新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ(完結済み)   作:KITT

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第四話 再会! 光を超えたヤマト!

 

 

 

 ガミラスの襲撃を受けて第一艦橋を飛び出した進は、そのままヤマトの艦底部にある格納庫に飛び込む。

 

 簡易宇宙服を兼ねる制服は専用の手袋を付け、上着の気密確保用のインナーを顎まで引き出して、ヘルメットと電磁的に密着させることで気密を確保する。

 旧ヤマトから継承されたヘルメットは、衝撃吸収能力に優れ、高圧縮酸素ボンベを内蔵し、気休め程度だが空気の清浄装置も内蔵されている。可能であれば補助装置を付けるのが望ましいが、1時間程度ならこのまま宇宙空間で活動出来る実に高性能な服だ。

 

 

 

 ヤマトの格納庫は改装されたことで以前にも増して機能的になっている。

 壁面に上下二段に区切られた格納スペース(左右合わせて60スペース)には、搭載機であるエステバリスと、その強化パーツまたは高性能戦闘機として配備されているGファルコンがある。

 従来のエステバリスではガミラスと対等に戦うのには少々力不足だったが、Gファルコンを装備することで幾分状況が改善している。

 

 Gファルコンは支援戦闘機とも呼ばれていて、機首部分を構成するAパーツと、武装とエンジンユニットからなるBパーツに分かれている。エステバリスが主に使うのはこのBパーツの方で、中央ブロックを兼ねるウイングパーツには2基の大口径スラスターと、両翼端に拡散放射が可能なグラビティブラストが装備されている。

 ウイングパーツの下に2基取り付けられているカーゴスペースも兼ねるコンテナユニットには、大口径スラスター2基を搭載し、前方に10発のマイクロミサイルランチャーが内蔵されている。これが左右に装備されているので計20発。

 従来機に比べると破格と言える火力を有している。

 

 その大出力を支えているのがヤマトの技術で大幅に小型化された相転移エンジンによるもので、それ単体でも相転移炉式駆逐艦に匹敵する主力を持つ。

 これで全長は8m程度に収まっているのだから技術の急激な進歩を感じる。

 

 Aパーツのコックピットはダミーの複合センサーユニットだが、Bパーツのノーズ部分には人が乗り込めるコックピットも備わっていて、合体時に2人乗りすることも出来るようになっている。

 一応単独でも戦闘機として使えるが、基本が人型用の拡張オプションなので、宇宙戦闘機としての性能はガミラスのそれに劣る部分があるため、基本はセット運用だ。

 

 エステバリスで運用する時は、背中の重力波ユニットを外す必要があるため、中央ブロック兼ウイングパーツを縦に、コンテナユニットを回転させて後方に向け、グラビティブラストの砲身を正面に向けた形にして推力バランスを調整している。

 

 重力波ユニットを失ったエステバリスはGファルコンの相転移エンジンのみで稼働することになるため、何らかの理由でGファルコンを外してしまうと内蔵電源のみで活動することになるのが難点だが、如何せん合体機構自体が後付けで洗練されていないため仕方がない部分がある。

 

 ヤマト搭載機は重力波アンテナだけは増設して、ヤマトからの照射範囲内では十分な最終出力を得られ、かつ単独での行動が出来るように改造されてはいるが、元から比べると機動力もガタ落ちしているので非常手段に過ぎない。

 性質上分離を考慮していないため、大体はエステバリス側からの操作でGファルコンを稼働しているパイロットが大半だ。そのため戦場で分離した後の再合体の負荷は大きく、推奨されていない。

 

 1から設計した機体には及ばないが、エステバリス自身もGファルコンの全力機動に対応出来るように機体の強度と剛性を含めて全体的に見直しをしたことで、機体性能は幾分強化されている。逆に言えばその程度の小規模な改修で大幅なパワーアップを果たせたのはGファルコンの優秀さの証だ。

 

 現状でもガミラスの航空機と対等以上に渡り合える性能を有していることには変わりない、貴重な戦力。だが対艦攻撃だけは出力不足で少々苦手である。これは単純に小型相転移エンジン1基+重力波ビームでは出力が微妙に足りていない事が原因。

 

 元々は、搭載が見送られた新型機動兵器の相転移エンジンの余剰出力と合わせてフルスペックを発揮する設計だったのを、急遽エステバリスに転用したため、最適化が間に合っていないのだ。

 そもそも合体自体がウリバタケの「おっ、意外と干渉しねえぞ。これならエステにも着くんじゃねえか?」と言う発言によるもので、従来機の強化パーツは本来想定されていない。

 ――対応しちゃったけど。

 

 重爆撃オプションを装備すれば打撃力は得られるが、重武装から来る機動力低下で戦闘機相手には到底戦えない状態になる。

 

 ネルガルは本来Gファルコンと最大連動出来る新型機の他にも、エステバリス以上のスペックを発揮出来る改修機を拵えていたらしく、ヤマトには当初予定されていなかったその機体も配備された。

 

 アルストロメリアだ。

 本来はボソンジャンプ戦フレームとして開発されたエステバリス系列機の最新型だったのだが、ヤマトの技術伝来に合わせて再度設計を変更、ボソンジャンプ対応能力はそのままにGファルコンとの連動を前提に各部に補強を入れたことで、エステバリス以上にGファルコンのスペックを引き出す事に成功。

 これは同時期に開発されていた新型機のフィードバックが存分に活かされている。

 

 エステバリスが重力波ユニットを撤去したのに対して、元々ボソンジャンプ前提で重力波アンテナしか装備していないため干渉自体が無く、母艦の重力波ビームを有効に使える。同型のユニットを移植することで、エステバリス側も母艦の重力波ビームとGファルコンの出力の両立が可能となった。

 が、出力系のチューニングの差がある為、最大出力はアルストロメリアが勝っている。

 

 また可変させて接続するエステバリスに対して、アルストロメリアはBパーツを可変させずにそのまま垂直に交わるようにして合体する。これはわずかな機体バランスの違いや機体強度に影響された結果。そのため最終出力が互角だとしても、推力を集中出来る分エステバリスよりも速い。

 さらにGファルコンのAパーツを頭に被せ、Bパーツ内部に機体を収納するように装着することで、より機動力に特化した戦闘機形態――収納形態を取ることも出来る。機体を露出した展開形態ではAパーツをBパーツのカーゴスペースに固定することで紛失せずに済む。

 合体に伴いパーツの交換などをしていないこともあり、仮に戦闘中にGファルコンをパージしてもアルストロメリア自体の性能が損なわれることが無い事も強みで、その気になれば短距離ボソンジャンプで帰投することも容易と、エステバリスよりも全てにおいて勝っている。

 

 Gファルコンがあればガミラスにも引けを取らない空間戦闘機に、外せば従来通り陸戦や施設内戦闘にも使え、短距離ボソンジャンプでの急襲も可能と、現在の地球が欲する機能を備えている。しかも、将来的には小型相転移エンジンの搭載も視野に入れた設計もされているのだ。ネルガルは、ヤマト帰還後に正式採用機として売り込む気満々である。

 

 とはいえ、まだ試験機の域を出ていないのでヤマトには先行配備された2機しかない。搭乗者はテストパイロットも務めていた月臣元一朗と、ヤマト配属後に任された古代進。

 ヤマト艦載に当たってヤマトの装甲にも塗布されている防御コートを施されているので、機動兵器同士の戦闘なら破格の防御力を持って戦えると太鼓判を押されているが、実際はどうなるかわからない。

 

 アルストロメリア以外の機体は、全て既存のエステバリスに無理な改造をした機体でしかないため、少々不安が残っているのは事実。

 とは言えヤマトの万能工作機械を使用してアルストロメリアを量産するのは流石に無茶があるし、ネルガルとてこの機体を大量生産する余力が無い以上、これで凌ぎ切るしかない。

 

 余談だが、ヤマトが誇る3大頭脳は出航後に実益を兼ねた“趣味”でヤマト艦内での新型機の開発に成功していたりする。

 

 

 

 格納庫はすでに戦場と化している。甲板要員が右に左にと走り回り、天井に4基備えられたロボットアームが、格納スペースからエステバリスを引きずり出して駐機スペースに置く。

 駐機スペースに置かれたエステバリスの元に別のアーム運んできたGファルコンを接続し、床下の武器格納庫からは携行火器の大型レールカノンとラピッドライフルがせり上がる。

 一部の機体はGファルコン側の下部に身丈ほどもある、新配備の大型爆弾槽を2つ取り付けた重爆撃装備に換装されている。

 出撃準備を終えたエステバリスの元にパイロットが次々と駆け寄ってはコックピットに収まり、愛機を立ち上げていく。起動した機体は再びロボットアームが釣り上げて、格納庫中央のカタパルトレーンに載せていく。

 

 進も遅れまいと自分用のアルストロメリアに乗り込む。この機体の受領に伴って、進はジャンパー処理を受けており、アルストロメリアの短距離ボソンジャンプを使用する事が出来る。経験が乏しいのでまだ実戦では使うつもりが無いが、いずれは試す。

 

 個人用にカラーリングを弄って良いと言われたので。頭部や重力波アンテナ、膝と肩の先端部分を赤で塗って貰った。これはデータで見た、ヤマトの内部に残されていた艦載機の残骸、コスモゼロからインスピレーションを得たものだ。

 

 出来れば乗ってみたかったが、ヤマトの格納庫と発進設備を人型機動兵器用に改造する過程で結局放棄されたと聞いている。使われていた技術がGファルコンやアルストロメリア、そして未配備に終わった新型機にも転用されているらしい。

 

 戦闘班長の機体という事もあり肩には「01」と機体番号が振られ、ユリカの許可を貰った上で自分専用のこの機体に「コスモゼロ」の愛称を付けている。一応コンピューターにも登録してある。

 妙に心惹かれるあの戦闘機の名前を、どのような形であれ残しておきたいと言う進のわがままだったが、何故かユリカは涙を流して喜んでいた。

 ――本当に理解出来なかったがどうしてだろう。

 

 そのせいだろうか、ユリカはヤマトに所属する航空隊の名称を「コスモタイガー」と命名した。何でも旧ヤマトの戦闘機の名前らしい。

 

 IFSボールに右手を置くとコックピットの計器に光が灯り、アルストロメリア・コスモゼロを起動していく。Gファルコンとの合体は収納形態を選択してスタンバイする。

 

 「コスモタイガー隊は順次発進。ヤマトの護衛任務に付け」

 

 コックピットの中で発進命令を下す。それに合わせて格納庫内の管制塔からの操作で、格納庫中央の床が傾斜して発進スロープへと変貌する。スロープの上には4機のGファルコンエステバリスが並び、スロープの形成に伴って等間隔に改めて並び直される。

 

 その後スロープで生まれた空間を区切るように艦尾側からシャッターが閉じて格納庫と切り離す。

 閉鎖されたスロープ内はそのまま減圧室を兼ねた発進ゲートへと変貌し、減圧完了後に艦尾艦底部の発進口が開く。

 ブラストリフレクターが上がって後方の機体を噴射圧から守りつつも、起動した重力波カタパルトの勢いで次々とエステバリスが宇宙空間に向かって放出される。

 放出された機体は、ヤマトの重力制御装置が生み出す不可視のトンネルをくぐる形で消耗することなく敵機の接近方向に機体を向けらる。

 

 スロープ内の機体が全て出されると発進口にディストーションフィールドが展開されて機密を確保すると、スロープ内が加圧される。

 加圧が完了するとシャッターが開いて次の機体がロボットアームで並べられる。

 並べ終わるとシャッターが閉じて減圧し、ハッチを覆っていたフィールドが消失してまた次の機体が射出される。

 

 それを繰り返して計28機の機体が射出される。搭載スペースの内、4機(2セット)は予備機だ。

 

 新生したヤマトの発着口は2つ増設され、前後に並んだ形になっている。艦尾側の一回り小さい方が通常の機体、艦首側の一回り大きな方が重爆装備の大型機用となっている。

 

