新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ(完結済み)   作:KITT

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今更ですが、本作の天文関連の記述はWikipediaを中心にインターネット上で収集した情報を基にしています。
間違いなどがあるかもしれませんし、お話の都合で現実的ではないであろう現象などが含まれることは、予めご了承ください。


第十六話 超新星! ヤマト、緊急ワープせよ!

 

 

 

 少し恒星進化論について触れよう。

 恒星とは、星間ガス等が濃く集まり続け、自身の重力による自己収縮による熱と圧力で核融合を開始して燃えがった天体であるが、核融合によって最初に反応を起こす水素はヘリウム変換されていく。

 太陽質量の約0.46倍程度の赤色矮星では温度が低くヘリウムの核融合が発生せず、水素を燃やし尽くした後は外層部が宇宙空間に放出されていき、残った中心核が余熱と重力による圧力で光と熱を発する“白色矮星”になる。

 

 太陽質量の0.46倍から約8倍までの恒星では、それ以降も反応が起こるが窒素が作られる段階でそれ以上進まなくなり、赤色巨星を経て白色矮星になる。

 

 中性子星の場合は8倍から10倍の質量を持った恒星の晩年の姿とされている。

 それ以下質量しか持たない恒星からさらに核融合反応が進み、炭素・酸素からなる中心核で核融合反応が起こり、酸素やネオン、マグネシウムからなる核が作られる段階になると、中心核では電子の縮退圧が重力と拮抗するようになり、中心核の周囲の球殻状の部分で炭素の核融合が進むという構造になる(玉ねぎの様な層になると考えられている)。

 それによって生じる核反応物質によって中心核の質量が増えていくが、中心核を構成する原子内では陽子が電子捕獲により中性子に変わった方が熱力学的に安定となるに及ぶ。

 これによって中心核は中性子が過剰に埋め尽くされるようになり、一方で電子捕獲によって減った電子の縮退圧が弱まる為、重力を支えられなくなって星全体が急激な縮退を始める。

 中心核の縮退は密度が十分大きくなって、中性子の縮退圧と重力が拮抗すると急停止する為、これより上の層は中心核によって激しく跳ね返されて発生した衝撃波で一気に吹き飛ばされる現象――“超新星爆発”を起こし、残された中性子からなる高密度の核を、中性子星と呼ぶ。

 

 太陽質量の10倍以上の大質量星の場合は、元々の密度が大きくないため中心核が途中で縮退する事なく反応が進み、最終的に鉄の中心核が作られる段階まで核融合が行われる。

 鉄原子は原子核の結合エネルギーが最も大きいためこれ以上の核融合が起こらず、熱源を失った鉄の中心核は重力収縮しながら断熱圧縮で温度を上げていく。

 その温度が約100億Kに達すると鉄が光子を吸収し、ヘリウムと中性子に分解する“鉄の光分解”という吸熱反応が起きて急激に圧力を失い、これによって支えを失った星全体が重力崩壊で潰れて超新星爆発を起こす。

 爆発後に残るのは爆縮された芯のみで、残った芯の質量が太陽の2~3倍程度なら中性子星になるとされるが、それ以上ならば重力崩壊が止まる事無くブラックホールになるとされている。

 

 これらの現象は地球上で行われた観測結果やシミュレーションによるもので、より正確な条件は勿論、実際に恒星の辿る詳細な進化についてはわかっていない部分も多い。

 

 ただ1つ言える事があるとすれば――。

 

 桁外れの重力とエネルギーを放出する恒星自体に近づく事も危険であるが、晩年と言うべき中性子星とブラックホールも、それと同等かそれ以上に危険な天体であり、星々の海を渡るというのであれば最大限の注意を払って回避するのが望ましいという事だ。

 

 今ヤマトは、ブラックホールに接近する危険を冒して最短コースを進もうとしている。

 それが蛮勇故の愚行か勇敢さに基づいた英断であるかを決めるのは――行動の結果であろう。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第二章 大自然とガミラスの脅威

 

 第十六話 超新星! ヤマト、緊急ワープせよ!

 

 

 

 「以上が、これからヤマトが接近しようとしているブラックホールに関わる恒星進化論よ。で、本題の――」

 

 大介がブラックホールに接近する航路を選択したと聞くや否や、イネスは医務室から喜び勇んで飛び出し“占拠した”中央作戦室の中央に陣取って説明を始めていた。

 航海班としては、イネスの説明を聞くまでも無くヤマトが自ら危険な航路を選んだ事は重々理解している。

 本当ならこんな航路を取らずに迂回すべきところだ。

 

 だが、ヤマトは航路日程に後れを出している。

 そして、仮にイスカンダルに遅れて到達したとしてもユリカが持たなければ意味を成さないという認識が根付いている以上、危険であっても遅れを取り戻すために最短コースを通るしかいないのだ。

 

 「ブラックホールについてはこれから説明するわね。それじゃみんな大好き何時もの番組で行くわよ!」

 

 嬉々として説明継続を雄弁に訴えるイネスを止められる人間は――ヤマトには居なかった。

 彼女はブラックホールについてそれはもう自分が知り得る限りの事をつらつらと語っていく――つもりだったようだが艦内の空気を鑑みて欲しい、という進の意見を採用して何時もの手法に切り替えた。

 

 使われていなかったモニターが灯り、ウィンドウがあちこちに開いて流れ出す軽快な音楽!

 

 「3! 2! 1!……どっか~ん! なぜなにナデシコ~!」

 

 何時ものである。

 違う点があるとすれば、ウサギユリカの代理としてゴールデン・ハムスター雪が登場している事と、ルリお姉さんの代わりにオカメインコラピスが登場している事だ。

 ついでに今回はトナカイ真田ではなく進お兄さんが出演している。

 

 なのでハムスター雪は念願叶ったなぜなにナデシコ出演に(しかもマスコットキャラ!)、愛しの進と同じステージに立ったと気力充填120%で臨んでいた。

 

 視聴者の皆様方は何時ものメンツが生贄のみである事に不安を抱いていたが、代理のキャスティングは誰もが納得するものであった。

 ミス一番星コンテスト2位の我らが麗しき生活班長と、機関班を中心にその勢力を伸ばしつつある桃色の妖精ことラピス・ラズリ機関長。

 このキャスティングに異論のある視聴者など居ようはずがない。

 

 特に機関室で汗水垂らして油まみれになりながら機関部の調整を行っていた彼女の部下達は、愛くるしくデフォルメされたノーマルオカメインコの着ぐるみを着た上司の晴れ姿に狂喜乱舞した。

 モニターに張り付いて騒ぐ部下達――とちゃっかり参加している太助の姿に、額に手を当てながら嘆息している山崎も、ユリカとルリが倒れて気落ちしていたラピスがこんな余興に参加する気になるくらいは持ち直していると思うと、頬が緩む。

 

 ともかく、キャスティングを大幅に変更して開催された記念すべき第四回放送のタイトルは「なぜなにナデシコ ヤマト出張篇その4~ブラックホールって何?~」となっている。

 

 キャスティングの変更でセリフ回しなどに差異はあるが、概ね何時ものノリで進行していく番組。

 番組内では「シュヴァルツシルト半径」だの「膠着円盤が」だの「重力の特異点が」だのと色々難解な言葉がつらつらと流れるように登場している。

 さしもの才女ハムスター雪も、完全に専門外な宇宙物理学となるとチンプンカンプンの様で、割と素の困惑から合いの手を入れているのが見て取れる。

 同じくマスコット枠のオカメインコラピスも似たり寄ったり。

 

 だが彼女は“天然枠”だったのだ。

 

 天然妖精ラピス・ラズリ。彼女がこの番組における最大の狂言回しと言えた。

 最初は「寝込んでるルリ姉さんの代わりになるなら……」と消極的な理由でイネスの呼びかけに応じたのだが、自分の知らない知識を学べる環境に置かれた事や、エリナが用意していた(用意させていた)着ぐるみを着せられて気持ちが切り替わってしまったためか……

 

 大 暴 走

 

 素のリアクションで台本を無視した合いの手や質問を連発。悪乗りしたイネスもそれに応じてリアルタイムで脚本を変更してはカンペを出して、セットや演出担当のウリバタケやヒカルに(強制参加の)真田が大忙しで駆けずり回り、番組司会担当の進お兄さんと同じくマスコット担当の雪までも振り回すに至った。

 

 その振る舞いは、自身も一杯一杯なハムスター雪ではとても抑えられず、進お兄さんはリアルタイムで変更される台本をカンペで確認しながら、自分でもちゃんとわからない複雑な用語やらを、カンペ横目に棒読みにならないように必死に己の役目を果たさんとする。

 そんな周りの努力も視界に入らず、変わらず暴走を続けるオカメインコラピスによって、古代進は今まで経験したどんな苦難よりも激しく荒く、その精神力をゴリゴリと削り取られていった。

 

 そんな(スタッフの涙ぐましい努力によって成り立った)番組の内容を(無慈悲に)要約するのであれば以下の通りとなる。

 

 ブラックホール。

 

 その呼び方が定着するまでは崩壊した星を意味する“collapsar(コラプサー)”などとも呼ばれていたという。

 その特性上直接的な観測を行う事は困難であり、他の天体との相互作用を介して間接的に観測が行われていて、X線源の精密な観測と質量推定によって幾つか候補となる天体が発見されてはいるが、直接的な観測は未だに成されていない。

 それもそのはずで、ブラックホールには光すらも脱出出来ないとされる非常に強い重力によって歪められた時空、事象の水平線とも称される空間で周囲を覆われているのだ。

 この半径をシュヴァルツシルト半径、この半径を持つ球面を事象の水平線(シュヴァルツシルト面)と呼ぶ。

 

 ブラックホールは単に元の星の構成物質がこの半径よりも小さく圧縮されてしまった状態の天体でしかなく、事象の水平線とはいうものの、その位置に何かがあるわけではない。

 そのため、ブラックホールに向かって落下するという事は、いずれこの半径を超えて中に落ちていく事になるのだが……。

 

 恐ろしいのは、時間の流れは重力の強さによって無制限に引き延ばされてしまうという事だ。

 それ故に、事象の水平線を超えてしまうととても不可思議な現象が垣間見えると言われている。

 落ちた物体を離れた位置から見るとやがて水平線の位置で永久に停止した様に見え、落ち込んだ物体からは宇宙の時間が無制限に加速されたように見えると言われているのだ。

 

 この常識の一切が通用しない空間の中心には、重力が無限大になる重力の特異点があるとされている。その特異点も回転していないブラックホールでは1点に、回転しているカー・ブラックホールではリング状に発生すると言われている。

 

 また、ブラックホールには熱的な放射である「ホーキング輻射」と呼ばれる現象も提唱されている。

 誤解を恐れず小難しい説明を全て省略してしまえば、ブラックホールが質量を失う際の放射の事と言ってしまっても良いのかもしれない。

 この説も最終的には「ブラックホールに落ち込んだ物質の情報は失われず、ブラックホールの蒸発に伴って何らかの形でホーキング放射に反映され、外部に出てくる」という形に落ち着いたとか。

 

 こういった小難しく専門知識無しでは到底理解が出来ないような難解極まりない説明が、3人の役者を使ってある程度砕かれた形で延々と続き、さらには我々が住まう太陽系を擁する銀河系も「中心に太陽質量の10の5乗倍から10の10乗倍の質量を持った超大質量ブラックホールが存在し、それによって形成されている」という脱線も踏まえて続いた。

 

 そうやって放送時間が1時間を超える頃になってようやくエンドマークが出現。

 終わった終わったと、皆が席を離れようとしたところで後半パート「なぜなにナデシコ ヤマト出張篇その5~ブラックホールを使った超長距離ワープ~」の放送予告。

 まさかの2本立てに視聴者は喜ぶよりも先に困惑の色を濃くする。

 

 その(出演者の汗と涙の結晶の)番組内容を(またしても無慈悲に)要約すると以下の通りになる。

 

 散々危険であると連呼したブラックホールを利用した航路を選ぶ最大の理由は、ブラックホールの重力エネルギーを利用しての超長距離ワープを敢行する事にあるのだ。

 番組内でその理屈を長々と語っていたが、詳細には触れず内容を要約すると、ブラックホールに意図的に接近して天体の重力を利用して加速する航法である“フライバイ”を敢行。

