新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ(完結済み)   作:KITT

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第十五話 艦長不在の試練!

 

 ガミラスによって壊滅的な環境破壊を受け、凍てついてしまった地球。

 

 その地球で自家用シェルターに入りながらも、ネルガル会長のアカツキ・ナガレは精力的に活動を続けていた。

 人員や物資の不足が目立つため色々と厳しいご時世だったが、今後の事を考えると生産活動を停止させることは論外だった。

 アカツキは最初からヤマトが失敗するとは考えていない。いや、考えないようにしていた。

 アカツキはそもそも誰かに屈服するというのが大嫌いな人種だ。例え格上の侵略者だろうとも関係ない。ネルガルが再建したヤマトは、今まで好き勝手してきたガミラスに散々煮え湯を飲ませているはずだ。そう考えるだけで明日への活力が生まれてくる。

 

 ヤマトは必ず地球を救う。かなり厳しい賭けになるだろうが、ミスマル・ユリカは愛するアキトと添い遂げるため、必ずその身を健全だった頃まで回復させ、再びアカツキ達ナデシコの仲間達に元気な姿を見せてくれるはずだ。

 アカツキはそう信じているからこそ頑張っている。

 

 「ふむ。食品と医療品の供給は何とか軌道に乗りそうだね。もう少し増やして暴動の抑制もしたいところだけど、これ以上は流石に無理か……」

 

 「はい。人は何とかなりますが、資源が乏しい現状ではこれ以上生産量を増やすのは難しいのが現状です」

 

 アカツキの秘書役を任されているプロスペクターが、対面しながら資料を読み上げネルガルの現状を伝える。

 プロスペクターの報告にアカツキも渋面を隠せない。人道的云々もそうだが、ここで多少の無理をしても恩を売っておけば、地球の復興に便乗してネルガルの発言力を増せると考えているからこその支援だ。

 木星との戦争でスキャンダルが発覚して地位を落としたネルガルにとって、ヤマトの活躍や地球の現状維持に全力を挙げて協力する事は、ネルガルの負のイメージを少しでも払拭させて明日の繁栄を得るための投資に過ぎない。

 勿論、アカツキなりに現状をどうにかしたいという気持ちがあるのは事実であるが、ネルガル会長として再びネルガルを盛り上げたいと考えるのは当然と言える。

 

 そのためにも、色々としておかなければならない事は山ほどある。

 

 「プロスペクター君、ナデシコCの改装と波動エンジン搭載艦艇基礎設計の進展はどうなっている?」

 

 アカツキは手元に開いていたウィンドウの1つに視線を移しながら、今後の作戦に関わる案件とネルガルの造船部門の進展を問う。

 1つはヤマトが地球に帰還してから使われるナデシコCの改装について。こっちはヤマトが帰艦までに仕上げる必要がある。

 もう1つは、ユリカがヤマト再建時、データベースから引っこ抜いてネルガルに提供してくれた並行世界の艦艇の情報から生み出される新造艦について。

 当初、提供されたデータにアカツキは諸手を挙げて喜んだものだ。企業のトップとしては当然の反応であろう。

 そこにイスカンダルからの支援で得られた各種データ、さらにヤマトが帰艦した後にはその運航データの全てがネルガルに提供される手筈になっている。

 

 ユリカがネルガルに提供したデータには、アンドロメダと主力戦艦の外見から再構築したシミュレーションデータがある。

 外見から推測出来る武器や、データベースに残されていた虫食いの資料のみが頼りなので、内部構造やらは未完成の代物でしかないが、参考になっている。

 今はこれらのデータを基に、こちらの技術や規格に合わせて改設計した主力戦艦の完成を目指した、下積み段階といったところだ。

 

 「それらはヤマト再建に携わり、地球に残留した技術者を中心に進行中です。新造艦についての最終決定は――ヤマトが帰艦して、ユリカさんの意見を聞いてからになるでしょうね――特に、波動砲の搭載に関しては」

 

 「まあ仕方ないよね。正直今更感があるけど、データを提供してくれたのはイスカンダルなわけで、ヤマトが太陽系を出てから軍や政府に開示した波動砲の資料は――だいぶ効果的だったみたいだしね」

 

 アカツキは皮肉気に笑う。あのデータを見た連中の顔は忘れられない。

 ヤマト再建を持ちかけられた時、その改修内容の一部について聞かされたアカツキもきっと同じ顔をしていただろう。

 

 「イスカンダル。あの星も色々あったんだねぇ。まさか、波動砲があそこまで危険極まりない技術だとは思わなかったよ……あのお偉方が、波動砲搭載艦艇の量産どころか生産にすら消極的になるとはねぇ」

 

 ヤマトが市民船に向かって発射した波動砲のデータは細大漏らさず伝えられている。

 当初は相転移砲を凌ぐ破壊作用に驚きながらも、今後の地球圏防衛の為に数隻は波動砲搭載艦――しかもヤマトのデータベースに残されていた“拡散波動砲”を開発すれば安泰だと考えていた連中が、揃って顔面蒼白になったくらいだ。

 旧ヤマトの波動砲でも凄まじい威力があり、新生したヤマトではそれを6連射可能と恐ろしいパワーアップを遂げ、その威力を地球とガミラスの双方に示したそれすら、まだ序の口だったとは……。

 

 さらに彼らを煽ったのがヤマトが太陽系を離れてから明かされたコスモリバースシステムの真実と、それに関連する対ガミラスの方針。

 すでに知らされていて腹を括っていたミスマル・コウイチロウとその腹心を除いた連中の阿鼻叫喚と言って過言ではないあの惨状。

 あれは忘れられないだろう。

 ヤマトに問い質したくてもすでに通信圏外。

 

 尤も、干渉されたくないからこそあのタイミングで明かされたわけなのだが。

 ……今は渋々とだが、ユリカが考えたプランを後押しする形で色々と動いている始末だ。尤も、冷静に考えた場合それ以外選択肢が無いというのも事実ではあり、今はヤマトがそのプランを達成した場合に備えたシミュレーションに余念がない。

 

 「まあ、どうせ最終的には保有数を制限しても造るとは思うけどね、波動砲搭載艦はさ。結局ここまで追い込まれた経験がある以上、破滅の力であっても縋りたくなるってもんだよね、人間ってさ――後は、その力をどうやって御するかにかかってるわけだけど……」

 

 「ええ。愚かではないと信じたいものですなぁ、地球人類が」

 

 そう願いたいね、とアカツキも頷く。

 

 まさしく神にも悪魔にもなれる力……。

 

 後にアカツキは、波動砲に関わる全ての技術を指して、そう比喩したという。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十五話 艦長不在の試練!

 

 

 

 綱渡りに等しい挑戦に成功し、次元空洞に落ち込むという危機と強敵ドメル艦隊との交戦を切り抜けたヤマト。

 

 しかし、その事を喜ぶクルーの姿が見受けられない。

 

 そう、ヤマトクルーにとって精神的支えであった艦長ミスマル・ユリカが、病の急激な進行で緊急入院したせいだった。

 ただ倒れただけでも不安を煽るというのに、彼女は視力と聴力を完全に失う重大な障害を抱えてしまった。

 以前からその傾向があったのだが、誤魔化していた染料を落とした事で頭髪の半分近くが白髪となっていた事も露となり、視力を失った目は焦点が定まらない。

 そのあまりにも痛々しい姿はすぐに艦内に広まり、否応なく不安を煽っていく。

 

 さらにはユリカを凌ぐ凄腕の指揮官が登場した事も知られ、今後ヤマトの前に立ち塞がる事が想定された事も相まって、なおさら指揮官として信頼されていた彼女が倒れた事を不安視する空気が広まっていくのだ。

 

 ――オクトパス原始星団の時に薄っすらと感じられていた、ユリカへの精神的な依存が、改めてヤマトクルーに突き付けられる形になったのである。

 

 そして、ユリカが倒れた事が引き金となり、アステロイド・リングの制御やその後の探索活動の疲労もあって、チーフオペレーター・ホシノ・ルリまでもが倒れてしまった。

 

 さらに追い打ちをかけたのは航海の遅れであった。

 次元断層の中では通常空間より時の流れが早かったらしく、内部で過ごした2日の4倍に当たる、8日間もの時間をロスしていた。

 次元断層からの復帰地点も予定航路から大きく外れていたのに、やむを得なかったとはいえ無差別ワープで距離を取った事が重なって、予定されていた航路から大きく外れ、ワープのインターバル含めて10日間の遅れを生じてしまっていた……。

 

 

 

 翌日、緊急入院したユリカを見舞うため、進は右舷居住区にある医療室に訪れていた。

 ユリカもそうだが、ヤマトも次元断層内の戦闘で傷ついている。

 被弾によって使用不能になった第一・第二主砲は、第一が右、第二が左を向いた状態で停止していて、砲身も上下にバラバラの角度で沈黙している。

 まさか……1度の被弾で甲板を撃ち抜かれるとは思ってもみなかったし、その上主砲が2基も1度に潰されるとは、敵ながら手強いと戦慄したものだった。

 主砲は幸いにも回復可能な損害に留まっていた。下手をすると丸ごと損失して復旧出来ない――つまり通常戦闘での主力兵器の2/3を失ったままになっていたかもしれないと思うと、背筋がぞっとする。

 

 この程度の被害で収まったのはディストーションブロックのおかげだ。ディストーションブロックが誘爆を抑え込むことで被害を抑え込んでくれたのである。

 もしディストーションブロックが機能していなかったら……第二主砲直下のエンジンルームにまで達していたかもしれない……。

 

 ヤマトの倍近くある超ド級戦艦だけあって、火力もヤマトに匹敵する強力なものだった。

 被弾が続いて弱っていたとは言え、艦首に集中展開したフィールドを貫通し装甲全層とディストーションブロック3枚分を撃ち抜くとは、流石に駆逐艦とは桁が違う攻撃力を見せつけてくれる。

 それに、12発もの砲撃を狂いなく一転集中させて直撃させる技量は――ヤマトクルーよりも上かもしれない。

 

 主砲の修理作業はゆっくりとだが確実に進んでいて、交換部品の用意も含めて5日もあれば修理出来ると聞いている。

 真田とウリバタケによれば、制御システムや駆動ギヤ、重力下でひっくり返っても外れないようにしているロック機構が壊れただけらしい。

 第一副砲は衝撃で不具合が起きただけらしく、今は完全復旧している。

 エネルギーラインが通っている部分だけあって、ディストーションブロックが特に入念に展開されていた事に救われたらしい。

 

 それ以外に大きな損傷を受けずに済んだ要因はリフレクトビットが有用だったことと、ルリのアステロイド・リング制御が優れていたおかげだ。

 とはいえフィールドを喪失したヤマトに敵駆逐艦の砲撃が直撃し、艦体には数十の弾痕が刻まれている。

 その際運悪く第三主砲のバーベッド部分にも直撃弾があり、第三主砲も機能停止に陥っている。こちらも砲塔が左後方を向いたまま砲身がバラバラの角度で停止している。回復には3日を要すると報告を受けた。

 そのため、今ヤマトは対艦戦闘の要である主砲3基を全て損失した状態にあり、戦闘能力を著しく落としていた。

 

 幸いミサイルを撃ち尽くす前に波動砲を利用しての撤退に移ったため、副砲と合わせれば数隻程度の小規模な艦隊なら何とか戦えなくはないと言った感じだった。

 準備だけはしていた信濃の遠隔操作による波動エネルギー弾道弾の発射も、結局実行されなかった事で丸々24発残っている。

 主砲に比べると信頼性は劣るが、無いよりは遥かにマシだった。

 

 ワープで逃走した後、幸運にもヤマトはガミラスの部隊に遭遇することも無く航行出来ている。

 どこかの惑星に立ち寄りたい所なのだが、銀河を離れ、恒星系が航路上に無い今はそれもままならない。

 ただ、次元断層内で資源を回収出来た事で修理用の資材には困らずに済んでいる。今は、大急ぎで補修部品の生産とリフレクトビットと反重力感応基の補充が行われている。

 

 アステロイド・リングはともかくリフレクトビットは単体でも使えるので、今後の防御の要として期待を寄せられる成果を得たと言っても過言ではない。今後は制御プログラムも含めて改良を進める事になるだろう。

 だが、進はそれに関心を持てる状態に無い。

 

 「……お母さん――」

 