 進のコスモゼロは別のアームで持ち上げられて、上部の発進口へと誘導される。ヤマトの艦尾上部の窪みの部分がスライドして通路を解放すると、ロボットアームで艦尾に設置されたカタパルトの上に接続される。このカタパルトは人型には対応していない航空機用のもので、Gファルコンと合体して戦闘機形態をとる事が出来るアルストロメリアと未配備の新型機のみが使用する事が出来る。

 

 コスモゼロは左舷側のカタパルトに接続されて、右舷側のカタパルトには月臣が搭乗するGファルコンアルストロメリアが接続された。それぞれの機体が敵機が接近する方向に向けられる。

 

 「発進!」

 

 進の合図でカタパルトが作動してコスモゼロとアルストロメリアが時間差をつけて発進する。

 

 凄まじい勢いで発射されたコスモゼロとアルストロメリアは、Gファルコンの推力を活かして先発したはずのエステバリス達に追いつく。

 

 

 

 「よっしゃ見てろよ! 冥王星での屈辱を晴らしてやるぜ!」

 

 と吠えるのはスバル・リョーコ、愛機の赤いエステバリス・カスタムも改修を重ねながら健在だ。ナデシコCにも乗り込んでいたナデシコA時代からのベテランパイロット。

 火星の後継者事件の後、そのままナデシコCに所属されて幾多の戦いを生き抜くことは出来たものの、ガミラスにやられっぱなしでストレスを溜めていた。

 

 そもそも冥王星では出撃する間も無く撤退という事もあり、このチャンスを利用してストレスを発散するつもりでいる。

 

 最も彼女がストレスを溜めていたのは戦友であるユリカの事も関係していた。勿論リョーコはユリカの無茶を非難して止めようとしたが、全く言う事を聞いて貰えず、会う度に弱っていく姿を見せつけられたことで、危うく友情にヒビが入るところだ。

 その理由は未だに聞けていないが、内容がしょうもないことだったら殴ってやると心に決めて、リョーコはヤマトへの乗艦を決意した。

 

 「はいはーい。リョーコは相変わらずだねぇ~」

 

 「突っ込むのは良いけど、油断してると棺桶行きだよ」

 

 とかつての戦友であるアマノ・ヒカルとマキ・イズミが続く。この2人はヤマト乗艦以前は民間人として生活していたのだが、ルリの頼みに応じて快くヤマトに乗ってくれた。

 最もこの状況下では漫画家など成り立つわけもなく、雇われママさんをやっていたバーも潰れている。それ故に彼女らも思うところがあったのだろう。

 

 「まああたしは漫画のネタになりそうだしねぇ~。未知なる宇宙の冒険譚! 異星人の侵略物はしばらく勘弁だけど、これを題材にして漫画書きたいねぇ!」

 

 とはヒカルの談。

 

 「アタシは連中が気に入らないだけさ……これ以上葬式に参加するのは御免だよ」

 

 と何時に無くシリアスな雰囲気のイズミだ。ガミラスの攻撃で多くの人命が失われた世の中だ、過去のトラウマに触れるものがあるのだろう。

 リョーコを中心としてヒカルの黄、イズミの水色のエステバリス・カスタムが続く。

 

 「おうおう燃えてるねぇ~。でも、俺もいい加減負け続けはウンザリなんでね、ここらで逆転させてもらうぜ!」

 

 とサブロウタも気合を入れ直す。愛機スーパーエステバリスは元々火力の高い機体だったこともあり、Gファルコンを装備するようになってからは思い切って火力編重の運用を心がけている。

 大型レールカノンを腰部に無理やり増設したサブアームで保持させることで両手持ちした。

 Gファルコンの出力を借りれば従来のエステバリスでは困難だったレールカノンの2丁持ちも楽勝であり、さらに拡散グラビティブラストとマイクロミサイル20発が追加されるとあれば、その火力は未配備の新型にも届かんばかり――と言いたいが、実際は水を開けられていると聞く。

 

 冥王星での借りを返そうと全員が燃えていた。ヤマトが立った今、ガミラスの良い様にはさせないと全員が燃えているのだ。

 

 

 

 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

 第一章 遥かなる星へ

 

 第四話 再会! 光を超えたヤマト!

 

 

 

 ヤマトから発進したコスモタイガー隊を迎え撃つべく、高速十字空母からも戦闘機が出撃する。全翼機のような姿のそれはエステバリスよりも遥かに大型の機体だが、その性能はエステバリスどころかステルンクーゲルなど地球製のそれを凌いでいる。

 

 幸い人型特有の運動性能の恩恵で辛うじて戦えていたが不利は否めず、Gファルコンが配備されるまでは何とか蹂躙されずに済んでいる、という具合だった。

 しかも地味に強固なフィールドを装備しているため、当たりが悪いとダメージを与えられないおまけ付きだ。装甲が戦闘機らしく柔なのがせめてもの救いだ。

 

 それだけにパイロット達の間ではどうしても拭えない不安が残っている。確かに対等に戦えるようにはなったが、機体の限界性能に挑戦するような無理やりな改造をしているため、こちらには上げ幅が無い。対策されたら通用しなくなる。

 

 だがやるしかない。自分達が最後の砦なのだ。例え命を捨ててでもヤマトを護りきりらなければ。

 

 

 

 「流石に分が悪いかも。結構敵さんも嫌らしいなぁ。威力偵察も兼ねてるんだろうけど、よりにもよってこのタイミングでか」

 

 ユリカは疲労で靄がかかってきた頭を振りつつ文句を垂れる。流石になぜなにナデシコは調子に乗り過ぎた、前ならあんな着ぐるみ程度何でも無かったのに。

 ユリカの疲労に気づいているエリナはしきりに心配そうな視線を向けてくるが、仕事の手は休めていない。

 

 「コスモタイガー隊と敵航空戦力が接敵、駆逐艦クラスがそのままヤマトに向かってきます」

 

 ルリの報告にますますユリカの顔が険しくなる。どうする、ワープテストを延期してでもヤマトで砲撃すべきだろうか。未配備の新型ならともかくエステバリスで対艦戦闘は少々きつい。

 重爆撃装備の機体は今回は3機しか出せなかった。

 空母が2隻もあるとヤマトの搭載機の総数を上回る艦載機が出てくることになる以上仕方がない。Gファルコンとの連動で対抗した、という事は言い返せば貴重な格納庫の容積の半分を無駄遣いしていることにも繋がる。

 

 本来はGファルコン無しでも対等に戦える機体を用意して倍の60機以上の航空機を運用した方が良いのだが、そこまでの余裕は地球には無かった。

 そのため、「合体した状態で格納すれば倍の数が保有出来るんじゃ」というユリカの発想は、「それだと日常のメンテに支障をきたす」と取り下げられて実現しなかった。

 実現したかったら、相応の改装を格納庫に施す必要があるらしく、当初は搭載機の仕様が未定だったこともあり、そのような設計になっていなかったのである。

 

 とは言え、Gファルコンと戦場で任意に分離合体出来るアルストロメリア、または未配備の新型の様な機体であれば、状況に応じて使い分ける事で額面上の戦力よりも強力になるのだが。

 

 「せめて、ダブルエックスが間に合っていれば」

 

 無い物強請りだがやはり欲しかった。相転移エンジンを搭載したネルガルの最新鋭機。単独で駆逐艦程度の艦艇なら撃破出来る火力と、ヤマトかGファルコンと連動すれば要塞攻撃の要としても運用出来る機体だ。

 

 だが最終調整が間に合わないと、ヤマトへの配備が結局見送られてしまった。あの機体なら1機あるだけでもかなり楽になりそうなのに。

 

 

 

 案の定、コスモタイガー隊は苦戦を強いられていた。数で勝る敵機に対して果敢に戦いを挑んではいるが、多勢に無勢故に中々押し切る事が出来ない。

 

 出撃した重爆装備の機体はここまで生き残ったベテランパイロットの意地を持って、高性能爆弾を256発内蔵した大型爆弾槽を駆逐艦に叩き付けることに成功していた。

 弱った所を拡散グラビティブラストの収束モードと大型レールカノンの集中砲火を浴びせることで、何とか撃沈に成功したのが4隻。

 

 だがそれまでが限界だった。残った駆逐艦1隻は大型爆弾槽の当たりが悪く耐えきり、追撃を仕掛けようとしたエステバリスに艦載機部隊が来襲し、追撃を封じられた。

 

 「いかん、ヤマトが!」

 

 アルストロメリアの中で月臣が呻く。彼もレールカノン装備のアルストロメリアで前線に出ている。襲い掛かる敵機を躱し、何とか食らいつこうとするが許してもらえない。

 

 短距離ボソンジャンプで追いつくことは出来るだろうが、今は戦列を離れると艦載機もヤマトの方に抜けかねない。数で劣っているから下手に戦線を離れられないのだ。むしろ数の差をパイロットの技量と士気、さらには限界まで強化した機体で何とか食らいつくのが精一杯。

 余裕など最初から無いに等しいのだ。

 それでも月臣は懸命に敵機を退けヤマトに向かおうと足掻くが、その努力も報われぬままヤマトと駆逐艦の距離が縮まっていく。

 

 

 

 「敵駆逐艦1隻がヤマトに接近中。まもなく射程に入ります」

 

 ルリの報告に第一艦橋の面々の表情が強張る。ヤマトの武器は現状何一つ使えない。優れた耐久力を有するヤマトだ、早々沈みはしないがテスト前に損傷するのはトラブルの基になる。何としてでも避けたいが。

 

 ユリカは徐々に接近する機影を睨みつける。

 

 

 

 ――アキト

 

 

 

 ふと今はいない夫に助けを求めてしまう。それではいけないのに、彼はもう戦ってはいけない、むしろ自分が助けなければいけないのに。だが緩んでしまった心の檻は気持ちを抑えてはくれない。

 

 そうしている間にも敵は近づいてきている。ユリカは観念してヤマトでの反撃を指示すべく口を開く。ワープテストは少々延期するしかないだろう。

 

 

 

 ヤマトに接近中だった駆逐艦が破壊されたのはまさにその瞬間だった。

 

 爆炎の中に1体の機動兵器のシルエットが浮かび上がる。エステバリスに比べて幾分細身の様でもあり、それでいてマッシブな体形でもある。同時にディストーションフィールド頼みで装甲が薄く最小限のエステバリスと違って、股関節を保護するスカートアーマーを付けていたり全体的に装甲が多くて厚い。

 

 全体のカラーとしては白を基調にしつつ、紺で塗られた胴体と肩と手足の装甲の一部、腹の部分にはアクセントとして赤が配され、白い頭部の額には4つに分かれた金色のブレードアンテナが装着されている。

 輝く瞳はある意味では優しさすら感じるグリーンで、人間の口に相当する部分には縦に並んだ「ヘ」の字スリットが2つ、目の隈取と顎の突き出た部分は赤く塗られたフェイス。

 頬の部分には冷却用のダクトが設けられている他、斜め横に突き出したプレートがまるで髭の様。ブレードアンテナと合わせて「X」のシルエットを形成している。

 

 背中には巨大な翼のようなプレートが1対、身丈ほどもありそうな長大な砲身が1対、そのシルエットもまた「X」を形成している。

 右手には白を基調に紺でアクセントを加えられた長銃身のライフルと、左手には衝角としても使えそうな先端を持つ白と赤に塗られたショートシールドが装備されている。

 

 地球製と一見してわかるデザインだが、エステバリスともステルンクーゲルとも違う独特なデザインで、従来機とはまるで方向性が異なっている。

 エステバリスよりも頭1つ分大きいその姿は、より人間に近いシルエットを作っていた。

 

 「だ、ダブルエックス?」

 

 その姿を認めたユリカとエリナの声が奇麗に重なる。そう、その機体はヤマトへの配備が間に合わないと言われ彼女らを落胆させた、ネルガル重工の新型機動兵器。

 

 機体名ダブルエックス。開発に当たっては相転移エンジン搭載フレームである月面フレームのノウハウと、かつてウリバタケが“趣味で”“横領で”作り上げたXエステバリスを組み合わせた、双方の発展後継機とも言える、ダブルエックスだ。機体名もXエステバリスから取られている。