 それによって得られるブラックホールの重力エネルギーを利用し、ワープエネルギーを強引に高めて通常のシステムでは実現出来ない超長距離ワープを実現する、というものだ。

 ヤマトのワープはタキオン粒子の波動――空間歪曲作用を利用して一種のワームホールを形成するものではあるが、入り口と出口になる開口部はともかく、ワープの距離に影響する4次元的な宇宙の湾曲を考えると、時空をも歪めるブラックホールのエネルギーを活用すればワープ航路を強引に延伸することは出来る。

 突入にも当然相応のエネルギーを要するが、それはフライバイで得られる加速で補えるので、“理論上は”今のヤマトでは実現出来ない超ワープを実現する限られた手段である。

 

 ただ――

 

 フライバイに失敗すれば、事象の水平線を超えてブラックホールに引き込まれる……いや、それ以前に潮汐力でヤマトがバラバラになるのが先かもしれない……。

 

 アイデアを受けてこの航路を選んだ大介も緊張と不安で胃がキリキリと痛む。

 本来なら、本来ならこんな危険を冒すことなく安全に運行していくのが責任者の常。

 なのだが、遅れに遅れたヤマトの航海予定を取り戻し、一刻も早くユリカをイスカンダルに運ぶためには避けられないリスクだ。

 

 こんな無茶をしなくても、ヤマトはイスカンダルに到着して地球に帰還するギリギリの日程はある。

 しかし、最短コースを進むとしたらヤマトは大マゼラン手前のタランチュラ星雲の一角を通過しなければならない。

 スターバースト宙域と呼ばれる活動の活発なその場所を通過するリスクは極めて高く、迂回すればかなりの日数を消費してしまう。

 ガミラスの妨害による航海の遅れが今後も無いとは言い切れない以上、1日でも遅れを取り戻せるのなら取り戻しておきたいのが実情だ。

 

 それに最新情報によればユリカの余命は――あと3ヵ月あるかないか。

 それも、今後病状が悪化するようなストレスやら負傷が無ければという前提で、今後ガミラスの妨害で負傷したりストレスを受けたら……。

 

 ユリカの命を確実に繋ぐためにも……時間が欲しい。

 

 自分達に、地球に――最後の希望を与えてくれたユリカは絶対に助けると、クルーは全員誓いを立てている。

 それが血反吐を吐きながらこの航海の準備を整えてくれた彼女に対する恩返しだと。

 

 だから……ヤマトは行かねばならない。

 無茶なワープによる負荷で、本末転倒の事態を招く危険性もある。

 その危険性を理解してもなお、ヤマトは突き進むしかない。

 

 

 

 ヤマトに与えられた時間は限られているのだ!

 

 

 

 その後ヤマトは、ワープで利用予定のブラックホールに接近した。

 緊急ワープ地点から約1400光年程離れている、本当なら接近するはずの無かった天体である。

 銀河間空間にあったであろう赤色超巨星の成れの果てと思われる天体だ。

 一体どのような経緯でこの天体がこのような空間に存在してしまったのかは様として知れないが、今は暢気に探究していられない。

 

 とにかく気は急いていたが、安定翼のスタビライザー機能でクルーへの負荷が軽減されているとしても、ユリカを始めとする病人・怪我人の事を考えると連続してワープを敢行するわけにはいかない。

 インターバルも兼ねて徹底したワープ航路の計算、そのために必要なブラックホールの観測を実施。

 今から24時間後にフライバイ・ワープを敢行する事になった。

 

 

 

 「お疲れ、古代。お前、よく頑張ったよ」

 

 疲労困憊で戦闘指揮席に突っ伏している進を見て、操舵席を立った大介が肩を叩いて労う。

 

 「………………」

 

 実質ルリの代わりの説明役だったのだが、天然少女ラピスのせいでエライ目に遭った。

 とは言えそんな事を本人に面と向かって言えるわけも無く、「またやりましょうね」とキラキラと輝く眼で言われては――もう進に反論する気力が残らなかった。

 

 ――ああ、可愛い妹は桃色の悪魔(無自覚)なのでしょうか。

 

 その桃色の悪魔は現在、通信席に座るエリナ相手に喜々として感想を語っている。

 

 ――う~む。

 

 「お疲れ様、古代君。はい、ヤマト農園産フレッシュトマトジュースよ」

 

 こちらも思わぬ番組構成に疲労困憊ながらも、甲斐甲斐しく進にジュースを運ぶ雪。妙に表情が艶々しいのは愛しの進と共演し、苦難を共に出来た連帯感故か。

 そんな雪の姿を見て、大介の胸に諦めの感情が広がる。

 

 (失恋――だな。雪の奴は古代しか見ていない。それに、最近の古代を見てると……)

 

 正直悔しい気持ちはある。

 同期だったはずなのに、進はユリカに見初められてメキメキと実力を伸ばし、今やユリカの代わりにヤマトを先導する指導者としての頭角も現しつつある。

 自分と進の何が違ったのか、どうしてユリカは自分ではなく進を選んだのか、男のプライドが傷つく。

 しかし、聡明な大介はすぐにその理由に行き着いた。

 

 進は自分と違って人を惹きつけて従わせるカリスマの様な物を持っている、と。

 

 確かに成績上は進との間に大きな差は無かったが、周りに人が集まり易かったのはどちらかと言えば彼の方だった気がする。

 それに良くも悪くも理屈っぽくて合理性を重視する自分には、ユリカや今回の進のような一見合理的に見えない、博打の様な手段で道を切り開くような選択は中々出来ない。

 ユリカは進のそんな資質を見抜いて自分の後継者に選んでいたのだろう。

 そして、雪もそんな進に心惹かれて――

 

 (いや待てよ。それもあるだろうが、艦長はやたらと古代と雪を引き合わせてなかったか?)

 

 思い返してみれば、色々と2人の中が進展しやすいようにとお膳立てをしていたような気がする。

 ――そこまで面倒を見る必要があるのだろうかと疑問に感じるが、まあユリカも相当変わった人柄だから考えるだけ無駄だろう。

 というか早くも嫁選びですか。意外と――いや、あの親にしてこの子在りな親バカ気質なのだろうか。

 

 ともかく、先を行かれた挙句雪まで(実質)ゲットした進には、当然嫉妬もあるが納得している自分もいるのだ。

 実際、進の言葉が無ければ今回のワープに踏み切れたのかどうかもわからず、ずるずると後れを引き摺って最悪の事態を招いていたかもしれないと考えると――やはり、指導者としては彼の方が向いていると言わざるを得ない。

 それに大介は「任された」のだ。

 先を行く進でも手が出せない――大介の専門分野。その知識と技術を彼は欲しているのだ。

 

 ヤマトの航海班長としてやり遂げなければならない。大介が舵を握らなければ、ヤマトの航海は成功出来ないのだ。

 大介は嫉妬をその心の内に抱きながらも、航海長としてのプライドを奮い起こし、ヤマトの操縦桿を握り直した。

 

 

 

 「そう、ブラックホールのフライバイを利用して……」

 

 「そうです。それでヤマトは超長距離ワープを敢行します。どの程度跳べるのかは未知数ですが、上手くいけば1万光年以上の距離を跳べます。そうすれば、遅れた航海予定を何日分か取り戻せるはずです。超長距離ワープが人体にどんな影響を与えるのか未知数なので、ルリさんもしっかりと体を固定して備えて下さいね」

 

 そうコミュニケでハリから教えられたルリは、枕に頭を埋めて深く息を吐く。

 

 ――まだ……動けそうにない。

 

 ハリ達の見舞いから6時間。最低でも5日は休養を取る様に言い付けられてまだ1日と半日。当然だ。

 フライバイワープとなれば精密な計算が必要になるはずなのに、チーフオペレーターとしてそんな大仕事を任せきりにしてしまうのは心が痛む。

 

 「雪さん……みんな、頼みます」

 

 今のルリには頼ることしか出来ない。

 だが、雪を含めた部下達はみんな凄腕揃いだ。本質的な能力やオモイカネとの交感能力は及ばなくても、今人類が用意出来る最高の実力者が揃っている。それに――

 

 「ハーリー君、頑張ってね……」

 

 雪よりもオモイカネとの交感能力が高いハリが力を合わせれば、何とかなるはずだ。ガミラスとの戦いが始まってから急激に成長を続けているハリなら――。

 

 (あ、あと古代さん、なぜなにナデシコご苦労様でした)

 

 心の中で大任を果たした進を労う。おかげでラピスを伴うと番組が混沌と化すことがわかった。

 

 生贄、ご苦労様です。

 

 とりあえず、今回の放送に出演せずに済んで本当に良かった良かった。

 今後、ラピスが出演する時はぜぇったいに断るとしよう。

 

 

 

 そのような人間ドラマが流れながらも、ヤマトは粛々と眼前のブラックホールの解析を続ける。

 太陽質量の300倍を超えるブラックホール。銀河間空間にありながら、太陽質量を超えたブラックホールだ。

 ブラックホールの周りには水素で出来た降着円盤が形成されている。恐らくこのブラックホールがマゼラニックストリームの近くにある為、それを引き込んだのだろう。

 確証は得られないが、ブラックホールの質量が恒星質量を上回っているのもそれが原因だろうか。

 膠着円盤はブラックホールに近づくにつれ回転が速くなり、徐々に赤く変じていっているのが伺える。

 これは落ち込んだ物体の放つ光が重力による赤方偏移を受けているためだ。

 その膠着円盤も、ある一点で停止しているように見える。

 それこそが――

 

 「あそこが、事象の水平線だ。あれを超えてしまうと一巻の終わりとなる。尤も、潮汐力の影響や重力による時間の流れの遅滞を考慮すると、過度な接近はご法度だ」

 

 真田が険しい表情で大介に忠告する。人類全体にとってブラックホールに接近すること自体が初めての事なので、艦内の空気は大分ピリピリしてきている。

 

 とはいえ、

 

 「わかってますよ、真田さん。にしても、古代が開催したなぜなにナデシコは無駄じゃなかったって事だな。緊張感はあるが思った以上に艦内の空気が軽い。道化も必要って事か」

 

 こちらは緊張しながらも余裕を持とうと努力している大介が、笑みを浮かべて語る。笑みの理由は察すべし。

 

 「そりゃ良かったよ……」

 

 放送終了から3時間程経って幾らか回復した進は、波動砲用の測距儀を使ってブラックホールの光学観測をしながら気のない返事をする。

 フライバイ・ワープの成功率を高めるためには、クルーの緊張を適度に取った方が良いと思ったから頑張ったのだ。頑張ったのだが……。

 

 (お母さん……ラピスちゃんは天然な小悪魔になっちゃったよ)

 

 心の中でユリカに報告する。彼女が相手では、ユリカの体力は絶対に持たないだろう。

 自分が犠牲者で本当に良かった。心から思う。彼女に悪気はない、悪気は無いのに――天然なのだ。

 だから面と向かって文句も言えない。

 

 ああ、お兄ちゃんは辛いよ……守もこんな気持ちを抱いていたのだろうか。

 

 「僕、古代さんを尊敬します。恥を忍んで晒し者になってまでみんなの為になぜなにナデシコを開催出来るなんて――流石は艦長の息子ですね!」

 

 場を盛り上げようと進を持ち上げるハリにも悪気は無いのだが、進の疲労がそれで取れるわけも無く、何とも微妙な気分であった。

 

 「あ、島さん、ブラックホールの解析データが集まって来たみたいです。第二艦橋に降りて航路計算をしましょう」

 

 「ん、そうだな。じゃあ古代、俺達は第二艦橋に居る。第一艦橋は任せたぞ」

 

 「ああ、しっかり頼むぜ島。最終的にはお前の腕が頼りだからな、当てにしてるぞ」

 

 進の嬉しい言葉に大介の顔も緩む。

 

 「任せろ、俺はヤマトの航海長だからな!」

 

 そう、ここから先は……大介の見せ場だ。

 

 

 

 そして、運命の瞬間がやってきた。

 

 ヤマトはいよいよフライバイワープによる超長距離ワープを実行する時が来た。

 ヤマトは安定翼を開いた姿でブラックホールに接近を続ける。高速で流れる水素気流の中を抜けるため、窓には防御シャッターを下ろして安全を確保し、電源を少しでも蓄えるため、照明を落とされた艦内は非常灯で赤く照らされていた。

 

 緊張感が高まる。

 

 雪は第三艦橋の電算室でリアルタイムに航路計算の修正作業を担っていた。

 雪は額を流れる汗を拭う暇すら無くキーを叩き、全天球モニターとコンソールに浮かべたウィンドウを流れる大量のデータを視線で追い、他のオペレーター4人と協力して情報処理を続ける。