 ヤマト農園で取れた美しい花を片手に訪れた進の眼下には、酸素マスクを付けられ、薬品を体内に送り込む管が何本も腕に刺さったユリカが眠っている。

 何時もにこやかに笑っている顔は青褪めていて、そっと頬や手に触れてみるとひんやりとした感触――まるで、死体のようだ。

 かつてナデシコCで倒れた時と違って呻き声を発さず、薄眼も開けずに昏々と眠り続ける姿に、よりも容態が深刻なのだと嫌でも思い知らされる。

 

 進は持ってきた花をベッドサイドの花瓶に挿す。

 ――花瓶には、アキトら家族が――そして他のクルー達が見舞いに来る度に1輪づつ持ってきたのであろう、花が束と刺さっていた。

 ――これだけで、彼女がどれほどクルーに慕われていたのかが良くわかる。そういえば、進が花を貰いに行った時、随分と閑散としているなと思ったが……全部、彼女の見舞いに使われていたのか。

 

 意識を取り戻してそれほど立たない内に再び意識を失ったユリカは、そのまま昏睡状態に陥った。

 その後行われた検査の結果、彼女の視力を回復する手段は無い事がわかった。視神経が完全に破壊されているらしい。聴覚も同じだ。

 他にも体温の調節機能に異常をきたしているらしく、今も体温調節のため常に監視体制を維持しなければならなくなっている。

 筋力の低下も一段と進んでいるようで、もう自力で歩くことも出来ないと聞かされた。

 

 予想を上回る状態の悪さににアキトもエリナも顔面蒼白で、ルリはその場で崩れ落ちて膝をついて床で泣き伏し、ラピスは気を失ってしまった。

 航海班――特に責任者の大介は、自身が立案した長距離ワープの挑戦のせいでヤマトが次元断層に落ち込んだのではないかと責任を感じて、苦しんでいる。

 

 今、ヤマトはクルーの精神がボロボロの状態にあり、到底戦闘に耐えられる状態にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ヤマトクルーが意気消沈している頃、ドメルは艦隊を率いて次元断層を飛び出し、早速デスラーにヤマト遭遇の報を知らせていた。

 他のクルーには聞かれぬように最大限の防諜を施してから、通信室で1人パネル越しにデスラーと向き合う。

 自身の執務室で連絡を受け取ったデスラーは、思いの外早いドメルとヤマトの邂逅がどのようなものであったか、詳細を求めていた。

 

 「そうか、ヤマトと一戦交えたか……」

 

 神妙は面持ちで報告を受けるデスラー。秘匿回線を使った1対1の話なので、互いに本音でのやりとりとなる。

 

 「はい、聞きしに勝るとはまさにこの事でした。改めて、素晴らしい艦です。それに、ヤマトは自前の工作設備を有していて、航行しながらでも艦の機能や装備の改良を続けている事がこの交戦から伺えました。2ヵ月前の冥王星での戦闘時に比べると、戦術もさらに洗練されているだけでなく、こちらの意表を突く事を目的としているであろう新装備の投入も行っていました」

 

 ふむ、とデスラーは軽い驚きを覚えた。

 単独航行をするのであれば、工作艦としての機能も多少なりとも有していてもおかしくないとは考えていたが、まさか自己改良まで行える規模と設備があるとは。

 出来ても、修理と補給が精々だと考えていたが、ヤマトは思った以上に多種多様な機能を有している。

 重ね重ね、敵に回したくないタイプだ。大規模な工廠と豊富な人材を使える国軍には及ばないまでも、以前の交戦データを基にした戦術を新しい装備で覆される危険性があるという事か。

 ただでさえタキオン波動収束砲という厄介極まりない装備を持つ艦艇なのに、ますますやり難い。

 

 だが、だからこそ惹かれる。

 

 「それに、タキオン波動収束砲をこの目で直に見れた事も幸運でした。次元断層の境界面に向けての発砲も観測出来ましたので、その生データをすぐにでも本星に届ける手配をします。こちらで見た限りでは、やはりあのカスケードブラックホールに対して有用な破壊手段となり得ると思われます。ただ問題は、エネルギーが引き摺られて仕損じる可能性が依然残る事でしょうか」

 

 ドメルの報告にデスラーも頷く。出来ればヤマトには、もう少し観測出来る状況下でタキオン波動収束砲を使って欲しい所だが、それで艦隊に大損害を出すのは本末転倒。少し方法を考えるべきか。

 自軍への被害を抑えつつ、タキオン波動収束砲を使わせる――使わなければならない状況に追いやる手段を。

 

 「また、連中はタキオン波動収束砲で我が艦隊に損害を与える事よりも撤退の方を優先していました。おかげで包囲網の中心で撃たれたにも拘らず、我が艦隊に被害はありませんでした。例の人型の戦略砲も同様で、これ見よがしに発射準備をして発砲と……最初から回避行動を誘発させて徹底を確実にするための布石としてしか使用しませんでした」

 

 流石のドメルも大砲の反動で艦を離脱させるとは思いもしなかった。

 ガミラスにはあそこまでの反動を有する艦載砲も無いし、艦隊決戦兵器であろうタキオン波動収束砲を逃走の為の推進力として使うとは……中々頭の柔らかい指揮官だと思う。

 その使い方があると知った今であっても、本来の攻撃用途に使うのか推進用途に使うのかを見極めるのは極めて難しいし、その両方を同時にこなす事が出来るという意味では、あの突撃戦法と同じような厄介さがある。

 本当に色々と戦い難い艦だ。単艦でガミラスを退けてイスカンダルに行こうとするだけの事はある。

 多種多様な状況を想定した様々な装備を、数の不利を埋めるための柔軟な発想で使われるのがここまで厄介だったとは。

 被害を鑑みず力押しですり潰すのなら勝てない相手ではないが、移民船団護衛の為の戦力を確保しなければならない現状でそれは現実的ではない。

 如何に強大なガミラスと言っても、物量には限度がある。

 

 「ほう……意図的に当てなかった、という事か。ドメル、君なら同じ状況に置かれた時どうする?」

 

 「タキオン波動収束砲の方は、同じ判断をしたでしょうが、人型の方まで含めて外したのは犠牲を極力払わないようにしたいという考えに基づいての物と考えられます。恐らく、彼らは大量破壊兵器に物を言わせて我を通す事を嫌っているのでしょう――やはりヤマトは、総統の眼鏡に叶う相手と見ました。ですので、今後の対ヤマトの方針に関しましては、総統の意向を尊重したいと思います」

 

 ドメルの話を聞いて、デスラーは少し考えた後「君の考えている決戦までは適度に泳がせて構わない。ただし、バラン星には近づけるな」と告げた。

 最終的な判断を下すには、まだヤマトのデータが足りない。

 

 いや、ガミラスの立たされた苦境を考えるのであれば何としてでもヤマトを掌中に収める事を考えるべきだろう。

 恐らくヤマトなら、カスケードブラックホールを破壊するに足る力がある。

 そしてヤマトを手に入れれば、地球も得る事が出来るのだ。

 

 ……だが侵略者である限り、ヤマトは決してガミラスには屈しはしないだろう。万が一一切の抵抗が出来なくなったとしたら、鹵獲されるよりも自決の道を選ぶかもしれない。

 スターシアと共感した指導者が、ガミラスにヤマトを渡す道を選びようが無いのはわかりきっている。

 となれば、利害関係の一致による一時的な共闘かさもなくば――和平による共存の道を選ぶしかない。

 

 だがそうすれば、恐らくデスラーが求める「大宇宙の盟主」たる大ガミラスの存在は夢と消える。

 どのような理由があったにせよ、辺境の惑星の戦艦1隻に屈したとあれば、ガミラスの影響力は地に落ちる。

 今まではその軍事力を警戒して静観していた星間国家も、こぞってガミラスを屈服させに来るであろう。

 

 そして、それは地球も同じはずだ。ヤマトは地球そのもの。ならばヤマトに屈するという事は、地球に屈する事に等しい。

 どれほど強力で敬意を持つに相応しい存在であっても、戦艦1隻に事実上敗北するなどあってはならない大失態だ。

 そうなったらもう、ガミラスは誇りを取り戻せない。

 

 それだけは断じて許してはならないのだ。

 デスラーは偉大な祖国を弱者にするつもり等毛頭ないのだ。

 

 確かにヤマトには共感を示しその偉大さを認めているが、地球人そのものに対しては不信が残る。

 つい最近まで内紛が発生していたこともそうだが、その原因が調べた限りでは100年も前の事件が原因だというではないか。

 そんな過去の怨恨を何時までも引きずるような文明に、信を置く事など出来ない。

 デスラーにとって地球人とはそういうものでしかなかった。だから事情を打ち明けての共存ではなく侵略による略奪を方針とした。

 あんな野蛮人相手に下出に出る程ガミラスは落ちぶれていない。そしてそんな野蛮人の国相手では――協議している間にガミラスは取り返しのつかない事になる。

 

 デスラーとて、スターシアの考えが全く理解出来ない訳ではない。

 力に溺れ、破壊と略奪にのみ明け暮れる蛮族に成り果てるつもりは毛頭ない。が、デスラーは戦いの中に生命の美しさを見出し、戦いの中にあってこそ命とは煌びやかに美しく輝くものだと信じて疑わない。

 そして、その戦いの対価として祖国も繁栄していっているのだ。

 

 ……それは、デスラーのやり方が正しい事の証左ではないのだろうか。

 力によって得られる絶対の自信こそが、宇宙に平和をもたらすのではないのだろうか。

 そう、デスラーはスターシアが言う所の「人同士の愛」という感情を理解し切れていないのだ。

 祖国を宇宙の盟主としたいのは愛国心と理解しているが、デスラーには人同士の繋がりの「愛」が理解出来ない。

 スターシアには敬意を抱いているが、それが「愛」なのかは自分でもよくわかっていないし、他に心惹かれる異性や執着する何かがあるわけでもない。

 

 だから彼は、自身の美学に則った指導者としての振る舞いが何よりも優先される。

 

 それに――ガミラスは侵略のみで勢力を広げたわけではない。武力が背景にあるとは言え、交渉によって傘下に入れた星もあり、同時にその武力の庇護下に入ろうと自ら進んで傘下に入った星も多い。

 そう言った星々にはガミラスの植民星となる事を条件に支援も行い、可能な限り紳士的に応じてきた。勿論不必要な搾取も圧制も敷いてはいない。反乱を起こされても面倒だったという理由もあるが、スターシアの言葉に引っかかりを覚えたからでもある。

 

 そう、それほど宇宙には戦乱が巻き起こっている。調べた限りでは、あの天の川銀河の中でも特に星の多い銀河中心方向で活発に領土拡大の為の戦乱が起こっているようだ。

 そういう意味では、地球はガミラスと戦わずともいずれそれらの軍勢と争い、敗北していたはずだ。

 

 あの宇宙戦艦ヤマトが無ければ。

 

 デスラーの苦悩は続く。

 力が無ければ何1つ成すことは出来ない。それはガミラスの在り方が立証しているはずだ。

 あのヤマトですら、力が無ければ太陽系内のガミラスを排し、銀河の海原へ進むことは出来なかった。

 しかし、戦う目的も力を振るう理由も同じであるはずなのに、ヤマトにはデスラーすら魅了する別の何かがある。

 それがスターシアが語った「ミスマル・ユリカ艦長は愛する家族の為に戦っている」事と繋がっているのかが、気になる。

 そんな個人的な思惑が、国を救うに足る原動力になり得るのか。

 

 人に向けられる「愛」というものが、「国家」を救うに足る力だというのだろうか。

 

 すでに天涯孤独の身となって久しく、幼いころからそう言った感情とは遠い権力抗争の世界で生きてきたデスラーにはどうしても理解し難い。

 もしかしたら、ヤマトと手を取り合いミスマル・ユリカという人物に接触すれば、それがどのようなものなのかわかるのかもしれないが、個人的な願望で国を犠牲には出来ない。

 ヤマトに「敗北」することでガミラスが地球に「屈してしまう」。それだけは避けたいが、何か落としどころが無ければヤマトと和解は出来ない。

 

 果たしてデスラーは、ヤマトに対してどう対処していけばいいのだろうか。

 普段ならばすぐにでも「排除」を決められる程度の案件に過ぎないはずなのに――彼は、答えに窮していた。

 

 

 

