新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ(完結済み)   作:KITT

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最終話 この愛を捧げて

 

 「……メルダーズは失敗したか。地球の宇宙戦艦ヤマト、放置するには危険な存在か……」

 

 暗黒星団帝国の支配者、聖総統スカルダートは予想だにしなかった脅威の出現に渋面を隠せない。

 

 「だが、連中は我が帝国の所在も知らぬ。今はガトランティスとの戦いに全力を注ぐとするか……地球を叩くのは、それからでも遅くはない。ガミラシウムとイスカンダリウムが手に入らぬのは痛いが、再度兵力を派遣出来るほど戦況は良くないか……ガトランティス――これほどの軍事国家が存在していたとは……」

 

 非常に口惜しいが、諦めるしかない。しかし我が暗黒星団帝国の存亡に関わる重大な案件だったのが、殊更腹立たしい。

 イスカンダリウムとガミラシウムは我が帝国の動力エネルギーとの相性が良いとされている物質なので、開発中の無限ベータ砲をより強力にするためにも役立てたかったのだが……忌々しきは宇宙戦艦ヤマト。たかが戦艦1隻に良いようにしてやられるとは。

 不幸中の幸いなのは、連中がこちらの所在を知らぬことと、復興政策の関係で数年は猶予がある事だろうか。

 ガミラスも予想以上にしぶとかったが、まず優先して叩くべきは地球か。

 滅亡寸前にあってあのような戦艦を生み出すとは――この爆発力、見過ごせない。

 

 スカルダートは帝国の邪魔をした宇宙戦艦ヤマトの資料から目を上げながらも、そう遠くない将来の報復を誓って目を輝かせていた。

 

 (ガトランティスを始末次第、地球は必ず叩き潰す!)

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 最終章 自分らしくあるために!

 

 最終話 この愛を捧げて

 

 

 

 ガミラスの全面協力を得て急ピッチで改装を終えたヤマトが、護衛のデストロイヤー艦と指揮戦艦級に高速十字空母数隻を引き連れて、ガミラス星から飛び立つ。

 許された時間の限りを尽くし、出来る限りの改修を加えた。

 

 艦首の甲板を第一主砲の手前まで取り外し、ガントリークレーンで中にある収束装置2種とライフリングチューブを釣り上げ、1度解体してエネルギーが通過する部分に空間磁力メッキの生成・コーティングシステムを取り付けていく。

 ヤマトの艦体表面や波動砲とエンジン回りの空間にも、取り付けられる。

 空間磁力メッキは長時間展開していられない為、発射直前に展開して保護膜を形成するシステムを構築せざるを得なかった。

 念のため、特に負担の大きい発射口内部には下地代わりに反射衛星の反射板と同じ反射材を張り込んで、二重の防御策を施す。

 二重の防護策を破損によるエネルギー漏洩が懸念される場所に施す事で“机上の計算では”6倍――いや、真の力を開放したエンジンが生み出す、8倍の波動砲に何とかヤマトが耐えられると出ている。

 またヤマトの収束装置ではその大出力を上手く収束しきれない不安が残ったため、艦首に2本のエネルギー収束ブレードが取り付けられる事になった。デウスーラの予備パーツを流用したものらしい。

 

 ――テストすら出来ないぶっつけ本番かつ1発勝負という緊張感。誰もが不安を拭いされてはいない。

 

 波動砲の改装と並行して、エンジンも真の力を解放出来るようにと改装が施される。制御プログラムの開放は勿論、特に負荷がかかって自壊しかねない部分は、ガミラスの技術者が精魂込めて仕上げた、耐久力に優れた部品に交換された。

 このあたりの微調整には、10日が費やされた。

 

 合わせてヤマトの艦体――特に竜骨には空間磁力メッキでも防ぐ事が出来ない衝撃波に対応するため、幾らかの補強が施された。

 一応ヤマトの竜骨は、今までの無茶の繰り返しにも負ける事なく耐えていて、航行中に出来る検査程度でも劣化らしい劣化も見られていない。多少の補強で大丈夫だろう。

 問題は装甲支持構造の方だ。航行中にも修理と並行して改良を施してはきたが、抜根的な改善には至っていない。もしかしなくても発射の反動で装甲外板が吹き飛んで、剥がれ落ちてしまうかもしれない。

 そうなった時、ヤマト自身の強度低下による破断も恐ろしいが、気密が破れる事でクルーへの被害が生じる可能性の方が深刻だった。

 作戦中は宇宙服の着用を義務付けたとして、空気が放出された時に乗員が宇宙に放り出されないでいられるかは運次第。

 それに、波動砲による反動も心配だが、時空転移装置のある場所も問題だった。

 

 カスケードブラックホール。

 

 イスカンダルとガミラスを飲み込んでしまうとされる宇宙の悪魔。その姿は赤色に見えるガス状の渦がまるで蛇のようにその身をうねらせながら、宇宙を我が物顔で突き進んでいる。

 デスラーはその姿を指して「まるで悪魔の唇のようだ」と評していた。デスラーらしい言い回しかもしれない。

 

 その本体と言うべき空間転移装置は、表面のガス状の口から中心部に向かって300㎞の地点にあると推測されているからだ。

 ガミラスが事前に出した偵察部隊が危険を顧みない無茶な方法でようやく割り出した、敵の心臓部。

 その地点に波動砲を確実に打ち込むためには、ヤマトもその口にかなり接近しなければならない。

 次元転移装置が生み出す重力場の干渉を受ける事になるだろうから、下手をすると波動砲発射前にヤマトの艦体に大きな傷を負うかもしれないし、発射の反動でさらに崩壊が助長され、ヤマトがバラバラになってしまう可能性だって残っている。

 

 ――許された時間を最大限に活用しても、ヤマトはこれらの問題に対して明確な対処法を得る事が出来なかった。

 七色星団での激戦とガミラス本土防衛戦。その2つの激戦を重ねた事で受けた傷すらも完全には回復していない。

 それでも装甲外板の補修は済ませ、最も重要な波動砲とエンジンだけは完璧と言えるだけの処置をした。言い換えればそれ以外の部位の修理は行われていない。

 なので、ヤマトは今ほとんどの武装がダメージから回復しておらず、雑に装甲を張り付けて穴を塞いだだけとなっている。

 パルスブラストは虫食い状態。

 主砲や副砲の砲身も吹き飛ばされた物と駆動部を破壊されて動かなくなったものは放置。

 当然ミサイルも補充されていないし、発射装置の不具合もそのまま。

 

 つまり、今のヤマトは波動砲以外に完調と言える武器を持っていない、戦闘能力と言う点では酷く頼りない状態にあるというわけだ。

 デスラーがヤマトに護衛を付けるのも当然と言った有様。万が一敵襲を受けたら……彼らを盾にヤマトだけでもカスケードブラックホールに突撃して、撃破しなければならない。その後、完全に無力化するであろうヤマトが無事でいられるかどうか……。

 あまり目立たせないためと、護衛艦の数は少数に抑えられているが、いざとなれば増援は幾らでも出せるとタラン将軍も胸を張っていたので、大丈夫だと思いたい。

 

 暗黒星団帝国の報復が、何時来るか予想も出来ないのだから……。

 

 

 

 幸いな事に警戒していた襲撃も無く、ヤマト一行はワープでカスケードブラックホールの予定進路上へと移動し、その姿を最大望遠で捉える事に成功していた。

 

 「――上下約30万4000km、左右約33万8000km。木星の倍以上の大きさですね。秒速2万9000kmで進行中、ガミラスの情報通り、誤差はありません」

 

 「……あれが。イスカンダルとガミラスを飲み込もうとする、次元転移装置の生み出す悪魔……」

 

 「そして、この戦争の火種になった存在……!」

 

 ルリの解析データを聞きながら、ユリカと進が各々の感想を口にする。

 恐ろしい光景だ。

 

 「ガミラスの解析データと合わせて、ヤマトの砲撃データを調整します。しばらく時間を下さい」

 

 ルリの補佐として電算室の副オペレーター席に就いている雪の言葉に、ユリカと進が静かに頷く。

 これが――この戦争でヤマトが放つ。最後の一撃になるだろう。

 

 解析作業の終了とワープによるエネルギーの損失が回復した頃には、カスケードブラックホールは随分と距離を詰めてきていた。宇宙の距離感ではもう目と鼻の先と言って良いだろう。重力場の影響も受けつつある。

 ヤマトを護衛するガミラス艦隊は、作戦の成功を願う旨を伝えてヤマトから離れていく。

 ここからは、ヤマトの戦いだ!

 

 「ヤマトのみんな、艦長のミスマル・ユリカです。これから、この航海で私が艦長として指揮する、最後の作戦を開始します」

 

 ユリカは静かに宣言した。艦内通信の回線を開き、これからヤマトが何をするのかを、静かに、だが確たる決意と共に語る。

 

 「幸運な事にも、このカスケードブラックホール破壊作戦の前にガミラスとの和解が出成立しました。これは皆が憎しみに囚われることなく戦いを終わらせようと心を砕いてくれたからであり、艦長として本当に誇らしく思います。しかし、ヤマトの戦いはまだ終わっていません」

 

 ユリカは一拍置いてから告げた。

 

 「ヤマトの戦いは、常に愛する者の未来のため、我らが母なる星――地球と人類の為にこそありました。ガミラスとの和解も、暗黒星団帝国との戦いも、そしてこのカスケードブラックホールを破壊するのも、全ては地球の為。私達の帰りを待つ愛する人々の為――そう、私達の航海はまだ道半ば、そっくりそのまま復路が残っています。つまり、この全てを飲み込む悪食のブラックホールを退けるのも、ヤマトの航海全体から見れば中間目標に過ぎません。だから……私達は絶対に生きてカスケードブラックホールを破壊します!! そしてイスカンダルに辿り着き、ヤマトをコスモリバースシステムへと改修して地球を救うのよ!! 一昨年も去年も、地球にとって本当に散々な年だったけど、今年2203年は地球にとって良き年になるように全力を尽くしましょう!……さあ皆――勝ちに行くぞぉ! おぉぉっーー!!」

 

 「おおぉぉぉっーー!!」

 

 ユリカの宣言に全員が吠える。ガミラス滞在中に、地球では西暦2203年を迎えてしまっている。ヤマト艦内は地球時間で運行されているため、ヤマトは年明け早々に大仕事に挑む事になっている。

 成功すれば大吉、失敗すれば大凶確定の大仕事に。

 

 ――さあ! 最後の一撃を放ちに行きましょう!――

 

 クルーの熱意にヤマトも応えた。

 それを切っ掛けに最大出力かつ全弾発射モードの――通称“マキシマムモード”の発射準備が開始される。

 

 「トランジッション波動砲! マキシマムモードで発射用意!!」

 

 「波動相転移エンジンリミッター解除! 相互増幅開始!」

 

 ラピスは機関室に指示を出すと同時に、機関制御席のコンソールボックス右下に隠されていたハッチの解除コードを入力して開放、中のレバーを思いきり引っ張る。管制モニターに「エンジンリミッター解除」「相互増幅作用実行」と警告が表示される。

 今まではエンジン耐久力の問題もあってヤマトが勝手に起動したとき以外は封じられていた、波動相転移エンジンの全力運転が開始される。

 機関室でも、第一艦橋で解除された真の力を即座に体感する事態になっていた。

 エンジンの回転数を示すメーターが目に見えて急上昇し、フライホイールがまるで燃え上がっているかのように真っ赤に輝く。

 そして、前方の6連相転移炉心全体が右回りに回転を始め、有り余るエネルギーを中央の動力伝達装置へとため込んでいく。

 

 「全弾発射態勢! 空間磁力メッキ展開!」

 

 機関室で太助が、山崎が駆けずり回って準備を進めていく。防御壁が下りて来て機関室が前後に分断される。

 そして、ヤマトの各所に設置された空間磁力メッキ生成システムが稼働し、ヤマトの艦体が、内側の一部が、眩い銀色に輝き始める。

 

 「出力上昇中! 出力、120%に到達! 出力、150%! 最大出力です!!」

 

 想定される最大出力に到達した波動相転移エンジンが、悲鳴にも近い唸り声を上げ、ヤマトの体が震え始める。

 解放された発射口内部に最終収束装置の余波で生じる青い輝き。

 空間磁力メッキの反射と普段の8倍という途方もない出力故か、発射直後の様な神々しい閃光となって煌めいている。

 

 「安全装置全て解除! 次元転移装置の位置情報をリアルタイムで送ります!」

 

