

 ずっと、傍らで見てきたのだ。

 

 「――そんなに、見たいものなのかよ……?」

 

 リョーコの呟きに真面目な思考も一時停止して振り向く。

 

 「そりゃまあ……気になるあの子の普段と違う姿は見たいのは当然の欲求と言いますか」

 

 ドストレートに反応してみる。

 そもそもリョーコと知り合ってからは他の女性に手を出していない――と言うか今の地球の状況ではナンパに精を出すことは出来ない。声をかけてた女の子達も今は生きるのが精一杯だし、何人かは訃報も聞いた。

 一応それとなく手を回して少しでも生き残れるようにと力を貸しはしたが……果たして無事だろうか。

 ともかく、今サブロウタがマジでアプローチをかけているのはリョーコ1人だ。

 

 サブロウタのストレートな発言にさらに赤くなるリョーコ。

 追撃しようかとも思ったが、機嫌を損ねたり場の空気を悪くしても悪手だろうと思って自重しておく。ただ、一言だけ告げておきたい。

 

 「俺、マジだからね」

 

 その発言に、リョーコは茹蛸同然になった。

 

 

 

 結局熾烈極まる投票の末、雪を辛うじて退けたルリは一日艦長に任命された。

 わざわざ用意された「一日艦長」の札が張られたユリカと同デザインのコートと帽子を被って艦長席にも座る羽目に。

 

 「流石に艦長席は……」

 

 と辞退したかったのだが、

 

 「艦長が艦長席に座らないでどうするのよ。折角だから体験体験」

 

 てな感じで無理やり座らせれてしまった。正直大袈裟だと思ったが、艦長席の座り心地は決して悪いものではなかった。普通に高級なシートだった。

 また艦長席から望む第一艦橋の景色は、自分が最高責任者なのだと嫌でも実感させてくれるようなプレッシャーを感じさせてくれる。

 

 (ユリカさんがマジになり易いはずだ……凄いプレッシャー)

 

 人類最後の希望――ヤマト。

 これが単に艦隊の一角に過ぎない艦とは、質が全く違う。

 つくづくヤマトが特殊な状況下に置かれた艦だと実感させられる。

 

 とは言えこれはユリカを公然と休ませる良い機会だと考え、艦長としての仕事を肩代わりする事にする。

 やはりナデシコ以上にやることが多かったが、同じような考えをしていたジュンも張り切って仕事を手伝ってくれるのでそれほど苦労は無かった。そもそもこの手の事務作業は得意である。

 

 ルリの一日艦長で公然と職務から解放されたユリカは、この機会にとアキトやラピスにエリナも誘って映写室で定期的に行われている映画上映に参加して映画を楽しんだりと、英気を養ってええ気分になっていた(イズミ談)。

 

 なお、雪は自分への投票者に進の名前があった事に大層喜んでいた。

 

 

 

 そして、ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて30日が経過した時、ついにその時が訪れた。

 

 「艦長! 海峡らしき空洞を発見しました! それに、嵐が弱まっています!」

 

 待ち望んでいた瞬間に艦内が活気付く。これを逃したらもしかしたら期限内に抜け出せないのではないかと言う危機感もあり、ヤマトの出港準備も瞬く間に進められていく。

 特に大介は気合の入り様が半端じゃない。

 1ヵ月も足止めを食らった事で責任を感じているのだろう、このチャンスに何が何でも突破するつもりのようだ。

 

 「探査プローブを発射します。この空洞が海峡であるかどうかを突き止めないと進めません」

 

 気合満点のルリの進言に、ユリカも応じる。

 この宙域の規模を考えると、海峡の調査に艦載機は役に立たない。となれば、探査プローブを使って広域走査をかけるしかない。それで情報を得られなかったら……終わりだ。

 

 第三艦橋から大盤振る舞いで6つの探査プローブ(大)が全て打ち出される。

 探査プローブはロケットモーターを点火して弱まったガスの嵐の中を突き進み、アンテナを展開、ヤマトの目となり耳となり情報を集め出す。

 そして――6つの探査プローブからの送信が無くなった。恐らくガスの流れに飲み込まれてバラバラに分解されてしまったのだろう。

 だが、プローブの送信が途絶える前に収集したデータを無駄ではなかった。

 

 「解析を終了。確度は7割程度ですが、ヤマトが通過可能で反対側に繋がっている可能性の高いトンネルの様な空洞があります。丁度、渦の中心の様になっているようです。芯を貫けば――ヤマトが分解されること無く通過出来るはずです」

 

 ルリが集めた情報を解析したハリがそう報告すると、大介の操縦桿を握る手にも力が入る。

 

 「よし! 100%を求めていたら、ずっとここで足止めされちゃいます。だから……ヤマト! 海峡に向かって突撃!!」

 

 「了解! ヤマト、発進します!」

 

 ユリカの勢いたっぷりの命令に、大介は気合いも露にヤマトを発進させる。

 流石にベテルギウス通過時に比べれば負荷は小さいだろうが、念のためにエンジンの出力維持と、いざと言う時のエネルギー増幅と最大噴射に備える様、ラピスは山崎と太助に依頼する。

 

 そして、ヤマトは渦巻くガスの中心目掛けて最大戦速で突撃を開始する。

 クルーには対ショック準備が発令され、座席や持ち場近くのフック等に体を固定して衝撃と揺れに備えた。

 ヤマトが渦に近づくにつれてガスの流れは激しくなる。水で結びついている事もあってか、凍結していない高温の水の流れもヤマトに襲い掛かる。

 おまけにガスの中を塵とでも言うべき微天体が流れている事もあり、展開したフィールドの表面にひっきりなしに激突しては砕けていく。

 ラグビーボール状に展開したフィールドで、ヤマトを包むガスと水の流れを受け流して整流していたが、艦の安定が保てない。微天体の激突が多過ぎてフィールド出力も安定しないし、何より抵抗が大き過ぎる。