 さらに、アルストロメリアの経験を活かした短距離ボソンジャンプにすら完全対応した、史上初の全高8m以下の相転移エンジン搭載型人型機動兵器、ネルガル渾身の最強機体であり、ウリバタケ・セイヤにとっても生涯最高傑作と言われた機体だった。

 

 「何で、何でダブルエックスが? 完成間に合わなかったんじゃ」

 

 ユリカは困惑する。もしかしたら発進後に何とか間に合って送り込まれた可能性もゼロではない。しかし、レーダー警報すらなくあの場に出現したという事は……。

 

 「艦長、あの機体の出現時にボース粒子反応を検知しました。あの機体はボソンジャンプで出現したと思われます」

 

 ルリの報告を受けて大介を除いた全員が身を固くする。アルストロメリアの短距離ジャンプではないのは明らかだ。とすれば乗っているのはA級ジャンパー。消去法でたった1人しかいないじゃないか。

 

 「ダブルエックスから通信? つ、繋ぎます」

 

 通信席のエリナが咄嗟に回線を開く。第一艦橋正面、窓のすぐ上の天井に設置されたマスターパネルが点灯し、パイロットの顔をでかでかと映し出す。

 映し出された人物を見て、旧ナデシコクルーの表情が面白いほど変わった。

 

 「ヤマト、聞こえるか? テンカワ・アキト、ダブルエックスと一緒にヤマトの航海に参加させてもらう――良いな? ユリカ」

 

 

 

 

 

 

 アカツキから全てを聞かされたアキトは無力感に打ちのめされた。アカツキは決して責めるようなことを言わなかったが、ユリカが悲壮な決意を固めて戦い続けていたことを余すことなく伝えた。

 それ自体がアキトを追い詰める。

 

 ――俺が、俺が迷っている間にユリカが、ユリカが――

 

 ユリカは確実に破滅への道を進んでいる。だがそれは地球と人類にとっては救いの道。イスカンダルに辿り着きさえすれば、ヤマトは必ず地球を救う。

 

 だが、今のままではユリカが助かる確率は低い。もう彼女の体と心は限界に近い。このまま無茶を続ければ遠からず死ぬ。

 

 「一応繰り返しておくけどね、ユリカ君は君を諦めたり見放したから行動してるんじゃない。逆だよ。彼女にとって君は今でも一番星なのさ。復讐者に落ちて他の誰かを傷つけようが、別の女を抱こうが関係なく。むしろ話を聞いた後でも「やっぱりアキトはアキトなんですね。だから今でも私の王子様で夫です」って言いきるくらいだ――それをどう受け取るかは人それぞれだろうが、君はどう受け止める?」

 

 アカツキの言葉を受けて、アキトは自分がすべき事を定めた。それ以外に道は無い。そうしなければ、ユリカはイスカンダルに辿り着く前に果てる。

 

 だが、そうすれば、ユリカが生き残れる可能性が高くなるはずだ。

 

 (ユリカ……)

 

 アキトの脳裏に彼女との思い出が巡る。火星で一緒だった頃の記憶、ナデシコで一緒だった頃の記憶、ボロアパートで一緒だった頃の記憶、結婚式の記憶。

 何時でも自分に全力で好意をぶつけてくれた彼女。鬱陶しく思ったことも多いが、その嘘偽りの無い好意に何時しか心惹かれ、彼女を選んだ。

 

 ああ、最初から今すべきことは決まっていた。

 

 火星で最初に木星に襲われた時、エステバリスで逃げようとして敵中に放り出されて硬直した時、いずれも救ってくれたのはユリカのイメージ。優柔不断で気持ちと向き合えず、傷の舐め合いからメグミ・レイナードと仲良くなったり色々あったけど、ずっとずっと想っていたのは、きっと彼女だ。

 

 だから悔しかった。奪われて。

 

 だから申し訳なかった。護れなくて。

 

 もう、後悔は十分だ。

 

 後は突き進むだけだ!

 

 この想いのままに!

 

 「――俺は行く。ヤマトに行く! まだ月軌道にいるんだろ? 艦内見取り図を見せてくれ、ボソンジャンプで直接乗り込んでユリカを助ける。これ以上、俺のわがままであいつを傷つけたくない! 頼む!」

 

 アキトは土下座してアカツキに助力を斯う。アカツキはそんなアキトを見て嬉しそうに笑うと「それだったらあれも持って行ってもらわないと困るんだ。実は搬入が間に合わなくてね」とアキトを格納庫に誘った。

 

 かくしてアキトは調整が間に合わなかった、と嘘をついて残されていたダブルエックスに導かれ、機上の人となった。

 その左肩には白い百合の花弁に包まれるように小さな黒百合の花弁が書かれている。

 

 それが何を意味しているのかは一目瞭然。

 

 アキトはアカツキに感謝の言葉を贈るとそのままダブルエックスでボソンジャンプ。ヤマトを狙う駆逐艦を屠って合流したのだ。

 

 「やれやれ、約束を破った甲斐があれば良いけどねぇ。ホントに手間がかかるんだから」

 

 と、アカツキはとても清々しい笑みを浮かべていた。そう、アキトが見たユリカの演説はアカツキの策だ。あんな映像どこにも放送されてなどいない。防諜対策を可能な限り施したうえでアキトの部屋に意図的に流した。

 

 アキトが、自分の意思で戻るきっかけを作る為だけに、アカツキは持てる権力を使ってアキトにあの映像を見せたのである。

 

 今視線の先には、月軌道上でワープテストに備えたヤマトの姿を捉えたモニターがある。

 

 「ふぅ……柄じゃないと自分でも思うんだけどさ……宇宙戦艦ヤマト、人類とか地球の未来だけじゃない。あの家族の運命も君に託す――頼む、絶対に護り抜いてくれ。そのために、僕は君の再建に力を尽くしたんだぞ」

 

 

 

 

 

 

 「ア、キト?」

 

 ユリカは我が目を疑った。どうしてここにアキトがいる。どうしてダブルエックスに乗っている。思考がぐるぐると渦巻いて正常に働かない。

 

 「おい、聞こえてないのか? 乗船許可をくれ。とりあえず連中を叩いて――」

 

 「何で来たの?」

 

 アキトの言葉を遮ってユリカが言葉を出す。言葉を出してから訳の分からない怒りが込み上げてくる。そして感情のままに喚き散らす。

 アキトはここに居ちゃいけない。その考えだけが肥大化して逆切れに近い爆発を見せた。

 艦長としての立場も威厳も宇宙の果てに吹っ飛んだ大爆発だ。

 

 「何でアキトがここにいるのよ! 機体だけおいてさっさと帰りないよバカ!」

 

 「ばっ!?」

 

 いきなり罵倒されてアキトも狼狽する。が、ある程度は想定したことだと我慢する。そもそも置いて逃げた自分が悪いのだから。

 

 「アキトはヤマトに乗っちゃ駄目! 月でも地球でもどっちでも良いからヤマトの帰還を待ってれば良いの!」

 

 「――そんなこ」

 

 「言い訳無用! 帰りなさい!」

 

 取り付く島もない拒絶。容赦ない言葉の暴力に流石のアキトもムカついてきた。

 そしてとうとう我慢の限界を迎え、反撃の火蓋が切って落とされた。

 

 「帰れるわけないだろうが! アカツキから聞いたぞ、余命半年って何だ!?」

 

 痛い所を突かれたユリカが「うぐっ!」、と言葉に詰まるとアキトの攻勢が始まる。もう遠慮なんてない、言いたい事を言ってやるとばかりに胸の内をぶちまける。

 

 「ルリちゃん達にも凄く迷惑かけたっていうじゃないか! もう少し考えてから行動しろこのバカッ!」

 

 「――っ! に、逃げてた人に言われたくない!」

 

 「お、お前だって避けてたんだろうが! お互い様だ!」

 

 売り言葉に買い言葉、わあわあぎゃあぎゃあと、とても理不尽な悲劇に引き裂かれた夫婦の感動の再会とは思えない会話――と言うより痴話喧嘩にヤマトのクルー一同、戦闘中だと言うのに別の意味で頭を抱えたい気分になった。

 

 そう、“クルー一同”だ。アキトの姿を認めたエリナは艦内、どころかコスモタイガー隊にいる旧ナデシコのメンバーにもこの事を伝えようと焦って操作を誤り、うっかり全艦放送してしまったのだ。

 幸いヤマトに関係ない部署には届いていないと思うが、極めて恥ずかしい状況には変わりないのである。

 

 

 

 

 

 

 「おい、戦闘中に痴話喧嘩してんじゃねぇ! 気が散るだろうが!」

 

 と、リョーコが怒鳴り返すが、届いていないのか聞いていないのか喧嘩はますますヒートアップ。気が散ると言いながらもその動きのキレは全く衰える気配が無い。

 今この瞬間も後ろを取った敵機にミサイルを撃ち込んで撃破、爆風を利用して射線を隠したレールカノンと拡散グラビティブラストの散弾を見舞って、瞬く間に2機の戦闘機を撃墜している。

 

 「ある意味らしいよね、何か昔に戻った気分」

 

 ヒカルは先程までよりもさらに肩の力を抜いてエステバリスを操る。その見事な操縦技術はブランクを感じさせずガミラスの機体に追従し、撃墜していく。的確な位置取りと素晴らしい判断力を持って、格段に向上した火力を叩き込み、ガミラスを翻弄していく。

 

 「―――」

 

 イズミも何かしらのギャグを言ったようだが、生憎リョーコにそれを聞く余裕など無かった。イズミのエステバリスも動きの精細さを欠くことなく、むしろさらに鋭く敵機に食らいついていく。その正確な照準の前に、ガミラスの戦闘機は哀れハチの巣にされた。

 

 「おいおい、戦闘中に痴話喧嘩って、火星での決戦思い出すなぁ~。あれが無けりゃ、木星と地球の関係もまた違ってたのかしらねぇ」

 

 とサブロウタが笑う。スーパーエステバリスは動きも軽やかに敵機の攻撃を躱して返す刀で損傷を与え、被弾した敵機が錐もみして味方に激突して果てる。

 両肩の連装キャノンの弾幕とミサイルの雨あられ、そこに重力波の散弾とレールカノンの高速徹甲弾と、持てる火力の全てを出し尽くした猛攻の前に、ガミラスの戦闘機隊も這う這うの体で逃げ惑っている。

 

 「ふっ、ようやく振り切ったようだな。テンカワ」

 

 月臣も嬉しそうな笑みを浮かべながら、アルストロメリアのクローを敵機のコックピットに突き立てる。唯一まともな近接戦闘武器を保有していることもあり、時にはボソンジャンプを織り交ぜた変幻自在の戦闘機動で敵機を翻弄、着実にスコアを伸ばしていく。

 

 「あれが、テンカワ・アキトさん。艦長の旦那さんの」

 

 コスモゼロのコックピットで進も困惑しながらも、感動(?)の再会を果たした夫婦を見守る。困惑はしているが何故か胸が熱くなる。怒ってるようで、彼女はとても嬉しそうだ。

 流石にベテランパイロット達には及ばないが、あの2人の邪魔はさせまいと進もシャカリキになって攻勢に転じる。大切なユリカの為にも、この場は何としても死守する腹積もりで、進は果敢にガミラスと戦う。もう2度と失わないために。

 

 「アキトさん……」

 

 痴話喧嘩を聞きながらルリは涙を滲ませた目でモニターを見詰める。会話のノリは完全にナデシコ時代のそれだ。黒衣を纏った復讐者の面影が無い。

 アキト自身、この場に来たという事はある程度振り払ってきたのだろうが、ユリカと言葉を交わしただけでこんなにもあっさりと、以前の彼を覗かせる。自分の時は、黒衣を脱がせることは出来なかったのに。

 

 ――やっぱり、お似合いの2人です。

 

 ルリは再び2人が巡り合えた事に喜びの涙を流す。――そしてさよなら、私の初恋。

 

 

 

 お互い罵倒しあっていい加減疲れたアキトとユリカは、荒い息を吐いてようやく言葉の応酬を止める。

 