 一方ドメルも、今のやり取りでデスラーが個人の思惑としてはヤマトと直接語り合いたがっていると悟り、今後の方針に幾らかの修正を加える必要があると考えた。

 

 ドメルとしては、またとない強敵としてヤマトと全力で戦いたい願望があるが、それは国家に忠誠を誓った軍人の本分に反する。

 ドメルはデスラーからイスカンダルとのやり取りまで含めた、ヤマトに関する詳細な情報を渡されている。

 これは最前線で実際にヤマトを量る上で必要という配慮だ。政治面まで含めればヒスやタランにも詳細を打ち明けるべきだろうが、彼らはデスラーと知っている事に変わりがない。

 ヤマトを推し量るその役目は、最前線でヤマトと直に戦える立場にあるドメルにしか出来ない。

 ヤマト相手に対等に渡り合える指揮能力を有するドメルにしか出来ないのだ。

 

 ヤマトを試すべく、ドメルはゲールに任せた策の他にも1つ仕込みをしてあったのだが、どうやら変更を加える必要は無さそうだ。

 デスラーから許可も出たので、ドメルが考えている七色混成発光星域――通称七色星団での少数先鋭の艦隊決戦以外でヤマトの撃破を狙う必要は無いだろう。撃破を狙う罠を張るのならそこがヤマトの航路上にあって最適であるし、下手に挑んで無用な犠牲も出す失策も犯したくはない。

 

 しかし、七色星団に誘い込めたとしても勝利のためには兵器開発局に依頼した対ヤマト用の装備と、長年ドメルが温めていたアイデアが形になることが必須だ。進展の具合は悪くないと聞いているので、ヤマトのワープ性能を考えれば何とか間に合うだろう。……途中で劇的に改良されなければ、だが。

 

 ヤマトに勝つには、タキオン波動収束砲を封じて一発逆転の可能性を奪って精神的打撃を与えつつ、十分な攻撃力を持った航空部隊と艦隊の連携による柔軟で休む間を与えない飽和攻撃を仕掛ける必要がある。

 

 それによって最大の弱点であろう、持久力の乏しさを突かなければ。

 

 推測を孕んだ部分は大きいが、根本的な技術力で劣る地球で完成された事と、初期に見られたトラブル、そして交戦した際のヤマトの行動を鑑みるに――もしかしなくても、こちらの艦艇に比べてエネルギー効率が悪い可能性がある。

 ガミラスに比べて地球の技術力が未熟なのは疑いようが無い。

 故に大出力を必ずしも効率的には使えておらず、図らずも短期決戦に特化してしまった可能性が考えられる。

 

 そう考えると、シュルツが敗北したのはヤマトを相手取るには戦力――特に航空機との連携した艦隊行動が出来なかった事と、想像を絶した威力に恐れ戦き、短期決戦を求めてしまったプレッシャーによるところが大きいのだろう。

 

 それにしても――。

 

 ドメルは思う。

 あのデスラーがこうも心を惹かれるとは、予想だにしていなかった。

 ドメルは妻も子もいるので、デスラーが理解出来ないでいる人同士の「愛」については理解しているし、デスラーからミスマル・ユリカ艦長の戦う動機と聞かされた時、むしろ納得したくらいだ。

 要するに、誰かを愛したら愛した誰かの愛する人も大事になり、そうやってどんどん輪が広がっていって――やがて世界すらも愛おしく思うようになるといった具合だろう。

 ある種典型的な博愛主義とも言えるかもしれない。

 ドメルも似たようなものだった。だから気持ちはわかるし、ヤマト相手に油断が出来ないと強く実感したくらいだ。

 

 デスラーは……そういう意味では幼き頃から政争の只中にあり帝王学を徹底的に叩きこまれた人生であった故に、理解出来ないのだろう。

 親の跡を継いでガミラスの総統となり、個人的な美学を挟むことはあるものの、その力はガミラスという国家の繁栄の為だけに向けられている。

 

 そういう意味では、少々失礼ながらデスラーを哀れに感じる事はあった。彼の父は徹底した現実主義者であったし、暴力によって権力を拡大していくのに躊躇がない人物だった。

 彼の母も、夫に逆らえない大人しい性格かつ政略結婚だったので、「愛」というものを感じ難い家庭であったことも災いしていたのだろうか。

 

 もしかしたら、ヤマトがガミラスの妨害を跳ね除けガミラスに肉薄したとしたら……ガミラスは転換期を迎える事になるのかもしれない。

 ドメルは何となく、そんな予感がした。

 

 しかしまずは、次元断層を脱したヤマトの現在位置を調べねば。

 タキオン波動収束砲を使った脱出は、次元回廊の形成においてガミラス以上に遠距離に出現する可能性が高い。それにワープを重ねれば、恐らく予定されていたであろうイスカンダルへの航路から大きく外れているはず。

 早く捕捉しなければ。用意していた罠が使えなくなるのは少々具合が悪い。

 データを得るために、ヤマトにはどうしてもあの罠を通過して貰う必要があるのだから。

 

 後は、そこでゲールが早々に戦死などと言う失態を踏まない事を切に願う。

 彼にはまだまだ働いて貰わねばならないし、自身の策で無駄死にを出すのはドメルの美学にも反する。

 ドメルは拭い切れない不安を抱えながらも、ゲールの無事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 ユリカの見舞いを終えた進は、第一艦橋には戻らず艦長室に足を運んでいた。

 今は住民たるユリカが医療室に入院しているため誰もいない。

 本来なら、立場的に進が容易に入れるような場所ではないのだが、ユリカに戦術指南をしてもらう事が度々あった進は“息子”になる前からフリーパスで入室出来ていた。

 

 「古代進、入ります……」

 

 誰も居ないと承知しているのについ断ってしまう。それは、家主が居ないのに勝手に足を踏み入れる申し訳なさや、弱気になった自分に対する嫌悪が含まれていた。

 ドアノブを捻って扉を潜ると、見慣れた艦長室の光景が目に飛び込む。

 ――足りないのは、ユリカの姿と彼女が生み出す心地良い喧騒だけだ。

 

 「……」

 

 進は言葉も無く室内を進み、普段ユリカと他愛も無い会話をする時に良く座る、艦長室右前方に備え付けられた椅子に座る。

 ――普段なら、進の右隣に艦長席に座ったユリカが居て、他愛の無い雑談を楽しんだり戦術シミュレーションで指導を受けたり……。

 ヤマトに乗ってから、進にとっても最も楽しく安らいだ時間だった。ユリカを中心にルリが居て、ラピスが居て、アキトが居て――そして雪が居る。

 

 進の今の人間関係の殆どが――ここに集約されていた。ユリカの傍らに。

 

 「――っ!」

 

 寂しさが胸に広がり目頭が熱くなる。つい弱音を吐きそうになった自分が嫌になる。

 ユリカは自分を見込んで――こんな未熟な自分を後継者として弱り切った体で育ててくれたというのに。

 

 ここで弱音を吐いたら――ユリカの努力を……想いを無駄にしてしまう!

 

 そう思い直った進は、寂しさを振り切る為に艦長室を後にしようと踵を返したところで「ガコッ」という不審な物音を聞いた。

 振り返ってみると、何時も進が座っている椅子の傍にある引き出しが開いていた。

 電子ロックで封じられていたはずの引き出しが独りでに開くなんて――。

 恐る恐る空いた引き出しを覗くと、ファイルが1冊入っていた。結構厚い。そしてその奥には、何やらレリーフの様な物も見える。

 

 「これは――」

 

 手に取るか悩んだが、進は意を決して引き出しの中に置かれていた分厚いファイルを手に取る。表表紙には何も書かれていなかったが、表紙裏には「古代進へ」とユリカの字でメッセージが書かれていた。

 

 『古代進へ このファイルを手に取っているという事は、私はすでに艦の指揮を執れなくなっている状況にあるはずです――』

 

 出だしはそうだった。メッセージを読み進めていくにつれて進の表情が険しくなる。

 そしてそのままやや乱暴な手つきで中の資料を次々と読み漁っていく。

 ファイルを捲る度に、指が震える。

 額に汗が浮かび、喉が渇いてごくりと唾を飲みこむ。

 胸の内で沸き上がる感情に呼吸も細くなる。

 

 ――2時間ほどかけてファイルを読み切った進はがくりとその場に膝をつき、ファイルを胸に抱えて恥も外聞も無く大泣きした。

 

 まさか……まさかこんな真実が隠されていたなんて――!!

 

 進は自身がイスカンダルに抱いていた不安が的中していた事を理解した。

 

 そう、イスカンダルは確かに地球の為に力を尽くしてくれていた。それはまぎれない事実であったのだが――そこには事態が収拾されるまで到底明かす事が出来ないであろうとんでもない事実が含まれていた。

 そして進の予想通り、ユリカは、アキトは、エリナは、イネスは――その全てを承知の上でこの旅に挑んでいた。

 ようやく合点がいった。どうしてユリカが進を育てるのに躍起になっていたのか。どうして、ジュンやルリではいけなかったのか。

 

 進は全てを理解した。否応なく理解させられた。この旅の先に待つ試練を。

 

 進は感情の全てを吐き出した後も、しばらくその場に蹲って動けなかった。それくらい、衝撃的な事実だった。

 この内容に嘘はないだろう。ユリカが自分の為に――旅の途中で指揮を執れなくなった時、イスカンダルに辿り着いてなおガミラスの脅威が払拭出来なかった時に備えて残してくれた資料だ。

 

 この資料が正しいのであれば、ユリカが助かる可能性は――健康でアキトの子を産めるような体に戻れる確率は――5%にも満たない。

 だがファイルにはその成功率を上げるための手段も書かれている。それは、ユリカが重病を押して艦長になった理由にも繋がっていた。

 

 「全てを最善の結果で終わらせるには……」

 

 進はファイルを胸に抱いたままゆらゆらと立ち上がる。

 

 「俺が……俺がしっかりしないと」

 

 決意も露に顔を上げる進。もう彼は泣いてはいなかった。

 同一視されるのは不愉快にも思えるが、やらねばならない。

 かつてこのヤマトと共に戦った、“古代進”に倣って。

 

 「そう言う事なんだろ……ヤマト」

 

 引き出しのロックを解除して進に知らせて張本人であろう、ヤマトにそう語りかけていた。

 視線の先にはファイルで隠されていたレリーフがある。

 

 ――それは初代ヤマト艦長にして、並行世界の進にとって父親代わりだった――沖田十三のレリーフだった。

 

 

 

 「――大体こんなところかしらね。微調整は必要だけど、方向性としてはこれで良いと思うわ」

 

 機械工作室で真田とイネスとウリバタケの3人は、今後必要になるであろうある物品の設計と生産の為、ヤマトの修理作業の合間を縫って話し合っていた。

 

 「これでいけるでしょう。幸いにも、フラッシュシステムに関してはヤマトの意志の発現で、効果が立証されてますからね」

 

 口に出して「妙な事だ」と思いながらも、不思議と大きな違和感は感じない。

 ヤマトとは他のクルーに比べて1年程長く付き合っている。

 初めて出会った時、この艦は自沈によって2つに折れ、スクラップと形容するしかない無残な有様だった。

 

 真田は合理的な人間なので、当初はテクノロジーを回収した後はヤマトの残骸を資源に新しい艦艇を建造すべきだと主張したのだが、ユリカに「ヤマトを復活させなきゃ意味がない」と言われて早々に撤回する事にした。

 流石に無茶が過ぎるし、地球の状況の悪化を鑑みるに出来るだけ早くガミラスに対抗出来る戦闘艦を用意すべきだとは思ったが、恩人たるユリカの意向は極力汲みたかった。

 

 思い返すのは5年前の12月。世間はクリスマスに騒いでいる時期で、真田は大学の卒業後の進路で色々と悩んでいた時期だった。

 大学の研究室に残るというのも考えたが、それでは自身の目的を果たせないのではと考え、出来れば企業の研究開発に携わる部署に付き、行く行くは自分の信念に基づいた結果を世に出していきたいと考えていた時期だった。

 

 真田はそんな思いを抱いて様々な企業を巡り、あの時は丁度ヨコスカを訪れていた。

 

 そう、ボソンジャンプの研究を察知してそれを妨害すべく、初めて木星のジンシリーズがその威容を現した、あの日だ。

 あの時、事態を収拾したのがナデシコである事は真田も知っている。テツジンを無力化し、相転移エンジンの暴走でヨコスカを滅しようとしたマジンもボソンジャンプで連れ出してくれたことで、真田は命拾いをしたのだ。