 「全センサー最大稼働! 電算室のシステムも最大稼働させます!」

 

 ルリと雪が協力して情報処理に当たる。

 波動砲に全エネルギーを回すと電算室に必要となる電力を確保する事が難しくなる。特に今回の様に余力を残す事が難しい状況下ではなおさらだ。

 補助エンジンの生み出す電力は、平常時の予備電力としては十分であっても、このような状況下で電算室に優先して回すとなると、少々心許ない。

 なので、予備電力としてガンダム達を使う事になった。Gファルコン用の合体コネクターにアダプターを付けて、ガンダムとGファルコンに搭載された相転移エンジンを稼働させ、その電力を電算室に回すように手を加えたのだ。

 元が機動兵器用の小型エンジンなので足しになる程度ではあるが、無いよりはマシだった。とにかく今は考えられる手段のすべてを講じて、あの悪魔を討ち滅ぼすのだ。

 

 「総員、対ショック、対閃光防御!ターゲットスコープオープン! 目標、次元転移装置!」

 

 戦闘指揮席と艦長席、両方の波動砲発射装置が起動して、進とユリカの眼前に滑り込む。

 真の力を解き放ったトランジッション波動砲は極めて危険な存在。それ故の安全装置として、艦長席と戦闘指揮席双方からの操作が無ければ引き金を引く事が出来ない造りになっている。――勿論、タイミングも合わせなければならないし、艦長席側はユリカの生体認証が無ければ機能しないようセキュリティーが掛かっていて、これは解除出来ない様に構築されている。

 正直状態がさらに悪化しているユリカは艦橋に居るべきではない。だがこの保安装置の存在もあって作戦に参加しなければならなかったし、短い時間で準備をしなければいけなくなった。

 しかし伊達や酔狂でこのような仕様になったわけではない。

 ユリカは資格補助用のバイザーを外して脇に置く。

 生身の視力は完全に失われてしまっているが、ナノマシンの浸食が進んだ事で意識すれば“時空の歪みを視覚と言う形で知覚する事が出来る”。電算室が最大稼働しているとは言っても、得られる情報は多いに越した事は無い。

 続けてこのために用意したフラッシュシステムの送信機を頭に被る。――ガンダムのブレードアンテナ(もちろんアキトのダブルエックス)を模したせいでコスプレっぽいのが難点だが、フラッシュシステムの送受信機としてはガンダムのブレードアンテナの形状と配置が最も適しているというのが、スターシアが送ってくれたイスカンダルの過去の研究成果だった。

 そのフラッシュシステムを使って、ユリカが知覚した時空の歪みを電算室に送り込んで解析してもらう。そうすればより正確な位置情報を掴める。後はそのデータを戦闘指揮席のターゲットスコープに送り込んで貰えば良い。後は進が狙ってくれる。ユリカは進のタイミングに合わせてトリガーを引くだけで良い。

 

 ――タイミングは、フラッシュシステムを通してヤマトが教えてくれる。

 

 今回はより“視やすく”するため、戦闘時としては例外的に防御シャッターが開けられている。

 ――だから、第一艦橋の窓からはカスケードブラックホールの姿が見て取れる。赤色のガスが生み出す巨大なトンネルと、その奥にある――黒。

 漆黒。

 暗黒。

 深淵。

 そうとしか形容しようのない真っ暗な、穴。

 ブラックホールでなくても、見ているだけで吸い込まれてしまいそうな――闇。

 今まで進路上にある多くの物を手当たり次第に飲み込んで来た、大喰らいの闇だ。

 

 元々ガミラスの協力が得られるかどうかは五分五分。

 得られなかった場合イスカンダルが収集出来る情報量だけでは破壊作業を完遂するのが困難であることが予想された。

 

 だからユリカがナノマシンの浸食でこの手の異常空間を“視る”事が出来る事を当てにして狙いを付けることを考えられていたからこそ、カスケードブラックホール破壊用として装備されているマキシマムモードは、ユリカ無しでは起動出来ない仕様になっているのだ。

 

 ユリカの“眼”には、カスケードブラックホールの正体である次元転移装置の位置が“視えた”。計測通り、開口部から奥に300㎞の地点にある。ヤマトからは上に3度、右に5度の位置にある。

 ……開口部のほぼ中央。この辺はすぐにでも予想がつく。だが時空の裂け目が生み出す重力干渉場によって装置に直接物質などが届かないように、入念に保護されているのも“視える”。

 時空の裂け目自体は装置の後方に展開されているようだが(恐らく進路観測等を行う上で邪魔になるからだろう)、この干渉場があっては並大抵の手段では破壊出来ない、鉄壁の防御と言って差し支えないだろう。

 

 なるほど、これは確かに波動砲でも持ち出さなければ破壊は不可能だ。それも6倍――いや8倍の波動砲でなければエネルギーが直進せず、引きずられて外れてしまうだろう。

 

 ――波動砲は出力が上がれば上がるほどに、時空間歪曲作用が強くなる。特に6倍以降は本当に凄まじい。

 今回の改装では実装が見送られているが、完全に制御された状態だとエネルギー流の内部や周囲に無差別に、または指定座標で次元の裂け目を生み出し波動砲による直接破壊を免れた相手であっても次元断層に放逐する性質を付加出来る。

 この現象故、使い方次第では対象を破壊することなく惑星単位で次元断層に放逐して、そのまま封じてしまう事すら出来る。――そう、シャルバートが自身をそうした様に。

 今回はこの作用の一端を利用して、重力干渉場を貫いて制御装置を撃ち抜くのだ。

 

 そう、一端だ。全力ではない。

 

 トランジッション波動砲とは本来この時空間の裂け目を伴うシステムであったのを、こじ付けて6連射波動砲の事と偽っていたのだ。

 そしてこの真の力を発揮するには、イスカンダルの“純正エネルギー制御装置”が必須であるため、“今のヤマトでは使う事が出来ない”。

 つまり改修されたと言っても、いまだにヤマトは不完全なトランジッション波動砲しか搭載されていないというわけなのだ。

 

 これはユリカも承知の事で、現状のトランジッション波動砲でも破壊が可能であると考えられた事や、詳細なデータを失った現状では再現自体が困難であった事も搭載が見送られた理由ではある。

 

 ――もう1つの理由は“真の波動砲”を世に出さないようにするためだ。

 

 波動砲の開発過程を紐解いていけば、コスモリバースシステムと波動砲が密接な兼関係にある事は否が応にも理解させられる。

 もしヤマトが純正のエネルギー制御装置とコスモリバースシステムを(不完全であっても)両立してしまえば、自然と真の波動砲の存在が露呈するであろう。

 

 真の波動砲――名を“回帰時空砲”という。

 

 詳細な原理等を要約して結論のみを語るのであれば、波動砲の真の姿とは“コスモリバースシステムの攻撃転用”と言って差し支えない。その威力は恒星質量程度のブラックホールであれば消滅に導く事すら可能とされる。

 スターシアがガミラスへ波動砲の技術提供を拒み続けた真の理由がこれだった。

 デスラーはコスモリバースシステムと波動砲の関連を知っている。

 

 それだけでもこの兵器の発想に辿り着きかねないのだ。

 

 概念だけではガミラスとてそう簡単には誕生させないだろうが、コスモリバースシステムの現物が残っている今は、何時生み出されても不思議はない状況にある。

 なので表向きはトランジッション波動砲の完成系こそが真の波動砲と偽って誤魔化しているが、デスラーは何となく察しているような雰囲気を漂わせていたという。

 

 まさに“神にも悪魔にもなれる力”すらも通り越した、“神が恐れ、悪魔すら慄く力”と言っても過言ではない。決して人が手にして良い力ではないのだ。

 

 不幸中の幸いなのは、理論的には完成されてはいても、今までの歴史で使用された事が無く、現物が存在しない事だろう。

 そして、今後も造られはしまい。

 その存在を知っているスターシアとユリカが口外しない限り。

 デスラーが悪魔にならない限り。

 

 「進、誤差修正右5度、上方3度! 後はルリちゃん達の指示に従って微調整して!」

 

 「はい! 誤差修正右5度、上方3度! 電算室からの指示を待ちます!」

 

 命令を復唱して進が狙いを修正する。これでヤマトの艦首は正確にカスケードブラックホールの心臓部――次元転移装置に向いたはずだ。後は重力干渉によるわずかな誤差を修正するための情報を電算室から受け取るだけだ。

 

 「古代君、重力場の干渉による弾道の変化のシミュレートを転送するわ!」

 

 情報処理に忙しいルリに代わって雪が戦闘指揮席にデータ転送を開始する。フラッシュシステムを介してユリカが“視た”情報を電算室で処理して波動砲の弾道データを算出する。

 ――やはり、この距離からでは確実な破壊は見込めない。どうしても重力場の干渉を受けてしまう。

 

 「艦長!」

 

 皆まで言わずとも伝わった。

 

 「ヤマト! 全速前進!!」

 

 使用可能なサブノズルを最大噴射! 銀色に輝くヤマトはカスケードブラックホールに向かって突撃する!

 重力場の影響で時間の流れが遅れる前に――そしてヤマトがバラバラにされる前に決着をつける!

 ヤマトは重力干渉の影響でふらつきながらもブラックホールの“口”目がけて突き進む。が、その進路が不自然に折れ曲がる。重力場に引き摺られて真っすぐ進めないのだ。

 それでもぎりぎりまで操舵を引き受けた大介は、懸命に舵を操りヤマトの進路を立て直す。翼を開き、左右に何度もロールしながらヤマトはブラックホールの開口部を突き進む。

 重力場の干渉でヤマトの艦体があちこちで別々の方向に引っ張られ、捩じられそうになって艦体がギシギシと悲鳴を上げる。

 右コスモレーダーアンテナが拉げ、引き千切られる。左舷のカタパルトが接合部からもぎ取られてガスの流れに飲まれて消えた。他にも細かい構造物が拉げ、もがれてゆく。全身の装甲板も継ぎ目が剥がされ脱落しそうになる箇所が幾つも生じた。

 ……だが、空間磁力メッキの作用で幾分干渉が軽減されたヤマトは気合で耐えきり崩壊を免れた。

 途中、高速で流れるガスに第三艦橋が接触。1度目の接触で右側のアンテナウイングが根元からバラバラにされ、2度目の接触で外装の下半分がごっそりと抉られた。破損部がガスと激突した時に生じた熱で真っ赤に輝く。

 それでも辛うじてガスからの離脱が間に合った事と、空間磁力メッキの保護とガンダムらからの供給で機能を維持したディストーションブロックもあり、最も重要な電算室とオモイカネの本体は辛うじて――本当に辛うじての所で破壊を免れた。

 あと少し離脱が遅ければ、ガスに沈む量が深ければ、確実に抉り取られていたであろう。

 

 「有効射程まであと15秒! 後は頼みます!!」

 

 第三艦橋の外装が崩壊する激しい振動と騒音と、あちこちで火花散り、高精度壁面パネルの部品が脱落して電算室が死んでいく中、コンソールパネルにしがみ付きながら片手で頭を守るルリが進とユリカに全てを託す。

 

 「古代! 渡すぞっ!……」

 

 「ああ、任せろっ!!」

 

 ギリギリまでヤマトの進路を保持するため力を貸してくれた大介から、進が舵を引き継ぐ。

 発射装置の圧力センサーと微調整用のコンソールを操作して、しっかりと次元転移装置を狙う。

 

 「――我らが地球と……サンザー恒星系の未来を掛けて……っ!」

 

 秒読みカウントは不要だった。進のその言葉だけでユリカは彼がトリガーを引くタイミングを察する。

 

 「発射っ!!」

 

 進とユリカの声が重なり、コンマ1秒の狂いもなくトリガーが引き絞られる。

 

 カチンッ!

 

 聞き慣れた、トリガーユニットのボルトが前進する音を聞いた直後、最大限にエネルギーを蓄えていた6連相転移炉心が回転を停止。間髪入れずに突入ボルトに叩きつけられた!