 ルリが抜けた穴は大きく、普段に比べると情報処理能力は明らかに落ちていた。

 オモイカネも心なしか元気がない様な気もするが、それでも全員が一丸となって取り組むことで、何とか困難な計算作業をこなしていく。

 

 計算データを受け取ったハリも、データを参考に航路データを参考にワープシステムの調整を繰り返す。

 今回は航路計算の大部分を電算室に託し、自身はワープシステムの調整に全力を注ぐ。

 ワープインの座標や空間歪曲システムの稼働タイミング、ワープインに必要なエネルギーの必要量の計算を最新のデータに基づいて細かく修正する。

 

 ラピスはその計算データを基に波動エンジンからワープエンジンへのエネルギー供給量を決定する。

 ブラックホールの重力波干渉によって波動相転移エンジンの出力が微妙に低下しているので、補正を必要としている。

 エンジンの稼働には空間歪曲の原理が使われている箇所があり、そこが影響を受けている様子。普段以上に繊細な管理を求められた。

 

 舵を握る大介も、指定された航路に沿ってヤマトを操縦するのに必死だった。

 雪達オペレーター、ハリ、ラピスと言った面々がどれだけ頑張っても、大介がそのデータ通りに操縦出来なければその努力が水泡と化すのだ。

 ヤマトの自動操縦システムでは到底このデータ通りの航路を進むことは出来ない。

 ――ここから先は、大介の技量に全てが掛かっている。

 

 ヤマトは慎重にブラックホールの周囲を回る膠着円盤に突入する。外周部は相対的に流れが緩やかだが、それでもかなりの勢いで水素気流が流れている。

 フライバイによる加速を付けつつ、予定するワープ方向にヤマトが向かうように慎重に操縦しなければならない。

 仮にフライバイワープが成功したとしても、ヤマトの進路がずれてしまってはロスタイムを埋めるどころか却って増やしてしまうのは明白。

 勿論膠着円盤に突入する方向も、十分な加速が得られる距離を得られるように計算されている。

 大介は緊張で額に浮かんだ汗を流れるままに、瞬きも我慢して計器を睨む。

 全神経を集中して操縦桿を操って、ヤマトを進める。

 

 ヤマトは水素気流の奔流の中をふらふらしながら全速力で突き進む。

 全身のスラスターと安定翼や尾翼の各部も動かして姿勢制御を行う。

 高速で流れる水素気流。フィールド無しでこの流れに飲まれたら、生半可な宇宙船ならあっという間に粉々にされてしまうだろう……。

 

 限界まで緊張が張り詰めた時間が続く。実際には十数分程度の短い時間だったはずだが、ヤマトのクルーにとっては数時間にも感じられた。

 

 「波動相転移エンジン、出力100%を維持! ワープエンジンも正常稼働中!」

 

 ラピスが激しい振動に耐えながら計器を読み上げる。

 ブラックホールの干渉を受けて何時もより安定しないが、何とかエンジンの状態はキープ出来ている。

 

 「座標設定完了! 時間曲線同調20秒前! タキオンフィールド展開確認」

 

 航法補佐席のハリも振動音に負けない大声で口頭報告を続ける。緊張で額に汗が滲むが、拭う暇を惜しんで計器を読み上げコンソールの操作を続ける。

 

 「空間歪曲装置作動開始! ワープ10秒前!」

 

 大介がワープスイッチに手を伸ばしてカウントダウンを開始する。泣いても笑ってもこれが最初で最後のチャンスだ。

 ヤマトはブラックホールの重力と膠着円盤の回転を利用して、メインノズルの推力だけでは時間のかかる亜光速までの加速を瞬時に行う。

 

 「5……4……3……2……1……ワープっ!!」

 

 大介はありったけの願いを込めてワープスイッチを押し込む。

 

 ヤマトは――これ以上無い程最良のタイミングでワープインする事に成功した。

 ヤマトの艦体を何時もの青白い閃光――タキオンフィールドで身を包みながら時間と空間を跳び越える。

 普段ならワープ航路の安全のためにと回避する天体の重力場――それもブラックホールを利用したイレギュラーなワープにヤマトの艦体がビリビリと震える。

 安全ベルトが千切れて座席から放り出されてしまうと錯覚してしまうほど激しい衝撃であった。

 

 (お母さん、耐えて下さい!)

 

 進は全身に力を込めて衝撃に耐えながら、ユリカの身を案じていた。

 

 

 

 ユリカはヤマトがフライバイを開始した瞬間、ぼんやりとだが意識を取り戻していた。

 視界も音も無いのは変わらない。体の感覚もイマイチ微妙で自分の状況が良くわからないが、この様子だと医療室で入院させられている事は容易に予想が付く。

 避けられない出来事だったとはいえ、まだ銀河系を出て間が無いというのにこの体たらく。

 ――皆もさぞ心配しているだろう。

 生真面目な大介辺りは、自分がヤマトを次元断層に落としてしまったからと気に病んでいそうだ。

 鈍った体を強烈な衝撃が襲うのを感じる。ベルトでベッドに固定されているとは思うが、それでも投げ出されそうな衝撃だ。

 

 (ああ、これは大質量天体を利用したフライバイワープか。私のファイルにそれについて記載してたっけ。イネスさんやエリナがわざわざ進言するとは考え難いし、進……見たんだね)

 

 ユリカは何となく進が自分が残したファイルを見た事を察する。

 ――そうなると、今まで隠してきた全ての事情も知らされた事になる。

 だがフライバイワープを決行したとするのなら、進は全てを受け入れ先に進む決意をしたという事だろうか。

 予定よりもだいぶ早い展開だな、と思う。バラン星を通過するくらいまでは頑張るつもりだったのに。

 

 ――ユリカ、私の声が聞こえますか? 古代は決断しましたよ。貴方の跡を継ぐことを――

 

 ヤマトの声が聞こえる。音ではなく、直接脳裏に響く為かクリアに聞こえる。こういう時に有難いなと思う。

 ユリカも声を出さず頭の中で言葉を紡ぐ。それでヤマトに伝わるはずだ。

 

 (ヤマト……報告してくれてありがとう。それと、何時も本当にご苦労様。何度も無茶させてごめんね)

 

 ――いえ、それが私の使命ですから。それと、ごめんなさい。私の独断で彼にファイルを渡してしまいました――

 

 (いいよ。そのおかげで先に進めるみたいだから)

 

 どちらにせよ、この状態では艦長としての責務を果たし続けることは出来ないだろう。

 勿論まだまだ頑張るつもりだ。次元断層で遭遇した指揮官は進だけでは――いやユリカだけでも正直手に余る。

 

 全員が一丸となって立ち向かわなければ超える事が出来ない。まだユリカにリタイアは許されないのだ。

 

 ――貴方達怪我人や病人は私が何としても護り抜きます。フラッシュシステムの助けを借りてフィールドを調整すれば、負荷を軽減するくらいなら出来るはず。難しいでしょうが、1日でも早く指揮を執れるようになって下さい。まだ、私達には貴方の力が必要です――

 

 (うん。わかってるよ、ヤマト――私も、まだリタイアするには早いからね)

 

 

 

 ヤマトは激しい閃光と共にワープアウトする。

 何時もなら溶けるように消えていく艦を覆う青白い閃光が、まるで氷の様に剥がれ落ちて周囲に散らばり、宇宙空間へと消えていく。

 普段とは少々異なるワープをしたからかもしれないが、そんな事を追求出来る余裕のあるクルーは居なかった。

 

 「……っうぅ――ワープに成功したのか?」

 

 戦闘指揮席でふらつく頭を振りながら進が身を起こす。コンソールパネルを操作して窓を覆っていた防御シャッターを開ける。

 シャッターが解放されると、ヤマトの正面に星々の煌めきが広がっている。

 進は艦内通話のスイッチを入れて電算室の雪を呼び出す。

 

 「雪、起きてるか?」

 

 「あいたたた……今起きたわ、古代君。ヤマトの現在地の探査を始めるわね」

 

 みなまで言わなくても雪はオペレーターがダウンして放置されていた電算室のシステムを操作、ヤマトの現在位置を周囲の天体との位置関係から計算する。

 

 「――成功、したのか?」

 

 隣の操舵席の大介も呻きながら体を起こす。

 

 「ワープは成功したようだな。後は、どの程度の距離を跳べたかだが……期待してもよさそうな気配だな」

 

 何時の間にか起き上がっていた真田が、艦内管理席でヤマトのコンディションをチェックしながら話しかけてくる。

 真田にしては、少々楽観的とも言える発言だが、これで成果無しでは危機を冒した甲斐が無いと思っているのが声に現れている。

 

 「う~む。自己診断システムによると、艦体にかなりの負荷が掛かった様だな。主砲は脱落せずに済んだようだが、傷が開いたようだ。この様子では後5日は使えんぞ。それに、艦尾左に装甲板の亀裂、長距離用コスモレーダーにも障害が発生している。よし、詳細を確認次第修理作業を開始しよう」

 

 「いててて、修理作業は頼みますよ、真田さん」

 

 こちらも意識を取り戻したジュンが状況確認を始めた様だ。

 

 「古代君、結果が出たわ」

 

 電算室の雪から待ち望んだ一報が届く。

 

 「コスモレーダーを始めとする観測機器に損傷があって正確さが不十分ではあるのだけれど、ヤマトはイスカンダルへの予定航路上にワープアウトしたとみられるわ。地球からの距離は約4万8000光年……ブラックホールから約2万光年程をワープした計算になるわよ!」

 

 雪の声にも喜びが滲む。

 ブラックホールのフライバイを利用したワープは、1回のワープとしては今までのヤマトでも最長クラスの2万光年ものワープを成功させた。

 ヤマトの艦内に歓声が響き渡る。

 多少の損害は被ってしまったが、それに見合った成果と言えた。それに――。

 

 「こちら医療室、イネス・フレサンジュよ。艦長を始め、入院中の患者達は全員無事、バイタルに乱れは無いわ」

 

 「これから本格的に診察するけど、まず報告」とイネスの言葉に全員が安堵する。

 最も心配されていたユリカが何ともないのなら、無茶をした甲斐があったというものだ。

 これで、次元断層に落ちて遅れた分だけは取り戻す事が出来た。

 

 「みんな喜べ! 今回のワープで、乗員保護のために使っているタキオンフィールドの更なる調整が可能になるデータを得られた。それだけじゃない、超長距離ワープを実行するために必要な空間歪曲のデータもだ! このデータを組み合わせれば、ワープの安定度の向上と、劇的とまではいかんだろうが跳躍距離の延伸が望めそうだぞ! 特に安定度の向上はクルーへの負担軽減も図れるから、上手くいけばワープのインターバルの短縮も図れるかもしれん! 上手くいけば、距離こそかつてのヤマトには及ばないまでも連続ワープの復活を見込めるぞ!……無茶をするのも、偶には良いものだな!」

 

 真田の報告に、悪化の一途を辿っていた艦内の空気がさらに明るくなる。

 流石にこの規模のワープを繰り返す事は難しいが、それでもワープの距離を伸ばせて、さらに間隔を縮めることも出来るなら何とか遅れを取り戻せるかもしれない。

 

 超長距離ワープの成功に不可欠なのは、やはり航路を構成するために必要な空間歪曲場の構築にある。

 その点ヤマトは、最もウェイトの大きい出力は全く問題無いのだが、技術力とノウハウの不足でワープエンジンの機能を自沈前と同程度にまで回復出来ず、運用データのロストも激しいため誕生当初よりマシ程度に落ちていた。

 だが、それを補填するに足るデータが得られれば、システムの再調整を行う事で大幅に増強された出力を活用し、ワープ距離の延伸を図る事は決して不可能ではない。

 流石にいきなり超長距離ワープ能力を取り戻せないだろうが、それでも連続ワープの復活は見込めると真田は語った。

 もし連続ワープが可能となれば、乗員への負担次第になるとはいえ1日当たりの跳躍距離を倍に出来るかもしれない。

 そうなれば、ヤマトの航海日程の遅れはあっという間に取り戻せるはずだ。

 

 それは今後の航海に希望が持てる知らせと言って不足は無いだろう。

 

 「ヤマト――お前が、お母さん達を護ってくれたんだな」

 

 進は漠然と、そう感じていた。

 

 

 

 それからヤマトは、補修作業を続けながら航行を続けた。

 念のため、クルー全員の健康診断を行って超長距離ワープによる影響の程度を調べる。

 幸い大事に至るような体調不良を訴えたクルーは居ない。喜ばしい事に病人・怪我人もだった。

 