 「お前なぁ、せっかく会えたのに嬉しくないのかよ……」

 

 アキトが思わず本音を漏らす。多少非難されるのも怒られるのも覚悟の上だったが、まさかここまで拒絶されるとは。

 本当は愛想を尽かされたんじゃないかと疑いたくもなってくる。

 

 「嬉しいに決まってるじゃない!」

 

 即答したユリカにアキトはびくりと体が震える。

 

 「アキトは今でも私の王子様で、旦那様なんだから! 何があったとしても、アキトがどんな姿になったとしても、ずっとずっとそうなんだからぁ! 何があっても、私はずっとずっとアキトが大好き!! 一生アキトの妻なのぉっ!!」

 

 ユリカの絶叫がアキトの胸を打つ。怒りを通り越して悲しくなったのか涙を振りまきながら叫ぶ姿は、ある意味最も見たくない顔だ。

 

 でも、そのおかげでアキトは迷いが完全に無くなったのを感じる。

 

 「でも、だからアキトはもう戦っちゃ駄目! 無理して傷つく必要なんて無い! 今度は私がアキトを護る! アキトの未来を切り開いて見せる! だから帰りを待っててよ! もう一度ラーメン屋が出来るようにリハビリしててよ! お願いだからぁ!」

 

 先程から支離滅裂になりながらもユリカが繰り返している主張だ。心の準備も無く突然の再会にパニックに陥って論理的な思考など望めなくなったユリカは、ひたすら感情のままにアキトを追い返そうと必死だった。

 アキトをこんな困難な旅に巻き込むわけにはいかないし、これから先の自分を、見て欲しくない。その一心だった。

 

 この先どう転んでも避けられない自分の姿を、彼に見せるわけにはいかない。

 

 「駄目だ。それを聞いたらますます戻れるわけないだろ。ヤマトには、ヤマトにはな……俺とお前の未来も掛かってるんだよ! だいたいラーメン屋を再開したとしてもな、お前が隣にいてくれなきゃ嫌なんだよ! 傍にいて欲しいんだよユリカ! 俺達夫婦なんだろ!」

 

 そう言われてユリカが言葉を失う。両目から涙が溢れ、ぽたぽたと艦長席のコンソールに落ちる。

 そんなことを言われたら、これ以上の拒絶は出来ない。

 ユリカはアキトを止める事が不可能だと悟る。

 流れ落ちる涙は自分への確かな愛情に対する感激と同時に、これから先の自分を見せる事に対する悲しみの涙でもあった。

 

 「アキトぉ……」

 

 「すぐに行くからとにかく待ってろ。俺達の希望は、ヤマトはやらせない。この場は俺達が何とかする」

 

 そう言うと通信を切って駆逐艦の残骸付近に留まっていたダブルエックスが、驚異的な加速でコスモタイガー隊と交戦中の敵機群に向かっていく。

 

 「アキトぉ、アキトぉ……」

 

 両手で顔を覆って泣き出すユリカ。今の彼女に指揮を求めるのは無理だと判断したジュンが代わりに、「ワープ開始予定まで後15分だ。コスモタイガー隊は帰艦を急げ!」と帰艦命令を出す。

 やっぱり乗艦して正解だった。今まで無理をしてきた分、アキトとの再会がよほど堪えたのだろう。

 ――想定外の事態ではあるが。

 ジュンの胸の内で、空気読め、最高のタイミングで来てくれた、と言う相反する感情が駆け巡る。

 

 だが、帰って来てくれて嬉しいのは本当だ。ずっと心配していたのだから。

 

 

 

 

 

 

 ジュンの命令がコスモタイガー隊に届いてから少し遅れて、ダブルエックスが戦線に到着する。

 

 「アキト、帰艦命令だ!」

 

 「わかってる、殿を務めるからリョーコちゃん達は戻ってくれ。ダブルエックスならすぐに追いつける」

 

 リョーコの叱責アキトはすぐに反応する。アキトとユリカの痴話喧嘩を聞かされて余計な力が抜けたコスモタイガー隊の必死の活躍で、敵の航空戦力はすでに壊滅的な打撃を被っているが、健在な機体もまだ少し残っている。

 ダブルエックスは味方機と敵の射線上にわざと飛び込んで、敵のビーム機銃弾を受け止めて防ぐ。殆どの攻撃はフィールドが弾き返し、装甲に届いたはずのビーム弾も呆気無く散って終わる。

 従来機では想像出来ない程の頑強さだ。

 

 「1人でやる気か!?」

 

 「ダブルエックスだから出来るんだ。この機体は相転移エンジン搭載型で出力には余裕がある。火力も射程もそっちより上なんだ!」

 

 言いながら操縦桿を捻って右腕に装備された専用モデルのビームライフルを発砲する。発砲する度に、トリガーガード前の排気口から帰化した冷却材が少量噴き出す。

 

 ショックカノンの原理を応用した新型ビーム兵器で、針の様に細い高収束粒子ビームを猛烈な勢いを付けながら回転させて撃ち出す。

 命中するとドリルの様にフィールドに食い込む性質を持ち、物体に命中するとビームの粒子が回転しながら散らばる為内側で衝撃や熱を効率的にばら撒く作用もある。

 

 その恩恵で巡洋艦は少しきついが、駆逐艦や空母と言った軽装甲の艦艇にも威力を発揮する。対フィールド突破能力がレールカノンに引けを取らないと言えば、その規格外っぷりがわかるだろう。

 

 無論ダブルエックスは最初からGファルコン以上の――巡洋艦クラス相当の――相転移エンジンを搭載した高出力機、その出力を余裕を持って活用出来る機体だからこそ装備を可能とした規格外品だ。

 先程の駆逐艦も被弾個所にこのライフルのビームを正確にぶち込むことで機関部を破壊して撃破した。

 

 徹底してシンプルな内部構造による軽量さ、そして長銃身による高い収束率と命中精度を併せ持った一品、DX専用バスターライフル。

 そう銘打たれたライフルから発射されたビームは正確にガミラスの航空機に命中、容易くその身を引き裂いて撃墜する。

 

 有効射程も従来のエステバリスの火器を上回っている。

 ダブルエックス自身は高機動汎用型と言うべき機体だが、特殊装備の関係でセンサー類も最高級のものをふんだんに使用している。

 結果、アルストロメリア以上に優れたセンサー精度を持ち、ワンランク以上上の射撃精度を発揮するので、それに合わせたチューニングの結果である。

 

 その威力に呆気に取られながらも、リョーコ達は適度に反撃しながら速やかにヤマトに向かって突き進み、艦底部のハッチを潜って次々と着艦していく。

 殿を務めたダブルエックスも敵機を全て狙撃して撃破を確認し、最後にヤマトの発着口を潜る。

 だが安心は出来ない。航空機は全て叩いたが空母は無傷だ。空母にも武装が施されていることはこれまでの戦闘で分かっている。

 

 「艦載機、全て着艦。損傷機あれど未帰艦なし」

 

 管制塔からの報告が第一艦橋に響く。ワープ開始まで後5分。

 

 「ワープ5分前。各自ベルト着用」

 

 涙を拭ったユリカが指示を出しつつ自らも対ショック用の安全ベルトを締める。格納庫から戻ってきた進も戦闘指揮席に座り、安全ベルトを締めて準備を整える。

 

 ワープ用の時間曲線を示すモニター表示を見詰めながら大介がワープレバーに手を伸ばす。5本の横線がモニター上を左に流れ、中央を光点が上下に動くモニターは、ワープシステムによって捻じ曲げられる時間曲線を示している。この線――時間曲線――が捻じれた一点に光点――ヤマトが現在いる時間――が重なる瞬間にワープしなければならない。波動エネルギーの力で空間と時間を捻じ曲げているとはいえ、ワープシステム自体は宇宙が“最初から四次元的に曲がっている”事も利用している。

 そのため極短い時間なら保持出来るがタイミングを逸するとまた計測し直しになる。ワープテストの時間をずらせなかったのはこれも理由の1つだ。

 

 最も、ある程度任意のタイミングで飛べるくらいには宇宙とは複雑に捻じ曲がっているので、勝手さえ掴めばもっと短時間で適切なタイミングを見極める事が出来るようになる。ボソンジャンプに比べると1度の跳躍距離が勝る反面、精密さで劣るのはこれが理由だ。

 

 余談だが、このタイミングを計算せずに適当なタイミングで飛ぶことを「無差別ワープ」と言い、宇宙の歪曲任せの跳躍になる為どこに出現するかわからない危険なワープでもあるが、緊急回避時の手段として一応認知されていた。

 

 ワープ準備を全て完了して後は跳ぶだけになったヤマトを、ついに射程に捉えた高速十字空母が上部ミサイルランチャーを起動し、ヤマトに向かって発射する。

 丁度その時、ワープモニターの時間曲線の捻じれとヤマトの時間が重なった。

 

 「ワープ!」

 

 「ワープ!」

 

 ユリカの号令に従って大介がワープレバーを押し込む。するとヤマトの艦体が青白い輝きに包まれて、溶け込むようにして空間から消える。ヤマトに向かって発射されたミサイルは目標を失って空しく宇宙を彷徨う。

 

 その光景を目の当たりにした空母艦長の「馬鹿な……」と言う声も、空しく艦橋に木霊して消えた。

 

 

 

 ボソンジャンプとは似て非なる不可思議な空間の中をヤマトは進む。まるで1秒にも1分にも感じられるような不可思議な感覚にクルー一同が驚く中、時間にすれば一瞬で月―火星間を飛び越えたヤマトの姿が宇宙にある。

 

 眼下に青と赤の入り混じった火星の姿が伺え、ワープの衝撃で軽く意識を飛ばしていたクルー一同が、眼下に広がる火星の姿に喜びを露にする。

 

 成功したのだ! ヤマトはボソンジャンプとは異なる超空間航法を成功させ、今火星を眼下に捉えているのだ!

 

 喜びに沸くのは第一艦橋でも同じだった。特に大任を果たした大介は熱いものが込み上げるのを必死に抑えながらも、ガッツポーズをとって喜んでいる。だがすぐに全員が異変に気付いた。艦長席があまりにも静かだからだ。

 普段なら我先に喜んで騒いでそうなのに。

 

 振り向いた先に見えたのはぐったりと青い顔で座席にもたれ、気絶しているユリカの姿。彼女の状態は周知の事実だけに全員の顔が青褪める。

 ワープは人体に多少なりとも負荷をかけることは承知していたのだが。

 

 「ユリカしっかり! やっぱり発進になぜなにナデシコにテンカワとの痴話喧嘩の連続はきつかったか……!」

 

 「後ろ半分は自業自得な気もするけどね……ユリカ、しっかりして、大丈夫?」

 

 「医務室、医務室に連絡を! ユリカさんしっかりして!」

 

 「ユリカ姉さんしっかりして! 死んじゃいやぁ~!」

 

 「ルリさんもラピスさんも落ち着いて! アキトさんが帰ってきたならユリカさんはきっと大丈夫です!」

 

 「みんな落ち着け! とにかく医務室に運ぶんだ。古代手伝え! 俺とお前で運ぶぞ」

 

 「雪! 艦長が倒れた、医務室に運ぶから受け入れ準備を!」

 

 「艦橋は俺と副長達が引き受けた。頼むぞ古代」

 

 「戦闘指揮席は任せろ、古代」

 

 ワープ成功の喜びも吹っ飛んで第一艦橋はパニックだった。

 

 

 

 

 

 

 妙にフワフワした感覚に包まれながら、ユリカは目を覚ます。目の前に移る景色は第一艦橋ではない。ここは、医務室だろうか。

 そうか、ワープテストで気を失ったのか。ワープが初見ではキツイと言うのは覚悟していたがまさか気絶とは。他のクルーを心配させてはいけないと言うのに。

 ユリカは若干の後悔を感じながらも身を起こそうと体に力を入れた。

 

 「ユリカ、気分はどうだ? 気持ち悪かったりしないか?」

 