 

 そのナデシコの艦長がユリカであったこと、ボソンジャンプを実行したのがアキトだと知ったのは戦争が終わってからの事で、守が教えてくれたのだ。彼も偶然知ったと言っていたが。

 だから、世間でどう言われようとも自分の命を救ってくれたナデシコとそのクルーへの感謝を忘れた事は無い。

 それ故に、何気なく見た新聞の記事で2人が死んだと報じられた時は酷く落胆したものだ。

 あの2人がラーメンの屋台を営業している事は知ったので、近い内にお礼も兼ねて食べに行こうかと思っていたのだが……。

 

 真田が2人の生存を知り、叶わぬと思っていたユリカとの対面を果たせたのが――あのヤマトのドックだったのだ。

 丁度、ネルガル傘下の家電メーカーに就職して研究職に就き、メキメキと頭角を現した真田をネルガル本社がヘッドハンティングしたのだ。

 落ち目だ何だと言われながらもナデシコの建造元という事で興味があったネルガルなので、その関連企業に就職した真田であったが、スカウト先では兵器開発の職に就く事を要求されたので非常に悩んだものだ。

 

 真田は自身の技術と知識が、直接的に人を不幸にするであろう兵器関連に使われる事は望ましく考えていなかった。だが、自分の命を脅かしたのも兵器なら、救ったのもまた兵器だった事も理解している。

 確かに兵器は直接人を殺めるために造られる存在ではあるが、それで護られる人も居るのだという事を身をもって味わった。

 

 勿論、それはその兵器が他者に向けられ、その命を刈っているからこそ成立しているという事も理解した上で。

 

 大いに悩んだ結果、真田は了承した。

 かなり熱心に口説かれた事もそうだが、やり取りの中でついアキトとユリカの事を口にしてしまった際、「これから貴方に働いて欲しい場所でなら、会えるかもしれませんよ」と言われた事が決め手だった。

 最初は「あの2人は事故で死んだはず」と、軽々しく嘘を口にした眼鏡をかけたちょび髭の男性に憤慨したものだが……。

 

 「いえ、嘘ではないのです。まだ公表されていませんが、実は――」

 

 プロスペクター、と名乗った男性が語った衝撃の事実に真田は絶句して、強く拳を握り締めて憤った。

 真田にとって最も許せない手段を平然と取りながら、「全ての腐敗の敵」などと宣ったあの恥知らず共に、真田は頭が真っ白になる程の激情を露にしたものだ。

 それに、真田をスカウトしに来たのは折しも突然出現した侵略者――ガミラスの存在も大きく、強大なガミラスに対抗するためにも真田の知恵と技術を借りてより強力な兵器開発を行いたいと言われ、ついに真田も重い腰を上げたのだった。

 

 その結果、望みながらも果たせぬと思っていた、運命的な出会いを果たしたのである。

 

 だから、真田はユリカの意向を最大限に汲み取ってヤマト再建に協力した。そういう意味では恩返しを兼ねていたと言っても過言ではないだろう。

 ヤマト乗艦を志願したのも大体それが理由だ。再建に最初から関わっている真田にはこの艦の機能の全てがわかっているし、どのような形であれ彼女の乗る艦に乗りたかったのだ。

 まさかそこで守の弟と同僚になるとは思ってもみなかったし、復讐者に墜ちていたアキトが出航直後に彼女の元へ帰ってくるとも考えてはいなかったが。

 

 「ヤマトの意思が発現――か。改めて口に出すとおかしな気分ね。日本には古来から、付喪神という伝承みたいなものがあったけど……ヤマトが260年前の戦艦大和の改造で生まれた艦と言うのなら、長い年月を経て霊性を得たと考えるのもありかもしれないわね」

 

 科学者の言う事じゃないでしょうけど、とイネスは自分なりの見解を告げる。だが、真田はその考えが嫌いではなかった。

 

 「確かに科学者とか技術者の言う事じゃねぇけど……そういうオカルトは嫌いじゃないぜ。モード・ゲキガンフレアと言い、ますますアニメチックになってきたな」

 

 つい今し方仕上がった図面を掲げ、惚れ惚れする様にねめ回すウリバタケの姿に真田とイネスは軽く引く。

 図面の内容が内容なのではっきり言って危ない人だ。まごう事なき変態だ。おかしな改造を追加されないように監視を強めねば!

 

 (しかし、これが完成して機能さえすれば……艦長の助けになるはずだ。艦長……アキト君やルリ君やラピス君、古代の為にも負けないで下さい――)

 

 とにかく、まずは例の品に手を加えて試作品としよう。

 真田は科学者として、必ず人の幸せのためになって見せると、意気込みも露にヤマトの整備と並行してユリカの為の品を作り始める。

 イネスはそんな真田の傍にそっと寄り添って、自分の仕事を疎かにしない程度に手を貸すのであった。

 

 

 

 「――もしかして、俺って邪魔なのか?」

 

 少し離れた所で良い雰囲気(?)な真田とイネスを見て、少し居心地を悪く感じる。

 

 ちなみに開発が決定したユリカへの支援物資は物がものなのでついつい妙な興奮をしてしまったが、想定通りの機能を発揮すれば日常生活には何とか支障をきたさずに済むはずだ。

 病状の進行を止める事は技術者のウリバタケには叶わないが、こういった支援は出来る。

 ナデシコ時代からの付き合いだし、あの2人の結婚の際は既婚者として色々協力したし、ウリバタケはこういった時簡単に人を見捨てたりするような薄情な真似は決してしない。

 

 ――家族を保護して貰った恩もある。

 

 ガミラス戦が始まってからあまり間を置かずに生まれた3人目の我が子を養うのは、地球の荒廃が加速度的に進んでいるこのご時世ではそれは厳しいものだった。

 

 ヤマト計画の一部であったダブルエックスの開発に参加した時は、相応の手当ても貰えたので本当に助かったものだ。

 何とか家族を養えたのはこの計画への参加が大きく、この時ばかりはネルガルの存在に感謝したが、「再建前におかしな改造をして欲しくない」とヤマト再建計画から締め出された事や、家族の事を思ってユリカが意図的に声をかけなかったと聞かされた時はそれは憤慨したものである。

 

 自業自得と周りからは言われたが。

 

 ともかく、必要とされていると感じてヤマトに乗ったが、内心家族を置き去りにすることに罪悪感が湧かない訳ではない。木星との戦いや火星の後継者との戦いとは状況があまりにも違い過ぎる。

 今生の別れになる危険性は――今までの比ではないのだから。

 

 だからせめてもと思い、ヤマト発進前にウリバタケからネルガルに保護を頼み込んでいたのだが、返ってきた答えが「もう艦長に頼まれて準備してるよ。心配しなくても帰って来るまで面倒見てあげるから、頑張ってきてよ」と、アカツキ会長に太鼓判を押されて拍子抜けしたくらいだ。

 ウリバタケはそれを聞いた直後、ユリカにお礼を言いに行ったのだが「太陽系を出る時にみんなに教えるから、それまで黙ってて下さいね」と言われたので約束通り黙っていた。

 

 結果があの大盛況に終わったお別れパーティーだ。

 そう言った経緯があるので、ウリバタケは一気に打ち解けた真田とも協力してヤマトに航空隊の改良に勤しみ、こうして合間を縫ってユリカを支える物資の制作も行っている。

 

 ユリカが示した条件を考えると、ユリカやルリらナデシコの元首脳陣がヤマトに乗る以上、その“友人”という立場にあるウリバタケ一家はウリバタケがヤマトに乗らずとも保護対象になる。

 その事実に行き着いたウリバタケは、技術者として不審がられた事には憤慨したが、友情を大切にしてくれたユリカに対しては感謝せずにはいられなかったものだ。

 

 だからこそ恩返しがしたい、家族と友の未来を懸けたこの戦いに勝利したい、緑の地球は俺達が護る! というシチュエーションに燃えているからこそウリバタケは全力でヤマトの航海に挑んでいる。

 

 ユリカが倒れた事にはショックを受けているが、恩を返すためには――彼女と地球の未来を守るためにはウリバタケが出来る事を最大限にこなして、ヤマトをイスカンダルに辿り着かせるしかない。

 “大人な”ウリバタケは、そうやって自分を鼓舞して今眼の前の仕事に取り組む。

 同時に艦内のこの空気を“ユリカの息子”である進が払拭するだろうと、漠然と考えていたのであった。

 

 

 

 雪は居住区の廊下を足早に移動していた。

 恋する進が変に気落ちしていないかが心配で堪らなくなり、仕事の合間を縫ってその姿を探していた。

 

 今はルリが倒れているので、雪は生活班長の職務と合わせて副オペレーターとしてヤマトの情報管理を行わなければならない。

 流石の雪でもそれだけの激務を処理する事は不可能なので、今は事務仕事に強いエリナの助力も借りて辛うじて捌いている有様だった。

 

 だがその忙しさにあっても雪は進が心配で仕方が無い。

 母親同然のユリカが倒れて、進もさぞショックを受けているだろう。

 雪だって辛い。雪にとってはユリカは尊敬する上司であると同時に、年の離れた仲の良い友人である。それに上手くいけば将来の義母同然の人だ。

 イスカンダルまでの旅路はまだ半分も過ぎていないのに、ユリカの体調がここまで急激に悪化するとは予想されていたようで、されていなかった。

 決して楽観していたわけではない。雪もイネスもユリカの体調管理には気を遣っていたし、ユリカも大人しくしていないようで自身の体調管理には相応に気を遣っていた。

 

 次元断層に落ちた事はまごう事なき事故であり、誰の責任と言う訳ではない。それだけに、クルーは誰しも責任を感じてしまって士気を落としていた。

 普段からユリカがどれだけ自分達の事を気遣ってくれていたのか、最悪の形で思い知らされてしまっていた。

 

 そんな状況なので、少しでも愛する進の支えになりたいと考えて――自身の辛さも誤魔化したくて雪は進の姿を探していた。

 居住区にも姿が見えなかったので、艦橋か艦長室にでも居るのかと思ってエレベーターに乗ろうとした所で当の進とばったり出くわした。

 

 「雪、どうしたんだ? 血相変えて……」

 

 「え!?」

 

 進に言われて思わず顔に触れてみると、強張った表情をしていた事に気付いた。

 やはり、この艦内の空気は日頃クルーの精神衛生を気遣っている雪にとっても辛かったのだと改めて思い知らされた。

 

 「え、あ、その……古代君の事が心配で……」

 

 動揺があったからか、つい本音が漏れる。

 雪の言葉に目を見開いて驚いた進だが、すぐにふっと表情を和らげて雪に微笑みかける。

 

 「心配してくれてありがとう、雪……でも、もう大丈夫だ。雪は少しでも艦内の空気を改善出来るように何か考えてくれないか?」

 

 そう言われて雪は「ええ、わかったわ」と頷く。進はそんな雪の肩を叩いて「頼りにしてるよ」と声をかけるとエレベーターを降りて居住区を進んでいく。

 凛々しい進の横顔に見惚れながらも、雪の冷静な部分があの方向は進の部屋だ、と行き先を予想する。

 

 (あのファイルを置きに行くのかしら。自室に置くという事は重要な資料ではないという事になるけど、あんなに厚い資料を一体何処で――)

 

 雪は進が脇に抱えていた分厚いファイルが気になった。

 もしかしたら、とんでもない内容でも書かれているかもしれないと、女の感が囁くのだ。

 もしかしたらユリカが、進を奮起させる何かを万が一に備えて残していたのかもしれない。

 雪は、ふとそう考えるのであった。

 

 

 

 艦内が重苦しい空気に侵されていた頃。ルリは自室のベッドで休んでいた。

 電子の妖精と呼ばれ、遺伝子操作でオペレーター特性が強化されているルリではあったが、流石にあのリング制御は無茶が過ぎた。

 回転速度やリングの数の制御は勿論、攻撃方向を各種観測データから予測してリングの向きやデブリの密度を調整し、さらにミサイルなら極力デブリで、重力波は極力リフレクトビットで受け止め、さらに重力波の反射角の計算と……正直ルリとオモイカネの実力をもってしてもオーバーワーク気味であった。