 反面ヤマトは無茶相応の損害を被っていた。

 装甲板の亀裂、主砲の修理のやり直し、コスモレーダーを始めとする観測機器の破損と、外部の被害は大きい。

 とは言え大事に至るほど深刻なものではなく、スペックを遥かに超える2万光年の大ワープを敢行したにしては軽症と言えた。

 そう何度も使えない手段ではあるが、おかげでワープ性能の向上が図れるようだし、今回ばかりは無茶をした甲斐があったと艦内でも評判だ。

 

 特にこれまでの失態を続けていた(と本人達は思っている)航海班は歓喜に震え、今回のワープの発案者として進の名前も艦内で話題になった。

 別に進本人が吹聴したわけではないのだが、第二艦橋でのやりとりが雪に知られて、航海班――特に大介の手腕共々褒め称えてた結果、艦内で一躍有名になってしまったのだ。

 元々ユリカ絡みで艦内でその名を知らない者が居ない(太陽系さよならパーティーでウリバタケが過剰に煽った事もあって)進なので、これでまた加点が1つ。

 正直変なプレッシャーを感じてしまうが、同時に今の進にとっては好都合でもあった。

 

 これからのヤマトは、進も引っ張っていかなければならなくなっているのだ。

 進の予想では、ユリカはまだ艦長として戦い続けるはずだ。あの次元断層で戦った指揮官は手強い。

 数で勝るとは言え、あのユリカが手玉に取られた相手にまだまだ未熟な進が勝てる道理は無い。

 だとすれば打開策はたった1つ。ユリカと進を中心に、この寄せ集めの様でプロフェッショナルな集まりのヤマトクルーの意識を1つに纏めて対抗する。

 これ以外に無い。

 

 勿論本音としてはユリカを休ませて進がヤマトを導くのが理想ではあるが、そこまでの実力があると思い上がれるほど進は自分を知らない訳ではない。

 自分の無力さはもう十分に味わった。

 だがそんな進でも力を付ける事が出来る事を――無力さを嘆くばかりではなく実行する事で道を開く事が出来ると――ユリカとアキトから教わった。

 

 「よし! 予定航路に復帰したと言っても安心していられないぞ! 少し休憩をしたら航路探査の後、改めてイスカンダルに向けて出発だ!――それで良いですよね、副長?」

 

 勢い勇んで第一艦橋のクルーを鼓舞したところで、戦闘班長に過ぎない今の自分の立場を思い出してジュンに――現在の最高指揮官に伺いを立てる。

 いかんいかん、つい“古代進”のつもりになって張り切ってしまった。

 まだ、ユリカから“艦長代理”を拝命したわけではないのだから自重しなくては。

 

 「――ああ、うん。古代君の言う通りだ。航海班は航路探査と今後の航海日程の再調整案を、後で提出してくれ。工作班はヤマトの損傷のチェックと補修作業を。他の部署の責任者もそれぞれ被害報告と稼働状況を纏めて提出する様に。次のワープは航路探査終了とヤマトの補修が一段落してからにする。8時間後に中央作戦室でミーティングをするから、それまで各自1時間の休憩を必ず取ること。以上!」

 

 もう進がユリカの代わりに艦長代理として指揮を執った方が良いんじゃないだろうか。ジュンはそんな思いに駆られながらも最高責任者として指示を出す。

 

 (ああ。僕って結局情けないというか決まらないなぁ……)

 

 ちょっぴり悲しくなった。しかし、

 

 (――副長権限で指揮を任せるってのもありかもしれないなぁ)

 

 別に責任放棄するわけでは無いが、音頭を取るなら進の方が自分よりもヤマトという艦に適している様に感じている。

 それに、自分の力をヤマトで活かしきろうと思ったら、積極性のある指揮官をフォローする補佐役が最も適切であると自負している。

 となれば、指揮は表向き進に任せてしまって、自分は裏方に徹するというのも決して悪い手段ではない(ますます頼りないと言われるだろうが……)。

 ……レクリエーションのシミュレーション対決で、進はそれまで全勝のユリカ相手に引き分けている(多分意図された結果だろう)。

 戦いそのものは終始ユリカが優勢だっただけに、相当インパクトが強い。

 実際進の手腕は大したものだった。ジュンの目から見ても十分合格ラインだ。

 ユリカが倒れてからのヤマトを主導しているのも彼であるし、変な増長の類も一切見られず思慮深さも増してきているし……これは、真剣に検討した方が良いかもしれない。

 

 

 

 しばらくして、大介と進は休憩の順が回ってきた事もあり、食事を摂るべく食堂に足を運んでいた。

 今後の方針を決めるための話し合いも大事だが、まずは腹ごしらえ。緊張に晒され続けてどっと疲れたから、腹も減る。

 

 「ふぅ~、腹減ったぜ」

 

 「全くだ。さっさと食って休んで、その後は第二艦橋で仕事だ」

 

 進と大介は仲良く並んで自動配膳機から食事の乗ったプレートを呼び出して手に取る。

 

 「――また同じメニューか。最近続いてるな」

 

 「それだけ食糧事情が厳しくなってるんだな……航路上に植物や水の得られる惑星でもあれば良いんだが……」

 

 プレートの上に乗った食事のメニューは、ここ最近続いている食パン2枚、ソース無しのスパゲッティ、豆入りカレースープ(スパッゲティ投入前提)、植物性プランクトンを固めた緑の物体、オレンジジュースである。

 ベテルギウス突破後の打撃に加え、オクトパス原始星団で停泊していた間に食糧事情がかなり切迫した。

 あの時はクルーの精神衛生を考慮して少し無理をしてでも、と食事を少々豪華にしていた反動がここに来ている。

 特に小麦粉はそろそろ厳しくなってきているので、今後の主食は豆になりそうだと、平田から聞いている。

 

 「そうだなぁ……とは言え、植物があっても食えるかどうかは調べてみない事にはわからんし、中々に難問だな」

 

 進にとっても頭の痛い問題だ。

 ユリカの代わりに艦の指揮を執るというのなら、自然とこういった部分にも気を配っていかなければならない。

 ここは――雪にでもご指導を仰ぐか。それを口実に一緒の時間を持ちたいという下心もある。

 ――これ位はユリカもやっていたのだから問題無いだろう。うん。

 

 「しかし古代……最近随分雪と仲が良いんじゃないか?」

 

 大介の発言にぎくりとする。ちょっと良からぬ事を考えていた所にまさかこんな指摘が来るとは……。

 

 「そ、そうか?」

 

 「傍から見てると成立間近のカップルだよ。全く――雪も苦労するなぁ、こんな鈍感が相手じゃな」

 

 「……」

 

 仰る通りでございます。正直全く自覚がありませんでした。

 

 「そんなんじゃあ、雪に愛想尽かされちまうぞ。艦長の代わりを頑張るのは結構だが、艦長の子供を自称するなら恋愛だってしっかりしないとな」

 

 (……島、お前も随分染まったな……)

 

 以前の大介だったらこのような物言いはしなかったと思うのだが。それに、

 

 「お前雪に――」

 

 「生憎、勝てない勝負をする程俺は無謀じゃないさ。俺に申し訳ないとか思ってるなら、なおさらしっかりしろよ」

 

 大介はそこまで言うと、話に夢中になって放置されていた食事に手を付ける。

 これ以上は楽しい話題でもないので進も目の前の食事を口に運ぶ。

 

 親友の気遣いが、心に染みた一幕だった。

 

 

 

 食事を終えて大介と別れた進は、パイロット待機室にいるアキトに接触するついでに、コスモタイガー隊の稼働状況を直接確認する事にする。

 

 進も一応パイロットを兼任しているのだが、今後出撃出来る機会はそう多くないだろうと思うと、いっそコスモゼロ(アルストロメリア)も誰かに譲渡してしまった方が良いかもしれない。

 遊ばせておくには勿体ない機体だし。

 

 「――ってところで、今んところコスモタイガー隊に問題はねえ。この間の次元断層の戦いじゃ、大型爆弾槽も使えなかったから、冥王星以降地道に貯めてきた分を含めて、倉庫の限界数まで回復してる。ディバイダーを含めた強化装備一式も10組ある。やっぱり稼働全機分用意すると補修パーツの確保も厳しくなるって言うんで、強化装備を使えるのはGXをディバイダーにしなければ10機までって事になった」

 

 結局プロキシマ・ケンタウリ第一惑星での攻防以来、撃墜されたエステバリスの補充は行われていない。

 その分のリソースをガンダムエックスとディバイダーの生産に回したからだ。

 これは撃墜されたパイロット達からの「数では絶対勝てないのだから、質を上げる事を優先すべきだ」という要望にもよる。

 そして予備機の2機を受領出来なかったパイロットは、修理されたGファルコンのパイロットに転向している。

 

 Gファルコン単体ではガミラスの宇宙戦闘機には見劣りする――のは少々過去の話。

 以前はエステバリスのスラスターを利用した運動性能の高さと火器の威力で対抗していたが、Gファルコンも改良を受けているのだ。

 スーパーチャージャー搭載に伴う出力向上と、それに合わせて推進系を軽くチューニングした事で、ガミラス宇宙戦闘機に匹敵する機動力を確保する事が出来たのだ。

 元々攻撃力は十分なので、必要以上に強化する必要性は薄い。対艦攻撃は合体した機体に任せれば良いのだ。

 

 「単独運用のGファルコンは爆装して運用する予定になってる。エステバリス無しじゃ、接射が必要な対艦攻撃はちょいと厳しいが、ヤマトの防空に専念すれば問題無いはずだ。それに、いざって時にはカーゴスペースに予備の武器や弾薬を満載した補給機として使えるようにも準備してる――とは言え、ガミラスの連中だって俺達の戦術やら能力やらをだいぶ把握してきてるはずだ。正直、ヤマトが万全な状態に無いのは心許ないぜ……」

 

 リョーコの表情はあまり明るいとは言えない。

 ガンダムエックスの完成で、1機とは言えアルストロメリアを超える強力な機体を新たに確保出来たのは素直に嬉しい。

 

 が、ガンダム1機追加した程度で楽観視出来るわけではない。

 

 ガンダム最大の武器であるサテライトキャノンで2度も煮え湯を飲まされているガミラスが、本格的な対策を考えないとは考え難い。

 ――いい加減対策が確立しつつあると考えるべきだろう。

 尤も、スーパーチャージャーを得て基本性能が強化されたガンダムとGファルコンの本格的な連動に関しては、次元断層の戦いからでは恐らく掴めはしないだろうから、そこに付け入る隙があるかもしれないが。

 

 「そうですね。そういう意味では、真田さん達が日々ヤマトの機能を少しでも改良してくれているのがありがたいと思います。少しでも敵の思惑を外せるかもしれないのなら――いやでも、流石に少し自重が欲しいとは……」

 

 思い出すのはカイパーベルト内で初めて見せた3人組の暴走。ユリカもキレたあんな暴走は流石に自重が欲しい。

 

 「そうだなぁ……思い返すと、ナデシコの時も結構色々やってたしなぁ」

 

 アキトの脳裏にウリバタケの発明――と言うなの暴走の産物が浮かぶ。

 ディストーションブロックにフィールドランサー……それに最大の失敗作で“結果的に人死を出してしまった”Xエステバリス。

 一応ヤマトでの発明というべきディバイダー装備一式にリフレクトビット――ついでにスーパーチャージャー搭載は成功はしている。

 とは言え、それらの制作やら細かな改良をするためには当然ながら“資源”が必要なのだ。

 そして、ヤマトは航海の途中で立ち寄った惑星や次元断層のデブリ帯等から資源を回収して満たしているが、潤沢に使える程倉庫が広い訳でもなければ資源回収が出来そうな場所も早々見つかるものではない。

 

 つまり、カツカツの資源を如何に遣り繰りしていくかが課題の1つであるわけで、無駄遣いされると本当に困るのだ。

 

 「――ともかく、コスモタイガー隊は現状問題無し! 万が一の戦闘にもすぐにでも対応出来る様に待機してるから、そのつもりでいてくれ、戦闘班長!」

 

 話が物凄く脱線しかけたのをリョーコが大声で遮った。

 

 「わかりました。ヤマトの主砲は5日後には回復する予定ですが、それまでの間はコスモタイガー隊が要になります。万が一の時は、よろしくお願いします」

 

 進はそう言うと“私用”としてアキトを連れ出して、司令塔後部の展望室に連れ込む。内密の話があるに違いないと考えたアキトだが……。

 