 声の方に目を向けると、心配げな顔をしたアキトの姿が視界に飛び込んできた。どこにでもありそうな少々暗い色使いの服を着ているが、多少大人びたと言うか、眼つきが鋭くなった以外はあの頃のままの、ユリカの愛して止まないアキトの姿がある。

 その事が無性に嬉しくなってまたしても涙が流れる。まるでこの1年間我慢を重ねてきたストレスを洗い流さんとばかりに、溜め込んできた悲しみを洗い流さんとばかりに。

 

 「アキト、体は、体は大丈夫なの?」

 

 渾身の力で上半身を起こして、涙ながらに問うユリカにアキトは何度も何度も頷く。

 

 「ちゃんと治ったよ。味覚も元通りで、それ以外の部分も治ったよ――だから泣くなよ。こっちまで、泣けてくるじゃないか」

 

 アキトの目にも涙が浮かぶ。ずっとずっと逢いたくて、逢えないと思っていた最愛の妻とようやく逢えた。直前まであんなに会うのが怖かったのに、いざ対面したらこの様だ。嬉しくて嬉しくて仕方ない。今眼の前にユリカがいる。最も愛おしい女性が、眼の前にいるのだ。

 

 「俺、お前にちゃんと謝らないといけないんだ。俺は――」

 

 「何も言わなくていい。言わなくていいよ。私も何も言わない――辛かったでしょう、寂しかったでしょう。でも、もう大丈夫。私が、私がずっと傍にいる。もう離さないからね、1人になんて、しないから。地獄の底までだって付いていくよ」

 

 涙を流しながらユリカがアキトの手を掴んで顔に引き寄せ、唇の代わりと言わんばかりに掌にキスをする。

 本当はユリカだって辛い。こんな弱り切った、今にも枯れ果ててしまいそうな自分の姿を、これから先避けることの出来ない姿を、見て欲しくない。

 健闘空しく死ぬかもしれないから、あまり大きなことは言いたくない。

 

 でも、でも一緒に居たい。もう離れたくない。

 

 その一心で、アキトを繋ぎ留めたくて、必死になる。

 

 「ああ、俺だってもう離さない。離してなるものか……こんな、こんな最高の女を二度と離すもんか。ユリカ、愛してる。アカツキから全部聞いたよ。今まで本当に頑張ったんだな、ユリカ――ありがとうな、希望を護ってくれて。だから、絶対にイスカンダルに行こうな。イスカンダルで、お前を元通りにして貰って、一緒にまたラーメン屋をやろう。一緒に……幸せな家庭を作ろう!」

 

 アキトは掴まれた手でユリカの頬をそっと撫でる。

 ユリカはアキトの言葉を聞いて、彼が“全てを承知の上でヤマトに来た”事を悟った。――ならば、もう迷いはない。アキトと一緒に、皆と一緒にイスカンダルに行く。

 

 ヤマトなら、それが出来るはずだ。

 

 だから今は、この再会を喜んで良いはずだ。

 

 「おかえりなさい、アキト」

 

 「ただいま、ユリカ」

 

 本当の意味で再会の挨拶を交わした2人は、自然と抱き合い、唇を重ねるのであった。

 

 

 

 

 

 

 「やっと収まるべきところに収まった、って感じかぁ。これで少しでもユリカの心労が減ることを祈るわ」

 

 やれやれ、と第一艦橋のマスターパネルに……そう、“マスターパネルに映し出された”医務室の様子をみたエリナがため息を漏らす。

 ようやくこれで、アキトを完璧に諦める事が出来ると清々した顔だ。

 わざわざ気を利かせて人払いをした甲斐もあったというものだ。

 

 「そうですね。気持ちが前向きなら、イスカンダルまでユリカさんが持ちこたえる可能性がぐんっと上がりますし」

 

 頬を赤くしながらも、2人が元通りになった事が嬉しくて仕方ないルリが弾んだ声で同意する。

 

 「にしてもこれからどうするんですか? さっきの戦闘のと言いこれと言い、全艦放送で全員見ちゃってるんですよ?」

 

 ハリが指摘する。2人のラブロマンスが羨ましいとか、砂糖吐きそうとか以前にデバガメ行為に顔が青くなっている。真面目だ。

 

 「いいと思うけど? アキトもユリカ姉さんも嬉しそう。こんなの見たら誰もからかわないと思うけど」

 

 割と純真なラピスが言う。結論から言えばばっちりからかわれた。特にアキトが。

 

 「ふむ、離れ離れになった恋人同士の再会か……確かに、からかうのは野暮と言うやつだな――それにしても、良かった……」

 

 大人な真田に対して、

 

 「しかし、艦長も発進早々大泣きしてラブロマンスとは。俺達人類最後の砦じゃないんですかね?」

 

 大介が軽口を叩く。とは言え涙を流しながら未だに抱き合ってお互いの唇を深~く求めあっている2人に、呆れるやら喜ばしいのやらと、判断が付きかねている顔だ。

 とりあえず言えることはブラックコーヒーが飲みたい。それもうんと苦いやつ。

 

 「良いんだよ島。俺達が守るべきなのは、本来ああいうどこにでもある当たり前の光景なんだ。それを奪おうとする奴は、誰だって許しちゃいけない。どんな理由があってもだ」

 

 とは進の意見。進は火星の後継者の一件については聞いている上、自身が家族を亡くした直後だけに殊更胸に響くのだ。それに、もはや身内同然のユリカの幸福なので、茶化すようなことはせず心から祝福を送る。

 同時に2人を引き裂いた連中と、これから引き裂こうとするガミラスに対して敵意をむき出しにする。

 

 「そうですけど古代さん。私達が戦っているのは人格を持った生命体の可能性があります。だとすれば、今まで私達が撃墜してきたガミラスの兵器にだって、ああ言った人たちが乗っている可能性が否定出来ません。我々はガミラスの目的を知らない。最前線で戦っているのは、我々のような兵士かも知れないんです。それを履き違えてガミラス全てを憎むのは、私は嫌です」

 

 ルリが釘を刺す。進の意見には個人的には賛成したい。ルリとて如何なる理由があろうとこの2人を引き裂いた火星の後継者の連中と、今地球を滅亡に追いやろうとしているガミラスを許すつもりは毛頭ない。

 だが進の意見を推し進めた先にあるのは、かつての木星や火星の後継者なのだ。その事が頭を過ってついつい口を挟んでしまう。

 

 「……わかっていますよ、ルリさん。でも敵は敵、味方は味方です。もしも、もしもガミラスに深刻な理由があったとしても、地球にしたことを認めるわけにはいかない……これから先ガミラスと和解出来る可能性があるとしたら、その時になってから考えればいい。まだ俺は、兄さんを奪われた怒りを、憎しみを忘れていない。艦長をここまで追い込んだ元凶の一つだってことを、忘れてない。ルリさんだってそうでしょう?」

 

 拳を震わせて力説する進に「すみません、奇麗事を言いました」とルリが謝る。進はルリの真意を察したのでそれ以上何も言わない。いや、言うべき言葉が見つからない。

 

 そうだ、この考えはどちらも等しく正しくて、間違っている。理屈のみで言えばルリが、感情を考慮すれば進が正しい。絶対の正解が無い問題なのだ。2人ともそれがわかっているからこれ以上の深入りを避けた。

 

 それを理解しているからこそ、アキトも自分の所業を恐れ、1度は自分達の元を去った。ネルガルと宇宙軍が結託して誤魔化してくれなければ、そしてガミラスの襲撃でそれが加速しなければもしかしたら、アキトはテロリストとして指名手配されて2度と帰ってこれなかった。

 それどころか妻であり行動の動機ともなったユリカの人生は勿論滅茶苦茶になるだろうし、ナデシコの仲間達にも飛び火しかねない問題だった。

 

 人は、道を外した者に厳しい。そしてそれに連なるものにも鬼となる。

 

 汝隣人を愛せよ。罪は憎めど人は憎まず。

 

 とっくの昔に答え等出ているのに人は未だにこれが出来ない。

 

 それが良い事なのか悪い事なのか、それはルリどころか、誰にも図れはしないだろう。

 

 ただ言えることがあるとすれば、出来るだけ多くの人が報われて欲しい。その切なる願いだけだ。

 

 

 

 

 

 

 その後何とか落ち着いた(満足した)ユリカは、杖を第一艦橋に置き去りにしてしまったこともあって、アキトにお姫様抱っこしてもらって第一艦橋に戻ってきた。

 

 ちょっと恥ずかしいけど至福の時間だと、お互い最初は思っていた。医務室を出てすぐ数名のクルーに遭遇したが、何故か全員が感動を顔に張り付けて「おめでとうございます艦長! 何が何でもイスカンダルに行きましょう! 旦那さん、俺達も協力します!」と熱く語ってくる。

 

 もしかしなくても、と2人は顔を見合わせて青くなる。

 

 

 

 火星の時みたいに、クルー全員に聞かれたかも……やっべ恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 

 

 

 第一艦橋に上がった直後、どこから持ち出したのか、クラッカーの祝福を受けた2人はその推測が正しかったことを知る。

 ルリはよほど嬉しいのか涙を滲ませながら「おかえりなさいアキトさん! ユリカさんもおめでとうございます!」と人一倍はしゃいでいる。実は、お祝いの為にクラッカーを所望したのはルリだ。

 すぐに用意して見せた真田も大概だが、艦橋でクラッカーを使おうと言い出したルリもだいぶ羽目を外しているのが伺えた。

 ルリ以外の旧ナデシコのクルーは口々に「お帰り、テンカワ・アキト」と各々の方法で祝福する。

 

 アキトとユリカは恥ずかしさに顔から火が出そうだったが、全員から祝福されるのは悪い気分ではない。

 

 ナデシコと無縁なヤマトの面々でも、アキトが連続コロニー襲撃犯だと気づいたものは多い。

 

 何しろ痴話喧嘩の時にそれらしい情報を互いに口走ってしまったから。でも誰も咎めようとはせず、結局その事で揶揄されたり責められることは、以降のヤマトの歴史の中で1度も無かった。

 

 痴話喧嘩の内容からその動機が判明した事、我らが艦長の夫であり戦う原動力であること、そしてヤマトで戦い地球を救うことが、アキトの罪滅ぼしとして十分に通用すると判断した事。

 そして、会話の内容からアキトは決して冷徹な犯罪者などではなく、心を持った人間であり責任感を持ち合わせていることを知ったからだ。

 

 だからこそ宇宙戦艦ヤマトはテンカワ・アキトを受け入れた。共に戦う仲間として。ヤマトの旗の下に絆を結んだ仲間として。

 

 

 

 

 

 

 しかし、と2人は思う。

 

 ユリカの体が健康体だったら多分“シテた”だろうから、ユリカの体が普通でないことに少しだけ感謝した。

 

 いやマジで。

 

 それくらい自分達の中では盛り上がっていたのだ。3年ぶりだし。でもディープなキスは見られてたんだと思うとやっぱり恥ずかしくて顔から火が出そう。

 

 でも、本当に幸せな一時だった――あれを永く続けるためにも、絶対に奇跡を起こして見せる。

 

 2人は固く互いの手を握り締めながら、決意も新たに長き旅路に挑む。

 

 その先に待ち構えている、ハッピーエンドを目指して。

 

 

 

 

 

 

 なお、この後話の流れでなぜなにナデシコをやった事を知ったアキトは、ウリバタケからその記録映像を融通して貰って自室で見ることになる。

 内容がワープ航法についての解説という事もあり、普通に聞くよりは解り易いだろうと思って見てみたら、重病の妻が着ぐるみを着てヨタヨタと動いているではないか。唖然とした後怒ろうかとも思ったが、笑顔かつ顔を赤らめてヨタヨタと動く姿が可愛かったので許すことにする。

 恥ずかしそうにしているルリも可愛く、娘同然のルリが健やかに成長した姿をこういう形で見せられると、ちょっと涙が浮かんでくる。

 

 

 

 この映像は保管して置こう。――巻き込まれたであろう真田には悪いがな。

 

 

 

 

 

 

 「で、火星に着陸したのね?」

 