 そこに日頃悩みの種になっていたユリカの病状が急激に悪化してしまったとあれば……ルリが限界を迎えてしまったのも頷けるというものだろう。

 

 「ユリカさん――イスカンダルまで持つのかなぁ?」

 

 過労で倒れたルリは、苦しみながらもユリカの身を案じていた。

 ユリカの事を思うとオチオチ休んでいられない、自分がしっかりしてヤマトの機能を維持してイスカンダルへの航行を続けさせなければと思うのだが、体が言う事を聞いてくれない。

 立ち上がろうにも頭が締め付けるような痛みに襲われ、視界がぐらぐらと揺れて真っすぐ立っていることも出来ない。当然歩行は論外だ。

 イネスにも雪にも「大人しく寝ていなさい」と自室で静養する様に言い付けられては、もうルリに逆らう力など残されていない。

 

 そうして大人しく自室に引き籠ることしたルリではあったが、あまり休めている気がしない。

 夜も寝る度にユリカが苦しみもがいた末落命する夢を見た。

 

 全身にナノマシンの輝きを宿し、血反吐を吐きながら全身を痙攣させて死ぬユリカ。

 

 過労のせいか、なかなか寝付けないのにこの夢だ。

 しかも夢の中のユリカは決まって激しく苦しみ、ルリに「助けて……」と縋ってくる。

 吐血で汚れた手でルリの服の裾を掴み、血だらけになった顔で……。

 ルリは何かしてあげたくても何もする事が出来ない。

 凄惨な光景に指先1つ満足に動かす事が出来ず、ユリカが死んでいくのを黙ってみる事しか出来ないのだ。

 そしてユリカが動かなくなってから自分の絶叫で目が覚める。それを寝る度に繰り返す。

 

 ルリの気持ちは全く休まる事無く、ただただ時間だけが過ぎていく。

 嫌な汗を掻いて濡れたパジャマが気持ち悪いが、自分では着替えもままならない。

 

 (……もうお昼か)

 

 食欲は全く沸いてこない。朝は雪がおかゆを持ってきてくれたが、雪とて忙しい身だ。それなのに時間を割いてまで食べさせてくれて、その後着替えまで手伝ってくれたのだから、本当に頭が上がらない。

 

 雪は今、倒れたルリの代わりにオペレーターとしてヤマトの情報統括任務にも就いているはずだし、本来の役目である生活班長としての任務も平行しているはず。

 そう思うと、無理らしからぬ事とはいえ過労でダウンしてしまった自分が情けない。

 雪は普段からルリ以上の激務をこなしているはずなのに。

 

 そう思ってもう一度起き上がろうと上半身を起こしてみたが、酷い眩暈と頭痛に呻いて、倒れ込むようにまた枕に頭を埋める。その衝撃で更に酷く頭が痛む。

 本当に情けない。ユリカはイスカンダルからの薬を得るまでは、ずっとこんな苦しみに耐えながらヤマト再建を先導して――最後の希望を繋いだというのに。

 

 悲しくて悲しくて、ルリの目から涙が溢れる。顔の横を流れた涙が枕を濡らす。

 

 ルリなりに力を尽くしたはずだった。あのアステロイド・リング制御はルリとオモイカネのコンビだからこそ出来た神業だと自負している。

 だがそれでも届かなかったのだ。ルリとオモイカネの全力を尽くす事でヤマトはあの包囲網の半分は無傷で突破出来たが、ユリカの機転で波動砲を推進力に使わなければ……リョーコとアキトがサテライトキャノンの使用を考慮して戦っていなかったら……ヤマトは沈んでいた。

 指揮官を経験したルリにはわかる。いや、ジュンや進もわかったはずだ。

 

 敵指揮官はユリカに勝る能力を持つ。

 

 万が一、ユリカ不在の状態でまたあの指揮官が率いる艦隊と交戦したとしたらヤマトは……そう思うと心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚に陥る。

 ゲームとは言えユリカ相手に全戦全敗のルリでは到底勝ち目が無い。

 戦力に絶対的な差がある状態であの百戦錬磨の指揮官相手に打ち勝つには、如何に相手の思惑を外せるかにかかっている。

 

 だが、良くも悪くも“常識的な”ルリとジュンではそれをするのが難しいのだ。こういうのは経験もそうだが、本人の資質によるところも大きい。

 ユリカは常識や正攻法を知りながら、“良くも悪くも”それに囚われない突飛さを持ち合わせた人間だ。

 時にそれが裏目に出る事もあるが、それはルリやジュンには無い発想力に繋がっている部分でもある。

 現に波動砲の反動を利用した逆推進も、最初に思い付いたのはユリカだった。

 ルリは頼まれて実際にやったらどうなるのかを計算はしたが……あの局面で使う事を考えられたかは怪しい。

 それはルリが合理的な行動を選択するように心掛けているからだ。あの局面で波動砲を使用して推進力にしたとしても、包囲網を突破出来る保証は殆ど無かった。

 実際、ユリカも当初は突破後の最後っ屁として考えていたはずだ。

 それを取り下げてあのタイミングで使用したのは、それ以上の長期戦はヤマトを沈めるだけだと判断した思い切りによるところが大きい。

 

 実際あの時、ヤマトが包囲網を瞬時に抜け出せるような隙は無かった。その隙を作ったのはサテライトキャノンの砲撃であり、切羽詰まった状況故の出たとこ勝負に過ぎなかった。

 逃走に成功したのは、アキトとリョーコの下準備とユリカの思い切りが上手く噛み合ったからに過ぎない。

 もしもサテライトキャノンが発射不能だったら……ヤマトを待っていたのは機関部を破壊されて撃沈――もしくは鹵獲だっただろう。

 

 ゾッとする話だ。同時にヤマトがガミラス艦隊に対してある程度強気に出れているのは、やはり波動砲の存在が大きく、それが封じられればあそこまで脆くなるのだと思い知らされて、憂鬱な気分になる。

 

 それにしても――。

 

 ルリは思う。何故銀河系を出てからもガミラスの攻撃があるのだろう。

 それに、あんな指揮官が出てきて、次元断層に落ち込んだヤマトをわざわざ攻撃しに来るなんて。

 

 「ガミラスの本星は――てっきり銀河系にあると思ってたけど、違うの?」

 

 ガミラス本星の所在は、現在に至るまでわかっていない。

 だがあれだけの文明を持つ星となると、やはり地球型の惑星が必須だろうし、艦隊を整備するための資源を得られるとなると、大量の恒星系を有する銀河の中でしか発生しえないはずだ。

 

 だからルリは、ガミラスは天の川銀河の中で発生して勢力を拡大する過程で地球を狙ったのだとばかり考えていた。

 だが天の川銀河を出てからもガミラスに接触し、あそこまで優れた指揮官を刺客として送り付けてくるという事は――。

 

 「……大マゼランか小マゼラン、もしくはアンドロメダ銀河のような別の銀河系から版図を拡大しに来たって事になってしまう。それに、イスカンダルはガミラスの名を知っていた」

 

 となると、ガミラスは大マゼランか小マゼランのいずれかにあって、イスカンダルもその存在を知る事が出来る状況にあるという推論が成り立つ。

 

 だとすれば――。

 

 ルリは恐ろしい想像に行き着いてしまった。

 もしも、ガミラスがイスカンダルを知っていて、イスカンダルが地球に支援した事を把握しているのなら……ガミラスがイスカンダルにも侵略の魔の手を伸ばす可能性がある。

 

 そうなったとしたら、ヤマトはどうすればいい。地球を救う為にはコスモリバースシステムを受け取ってすぐに帰還して環境改善を行わなければならない。

 それが成ったとしても、今度は地球の復興だ。インフラの再建もそうだが、また侵略者が現れないとも限らない以上、防衛艦隊の整備も急務になる。

 そんな状況下で、イスカンダルが危機に晒されたとしても救援に向かえるのだろうか。

 

 イスカンダルは、すでにコスモリバースシステムを自力で届ける事すら出来ない状況にある事が確定している。

 だとすると、イスカンダルは自分の身を護るに十分な戦力すら有していない、地球と似たり寄ったりな状況の可能性も否定出来ない。

 ただ、それだと地球に支援出来る程度の余力があったことが理解出来ない。それともコスモリバースシステムを提供する代わりに、完成したヤマトの力でイスカンダルの脅威を取り除くという交換条件でもあったのだろうか。

 

 だとしても、最初のメッセージで一切触れない事が気がかりだ。救いを求めているとは考え難いが……。

 

 やはり、寝ていられない。何としてもヤマトを――1日でも早くイスカンダルに到着させなければ。

 イスカンダルの思惑を量っている余裕は無い。今はどれほど気掛かりであっても、スターシアの言う通り、疑う事無くイスカンダルを目指すしかないのだ。

 

 また家族で一緒に生きていくためにも!

 

 ルリはもう1度上半身を起こそうと力を振り絞るが、激しい頭痛と眩暈、今度は吐き気までもが襲い掛かってくる。

 

 (負けてられない。ユリカさんは……ユリカさんは、アキトさんは……ボロボロの体でも頑張れたんです!)

 

 苦しみながらベッドから起き上がろうとした時、インターフォンが鳴らされた。

 ベッド横にある端末を操作してドアの前の映像を写すと、

 

 「ルリさん、ご飯持ってきましたよ」

 

 「どうも、お見舞いに来ましたよ」

 

 ハリとサブロウタが来ていた。

 

 

 

 サブロウタは食堂で食事を摂りながら、隊長のリョーコと今後の方針について軽い話し合いをしていた。

 ディバイダーとビームマシンガン、それらを活用するためのエネルギーパックがそこそこの数配備された事で、コスモタイガー隊の総火力はかなり向上している。

 しかし、次元断層での大規模艦隊戦となると流石に出番が無かった。

 環境的に出撃出来なかったとはいえ、あのような大規模戦闘となると砲撃密度が高く、流れ弾による撃墜の危険性が高過ぎて機動兵器部隊が運用し辛い。

 例外は、ボソンジャンプによる急襲と回避が可能なアルストロメリアとガンダム2機だけだが、それだけだと手数が足らない。

 頼みのサテライトキャノンも連射が効かず、発射直後の無防備さをフォローするにはアルストロメリアだけでは到底手が足りない。

 発射直後はタキオン粒子の空間波動等の影響を考え、ボソンジャンプシステムが停止してしまう事もフォローの難しさを助長している。

 

 そんな事をリョーコと話して、これからの連携や工作班への改良や装備の開発要請などを何点か纏めて提出するかどうかを検討してみる。

 

 どうせ自重していないのだから。

 

 サブロウタが食事を終えて食堂を後にしようとしたところで、自室でダウン中のルリに食事を運ぶ役割に志願したハリと遭遇した。

 で、おかしなことにならないように監視して欲しい――ついでに落ち込んでいるであろうルリを一緒に励まして欲しい、との事なのでサブロウタも快く応じて同行する事にする。

 交際を始めたと聞いていたから少し遠慮していたのだが、万が一にも暴走しないようにハリも自重しているようだ。

 まあ、舞い上がってしまう気持ちはわからないでもない。が、抑え役を求める辺りはヘタレではないかと思う。

 ……ハリらしいと言えばハリらしいのだろうか。

 

 そんな事もあってサブロウタはハリと一緒にルリの部屋にお見舞いに来ていた。

 ――思った以上に、具合が悪そうだった。

 顔色が悪いし涙が流れた跡もある。

 過労もあるだろうが、やはりユリカが倒れた事が効いているのだろう。

 

 サブロウタですら今後の航海の不安が増したくらいだ。

 ヤマトの使命はもちろんだが、サブロウタにとっては敬愛するルリが望む結末が得られるかどうかも大切である。そのためにユリカの生存と回復が必須となれば、彼女の病状の急激な悪化は到底好ましいとは言えない。

 それに、ナデシコと戦っていた時はあまり意識していなかったが、ヤマトで共に戦うようになってからは彼女の指揮能力がどれ程優れていたかを、これ以上無い形で見せつけられた。

 それだけに、あの艦隊を指揮した指揮官との再戦が想定される現状――ユリカが倒れてしまった事は最悪に等しいシナリオと言えた。

 サブロウタの目から見ても、ルリとジュンではあの指揮官に打ち勝つのは難しい。そもそもルリは、ヤマトの防御機構であるアステロイド・リング防御幕の制御をリアルタイムで完璧にこなす必要性が、今後出てくるだろう。