 同時に炉心と突入ボルトの周囲に激しいスパークが生じる。

 そして、銀色に輝く発射口から普段の8倍にも相当する膨大なタキオン波動バースト流が吐き出される。

 その様はさながら巨大な光の柱がヤマトから生じたようにも見え、普段はただ直進するだけのエネルギー流の周囲にまるで渦巻くかのような空間歪曲が生じ、普段の波動砲では見られないほどの激しい稲妻を引き連れながら、ヤマトの前方に伸びていく。

 同時に、発射装置内の空間磁力メッキがあまりの負荷に耐えきれず、下地の反射材をも道連れにして剥がれ落ちていく。

 ライフリングチューブの内側と収束装置の内部が灼熱して溶解。

 波動砲の発射口も真っ赤に焼け爛れ、エネルギー流に続いて激しい黒煙と炎を吹き出してしまう。

 ヤマトの艦体を覆う空間磁力メッキが、発射の反動後方に作用した波動砲の空間歪曲作用を受け流していくが、内側からの過負荷に耐えきれず波動砲周辺の装甲が大きくひび割れ裂ける。限界を迎えた幾つかの支持構造が破壊されて、穴が開く。

 安定翼が衝撃と周辺の重力干渉の負荷に耐えきれなくなり、バラバラに砕かれて原形を失った。

 両弦のロケットアンカーの機関室が破壊され、チェーンが切れたアンカーが重力場に引かれて脱落していく。

 機関室にも発射装置から逆流した炎と黒煙が襲い掛かり、防御壁に遮られる。機関士達は全員無事だったが、火災に見舞われた機関室の前方はスプリンクラーから放出される消火剤と黒煙でしっちゃかめっちゃかになる。

 そして、エネルギーを使い果たした事もあってか相転移エンジンが完全に停止。波動エンジンも供給を失って沈黙してしまう。

 そして、ヤマトの艦体を保護していた空間磁力メッキが寿命を迎えてバラバラと剥がれ落ちて消えていく。

 

 一瞬で大破寸前にまで自損したヤマト渾身の一撃は、一見虚空に飲まれて消え去ったようにも思われた。だが、前方で何かに命中したかのようにエネルギーの波紋が広がる。

 それを見て、激しい衝撃に耐えていた進がにやりと笑みを浮かべた。

 

 勝った!

 

 空間の歪みを見たであろうユリカも、勝利を確信して笑みを浮かべる。

 

 

 

 ……カスケードブラックホールは崩壊した。

 

 渦巻く赤色のガスは、中央で生じた激しい閃光と共に弾けて消えさり、ガミラスとイスカンダルを消滅の危機に陥れた宇宙の悪魔は、比較するのが馬鹿らしいほどちっぽけな戦艦1隻の前に膝をついた。

 

 今ヤマトの眼前では、時空の裂け目と思われる何とも形容しがたい、まるで濁流が大地に空いた大穴に流れ込むかのような不可思議な現象が起こっていた。

 残された僅かなエネルギーと辛うじて機能を保ったリバーススラスターを使って、飲み込まれないと踏ん張るヤマトの第一艦橋に異変が起こる。

 

 突如として第一艦橋の中に光が巻き起こり、まるで銀河の真っただ中に放り出されたかのような輝かしい情景が広がる。しかも、自分たちが座っていた椅子も、眼前にあったはずのコンソールパネルも、その姿を失っている。

 

 「アッハハハハ……」

 

 そんな異常現象に見舞われた艦橋内部に、不気味な笑い声が響く。

 そして、艦橋の中央であった場所に何者かが出現した。

 紫色の肌の半透明で光の粒子が体内を駆け巡り、輝くタトゥーの様な線が至る所に走っている。悪魔のように鋭い歯と大きく裂けた口、赤い瞳に尖った耳。

 まるでファンタジーに出て来る悪魔とか魔族の様な印象を持った男性のような存在だ。

 

 「ヒトよ。よくもやってくれたな」

 

 「貴方は、誰ですか!?」

 

 とっさに掴んでいたバイザーを装着してユリカが問う。バイザーから送られてくる視覚情報でようやくその姿を垣間見たユリカは、その異様な姿に息を飲む。

 

 「我々は――お前達とは違う異種異根の生命体。我らが世界を維持せんとして、次元転移装置をこの次元に送り込んだ者だ」

 

 「――っ! 何故、このような手段を取ったのですか!?」

 

 ユリカの叫びに近い追及に、その者は薄く笑って答えた。

 

 「――あの装置が生み出す次元の裂け目の彼方にあるものは、お前達の想像も及ばぬ別の次元――我らの世界だ……だがそこには、資源となる恒星系や惑星は少なく、生きるにはその糧を外の次元に求める他なかった」

 

 3mはあろうかと見える巨体をくねらせながら、その者は語った。我らは生きる糧を求めたに過ぎないと。

 

 「だとしても、何故共存の道を模索しようとしなかったのですか!? 話せば支援をしてくれる国や星だってあったかもしれないのに!?」

 

 「理解不能だ、ヒトよ。この宇宙にある物は、全てが我が世界にとっては限りない資源。星も、ヒトも、有機物、無機物。あらゆる物が我が世界を構築する」

 

 言いながら身を乗り出し、その凶悪な面をユリカの眼前に差し出してくる。バイザー越しに見ているのに、威圧されそうな錯覚に陥る。

 そして同時に直感的に理解した。

 

 ――こいつに人間の心は無い。

 

 より正確に言うのなら、良心とか道徳とか、そう言ったものがごっそりと抜け落ちてしまっているのだ。

 文字通り生きる為なら何でもする。自分達以外の存在は、その言葉通り“資源”としてしか考えていない。

 知恵ある悪魔と形容するのが相応しい。もし仮に何らかの組織を作るとしても、きっとそれは力による支配でしかなく、自分達に益をもたらさなくなれば何の躊躇いも慈悲も無く切り捨て、喰らいつくす。

 

 まさにカスケードブラックホールを送り込んだ親玉として相応しい――強大な悪だ。

 

 恐らく、どれほど言葉を尽くして決して分かり合えない。力と力のぶつかり合いを制すことでしか、自分達の生存を確保する事が出来ない。そんな相手なのだと。

 

 「生きとし生きるものの全ては、我らの新たなるエネルギー資源として生まれ変わるのだ――この世界での搾取は諦めるとしよう。だが、いずれ貴様達の星――地球は我らが資源として生まれ変わる事になるだろう」

 

 「――いかなる理由があれ、地球を侵略するつもりなら、私達とこの宇宙戦艦ヤマトが許さない! 絶対に地球は護って見せる!」

 

 ユリカの宣戦布告を聞いても、その者は余裕の態度を崩さない。

 

 「ハハハハ……まさか我らが世界と隣接する次元が、1つきりだとでも思ったのか?」

 

 その言葉を聞いてユリカの表情が凍り付く。まさか――!!

 

 「我らは、別の次元の地球を食らう。この世界は、お前たちにくれてやろう。だが、別の世界の地球を護る事だけは――決して叶わぬ」

 

 くっ、と唇を噛む。こいつの言う通り、数多に存在する並行宇宙の全てを観測して、目標となった地球を発見する事は不可能に近い。

 こいつが言うところの「我らの世界」と隣接しているという条件で絞る事が出来たとしてもどれほどの数になるのやら――そしてヤマトと言えど、任意で次元の壁を渡って駆け付けられるほど便利な存在ではない。

 この世界に流れ着いたこと自体が奇跡なのだ。

 

 「アッハハハハ――さらばだ、ヒトよ……宇宙戦艦ヤマト。その名は、覚えておこう……次は今回の教訓を基に、色々と手段を改めさせてもらおう」

 

 言うだけ言って、その者は空間に溶け込むようにして消え去っていった。そして、ヤマトの眼前に広がっていた摩訶不思議な光景も速やかに収束し、平穏な宇宙の光景が戻ってきた……。

 

 「何だったんだ、今のは……」

 

 事態についていけなかった大介が呆然と呟く。

 

 「わからん。だが、はっきりとしているのは、連中が相互理解出来ない存在という事だ」

 

 真田も険しい表情だ。

 

 「それともう1つ」

 

 真田に続いて進が言った。

 

 「奴らは別の宇宙の地球を狙っている。俺達の手の及ばない所で地球を喰らうつもりなんだ……世界は違っても、ヤマトが護り抜いてきた、俺たちの母なる地球を――!」

 

 ――残念ですが、任意で並行世界間を移動する術は私にもありません。この戦いは――私達の負けです……――

 

 無茶に耐えきったヤマトの無情な一言が、クルーの心に突き刺さった。

 

 

 

 その後ヤマトは、カスケードブラックホールの消滅に喜びも露に集ってきたガミラスの護衛艦隊に牽引されて、今度こそイスカンダルへと辿り着いた。

 地球に似た広大な海洋を有する青く美しい命の星。双子星のガミラスに比べると外殻の下に広大な空洞を有する二重構造にはなっていない。

 ――だが、リバースシンドロームの影響で寿命を急速に消耗し、地殻変動を起こした結果なのか大陸が極めて少なく大半が海洋となっている。元々は地球と同じく居住可能な陸地が多く、相応の生命が満ち溢れていたのであろう事を考えると、一抹の寂しさすら覚える姿であった。

 

 念願のイスカンダルを前にして、ヤマトクルーはついに目的を果たしつつあることに感激しつつも、心の内にすっきりとしないものを抱えていた。

 確かにカスケードブラックホールの除去には成功し、ガミラスとの戦争に最良と言える形で終らせる事も出来た。後はヤマトをコスモリバースシステムへと改造して地球に帰還すれば、ヤマトの航海に一応の終止符が打たれる。

 だが、いまだ全容が掴めない暗黒星団帝国に加え、この世界で相まみえる事は無いと思われるが、別の次元から来たらしい正体不明の敵に別の次元の地球が狙われていると知っては――素直に喜びに浸る事が出来ないのだ。

 

 

 

 再起動出来ず沈黙したままのメインエンジンに代わって、補助エンジンを全開にしてイスカンダルの空を飛ぶヤマト。

 

 「こちらはイスカンダルのスターシア。ヤマトの皆さんを歓迎します。ガミラス星とイスカンダル星を救っていただき、心より感謝いたします……皆さんには、マザータウンの宇宙船ドックに降りて頂きます。着陸を誘導致しますので、操縦装置を私の指示に合わせて下さい。現在地上の気圧は――」

 

 地上から届いたスターシアからのメッセージ。その綺麗な声に、ついにイスカンダルに辿り着いたのだと実感する。

 何しろ仕方なかったと言え、すぐ隣のガミラス星に滞在した後間髪入れずにこの宙域を離れてカスケードブラックホールと対峙したのだ。目的地を前に色々と回り道を余儀なくされただけに、感慨も一押しだった。

 

 イスカンダルの衛星軌道上でここまで護衛してくれたガミラス艦隊とも別れを告げ、代わりにガミラスから派遣された工作艦や輸送艦が数隻、ヤマトに続いてイスカンダルへと入国した。勿論今のイスカンダルの設備だけでは難しい大規模な修理作業の為に派遣されている。デスラーのささやかな感謝の気持ちだった。

 

 ヤマトはマザータウンのスターシアから誘導され、唯一稼働状態に出来た宇宙船ドックへと入渠する事になった。

 ヤマトは1度マザータウンの海に着水した後、ドックに向けて海を進み、スラスターで回頭した後リバーススラスターで後進しつつ、注水されたドック内部へと侵入する。

 ドックからの誘導システムに従って位置を微修正しつつ、ドック底部の盤木とガントリーロックで艦体を固定させる。その後ドック内の海水が排水された。

 ガミラスに比べると規格の違いに苦しむ事は無く、サイズ的にもゆとりがある。

 これからコスモリバースシステム搭載の為、また艦首の甲板を切り開いて、今のライフリングチューブと収束装置を撤去、装置の置き換えが行われるほか、1度メインノズル毎エンジンを外部に取り出して分解整備をしなければならない。

 波動エンジンは防御壁で守られたためそこまでしなくても大丈夫そうなのだが、炎に焼かれ煙で燻され、止めに消火剤に塗れた相転移エンジンとスーパーチャージャーの前半分の点検作業は、内部からではなかなか難しい。

 コスモリバースシステムの要でもあるので、ここで徹底的に整備して万全の状態に戻しておかなければ……。また、ガミラスからの感謝の印として超長距離ワープ機関の本格的な実装も行われることになった。

 イスカンダルからの支援物資で改修されたエンジンにさらに手を加えるだけなので、それほど時間は掛からない予定である。

 

 尤も、ヤマトの修理にはどれだけ短く済んだとしても3か月は掛かると考えられているので、エンジンの修理作業よりも大きな被害を受けた艦体の修理の方が遥かに時間が掛かるだろう。

 一応、資材や航路日程に当初の予定を遥かに超える余裕が生まれた事もあり、当初は出来ないだろうと思われていた主砲等の武装の修理も出来る事になった。これなら、帰路で暗黒星団帝国や他の何らかの脅威から攻撃を受けたとしても自衛に不足はないだろう。

 