 「アキトさん! 次になぜなにナデシコやる時は、貴方にも生贄になってもらいますよ! 俺だけじゃラピスちゃんが参加した時に抑えきれません!」

 

 「そっちの話かよ!?」

 

 

 

 結局ユリカ達の秘密の話も並行しながら、必死の説得でアキトの了承を取り付けてから進は各武装の制御室を回って稼働状態を確認した。

 それが一段落した頃には8時間が経過、中央作戦室でのミーティングの時間になっていた。

 

 「これが、ヤマトの周辺の宇宙地図です。観測によって作成した地図と、イスカンダルから送られてきた地図を合わせて表示します」

 

 ハリは中央作戦室床の高解像度モニターと立体映像投影装置を併用して、ヤマト周囲約2000光年の観測結果と提供された地図を表示する。

 銀河間空間にいるだけあって、星の数は銀河の中に比べると非常に疎らで相当空間が開けているのが見て取れる。

 しかし――。

 

 「ふむ、約450光年先に赤色超巨星――約1000光年程先に恒星系が1つあるな……イスカンダルへの予定航路から少し逸れるが、もしかしたら資源を得られるかかもしれないな」

 

 宇宙図を見た真田が、右手で顎を撫でながら呟く。

 眼前の赤色超巨星は惑星を有していない(すでに飲み込んでしまったのかもしれないが)ので、特別探査する価値は無さそうだ。

 件の恒星系も、提供された地図に記載はされているが、その環境の詳細については特に記載が無い。

 恐らく観測は出来ていても、イスカンダルが直接調査したわけではないのだろう。

 だが、データによればバビタブルゾーンの中に含まれる惑星があるようだ。

 つまり、水と植物を得られる可能性がある。

 

 「確かにイスカンダルの航路からは少し外れていますが、この程度なら遅れは最小限で済みます。それに、ベテルギウスにオクトパス原始星団と――トラブルの連続でヤマトの食糧事情もかなり厳しくなっています。だよな、雪?」

 

 「そうね。農園で得られる野菜にも限りがあるし、水もちょっと心許ないわ。どこかの惑星から採取出来れば改善出来るけど、そうでなければ、今後はもう少し締めないといけなくなるわね」

 

 大介の指摘に雪も頷く。航海にトラブルは付き物だとは言われるが、補給の目途が付かない単独での長期航海がこれほどのものだとは流石に想像が及んでいなかった。

 かつての大航海時代などは、過ぎ去って久しい歴史上の出来事に過ぎず、宇宙に進出して開拓を始めたのは比較的近い事柄だが、やはり過去の出来事だ。

 しかし、ヤマトが行くの未知の宇宙。理解が進んでいる太陽系とはわけが違う。

 夢物語に近かった恒星間の移動が現実のものとなり、さらには銀河間の往来を目的としていた途方もない航海。

 地球の科学技術とノウハウを考えれば、無謀極まる挑戦なのだ。

 

 そこにガミラスと言う侵略者の妨害まで加わってしまえば、地球で立てた航海プランがあっさり瓦解してしまっても無理らしからぬといったところだろうか……。

 

 「……真田さん、ワープシステムの改良はどうなってますか?」

 

 「まだ終わっていない。機関部を含めたそれなりに規模の大きい改装だからな。とは言え、この場で作業が終わるまで停泊するわけにもいかん。最短航路を選択した場合、赤色超巨星付近で1度ワープアウトしてから再度ワープする少々危険な航路になってしまうが、ここで時間をロスしては折角のフライバイで稼いだ分が無駄になってしまう。仮に帳消しになるにしても、同じ損失を生むなら理のある損失の方が気持ちも前向きに出来るはずだ」

 

 真田の返事に進も頷く。

 

 「島、補給目的でこの恒星系に寄った場合のロスタイムはどの程度になる?」

 

 「そうだな……幸いバビタブルゾーン内の惑星は1つしかないから、調査はその星だけに絞っても良いはずだ、目的は鉱物資源よりも水と食料だしな。有用な資源があった場合の採取に関しては、雪達に聞いた方が早いだろう」

 

 「そうね、実際に資源があった場合、水と食用に使える資源の調査と採取だけなら、2日もあれば足りると思うわ。勿論、食品への加工も含めてね」

 

 大介に話を振られた雪も、生活班長としての見解を述べる。

 実際エステバリスを始めとする人型機動兵器はこの手の作業にも向いている。

 旧来のヤマトに比べると、その手の作業効率は大幅に向上しているのでそれほどの遅れは出さずに済むというのが工作班との共通認識となっていた。

 

 「なら、まずこの赤色超巨星付近までワープしてからもう1度ワープしよう。リスクはあるが、貴重な恒星系をみすみす見逃してしまっては、今後何時補給の目途が立つか見当もつかない。食料になりそうな資源もそうだが、ヤマトの維持に必要な鉱物資源もあるかもしれないんだ。フライバイワープで取り戻した時間を使ってしまうかもしれないが、それに見合った価値はあると思う――先立つものは必要だ」

 

 今回のミーティングで実質司会を担当している進がそう言うと、第一艦橋のクルーを始め、各班各科の責任者が頷く。

 そんな中にあってラピスは内心「それって副長のジュンさんがやるべきことじゃ?」と思っていた。

 だが、他のメンツは気にも留めていない様子。

 ジュンも気にしている素振りを見せないのが気になるが、他ならぬラピス自身ジュンの姿を視界に入れるまで、進が事実上の進行役を担っている事を特に疑問を感じてなかった。

 もしかして、ジュンにはジュンなりの考えがあるのだろうか。

 疑問に思ったが、この場で口に出すのは止めておこうと思った。

 

 「それで良いですか、副長?」

 

 「良いと思うよ。実際ヤマトの台所事情は厳しいわけだしね。古代君の言う通り、先立つ物が無くちゃ今後の航海の不安が募るばかりだ。ここはワープシステムの改良を当てにして、寄り道をしよう」

 

 主導権を進に譲ったとはいえ、一応最高責任者であるジュンが了承した事でヤマトの航海プランが決定した。

 

 「ただし、戦闘配備を維持したままワープする事を心がけよう。こちらの進路変更が読まれているかどうかはわからないけど、ヤマトが物資を求めて星に立ち寄る事自体はガミラスも想定しているだろう。もしかしたら、この赤色超巨星を利用した罠の類があるかもしれないからね」

 

 

 

 赤色超巨星付近へのワープは16時間後に実行され、ヤマトは赤色超巨星から少々離れた地点にワープアウトした。

 件の赤色超巨星との間には、まだ相当な距離が開いているはず……なのだが、眼前の赤色超巨星の姿は地球から見る太陽に比べても大きく見える。

 赤色巨星へと至る過程でその質量の多くを宇宙に流出させているのだとしても、太陽に比べれば質量は大きいし、何よりその大きさたるや……。

 やはり接近しないに越した事は無いと痛感させられる瞬間だ。

 

 「ワープ終了!……よしっ! 多少予定よりも引きずられたが、狙い通りの位置だ。少々近い位置にワープアウトしたが、この後この星の影響圏を抜ける時間を短縮するためには、この方が都合が良いだろう。何しろ太陽半径の800倍の大きさがあるんだ。ワープ無しで迂回するのにだって、下手をすれば1日以上掛かってしまうからな」

 

 大介は観測機器で赤色超巨星との距離を測り、何とか予定通りの位置に出現出来た事を喜ぶ。

 ベテルギウスの時も内心冷や冷やだったが、やはり恒星付近へのワープは心臓に悪い。

 

 「艦内全機構異常無し――やはり恒星付近へのワープは航路が多少なりとも引きずられるな。このデータも反映してワープシステムを改修しよう。今後もこう言ったワープをしないとも限らん……しかし流石は島だ。難しいワープを連続でこなすとは、お前ますます腕を上げたんじゃないか?」

 

 難しいワープを続けたこなした大介の手腕に素直に感心する真田。

 

 「勿論です。俺はヤマトの操舵士ですからね」

 

 大介も真田の声に含まれる惜しみない賞賛に気を良くする。

 油断出来る状況には無いが、それだけの仕事はしていると自負しているので、素直に受け取って気持ちを盛り上げた方がこれからも上手くいきそうな予感がするのだ。

 

 そんなやり取りを横目に、雪は警戒の為センサーをフル稼働して周辺の状況を探る。

 スクリーンと周囲に浮かんだウィンドウが映し出すデータに目を走らせ、すぐにそれを発見して警告の声を上げた。

 

 「!? 前方の恒星から生じたと思われる衝撃波が接近中! 回避間に合いません!!」

 

 雪の警告にジュンはすぐに「総員対ショック準備!」と指示を出す。

 指示を出して僅か十数秒、凄まじい衝撃と共にヤマトがきりもみに回転する。大介は懸命にスラスターや慣性制御装置を駆使して姿勢を安定させようと努力する。

 その甲斐あって、ヤマトは辛うじて姿勢を安定させることは出来たのだが……。

 

 「波動相転移エンジン出力低下! 現在出力80%! 先程の衝撃でエネルギー伝導管に損傷が発生した模様です! 出力低下が止まりません!」

 

 衝撃でコンソールパネルに頭をぶつけて額から血を流しながら報告するラピス。

 かなり痛いし流れた血が右目に入って視界が塞がれるが、無事な左目で計器とウィンドウが表示するデータを睨んでエンジンの現状維持に努める。

 機関室では、この瞬間も機関士達がエンジンに取り付いて応急処置を行っているはずだ。自分が休んでるわけにはいかない。

 

 「ちょっとラピス、大丈夫なの!?」

 

 通信機器のチェックをしていたエリナがラピスの負傷に気付いて声を上げる。

 「大丈夫です」と答えるラピスに慌てて医療キットを引っ掴んで駆け寄って、消毒薬で浸したガーゼで血を拭って止血を行う。

 小さい悲鳴が艦橋内に響いた。

 

 「副長、通信機器にも異常あり。通信アンテナが破損したらしく、長距離通信は不能です! 周辺環境と合わせて、コスモタイガー隊の運用に制限が付くと思われます!」

 

 ラピスの治療をしながらも先程までチェックを続けていた通信機器の様子を報告する。

 

 「コスモレーダーも右舷のアンテナ損失、機能停止を確認! 艦首メインレーダーにも感度低下が認められます! やはり、先程の衝撃の影響のようです!」

 

 航行補佐席のハリがレーダーシステムの稼働具合を確認して顔を顰める。

 原因不明の衝撃に晒された影響で、艦橋上部のコスモレーダーアンテナが右舷2枚が全損、左側も辛うじて原形を留めているが到底機能する状態に無く、完全に停止してしまった。

 勿論、アンテナの基部である波動砲用の測距儀も同様で、レンズを破損して使用出来ない状態にある。

 幸いなのは、バルバスバウの中に収められている近距離用メインレーダーがその機能を辛うじて保っている事だ。

 

 「古代、今の衝撃で武装の大半に機能障害だ! ディストーションフィールド発生装置にも異常発生! 消失までは至っていないが、出力が安定しない!」

 

 額に汗を滲ませたゴートの報告に進も歯を食いしばる。武器もフィールドもダメージを受けてしまうとは――。

 原因がわからないので断定出来ないが、もしやこれはガミラスの罠――いや、それにしてはタイミングが早過ぎる。

 ヤマトのワープアウトに合わせての攻撃にしては、幾ら何でも……。

 

 「古代君、あの赤色超巨星は脈動変光星の一種だったのよ! どうやら私達は、運悪く星の脈動のタイミングに合わせてワープアウトしてしまったようなの! あの衝撃波は、その脈動で生じた自然の産物よ!」

 

 雪の報告にクルー全員が運の悪さを呪った。

 まさかそんなタイミングに合わせてワープしてしまうとは――宇宙とは人類にとってまだまだ未知の空間なのだという事を、またしても痛烈に教えられた。

 授業料はヤマトの損傷か――神様は相当皮肉なのかと、進は額に手を当てて唸るが、沈まなかっただけマシ――。

 

 「――っ!? わ、ワープアウト反応! これはガミラス艦です!」

 

 ハリの絶叫に今度こそ第一艦橋に悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 

 「ふふふ……次元断層を脱出した後の足取りが掴めないと苛立っていたというのに……運の無い奴だ、こちらの思惑以上の結果だぞ……!」

 

 戦艦の艦橋でモニターに小さく映るヤマトの姿を嘲るゲール。

 彼はドメルが考えた作戦を実行するためにバラン星基地を発進し、2日程この宙域で待機していたところだ。

 