 「そうだよ。ワープの影響で装甲板の支持構造が幾らか壊れていてね。エンジンの具合も心配だから一度着陸して徹底的に見ておいた方が良いと思って」

 

 ユリカが目を覚ました時、すでにヤマトは火星に着陸していた。かつて火星の後継者の拠点ともなった極冠遺跡。

 ガミラスの攻撃で破壊され、演算ユニットも地球に運び出されているため現在はその価値を失っているが、辛うじて使えそうなドック施設があったためそこに滑り込んだ。

 作業用の機材は動きそうにないのが残念だが、上空からの発見を避けられそうなのはありがたい。

 ヤマトにはランディングギヤが用意されていない(内部構造に余裕が無い)ため、大地に着陸することは通常出来ない。

 だが、ディストーションフィールドを艦底部に展開して地面を砕き、第三艦橋や下部のアンテナやスタビライザーが収まる穴を開けてやれば一応着陸出来るような構造にはなっている。

 

 現在ヤマトは左舷後部の装甲板を比較的広範囲に渡って破損している。丁度真横から見ると第二副砲から第三主砲の辺りにかけて裂けている。

 そのためカタパルトに繋がる艦載機の運搬通路も露出している。

 

 「そっか。なら仕方ないね。工作班の皆には修理作業を頑張ってもらいましょう。

 ラピスちゃん、機関班の様子は?」

 

 「現在エンジンを停止して整備中です。エネルギー伝導管の一部が溶けて折れかかっているのを発見、現在補修作業中ですが、作業完了にはしばらくかかりそうです。

 エンジン全体の点検を含めると1日欲しいところですね」

 

 と、機関室の様子をモニターしながら報告する。少々大袈裟かもしれないが未知の超機関という事を考える最低これ位欲しい。また何かあったら困るのだから。

 

 「エネルギー伝導管かぁ。予定の強度が出てなかったのか、それとも想定以上の負荷が掛かったのか、どちらにしても心配だなぁ。

 うん、仕方ないから火星で1日停泊しましょう。他の場所の点検作業も並行して下さい」

 

 内心ユリカは「やっぱり出力6倍は無茶だったかなぁ。でもこの出力が必須なんだよねぇ」とか思っていたのだが口には出さない。

 一応実現するために必要な技術の提供も受けているのだし、単純にこちらの不手際だろう。

 

 「おうっ、任せとけよ艦長! 艦長はテンカワと一緒に英気を養ってて良いぜ。発進までにはばっちり仕上げてやるからよ! ダブルエックスだって良い出来だったろ?」

 

 とコミュニケを通じてウリバタケが意気込む。あちこち駆け回ってヤマトのメカニズムを一通り満喫しただけに、上気した顔でそれはもう嬉しそうに嬉しそうに語っている。その嬉しさにはアキトが枷を振り切って帰還した事も含まれている。

 彼もずっと心配していたのだ。

 それだけに、自分が手掛けたダブルエックスと共にアキトが現れた時は、年甲斐も無くはしゃいで喜びを露にしたものだ。

 

 無論、自身最高傑作と言えるダブルエックスが、鮮烈と言っても過言ではない物凄い格好良い登場を果たしたことも、ご機嫌の理由であるが。

 

 「ありがとうございますウリバタケさん。でも、そうも言っていられません。アキトには折角だから乗組員の白兵戦用の装備のテストを手伝ってもらいます」

 

 「白兵戦の? 陸戦隊は乗ってないのか?」

 

 ユリカの隣に立っていたアキトが疑問を呈する。

 ――地味に一乗組員に過ぎないアキトが艦長の隣に陣取っている。だが誰もそれを指摘しないし咎めたりしない。一応明確な軍艦であるはずで、乗組員も半数以上が軍人なのに、あっという間にナデシコな緩い空気に毒されてしまった。

 

 でも誰もが仕事に手抜き無しなのがなんとも。

 

 「一応戦闘班が兼任してるよ。必要なら進君とか航空隊の人達も担当してもらう。専門の人もいるけど、ヤマトは人員の補充が利かないから誰も彼もが最低限は出来ないとね」

 

 私は流石に無理だけど、と言うユリカの言葉にふむとアキトは頷く。確かに単独で長距離航海。しかもどこにも寄港出来ないのなら自前でやりくりするしかないのは必然だ。特におかしいところはない。

 

 「幸いそこには施設の跡があるから色々試せると思うんです。月臣さんとゴートさんにもお願いします。アキトも……色々経験があってやれるでしょ? 頼めるかな?」

 

 言ってから夫の傷を抉っているかも、と思ったユリカの声のトーンが下がってバツの悪そうな顔をする。そんな妻の様子に苦笑したアキトは「問題ない。俺は出来る事をするよ」と胸を張って見せる。

 

 

 

 一応アキトの所属は戦闘班航空科、要するにパイロットになった。ジュン辺りは「生活班の炊事科にでも入るか? 味覚治ったんだろ?」と勧めてくれたが断った。

 

 「俺が料理をするのは、いや、料理を最初に食べてもらいたいのはユリカとルリちゃんだから。ユリカが治らない限りは誰にも料理しない。俺なりのケジメなんだ。――皿洗いくらいなら手伝うけどね」

 

 これがアキトの言い分だった。同じ理由でラーメンのレシピを返そうとしたルリに対しても「健康になったユリカと一緒に地球に帰ってからで良い」と受け取りを辞退し、ルリが「わかりました。また3人でラーメン屋をやりましょうね」と応じたことで一応の決着を見ている。

 アキトはその前にちゃんと「心配かけて御免。もう逃げたりしないから」とちゃんとルリに謝っているので、会話を聞いていたハリ(と通信で聞いていたサブロウタ)はアキトを許すことにした。

 そもそも彼を咎める事をルリが望まないだろう。

 

 「わかった。でも、夫としてユリカの身の回りの世話はすること。流石に艦長室で同居は許せないけど、出来るだけ時間を作って世話するんだぞ。今のユリカは日常生活に支障をきたしてるんだ。これは副長命令」

 

 と念を押された。まあそれは望むところだ。でも言いながらジュンが泣き顔っぽく見えたのは気のせいだろうか。

 

 

 

 「白兵戦用の装備のテストは良いとして、そう言えば航空隊での俺の配属ってどうなってるんだ? ヤマトの艦内組織に関しては無知だから、最低限は教えて欲しいんだけど」

 

 とアキトが不安げな顔で尋ねる。

 

 「わかりました。では直属の上司になる俺、戦闘班長の古代進が案内します。艦長、構いませんか?」

 

 と戦闘指揮席を立った進がユリカに伺いを立てる。

 

 「良いよ良いよ。進君にお願いするね。終わったら中央作戦室に集合ね。私達は先に行ってるから――アキト、軍隊だからって喧嘩腰は駄目だよ」

 

 めっとアキトに念を押すユリカに苦笑しながら「わかりました艦長。肝に銘じておきます」と返事をする。

 確かに軍隊とかそういうのが苦手なアキトなので、心配されるのはわかる。……一応妻も軍人なのだがどうにもそんな気分がしないのだ。

 

 「では、こちらです。航空隊の待機所と、格納庫を改めて案内します」

 

 「よろしくお願いします、古代戦闘班長」

 

 とアキトは進むに連れられて第一艦橋を後にするべくエレベーターに乗り込む。エレベーターの中で進は、

 

 「ユリカさんには、貴方の奥さんにはお世話になっています。どうぞ、これからよろしくお願いします、テンカワさん。気安く進で良いですよ。あの人もそう呼んでますし、俺もアキトさんと呼ばせてもらいますから」

 

 と握手を求める。断る理由も無いのでアキトはそれに応じるが、「迷惑かけてないかあいつ? 色々疲れることも多いだろう?」と真面目な顔で心配する。その様子に進は思わず笑ってしまった。

 

 「流石旦那さん、よくわかっていらっしゃる。でも心配ご無用。あの人と一緒にいる時間、楽しいんです。何て言うか、本人はもう俺の母親気分ですし」

 

 と頭をかく。

 

 「母親気分?」

 

 「ええ。その、冥王星海戦の時に――」

 

 進から聞かされた話にアキトの顔が曇る。

 

 「――そうか、あいつ」

 

 アキトは掛けるべき言葉が浮かんでこなかった。ユリカが進にした仕打ちは確かに酷と言えたし、そんな決断をせざるを得ない状況に置かれたユリカが不憫で仕方ない。

 

 その時はまだヤマトが間に合うのかどうかも、イスカンダルからの“最後の”援助も届くかどうかが不明瞭な状態で、さぞ不安だったろうに。

 それに、身内を失う悲しみを理解しているユリカが、身内の肉親を見捨てる決断をすると言うのはさぞ心が痛んだ事だろう。

 

 護りたいと願ったものを護れない痛みは、ナデシコ時代で散々経験しているのだから。

 

 「最初は見殺しにしたと恨みましたけど、間違っていました。あの時はそうするしかなかったし、彼女も好き好んでそうしたわけじゃない。ユリカさんが、そんなことを望むような人でないことはここ1か月余りの時間でよく理解しました――俺が恨むべきは、本当の仇は――ガミラスっ……!」

 

 ギリッと歯を鳴らす進にアキトは自分に似た物を感じた。それくらい今の進からは仄暗い闇が漏れている。かつての自分と、同じだ。

 

 「家族を、大切な人を奪われる苦しみはよくわかるよ」

 

 「……でしょうね。全部聞きました、ユリカさんから。貴方が彼女を取り戻すために、復讐の為に火星の後継者と戦ったことは」

 

 本当はアキトの行動について口外するのは憚られたが、進はある意味では同類を見つけたとしてアキトに親近感を抱いていた。その気持ちが、その言葉を吐かせた。

 

 「そうか……。俺は君に言っておきた事がある。憎む気持ちはよくわかるし復讐したい気持ちも痛いほどわかる。それを邪魔しようとは思わない、いや、邪魔する資格は俺には無い。だけど、憎しみに飲まれて過ちだけは起こさないでくれ。俺と、同じ思いをして欲しくない。復讐と言う行動の果てには付き物なのかもしれないけど、後悔だけは、残さないでくれ――後悔を残しそうなら、やり方を変えて欲しい」

 

 アキトの言葉に進は素直に頷く。アキトが何をしてのかはユリカから聞いている。アキトがどのような胸中で復讐者となったのかは、他人である進では理解する事が出来ない部分は多いだろう。彼もそれを語りはしない。

 だが、同じ痛みを知るものとしての忠告は、素直に受け止めるべきだと思う。それくらい彼の言葉は重く、そして様々な感情がべっとりとこびり付いていた。

 

 「……わかりました。憎しみだけに捕らわれないように、努力します。とは言え、あの人の下で働く限り、憎しみ一色に染まる事は無いと思いますが」

 

 わざと明るく答える。その答えにアキトも、

 

 「そうだな――俺もあいつが一緒に助け出されてたら、戦いはしても過ちは犯さずに済んだかもしれないな」

 

 少し寂しげに答えた。

 

 

 

 艦橋を移動するためのエレベーターを降りると、1度居住デッキで別のエレベーターに乗り換えてさらに下層のデッキに移動する。

 新生したヤマトは艦の中央に長大なエンジンルームが備わっているため、従来の様に第三艦橋まで全階層を突き抜けるエレベーターが主オペレーター用のフリーフォール以外に無い。

 エレベーターを乗り継ぎ辿り着いた下層デッキで、格納庫と繋がる管制塔内にある、パイロットの控え室にアキトを案内した進は、

 

 「ここがパイロット用の控え室です。少々狭いですが、ブリーフィングもここで行います。あそこのドアから格納庫に直接入る事が出来るので、そこを通って出撃します」

 

 と言ってドアを開ける。その先にはヤマトの広大な格納庫が広がっていて、着艦時に見たはずなのに改めてアキトを圧倒する。アキトの姿を認め、愛機の整備を手伝っていたリョーコが「おいアキト!」と声をかける。

 

 「リョーコちゃん。俺――」

 

 パイロットとして乗艦することになったから、と言おうとしたらその前にこっちに向かって駆けて来ていきなり胸倉を掴まれた。

 