 ――波動砲には一切頼れなくなったが。

 

 こうなると、撃つような状況に遭遇しないことを祈るしかない。もしくは、最低でもサテライトキャノンだけで済む事態に留まる事を……。

 

 

 

 ドック入りしたヤマトに自らの足でスターシアが来訪した。

 ユリカの状態を鑑みて、国の統治者という立場にあるにも関わらず自ら足を運んでくれたのだ。

 実際ユリカの具合はかなり悪くなっていて、最終決戦である事や艦橋要員が負傷して減ってしまった事を理由にガミラス防衛戦、マキシマムモードの使用の為にカスケードブラックホール排除作戦には参加したが、それ以外の時はベッドで眠っている時間の方が遥かに長くなっている。

 もうあまり時間は残されていないことは、自分でもわかっていた。

 ユリカは医療室のベッドの上で上半身を起こし、念願だったスターシアとの直接対面を果たす。

 

 「……お久しぶりと言うべきかしら、ユリカ」

 

 「……それで良いと思うよ、スターシア。やっと会えた……」

 

 補装具の力を借りて、スターシアと間近で顔を合わせたユリカの目から、涙が零れ落ちる。

 最も先行きが見えなかったあの時期。何度も頼み込んで救援を約束してもらい、徐々に打ち解けて16万8000光年の距離を、身分の違いを超えた友人となった女性と、ようやく直に会えたのだ。

 嬉しくないはずがない。

 残念だったのは、自らの目で、耳で、彼女の姿を見たりその声を聴く事が出来ない事くらいだ。

 

 「ああ、ユリカ……わかってはいても、こんな痛ましい姿を見る事になるなんて……」

 

 スターシアの目にも涙が浮かぶ。フラッシュシステムによって対面した時、システムが映し出した彼女の姿とは似ても似つかぬ姿。

 これから彼女はコスモリバースシステムのコアモジュールに組み込まれる。その先に彼女の未来があるのかどうかは――神のみぞ知る。

 

 「まあ、色々あったしね……ゴメンね、スターシア。サーシア、連れて帰れなかったよ……」

 

 ユリカは辛そうに話を切り出した。サーシアの宇宙船が無事地球に辿り着き、ヤマトで帰って来れる可能性は――最初からかなり低いと考えられていた。

 それでもユリカは……彼女を連れて帰りたいと願っていたのに……。

 

 「――いえ、貴方のせいではありません。それにサーシアは、立派に……勤めを……っ!」

 

 友人の眼前という事で気が緩んだのか、こらえ切れずに嗚咽を漏らすスターシア。美しい眼からは涙が溢れ、遠い星で命を落とした唯一の肉親を想い、悲しむ。

 ユリカは掛けるべき言葉も見当たらず、優しく抱きしめる事にした。イスカンダルの女王相手に不躾かとは思ったが、友人なので別に構わないだろう。誰も見ていないし。

 

 そうやって10分ほど静かに泣いてから落ち着きを取り戻したスターシアは、ユリカの容態を詳細に聞くにつれ、表情がどんどん強張っていく。

 

 「――もはや一刻の猶予もありません。すぐにでもコアモジュール化処置を受けて下さい。到底ヤマトの改修完了までは持ちません……」

 

 口にするには勇気がいる言葉だった。

 折角会えた友人に対して口にすべき言葉ではない。

 だが予想以上にユリカの消耗が激しい。このままでは後数日で……。

 

 「わかってる、スターシア。でも少しで良いから時間を頂戴――折角会えたのにすぐにさよならなんてあんまりだよ。皆とは地球に帰ったら何時でも会えるけど、スターシアに会いに来るのは楽じゃないんだよ?」

 

 と言われては、スターシアも強く勧める事は出来なかった。彼女とて、本音を言えば……。

 

 「――無理は禁物ですよ?」

 

 もっと、共に居る時間が欲しい。

 

 

 

 ――この星は……寂し過ぎる。

 

 

 

 スターシアとユリカは取り留めのない談笑を楽しんだ。途中、やはり紹介せねばなるまいと呼び出しを受けたアキトを「私の自慢の旦那様です!」とにこやかに紹介。

 一国の主という遥か彼方な身分のスターシアに対してアキトは緊張を全く隠せなかったが、それでも地球の為力を貸してくれた恩人だけに、感謝の言葉は尽きなかった。

 スターシアも、ようやく対面出来た遠い星の友人との会話は新鮮だったようで、ついつい色々な事を尋ねてしまう。

 やれ「地球の自然はどのようなものなのか?」やら「人々の暮らしはどのような感じなのか?」などと言ったものから、ついユリカのペースに釣られて甘味の話題などにも話が飛んでしまったが、今のイスカンダルで食の娯楽は求められていない。

 スターシアも身の回りの世話をするアンドロイドらの手を借りて極普通の生活は送っているが、妹サーシアも失い、国民の全てが死に絶えている今のイスカンダルにおいて、文化が衰退していく事は避けられない。

 

 ――“胚”とそれを成長させて民族を再興するだけの気概は――スターシアにはなかった。

 

 星の寿命を全うするのはまだまだ先の話とは言え、今のイスカンダルは人が住み良い星とは言い難い。イスカンダリウムの露出による放射線被害からは回復しているし、地殻変動はここ数十年は落ち着いているが、大陸の殆どは沈降し、島の類もほとんど消失てしまった。

 マザータウンのある大陸は、少なくともスターシアが生きている間に消えてなくなる事は無いだろうが……果たして民族を再興したとして、何時までこの星で生きていられるのだろうか。

 

 そう考え、妹サーシアと2人きりで生きてきたスターシアだが、ここ1年程で幾つもの刺激を受けて、人肌が恋しくなったのも事実。

 今も目の前で仲睦まじい姿を見せるユリカとアキトの姿は勿論、思いを寄せる守の事も含めて、何かしらの決断をしなければならないと思うようになってきた。

 

 

 

 それからしばらくして、ユリカはクルーとスターシア、そしてわざわざ駆け付けてくれたデスラーやドメルに見守られながらコアモジュール化処置を受けた。

 地球帰還までユリカの残り僅かな命を繋ぎ、同時にデータ送受信の容量と速度を限界まで高める為、人間翻訳機にされていたときと同じく彫像の様にしてしまう処置が検討されていたのだが、スターシアが同じ処置を嫌がったため、イスカンダルに残されたマザーコンピューターの力を借りて同等の成果を得られる別の処置に切り替えられている。

 

 その1つが、ナノマシン素材で構成されたデータスーツだ。

 地球で使われているパイロットスーツの様に体に密着する様に展開される。顔と髪が邪魔になる後頭部以外は全てスーツとその機能を補助する端末で覆われた状態になる。

 その状態で呼吸を確保するため、頭をすっぽりと覆うヘルメットを被って液体金属素子で満たされたカプセルの中に入る。

 その後、タキオン粒子を利用した時空制御技術を利用し、カプセル内部の時間経過を遅くする“停滞フィールド”を展開して彼女の命を繋ぐという内容だ。

 停滞フィールド自体はガミラスでも研究されてはいたのだが、如何に時空間に作用するタキオン粒子――その極限と言うべき波動エネルギーを操る文明とは言え、任意の方向に時間流を操作するというのは並大抵では成せる技術ではない。

 これも今のイスカンダルが有する超技術の一端と言えよう(継承者が居ない為半ばロストテクノロジーと化しているが)。

 計算上、地球のタイムリミットまでなら余裕をもって状態を維持する事が出来る。

 

 スターシアが導き出した手段は、ヤマトのクルーにとっても心情的にマシな手段であった事から即採用とあいなった。

 計算上はもう1つの手段と比べて劣らないとされているとはいえ、1度使われた事のある手段(かつデータも押収済み)に比べると確実性では一歩劣るのがわかり切ってはいたのだが、だからといって同じ手段を選択したくないと考えるのは、良心ある人として、関わり深い人に対する愛情として至極当然だろう。

 それに人間翻訳機のときと全く同じ方法を選択するとユリカの自意識を保つことが難しく、システムを通して入力された要求に対応する事しか出来ないのに対して、この状態ならユリカの意識を保っていられる。

 

 それにうれしい誤算だったのは、ヤマトが明確な自我を有するイレギュラーな艦艇という事だった。イスカンダルにとっても前例が無い存在に、精神波を検出するインターフェイスシステムが取り付けられるとは……。

 これは二重の意味で助けになるかもしれないとスターシアは語った。

 ユリカの保護という観点からすれば、システムそのものであるヤマトがフォローを加える事が出来れば成功率が飛躍的に向上する。

 これならば、当初は5%にも満たないとされていた回復の確立を、50%近くまで跳ね上がられるかもしれない。何しろ過去にヤマトは不完全なシステムでありながら、クルーの想いを受け取って彼女の延命に成功した実績がある。

 しかもこの数字はヤマトとクルーのみで実行した場合の数値。

 地球に戻れば、ユリカの父親であり親バカで有名なコウイチロウに、ヤマトに乗艦しなかったミナト達旧ナデシコクルー。そして……ヤマトのバックアップを行うべく改修を受けているナデシコCの力も借りられる。

 その状態なら、さらに確立を向上させる事だって可能なはずだ。

 

 そして、地球環境を回復させるための時空制御に関してもヤマトの存在が大きな力になり得るとスターシアは語った。

 別の宇宙とはいえ、ヤマトは1度は海底に没して“地球の一部へと還った”。海底に沈んだ船舶は海洋生物の住みかとなり、その“記憶を刻み込んできた”。

 

 そして、再建の際“この世界の大和の残骸を組み込まれ、その記憶をも引き継いだ”。

 ユリカからすれば、単なるゲン担ぎであり感傷による行動に過ぎなかったそれが、もしかしたらコスモリバースシステムの完成度を高め、より地球の再生を高度に成す因子足りえるかもしれないと推測され、ユリカ達は改めて戦友の姿を眩し気に見上げたものだ。

 

 ――努力は確実に実を結びつつある。ヤマトが現れてから、ガミラスとの戦いが始まってから。この日のためにと用意を重ねてきた努力が、今まさに奇跡を起こさんと噛み合い始めている。

 

 だからだろうか。ユリカはリラックスした様子で、

 

 「大丈夫。また会えるよ」

 

 とだけ言い残し、コアモジュールであるカプセルに収められ、その時が来るまで通常時間よりもずっと遅い時間の中に1人飛び込んでいった。

 ――データスーツの胸元には、みんなが送ったブローチが優しく輝いていたという。

 

 当初の予定よりずっとマシな形ではあったが、それでも生体部品として使うという現実を覆す事が出来ず、成功率も100%に達せられない無情さ。

 今生の別れになるかもしれない友を想い、涙を流し嗚咽を漏らすスターシアに声をかける者は居ない。

 いや、皆揃って泣いていた。

 懸命に涙を堪えるアキトと進、そしてその献身を心から称え瞑目したデスラーとドメルを除いた全員が、涙と共に地球に希望を残した彼女を見送る。

 

 そして数分ほど経った後、進が言った。

 

 「みんな、これ以上泣くんじゃない。これ以上の涙は――地球を救い、艦長を迎えるその瞬間まで――取っておくんだ……!」

 

 無理やり激情を抑え込んだ、力んだ声で宣言した。

 

 「俺達は……絶対に地球を元通りの命溢れる青く美しい星に戻る! そして、絶対にユリカさんも取り戻す!――確率なんて糞喰らえだ! 俺達の手で、俺達の願いで! ここまで希望を繋いでくれたユリカさんに報いるんだ!」

 

 大声で諭されて、ようやくクルーは泣くのを止めた。進の言う通り、これ以上の涙は嬉し涙にとっておく。

 ――まだ、ヤマトの旅は半分も残っているのだ。ここで泣き崩れては、いられない。

 

 

 

 それから先はヤマトをコスモリバースシステムに改造する作業と並行して、クルー達の慰安も兼ねたイスカンダルの観光が何度か行われた。

 皆、悲しみを振り払うため極力平常通りに振舞っている。

 

 進も艦長代理として色々考えた結果、海水浴は勿論、地球では決して見る事の出来ない、全体がダイヤモンドで構成された島への探検等を許可する。

 ガス抜きは必要だ。

 羽目を外して怪我をしたりヤマトの改修作業に支障をきたさない限り、これくらいのご褒美があっても誰も文句は言うまい。と言うか言わせない。

 

 ついでにヤマトは大規模な改修作業で内部が散らかっている事もあり、スターシアの好意で使われなくなって久しいマザータウンに残されたホテルを使わせてもらう事が出来たので、皆これ幸いとばかりに最低限の荷物を持って移り住んでいた。