 そうなるとルリには指揮をする余裕が無くなる。

 ジュンは指揮能力はともかく、ユリカほどの突飛さもなく危機的状況下でのガッツにやや不安が見られる。

 現状を変えられる一手があるとしたらやはり……。

 

 (古代がヤマトの指揮を執る……しかねぇかもな。あいつはメキメキと実力を上げてるし、シミュレーション上とはいえ、いざと言う時には波動砲の使用すら躊躇しない度胸がある。あの対戦のおかげで指揮能力が低くないってことは証明されたし、後はあいつ次第でどうにでもなる。あの艦長と引き分けた、って結果は他の連中には頼もしく見えただろうしな)

 

 「わざわざお見舞いに来てくれてありがとう……でも、もう大丈夫だから……」

 

 ベッドで寝ているルリは、案の定というか無理をしてでも起き上がろうとしていた。

 サブロウタは思考を中断して「駄目ですよルリさん。今はゆっくり休んで回復するのが仕事です」と、やんわり注意して体を起こそうとしたルリをベッドに押し留める。

 予想通り。気持ちが落ち着かなくて無理しようとしている。

 こういうのを諫めるのも、副官としての役目だろう――元だけど。

 

 「そうですよルリさん。大活躍だったんですから休んでて下さい。それに、ルリさんが無茶して体を壊す事を、ユリカさんが望むとは思いません」

 

 ここでユリカの名を出して諫めるとは……一歩間違えば逆効果になるが、今回は効果があった様だ。

 

 そういえば、ハリはユリカが倒れた後も自分の任務を疎かにする素振りを見せない数少ないクルーだった。

 少し気になったサブロウタが尋ねてみると、

 

 「別に艦長に対して何も感じないってわけじゃないんです。でも、僕がしっかりしないと。島さんだって落ち込んでますし、ルリさんだって…………艦長を救ってみんなで笑顔でいられるようにするためには、ヤマトがこの航海を完遂するのが一番なんです。僕は――ルリさんの為にも頑張らないといけないんです!」

 

 との事だった。

 

 「――ぅぅ、わかりました……」

 

 諫められたルリは素直に休んでいる気になった様だ。

 サブロウタはそれを確かめた後「ちょっと失礼しますよ」と、ベッドをリクライニングさせて上半身を起こしてやり、食事しやすいようにする。

 

 「それじゃあご飯をちゃんと食べて、ゆっくり休んでて下さいね――はい、あーん」

 

 ハリは持ってきたルリの食事――おじやの器の蓋を開けてスプーンで掬って突き出す。

 

 一瞬ルリとサブロウタの思考が完全に停止した。

 

 「……ちゃんと食べないと駄目ですよ。食べて良く寝て早く元気になって下さいね」

 

 そう言ってさらにスプーンを突き出す。ハリの頬も心なしか赤らんでいる気がするが、だからと言ってスプーンを引っ込めようとする気配が無い。

 

 (こいつ――意外なところで根性あるじゃねえか!)

 

 「じ、自分で食べれるから良いですよ……!」

 

 恥ずかしさで顔を真っ赤にしたルリは自分で食べようとスプーンに手を伸ばすのだが……。

 

 「朝も自分で食べれなくて、雪さんに食べさせてもらったって聞きました。無理しないで下さい」

 

 そういえばそんな事を聞いたな、とサブロウタも思い返す。食事を注文した時、料理長の平田が、

 

 「今朝の食事は班長が食べさせてあげたと聞いている。まだ具合が悪そうだったら、そうしてあげた方が良いかもしれないな」

 

 と微笑みながらハリにおじやを入れた器を渡した。基本的な食事はプレートで提供されるとはいえ、こういった食事の為に少数だが専用の食器も用意されているのだ。

 

 ――ともかく、平衡感覚も微妙で自力で食事するのが困難な自覚のあるルリは、真っ赤なまましばらく唸った後、観念して口を開けた。

 

 それからの事は、ルリはあまり口にしたくないと後に語っている。

 

 だって、サブロウタが「じゃあ俺、エステの整備に行って来るんで」と気を利かせて2人きりにされてしまったのだから、もう逃げられなかったのだ。

 

 そうなると今度は自分の格好が気になる。

 

 だって、パジャマだし。肌着も付けてないから汗で濡れて微妙に透けて……はいないか。

 でも、汗臭く無いかな、と体臭が気になりだす。着替えさせてもらったし、お湯で軽く濡らしたタオルで拭いて貰ったとは言え、アレからまた汗掻いた……。

 

 (あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁっ!!!)

 

 と、色んな意味でルリは絶叫を上げた。勿論、心の中で。

 

 

 

 ルリが心の中で絶叫していた頃アキトは「ちょっと外の空気吸ってくる」とリョーコに断ってから、パイロット室を抜け出した。

 ユリカの見舞いはもう済ませたが、結局アキトが見舞っている間意識が戻る事はなかった。昏々と眠る姿は見ていて辛いので、気持ちを入れ替えたくて最寄りの右舷展望室に寄り道していた。

 

 「……ユリカ、負けるなよ……」

 

 眼下に広がる広大と言う表現すら生ぬるく感じる宇宙。ヤマトの後方には母なる地球を含んだ、太陽系を擁する天の川銀河の輝きがある。

 地球から約2万6300光年は離れたと言っても、宇宙のスケールからすればまだ近所にいるのだと嫌でも理解させられる。

 

 次元断層から離脱したヤマトは敵の追撃をかわす目的の無差別ワープをして以降、ワープをしていない。

 ユリカとあの戦闘の怪我人の状態を考えた結果、次のワープは30時間後とされ、今から6時間後を予定している。

 不幸中の幸いなのは、主砲を3基も潰された割に死者が出なかった事だろうか。

 重傷者は数名出たが、何れも医療班の懸命の治療の甲斐あって容態が安定している。イスカンダルの医薬品とヤマトから回収された医療機器等を組み合わせた結果、地球側の医療技術は一段と進歩し、重症者であっても2週間程度の入院で何とか復帰出来るほどになっている。

 勿論その場合の怪我は五体満足であることが絶対条件で、手足を失ったり臓器に甚大な損傷を受けると、それ以上の長期入院は避けられないし、回復出来るかも微妙になる。

 

 そして意外な事だが、ヤマトでは義手や義足と言った四肢の欠損を補う医療に関して妙に充実しているのだ。

 冥王星の時は、片足を切断しなければならなくなったクルーが1人出てしまったのだが、あまり間を置かずにそのクルーに適した見事な義足が届けられ、IFSを応用したナノマシン神経接続技術であっさりと動けるようになってしまった。

 おまけに熱や痛みなどもちゃんと感じられる拘り抜いた一品は、「紛い物とは思えない」と本人が漏らすほどであった。

 

 ヤマトは特殊な任務に従事している上長期に渡って寄港も出来ないため、紙幣や硬貨と言う形での給料は支払われておらず、全て電子マネーで支払われている。

 日々の食事や最低限の医療費等は差っ引かれるのだが、これだけ高性能な義足でありながら格安で提供されたため、実は裏があるんじゃないかとそのクルーが問い合わせたところ真田工作班長から、

 

 「良いから貰っておけ。何かあったらすぐに言えよ。俺が手入れしてやるからな」

 

 と笑顔で言い切られ、引き下がらざるを得なかったと聞く。実際、何のトラブルも無く快適に生活出来ていて任務にも支障をきたしていないとか。

 外からぱっと見ただけではわからないほど精巧に作られ、接続部も人工皮膚で隠蔽されているので、「海に行っても大丈夫そうだ」と冗談半分に言っていたのをアキトも聞いている。

 

 ユリカに関してもアキトが似たような症状を抱えていた事や、その時の主治医的立場にあったイネスが居る事もあって、アキトも使っていた品々をベースに手を加える事で何とか最低限の日常は遅れるようにすると豪語していた。

 アキトよりも格段に状態が悪いのに、本当に大丈夫なのかと心配になったが、アキトの治療に携わってきたイネスなら大丈夫だと思う。

 それでも、ユリカが自分と同じような障害を被ってしまったという事が、アキトにとってはとても辛い事だった。

 経験したアキトだからわかる、当たり前のはずの感覚が失われるあの喪失感――絶望。

 ユリカには、味わって欲しくなかった。ユリカにだけは――。

 

 それに、予想よりもユリカの病状の進行が速まっている。次元断層に落ちた事が加速した直接の原因だろうが、やはり想像通り過酷なヤマトの航海が、彼女の命を容赦なく削り取っている。

 新生したヤマトは信頼性に難があるとは言え、性能面では以前のヤマトを超えているのだ。ユリカも旧ヤマトの詳細な活躍はわかっていないと言っていたが、似たような旅をした事はあるはずだと言っていた。

 

 だとしたら、今のヤマトの航海は旧ヤマト時代に比べて過酷さを増しているという事だろうか。

 

 このままガミラスの妨害の過酷さが増したら……いや、それも問題だがヤマトが元々あった世界と宇宙の構造が同一とは限らない、いや違っていて当然だろう。

 だとしたら、ヤマトが今まで経験もした事の無い未知なる空間を進む事になって、ヤマトがさらなる苦難に晒される事だって。

 

 本当に、ユリカは耐えられるのだろうか。戦闘なら、アキトもダブルエックスで頑張れる。だが宇宙の難所を超えるには役に立たない。

 ――ヤマトという組織の中では、アキトは一介のパイロットに過ぎない。直接運航に関わってユリカを助ける役目についていないのである。

 そんな自分の無力さに悶々としていると、

 

 「テンカワ、ちょっと良いかい?」

 

 イズミに声をかけられた。

 珍しい人物に声をかけられて、アキトは少し戸惑ったが断る理由もないので応じる。

 展望室の壁側に設置されているソファーに並んで腰かけ、少しの沈黙を経てイズミが口を開く。

 

 「辛いだろうけど、あんたがめげちゃいけないよ。艦長は、あんたの大切な人は――まだ生きてるんだからね」

 

 「イズミさん……」

 

 多分励ましに来てくれたんだとは思っていたが、思った以上に真面目な流れだった。

 

 「大切な人を亡くす辛さはよく知ってる。でも、まだあの子は生きてる。辛いだろうけど、あの子の為にもあんたは笑顔を浮かべる余裕を持たなきゃ駄目だ。あの子を何としても繋ぎ留めたかったら、これまで通り無理をしてでも励ましてやらなきゃ駄目だ」

 

 「――気付いてたんですか、俺が……少し無理してるって」

 

 イズミの言い方にアキトが尋ねる。

 

 「最初は、理不尽に引き剥がされた後の再会だからタガが外れただけだと思ったけどね。それにしたって、あんた、少し艦長とイチャつき過ぎに思えたよ。2人きりならともかく、ああいう風に人前でイチャつくのは……艦長はともかくテンカワにとっては苦痛だと思ったしね」

 

 「――まあね。確かに少しタガが外れてたのは事実だけど、少しでもあいつを元気付けられるんなら多少の恥は気にしないつもりだった。イスカンダルまで、何としてでもユリカの命を繋がないと未来が無くなるから――俺は、あいつと生きる未来が欲しい。1度は一方的に置き去りにしちゃったけど、その分の詫びも含めて、あいつをイスカンダルに連れて行きたいんだ。だけど、今の俺にはヤマトの現状をどうにか出来る力は――」

 

 拳を握り締めて俯くアキトを横目に見ながら、イズミはぽつりと言った。

 

 「私も、大切な人を――婚約者を2度も失った身だ。見ず知らずの他人ならまだしも、知り合いが同じ目に遭うのを見るのは……正直良い気分じゃない。当人同士で揉めて離縁したなら、話は違って来るけどね」

 

 イズミの告白に驚くアキトだが、そう言えば「記憶マージャン」の時にちらりと見た気がする。

 そうか、だから気にかけてくれていたのか。

 思い返してみれば、ナデシコ時代に比べるとイズミがアキト達を気にかけてくれている気がする。

 リョーコに比べると自然な感じだったから、そう言った裏事情までは感付けないでいた。

 「だから色々あったにしても、彼女を一方的に置き去りにしたあんたに怒りが湧かない訳じゃなかった。けど、戻って来て決着をつけたみたいだから水に流すとして――今は力を貸してやるよ。パイロットであっても、力になれる事はあるはずだしね」

 