 「てめぇ! 美味しい所持って行きやがって! てかあの機体なんだよ!」

 

 と、格納スペースに入れられる事なく駐機スペースに逗留されていたダブルエックスを指さす。

 

 「ああ、あれね。あれがヤマト用に開発されてた新型だよ。相転移エンジン搭載型でGファルコンとも完全連動する奴……そう言えば、ヤマトからエネルギー供給されるか、Gファルコンに拡張ユニット付けて初めてまともに機能する大砲も装備してたっけ」

 

 アキトが記憶の中にある仕様書を思い出しつつ説明する。

 

 「んで、あれお前が乗るのかよ。それとも別の誰かを乗せるのか?」

 

 今度は機体ではなくその扱いについての話に切り替わる。

 

 「そうだ、それについて話しないといけないんだっけ」

 

 アキトは進に向き直る。

 

 「俺、航空隊とは言っても具体的な配置とかどうなるんだ? 正直パイロットとしての腕前はリョーコちゃん達よりも劣ると思うんだ。おまけに単独行動に特化して鍛えたから部隊行動とか全然だし。そもそも体治ってから碌に乗ってないからまだイマイチ感覚が……」

 

 これは事実だ。アキトはそもそもパイロット時に限ってはIFSを通してラピスからアシストを受けていたが、それでも障害を抱えた体での操縦だったし、むしろブラックサレナ自体が対北辰・北辰衆向けに特化した結果戦えていた部分も多く、純粋な技量でリョーコ達に及んでいるとは思っていない。

 

 あれはとにもかくにも“執念”の勝利だ。

 

 あいつらに復讐する、それ以上にユリカを取り戻すと言う執念こそが、技量の差を埋めて食らいつかせたのだ。

 

 おまけに機動兵器戦では基本的に単独行動で、ユーチャリスと連動したのも数回、後はバッタの支援も受けたが大体はボソンジャンプの奇襲も駆使した単独行動。部隊の動きに合わせて行動する訓練をほとんど受けていない上、治療直後で感が狂っているアキトでは、ヤマトの航空隊の練度に着いていくのは少々厳しい。

 勿論訓練は受けるつもりだが。

 

 「それなんですが、ダブルエックスはこのままアキトさんに任せるつもりです」

 

 進の言葉を受けてアキトは驚きリョーコは「やっぱりそうなるか」と言う反応を見せる。とは言えありがたい話だ。

 ダブルエックスの性能は素晴らしい。自分の技量でヤマトの航空隊についていくには十分過ぎる機体だし、生存率が少しでも高い方がユリカのためにもなる。

 

 「ダブルエックスは機体性能が突出し過ぎていて、部隊運用に組み込むのが難しいうえ、コックピットのレイアウトも新しく、機種転換訓練には時間がかかります。それに、あの機体の運用思想を考えると、アキトさんが適任かと」

 

 確かにダブルエックスは、従来のエステバリスやステルンクーゲルとはコックピットシステムが大きく異なる。

 

 パイロット正面にあったコンソールパネルがごっそり無くなって、縦スティックの操縦桿が左右にあって、その前方に小さなコンソールパネルが1つずつついて、正面から180度の範囲に広がったモニターと、パイロット正面に被さる形でターゲットスコープと呼ばれるヘッドアップディスプレイが装備され、その根元部分に通信用のスイッチが少しある程度だ。あとフットペダルが2つ。

 

 そして、右の操縦桿が着脱式で、左よりも形状が複雑で紺色を基調としている他、後方上部に赤いアナログスティックが付いて、その下には赤いスライドスイッチがある。

 

 EOSによるマニュアル操縦にも対応しているが、この操縦桿自体がIFS端末も兼ねているため、アキトはIFS入力を主体にマニュアル操作も併用している。

 

 アキトもその違いに大分苦労をしたが、今ではかなり馴染んだ。

 

 「運用思想? そう言えば、機体の性能チェックだとかには付き合わされたけど、どんな運用をするのかについては聞き流してたっけか……」

 

 あの時は無駄な足掻きとしか考えてなかったし、単にストレス発散と義理で乗ってただけだから気にした事も無かった。

 

 「あいつは戦略砲撃機。背中にあるサテライトキャノンを使った、超長距離からの打撃力に特化した機体だよ、テンカワ。お前の参加を心から歓迎するぞ」

 

 突然現れた月臣の言葉にアキトの顎がかっくんと落ちる。その後に続いた歓迎の言葉など耳に入ってこない。

 

 「あれはヤマトからの重力波ビームを背中のリフレクターユニットで受信、またはGファルコンのエネルギーパックからのアシストで最大出力を発揮する、高圧縮タキオン粒子収束砲だ。機動兵器用に開発された波動砲の亜種になる。単一目標に対して撃ち切った場合の破壊力は絶大で、試算ではサツキミドリと言った大型のスペースコロニーすらも一撃で破壊しかねない威力がある」

 

 その言葉にアキトの顎がさらに落ちて、目が点になる。

 

 「弾薬のタキオン粒子は、受信した重力波ビーム、またはGファルコンのエネルギーパックのエネルギーを、リフレクターユニットが内蔵したタキオン粒子生成装置に流し込んで発生させる。他の部位に使えないため、実質サテライトキャノンの為だけに装備された装置で、波動エンジンの技術の応用だ。本来は衛星軌道上に固定砲台として配置して、遊星爆弾や敵艦隊に対する迎撃・攻撃用として考案されたものを手直しした武器だ――何分急造なのでシステムに無駄が多く洗練されていないが、現状でもちゃんと稼働するから安心しろ」

 

 月臣がさらに補足しながらアキトの傍らにまでやってくる。

 

 「まあ、あの頃のお前はダブルエックスどころか、ヤマトにも興味が無かったから仕方がないか。そちらのテストは俺が受け持っていたしな。と言うより、あの時のお前には任せられん」

 

 「おう月臣か。お前もあれに絡んでたのか。くそっ、知ってたら俺もテストパイロットに立候補したのにな」

 

 悔しがるリョーコだが、常に戦場を駆け巡っていた彼女にはそんな余裕も無く、ダブルエックスの存在自体知らなかったので無理な話である。

 そもそも最高機密の機体なので一介のパイロットが知る由も無いのだが。

 

 「んな物騒なもんに乗ってたのか俺は……」

 

 単に相転移エンジン搭載型の高性能機動兵器としか認識していなかった。

 あの背中の大砲もグラビティブラストの類だと思ったし「Xエステバリスの発展後継機」と言うのは覚えていたからてっきりその程度のものだろうと。

 

 いや、確かに考えてみれば、自前で相転移エンジンを持っているはずのダブルエックスがGファルコンと、それ以上に母艦となるヤマトからの供給無しでは発射も出来ない大砲を装備していると言う時点で、ヤバイものだと気付くべきだった。

 

 「じゃあ、もしかしてこの操縦桿が取り外し式なのって……」

 

 と腰のポーチに仕舞っていた操縦桿を取り出す。

 

 「そうだ、戦略兵器であるダブルエックスは扱いに慎重が要求される。相応のパイロットでなければ託せないからな。それが安全装置だ。そのスライドスイッチを入れるとコントローラーが変形して安全装置が外れる」

 

 何てことの無い操縦桿が異様に重く感じる。何か、重大な責任を背負わされた気がする。

 特に「コロニーすら破壊する」と言われると、どうしても自分の罪を突き付けられているような気がしてモヤモヤする。

 

 「さらに付け加えるのならダブルエックスがやたらと頑丈なのは、サテライトキャノンの負荷に耐えるためでもあり、多少被弾しても確実に運用する事を目的としているからだ。装甲も機体剛性も、従来機の非じゃない桁外れな数値なのは、それが理由だ」

 

 よくわかりました、とアキトは頷くしかない。そうか、異常なまでのあの耐久力と防御力は単に最高性能を目指したわけじゃなく、必要だから与えられたものだったのかと、今更ながら納得する。

 そう言えば、装甲も表面のコーティングもヤマトに採用されているのと同じ素材を使っているとか聞かされた気がする。

 そのヤマトも確か物凄い超兵器を積んでるとか聞いたし、そういう意味での関連もあるのだろうか。

 

 「一応使用の判断はこちらでもしますが、単独行動時に限り使用判断を委ねることもあります――強力な火器ですので使用には細心の注意を払って下さい」

 

 進がニヤリと笑いながらアキトの肩を叩く。アキトは「ど、努力します」と答えるのがやっとだった。

 

 その後パイロット達に挨拶をして回りその都度満面の笑みで「イスカンダルまで行きましょうね!」と言われて赤面する。ヒカルとイズミも、

 

 「アキト君おかえり~。またよろしくねぇ~」

 

 「……テンカワ、あんたの大事な人、2度と泣かせるんじゃないよ。そして、絶対に手放すな」

 

 と各々に歓迎してくれた。イズミがシリアスなのには驚いたが、至ってまともな発言なので素直に頷く。

 

 「ようテンカワ、歓迎するぜ。嫁さんの為にも頑張ろうな!」

 

 サブロウタも歓迎の意を示す。初対面なのだが、ルリの部下らしいし、そちらから聞いているのだろうと思う。

 

 「よろしくお願いします高杉さん。ルリちゃんがお世話になっているみたいで、本当にありがとうございます」

 

 そう言って頭を下げるアキトにサブロウタも好感を持てたのか、

 

 「俺はあの人に付いていくって決めてるんで、言いっこ無しですよ――でも、またあの人を置いていくような真似したら、狙い打っちゃうからねぇ」

 

 と右手で銃の形を作って、「ばぁん!」と発砲するそぶりを見せる。アキトはバツが悪そうな顔で「2度としません」と頷いて、互いに握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 一通り挨拶も済ませたので、白兵戦の訓練について打ち合わせをすべく連絡を入れてから中央作戦室に向かう。

 

 「お、来たね2人とも。それじゃあ打ち合わせ始めるね」

 

 エリナを脇に従えてユリカが中央作戦室の中央に立っている。他にも大介や雪、真田やゴート、月臣にサブロウタも同席する。

 

 ユリカは遺跡跡の施設を利用して、白兵戦の訓練を兼ねた装備のフィールドテストを考案した。と言うのも、ヤマトに配備されている武器はかつてヤマトで実際に使用されていた装備をベースに、新規に設計し直した物がいくつか配備されている。

 

 コスモガンもその代表で、ヤマトのデータに残されていたレーザーガンをベースに、自動拳銃をモデルにした角ばった大出力モデルと、回転弾倉拳銃をモデルにした長銃身の命中重視モデルの2つが開発されている。前者は主に男性に、後者は女性に支給されている。

 他にも曲床を採用したコスモガンベースのレーザーアサルトライフルも開発されている。

 

 どちらも地球でのフィールドテストは完了しているが、実戦配備されたばかりで実際の取り回しに関してはまだまだ未知数の武装だ。

 他にもそのまま再生産した投擲用のグリップが付いた、かなり古めかしいデザインのコスモ手榴弾、新規に用意されたコスモガン用のショットガンアタッチメントとグレネードアタッチメントが用意されている。

 

 とりあえず真田が用意した作業用の虫型機械の幾つかを敵ユニットとして改造して使用し、ヤマトからあまり離れない範囲で施設の残骸を利用してそれらの武装を使っての戦闘訓練が実施された。

 

 とりあえずヤマトの点検作業を考えると余り人数を割けるわけもないので、装備のテストに要点を絞って進、アキト、ゴート、月臣、大介、そして衛生兵代わりとして雪が同伴することになる。

 本当は真田を工作兵として仮想ターゲットの破壊任務も行いたかったのだが、ヤマトの修理作業の監督の仕事があるため断念してアキトが代わりを務めた。元々破壊工作に従事していたこともあって、その手の装備の扱いにも心得があったからだ。

 

 

 

 「よし、準備は出来たな。みんな、訓練を開始するぞ!」

 

 とこの場では最も立場が上の進が指揮を執る。進はコスモ手榴弾、レーザーアサルトライフルをゴートと月臣が、大介がショットガンアタッチメントコスモガン、アキトはグレネードアタッチメント(銃口に差し込むライフルグレネードタイプ)と爆破用のH-4爆弾、雪は白兵戦用にパックしたファーストエイドセットを腰に釣るしている。基本装備は全員共通でコスモガン。