 流石は先進的な科学力を持つイスカンダル。人の手が入らなくなって久しいのにちょっと手を加えるだけで問題なく使えた。

 

 進自身も適度に休みながら、ヤマトの最高責任者としてジュンをお供にデスラーやスターシアとの会合に出席する日々を送る。

 カスケードブラックホール破壊に成功した事により、ガミラスは約束を守って地球との本格的な交渉に臨んでくれた。

 超長距離通信と言う形ではあるが、地球と数度に渡って交渉が行われ、今後の関係についての詳細が煮詰められた。

 

 おおよその内容を抜粋するのであれば、「地球・ガミラス両軍の波動砲装備艦艇の保有数の調整」であったり、「地球・ガミラス間の軍事同盟の締結」であったり、「地球の復興のための全面支援」等々。

 他にも地球人の感情や環境による影響等を考慮して月面に大使館を設立し、同時に地球防衛のための艦隊の駐屯(反ガミラス感情を考慮し、波動砲を失ったヤマトでも容易に鎮圧可能な駆逐艦を中心とした数十隻程度)や、交易のための航路の選定等々。

 また、相互の感情を緩和する目的で、ガミラスが発見しながらも手付かずで放置されていた太陽系の第十一番惑星の開拓と、そこでガミラス人と地球人双方の入植等についても、話し合いが成された。

 ガミラス側の技術支援は確約しつつも、領土としては地球側に権利があるという形に収まったのは、デスラーなりの誠意であった。

 

 そんなある日。

 

 「古代」

 

 「どうしたんだ、デスラー?」

 

 「少し時間を取れないか? 個人的に話したいことがあってね」

 

 ヤマトの地球帰還のための航路会議を終えた後デスラーに呼び止められ、進は一緒に波止場でプライベートな会話に花咲かせる事になった。

 奇妙なほど馬が合った2人は何度か顔を合わせている内に打ち解け、プライベートに限れば敬称も付けずタメ口で話せる間柄になっていた。

 つい先日などは、杯を交わした間柄でもある(進にとって初の飲酒経験で、提供された酒は地球で言うところのワインに近しい代物だった)。

 勿論、対等に口を利く事を求めたのはデスラーの方だ。進の方も「ユリカさんの友人なら、僕にとっても友人」と語っていたのだが、それが決め手になったのかどうかは定かではない。

 

 「――それで、話したい事って?」

 

 「今の状況を不思議だとは思わないか?」

 

 デスラーは右手側に見えるドックに視線を向ける。壁に囲まれて詳細は見えないが、その周囲にはガミラスの工作船や輸送船が着水して、物資を送り出してはドックに運び込んでいる。

 見えないドックの内部では、ヤマトがコスモリバースシステムへの改装と地球への帰還を可能とすべく改装作業を並行して行っているのだ。

 

 「つい1月前までは互いに殺し合い、とても和解出来るとは考えていなかった。我々は加害者、君達を滅びの一歩手前まで追い込んだ非道な民族。君達からすればその程度の存在でしかなかったはずだ」

 

 「――確かに、ヤマトに乗るまでは……いや、太陽系を出るまではどちらかと言えばそんな空気だった。でも、冥王星基地の――シュルツ司令の戦いが、俺達とガミラスが同じ目的のために戦っているってことを、これ以上なくわからせてくれたんだ」

 

 「詳しく聞きたい。ドメルからの報告にも書かれてはいたが、やはり当事者の言葉を聞きたいのだ」

 

 そう言えば、ドメルはともかくデスラーにこの事を話した事は無かった。ガミラスに停泊していた時は限られた時間――ユリカが動ける時間内にカスケードブラックホール破壊の準備を終えなければならないという切迫した状態であったため、デスラーとも打ち合わせ以上の顔合わせは出来なかった事を思い出した。

 なので進は丁寧に語った。

 ヤマトが発進して冥王星基地を攻略し、カイパーベルト内に潜伏を始めた時まではガミラスは相互理解の出来ない敵と言う認識の方が強かったであろうこと。

 他ならぬ自分自身、ガミラスを憎む気持ちが強く、それを抑えてくれたのがユリカ達ヤマトの仲間であった事。

 そして、冥王星基地を辛くも攻略し、カイパーベルトに紛れて傷を癒そうとした最中に襲い掛かってきた冥王星残存艦隊との戦い。

 アステロイドリングやダブルエックスの活躍で進退窮まった残存艦隊が、確実にヤマトを屠るために仕掛けた体当たり戦法。

 何とか凌ぐ事は出来たが、その最後に悲しみは勿論、敬意を覚えずにはいられなかった。確かに彼らは侵略者であり、直接地球を追い込んだ怨敵ではあったが、祖国のために命を投げ出したその姿――殊更心に響くものがあった。

 合わせて、ベテルギウスで捨て身の攻撃を仕掛けてきた、あの戦艦。

 その決死の覚悟を感じさせる戦い。

 それは大和であったヤマトにとって、その乗組員として、決して他人事と思える事ではなかった。

 

 「……そうか。それで君達の心を動かせたのか……」

 

 デスラーはシュルツとガンツの事を思い出す。

 元々大して接点のある人物ではない。数ある部下の1人に過ぎないし、冥王星前線基地を任せる気になる程度には有能な人材ではあった。

 評判も良く、冥王星基地を任せて以来、ヤマト出現までは良くやってくれていたとは思う。

 尤も、ヤマト出現以降の失態の連続はフォローしようが無い。今となってはヤマトの実力が骨身に染みているが(敵としても味方としても)、あの時は“強力ではあっても戦艦1隻に過ぎない”と蔑んでいたのだから当然だ。だが……。

 

 「……亡きシュルツとガンツの忠誠心は、深く心に留めておこう……彼らはその命を賭して、ガミラス最大の脅威を取り除き、祖国の未来を切り開いた……その偉大な功績はガミラスの歴史に刻みこまれ、語り継がれるであろう」

 

 デスラーは静かにガミラス星を仰ぎ、そこに戦没者として葬られたシュルツとガンツに黙祷を捧げる。当然そこに遺体は無いが、魂は帰って来てくれる事を願う。

 

 もしもシュルツが冥王星基地と共に死んでいたら、ガンツも運命を共にしていたであろうし、デスラーがヤマトに興味を示すタイミングが遅れたか、もしくは――。

 その場合、ヤマトと全面対決に突入し、暗黒星団帝国との挟撃にあってガミラスは――。

 

 彼らの祖国への――上官への忠誠心の強さが、“強敵としてのヤマト”を葬り去る切っ掛けになるとは……世の中何がどう作用するのかわからないものだと、改めて痛感した出来事だった。

 

 

 

 デスラーと別れた後、進はふと思い立って雪の姿を求めた。進にも今日はこれ以上の予定は入っていないし、雪は今日は非番のはずだ。確か仲の良い女性クルーと一緒に海水浴を楽しむとか言っていたから間違いないだろう。

 

 ……という事は水着姿を拝めるのか! これは是非とも探し出さねば!

 

 進は先ほどまでのシリアスな空気を微塵も感じさせない軽やかな足取りで、雪を求めて歩き出した。

 ――ユリカの汚染はかなり深刻な域に達している様子であった。

 

 

 

 んで、艦長服では皆良い気がしないだろうと考えた進は、すぐにホテルの自分の部屋に舞い戻ってコートと帽子をベッドに放り投げて来た(私服の持ち合わせは無いので制服姿のままだ。これは他の大部分のクルーも同じである)。

 ヤマトのドックのすぐ隣の海では、休暇中の多くのクルーが海水浴やら日光浴を楽しんでいる。今は用が無い修理作業用の資材運搬船(板状)を(ウリバタケが張り切って)取り付けた浮きで浮かばせて浜辺やらボートの代わりにしている。

 マザータウンの海辺は全て整備されていて砂浜が無い。わざわざ砂浜のある場所に移動するというのは――トラブルへの対処を考えて自重させた。

 それでも海水浴はそれなりに盛り上がっているようで、泳ぎに自信が無いものは運搬船やら防波堤の上やらで日光浴を楽しんでいたり、少々沖の方まで出張って釣りを楽しんでいる連中もいる(イスカンダルの生態系は地球に近いので、海魚は食用として適しているものが多い)。

 ――その一団の中にラピスとアキトの姿も見て取れる。どうやら同じく非番の部下に教わって釣りにチャレンジしている様だ。

 ――副機関長と一緒には休めなかったのだろう、山崎やその片腕として頭角を現しつつある太助の姿はない。

 

 (お? ラピスちゃんアタリか)

 

 釣り針に魚が掛かったようで、ラピスが細腕に力を入れて竿を引いている。でもテンパったのかリールを引くのを忘れているのでアキトやら機関班の連中が慌ててリールを回して魚を手繰り寄せていた。

 進は最後まで見届けなかったが、10分近い死闘の末ラピスは60㎝はありそうな丸々とした魚を釣り上げる事に成功したそうだ。

 その後、腕に覚えのある部下の1人に捌いてもらって釣りたての魚をお刺身で美味しく頂いたとか(ラピス曰く「白米が欲しいです!」だそうな)。

 

 クルー達が羽を伸ばしている近くに「浜茶屋やまと」と幟を立てたテントがあって、中では炊事科の何人かが、提供された小麦粉を使った焼きそばとラーメン、ついでにかき氷を提供している。

 非番中のクルー(主に男子)と救援に派遣されたガミラスの技術者が何人か、長机に並べられた料理をパイプ椅子に座ってパクついている。

 麗しい水着姿の女性クルーに鼻の下を伸ばしているようで……。

 こういうのは本当に万国共通なのだな、うん。

 

 ちなみに水着はヤマトの工場区を一時的に間借りして作ったらしい。

 デザインは全員共通のビキニスタイル。布地面積は広めだが、やはり日の光に晒されている腹部や背中の肌が眩しく色っぽい。海水に濡れている事も相まって、美人が多い女性クルー達を艶やかに彩っている。

 

 ――まさか遥々16万8000光年先で海水浴やら浜茶屋を楽しむ事になるとは……。まあ見目麗しいので良しとするか。いちゃついてるカップルも散見されるし。

 

 (そう言えば、小腹が空いたな)

 

 雪の姿を探す前に少し腹ごしらえでもするか。まずは色気よりも食い気である。

 そう思って進は浜茶屋やまとに足を運ぶ。そこで水着姿の雪にばったり遭遇、水も滴る良い女な艶姿を横目に楽しみながら、そこそこ美味しい焼きそばを啜る。

 ついでにばったり出くわした大介から「お疲れさん」と労いと共にイスカンダルで取れたイカ(らしきもの)の丸焼きを奢られた。

 焦げた醤油の香りと塩気が、プリプリした歯応えと甘みのある身の味と合わさってまさに絶品であった。

 

 

 

 そんな穏やかだが忙しい日々がきっかり3ヵ月続き、ようやくヤマトはコスモリバースシステムへの改修を終え、波動砲以外の全ての武装が使用可能な状態に復旧していた。

 マキシマムモードの反動やら七色星団からの連戦でのダメージは回復しているが、あくまで現状復帰が優先されたため、再建当初から問題となっている部位への改修は行われていない。ガミラスに少なからず構造データが漏れてしまった事を考えれば、同盟関係に至ったとはいえ、機能向上やガミラスに漏れたデータを無意味にするためにも、地球に戻った後徹底的な改修が必要になるだろう。

 

 尤も、ヤマトが無事生き残れればの話だが……。

 

 ともかく、ヤマトの性能が漏れるリスクを冒しただけあって、ガミラスの手で調整された超ワープ機関の取り付けと調整も一応の終了を迎え、航行能力と自衛力も復活したヤマトはいよいよイスカンダルを出港、地球への帰路に就く事になった。

 出航予定日と地球帰還予定日は既に地球に届け出ており、予定通りに行けば1ヵ月後には地球に帰り、コスモリバースシステムで環境を回復させて元通りの姿に出来るはずだ。

 

 「……古代艦長代理。ヤマトの成功を祈っています」

 

 「はい。スターシアさんも、お元気で」

 

 彼女は悩み抜いた末、イスカンダルに残ったままヤマトの成功を祈る事になった。守がヤマトに合流するために使用したガンダム(フレーム)のフラッシュシステムは、すでに元の場所に戻されている。