 ふっと笑うイズミを見て「珍しいものを見た」という顔をするアキト。

 旧ナデシコ時代からの付き合いだが、個人的な付き合いがあったわけでもない、パイロット仲間としてもリョーコほど近くもない、ヒカルのような話題も無いと、少々距離のある付き合いだったから、こうやって話しかけてくること自体異例中の異例だ。

 

 「その、ありがとう、イズミさん」

 

 思いがけない人物の思いやりに、アキトは少し目頭が熱くなった。

 改めて思うが、本当に色々な人に支えられて、ここに立てている。

 

 「だから艦長やテンカワ達が何を隠してるのかは、敢えて聞かない事にするよ」

 

 イズミの言葉にアキトがピクリと反応する。

 

 「私なりに色々考えてみたけど、指揮能力の事を考えても艦長がヤマトに乗艦するのは――病気の事を考えるとどうしても不自然だ。ヤマトが地球に帰還するまで命が持たないにしても、もっと体の負担を抑えられる役職に就いても良かったのに、どうして艦長でなければならなかったのか。色々考えてみると、あまり良い答えには行き着けなくてね……」

 

 「――確かに。爆弾だよ、俺達が隠してる情報って。だから、これ以上は今は――」

 

 「聞き出すつもりは無いよ。そっちが愚痴で口を滑らせても、私は決して口外しないって誓う。正直暗い雰囲気は好きじゃないしね」

 

 そりゃアキトだって暗い雰囲気は好きではないが、普段どちらかというと陰湿な雰囲気なイズミが言うと説得力を感じ難い。まあ、良く駄洒落や漫談を披露しているので本音なのだろうが。

 アキトは周囲を見渡し、人影が無い事を確認するとコミュニケの電源をオフにしてから、

 

 「――俺の独断になるけど、イズミさんには話しても良いかと思う」

 

 その態度にイズミもコミュニケをオフにして周囲に気を配りながら、アキトの告白を聞いた。

 

 …………。

 

 ……。

 

 「……覚悟はしてたけど、やっぱり特大の爆弾だね。口外しなくて正解だよ。こんな情報が早々に漏れてたら、ヤマトの航海はもっと苦しくなってたかもしれない」

 

 イズミも苦い表情だ。誰かに聞かれる危険を考慮して掻い摘んだ説明になってしまったが、それでも概要は理解して貰えたようだ。

 

 「誓った通り、誰にも口外しない。出来る限りのフォローもするけど……あんたも気持ちをしっかり持って、優しくしてあげるんだよ」

 

 「わかってるよ。俺、ユリカの夫だから」

 

 イズミにそう答えた所で、展望室に進が入ってきた。揃ってぎくりとしたが、進は特に突っ込まなかった。

 

 「アキトさん、ガンダムの状態はどうですか?」

 

 真面目な表情の進にアキトも気を引き締めて答える。

 

 「消耗部品の交換作業は終わってる。何時でも出撃可能だ、戦闘班長」

 

 「エステバリスも、次元断層で使用した機体の整備は終わってる。被弾らしい被弾も無かったからね」

 

 「わかりました。今ヤマトは主砲が使えず攻撃力が激減しています。ガンダムを主軸にした航空隊が戦力の要となるので、何時でも出撃出来るよう厳戒態勢を敷いて下さい」

 

 「了解!」

 

 イズミとそろってアキトは敬礼して答える。一応ヤマトは軍艦なので、アキトも幾分こういった仕草が板についてきた感がある。

 

 「頼みます。ああでも、アキトさんはユリカさんの見舞いに行って来てくれませんか?」

 

 「さっきみ――」

 

 見舞ったばかりと言おうとしたアキトを制する様に「貴方の期待に応えてみせるって、伝えて来て下さい」と言われて察した。

 進はそれだけ言うとすぐに展望室を出て行ってしまう。アキトとイズミは進を見送った後、顔を見合わせて、

 

 「ありゃ、さっき聞かされた事を知った感じだったね」

 

 「――確か、ユリカは万が一に備えて今話した事をファイリングしてるって言ってたっけ。進君……それを見ちゃったのか」

 

 アキトはこういった時、折を見て進にファイルを渡す役割を任されていた事を思い出した。

 ただし、「アキトから見ても進が指導者としてやっていけそうに感じたら」と前置された上で。

 だが進は、アキトやエリナやイネスと言った、真実を知る者の判断を超えた所で真実を知りながら――それを受け止めた様子だった。

 

 「どうやら、思った以上に強い子だったみたいだね。まだ18だって言うのに、大した子だ」

 

 イズミは優し気な声で感想を述べる。

 アキトも同感だった。ユリカが拾い上げて一生懸命育てた古代進は――“古代進”とは全く違う人物を教師に育ったにも拘らず、同じような風格を身に付けつつあった。

 

 「ユリカの奴――結構後進の育成が上手いのかもしれないな」

 

 

 

 その後アキトはイズミと別れ、再び医療室のユリカの元を訪れた。

 

 「あら、さっきも来てなかったかしら?」

 

 真田達と別れて医療室で怪我人や病人達の検診をしていたイネスがからかうように言うと、アキトは後頭部を掻きながら「進君に言われて報告に、ね」と答えた。

 イネスはそれだけで、何の事なのか察した様子だった。

 追及もせず適当な理由で人払いして、ついでに隣り合ったベッドの怪我人・病人に睡眠薬を打って眠らせて、強引に防諜体制を整えてしまった。

 やりすぎじゃ、と思ったアキトだが下手に口を出して痛い目を見るのは馬鹿馬鹿しいので沈黙する。

 そうやって密談の体勢が整った病室で、アキトは眠り続けるユリカに報告した。

 

 「ユリカ……進君が俺達の秘密を知ったよ。いずれそうなると知っていても、いざ知られると怖いものだな。俺やイネスさん達は関わっていない。進君が艦長室の資料を見つけたみたいなんだ。となると、犯人は――」

 

 病室の天井を仰ぐ。その視線の先に何かが居るわけではない。アキトが居るこの“場所自体”が、犯人なのだ。

 

 「ヤマトは、進君に務まるって判断したのかな。それともこの緊急事態を凌ぐために無理を承知で導いたのか――どちらにせよ、知られてしまった事はもう覆せない。ユリカ――まだまだ、進君には荷が重いよ。無茶言うようで悪いけど、もう少しの間お前が導いてやらないと。だから早く――目を覚ましてくれ」

 

 そっと右手でユリカの頬を撫でる。反応は無い。彼女はただ眠り続けるだけ。

 それでもアキトは精一杯の笑みを浮かべて、ユリカに優しく触れ続けた。

 

 

 

 「――うぅっ。もう、飲めないよぉ……激マズドリンクは、もういらないぃ~……」

 

 しばらくして、寝言とは言えようやく見せたユリカの反応がそれだったので、激しく脱力したアキトとイネスであった。

 

 とは言え、内容が脱力必須のユリカらしいものであったことから、クルーを励ますに使えるかもと、ユリカが反応を見せてから回していた録音・録画記録から、音声だけをぶっこ抜いて艦内に知らせる事が出来るようにと準備に入るイネス。

 アキトはどうリアクションして良いのかわからない様子ながらも、そっとユリカの左手を両手で優しく包んでみる。

 

 ふと、眠り続けるユリカの表情が和らいだ気がした。

 

 

 

 その頃ラピスは重い体と気分を誤魔化しながら機関室に顔を出していた。

 ユリカが倒れてしまったショックは大きく、泣き腫らした目は真っ赤、夜も眠れなかったのだろう目の下にはクマが出来ていて、ただでさえ色白な肌が更に白く見える。

 見るからに落ち込んでいるので、そんな状態で作業するのは危険だ、休むべきだと山崎と太助は訴えたが、ラピスは頷かなかった。

 ユリカの事が心配で心配で堪らないのは覆しようが無い事実であったが、ラピスにもヤマトの機関長としての意地があった。

 それに先の戦闘で無茶したエンジンの事だって気になる。

 

 ラピスには、地球もユリカも救うという重大な使命がある。

 元気になったユリカ、五感と本来の人間性を回復したアキト、お姉ちゃんになったルリ、頼れるお兄ちゃんの進、そして今まで自分に人間性の大切さを説いて育ててくれたエリナ。

 みんなと平和になった地球で思う存分生きて行く。

 その願望を実現するためにも、折れたくないのだ。

 これは意地だ。意地だけでラピスは機関長として職務を果たそうとしている。

 それに“アキトもユリカも頑張ったのだ”。

 

 ラピスと違って健康とは程遠い体で、文字通り血反吐を吐き地面に這いつくばりながら頑張ったのだ。

 

 アキトはユリカを救い、火星の後継者を倒すため。

 ユリカはヤマトを蘇らせ、苦境に立たされた地球を救い、家族と友人を護る為。

 

 ラピスにはユリカの様にヤマトを引っ張っていく力はない。アキトの様にパイロットとして直接的と砲火を交えることも出来ない。

 

 でも機関長として機関部門を完璧に運用していくことは出来る!

 

 アキトとユリカの子として、挫けて全部を失うような真似だけは決して出来ない。

 ルリだって己の役割を果たした結果倒れたのだ。まだ自分は倒れる程頑張っていない。 まだまだラピスは頑張れる。そう自分に言い聞かせて懸命に仕事に打ち込む。

 

 勿論ラピスのその姿勢は、周りから見れば危ういものである事は一目瞭然である。

 だから、不安定なラピスに変わって陣頭指揮を執るのは副長にしてベテランの山崎が受け持ち、忙しくて手が離せないエリナに代わって最も近しい部下である太助が、周囲から嫉妬を買いながらもフォローに走っているのだ。

 予想通り、ラピスがそれに気づく事は無い。普段であれば何となく察する事が出来る程度には成長したはずの彼女が、全く気付く事が出来ないでいる。

 気負い過ぎて余裕を完全に失っている事が明らかだった。

 どうしたものかと頭を悩ませていた山崎と太助だったが、コミュニケを通してイネスから一報が届く。

 

 「艦長の容態は回復に向かってるみたいよ。さっき寝言も言ってたわ」

 

 呆れ返った声でしっかり録音されていた先程の寝言を流すと、ラピスだけではなく聞き耳を立てていた機関班のクルーが揃って脱力する。

 呆れもそうだがそんな寝言が出る程度には余裕があると思えば、彼女はまだ大丈夫だと思えて安心出来る。

 

 ――しかし夢に見る程不味かったのか……。

 

 思い起こされる太陽系さよならパーティーの喧騒。

 

 ――うん、もう艦長にあんな無理強いはしないぞ。

 

 些か悪ノリの過ぎたパーティーでのユリカに対する所業を今更になって反省する事になろうとは。

 

 ごめんなさい艦長。でもすっごく盛り上がりました。楽しかったです、はい。

 

 心の中で懺悔とも反芻とも区別のつかない思考を展開する機関士達の中、顔色の悪かったラピスも、ユリカが回復に向かっているとわかると目に見えて雰囲気が明るくなる。

 その様子に山崎も太助もホッと胸を撫で下ろし、問題児である6連波動相転移エンジンの整備を急ぐのであった。

 

 

 

 ヤマト第二艦橋。

 航法艦橋とも呼ばれるそこで、航海班の面々は今後のヤマトの進路についての打ち合わせを続けていた。

 しかし、班長の大介を始め航海班の表情は皆一様に暗い。

 誰もが、次元断層にヤマトを落としてしまったのは自分達の責任だと気に病んでいる。

 それに、ユリカが倒れた時もヤマトの航海が停滞した時は、冥王星攻略作戦の後始末を除けば皆航海班の責任と言われても反論出来ない物ばかりだ。

 

 ベテルギウスで嵌められた時も、オクトパス原始星団に捕まった時も、そして今回の次元断層のトラブルも。

 普段は予定の遅れは必ず取り戻して見せると息巻いているのに、肝心な時に失敗しているのは航海班だけな気がして仕方ないのだ。

 

 大介は特に責任者として、ヤマトの舵を直接与る身として気に病んでいる。

 今は副官であるハリが休憩を利用してルリの見舞いに行っているので、フォローしてくれそうな部下もいない。

 

 (俺がヤマトを次元断層に落としたせいで、艦長ばかりかルリさんまで倒れさせちまった……俺は、皆に――古代になんて詫びれば良いんだ……)

 

 親友の進がユリカの“息子”という立場を受け入れた時、「古代が悲しまないようにヤマトをイスカンダルへ」等と決意したというのにこのザマだ。

 

