機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ~悪魔と英雄の交響曲~   作:シュトレンベルク

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厄祭戦・9

 ジャンヌとシリウスの結婚報道後、やはりというか当たり前と言うべきか、アルタイル側では騒動になっていた。ジャンヌの側近である人々には伝えていたが、それ以外の人物は知らなかったのだから寧ろ当然とも言える。アスガルドとアルタイルの統一化も一時は破談の可能性すらあったほどだ。しかし、そこに待ったをかけたのがアグニカだった。

 

「お前ら、女が幸せを掴もうとしてるってのにいちゃもん着けようってのか?情けない事してんじゃねぇよ!一人の人間の幸せも祈れないで、誰かの命なんか守れるか?俺たちは子供に未来を渡すために戦ってんだろうが!寝惚けたことを宣ってんじゃねえよ!」

 

 アグニカの言葉にアルタイルのトップたちは納得し、統一化作業は続行する事となった。シリウスも支障をきたさない範囲で活動し、無事にアスガルドとアルタイルの統一化は成功の一途を辿りつつあった。そんな中、とある目出度いニュースが世界中に響き渡った。━━━━ジャンヌ・ダルクの懐妊である。

 これはさしものシリウスも大慌て。すぐに仕事を切り上げ、自宅にいるジャンヌのもとに帰っていた。常に冷静沈着で仕事の手を抜く等ということは一切ないシリウスも、この時ばかりは人並みに慌てていたので部下たちも微笑ましいものを見る視線でシリウスを見ていた。それ以降もできる限りストレスにならないよう、仕事も定時で上がるという徹底ぶりだった。

 

 数ヵ月前まで仕事の鬼だったシリウス・ダルクの姿はどこにもなく、そこにはただ愛する女の事を心配する一人の男がいるだけだった。そして、そんな風に思われている事も知らないシリウスとジャンヌはアグニカとその妻、サファイア・カイエルとお茶を飲んでいた。

 

「それにしても時が経つのも早いもんだな。ついこないだまで迷っていた嬢ちゃんが今では宰相夫人で子供まで身籠ったなんてな。まったく何がどうなるか分からんもんだぜ」

 

「人の世の中なんて奇々怪々。何がどうなるかなんて俺たちには分からんさ。大体、お前らの時だって似たようなもんだったろうが。いきなり『俺たち、結婚するから』なんて言われた俺の気持ちが分かるか?」

 

「あの時はご迷惑をおかけしました。シリウスさんには本当に色々とお世話をしていただき、感謝しています」

 

「それは別に構わないけどな。この馬鹿が迷惑をかけるのなんて分かりきってますから。こいつの我が儘に比べれば、あなたの世話をすることなんて迷惑のうちにも入りませんよ。それに、今はこっちが迷惑をかけている側ですから。どうぞ、お気になさらず」

 

「それにしても意外でした。アグニカさんって結婚されていたんですね」

 

「アスガルド創設前からな。公私ともにこの馬鹿を支えている影の立役者さ。元々は整備科の事務を担当している人だったんだけど、バエルの整備にも携わっていてな。その頃に知り合い、付き合い始めたという訳だ。他人の惚気話なんて聞く性分じゃないから、詳しいことは知らないがな」

 

 それでも、実際にサファイアはとても有能な人間だった。基本的に暴力でしか物事を解決した事がないアグニカの緩衝役として機能している。アグニカを恨んで彼女に手を出した場合、アグニカだけでなくそれ以外の彼女に恩のある人々そいつらを締める。それはもう、友人がお前誰?と思わず言ってしまうほどに顔をしこたまを殴るところから始まる。

 シリウスも彼女の書類処理能力は評価しており、是非とも自分の仕事を手伝ってほしいと何度か打診している程だ。シリウスに評価されるというのは、大変名誉がある事だ。しかし、それを理解していて尚、彼女はアグニカのために尽くしている。そんな彼女を見て、さしものシリウスも誘う事はしなくなった。

 

「サファイアさんと結婚してもこの馬鹿は一切変わらないんだから、まったく困ったもんだぜ。俺はずっとこの馬鹿の思いつきに振り回されっぱなしだ」

 

「ふふっ、それがこの人の良いところですから。こちらが思いもしない事を思いついて、こちらを驚かせてくれる。そんな事してくれる人なんて、世界広しと言えどもこの人ぐらいの物ですよ」

 

「ハハハッ、それは確かに。この馬鹿の思いつきには迷惑をかけられまくっていますが、偶には役に立ちますからね。ジークフリートもこの馬鹿のおかげで完成したと言っても過言ではありません。誠に遺憾ではありますが、ね」

 

「見てくれよ、嬢ちゃん。俺の嫁、俺よりもシスの方が仲良さそうに見えるだろ?これがいつもの光景って言うんだから、ほんとアレだよな」

 