 ユリカとのリンクを確立しているそのシステムを利用すれば、イスカンダルからでも彼女の助けになれるはずだ。同様に移民計画の破棄や地球との同盟、さらにはまた襲い掛かって来ないとも言えない暗黒星団帝国への対処などについて協議し、ガミラス内部を盤石にするため本星を離れられないデスラーも、ヤマトが地球に辿り着く時期にはイスカンダルに来訪し、スターシア達と共に奇跡を祈る予定になっている。

 

 「それじゃあ兄さん。体に気を付けて」

 

 「守、しっかりな」

 

 「ああ。進も真田も、地球を頼んだぞ」

 

 3人は固く握手を交わす。そして、手を離した守はヤマトの搭乗員口からスターシアと共に去っていく。

 結局守は、スターシアのためにイスカンダルに残る事を決めた。

 スターシアはそれを受け入れるのに戸惑いがあったようだが、それを認めたのはやはり寂しさを隠せなくなったからだろう。

 

 「スターシアさん、これから大変でしょうけれど、イスカンダルが再び発展していく事を祈っています。お体に気を付けて下さいね」

 

 雪がそう言葉を掛けるとスターシアも、

 

 「私も、地球の復活を心から願っています。雪もお元気で」

 

 と返す。

 彼女らはユリカにコアモジュール化処置を施す時に出会っていた。

 初対面の時はあまりにも妹そっくりな容姿に思わず「サーシア……!?」と声に出して驚いてしまったスターシア。

 雪も思わぬ反応に驚きながらも、その容姿を思い出して納得してから自己紹介。2人は少しづつ打ち解けていった。

 そういった日々の中、つい漏らしてしまった守への感情に対して、雪なりに助言を送った事も、スターシアの決断に影響を与えている。

 

 守の残留が決まった後――スタシーアは“胚”を使ったイスカンダルの再生に着手する事を決めた。

 

 “胚”によっての再生は、イスカンダル民族が壊滅的な打撃を受けても尚実行出来るようにと最初から考慮された準備がされている。

 “胚”とは、イスカンダル人の遺伝子情報と培養施設と養育施設が一体になったシステムである。

 このシステムで生み出されるイスカンダル人は、誕生から僅か1年という短時間で地球人換算で16~17歳前後まで急成長し(知識などの吸収速度も強化されている)、その後は地球人よりもやや遅いペースで年を取るように遺伝子調整されている。

 それに合わせて、養育施設による効率的な学習によって、急速に人口を回復する事が出来るようになっているのだ。

 これもまた、使い方を誤ればとんでもない社会を作れてしまう危険性を秘めた、イスカンダル負の遺産の1つであり、スターシアも使うつもりはなかった代物だった。

 

 これも含めて消滅による永遠の封印を願うだけなら、イスカンダルを爆発させてしまえばよかった。

 だがスターシアも、歴代の王たちも、ガミラスを道連れにする事を良しと出来なかった。

 ガミラスが侵略者になってからも結局決断されずここまで来て――その封印を解く事を選ぶとは……。

 そしてその決断が結果として隣人の暴虐を諫め、遥かなる星の友人たちの未来を拓く事になるとは……。

 世の中どう転ぶのか、本当にわからないものだと、スターシアは思う。

 

 「――古代艦長代理」

 

 「はい」

 

 「地球と協議の通り、私が提供したイスカンダルの技術の使用に関しては、特に規制は致しません。しかしどうか、扱いには細心の注意を払って下さい……ユリカにも警告しましたが、強過ぎる力というものは、時に相手のみではなく自分自身さえも傷付けてしまうものです」

 

 「……骨身に染みています。地球が間違った道に進まない様、力の及ぶ限り尽くしていこうと考えています」

 

 出来る事は決して多くは無いだろう。進は組織の中でも下っ端の人間だ。ヤマトクルーの中で最高階級のユリカですら大佐。ヤマトでの功績を加味して出世出来たとしても准将――いや少将に行けるかどうかで、多少の発言権と権力を持てても、地球全体の意向を決定する程ではない。

 協力してくれているネルガルやコウイチロウの力添えがあってもどの程度出来るのか……。

 だが、やらなければならないし、やりがいのある仕事だと思う。

 

 「――その言葉を信じます。次にお会いする時には、イスカンダルも賑やかになっている事でしょう」

 

 隣に立つ守に視線を巡らせながら、スターシアは笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 別れを終え、タラップを降りていくスターシアと守を見送った後、気を利かせて真田は先に戻ったが、進と雪はドックを去っていく守とスターシアの背を最後まで見送った。

 

 「……兄さんとスターシアさんは、イスカンダルの新しいアダムとイヴになるんだな」

 

 「そうね。楽な道ではないでしょうけれど、あの2人ならきっと頑張れるわよね。ガミラスの問題も幾分改善されているのだから」

 

 「ああ……だから、次は俺達の番だな」

 

 「え?」

 

 急に降られて雪は胸が高鳴るのを感じた。何時の間にか一緒に居る事が当たり前の様になった2人だが、考えてみれば告白をしたり受けたりして、ちゃんとしたカップルになったわけではなかった。

 という事はつまり――。

 

 「今はまだ艦長代理としての仕事が残ってる……だから、地球を救ってから是非とも聞いて欲しい事がある」

 

 「……そ、そういう言い方は縁起が良くないと思うわ」

 

 照れ隠しも交じって、ついつい軽口を叩いてしまう。

 しかし雪の世代ともなれば創作について回る様式美――死亡フラグなどは慣れ親しんだメタな用語であり、お約束だ。

 まさかリアルでそれを経験する事になるとは……。

 これはある意味死活問題だ。

 

 「言いたい事はわかるけど、俺はそれをへし折って見せるから安心しろよ」

 

 こちらも言ってからテレが出たのか、その意図を理解した返しをする。当然ながら進もゲームだの漫画だのでその手の知識は得ているのだ。いや、このまま話を脱線させたままにするのは良くはないし、あまり悠長に漫才をしても入れらない。気を取り直して締めに入ろう。

 

 「続きは帰ってからだ。さあ、行くぞ雪! 俺達の母なる星を蘇らせに!」

 

 

 

 それから1時間としない内に、ヤマトは発進準備を整えた。

 海に隣接したドックに海水を注水して、正面の隔壁を解放する。

 

 「ガントリーロック解除! 微速前進0.5!」

 

 艦体を固定していたガントリーロックが開いて、艦体が自由になる。海面に浮かんだヤマトが補助ノズルを点火、ゆっくりと海面を進んでドックから外に出る。

 

 (やっぱり、ヤマトには海が良く似合うな)

 

 進は海面を行くヤマトの状況に、ヤマトが戦艦大和であった頃はこんな感じで海を往っていたのかと想像する。

 ヤマトは徐々に速度を上げながら、海を掻き分け波立てながら進んでいく。

 

 「補助エンジン、第二戦速へ」

 

 「相転移エンジン内、エネルギー注入」

 

 海を進みながら、1番から6番の相転移エンジンにエネルギーを注入。始動準備を進めていく。ヤマトの眼前の海は穏やかで、水面に日の光が反射してキラキラと輝いている。

 

 「相転移エンジン、エネルギー充填120%。フライホイール始動!」

 

 既に手慣れたエンジンの始動準備。

 ラピスも機関室の面々も、再建当初から「不安定」だの「気難しい」だのと散々苦労させられたエンジンを苦も無く操り、300m級の宇宙戦艦では最強と目されるエンジンを目覚めさせる。

 カスケードブラックホール破壊任務以来となる再始動に、エンジンが喜び震えているような錯覚すら覚えそうなほど、快調な滑り出しだった。

 1番から6番までの小相転移炉心に取り付けられた小フライホイールが赤く発光、緩やかに回転数を上げていき、生成したエネルギーが後方にある大炉心に導入され収束。取り付けられた大フライホイールが回転を始めて発光する。

 

 「補助エンジン、最大戦速へ」

 

 「波動エンジンへの閉鎖弁オープン。波動エンジン内、圧力上昇へ」

 

 「圧力上昇へ!」

 

 機関室で太助が機関制御室のコンソールを操り、波動エンジンの始動準備を進めていく。

 相転移エンジンが生み出したエネルギーが波動エンジン内へと供給を開始。波動エンジンが唸りを上げる。

 

 「エネルギー充填120%。フライホイール始動!」

 

 「フライホイール始動!」

 

 山崎がタイミングばっちりに波動エンジンの第一・第二フライホイールを始動させる。

 並行世界のイスカンダルから受け継ぎ、この世界のイスカンダルによって蘇ったヤマトの心臓が、再び鼓動を刻み始めた。

 

 「波動エンジン点火、10秒前!」

 

 大介がカウントダウンを開始する。

 ヤマトは最大出力に達した補助エンジンの推力で海面を猛然と突き進んでいる。

 

 「5……4……3……2……1……接続!」

 

 「点火!」

 

 大介とラピスが阿吽の呼吸でスロットルレバーと接続レバーを引く。波動エンジンから供給されるタキオン粒子が、接続されたメインノズルから噴出を始めた。

 

 「ヤマト、発進!!」

 

 進の号令に復唱した大介が、操縦桿を引いてメインノズルの推力を大気圏内最大出力にまで上昇させる。

 メインノズルのスラストコーンが引き込み噴射口を広げると、メインノズルから発していた輝きが増し、煌々としたタキオン粒子の奔流が勢いを増す。

 

 ついにヤマトはイスカンダルの海から浮上して宙を舞う!

 艦底から膨大な量の海水を滴らせながら、メインノズルの噴射圧で後方の海面を2つに切り裂きながら、ヤマトがイスカンダルの空へと飛翔する!

 

 「大気圏内航行、安定翼展開!」

 

 大介が幾度と無く世話になった多目的安定翼の開閉スイッチを押す。4分割されたデルタ型の安定翼がヤマト舷側、喫水線部分に出現する。

 

 翼を広げたヤマトは、イスカンダルの澄んだ青空を悠々と飛翔。1分に満たない短時間でイスカンダルの大気圏を離脱して静寂な宇宙空間へとその身を繰り出した。

 

 

 

 ヤマトがドックを出てから宇宙に飛び出すまでの間、マザータワー最上階の展望室で守とスターシアが身を寄せ合い、大きく手を振りながらその姿を見送っていた。

 

 

 

 何時の日か訪れる再会を願って。

 

 

 

 

 

 

 その後ヤマトは、ガミラスのデストロイヤー艦10隻を護衛艦として引き連れながら、順調に地球への帰路に就いた。旅立ちは孤独であったのに、帰りに同行者が増えるというのは違和感を感じるが、同時にそれは戦いの終わりを意味しているとも取れ、何とも複雑な気持ちが沸き上がる。

 

 「地球に到着するまでの間、お世話になります」

 

 とは地球との交渉を任されたタラン将軍の言葉だ。

 彼は少し前のドメル同様、ヤマトに同乗して地球への旅路に就いている。元々デスラーからの信も厚く、軍事にも政治にも明るい事も決め手になっていた。

 デスラーは忙しくてとても本星を離れる事が出来ず、副総統のヒスもそのフォローに大忙しとあれば、必然的に彼が最適任なのだ。

 ドメルはイスカンダルを立つ時に見送りに来てくれはしたが、防衛艦隊や今後の戦術についての会議に参加するため同行しないことになった。

 それでも別れの挨拶が出来ただけマシだろうか。

 また、あの一家と会いたいものだ。

 

 ヤマトの帰路はガミラスが算出してくれたものをそのまま利用している。またタランチュラ星雲を通過するのはリスクが高いので、ガミラスの協力で完成した連続ワープを使用して迂回するコースを選んだ。リスクが少ない分時間が掛かるのは仕方のない事で、重力干渉を避けて安全に進んだ事もあり、大マゼラン雲を突破するのに10日を要した。

 ワープの最大飛距離から考えると距離に対して時間が掛かり過ぎている印象があるが、これでも守と合流して改良する前のヤマトなら軽く3倍、改良後でも倍は掛かっていた工程である。

 そして、銀河間空間に出てからは連続ワープが本領を発揮。何しろ約14万光年もの距離を僅か10日で通過する事に成功したのだから、その威力の凄まじさが伺えるというものだろう。

 途中、バラン星の基地に立ち寄ったが、やはり被害は大きく再建はあまり進んでいるように見えない。

 しかし機能そのものは維持している事が伺え、ゲール司令によれば「民間人は全員ガミラス本星に戻した。安心しろ」との事であった。

 今は地球との国交の拠点として再建を進めているのだとか。

 

 地球との和解が成立しデスラーの主義主張が多少変化しても、彼なりにガミラスを大きくしていきたいという願いは消えていないだろうしそれを否定する権利は誰にもない(強いて言えば侵略された側にあるくらいだろうか)。