 情けなくて涙すら出てこない。

 それに、予定を大きく外れた事で本来なら何ら影響しないはずだった大質量天体がヤマトの進路を塞いでいる。

 迂回するとなると、丁度現地点からイスカンダルへの進路に対してさらに大きく外れてしまう位置関係にあるため、さらに3日の遅れを出してしまう。

 だがそのまま進めば重力高配の影響で至近距離にワープしてしまう危険がある。大質量天体の傍ではワープの危険度がぐっと上がるので、万が一ガミラスに遭遇した場合はとても危険だ。

 

 リスク回避のために日程を遅らせてでも迂回すべきか、それとも――。

 

 度重なるトラブルで心労を溜めた大介には決断しきれるものではない。いや、最終的な決断を下す最高責任者は不在。代理である副長のジュンもこの情報に頭を悩ませている。

 誰もが不安なのだ。今までヤマトの進退を決定してきたユリカが倒れ、その状態でも航行を続けなければならない事に。

 今まではユリカが倒れても、ヤマトは停泊を余儀なくされる出来事がすぐに起こったから、彼女不在で航行を続けた事は無い。彼女も大事には至っていなかった……だが今回は違う。

 不安を感じないわけが無い。感じずにはいられない。

 そうやって結論が先延ばしにされていた第二艦橋を訪れたのは、本来用が無いはずの進だった。

 

 「島、次のワープ航路の計算はもう出来てるのか?」

 

 「古代……」

 

 進に問われても大介はすぐに応えられなかった。彼の顔が直視出来ない。思わず謝罪の言葉が口を吐こうとする。

 

 「どうした島? お前らしくもない。航路はまだ計算してないのか?」

 

 謝罪の言葉が出そうになるのを堪えて、大介は「2通り出来ているが、ちょっと問題が……」と濁した答えしか返せなかった。

 

 「問題? 問題って何だよ」

 

 やけに食らい付いてくるな。少し鬱陶しくも思うが大介は丁寧にその問題を進に教えた。

 

 「現地点からイスカンダルまでの最短コース上には高重力場を持つ天体――ブラックホールがあるんだ。この傍を掠めるようにワープすると、航路が歪曲されてヤマトのワープアウト地点が限定されてしまう。ヤマトの現在位置がガミラスに割れていると、罠を仕掛けられる危険性があるんだ。だがこれを迂回するルートを通ると安全と引き換えに3日をロスする事になる。ヤマトはすでに50日近い遅れを出している以上、3日とは言えロスタイムが生じるのは避けたい。が――」

 

 「が、罠の可能性を抜きにしても危険宙域を通っていくのはリスクが高過ぎるって事か……確かに今のヤマトは万全とは言い難い。危険の可能性を回避したい気持ちはわかる……だが島、危険を承知してでも、今は突っ込むべきじゃないのか?」

 

 進の言い様に大介はすぐに反発した。

 今戦闘になればヤマトはどうなるかわからない。

 それ以上にブラックホールのすぐ傍を通るような航路は、あまりにもリスクが高いと言い切った。

 進は黙って島の意見を聞いた後、静かに言った。

 

 「だとしてもだ。今の俺達には危険を承知でも時短を図る方が大事じゃないのか。確かに罠を張り易い場所かもしれないが、本来の航路からは大きく外れているし、次元断層を出た後の緊急ワープの行き先までを知られているとは考え難い……あれから1日だ。罠を張るには、ガミラスにとっても準備時間が無さ過ぎる」

 

 「確かに、ガミラスがイスカンダル行きを知っていたら、普通は最短コース上に罠を張るか……俺達だってこれほど航路から脱線する事は考えられていなかったし、次元断層の中で追尾してきた艦隊がヤマトの緊急ワープをトレースする事は出来ない――か。確かに1日程度で罠を張れるとは思えないな」

 

 進の思わぬ進言に、大介も不安と後悔で鈍っていた頭が急激に働き始めるのを感じる。

 言われてみればヤマトの行き先がガミラスにばれているとユリカも読んでいたし、それを前提にガミラスの動向を予測するのなら進が正しい。

 とは言え、ガミラスの所在が不明な現状ではガミラスの動向を完全に把握するのは難しいのだが……

 

 「わかってくれたか、島。なら頼みたい事がある。今から言う事を真田さんやイネスさんの力を借りて検証してくれないか? 実は――」

 

 進の話を聞いて大介が驚きに跳び上がる。理屈では可能かもしれないが、あまりに危険な賭けだった。

 

 「古代! そんな無茶をしたら、怪我人はともかく艦長のお体が……」

 

 「艦長が俺達を置いて勝手に逝くわけないだろ。島、真面目で思慮深いのはお前の美点だが、今回ばかりは考え過ぎだぜ」

 

 「古代……!」

 

 「俺は艦長を信じる。艦長は最後の最後まで絶対に諦めない考えだ。艦長の息子として、弟子として、部下として、俺は艦長を信じて最後まで突き進むだけだ。お前も艦長部下なら、艦長を信じろ。そして、艦長が命懸けで蘇らせた、この宇宙戦艦ヤマトを信じるんだ!」

 

 予想外に力強い進の言葉に、大介も気持ちを引き締めて「検討してみる」と宣言する。

 「任せたぞ」と大介の肩を叩き他の航海班のクルーを軽く激励して第二艦橋を去る進の背に、大介は確かにユリカの面影を見た。

 

 普段は楽天的でアキトとイチャイチャしたりボケたりして、クルーを呆れさせることも多いのに、いざと言う時には病弱な体からは想像もつかない活力でみんなを引っ張っていく。

 今の進からは、そんなユリカの面影がしっかりと感じ取れる。

 

 (何時の間にか、お前は俺の前を行ってたんだな……)

 

 同期の親友で、同じ位置に居たと思っていた進は、何時の間にか大介よりも先に進んでいた。

 

 今の古代進は、かつての直情的なだけの熱血漢ではない。

 

 尊敬する母の背中に必死で追いつこうとしている指導者の見習いだったのだ。

 

 

 

 第一艦橋に上がった進は、すぐに戦闘指揮席に着いて武装の稼働状況を調べる。

 主砲の復旧が望めない事は承知の上だ。だが副砲の回復具合にミサイルの残弾、パルスブラストの稼働具合等、見るべきところは多い。

 予想通りだが、主砲以外の武装は一通り使える――ありがたい事に波動砲も。

 結局出番に恵まれなかった信濃の波動エネルギー弾道弾も、何時でも使える状態のまま放置されている。これを使えば対艦戦闘も多少は可能で、いざと言う時は逃走用の目暗ましとして使えそうだ。

 コスモタイガー隊の稼働状況はヤマトと反対にすこぶる良好。次元断層内での戦いは砲台代わりで至近弾も無かった事が幸いしている。これなら、ガンダム2機を前面に他の機体で支援させる運用なら何とかなりそうな予感もする。

 

 問題は、航路復帰した後ガミラスがどこで仕掛けてくるかだろう。どんな手段を講じてくるか、読み切れるほどの情報が無い。

 やはりここは、出たとこ勝負しかない。

 元々ヤマトの旅自体がそう言った面を多分に含んでいるのだ。怖気付いていては先に進めない。

 

 「熱心だね、古代君」

 

 副長席のジュンがヤマトの状況を確認している進に話しかけてくる。

 

 「今はヤマト全体が不安定ですからね。誰かがしっかりしないと、明後日の方向に飛びかねないですから」

 

 「……そう、だね。ごめん、頼りない副長で……」

 

 別に貶める意図は全く無かったのだが……。

 とはいえ、本来艦長が倒れたこの局面においては最高責任者として艦を維持していかなければならないはずのジュンが、(特にクルーの精神的支えとしては)あまり役に立っていない事は周知の事である。

 やはりと言うかなんというか、実務能力ではなく人物としての押しと言うか印象がどうしても弱く、ユリカの陰に隠れてしまった事もあり「あの人本当に頼れるのかわからない」ともっぱらの評判であった。

 いや、陰に日向にユリカを支え続けている苦労人で、他ならぬユリカ自身から「ジュン君が居てくれると色々楽だよ」と言われる程の逸材なのだが……。

 自身が艦長を務めたアマリリスではそのような言われ方をしなかったのに、何故ヤマトではそんな事を言われてしまうのだろうか。

 多分自分含めてアクの強い連中が揃いに揃っているから、普通なジュンが埋没するのだろう。

 それにユリカは単に有能なだけでなく“色々な意味でアクの強い人間だ”。それに慣れるとやっぱりジュンは印象がうっすいのだろうな、と進は納得する。

 “以前のヤマト”ならジュンでも問題無く指揮出来ていた可能性はある。

 皆真っ当な軍人揃いだから、ユリカや沖田艦長という人物のようなカリスマは無くても、こういった時の維持くらいなら問題ない程度の人望を得られたはずだ。

 

 結局、ユリカの下に付いたのが運の尽きか……ご愁傷さまです。

 

 「いざとなったら、俺が音頭を取りますよ。教育されてますから」

 

 進は気負っていない風を装ってジュンにそう告げる。ジュンは結構なダメージを受けた様子ではあるが、

 

 「そうだね、ユリカが育てた古代君だしね……まあ、フォローは任せてよ。そういうのは得意だから……」

 

 言っておいてなんだが本当に頼りないな、おい。

 

 (しかし、本当に俺に出来るのか? ジュンさんが付いているとは言っても、俺に指揮なんて……)

 

 背中に冷や汗が流れるのを感じる。進にとって艦隊戦の経験はカイパーベルトと次元断層の2つだが、いずれのケースも進が担った役割は少ない。

 

 だが、進とてもう引くわけにはいかないのだ。

 “別の宇宙の自分の様に”ヤマトを導いていかなければならないのだ。ユリカが復帰出来なくてもヤマトをイスカンダルまで導く役割は――もう進にしか出来ない。

 

 ジュンにはユリカの代わりが務まらない事が立証されてしまったし、ルリにはオペレーターとして全力を尽くしてもらう方が実力を発揮出来ることも立証された。

 後は、ユリカの息子、なぜなにナデシコ、そしてゲームとは言え天才ユリカと互角に渡り合った――様に見える事で注目を集めている進くらいしか、他部署のクルーの信頼を集められそうな人材がいない。

 

 (ユリカさんは――最初からそのつもりで俺を育ててくれていたんだ。それが“別の宇宙の俺”を知るが故だったかどうかはこの際どうでも良い。そのおかげで俺達は巡り合えた。今の俺になれたんだ。なら俺は……俺として出来る事をする)

 

 ――自分らしく頑張れば良いんだよ――

 

 何時だったか、ユリカ相手にフルボッコにされて自信を失いかけた時の――励ましの言葉が蘇る。

 ヤマトに乗るにあたって――ガミラスと戦うにあたってこうあらねばならないと決めつけかけていた進にとって、目から鱗が落ちる感覚を与えてくれた言葉だ。

 

 それから進は“自分に何が出来るのか、何をしたいのか”を色々考えながらここまで来た。

 実際ユリカは進にどうあるべきかを強要した事は1度も無い。そう、“古代進”になる事もだ。

 こうあって欲しいと望んだことあるし、今こうやってユリカの代わりを務める事を望んでいる。

 

 だがそれを受け入れたのは進自身だ。拒絶する余地もあった。自信が無ければ資料をジュンとルリに開示して判断を仰ぐようにと指示されていた。

 それを拒んで自分が背負うと決めたのは他でもない進自身。

 

 進は自分の意思で受け入れた。

 

 ユリカの代わりに、ヤマトを導くと――。

 

 ユリカ同様、沖田艦長の教えを受け継ぐ――と。

 

 第二艦橋の大介から「進の提案に則って、ブラックホールの重力エネルギーを利用した、フライバイからの超長距離ワープを実行する」と報告があったのは、まもなくの事であった。

 

 

 

 ユリカを欠き、ルリを欠き、不安と困惑の渦中にあるヤマト。

 

 しかし真実を知った古代進は倒れたユリカの代わりになる事を決意する。

 

 行くのだヤマト、遥かなる星イスカンダルへ!

 

 地球は君の帰りを、君の帰りだけを待っているのだ!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、269日。

 

 

 

 第十五話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十六話 超新星! ヤマト、緊急ワープせよ!

 

 

 

    全ては――愛のために


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