 「ヤマトがイスカンダルへの最短航路を取るとなれば、必ずビーメラ星が航路の脇に捉えられる。単独の長期航海ともなれば、水と食料を必ず補給したがるだろうから、水と植物のあるビーメラ星に向かうため、このエルダーの近くにワープアウトすると考えたドメル司令の読みは、正しかったようだな」

 

 正直面白くないが、素直に従った結果本当にヤマトをこの手で討ち取るチャンスに恵まれた。

 ガミラス軍人でその名を知らぬ者などいないと言わしめる宇宙の狼――ドメル将軍。

 その手腕をこうも見せつけられては、やはりその称号に偽りなしと実感させられる。

 

 「ヤマトのこれまでのワープ記録から割り出したワープ距離と周期から、銀河を脱してから予測通りに航行した場合、ビーメラ星の存在に気付くだろう」

 

 イスカンダルへの旅路を急ぐヤマトは、多少のトラブルで遅れても何とかして修正する。

 そして、急ぎの旅路でも先立つ物は貪欲に求めるだろうと力説したドメルは、本当に正しかった。

 

 「エルダーは老いた星だ。その寿命は最早尽きる寸前。恐らく1月以内には超新星爆発を起こしてその生涯を終え、その中心に中性子星を残して消えるだろうと推測されている……星の死期を早めるのは気が引けるが……専用に改造された超大型ミサイルを10発を預ける。不安定極まりない寿命寸前の赤色超巨星にこれを打ち込めば、まず間違いなく爆発する。主系列星の段階では問題にもならないが、老いて不安定になった今のエルダーには劇薬として作用するはずだ。計算では80%以上の確率でヤマトを巻き込んだ超新星爆発が誘発出来るはずだ」

 

 これがドメルの思い描いたプランだった。

 

 「君の仕事は、星が超新星爆発を起こすまでの間ヤマトを足止めする事だ。運が良ければ、星の脈動で発する衝撃波にヤマトが襲われて傷つくかもしれないが、過度な期待は出来ない。そこで、私が持ち込んだ“無人艦”を中心とした編成した艦隊を用いてヤマトの足止めに専念するのだ。勿論君は安全圏から事態を把握し、星の爆発の兆候が見られたらすぐに逃げろ。ただし、観測機器は置いておく事を忘れないように」

 

 流石はガミラス最強と称される名将。

 ゲールではここまでの事は考えつかなかった。

 ヤマトの航路を正確に予測した手腕もさることながら、その場で利用出来るモノを全て利用し尽くす発想力の素晴らしさたるや――。

 嫉妬は隠せないゲールであっても、素直に敬意を抱かずにはいられない。

 

 「さて、運良く弱っている内に叩き潰すとするか――エルダーにミサイルを撃ち込め! 無人艦隊制御開始! ヤマト至近にワープアウトさせてから、フィールドを最大出力で展開しつつ攻撃して足止めするのだ!」

 

 ゲールの指示で弱ったヤマトを狩るべく、血の一滴も通わない無人艦隊が牙を向いた。

 

 

 

 

 

 

 「全艦戦闘配置! ガンダム発進準備!」

 

 進はマイクに向かって叫びながら、自身も戦闘指揮席の計器類とデータウィンドウに目を走らせる。

 ヤマトのコンディションは良くない。

 主砲が全滅していて火力が大幅に落ちているだけでなく、衝撃波で武装の大半が機能障害を起こしている。

 致命的な損傷では無いが、作動機構やエネルギーラインの点検と修理には時間が掛かる。

 使える武装は――煙突ミサイルと艦尾ミサイルが半分程度。この環境では攻撃には使えないだろう……。

 ヤマト後方に出現した敵艦の総数は65隻。普段のヤマトなら何とか対処出来る数だ。

 進はガンダム2機を主力にした航空戦で足止めしつつ、早々に逃げ出す事も考える。

 ――嫌な胸騒ぎがするのだ。

 それに、この環境ではガンダムはともかくエステバリスでは活動が厳しく出撃は見合わせるしかない。

 敵艦隊は何時も通り駆逐艦を中心に数隻の戦艦を擁する編成。

 改良されたとはいえ、戦艦クラスに有効な火力を有するのは――ガンダムだけだ。

 

 「雪、あの星の解析をすることは出来るか?」

 

 「今始めたわ。でも探査機器の損傷が激しいし、電算室も不調だから、時間が掛かります」

 

 雪がすぐにパネルを操作して進の要望に応える。とは言え、状況は芳しくは無い。

 あの星がどの程度の周期で脈動するかを知らなければ撤退のタイミングも計れない。

 脈動変光星と一口に言ってもその周期は千差万別なので、もしかしたら非常に短い間隔で脈動してまた衝撃波が発生するかもしれない。

 またあの衝撃波を食らったら、ヤマトがどうなるか予想が付かない。

 

 「……くそっ。副長! 姿勢制御スラスターが不調です! 推力が全く上がりません! このままだと、方向転換すらままなりませんよ!」

 

 報告を受けたジュンが言葉に詰まる。

 どうやら先程の衝撃波に煽られたショックで故障してしまったようだ。

 とにかく艦を安定させる事に全力を注いだので、ヤマトの向きまでは注意を払えていなかったのも事態を悪くしている。

 

 ――艦首の右横には赤色超巨星の姿がある。ワープ航路への影響が生じる位置関係だ。通常推進で通過するにも、またしても至近距離を掠めなければならない角度だ。

 

 進は胸騒ぎがますます強くなるのを感じる。

 

 (――やっぱり、波動砲は何時でも撃てるようにしておいた方が良さそうだな)

 

 進は戦闘指揮席から波動砲のコンディションを確認する。衝撃波で多少のダメージがあるが、システムは正常に稼働中だ。

 とはいえヤマトのコンディションを考えると、2発目は無い。つまり取るべき手段は――。

 

 「副長。万が一に備えて波動砲とワープの準備を進めたいと思いますが」

 

 進の進言にこれまた苦い顔をするジュンだが、その意図はすぐに理解して貰えたようだ。

 

 「まさか――イネスさんが言っていた波動砲ワープを敢行するつもりか!?」

 

 「はい。ヤマトの方向転換が望めない今、ワープで離脱するためにはそれしかありません。ベテルギウスの経験を踏まえると、敵はあの恒星を利用した罠を仕掛けていないとも限りません。他に道は無いと進言します」

 

 進の意見にジュンも唸る。

 確かにあの恒星が相当不安定なのはもう理解した。早急にこの宙域を離脱すべきという意見には賛同出来る。

 

 「真田さん、ヤマトの姿勢制御スラスターの回復にはどの程度かかりますか?」

 

 「推測では、8時間程かかります。しかし、フィールドの安定しないこの状況下での船外作業は不可能です」

 

 真田からの報告も芳しくは無かった。

 それ故に、ジュンも決断せざるを得ない。

 

 「――わかった。波動砲とワープ、どちらもすぐに使えるように準備を進めてくれ。エンジンの出力低下が痛いけど、何とかして機能させてほしい。島君とマキビ君はワープの航路計算を頼む。それと――リスクは大きいけど、出せる限りの速度で前進して後方の敵艦から距離を取るようにしてくれ。このまま恒星との安全距離を保とうとすると、敵艦に狙い撃ちされてしまう」

 

 「了解! ヤマト、全速前進!」

 

 大介は覚悟を決めてヤマトを前進させる。

 ベテルギウスの二の舞は御免だと思っていたが、またしてもガミラスにしてやられた。

 悔しさを噛み締めながら、大介は少しでもヤマトへの被害を避けるべく、恒星に向かって突き進むチキンレースに挑む事となった。

 

 「――了解。機関室、波動砲とワープの準備を進めて下さい! この状況を打開するため波動砲ワープを敢行する可能性があります!」

 

 ラピスの命令に機関室では悲鳴が上がるが、それでも懸命にダメージを受けた波動エンジンに取り付いて指揮官の要望に応えるべく作業を始めた。

 

 「こちら格納庫! ガンダム2機、発進準備完了! 何時でも行けるぜ!」

 

 「ガンダム発進! ただしヤマトは緊急ワープで現宙域を離脱する予定だ! すぐに帰還出来るようヤマトから離れ過ぎるな!」

 

 進は出撃を命じながらも念を押す。進はガミラスの攻撃以上にあの脈動変光星である赤色超巨星が怖い。

 わざわざガミラスがこのタイミングで仕掛けてきたという事は――過去の経験から推測するに、ヤマトが進路変更してこの赤色超巨星の至近を通過するルート――すなわちこの先にある恒星系に補給を目的として立ち寄る事を予想しての事だろう。

 

 ガミラスがヤマトの懐事情を詳細に把握しているとは思えない。

 が、単独での長期間の作戦行動かつ自力で物資を調達しなければならない、時間が限られた航海で航路を大きく逸れる事も許されない――おまけに、地球人がまだ己の恒星系すら出た事も無かった大宇宙に関して“無知”な民族であるとなれば――その行動の予測も可能なのだろう。

 

 (そもそも、目的地が割れている以上は行動の予測は当然か……イスカンダルとガミラスが双子星である事を考えると、大マゼランも含めて地球までの航路上の天体について、向こうが詳しいだろうしな。となれば――)

 

 これから予定している恒星系には、“ヤマトが求める物資がある可能性が高い”。

 幾らガミラスでも、ヤマトの詳細なスペックは知らないだろうし、イスカンダルから宇宙地図を貰っているかどうかの確証は得られていないだろう(予想はしているだろうが)。

 

 とは言え無茶に見合った成果を得られることは確定した。

 恐らくガミラスはヤマトが目的とする恒星系に資源があると確信を持っていない事を知らない。

 だが“自分達はそこに資源がある事を知っているから”こそ“ヤマトがその恒星系に補給を求めるはずだ”、と思い込みが生じた可能性がある。

 だからここに罠を張ったのだろう。

 

 となると、目的地にプロキシマ・ケンタウリのように罠を仕掛けれている可能性が浮上したが、どちらにせよガミラスの妨害を避けては通れないのだ。

 

 押し通るのみ。

 

 ガミラスとイスカンダルは二重惑星。イスカンダルに接近する事自体がガミラスの懐に飛び込むと同義。

 

 ヤマトの目的地と目標が変わらない限り、衝突は避けようが無いのだ。

 

 それにガミラスとて必死なのだという事は、ユリカのファイルを読んだ今の進には理解出来る。

 手段を肯定する事は決して出来ないが、護るために必死に抗う者の強さは知っている。

 だからこそ、こちらも死に物狂いで抗わなければならない。

 どのような形であれ、民族の存亡を賭けて戦っているのは進達とて同じ事。

 しかし、例え地球を追い込んだ怨敵であったとしても――生きるために彼らの“滅び”を肯定して良いのだろうかという迷いは、進の胸の内にあった。

 

 だがそれを表に出して手心を加えるつもりは毛頭ない。

 そんな余裕はヤマトにも――地球にも無いのだ。

 

 勿論――ガミラスと和解の可能性が潰えているわけではない事は、ユリカのファイルに書かれていた。だから進も一縷の望みを託したい気持ちがある。

 しかしそれには――

 

 (ガミラスの総統デスラー……彼は果たして、俺達を理解してくれる存在なのか?)