 ――進としては穏便な進出であってほしいと願うだけだ。

 

 しかしゲール司令と言う人物は流石ドメル将軍の副官を務めただけの事はあり、この被害に何だかんだ言いながら基地としての体制を維持している手腕は見事なものだと、進はゲールに対して敬意を示しつつバラン星を後にした。

 ――かつては中間地点としてあれだけの時間をかけて目指した場所なのに、今は僅か5日で通過してしまえるとは……。

 

 その後も航海は順調だった。次元断層の位置もガミラス側が大よそ把握してくれていたこともあり、ワープアウト地点と重なって次元断層に落ち込むトラブルも無く、無事天の川銀河外周部にまで到達した。

 そこからの航路も、散々てこずらされたオクトパス原子星団を迂回するルートを経て、ようやく太陽系の近くまで戻って来る事が出来た。

 

 「――本当に、本当に良く帰って来てくれたなヤマト!!」

 

 早速長距離通信で地球に連絡を取ると、感激の涙を流すコウイチロウの姿がマスターパネルに映し出される。

 

 「ミスマル司令、ヤマトは72時間後にアクエリアスに到着を予定しています。到着後にナデシコCと合流、システムの最終確認を終えたのち、コスモリバースシステムを起動する予定です」

 

 「うむ。ナデシコCにはワシも乗艦する予定だ――少しでもユリカの為になれればと思って、旧ナデシコのクルーにも声は掛けておいた……皆、了承してくれたよ」

 

 「――そうですか」

 

 それを聞けて進も嬉しく思う。1人でも増えてくれれば、ユリカが助かる可能性が上がる事は間違いないのだから。

 簡潔なやり取りを終えると、ヤマトは通常航行で太陽系内に侵入する。念のため、ガミラスが発見し今後開発を考えていたという第十一番惑星の姿も見ておくことにした。実際に地球人類がこの星に関わるようになるのは、もう少し先の事になるだろうし。

 やや緑掛かった地表を持つが、緑の類は殆ど見られず水も確認出来ない。

 タランによれば、開拓する際はそれらを補いつつ大気組成を改造し、バラン星でテストしていた人口太陽を設置する事で対処する予定だったらしい。この星をわざわざ開拓するのも、手付かず故資源がまだ十分残っているであろうと予想された事や、星系の最外周と言える場所に拠点を造る事は防衛線の形成やらで利点があるからだとか。

 

 それにしても、ここまで恒星から離れた星を居住可能にしてしまえる科学力は流石ガミラスと称賛せざるを得ない。

 

 第十一番惑星を通過したヤマトは、そのまま地球目指して航行を続ける。

 海王星はおろか、冥王星の軌道からも大きく離れた(太陽~海王星間の距離の2倍以上)第十一番惑星を離れると、しばらくは彼方に見える太陽の姿を見ながら静かな時間が流れる。

 ワープで一気に地球近海に戻る事も不可能ではないが、恒星系内では重力干渉の問題もあってワープ航路の算出がそれなりに面倒であるし、地球側も最終的な準備を完了するにはそれなりの時間が必要だ。

 

 ――結局通信越しで簡潔に聞いたに過ぎないが、ガミラスとの終戦に関しては市民の間で相当荒れた話題となったらしい。

 

 素直に戦争が終わる事は喜ばれはしたが、和解はともかく同盟関係を構築するという事に関しては賛否両論で収拾が中々付かなかったらしい。

 一時はデモなどで相当ヤバイ状況になりかけたらしいが、ここまで地球を支え続けた政府関係者は何とか誠心誠意市民の説得を続けてどうにか鎮静化に成功したのが、ヤマトがイスカンダルで改修を終えた時期だったとか。

 何とか市民が納得出来たのは、「ガミラスが早々に裏切ってもヤマトが何とかしてくれる」という、進達からすれば「その通りだけどももっと言いようがなかったのか」と突っ込みたくなる丸投げじみた言葉だったと言う。

 

 政府はヤマトが挙げた戦果を出来る限り公にして、その力をガミラスも認めている事や、トランジッション波動砲の威力を示すという形でどうにかこうにか“保険”として認めさせることに成功したからこその鎮静化だった。

 勿論そこには、ヤマトが出現してから太陽系を離れるまでに見せつけた成果も、そしてガミラスとの戦いをどのような形であれ終らせる事に成功し、イスカンダルに到着してコスモリバースシステムの受領に成功したという偉業に対する敬意も、少なからず含まれていたのだろうと推測されてはいる。

 

 ――どうやらまだしばらくの間は、地球はヤマトを眠らせる事が出来ないようだ。

 

 それからヤマトはきっかり72時間をかけてアクエリアスと帰還した。

 途中、航路上にあった火星にだけは立ち寄ってサーシアの墓参りを全員で済ませた(タラン将軍を始め、ガミラス側からも謝罪交じりの追悼が行われた)。

 地球に最後の希望を繋いでくれた、偉大な恩人だ。幾ら礼を尽くしても尽くし足りない。

 艦内で観賞用として飼育されている花を集めた花束を墓前に手向け、ヤマトは火星を後にした。

 

 

 

 「地球だ!」

 

 第一艦橋の窓から真っ白い星の姿を見て、大介が泣きそうな声で叫ぶ。

 大よそ8か月振りに見る、母なる星の姿。変わり果てた姿に成り果てたとはいえ、人類が生まれ育った命の星の姿を目の前にして、大介だけではない、全てのクルーが「帰ってきた……!」と感激で胸が一杯になる。

 ――あとはコスモリバースシステムが成功すれば、元の青々とした美しい星に戻るはずだ。

 白い地球の眼前には、ヤマトをこの世界へと導いたアクエリアス大氷塊が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。ヤマトが発進した時に砕いた一角はそのままの状態で放置されていて、周囲に飛び散った氷塊の一部が残留して浮かんでいた。

 

 ……そのアクエリアスを背に、ヤマトと向き合うように改修を受けたナデシコCが佇んでいる。ヤマト発進までの間、地球最強の艦としてギリギリの戦いを潜り抜けてきた歴戦の勇士の姿に、短い時間とは言え実際に乗り込んだ進と大介、そして長い間共に戦ってきたルリとハリは、感慨深げに敬礼する。

 

 ――あの艦が、これからヤマトを助けてくれる。ついにヤマトとナデシコが共に手を取り合い、困難に立ち向かう機会が巡ってきたのだ。

 

 ヤマトはアクエリアス大氷塊の上でナデシコCと合流した。ナデシコCはヤマトの真後ろに移動すると、特徴である3本のディストーションブレードを開き、メインノズルと補助ノズルを停止したヤマトを後ろから抱きかかえるようにして合体した。接触回線による接続で通信を確立して、ナデシコCはヤマトのサブコンピューターとしてコスモリバースシステムの補助を行う事になっている。

 ナデシコCの改修はこのためのものだった。

 

 ナデシコCから発進した連絡艇が、ヤマトの下部大型発進口からヤマト艦内に次々と着艦していく。

 連絡艇からは協力を受諾した旧ナデシコクルーや、コウイチロウにアカツキを始め、ユリカに縁のある人々が次々とヤマトに乗艦してくる。

 

 「――本当に良く頑張ったな、古代進君……!」

 

 感激して進と握手を交わすコウイチロウに、進は促した。最後の仕事を終える事を。

 

 「――艦長の教育が良かったんです――さあ、最後の仕事を始めましょう!」

 

 

 

 ナデシコCと合体したヤマトは、安定翼を広げて波動砲の砲口を地球に向ける。コスモリバースシステムと化したヤマトの波動砲は一見依然と変わらないように見える。だが、砲口奥の装甲シャッターが解放されると、中からかつてヤマトが自沈する時に使用したボルトヘッドプライマーを彷彿とさせる装置が出て来る。

 それは発射口から飛び出すギリギリまで伸びると、先端のリング状のパーツが4つに分割されて開く。

 機関室に移っていたラピスが、祈りを込めてユリカを保護している停滞フィールドのスイッチをオフにして、幾つかのスイッチとレバーを操作。電算室のルリがラピスからの合図でコスモリバースシステムへの回路を繋げて、ユリカを含めたヤマトのシステムを改めてシステムと接続。

 接続テスト――エラーは見られない。コスモリバースシステムは正常に稼働している。

 ルリ達がプログラム面からチェックするのと並行して、工作班による目視点検も行われる。

 波動砲の収束装置とライフリングチューブに置き換わる様に設置されたシステムのインジケーターは全て正常。接続ケーブルは全て漏らさず接続された。

 

 「……コスモリーバスシステムの起動準備、全て完了しました」

 

 真田の言葉を聞いて、進は眼前に差し出された波動砲の発射装置をゆっくりと両手で握りしめる。

 

 「……ヤマトの戦士諸君。そして、艦長のために集まってくれた皆さん。コスモリバースシステムの起動準備が整った」

 

 クルー達はそれぞれに持ち場で、ユリカのためにヤマトに乗艦した人々は中央作戦室を間借りして、進の言葉を聞いていた。

 たった1度きりのチャンス。

 地球が救える可能性は極めて高いが、どの程度の回復になるかはやってみなければわからない。

 リバースシンドロームの対策もする事はしたが、実際どうなるのかはやってみなければわからない。

 そして……ユリカの未来。

 全てがこの1度きりのチャンスに掛かっている。

 

 「起動までのカウントダウンを開始する。60……59……」

 

 緊張が高まっていく。あと少し。あと少しで地球は元の美しい姿を取り戻し、人類は破滅の淵から救い出される。その先にどのような未来が待ち構えているのかは――わからない。

 ヤマト出自の世界の様に幾度も侵略者が来るかもしれないし、来ないかもしれない。ガミラスとの同盟もどこまで続くか……。

 

 苦難は多いだろうが、挑まないわけにはいかない。

 

 ――生きるために、生き残るために。

 

 「――10……9……8……」

 

 カウントが残りわずかになる。相転移エンジンと波動エンジンの出力が波動砲の時と同じ120%に達する。真のポテンシャルを封じた状態であっても、コスモリバースシステムを完全に起動出来るだけの莫大なエネルギーが生成され、今まさに解き放たれんとしている。

 

 「3……2……1……起動!」

 

 カウントゼロで、進は今やコスモリバースシステムのキーとなった波動砲の引き金を引いた。

 

 発射口から飛び出していた放射機から眩いばかりの光が溢れ出す。

 膨大なエネルギーを収束させて撃ち出す波動砲と異なり、コスモリバースシステムが放出したエネルギーはまるで霧のようにも見える青い不可思議な光が円錐状に広がっていき、やがて地球を包み込み始める。

 

 1発、2発、3発と、何時ものトランジッション波動砲と同じように計6発のエネルギーが撃ち込まれ、その度に地球が輝きに包まれ――変貌していく。

 

 

 

 

 

 

 システムが起動を開始した時、ユリカは電子の海の中に意識を映している――そんな不可思議な感覚の中にいた。

 データスーツを通してシステムと一体になったユリカは、人と機械の間を行き来している、そんな不思議な感覚の中でユリカはその命を急速に燃やし尽くす演算ユニットとの完全リンクを実行、その意識を演算ユニットと同化させ、未来も過去も現在も無い、不可思議な時間の流れに身を置いた。

 その不可思議な空間の中から、ユリカは必死に目的とする情報を――ガミラスによって環境を激変させる前の地球の姿を探す。

 並行宇宙ではない、この宇宙の過去の地球の姿を追い求めてユリカは未知なる空間を動き回る。

 

 ――見つけた。

 

 ユリカは自身が一体化したコスモリバースシステム――いや、宇宙戦艦ヤマトの記憶を頼りにその姿をついに見つけた。

 

 「ユリカ、あの地球がそうです!」

 

 「うん!」

 

 ヤマトの力強い宣言を肯定するかのように、ユリカはその地球の姿に手を伸ばす。スターシアの言葉通り、1度は地球の自然に帰ったヤマトは確かな案内人となった。

 その身に宿したこの世界の大和がそれを助け、宇宙戦艦ヤマト自身の強い使命感と地球への愛が――そしてユリカの家族に対して、友人に対して、それらを取り巻く世界に対して向けられた愛が重なり、今奇跡を起こさんと世界に働きかける。

 

 そうやってヤマトが放った波動エネルギー――いや、時空干渉波が母なる星――地球に作用していく。

 

 

 

 

 

 

 その男性は、最後の瞬間まで最愛の家族を抱えて、覚める事のない永い眠りについた。

 

 ガミラスの遊星爆弾が降り注ぐようになり、どんどん気温が低下していく中、避難が遅れて家族そろって取り残されてしまった。己の失策を悔やむも時すでに遅し。逃れようのない死を間近に控えた。

 最後の最後まで互いに抱きしめあい、「――ずっと一緒だ」と言葉を掛ける。

 

 ――軍人になってガミラスと戦う。そう言って出て行った息子に、幸在らんことを。

 

 最初に娘が逝った。

 

 我が子の死を嘆き悲しんだ妻もその後すぐに逝った。

 

 一番最後に、冷たく凍り付いた妻と子を抱えた男が逝った。

 

 

 

 ガミラスとの戦争が始まってから、あちこちで頻繁に見られた悲劇の光景。彼らの時間は2度と戻らず、取り残されていくはずだったのだ。

 

 しかし男性は、形容しようがないような暖かな何かに包まれる感覚と共に、薄っすらと目を開けた。視界には、最後の瞬間まで抱きしめていた最愛の家族の姿。腕にはその温もりがある。

 

 (……温もり?)