 

 全員が極力一塊となり周囲を警戒しながら進。当然アサルトライフル装備のゴートと月臣が先頭に立ち、その後ろに大介と進が、そして雪とアキトが最後尾についている。

 

 全員無駄口を叩くことなく事前に渡されている目標地点までを慎重に進んでいくが、要所要所で出現する仮想ターゲットに襲われ、交戦を重ねる。

 

 これがまた嫌らしい思考パターンをしていると言うか何と言うか、とにかく良いタイミングで攻撃を仕掛けてくる。アキトやゴートに月臣と言った経験豊富な者ですら中々きわどいと思える攻撃を仕掛けてくる。

 一応敵の武器は麻痺銃であるパラライザーを使っているのだが、これの出力が割と高くてシャレになっていない。

 全員が緊張を高めながら出現する虫型機械全て始末しながら進んでいったのだが、

 

 「うげぇっ!」

 

 と呻き声を上げて倒れたのはアキトだ。虫型機械と相打ちした形でパラライザーを食らって麻痺した。

 相打ちした虫型機械の方はコスモガンの直撃を受けて制御ユニットに穴を開けて沈黙する。

 

 「テンカワさん、大丈夫ですか!?」

 

 被弾したアキトを、雪が事前に用意していた薬などを使って介抱する。

 

 「ちょ、ちょっと出力高過ぎないかこれ……?」

 

 「うむ、思いの外動きが良い。と言うよりも障害物を上手く使ってるな。駆動音もあまり聞こえないし、物音を極力立てないように動いている。真田工作班長は良い腕をしているな」

 

 と月臣はしきりに感心している。直撃こそ避けているが月臣とてパラライザーが掠めて左腕が少し痺れている。

 アキトも五感回復後のリハビリを終えた直後で感が狂っていなければ、直撃は避けられたはずなのだが。

 

 そんなこんなで苦労しながら進み、途中大介も直撃を受けて倒れたりしながら、ようやく目標を見つける。

 工兵役のアキトがH-4爆弾のタイマーをセット。標的となる大きめの残骸に張り付けてその場を離れる。セットした時間通りに爆弾が爆発。標的を完全に破壊することに成功した。

 

 「よし、訓練完了。各装備も特に問題無いな」

 

 進はコスモガンの具合を確かめながら訓練完了を宣言する。実際配備された新装備の使い勝手は悪くなく、威力も十分だ。

 実体弾を使用する従来の火器の方が信頼性が高いのは当たり前だが、少なくともこの訓練中にはトラブルを起こさなかった。

 思いの外重量も軽いから長時間持っていても疲れ難い、レーザーガンなので射撃時の反動も無いに等しいと、扱いやすい。

 予備のエネルギーパックも拳銃のマガジンと同じような物なのでそれなりに数を持てるし、アサルトライフルの方はそもそも100発以上の発砲を保証されているため、予備のパックを最低限に抑えてもかなり持つ。

 光速で飛ぶレーザーは当て易いのも良い。

 

 敵が同じような装備を持っていると仮定して、ヤマトの艦内服は対レーザー処理も施されてコスモガンの1発くらいなら何とか防げる。戦闘中はヘルメットやボディアーマーを装着したり、ネルガル謹製小型ディストーションフィールド発生機も用意されているので、そちらで防ぐことも出来る。

 敵にもこれと同種の装備があれば、コスモガンとて無力化してしまう可能性がある。とはいえ、個人で携行出来る火器でディストーションフィールドを貫通出来るような装備は、対物火器くらいしかないので気にするだけ無駄だろう。その場合はコスモ手榴弾やグレネードアタッチメントで対応可能だ。

 

 

 

 一通りのテストを終えて成果を確認した一行はヤマトに帰艦する。ヤマトの損傷個所にはエステバリスが数機駆り出され、資材運搬船と一緒になってヤマトの装甲外板の補修作業を手伝っている。

 人型機動兵器の利便性を利用した上手い修理術だ。

 

 「真田さん」

 

 テストの報告しに第一艦橋に上がった面々は、艦長に報告した後すぐに艦内管理席で状況を確認していた真田に詰め寄った。

 

 「どうした、怖い顔をした」

 

 「あのパラライザー、いくら何でも出力が高過ぎると思うんですが」

 

 と直撃して倒れたアキトや大介が文句を言う。

 

 「そうか? あれくらいの方が訓練に気合が入るかと思ったんだが……すまん」

 

 とアキトと大介の目が怖くて素直に謝る。とりあえず使用した武器類を改めて点検するために艦内工場区にある機械工作室に運ぶ。そこで改めて真田にチェックをしてもらって不備があれば手直しして改良を加えていく所存だ。

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 艦長席に座ったユリカが息を吐く。とりあえず装備のテストも完了したし装甲外板の補修作業も終え、後は一晩かけて機関部門の調整を終えた後、クルーを少し休ませれば発進出来る。

 出航早々の足止めは痛いと言えば痛いが、ここで無理をして重大なトラブルで頓挫するよりはマシだろう。

 

 「疲れてるんじゃないの? 今日はもう休んだ方が良くない?」

 

 と相変わらず気の利くエリナが声をかけてくれる。

 

 「そうだね。流石に色々あったし、ちゃんと休んだ方が良いかな。ジュン君、後頼める?」

 

 「勿論。しっかり休んできてよ、ユリカ」

 

 とジュンも快く応じる。元々そのためにヤマトに乗ったのだから是非もない。ユリカは「ありがとう」と感謝してから改めて艦長室に上がる。

 

 艦長室に上がったユリカは杖を突いて「よっ! と」と座席から立ち、よろめきながら艦長室の右後方にあるコンソールを操作、壁に畳まれていたベッドを開く。

 コートと艦長帽を脱いでクローゼットのハンガーに掛けた所でドアがノックされた。

 

 「森雪です、入っても大丈夫ですか?」

 

 と声を掛けられる。

 

 「どうぞ」

 

 と短く答えると「失礼します」と雪がハンドバックを持って艦長室に入る。

 

 「エリナさんから連絡を頂きましたので、夕食をお持ちしました。それと着替えと入浴のお手伝いを」

 

 と雪がハンドバック掲げて見せる。中には食器とユリカと自分の分の食事、それと入浴を介助するために必要な物一式が入っていた。

 

 「ごめんね雪ちゃん。本当なら自分一人でしなきゃいけないのに」

 

 と申し訳なさそうに謝る。今のユリカは自分1人では着替えはともかく入浴は満足に出来ない。足腰が弱っているので滑り止め加工をした床の上でも転倒の危険があるし、何より1度湯船に入ると手すりを使っても中々出られなくて、のぼせたこともある。

 幸いトイレ位なら何とかなるが、病状がさらに進めばそれすらも介助が必要になる。

 

 そしてそれは、そう遠くの事ではないだろう。

 

 「いえ、ユリカさんのお世話は楽しいですよ。気になりません」

 

 と雪は笑って気にしていないと訴える。ユリカを慕っているのは本当だし、世話を焼くこと自体は元々好きだ。辛いのはユリカの病状を何とかする事が出来ない現実の方。

 

 「それに、古代君のお母さんみたいなものですしね」

 

 等と軽口を交えて艦長室の机を広げ、そこに夕食用の食器などを並べる。ユリカを介して接点を持ち続けた結果、雪は進に対して淡い思いを抱くようになっていた。

 それを察しているユリカも、そのような言い方をされては無下には出来ない。すっかり進の母親気分なのだ。

 

 「ねえ雪ちゃん。先にお風呂入りたいんだけど良いかな? 着ぐるみ来て動いたから汗掻いちゃったし」

 

 と訴えると、雪もそれに応じてユリカの服を脱がせてから、艦長室の後部にある浴室に運ぶ。と言ってもスペースに限りがあるためユニットバスであるし、ユリカのコンディションでは湯船に浸かるのも大変なので専らシャワーだけだ。

 一応1人でもシャワーくらいは浴びれるようにと、手すりや簡易的な腰掛けなど、体を支えられるものが用意されている。

 さらに浴槽の壁自体が一部開いて段差を超えなくて済むように、と配慮もされている。

 だが長時間杖無しで立っていられない、筋力も衰えているユリカにはそれでも厳しいのが現実である。

 

 雪は浴室に入ってから改めてユリカの下着を脱がせると、シャワーの温度を調整し、ユリカの髪や体を洗い始める。ヤマトの艦内服は簡易宇宙服として使えるものであるため当然の様に水を弾く。だから艦内服のまま入浴介助したところで問題無い。

 雪は袖口などから水が入らないように処理してから「お湯加減は大丈夫ですか?」等と尋ねながら丁寧に体を洗いあげる。ユリカは「だいじょぶだいじょぶ」と気持ち良さそうな顔で雪に身を任せる。

 一応手すりに捕まって自分でも体を支えているが、気持ち良くて力が緩んでしまいそうだった。

 

 当初こそ恥ずかしがったユリカであるが、介助を受け始めてそれなりに経っているし、何より気心の知れた間柄である雪とエリナに世話をしてもらう分には慣れた感がある。

 最近ではルリやラピスも混じることがあるのだが、小柄な体格で力の足りない2人では入浴の介助が務まらないので、専ら食事の席に同伴して話題提供や着替えの手伝い、場合によっては一緒に寝るなどして、少しでもユリカが寂しい思いをしないようにと気遣いするのが精一杯だ。

 

 入浴を終えたユリカは(先に艦内服表面の水を拭いとった)雪に体を拭いて貰ってから新しい下着を身に付ける。と言ってもそれすらも雪の手を借りなければ湯冷めするまでかかってしまう。

 その後は雪に体を支えてもらいながら艦長室にまで運んで貰って、寝間着を着せてもらう。ドライヤーで髪を乾かして貰い、薬を服用してしばらく談笑で時間を潰して、雪が用意してくれた食事に手を付ける。

 何時も通りのスープ状の不味い栄養食だ。雪も手軽に食べられるサンドイッチ(ヤマトの夜食用メニュー)とパックの紅茶で食事の席を賑やかし、食事を終えてしばらく経ってから、うとうとと舟を漕ぎ出したユリカをベッドの上に寝かせ、寝入ったのを確認してから艦長室を後にした。

 

 この後も雪は生活班の雑務が数点と資料の整理などがあるが、だからと言ってユリカの世話役を引くつもりはない。

 

 好意による所も大きいが、やはりその境遇への同情無しには語れない。

 

 死なせたくない、こんな理不尽の果てに。同じ女として、好きな男性と結ばれた先の幸せを噛みしめて、満足してから逝って欲しい。

 

 それは嘘偽りの無い、雪の願い。それを実現するためにも、多少のオーバーワークは覚悟の上。そもそも、無理をしていると言うのなら彼女以上に無理をしている人間は、ヤマトに乗っていないのだから。

 

 

 

 ユリカは夢を見ていた。とても幸せだったあの頃の夢を。アキトとルリと一緒の同居生活。ボロアパートで隙間風が寒くても、決して豊かとは言えないあの生活をユリカは愛していた。

 

 また、あんな生活がしたい。アキトと一緒に、ルリと一緒に。

 

 今度はそこに、ラピスを交えて、進や雪達ともっともっと遊びたい。

 

 

 

 皆と一緒に、笑って楽しく過ごしたい。

 

 

 

 

 

 

 次の日、修理と点検を終えたヤマトは火星を出発した。幸いにもガミラスの影は見えず、次の目的地である木星へと進路を取る。

 

 その先にどのような苦難が待ち受けているかをまだ彼らは知らない。

 

 

 

 ヤマトよ行け!

 

 全人類の希望と未来を乗せて!

 

 

 

 人類滅亡と言われる日まで、

 

 あと、364日。

 

 

 

 第四話 完

 

 

 

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ

 

    第一章 遥かなる星へ

 

    第五話 悲しき決断! 超兵器波動砲!

 

 

 

    全ては――愛の為に。


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