 

 ユリカのファイルには彼に関しての記述が僅かに書かれていた。

 しかし、その人物像をそのまま鵜呑みに出来ないのは――進が自分で証明してしまっている。

 

 根っこは似ていても、経験と状況の違いから“古代進”と古代進は必ずしも同一の人物とは言い切れない差異を抱えている。

 それを考慮すれば、ガミラス――デスラーとの和解はあくまで“あり得る可能性”に過ぎないのだ。

 

 (全てを決めるのは――やはりサンザー恒星系に到着してからだな。それまでは、ガミラスには“障害”として対応するだけだ)

 

 進は胸の内の迷いを振り切って、ヤマトの戦闘準備を進めるのであった。

 

 

 

 「作戦を確認するぞアキト。俺達の仕事はギリギリまで粘ってヤマトが準備を整えるまでの時間稼ぎだ。フィールド出力に注意しろよ。この熱量だ、ガンダムでもフィールドが無くなったらあっという間に蒸発しかねないからな!」

 

 「了解隊長、気を付けるよ」

 

 リョーコの口から作戦の最終確認が済んだ後、2機のガンダムが発進していく。

 衝撃波で破損してカタパルトが使えないため、今回ガンダム2機は下部発着口から発進する事になった。

 中央の発着レーンにGファルコンDX、GXディバイダーが乗せられた所で傾斜が始まって発進スロープが形成、シャッターで格納庫と区切って減圧室を形成して減圧、ハッチが解放されて重力波カタパルトで初速を得た艦載機が発進する。

 猛烈な加速と共に艦外に放出された後、姿勢制御しつつヤマト後方に位置する敵艦隊に向き直る2機のガンダム。

 恒星に近い位置である為、改修されたとしてもエステバリスでは少々活動するには厳しい環境だ。

 ガンダムでも、ちょっと油断すれば最悪の事態になりかねない極限状況での戦闘に、流石のアキトとリョーコも不安を隠せないでいる。

 

 「おっしアキト! 俺とお前で何とか敵の足止めを果たすぞ! 先鋒はお前、俺がフォローだ! ディバイダー仕様なら小回りが利くから、思う存分突っ込んでくれて良いぜ!」

 

 威勢の良いリョーコの言葉に「了解」と苦笑気味に返す。

 確かにリョーコのGXは、サテライトキャノンを外して換装したディバイダー装備――通称GXディバイダーと呼ばれる形態になっている。

 最大火力と継続戦闘能力はGファルコンGXに劣るが、大仰な追加装備が無いため非常に小回りが利き、武装も粒ぞろい。

 強いて言えば、対艦攻撃にどうしてもハモニカ砲――可能であれば最大出力のカッターモードで使う必要があるため、少々エネルギーのやり繰りが大変といった具合だ。

 

 ディバイダーをバックパックに接続した高機動モードなら、展開形態のGファルコンDXにも何とか追従出来る程度の機動力を持ち、運動性能で勝れるので本来なら対艦戦闘のみが想定される今回の様な戦場よりは、戦闘機との戦いが主体になる航空戦の方が向いている。

 

 (まあ、今回の作戦を考えると小回りが利く分だけ、こっちの方が良いのかもしれないな)

 

 そんな事を考えながら、アキトは展開形態のままGXディバイダー(高機動モード)を引き連れて敵艦隊に突撃する。

 

 

 

 一方、2機のガンダムが飛び行く様を待機室のモニターで見送った居残り組はというと……。

 

 「やっぱり凄いねぇ~ガンダム。この状況下で活動出来るなんて……ホントにリアルゲキ・ガンガーって感じ?」

 

 改修されたエステバリスでも活動出来ない環境下で活動するガンダムの姿に、呆れるやら感心するやらの判断がイマイチ付かないヒカル。

 

 「確かに……この間の改修でまた差が開いたみたいだね」

 

 こちらもシリアスモードなイズミが率直に述べる。

 正直性能差云々よりも、ユリカの現状を理由にアキトが鈍っていないかどうかの方が気掛かりだった。

 が、その心配は無さそうだと、軽快にかっ飛ばすGファルコンDXの姿を見て安堵する。

 とはいえ、手助け出来ない事が、今は悔しい。

 

 「まあ、基本性能が桁違いですし。隊長殿もご機嫌でかっ飛ばしとりますなぁ、少佐?」

 

 自身のスーパーエステバリスには相応の愛着があるが、見事なまでに性能差を見せつけられ、かつその高性能にご満悦と言った様子のリョーコの動きを羨ましく思う。

 腐っても木星男児の高杉サブロウタ。

 やはり、高性能で(現状)ワンオフの特別機には相応の憧れがある様子。

 

 勿論その根底には、このような状況下で何も出来ない無力な自分への憤りが含まれている事は、その声色からも明らかだった。

 

 「そうだな。隊長にこそ相応しいとパイロットを譲ったが……」

 

 本来ガンダムエックスのパイロットに内定していながらも、「コスモタイガー隊の隊長にこそ、ガンダムは相応しい」と、密にダブルエックスの操縦を代われる様にと猛特訓していたリョーコの気持ちを汲んで辞退して譲りはしたが、今の状況ではむしろ変わってやりたいという気持ちがある。

 

 リョーコでは、ボソンジャンプを使えない。それに頼った緊急帰投が出来ないのだ。

 フィールドさえ健在なら、アキトが何とかするかもしれないが、確定出来る事象ではない。

 

 皆、軽口の様な言葉を吐いて自分を誤魔化しているが、悔しい気持ちは一緒だった。

 

 そんな仲間の憤りを乗せるかの如く、モニターに映るガンダムは敵艦と接触、交戦状態に突入した。

 

 

 

 先陣を切るアキトは敵に航空部隊が居ない事から、敵艦の対空砲火だけに注意を払って突撃を敢行する事にした。

 恐らくこの状況下では、ガミラスとて艦載機を運用出来ないのだろうと推測する。

 

 数でも質でも不利な状態での強襲は、火星の後継者との戦いで散々繰り返してきた。

 その決して褒められた手段ではなかったアキトの戦いの日々の成果が――こうも地球の存亡に大きく関わるとは……アキトは運命の皮肉を感じる。

 

 航空攻撃への対処は航空戦力に依存しているのだろうか、ガミラス艦の対空砲はかなり少ない――というか戦艦以外には確認もされていない。

 駆逐艦や巡洋艦クラスの対空攻撃は、甲板上の主砲で行われている事も確認済みだ。

 確かに駆逐艦の小口径な主砲なので小回りも利くし、連射速度も高い。対空射撃に使えなくはない性能だ。

 

 ――だが、そんなものに撃ち落されるほどアキトもGファルコンDXも甘くはない。

 

 アキトは右手の専用バスターライフルをマグナムモードで、収束モードの拡散グラビティブラストを適度に発砲、解析データから割り出したレーダーシステム(と存在する場合は対空砲)を破壊していく。

 

 撃沈は狙わない。というより狙えない。

 敵の防御が普段よりも厚く、主要区画を突破するのが難しいのだ。

 なので、アキトはすぐにリョーコに伺いを立てた後ヤマトに打電、火力支援を要請した。

 

 リョーコもアキトと協力して対空砲とレーダーシステムの除去には協力する。

 エックスディバイダ―は右手のビームマシンガンと左手のディバイダ―からカッターブレードモード(通称ハモニカブレード)の砲撃を次々と撃ち込んでいく。

 最強武器の名に恥じず、ハモニカブレードの一撃は今までよりも遠方からの攻撃で敵艦にダメージを与えられている。

 流石に一撃必殺は望めないが、この火力は頼りになる。

 

 改修によってガンダムの火力は更に向上している。これでより対艦攻撃の要としての役割が強化されたと言えよう。

 

 ……となれば当然試すべきなのは戦艦に対する威力。

 

 今まで通りなら、ガンダムの火力であっても重装甲・高強度フィールドを持つ戦艦に対して決定打を与えるのは難しいと考えられていた。

 だが、改修を受けた今なら通じるかもしれない。

 とはいえ無理は禁物だ。作戦の完遂が第一。ヤマトに攻撃を届かせない事が仕事なのだ。

 

 アキトとリョーコが曲芸飛行染みた軌道で敵艦隊の中を飛び回り、着実に敵艦にダメージを与えていく。

 十分とは言えないが、これ以上ガンダム2機だけでは限界だと判断したリョーコは、ヤマトに火力支援を求めた。

 

 「こちらリョーコ! 敵艦のレーダーにダメージを与えた! 波動エネルギー弾道弾を使ってくれ!」

 

 

 

 「こちらヤマト、了解! ゴートさん、お願いします!」

 

 「了解! 信濃格納庫ハッチ開放! 信濃の無線コントロール開始、火器管制システム正常作動中!」

 

 ゴートの操作で無線制御された信濃が起動。

 ヤマト艦首下部の専用格納庫のハッチが観音開きに開いて、次元断層内で上下逆さまに格納されたままになっていた信濃がその姿を覗かせる。

 格納庫扉は元々かなり頑丈であったし、ヤマトに格納されていた信濃は衝撃波のダメージを受けていないのだ。

 

 「発射!」

 

 ゴートが発射スイッチを押すと、格納されたままVLSのハッチを開いた信濃から計24発の波動エネルギー弾道弾が次々と発射される。

 万が一の戦闘を想定して、限界まで耐熱コーティングを施した波動エネルギー弾道弾は、姿勢制御スラスターで進路を修正しながら、ガンダムからの誘導に従って目標に向かって猛進、疎らな対空射撃を掻い潜って次々と命中、その威力を見せつけた!

 

 この連携攻撃によって、敵艦隊の1/3に相当する20隻の敵艦を一挙に撃破する事に成功したのは幸運だと言って良いだろう。

 スコアの大半は駆逐艦だが、まずは頭数を減らすことが第一。

 火力支援を受けたガンダムもさらに鬼気迫る勢いで敵艦隊に襲い掛かり、確実にダメージを与えて言っている様だ。

 

 しかし――。

 

 「あの動き――やはり敵艦隊は無人艦で編成されている様だな。恐らくAI制御を基本に外部からのコマンド入力で制御されているのだろう」

 

 真田はガンダムと波動エネルギー弾道弾に対する迎撃行動から、敵艦隊が無人のAI制御を基本に外部からの管制を受ける無人艦隊だと見抜いた。

 ヤマトの決死の攻撃が上手くいったのは、相手が無人艦で判断がやや鈍かったからだろう。

 

 「しかし妙だ。今までガミラスが無人艦を使った事なんて確認されてないぞ?」

 

 きな臭いものを感じてジュンが眉を顰める。

 無人艦を使わなければならない程ガミラスは人材が不足しているとでも言うのだろうか。

 いや、だとしても連中に何度も煮え湯を飲ませてきたヤマトを相手取るのに、柔軟性に欠ける無人艦で戦いを挑んでくるものだろうか。数に任せるならまだしも、数が少な過ぎる。

 恐らくヤマトの行動を予測し、衝撃波で弱る事すら予測に含まれていたにしても、確実を期すならもっと多くの戦力を動員してくるはずだ。

 

 これではまるで――自軍の人的損失を抑えつつも艦艇の損失は鑑みない、自爆戦術のような――。

 

 胸騒ぎを感じながらも、ヤマトはそれから1時間に渡って敵艦隊との攻防を繰り広げた。

 防御を固めた敵艦に対しては、如何に改修されたガンダムと言えど決定打を与えるのが難しい。

 そうこうしている内に、眼前の赤色巨星の重力も使って加速し続けるヤマトと赤色巨星との距離が詰まってくる。

 そろそろ、ガンダムと言えど活動限界が近い距離だ。

 

 「こ、古代君! 大変よ!」

 

 切羽詰まった雪の声に進のみならず全員が注目する。皆の視線を受けても青褪めた表情の雪は本当に大変な事態が進行していた事を告げた。

 

 「分析によると、あの星は核融合が最後の段階まで進んでいて、星の中心核には鉄がかなり生成されているの! 中心核の推定温度も100億Kに到達してて、鉄の光分解がかなり進行しているの! 今も星全体が急激に収縮を始めていて、このままだとあの赤色巨星は数十数分以内に超新星爆発を起こすわ!」

 

 あまりに衝撃的な状況に誰もが言葉を失い青褪める。

 

 超新星爆発。恒星の生涯を終える瞬間の最後の輝き。

 

 鉄の光分解で恒星の核に蓄積していた鉄分子が分解されて星の中心が空洞のような状態になることで支えを失った星が潰れて、中央で星の物質が急激に圧縮されてコアが形成され、コアが反射した衝撃波が外部に広がり星が崩壊する現象――重力崩壊が起こる。

 そう、II型の超新星と呼ばれる星の末路――それがヤマトの眼前の恒星で今まさに起ころうとしているのだ!