 

 男ははっとした。

 その両腕に抱かれた妻と娘の胸が、小さく上下している。薄く開いた口から呼気が漏れている。

 堪らずその身を揺すって声を掛ければ、僅かに呻きと共に妻と子供が目を覚ます。

 

 奇跡だ!!

 

 男性は神に感謝し、改めて冷静になって周りを見渡す。

 

 ――我が家だ。

 

 逃げ遅れて結局最後の地として選んだのは、苦労して稼いだ金で手に入れたマイホーム。

 凍り付き荒れていた面影はない。ガミラスが来る前の平穏そのものの姿。

 ――天国だろうか。

 疑いながらも男は試しに自分の頬を抓ってみる。

 ――痛い。

 3人揃って訳も分からないまま、閉め切っていた窓を開け、雨戸を開ける。

 

 瞬間、刺すような光が家族の目に飛び込んで来た。

 

 日光だ!

 

 思わず開け放った窓から外に飛び出す。

 眼前に広がる光景は、ガミラスによって凍てつく前の光景そのものだ。

 記憶にあった家屋の損壊すら修繕されていて、男性たち一家以外にも状況を飲み込めずに右往左往している住人たちの姿が見える。

 ――皆、取り残された者同士だ。

 

 そんな彼らの頭上を、小鳥が「チチチッ!」と鳴きながら飛び去って行く。

 海が好きな男の希望で、海を望める立地に建てられた我が家の庭。その先に見えるのは、青く美しい広大な海の姿。

 

 「一体、何が起きたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 ヤマトと一体化したユリカは、その光景を外部カメラの映像を通して目の当たりにしていた。

 

 「上手くいきましたね」

 

 「うん。お疲れ様、ヤマト」

 

 「――貴方もです、ユリカ。奇跡が起きました」

 

 ユリカは右隣に立っている女性に微笑みかける。女性――とはいっても、その実像はややぼやけている。

 日本系の顔立ちで、ユリカと同じく腰まで髪を伸ばした肉付きの良い女性だという事まではわかる。だが、それ以上の認識は無い。

 当然だ。この姿はヤマトの魂を擬人化した、いわばアバターなのだ。コスモリバースシステムと化したヤマトとユリカが一体化した事で、魂の在り方がより生物に、いや人間に近づいたのだ。

 そして、人型であるが故により人間の意思を反映しやすく、ヤマトと共にある中で影響を受けていたガンダムの力添えも大きかった。

 ガンダムらのフラッシュシステムも独りでに起動し、彼女らの助けとなってくれたのだ。

 

 ――だからこそ、フラッシュシステムとのリンクがより強力になり、想定外の事態を引き起こした。

 

 ヤマトは時空干渉波のキックバックで地球の“想い”を聞いた。そこには地球が抱きかかえている多くの命の想いが、自身に搭載された物と、ガンダムに搭載されたフラッシュシステムを通してヤマトに、ユリカに――コスモリバースシステムに伝わってきた。

 その身の大半を海底に残したままのこの世界の大和。

 そして地球の土に還ったはずの沖田艦長も力を貸してくれた。

 凍てついた時間に閉じ込められてしまった多くの命達の声を、届けてくれたのだ。

 

 それを聞き、反映しようと足掻いたヤマトとユリカの気持ちが、コスモリバースシステム本来の機能を超越した成果を上げた。

 そう、氷に閉ざされ命を落とした人々の――人以外の生態系の多くが、再びその時を刻み始めたのだ。

 ――彼らの日常を支えていた家屋すらも、在りし日の姿を取り戻していった。

 

 本来の機能を遥かに上回る――奇跡が起きた瞬間である。

 

 ――そして……。

 

 「尻尾を掴みました。あの異次元生命体です」

 

 ヤマトはやや怒気の籠った声で告げる。ユリカも険しさを感じる声で応じる。

 

 「――まさか、コスモリバースの時空干渉波のおかげで接点を持てるとはね。これなら何とか、支援出来るかも」

 

 地球が実際に動いてくれるかどうかは定かではない。だがユリカは働きかけるつもりだ。

 知ってしまった以上、関わってしまった以上、決して見過ごす事は出来ない。

 

 ――例え自己満足と罵られようとも、そして支援が事態収拾と言う点から見れば決して十分にはならないとわかっていても、見過ごせない。

 

 「――さて、ユリカはそろそろ戻った方が良いですよ。皆心配しています」

 

 「――そうだね。ヤマト、ひとまずはお疲れ様。また一緒に飛びたいな……」

 

 「……地球と人類がある限り、その機会は必ず来ます。でも、今度は平和な目的で飛びたいものですね」

 

 

 

 

 

 

 コスモリバースシステムの停止を確認した後、工作班と医療科を中心にユリカをコスモリバースシステムから切り離す作業が開始された。

 カプセルを満たしていた液体金属素子を排出して、ユリカをカプセルから解放しようと作業を進める。

 

 システム発動時、全員必死になって彼女の再生を願った。その想いが届いたのかどうかは定かではないが、ヤマトが時空干渉波を発射する度に極少量の干渉波がヤマトに向かって逆流した事を確認している。

 同時にヤマトのフラッシュシステムは勿論、ガンダム――特にダブルエックスのシステムも強い反応を示していた事も確認された。

 果たしてユリカは無事再生出来たのか。

 ヤマトへの被害はどうなっているのか。

 様々な疑問が頭を過る中、10分程の時間をかけて液体金属素子の排出が終わった。

 作業員に交じってアキトとルリは勿論コウイチロウも機関室に入り込み、作業の進展を見守っていたが、いざカプセルが解放されるとなると持ち場を離れたラピス諸共に駆け寄ってハッチの開放を請う。

 

 カプセルの傍らで作業を指示していた真田とイネスが顔を見合わせて頷くと、真田は震える指で開閉スイッチを押し込む。

 

 (上手くいっていてくれ……!)

 

 パシュンッ! と空気が抜けるような音と共にスムーズにカプセルの蓋が開いていく。固唾を飲んでその動きを見守る。

 蓋が完全に開かれ、ついにユリカの姿が露になった。

 

 ――ああ、神様……!

 

 その場に居合わせた全員が1度天を仰ぎ、それから盛大に涙を流した。

 

 ――ユリカの体は、見た限りでは在りし日の姿を取り戻していた。

 密着するように作られたデータスーツ越しに見える体は、元気だった頃の肉付きを取り戻している。

 ヘルメット越しに見える顔色も良いし、頭髪も元の色艶を取り戻している。

 

 「ユリカ……ユリカ……」

 

 アキトはそっと眠ったままのユリカの肩を揺する。皆固唾を飲んで見守る中、数回揺さぶられて呻き声をあげるユリカ。

 

 「う~ん……あと5分……」

 

 「……」

 

 お約束を忘れないユリカのサービス精神にイラついたアキトとルリは、互いに顔を見合わせて頷きあった後、突っ込みの空手チョップを容赦なくぶちかましてやった。

 

 ゴスッ!×2

 

 「いったぁ~いっ!!」

 

 一気に覚醒したユリカが抗議の声を上げながら目を開けると、何だかんだで喜びで顔を埋め尽くしたアキト達の姿が見える。

 

 ――デジャブを感じるなぁ。

 

 ノロノロと起き上がろうとするが、イマイチ体に力が入らない。

 すぐに察してか、アキトが抱きかかえてくれた。――お姫様抱っこは嬉しい。至福の時間だ……。

 

 

 

 その後はもう、お祭り騒ぎだった。

 

 ナデシコCから移乗してきたかつての仲間達は勿論、ヤマトの仲間達も次から次へと機関室に押し寄せてきた。

 何度かジュンが声を張り上げても効果は殆ど無く、コウイチロウは大声でユリカの名を呼んでは男泣きし、ルリとラピスは抱き合って嬉し泣き。もうあちらこちらで鳴き声と歓声の合唱が鳴り響いて収拾がつかない。

 

 「よかったね、テンカワ」

 

 何時の間にやらすぐ近くに来ていたイズミがそうアキトに声をかけたり、

 

 「――苦労が実ったな」

 

 やっぱり人込みを掻い潜って声を掛けに来た月臣の姿もあったりした。

 そして接近こそ叶わなかったようだが、アキトの視界に入ったアカツキが満面の笑みで親指を立てて祝福してくれた。

 ――人の輪が生み出す暖かさをこれ以上無く実感した瞬間だった。

 

 

 

 だが、その人混みの中に進の姿は無かった。

 

 「――古代君なら、第一艦橋で待っています。任された仕事をきちんとやりきるって……」

 

 雪がそう教えてくれた。

 

 クルーにひとしきり揉みくちゃにされた後、ユリカはアキトに抱えられたまま第一艦橋を訪れた。

 第一艦橋で、進は独りユリカが戻ってくるのを待っていた。大介すらも駆け付けたというのに、しっかりと自分の役割を果たして。

 

 「……お帰りをお待ちしていました、艦長……」

 

 感激で目頭を熱くしながら、敬礼して迎える進。

 

 「うん……ありがとう進。ご苦労様」

 

 ようやく動くようになった右手を差し出して握手を交わす。

 

 「――最後の仕事は、お任せします」

 

 言うなり進は自身のコートと帽子を脱いでユリカに渡す。

 

 「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 ユリカはアキトに艦長席に座らせてもらって、コートと帽子を身に着ける。

 それからさほど間を置かず、艦橋要員が自分の席に戻ってきた。

 今は予備操縦席を間借りしているタラン将軍も駆け付け、「ご快方、おめでとうございます」と敬礼を捧げてくれたので、ユリカも答礼と合わせて「ありがとうございます!」と元気よく答える。

 

 「艦長! ナデシコCが!」

 

 艦内管理席で自己診断モニターを確認していた真田が突然叫んだ。

 マスターパネルに表示する事を指示すると、ヤマトの後方カメラがナデシコCの姿を捕らえていた。

 

 ――ナデシコCは急速に赤錆に覆われて、朽ち果てていく。

 

 作業員が乗っていた第二船体だけが緊急離脱したが、それ以外の艦体はあっという間に真っ赤に染まり、ボロボロと崩れ落ちていった。

 

 ――ナデシコが、私の身代わりになってくれたようです……――

 

 ヤマトの寂しげな声が聞こえる。

 

 ナデシコCは、最後の最後でヤマトに全てを託して宇宙の藻屑と消えていく。

 本来ヤマトを蝕むはずだった、リバースシンドロームによる崩壊を肩代わりして――。

 

 ユリカは、自分の原点というべきナデシコの名を継いだ艦の最期を、モニター越しながら見届けた。

 かつて艦長として指揮を執ったルリは勿論、乗組員として共に戦ったハリも、進も、大介も、その最後の瞬間を見届ける。

 

 ――言葉は要らない。後は全部引き受けた。安心して眠ってほしい。

 

 静かな別れを告げた後、ユリカは眼前を見据えて最後の命令を下した。

 

 「ヤマト、発進! 目標は地球よ!!」

 

 

 

 補助ノズルから噴射が始まり、僅かに遅れてメインノズルから煌々とタキオン粒子の噴流が迸る。

 ナデシコCの残骸に別れを告げ、分離した第二船体とガミラスの護衛艦隊を引き連れながら、ヤマトは宇宙を進んでいく。

 

 

 

 その眼前には、青く美しい姿を取り戻した、母なる地球の姿があった――

 

 

 

 

 

 

 こうして、人類は滅亡と言われる日まで117日を残し、救われたのであった。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 完




ご愛読、ありがとうございました。

あとがきは活動報告にて。

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