「ムムムッ……妻が目の前にいるって事を自覚しているんでしょうか?」

 

「もちろん。でも、話が合う女性っていうのは中々稀少なんだ。アスガルドは軍隊だから、元々男所帯なんだ。話の合う女性っていうのは中々稀少なんだよ。そうでなくても、そこの馬鹿に同じように振り回されている奴なんてイシューのアホを除けば彼女ぐらいなんだ。多少は勘弁してくれ」

 

「それは分かりますが……」

 

「心配しなくたって問題ないさ。俺が他人に色目を使う事はないし、他人から色目を使われたとしても靡く事はないさ。それは彼女にしても同じ事。そもそも、俺たちはタイプが同じ過ぎて逆に合わないと思うぞ?」

 

 シリウスもサファイアも、互いに誰かをサポートする事に向いている能力の持ち主だ。それが戦闘向きか、それともそうではないかの違いしかない。だからこそ、お互いに良い人だとは思っていても惹かれ合う事はない。精々、振り回してくる相手の無茶苦茶具合を共有できるぐらいだろう。それ以上の関係にはお互いになり得ないと分かっている。

 だからこそ、お互いに気楽に語り合う事が出来るのだ。お互いの経験から振り回されてしまう気苦労という物をよく理解している。良くも悪くも、アグニカは破天荒な人間だからこそそれに振り回される人間の心労や疲労は体験した者にしか分からない。

 

「まったく、困ったもんだ。少しは落ち着きを覚えて欲しいんだがね」

 

「その意見には同意しますけどね?そうなってしまった旦那様をイメージできますか?私から言わせれば、そんな人はアグニカ・カイエルとはとても呼べませんよ」

 

「これは一本取られたな。確かに、そんな殊勝な奴はアグニカ・カイエルとは言えないな」

 

「まったく、これだから人生バラ色みたいになった奴は困るぜ。こんな風に人をおちょくって遊んでくるんだからよ。綺麗な嫁さんも出来て、子供も生まれるとなれば完璧じゃねぇか。あれ?これってお前の死亡フラグじゃないか?」

 

「冗談抜かせよ。俺の最後は大往生って決まってるんだ。子供や孫に看取られて死にたいの。あんな天使もどきどもに殺されてたまるか。大体、俺が死んだらお前は書類の山で死ぬ事になるぞ?最高司令官の次に偉い宰相がサインしてるから、何とかなってるって事を忘れてないか?」

 

「ゲェ……嫌な事を言うなよ。戦い抜いた果てに死ぬならまだしも、書類の山に埋もれて死ぬなんてごめんだ。俺は本当にそういう仕事向いてないからな」

 

「じゃあ、俺が天使どもに殺されないように祈っとけ。って言うか、モビルアーマーを何体も殺した奴の弱点が書類って、それで良いのかよ?」

 

「うるせえな。適材適所って奴だよ。出来ねえ事して迷惑をかけるより、出来る事で貢献した方が何倍もマシだろ」

 

「へぇ、そんな風に思える程度の頭脳はあったんだな」

 

「あのな、お前は俺を侮り過ぎだ!俺だってそのくらいは……」

 

「で、どうなんですか?サファイアさん」

 

「ちょ、おい!」

 

「今のは主人の考えですよ。私は何も言ってません……ただちょっと騙しただけで」

 

「ええっ!?おい、サファイア!騙したってなんだよ!」

 

「だって、あなたが書類の仕事をしたりなんてしたら逆に手間がかかりますし、私の仕事が無くなってしまうじゃないですか。そうなっては困ります」

 

「まぁ、勉強なんて30分も続かなかったしな。いっそ、呪いと言っても過言じゃないレベルで落ち着きがないよな」

 

「しょ、しょうがねえだろ?字が連ねてあるだけの書類とか読んでるだけでストレス溜まるんだからよ。アレだったら、外に出てモビルアーマーを狩ってる方が万倍マシだぞ」

 

「それはそれでどうかと思うがな……」

 

 十年来の親友のように三人は喋っていた。そこでハブられていたのはジャンヌだった。会話に混ざろうにも、独特の雰囲気を漂わせているので混ざりにくい。そんなジャンヌを見たサファイアは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ごめんなさい、ジャンヌさん。私たちだけで盛り上がってしまって……」

 

「え、あ、いえ、気にしないでください!三人がこうして顔を合わせるのは久しぶりだと分かっていますから」

 

「いいえ、それはジャンヌさんを除け者にして良い理由にはなりません。久しぶりの再会を喜ぶ事はあなたを話に混ぜない理由にはなりませんから。そう、火星での話でも聞かせてもらえないかしら?」

 

「火星の話、ですか……?」

 