 

 「大介君、フィールド制御をアーマーモードに切り替えて安定翼展開。こうなったら翼も利用して安定させてみよう」

 

 ユリカの指示に大介はすぐに応じる。

 フィールド担当班がすぐにフィールド制御をヤマトの表面に沿って展開する「アーマーモード」に切り替える。

 この状態だとヤマトの形状がダイレクトに空気抵抗などに反映されてしまうのだが、ヤマト全体を余裕をもって包むバリアモードに比べると、投影面積は小さい傾向があり、安定翼を使った安定化を図れる利点がある。

 また、こちらがメインだが火砲の発射口を塞がないように展開する為、従来の地球艦艇では難しかった防御と攻撃を両立しながら戦闘出来る特徴がある。

 これは、再建時にそれを前提に色々調整しまくったヤマト以外の地球艦艇にはまだ備わっていない機能だ。

 

 安定翼を開いたヤマトはガスの中をあっちへふらふらこっちへふらふらと蛇行しながら進んでいく。

 大介は額に汗をびっしりと浮かべながら操縦桿とコンソールのスイッチやレバーを絶え間なく操作してヤマトを操るが、あまりにも複雑で精密な操舵を要求されて全く余裕が無くなった。

 見かねた進はついに進言した。

 

 「艦長! 予備操縦席を使って島のフォローをします!」

 

 「許可します!」

 

 進の意見をあっさり受け入れたユリカの返事を受け、進は安全ベルトを外して揺れる第一艦橋の床をよろめきながら左隣の予備操縦席に転がり込むように座り込む。

 普段は使われない席だが、操舵席が破損した時の予備としての役割は勿論、こういう忙しい時のバックアップとしても使う事が出来る。

 進とて波動砲の引き金を預かった身なので、最低限の操縦技術は会得しているし、暇さえあれば通常航行時に大介にお願いして、操舵のレクチャーを受けたりしているのだ。

 

 「――すまん、古代!」

 

 「いいからやるぞ島! 俺達でこの荒波を乗り越えるんだ!」

 

 2人は息を合わせてヤマトを操り、縦横無尽に流れるガスの奔流の中を進んでいく。

 異なるガスの流れにぶつかる度にヤマトの艦体が大きく揺れ、進路が定まらなくなる。

 それを2人がかりで強引に抑え込む。額から滝のような汗を流しながら必死にヤマトを操る。ルリとハリも気流の流れを読んで2人のフォローに力を尽くす。

 足りない推力をエネルギー増幅で補い、メインノズルと補助ノズルからは煌々と噴射が続いた。

 

 そうやって2時間近い時間が流れた。

 無限に続くかと錯覚しそうになる程密度の濃い時間を過ごしたヤマトは、ついに海峡を通り抜けて反対側に抜け出した。

 眼前の宇宙はまだ暗黒星雲に包まれているようだが、銀河中心側に比べると濃度が大分薄い。

 ヤマトはその薄い間隙部分を全速力で駆け抜けていく。

 そしてついに、暗黒星雲の隙間を見つけ出した! その先には久方ぶりの星の海が広がっている!

 

 「……抜けた」

 

 大介がやり遂げたと、万感の思いで呟く。

 

 「やったじゃないか島! 流石はヤマトの航海長だぜ!」

 

 「古代……! いや、お前が手伝ってくれたおかげだ! ありがとう!」

 

 揃って席から飛び出した2人は、戦闘指揮席の後ろでがっしりと互いの手を掴んで成功を喜び合い、互いの肩を抱き合って力無く床に座り込む。

 

 「よくやったよ2人とも! これで、ヤマトは銀河系を離れて銀河間空間に進出した……人類初の快挙をまた成し遂げたんだ!」

 

 ユリカの宣言にクルー全員が、とうとう銀河系すら飛び出した事を実感する。

 これで、ヤマトは地球を発って約2万5000光年の距離を進んだことになる。

 思わぬ足止めを食らってしまったが、着々と大マゼラン雲に――イスカンダルに近づいている。

 

 そして、この銀河間空間では銀河同士に作用する重力場の影響こそあれど、銀河内や恒星系の中に比べるとワープへの干渉は小さくなる。

 安定翼をスタビライザーとして、タキオンフィールドで乗員保護も進んだ今のヤマトなら、もしかしたら2000光年以上の大ワープも出来るかもしれない。

 

 そんな期待に胸躍り、クルー達は思わぬ長期の足止めに気が立っていた事も忘れて互いの健闘を称え合い、今後の大ワープに備えて各々の部署を万全とすべく動き始めた。

 

 さあ、挽回の時だ!

 

 何としても遅れを取り戻して、ヤマトはイスカンダルに辿り着く。

 次の中継予定地点は、銀河系と大マゼランの中間に位置するとされる銀河間星――それも自由浮遊惑星のバラン星。

 

 そこにガミラスの銀河方面前線基地が設置されている事を、ヤマトはまだ知らない。

 

 

 

 苦難の末、ついに宇宙の難所を超えたヤマト。

 

 その背後には母なる太陽系を含む天の川銀河がある。

 

 急げヤマトよイスカンダルへ!

 

 人類滅亡とされる日まで、

 

 あと279日しかないのだ!

 

 

 

 第十三話 完

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十四話 次元断層の脅威! ヤマト対ドメル艦隊!

 

    愛の為に戦え!


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