 

 「でもこの現象は自然に発生したとは思えないわ! 戦闘開始から間もない頃に星の表面に急激な変動が起きていたの! 星の脈動にしては妙な動きだったから、恐らく何らかの外的要因で星が刺激されて超新星爆発が誘発された可能性が高いの!――やっぱり、古代君の懸念通り、ガミラスが意図した罠だったのよ!」

 

 進は……胸騒ぎが的中した事を実感した。

 

 

 

 

 

 

 「ゲール副司令、エルダーの変動を確認! 星全体が急激に収縮を開始! 超新星爆発の予兆です!」

 

 待ち望んだ報告にゲールもにたりと笑う。後は恒星が爆発するまでヤマトを釘付出来ればこちらの勝ちだ。

 ここで退避が遅れると、ゲール達も超新星爆発に巻き込まれてしまう。

 ゲールは速やかに無人艦を自立行動のみに切り替えて撤退を指示する。

 ギリギリまで粘って指示を出す方が確実だが、それで退避が遅れては元も子もない。

 ドメルの指示でもあるし、後は観測機が拾った情報を眺めて葬った証を得れば良いだけだ。

 

 

 

 

 

 

 「超新星爆発だぁ!?」

 

 ディバイダーを背中に装着した高機動モードで、左手で背中のラックから抜き放った大型ビームソードを敵駆逐艦のフィールドに押し付け、装甲に切りこみつつあったリョーコが驚き問い返す。

 

 「ガン……はす……帰艦! ヤマ……はこ……り……ワープ……行し……より離……る!」

 

 通信アンテナの損傷でノイズの混じる通信を聞きながらリョーコは唸る。

 不明瞭だが帰艦指示とワープに関する情報が聞けたのなら、やるべきことは1つだ。

 

 「――っ! 了解! アキト、撤収だ!」

 

 大型ビームソードで敵艦の装甲を割き、間髪入れずに右手のビームマシンガンをしこたま破損部に撃ち込みながら左手の大型ビームソードをラックに戻し、離脱と並行して背中から外したディバイダーからハモニカブレードを発射して駄目押しする。

 その猛攻の前に耐えきれなかった眼前の駆逐艦が爆ぜ、宇宙に華咲かす。

 しかし、今まさに恒星が末期の華を咲かせようとしていると考えると、眼前の爆発すらも雑草同然なものに思える。

 

 「リョーコちゃん! 敵艦隊の動きが!」

 

 隣の駆逐艦を同様に近接のハイパービームソードから接射による集中砲火で葬り去ったアキトが、爆発から離脱しながらリョーコに告げる。

 敵艦隊の動きが明らかに変わった。

 今まではヤマトをこの場に釘付けにするためか消極的に包囲網を形成するに留まっていたのに、ヤマトを確実に超新星爆発に巻き込むためか、より積極的な攻撃に転じている。

 

 「くそ……っ! 仕方ねぇ、ギリギリまで粘るぞ! 少しでも良い、敵艦隊を足止めしてヤマトを逃がさなけりゃ、何のためのガンダムだ!!」

 

 答えながら再チャージを完了したハモニカブレードで発射して、少し離れた位置にある敵戦艦に打撃を与えようと試みる。

 ――弾かれて終わった。

 収束率が高く、機動兵器用火器では最も優れたフィールド突破力を持つハモニカブレードとはいえ、やはり遠方から戦艦クラスのフィールドを撃ち抜くのは容易ではない様子。

 

 ――やはり、相転移エンジンと波動エンジンでは単純に生成するエネルギーの質と量で雲泥の差がある。

 そして、単純な出力以上に波動エネルギーを転用する事で効率を増したフィールド発生機やグラビティブラストの威力が凄まじさは、ガミラス戦役開始からヤマトの完成に至るまでの経緯で嫌というほど身に刻まれていた。

 

 この格差を埋められるのは――サテライトキャノンだけ。

 

 だがその切り札を使えばしばらくは身動きが取れなくなる。

 ――この状況下では、取れない選択肢だった。

 

 

 

 ガンダム2機の必死の攻防の意図を知った進達は、その心意気に応えるべく「良いからすぐに戻って来い」という言葉を飲み込んで、波動砲とワープの準備を並行して行う。念のため、格納庫内のボソンジャンプジャマーはカットしておく。

 その旨も通信で伝えはしたが、雑音交じりでは伝わっている保証が無い。気付いてくれれば良いが……。

 

 「こちら機関室! エンジン出力は40%で横ばいですが、何とか波動砲とワープの同時使用に足る出力を得られそうです!」

 

 太助の報告にラピスも頷く。額に巻かれた包帯が痛々しい姿だが、彼女は懸命にヤマトの機関部を統括していた。

 元々エネルギー総量と出力の値は旧ヤマトの6倍もあるのだ。ワープも波動砲を同時使用するにしても、35%程度もあれば十分事足りる。

 

 問題は、その負荷に損傷したエンジンが耐えられるのか、ヤマトの艦体が持ちこたえられるか、だ。

 

 「波動砲発射用意、安全装置解除」

 

 「ワープ準備。安定翼展開、タキオンフィールド展開準備」

 

 粛々と両機能の使用準備が進められていく。

 フライバイワープからあまり間を置かずにまた無茶なワープを強いられ、全員の緊張が色濃くなる。せめてヤマトがまともに方向転換出来れば普通のワープが可能なのだが……。

 スラスターの推力が低下したヤマトは、まともに進路を変える事が出来ない。

 安定翼の重力波放射機能はあくまで姿勢安定化様なので、方向転換に使うには少々性能不足。

 

 つまりこの場における最善策は、以前イネスが語った波動砲によるワープ航路の強制開口しかない。

 

 準備を続ける最中、ギリギリまで粘っていたガンダム2機がようやく帰艦した。

 しかし、その惨状は燦々たるものだった。

 一言で言ってしまえば無理のし過ぎである。

 如何にガンダムと言えどもたったの2機、サテライトキャノンも無しに数十隻からなる敵艦隊を食い止められようはずがない。

 その無茶の対価は、ガンダム2機共に中破という結末であった。

 

 GファルコンDXもGXディバイダーも、防御を捨てた攻勢に転じた事で何とか足の速い駆逐艦の何隻かを沈めはした。

 だが、帰艦直前にヤマトへの直撃コースにあった駆逐艦の砲撃を身を呈して防いだ事で、甚大な被害を被った。

 2機とも盾を眼前に突き出してフィールドを前方に最大集中展開して砲撃を防ぐ事は出来た。だが、エネルギー不足が祟って全身を覆う事が出来ず、フィールドが消失した部位が発生し、そこが砲撃で砕かれかつてない大損害を被る羽目になった。

 幸いだったのは、ヤマトが影になった事で恒星の熱からは守られた事だろう。

 

 それ程の被害を受けながらも撃墜には至らず、残されたエネルギーを振り絞って機体を高熱から守りながらヤマトの格納庫に自力で飛び込んだが、一歩間違えれば2機ともここで墜されていただろう……。

 

 ガンダム2機の文字通り身を呈した活躍で時間を稼いだヤマトは今、爆発寸前の赤色超巨星に向かって突撃を続けている。

 後方から迫る無人艦隊は、死を恐れぬ機械特有の無機質さを存分に発揮してヤマトを追撃、次々と主砲を放ってくる。

 ガンダムの加護を失ったヤマトは、代わりに艦尾ミサイル発射管から次々とありったけのバリアミサイルを放って砲撃を凌ぐ。高熱によって自爆する前に起爆すれば、フィールドを展開がギリギリ間に合う。

 

 ――今はエネルギーを少しでも節約しなければならない。

 

 頼みのバリア弾頭が尽きる前に、そして超新星爆発に巻き込まれる前にこの場から逃げ出さなくては……。

 

 「!? 恒星の収縮がさらに加速!――星が……潰れます!」

 

 雪の報告を聞くまでも無い。

 あれほど巨大だった恒星が急激にそのサイズを縮めているのが、窓に投影された艦外カメラの映像にもはっきりと映し出されている。

 その光景を目の当たりにするクルーの噴き出す汗の量が、一段と増えた。

 

 「最終セーフティーロック解除! タキオン粒子出力上昇!」

 

 「時間曲線同調! 空間歪曲装置作動開始!」

 

 進と大介の言葉が連なる。本来同時に使用される事の無い装置が同時に機能しようとしている。

 果たして――上手くいくのだろうか。

 

 「頼むぞ古代……ワープインの瞬間に波動砲を撃つんだ。タイミングがずれたら――」

 

 「任せろ島――俺達なら出来るさ!」

 

 2人が互いの呼吸を合わせる中、波動砲とワープの準備は最終段階を迎えようとしていた。

 

 「操縦を渡すぞ古代! 安定翼の重力波放射機能でも姿勢の固定と微調整くらいなら出来る。後はハーリーの指示に従ってヤマトを安定させるんだ!」

 

 「わかった!――ハーリー、頼むぞ!」

 

 「任せて下さい!」

 

 戦闘指揮席正面のパネルがひっくり返って、波動砲のトリガーユニットが出現し、進の目線の高さまで持ち上がる。

 進は両手でしっかりとトリガーユニットを掴み、対閃光ゴーグル越しに計器を睨む。

 

 「ターゲットスコープオープン! 電影クロスゲージ明度7!」

 

 「タキオン粒子出力上昇! ワープエンジン出力上昇、ワープ可能領域に到達!」

 

 ラピスの報告に進はトリガーユニットを握る手にさらに力を籠め、大介はワープスイッチレバーに手を伸ばす。

 後はこの2つの操作タイミングを完璧に合わせるだけ。

 それは、互いの呼吸を理解している親友同士の進と大介にしか出来ない芸当だろう。

 

 「古代、バリアミサイルでの防御は限界だ。直撃が出る前に頼むぞ」

 

 バリアミサイルの障壁を貫通した砲撃が、ヤマトの傍を掠める。

 艦尾ミサイル発射管の弾薬庫に、もうバリアミサイルは無い。ゴートは声を荒らげないように自分を抑えながら進に報告する。

 

 「さあ、やるぞヤマト! 衝撃で音を上げるんじゃないぞ!――波動砲発射15秒前!」

 

 「ワープ15秒前! 各自安全ベルト確認!」

 

 進と大介の警告が殆ど重なる。未知なる挑戦にクルー達の緊張が最大限に高まる。

 クルー達は、己の役割を果たしながら宇宙戦艦ヤマトがこの困難に打ち勝つ事を望む。

 あのベテルギウス突破の時に見せて、奇跡としか形容出来ないあの瞬間の再来を。

 

 ――耐える事には自信があります。後は……貴方達次第です、私の大切は戦友達よ――

 

 またしても脳裏に響いた“声”に、クルーは気持ちが少し落ち着くのを感じた。

 

 

 

 理屈などどうでも良い。確かな事は――今ヤマトと言う艦と進達クルーの心は1つとなりて――宇宙戦艦ヤマトと言う“存在”として確立しているという事だ。

 

 そしてその助けとなっているのは……遥かなる星イスカンダルからもたらされたフラッシュシステム。

 

 ユリカの呼びかけに応え、苦慮の果てに救いの手を差し伸べてくれた愛の星。

 

 ヤマトはそこに行かねばならぬ。

 

 必ずコスモリバースシステムを受領して帰らねばならぬ。

 

 全ては地球を救う為。

 

 愛を通すため。

 

 ……ヤマトの眼前で、ついに恒星が爆ぜた。

 

 支えを失った星の中心に構成物質が流れ込みコアを生成、そのコアに反射した衝撃波が高温のプラズマを周囲に凄まじい速度で弾き飛ばす!

 ヤマトへの到着にはまだ少し時間があるが、悠長にはしていられない。

 

 「3……2……1……発射ぁっ!!」

 

 「ワープッ!!」

 

 恒星の爆発と同時に、進が波動砲の引き金を引き、大介がワープスイッチレバーを押し込む。

 寸分の狂いも無い完璧なタイミングでシステムが作動し、ヤマトの艦首に波動砲の煌めきが灯り、波動砲のエネルギーで強引に拡張された艦首前方の時空の裂け目が、可視出来るレベルまで大きく開く。

 青白い稲妻と共に青白く輝く空間に、閃光に包まれたヤマトが力尽くで突入する。

 

 ヤマトが空間の裂け目に完全に侵入したすぐ後に、次元の開口部は膨大なエネルギーを放出しながら閉鎖され、ヤマトを追撃していた無人艦隊との間を遮る。

 

 直後、超新星爆発の想像を絶する衝撃波と共に周囲にばら撒かれたかつて恒星だった超高温の物質に飲み込まれて――無人艦隊もその一部と成り果てるのであった。

 

 

 

 航海の遅れを取り戻すべく決行されたフライバイワープ。

 

 その成功によって、航海に明かる兆しが見えたかと思われた直後のトラブルとガミラスの罠。

 

 緊急手段を用いて辛うじて退けたヤマトではあるが、その前途は厳しい。

 

 しかしヤマトよ、挫折する事は許されない!

 

 君の背中には、地球とそこに住まう全ての命が背負わされているのだ!

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、266日!

 

 

 

 第十六話 完

 

 

 

 次回、新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第二章 大自然とガミラスの脅威

 

    第十七話 浮かぶ要塞島! ヤマト補給大作戦!?

 

    全ては、愛の為に。


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