「ええ。私は生まれてこの方、地球から出たことがないの。だから、良ければ火星の生活を聞かせてもらえないかしら?この人はその辺り、本当に気が利かないから……」

 

「そんな事言われてもな……俺が立ち寄るのは火星にある基地ぐらいで、街中になんて寄らないんだから言っても仕方が無いだろ?」

 

「そこは地球で待つ妻のためにお土産の一つや二つはあっても良いでしょう?だって言うのに、あなたときたらモビルアーマーを何体殺したとかそんな話ばかりするんだから」

 

「……シリウスもそうなんですか?」

 

「う〜ん、否定はできないな。でも、これは別に面倒くさいからという理由じゃないんだ。俺たちは部隊の責任者だから、基本的に基地から出る事ができないんだ。お土産は俺の場合は部下に立て替えてもらってる」

 

「ほら、シリウス様も家族に対する心配りは忘れていませんよ。あなたも見習ったらどうですか?」

 

「そんな事言われてもな……何が良いかなんて俺にも分からないんだから、仕方がないだろ?」

 

「二人とも、その辺にしておけ。俺もジャンヌの火星時代は気になるんだ。騒いでも良いが、もう少し静かにしてくれ」

 

「あ、あはははは……」

 

 それから、ジャンヌの話は続き最後まで話す頃にはジャンヌとサファイアの仲はとても良い物になっていた。それを見たシリウスとアグニカは内心で安堵の息を吐いていた。ダルク家宅とカイエル家宅は隣近所だ。ないとは思っているが、不仲になったりしたら大変な事になる。どちらも妻を信頼しているとはいえ、心配なものは心配なのだ。

 

「あの、失礼だと承知していますが、訊いても良いでしょうか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「お二人は子供を作ったりはなさらないのですか?」

 

「ジャンヌ、それは……!」

 

「……作らないんじゃなくて、作れないんだよ。他ならない俺のせいでな」

 

 シリウスは思わずジャンヌを止めようとしたが、先にアグニカが話してしまった。アグニカにその事実を言わせてしまった事に、シリウスは苦々しげな表情を浮かべた。その表情の意味は分からなかったが、アグニカの言葉を聞いた瞬間に自分が何を訊いたのかを理解した。

 

「……え?」

 

「……アグには精子がないんだ。子供を作るために必要な物が無い。今の科学でも無いものを生み出すことは難しい。それが遺伝子的なものになれば、尚更のことだ」

 

「ご、ゴメンなさい!私、失礼な事を言ってしまって……」

 

「いいのよ、ジャンヌさん。私は、いいえ、私たちはそれでも幸せなんだから。確かに子供を産めないことは残念だと思う。でもね?他人の精子を私の子宮に入れるなんて、私は絶対にしたくない。だって私が愛したのは、アグニカ・カイエルだけだもの」

 

「それは……そうですね。私も旦那様以外の子供なんて産みたいと思いません。たとえ、どれだけ子供が好きだったとしても、この人以外の子供は嫌なんです」

 

「そう、私も同意見よ。私もこの人以外の人の子を孕みたくなんてない。この人を愛しているから、それ以外の人にはまったく興味がないの。この人と一緒になる事に意味があるんだから、それ以外の事なんて些事でしかないわ。だから、この事に関してはこれ以上気にしないでちょうだい」

 

「はい……ありがとうございます。お詫びではありませんが、火星からお中元が届いているんです。干し果物ですので、きっとこのお茶にも合うと思うんです。取ってきますから、待っていて貰えますか?」

 

「私も行きますよ。妊婦を一人で動かす訳にはいかないわ」

 

 二人が仲良く歩いていく姿を暫く眺めた後、シリウスはアグニカに視線を向けた。あの二人は二人にとっては日常の象徴なので、仕事の話を二人の目の前でするつもりは一切なかった。だからこそ、シリウスの視線が仕事の話だとアグニカは理解していた。

 

「そろそろ、アルタイルとの交渉が終わる。おそらく、当初の予定通りに進むだろう。数ヶ月ほどすれば、記者会見を開いて統合の発表を行う。それと同時に智天使捜索のための人海作戦を開始する。俺たちも同時に智天使討伐を開始する事になるが……準備は良いか?」

 

「……やっとか。中々時間がかかったもんだな」

 

「準備ってのは時間がかかるもんだ。その代わり……戦うのは一瞬だ。あいつら全員をぶち殺せ。バエルの、俺たちの命の輝きをモビルアーマーどもに見せつけてやれ」

 

「あぁ、もちろんだ――――モビルアーマーどもは根絶やしだ」

 

 その時、アグニカが浮かべた笑みは先程までお茶会で浮かべていた優しい笑みとは違う、獣如き獰猛な笑みだった。そしてそれを見ていたシリウスが浮かべていた笑みもまた、獰猛な物だった。

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